Posted on 2017/11/13
音楽雑誌「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」に掲載された久石譲インタビューです。
この年1997年公開されたばかりの映画「もののけ姫」の音楽についてたっぷりと語っています。”超ドメスティックはインターナショナルになる” ”オーケストラの圧倒的な表現力” ”環境ループ” ”果物が腐る直前のような音” …!! 音楽制作における貴重な宝庫、音楽が生まれる瞬間の永久保存版です。
超ドメスティックはインターナショナルになる
この7月に全世界同時上映が始まったアニメ映画「もののけ姫」。宮崎駿監督が描くこの空前のスケールの作品は室町時代の山里を舞台にした歴史活劇だ。サウンドトラックを担当したのは宮崎監督の作品ではおなじみの久石譲。監督との意見のキャッチボールでは最初から豪速球でやりあったという。壮大なオーケストレーションで作られたこのサントラは久石譲の記念碑的な作品となるだろう。
サントラは控え目であることを美徳とする必要もない
-このサントラを作るにあたって、宮崎監督とはどのようにコミュニケーションを取っていきまっしたか?
久石:
「この話を頂いたのは一昨年なんです。その時にこの映画の大体の内容、登場人物のことなどを聞いたんです。絵コンテも少ししかできてなかったけど、今まで以上の意気込みで作ろうとしていることが伝わってきましたね。話を聞いている段階で、直感的にこれはフル・オーケストラのサウンドでやるしかないと思ったんです。
宮崎さんの仕事では毎回、イメージ・アルバムというのを作るんです。まず作品のキーワードを10個くらいもらって、それからイメージを広げてまず10曲作ってしまうんです。今回のアルバムも既に『もののけ姫 イメージアルバム』(徳間ジャパン:TKCA-70946)として1年前にリリースされています。そして、その音を基にサントラを作りました。」
-今回はどういうキーワードだったんですか?
久石:
「タタリ神、犬神モロ、シシ神の森……などでした。さすがに宮崎さんもこれだけではマズイと思ったんでしょうね、言葉に対して自分の思いや説明を長く書いてくれたんです。その中に「もののけ姫」というタイトルでポエムのような言葉が綴られたものがありました。それを見たとき、これは歌になるなと思ったんです。タイトル曲にならなくても、イメージ・アルバムならあってもいいんじゃないかという軽い気持ちで「もののけ姫」という曲を書いたんです。」
-今回オーケストラ・サウンドを使おうと思った理由は?
久石:
「オーケストラのサウンドはそんなに色があるものではないんです。だから、こういう時代ものアニメでも、その匂いや日本的情緒を出すことができるんです。全世界公開のサントラなので豊かな弦の音がいちばん合うと思いましたね。」
-サントラは生のオーケストラのみですか?
久石:
「シンセも入っていますよ。あと、ひちりきとか和太鼓などの民族的なニュアンスのある和楽器も使っています。日本初の世界同時公開の映画なので、何らかの形でドメスティックなものを出すべきだと思ったんです。それで”超ドメスティックはインターナショナルになる”という考えを持ち込みました。富士山と芸者のようなあいまいなイメージではなくて、本当の日本的な音の感性が核にあれば、インターナショナルとしての価値が出ると思ったんです。だから和楽器を使って、なおかつイメージを限定しない使い方を目指しました。これはすごく悩みましたね。」
-具体的にはどういう部分に注意したんですか?
久石:
「例えばひちりきなんですが、すごく個性的な音なんです。だからこの音が単独で鳴ると見ている人の注意がそっちに向いてしまう。すると音としては面白いけど、劇の流れを止めてしまうんです。それで、ほかの楽器とハモらせたりして何とも言えない音にする。ソフィスティケートされるので個性も残り、画面の流れも止まらない。」
-サントラならではの試行錯誤ですね。
久石:
「今回の映画では、2時間15分の長さに対する作曲をするわけです。だから音を付けないところも含めてどこで何のテーマが出て、どういう形で宮崎さんが言いたいテーマを浮かび上がらせるかがポイントなんです。そういう設計をして論理的に作ることが大事ですね。黒澤明さんの言葉で「映画は時間の流れの中に作るものだから、音楽ととても構造が似ている」というのがあるんですが、本当にそう思いますね。だから、自分も映画を撮っている感覚で作ります。単純に画面が速くなったからといって、速い音楽にはしたくないんです。時間軸と空間軸の中で作るものですから、音楽が主張し過ぎても問題が起こる。また、控え目であることを美徳とする必要もないんです。」
生のオーケストラの圧倒的な表現力
-サントラを作るときにイメージの基本となるような、既成のサウンドなどはあるんですか?
久石:
「直接ではないですが、例えばオーケストラのサウンドをイメージするときに、アビーロードの1スタジオの音というのは定着しているんです。だから、その世界観に近い音を国内で録ろうとしますね。そういうイメージの基本はあります。」
-プリプロの作業ではどのような機材を使ったんですか?
久石:
「AKAI S3000XLなどのサンプラーを5台使いました。これらはほとんど弦と管の音で使いましたね。サンプラー1台で2音色くらいしか使わないようにして、オーケストラを入れないでも十分なクオリティのものが、プリプロの段階でできたんです。でも、それらの弦の音は全部生のオーケストラと入れ替わりました。生き残ったのは特殊な音だけですね。」
-結局は生オーケストラに替わってしまったという一番の理由は何だったんでしょうか?
久石:
「やっぱり、ニュアンスやアーティキュレーションですね。最後にオーケストラを録ってみたら、やっぱりオーケストラの方が圧倒的に良かった。シンセではやはり限界があります。サンプリングを人との会話にたとえると、”同じ顔でずっと話す”ということなんです。やはり、表情が変わらない顔では会話に無理がある。何も生だけが最高だと言っているわけではなくて、サンプリングにはサンプリングの良さがある。ただ、今回のオーケストラ・サウンドに関してはやはり、生にかなわない。弦のピチカートなどはサンプリングだと安定しててきれいなんですけどね。」
-ほかにどんな機材を使っているんですか?
久石:
「YAMAHA VP1を使いました。最近は一番好きな楽器ですね。前面には出てこないけど、このアルバムでは隠し味としていろいろな部分で使っているんです。VP1は、まず音が太くてクオリティが高い。そして、普通のシンセ特有のプリセットのピアノとか弦のような音が入っていないところがいいですね。それで、かえって個性が出てくる。あとシシ神の森というのが映画に出てくるんですけど、その場面ではちょっと特殊な響きがほしかったんです。それで生の弦と、以前に自分で作った”環境ループ”と名付けている音を混ぜました。そこでもっと神秘性が出ましたね。」
-環境ループ!
久石:
「耳につくようなしっかりしたメロディがあるわけではないけど、それが流れているかないかでは大違いという音なんです。空間を広げるようなスーっと鳴っている感じです。簡単に言うと、ブライアン・イーノのループ・サウンドのようなものですね。」
-ほかに興味がある楽器はありますか?
久石:
「やはり僕はピアノがメインなので、”これしかない”という響きのピアノに出会いたいといつも思ってます。「アシタカとサン」では生ピアノのマイキングに凝って録りました。マイクの位置をミリ単位で変えてみたり、蓋を外したりしていろいろ実験してみたんです。ピアノは譜面台を外すだけでも音は変わりますからね。調律師には”果物が腐る直前のような音”にしてくれと頼みました。ピッチがズレる直前というギリギリの感じですね。」
宮崎監督との仕事は倍々返しできつくなる
-主題歌「もののけ姫」を歌っている米良美一さんの歌声も男性にしてはかなり高いですよね。
久石:
「宮崎監督も初めラジオで聴いてびっくりしたそうです。この映画には二重性のようなものもストーリーに含まれていて、例えば善悪を決めつけない部分などもそうなんですが、そういう二重性を米良さんの声にも感じるんです。だから、この映画にはぴったりの声ですね。」
-全体の仕上りに関してはどうですか?
久石:
「すごく満足しています。宮崎さんとの仕事は6作目になるんですが、慣れてくるというよりも、倍々返しにきつくなっていくんです。同じ手は使えないですからね。だから、きついけど初心に返ったようなつもりで作業できました。しかも宮崎さんとそうとう深い部分でコミュニケーションできたんです。それが収穫でしたね。今回はストレートな音楽表現は、極力抑えたんです。普通、戦闘シーンなんかは派手に音を使いますよね。だけど、そういうところは抑えて、戦いが終わったあとに心が痛んでいるところに音楽を付けるようにしたんです。結果的にこの方法は成功しましたね。そういう意味で全然悔いはないし、これでだめだったら仕方ないと思えますよ。ミックス・ダウンは最終的に十何日間もかけました。これは一部の劇場ではデジタル6チャンネルで再生されるんです。レフト、センター、ライト、後方のレフトとライト、そしてスーパー・ウーファーなんですが、ハリウッドと違って、日本ではほとんどこの分野のノウハウがない。観客の入り方によっても音は変わるので、音を決めるのには苦労しましたね。」
-今後の予定は?
久石:
「北野武さんの新作映画のサントラをちょうど仕上げました。8月中旬にはロンドン・フィルハーモニーと僕のピアノでソロ・アルバムを作ります。これは10月15日の発売予定です。9月は台湾でコンサートをやって、10月はツアーをやります。」
(「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」より)
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