第6回:「ベリー・バッド・サウンド!」—前編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第6回:「ベリー・バッド・サウンド!」—前編

2003年10月19日。録音2日目。久石譲は、前日と同じ午前9時30分にドボルザークホールに入った。初日に比べるとずいぶん穏やかな表情だ。「今日は、気楽に話しかけてよ」の一言に、記者も一安心。

この日、最初に録音されたのは「暁の誘惑」。久石によれば、「290小節もあるのに、なぜか5分で終わってしまう」という激しい曲だ。

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏が始まった。メロディー、ハーモニー、リズムがうねりながらめまぐるしく展開していく。「この曲に限らず、今回のアルバムは、短期間で集中して書いた分、勢いがあるよね」と久石。

この日録音された4曲のうちの一つ、「ケイヴ・オブ・マインド」にドラマがあった。

悲しくも美しいメロディーをトランペットが奏でるこの曲で、ソロを吹くのはミロスラフ・ケイマル。アルバムの録音エンジニアである江崎友淑が師事した、チェコ・フィルの前首席トランペット奏者だ。楽譜を見た江崎が、「彼が吹くべきだ」と久石に推薦したことで、今回のソロが実現した。

江崎によれば、ケイマルは「とにかく音が大きい奏者。でも、単に大きいだけじゃない。彼のトランペットは、聴く者を包み込んでくれる。楽譜を見た瞬間、合うと思った」という。

「ケイヴ」の演奏が始まった。予想以上の素晴らしさに、久石が、「ホールで聴きたい」とコントロール・ルームを飛び出していた頃、テレビモニター越しに聴きながら涙ぐんでいる男がいた。江崎だ。久しぶりに聞く師匠の名演奏にノックアウトされていたのだ。

録音後、久石とともにケイマルがコントロール・ルームに戻ってきた。感激の対面かと思いきや、江崎の口から出た言葉は「ベリー・バッド・サウンド!(なんてひどい音だ)」。

久石も周囲も一瞬戸惑ったが、ケイマルを見ると、笑っている。しかも、満面の笑みで。すぐに、2人の長年の付き合いによる「最大級の褒め言葉」だと分かり、今度はスタッフの目に涙が浮かんだ。

江崎とケイマルについてもっと知りたい──そう思った記者は、じっくり話を聞くために、帰国後、江崎を訪ねることにした。(依田謙一)

(2004年2月14日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第5回:「疲れるけど、疲れていられない」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第5回:「疲れるけど、疲れていられない」

2003年10月18日。録音1日目。この日は、3時間のセッションを2度行い、3曲を録音するのが目標だ。

午前9時過ぎ、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーが、プラハ市内のドボルザークホールに集い始めた。指揮者のマリオ・クレメンスも登場し、久石譲とあいさつ。笑顔を見せながらも、久石の眼差しは鋭い。

オーケストラのメンバーが楽器の調整を始めた。場内に色とりどりの音色が優しく反射する。

ドボルザークホールは、チェコ・フィルの本拠地。1200名程度収容の小規模ホールだが、天井が高いため“魔法の音が生まれる場所”と評されるほど音場が優れている。ステージの真下にコントロール・ルームがあるのも特徴だ。

午前10時。3管編成、85人のフルオーケストラが勢揃いした。久石が中央の座席に楽譜を持って陣取ると、ホール全体を、張り詰めた空気が覆った。

マリオが指揮棒を振り下ろし、「ミステリアス・ワールド」の演奏が始まった。響き渡る高らかなトランペットの音色。「ハウルの動く城」の音が初めて地上に舞い降りた瞬間だ。

チェコ・フィルの面々は、ほぼ初見のスコアであるにも関わらず、歌い上げるように演奏する。東欧独特の地を這うような粘り強い演奏と、ホールの響きが絶妙に絡み合い、それまで険しい顔が続いた久石に、確かな手応えを感じる笑みがこぼれた。

「ミステリアス・ワールド」を聞き終えた久石はコントロール・ルームヘ。「いいよね」と満足した様子を見せながらも、「ただ、グロッケンの音が前に出すぎているように聴こえる。こっちではどうだった?」と、録音エンジニアの江崎友淑に問いかける。「確かに少し前に出ていますね。マイクのセッティングを変えてみましょう」──江崎はそう答えると、コントロール・ルームを飛び出し、あっという間にマイクの位置を変えた。年に何度もドボルザークホールで録音している江崎だからこそできる“早業”だ。

マリオがメンバーに幾つか指示を出し、録音が始まった。まだ2度目であるにも関わらず、すでに演奏はほぼ完璧だ。

終了後、汗を拭きながらマリオがコントロール・ルームに現れた。久石は「演奏はとても良い」とマリオを迎えた上で、「いくつか確認したいことがあるんだけど」と楽譜を広げ、細かい希望を伝え始めた。

録音は、常に時間との戦いだ。5分の曲を演奏し、聴き直すだけで、すぐに10分が経過してしまう。しかも、オーケストラのメンバーを90分に一度休ませなければならないなど、「決まり」もあるため、一時も無駄にできない。短い時間で、2人は簡潔かつ確実に意思を交換する。

録音再開。久石もホールに戻り、耳を研ぎ澄ませる。今回はピアノ演奏がないため、曲の合間に何度もホールとコントロール・ルームを行き来しながら、細かい指示を出していく。

「疲れるけど、疲れていられないよね」と苦笑い。

この日は、予定通り3曲を録音した。順調な滑り出しだ。

しかし、録音が終了したからといって、ホテルに戻れるわけではない。引き続き、コントロール・ルームで、演奏したデータの編集作業などをこなす。

途中、データのコピーを作るバックアップ作業が行われることになり、久石が散歩に出た。コントロール・ルームには、江崎以下、久石の拠点スタジオ「ワンダーステーション」のエンジニア浜田純伸、秋田裕之と記者の4人が残された。

1日目の録音が無事に終了し、若干緊張が解けたせいか、雑談が始まった。互いの「カップラーメン観」など、他愛もない会話が続く中、このところCD全般の売れ行きが芳しくないという話が出た。

日本レコード業界の調べによると、1999年以降、国内のCD売り上げは5年連続で減少しており、一時は乱発されたミリオン・ヒットも、現在ではほとんどなくなった。音楽業界には、ここ数年「冬の時代」が続いている。

記者が、デジタルコピーの氾濫などを例に、CDが売れなくなった理由を尋ねると、浜田が打って変わって神妙な面持ちで答えた。

「売れないからといって、何かのせいにしてはいけないと思うんです。良い音楽を作り続けていれば、ちゃんと届くはずですから」

江崎と秋田が頷く。音楽業界には、まだまだ魂が息づいているようだ。

久石が戻ってきた。編集を再開。結局、初日から午前0時過ぎまで作業を行った。

「無事に10曲録れるといいんだけど」──さすがに疲れた様子の久石は、そう言ってホテルに吸い込まれていった。(依田謙一)

(2004年2月9日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第4回:「ねぇ、順調なの?」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第4回:「ねぇ、順調なの?」

2003年10月17日。午前9時30分、久石譲は、翌日から録音が行われるプラハ市内のドボルザークホールに向かった。チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者、マリオ・クレメンスと打ち合わせをするためだ。

2人が会うのは、1998年にチェコ・フィルが演奏したアルバム「交響組曲 もののけ姫」の録音以来。久しぶりの再会に、固く握手する。「オーケストラが早く学ぶよう、私が最大限の努力をする」とマリオ。

さっそく楽譜を広げ、打ち合わせが始まった。

まず、3日間で4セッションを行うことを確認。1セッションは3時間だから、12時間で全10曲を録音しなければならない計算だ。

クラリネットから始まる曲がある。「チェコ・フィルのクラリネット奏者は?」と聞く久石に、マリオは「安心して。とても素晴らしいよ」。久石は「よかった。この曲は冒頭のクラリネットが大切だから」と胸をなでおろす。

2人は、気になる部分があると1音たりとも曖昧にしない。普通なら行き詰まってしまう部分も、限られた時間の中でベストの結論を導き出す。一流の現場で様々な経験をしてきた2人だからこそ可能な「プロの打ち合わせ」だ。まるで、会話そのものが演奏のようだった。

午前11時30分。打ち合わせ終了。久石は集中して臨んだせいか、一度、天井をあおいだ。この打ち合わせ中、出されたコーヒーには一度も手をつけなかった。

午後、ホテルで最後の譜面直し。作業を終え、ロビーに現れた久石は、ずいぶん穏やかな表情になっていた。「疲れているだけだって」と笑う。

プラハ城内にある聖ビート大聖堂

「せっかくだからプラハ城へ行こう」と久石が言い出した。ホテルから見える城の景色が気になっていたようだ。

プラハ城は、9世紀に建設が始まった歴史的建造物。ゴシック様式の聖ビート大聖堂などをはじめ、様々な建築様式で増築されてきた。

久石は、アール・ヌーヴォー画家アルフォンス・ミュシャが制作した2万枚もの色ガラスを使ったステンドグラスに見入っていた。「すごい。圧倒されるね」

プラハ城を出たところで、名物のビールを堪能。笑顔が絶えない。休暇が設定されていないこの旅で、唯一の気分転換となったようだ。

ホテルに帰ると、プラハ市街に効果音の採集に出かけていたスタジオジブリの稲城和実、津司紀子が戻っていた。稲城らは、「ハウルの動く城」で音楽に限らず音に関するすべての作業を担当しているため、合間を見て時計台の鐘や雑踏の音を採取しているのだ。

ジブリ作品は、効果音にもこだわることで知られている。必要であれば、既成のライブラリー音源に頼らず、様々な場所に足を運び、音を採取する。「ハウル」では、物語の舞台となるヨーロッパの空気を表現するために、稲城ら以外にも、フランスやスイスに録音部隊が飛んでいるという。稲城は「雑踏の音を豊富に取れました」と満足そう。

ホテルに、今回の録音でエンジニアを務める江崎友淑がやって来た。江崎は以前、チェコ・フィルでトランペットを吹いていた経験があり、現在はエンジニアとして年に何度もチェコを訪れている。チェコ・フィルを知り尽くした強い味方だ。

夜はプラハ市内の日本料理の店へ。寿司からラーメンまで、日本料理というよりも、“日本人が好きそうな料理”を出す店。味は……様々な意見があったとだけ記しておこう。

「ところで」と久石が稲城に切り出す。「ねぇ、順調なの?」。もちろん「ハウル」の進行状況のことだ。しかし稲城はすかさず「何がですか?」ととぼける。「何がって、決まってるじゃない」とさらに久石が突っ込むと「分かっているんですけど、いや、まぁ」と煮え切らない。「だからどうなのよ」と久石が笑う。稲城は「順調に」と前置きした上でこう答えた。「遅れています」

プラハの夜が更けていく。いよいよ明日から録音が始まる。(依田謙一)

(2004年2月1日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

Disc. 久石譲 『イメージ交響組曲 ハウルの動く城』

久石譲 『イメージ交響組曲 ハウルの動く城』

2004年1月21日 CD発売 TKCA-72620
2020年11月3日 LP発売 TJJA-10029

 

2004年公開 スタジオジブリ作品 映画「ハウルの動く城」
監督:宮崎駿 音楽:久石譲

 

ヨーロッパをイメージして久石が作曲した交響組曲をチェコ・フィルハーモニー管弦楽団が演奏。プラハのドヴォルザークホール~芸術家の家で2003年10月に録音、ロンドンのアビーロード・スタジオで仕上げた。イメージアルバムの枠を超えた野心作。

 

 

エキサイティングな『ハウル』の旅/久石譲

宮崎監督の作品の場合、いつもイメージアルバムを作ることから始めていたのですが、『ハウルの動く城』は舞台がヨーロッパということもあって、最初からオーケストラの音というイメージがあったんです。個人的にも、最近、オーケストラとともにコンサートを行うケースが多くなっていて、頭の中でオーケストラが響きやすかったのかもしれません。それで、『もののけ姫』の時に一緒にやったチェコ・フィルハーモニーという世界的にも素晴らしいオーケストラでいこうと思いました。

目指したものは、映画で使われる音楽をある程度想定しながらも、楽曲としての完成度を高めること。サウンドトラックというものは、どうしても映像に縛られてしまうものです。シーンの長さによって曲の長さも決まるし、セリフや効果音のために音の隙間を作ったり、テンポを調整したりしなければならない。

今回は、映像と一緒になることで初めて成立する音楽ではなく、100%音楽だけで世界観を作り上げることを念頭に置きました。

もう一つは、スタンダードなオーケストラ作品を作りたかったということです。『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』では、バリ島や中近東の楽器、あるいは日本の太鼓を使って、エスニックな雰囲気を出したんですけど、今回はそういう特徴的な音を極力排除しました。クラシック音楽が使う普通の楽器だけを思いっきり使って、なおかつ、いかに個性的な音楽にできるか、ということにチャレンジしたのが、一番の特徴です。実は、クラシックの現代音楽を除いて、日本でそういう音を作っている人はほとんどいないのです。僕が弾くピアノも排除しました。従来は、重要なメロディはピアノが受け持つことが多かったんですけど、今回はプレイヤーとしての久石譲には登場願いませんでした。サウンドトラックを作る時は、ピアノがまた入ってくると思いますが。

作曲は難産でした。まったく書けない状況が続いて困っていたんですけど、八ヶ岳のふもとのリゾートスタジオにこもったら、いきなり書けたんです。オーケストラ用の曲を8日間で8曲という奇跡に近いペースでした。それを持ってプラハに乗り込んで録音。そして、ミックスダウンとマスタリングはロンドンのアビー・ロードスタジオで行いました。

僕がアビー・ロードスタジオを使ったのは10年振りなんです。親友のチーフエンジニアが突然亡くなってから、足が遠くなってしまって。10年前にはアシスタントだったサイモン氏という人が、今回エンジニアを務めてくれました。10年の間に彼は、『ハリー・ポッターと賢者の石』の音楽などを手がける、世界的なエンジニアに成長していたのです。彼と一緒に仕事できたのは、大きな喜びでした。チェコ・フィル、アビー・ロードスタジオによって、世界の第一線の音が出来上がったと思います。八ヶ岳からプラハ、ロンドンへ…。『ハウル』の旅はかなりエキサイティングなものになりました。

そして、旅の始まりは宮崎さんの考えている『ハウル』の世界観です。今回は舞台がヨーロッパということで、全世界の共通語で表すことができる世界だと思うんです。世界中の誰もが楽しめる物語の中に、普遍的な人間の気持ちが散りばめられている。それを音楽でも表現できたらいいなという思いが、「イメージ交響組曲『ハウルの動く城』」の根底にありました。やっぱり宮崎さんの考えがあったからこそ、このアルバムは成立したのです。

(CDライナーノーツより)

 

 

「現地の空気感みたいなものが自分で分かったから、直接的な影響はなかったんだけど、『ハウル』の世界観を掴むのには、役に立ちましたね。とてもきれいなことろで、これはちょっと音楽的に奇をてらったことをするのはやめようと。オーソドックスに作ってみようと思いました。」

「ここ数年、個人的にもオーケストラとコンサートで回る機会が多くなっているので、頭の中でオーケストラが響きやすくなっているんだと思います。サウンドトラックというのは、シーンの長さやタイミングにどうしてもしばられてしまう、映像のための音楽なんですけど、交響組曲『ハウルの動く城』は、音楽だけで100%イメージできる世界を目指しました。特徴としては、普通サウンドトラックではセリフの邪魔をしてしまうためにあまり使わないブラスを、かなりフィーチャーしています。それぞれの楽器を、テクニカルな面で限界近くまで引き出すことができたので、自分としても満足がいく作品になりました。」

「オーケストラ作品に徹したので、なるべくピアノは排除しました。逆に、サウンドトラックは主人公ソフィーの世界に寄り添って、もっと個人的な語り口になるので、そちらではピアノの出番が多くなるだろうと考えていました。」

Blog. 久石譲 「ハウルの動く城」 インタビュー ロマンアルバムより 抜粋)

 

 

「今回の映画で面白いことがあったんです。『ハウルの動く城』のイメージアルバム用に作った曲を、『ちょっと、画に当ててみますか?』と宮崎さんに言ってみたんです。映画の中では顔のカットやシーンが変わったりしますね。僕の曲にもリズムが変わる部分が当然ある。でもその画と曲タイミングが、全部合っていたんです。これには非常に驚きました。その時、『20年も一緒にやっているから合うんだね』と言った人がいます。僕もそうかなと最初は思ったんですが、実は逆なんですよん。何年一緒にやっていても合わない人とは合わない。つまり宮崎さんとは、最初から生理的なテンポ感がどこかで一致していたから、20年続いた。そういう気がするんです。ですから宮崎さんとは大変幸運な出会いだったと思いますし。その出会い自体が嬉しいことですね。」

「このところ、自分の仕事の中でオーケストラとの仕事が多いこともあって、表現として一番それがフィットしていると思ったんです。映画音楽を書く場合に自分が音楽家として、その時にいいと思っているものは何かが一番大事なんです。その時に自分が興味を持っていて、絶対に琴線に触れるものがありますよね。僕はそれを、極力映画の方へ持ち込むようにするんです。音楽は文章のように、論理的に組み立てるだけではできない部分がある。そこで本人が、これがいいんだと強く思うことが大事だと僕は思っているんです。今回ではそれが、オーケストラを使うことだったんですね。」

「基本的には音楽の内容の説明なんですが、宮崎さんから『今回はこんな風に行きたい』といった説明があるんです。他にソフィーやハウルといった登場するキャラクターのイメージなどですね。そこから曲のテーマとなる題材をもらって、考えていくんです。またこの映画は、舞台設定がヨーロッパと明確に出ている。これは『魔女の宅急便』以来のことです。ただそのヨーロッパにしても、実在の世界ではなく宮崎さんの作り出したヨーロッパなんです。それだけに、どこか場所柄を限定する音楽ではありたくはない。あくまで宮崎さんがやろうとしている世界観を持って如何に音楽で表現するか。それを考えるんです。そこで今回はヨーロッパにもエスニック音楽はあるんですが、そういうローカルカラーはあまり出す必要がないと。色の強い特殊な楽器も使わないで、出来るだけストレートなオーケストラの音にしようと思いました。」

「どちらかと言えば、僕のイマジネーションを羽ばたかせて作る感じですね。イメージアルバムは、あまり作品と整合性のあるものをやってはいけない。むしろ、ちょっと離れた方がいい場合もあると思っているんです。言い方は変ですが、いい加減なほうがいい(笑)。全曲をサウンドトラックで使うわけではないですから。その中で宮崎さんのイメージにフィットした曲があれば、そこから次の段階のサウンドトラックを考えていけばいいんです。ところが今回はオーケストラを使ったことで、精神的には少しサウンドトラックの方へ入り込んでいた部分がある。『もののけ姫』でも一緒に仕事をしたチェコ・フィルハーモニーに演奏してもらうということもあって、チェコ・フィルまでいってあんまりみっともないスコアでは演奏をしたくなかったし。ですからアルバム自体に完成度を求めたところがあるんです。そういう意味で、イメージアルバムとしてはいいやり方ではなかったのかなと思っているんです。」

「あのイメージアルバムは、オーケストラ作品として凄いと思うんです。かつてプロコフィエフが書いた『ロミオとジュリエット』というバレエ曲がありました。あの曲は最初、注文主のバレエ団から『こんな曲は最低だ』と評価されて、まったく上演できなかった。その曲を組曲にしたものがアメリカで上演され、楽曲が評判になったことからバレエ上演へと繋がったんです。今や『ロミオとジュリエット』はバレエの名曲になっています。それと似たような意味で、このイメージアルバムに収められた交響組曲はこのままイメージアルバムだけで終わらせるのはマズイと思っています。自分なりに集中力を持って作った世界なので、実際の映画『ハウルの動く城』のサウンドトラックとは別かもしれないけれども、ひとつのオーケストラ作品として今後もアピールしていきたい。個人的にそう思っていますよ。」

Blog. 「月刊アピーリング 2004年10月号」久石譲スペシャルインタビュー “ハウルの動く城” 内容 より抜粋)

 

 

 

久石譲 『イメージ交響組曲 ハウルの動く城』

1. ミステリアス・ワールド
2. 動く城の魔法使い
3. ソフィーの明日
4. ボーイ
5. 動く城
6. ウォー・ウォー・ウォー (War War War)
7. 魔法使いのワルツ
8. シークレット・ガーデン
9. 暁の誘惑
10. ケイヴ・オブ・マインド

作曲・編曲・プロデュース:久石譲

プラハ(チェコ) 2003年10月18~20日
指揮:Mario Klemens
演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
録音ホール:芸術家の家 (ドヴォルザーク・ホール)

ロンドン (U.K.) 2003年10月22~24日
ミキシング&マスタリングスタジオ:アビー・ロードスタジオ

 

Image Symphonic Suite Howl’s Moving Castle

1.Mysterious World
2.The Wizard of the Moving Castle
3.Sophie’s Tomorrow
4.Boy
5.The Moving Castle
6.War War War (War War War)
7.The Wizard’s Waltz
8.Secret Garden
9.Dawn’s Allure
10.Cave of Mind

 

Disc. 久石譲 『PRIVATE プライベート』

久石譲 『PRIVATE プライベート』

2004年1月21日 CD発売 WRCT-1007

 

久石譲はボーカリストだった!~本人セレクトによる初のボーカルベスト~

 

 

寄稿

映画を見ていると、ひとつやふたつ必ずや印象的なシーンがあります。特に一流の映画ともなれば、人間の視覚だけではなく、聴覚をも刺激して、音楽や効果音を含めた、ひとつのシーンを鮮明に心に刻み込むものです。また、逆に映像と音楽がミックスされることで、より印象に残るシーンが生まれます。たとえばホラー映画の代表作『エクソシスト』は、あの名曲「チューブラー・ベルズ」がなければ、怖さも半減してしまうでしょう。

日本映画を見ていて、あの名曲と言えば必ず”久石譲”という名前が浮かぶようになったのは、いつ頃からでしょうか?彼は誰もが知っている『千と千尋の神隠し』や『もののけ姫』などの宮崎駿作品、『ソナチネ』『菊次郎の夏』『BROTHER』などの北野武作品、『ふたり』『はるか、ノスタルジィ』などの大林宣彦作品の音楽を担当し、日本アカデミー賞最優秀音楽賞を5回も受賞している、日本映画音楽の”ヒットメーカー”です。久石譲作品はなぜたくさんの人たちのハートを捕らえて離さないんでしょうか?それは彼の作るメロディーが聴き手の心のひだにまで染み込んできて”心の琴線”を震わせる力があるからだ、と思います。

地震のエネルギーの大きさは”マグニチュード”で表します。だとしたら、名曲のエネルギーの大きさは”曲力”で表せるのではないでしょうか?すなわち、この曲は”曲力10”のすごい名曲である、云々。おそらく久石譲の作る曲は全て”曲力10以上”のすごい”名曲”に違いありません。だからこそ、たくさんの人たちのハートを侵食して、気づかないうちに心を奪ってしまっているのです。

ニューアルバム「プライベート」は、1987年『となりのトトロ・イメージソング集』から1993年のNHKスペシャル『人体II・脳と心』までのカタログから選りすぐられた久石譲本人によるボーカル曲のみで構成されています。今となってはピアニストのイメージが強い彼の作品の中でも、貴重な一枚になる事は間違いないでしょう。

このアルバムを聴いていると、自分の”脳裏のスクリーン”に自然と映像が浮かんできます。そして、いつしか心のひだから素直な感情が溶け出して、心が癒やされます。久石譲の作る曲はまさに”名曲”という”良薬”なのです。

宮澤一誠

(寄稿 ~CDライナーノーツより)

 

 

This album made by selection old following albums
M-3:NHKスペシャル 驚異の小宇宙「人体II 脳と心」サウンドトラック Vol.1 (1993)
M-12:「となりのトトロ」イメージソング集 (1987)
M-11:「ふたり」オリジナルサウンドトラック (1990)
M-4,5,6,9,10:illusion (1988)
M-2,7,8:PRETENDER (1989)

 

 

久石譲 『PRIVATE プライベート』

1.Nightmoves
2.MEET ME TONIGHT
3.Brain & Mind
4.風のHighway
5.Night City
6.冬の旅人
7.MARIA
8.WONDER CITY
9.ブレードランナーの彷徨
10. 少年の日の夕暮れ
11.草の想い
12.小さな写真

All Composed, Arranged, Produced and SUng by Joe Hisaishi

Original Tracks Recorded at Roppongi, Kannonzaki, New York and London

Remixed by Suminobu Hamada (M-7), Teruaki Ise (M-9)
Remixed at WonderStation
Mastering at WonderStation

 

1.Nightmoves
Lyric:Michael Franks
Composition:Michael Lewis Small
Arrangement:久石譲
Volcal:久石譲

2.MEET ME TONIGHT
Lyric:宇多田照實
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲

3.Brain & Mind
Lyric:久石譲
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲・Jackie Sheridan

4.風のHighway
Lyric:松本一起
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲

5.Night City
Lyric:三浦徳子
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲

6.冬の旅人
Lyric:松本一起
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲

7.MARIA
Lyric:BANDIT・KYSIA BOSTICK
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲

8.WONDER CITY
Lyric:宇多田照實
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲

9.ブレードランナーの彷徨
Lyric:松本一起
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲

10.少年の日の夕暮れ
Lyric:松本一起
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲・藤澤麻衣

11.草の想い
Lyric:大林宣彦
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:大林宣彦・久石譲

12.小さな写真
Lyric:宮崎駿
Composition&Arrangement:久石譲
Vocal:久石譲

 

第3回:「眠い!」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第3回:「眠い!」

2003年10月16日。アルバムの録音が行われるチェコ・プラハへの出発日。久石譲は、フライトの1時間前に成田空港に到着した。開口一番「眠い!」。前日も遅くまで譜面に向かっていたようだ。

この日まで、オーケストラ用の譜面制作のために、午後1時ごろにスタジオ入りし、翌朝までこもりきりの毎日が続いていた。編曲にまだ納得していない様子で、機内で3曲を手直しするという。

ここで、プラハ行きのメンバーを紹介したい。久石、スタジオジブリの音楽担当の稲城和実と津司紀子、徳間ジャパンコミュニケーションズの小林潔、スーパーバイザーの大川正義、久石の拠点スタジオ「ワンダーステーション」のエンジニア浜田純伸と秋田裕之、そして記者の8人。現地の気温が摂氏0度前後と予想されるため、皆、すっかり冬装備だ。

「できれば機内で少し眠りたいけど、緊張して無理かも知れない」と久石。午前11時35分、定刻通り成田を出発。

チェコへは直行便がないため、ドイツ・フランクフルトでトランジット。飛行機から降り立った久石は、まだ険しい顔のままだった。「直しはあと少し。でも、終わりは見えてきたよ」

トランジットの合間も、空港のカフェで修正を続ける。ノートを取り出し、メロディーを口ずさんでは、メモを書き込んでいく。周囲の喧騒はまったく耳に入らないようだ。

修正が一段落し、ワインを口に運ぶ。表情に穏やかさが戻ってきた。「やっとお酒が飲めたよ。いつもの旅なら、飛行機に乗るとすぐに気持ちよくなっているはずなのに」と笑う。

同じくプラハ市内の旧市庁舎広場に面して立つティーン教会

お酒も入ったためか、それまで寡黙だった久石が、にこやかに語り始めた。近々、解剖学者の養老孟司と対談本を出すという。以前、ラジオで話して興味深い話ができたため、もう少し広げてみようということになったそうだ。「養老さんは、難しいことをちゃんと分かるように話してくれる人だよね」

例えばこんな話。「映画音楽の場合、音は絵とジャストのタイミングじゃ駄目なんだ。ジャストだと絵と一緒になった時に早すぎるように聞こえてしまう。1秒間24コマのうち、実際は2、3コマ遅らせてちょうどいいんだ。僕はそれを経験で知っていた。養老さんにその話をしたら、脳の知覚から考えても正しいと言っていたね。視覚情報というのは感覚的で、聴覚情報は論理的だからって」

「音楽というのは、時間と切り離して考えられない。話し言葉と一緒だよね。だから論理的になるんだって。それに対して、絵のような視覚情報というのは、時間と関係なく存在するから感覚的なんだね」

「そうそう、養老さんの書いた『バカの壁』は面白かった。みんなに勧めたよ」

休日の話題に移る。「日曜日はできるだけ休むようにしている。ジムに行って、夜はかみさんと寿司を食べるのが日曜日の大切な行事。世田谷の寿司屋はほとんど開拓したよ」

さて、そろそろ時間だ。プラハへ向かうため、再び、荷物を持つ。

1時間あまりのフライトを終え、現地時間16日20時10分(日本時間17日午前3時)、チェコのルズィニェ国際空港に到着。思った通りの寒さだ。摂氏2度の気温の中、一行を乗せた車は、夜のプラハ市街に滑り込んでいく。(依田謙一)

(2004年1月20日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第2回:「何かが降りてきたのかも知れないね」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第2回:「何かが降りてきたのかも知れないね」

2003年9月。久石譲は、8月に宮崎駿監督とイメージアルバムの打ち合わせをして以来、絵コンテなどをもとに様々な思いを巡らせていたが、まだ1曲もできていなかった。

しかし、悠長に構えているわけにはいかない。録音までに残された時間は、あと1か月となっていた。

時間だけが過ぎていくなか、久石はスタッフに「静かな場所にスタジオを手配できないか」と持ちかけた。都心を離れ、気分を変えるのは、没頭したい時の「恒例行事」だ。

山梨・小淵沢のスタジオが確保されると、久石は自らハンドルを握り、東京を発った。

道中、渋滞につかまったため、疲れもあったが、到着するなりスタジオに入った。ピアノの前に座り、一息つく。

次の瞬間、音が鳴り出した。まるで知っている曲を弾くように、滑らかに指が動く。監督との打ち合わせ以来、頭の中で巡らせていたイメージが、小淵沢の静寂によって、一気に溢れ始めていた。

作曲のために用意された期間は、14日から24日までの11日間。オーケストラ用の譜面制作などを考えると、なんとしてもこの期間で書き上げなければならないはずだが、久石は「時間はなかっだけど、できなくても仕方ないと思って、構えずに臨んだ」と振り返る。

アイデアを冷静にまとめるために、合宿中は規則正しく過ごした。9時45分に起床し、10時から約1時間の散歩。11時30分にブランチを取り、12時30分にスタジオ入り。以降、18時まで、トイレ以外一歩も出ることなく作曲。夕食後、19時から再開し、午前0時過ぎまで取り組む。これが毎日続いた。

最終的に、久石は10曲の「動く音」を生んだ。それぞれモチーフの違うオーケストラ用の曲をこれだけの期間で作るのは、驚異的なペースだ。自分でも「奇跡だ!」と興奮する集中力だった。

コンピューターに打ち込まれた音は、すでに豊かな響きを獲得しており、どれも短期間で作られたとは思えないクオリティーに達していた。

小淵沢は、一般に観光地として知られているが、実際に訪れると、南アルプスや八ヶ岳が目前に迫り、あまりの迫力に、美しさへの感嘆より、畏敬の念を抱く。実は、宮崎監督もこの周辺の風土を愛し、近くに別荘を所有している。

スタジオを後にする頃、久石はこうつぶやいた。「こんなに順調に進むなんて、何かが降りてきたのかも知れないね」──。(依田謙一)

(2004年1月18日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第1回:「そろそろチェコ・フィルでいかがですか?」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第1回:「そろそろチェコ・フィルでいかがですか?」

宮崎駿監督作品の魅力を語る上で、決して欠かせないものがある。

久石譲の音楽だ。

2人がコンビを組んだ最初の作品「風の谷のナウシカ」(1984年)は、久石の音楽と宮崎監督の紡ぎ出した世界が絶妙に絡み合い、冒頭から一気に引き込まれる。

以来、その「習慣」は変わらない。2人はいつも、最初の3分で、とてもつない映画が始まったことを教えてくれる。

そんな2人が取り組んだのが、2004年11月公開の新作「ハウルの動く城」だ。

同作の音楽打ち合わせが初めて行われたのは、03年8月。まず、これまでの作品と同様に、イメージアルバムを作ることが確認された。

イメージアルバムとは、本編のサウンドトラック制作前に、監督によるイメージ詩やキャラクター設定、作品への思いなどが書かれた手紙をもとに作られる、デモテープ的アルバム。監督はこのアルバムを聴きながら作業を続け、サウンドトラック制作時に、「この要素をもっと広げてほしい」などの要望をする。「ナウシカ」以降、2人が組んだ作品はすべてこの方法で作られてきた。

打ち合わせで、監督は久石に対し「客観的な音楽を」と求めた。日頃、登場人物ごとに「いかにも」なテーマ曲をつけるハリウッド映画的な音楽に疑問を抱き続けていた久石は、この言葉に共感した。

宮崎監督は、決して音楽に詳しいわけではない。楽譜も読めない。しかし、スタジオジブリの音楽担当の稲城和実はこう話す。「勘がいいし、鋭い。音楽に精通した人間でもはっとさせられることがしばしばある」

打ち合わせが終わると、稲城が不意にある提案をした。「そろそろチェコ・フィル(ハーモニー管弦楽団)でいかがですか?」

チェコ・フィルは、ヨーロッパを代表する名門オーケストラ。19世紀末にドボルザークの指揮でコンサートを行って以来、結成100年を超える。日本にもファンが多く、機械的でない「歌心」のある演奏には定評がある。

久石も以前から一目置いており、「もののけ姫」(97年)公開後には、サウンドトラックとは別に、楽曲としての完成度を追求した「交響組曲 もののけ姫」を録音している。

稲城の提案は、そのチェコ・フィルにイメージアルバムで演奏してもらってはどうかというものだった。

このところオーケストラとの共演が続いていた久石は、作曲時に自然とフルオーケストラを想定することが多く、素直にこの提案を受け入れた。何より、「ハウル」の世界観を表現するには、ヨーロッパの正統派オーケストラが演奏するような曲が合うと思っていたのも、決断した大きな理由となった。

久石の依頼を、チェコ・フィル側も快諾。すぐに準備が始まった。しかし、録音日に選ばれた10月中旬までに残された時間は、2か月を切っていた──。

「ハウル」に臨む久石を追った。(依田謙一)

(2004年1月11日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

Disc. 近藤浩志 『ARCANTO』

近藤浩志 ARCANTO

2003年12月3日 CD発売 WRCT-1008

 

久石譲プロデュースによる、チェリスト・近藤浩志のデビューアルバム。

 

 

~曲目について~

久石さんから僕のソロアルバムを創ろうよ、とのお話を頂き当初、全曲久石さんの曲でと思っていた僕にとって、選曲はとても困難な作業でした。しかし久石さんの助言のもと、練りに練られたこの選曲は、今、録音を終えてみると、どの曲も最初から決まっていたかの様な愛しい気持ちを持てる物になりました。

久石さんの曲、「風の谷のナウシカ組曲」……。
この曲との出会いは当時学生だった僕と、今のこの時をつなぐかけがえのないものになりました。その20年の軌跡の中で幾度となくこの曲に触れてきましたが、作曲者である久石さんと10年ほど前から一緒に音楽をさせて頂けるようになり、少しずつ本当の歌を教わってきたことが今ここに、僕が出来ること全てを懸けたナウシカ組曲となったことを幸せに思います。共に成長してきたこの組曲は僕の音楽の原点であり続けると思います。光と影。光が強ければ強いほど影は色濃くなり、また、影が深ければ深いほど、僅かな光に優しさや暖かさを感じる。そんなことを感じながらこの曲を弾きました。

静かな湖面に輝く曲線を浮かべてたたずむ「白鳥」。清らかな魂への救いを神に祈るタイスの姿を描いた「タイスの瞑想曲」。2曲とも微細ながらも生命の源を感じる力強さや厳しさがあるような気がします。力強く、厳しく、そして優しく歌うことを教えていただいたのは他でもない久石さんになのです。

歌うと言うことは僕の音楽の原点です。歌のように弾きたい。ずっとそう思ってきました。このアルバムにも原曲が歌の曲が3曲あります。夢にまであらわれる、愛する人への思いを歌った「夢のあとに」。愛してしまったことを悔やみながらも忘れ得ぬ思いをうちあける「花の歌」。そして、張り裂けそうな切ない旋律が終わりなく満ち引きする波のように歌いうねる「ヴォカリーズ」。

もうひとつ、歌曲ではないですが僕の中では歌になった曲。死者への問いかけ。鎮魂。そして思い出。凛とした流れの中に胸が裂ける様な慟哭の溢れている「ノクターン 第20番 嬰ハ短調」。演奏中涙がとまりませんでした。

心の一番深い場所に咲く一輪の花のような曲達です。そしてその場所へはとても一人では行けませんでした。このアルバム制作に関わって下さったスタッフ誰一人欠けてもこの演奏は出来なかったと思います。久石さんの大きな愛情は勿論ですが、是認の優しい気持ちが僕の音楽の道標になりました。

沢山の優しさと思いやりで創られたこのアルバム。
聴いて頂ける全ての方々にその心が伝わればと思っています。

2003年10月 近藤浩志

(CDライナーノーツ より)

 

 

近藤さんとのこと

近藤さんは、僕の文字通りの戦友である。数々の修羅場をふたりでくぐり抜けて来て、今や「あうん」の呼吸で演奏できる数少ない演奏家である。

近藤さんとは、彼が新日本フィルでチェロのトップをやっている頃に知り合った。だからもう10年以上の付き合いになる。その後、久石譲アンサンブルのコンサートにソリストとして参加してもらい、ミニマルミュージック系のやや先鋭な音楽をずっと一緒にやってきた。今年春先の9人のチェリストとピアノのコンサートツアーでは、コンサートマスターとして、僕の音楽を再現するのに最大の力を発揮して頂いた。近藤さん抜きでは、あのコンサートの成功はあり得なかった。そしてその感動の模様をDVDとして世に出す決心までつけさせたのも近藤さんの力だと思っている。

今回ワンダーランドレコード初のオリジナルアルバムアーティストとして近藤さんを迎えられたことは、僕個人としてもワンダーランドレコードとしても最大の喜びである。

ナウシカ組曲は、藤原真理さんによる素晴らしい名演が残されているが、今回、近藤さんの力強い演奏で、新たな「ナウシカ」として蘇った(一部編曲の手直しも行った)。

近藤さんはその大柄の体型から、優しくおおらかな人柄を想像しがちであるが(事実その通りでもあるのだが)、実に神経の細やかな、芸術家としての資質を十二分に持っている人である。そのあたりはこのアルバムにも十分に反映されている。アルバムアーティストは点であってはならない。線として次回作、そのまた次回作と作っていくべきだと僕は思っている。今後とも近藤さんの次回作、そして僕のコンサートと、一緒にやっていけることを心から愉しみにしている。

2003年10月 久石譲

(CDライナーノーツ より)

 

 

 

名曲「風の谷のナウシカ組曲」[改訂版]、2003年4月オペラシティで行われた久石譲コンサートツアーのライブ音源「la pioggia」(久石譲ピアノ)、その他にもフォーレやショパンなどクラシックの名曲を収録。

タイトルの「ARCANTO」(アルカント)とは…Arco(弓)、とCanto(歌う)をかけあわせた造語である。

 

 

近藤浩志 ARCANTO

「風の谷のナウシカ」組曲[改訂版] / 久石譲
1. 風の伝説
2. レクイエム
3. 遠い日々
4. 谷への道
5. はるかな地へ

6. 夢のあとに / フォーレ
7. 白鳥 / サン=サーンス
8. ヴォカリーズ / ラフマニノフ
9. 花の歌~歌劇「カラメン」より~ / ビゼー
10. ノクターン 第20番 嬰ハ短調 / ショパン
11. タイスの瞑想曲 / マスネ
12. La Pioggia / 久石譲 (映画「時雨の記」より)

近藤浩志(チェロ)
吉澤友里絵(ピアノ) except M-12

久石譲(ピアノ) M-12

 

1 ~ 5 are labeled “Nausicaa of the Valley of Wind” Musical Suite (Revised Edition)
12 is a live version of “la pioggia” from “Diary of Early Winter Shower”

Produced by Joe Hisaishi

Violoncello: Hiroshi Kondo
Piano: Yurie Yoshizawa (Except M-12)
Joe Hisaishi (M-12)

Violoncello (M-12): Takashi Kondo, Susumu Miyake, Makoto Osawa
Haruki Matsuba, Yoshihiko Maeda, Masanori Taniguchi
Hiromi Uekusa, Seiko Ishida

Recording & Mixing Engineer: Suminobu Hamada
Assistant Engineer: Toshiyuki Takahashi
Recorded & Mixed at Wonder Station
Mastered at Wonder Station