Posted on 2015/12/20
1998年NHK「トップランナー」に久石譲が出演しました。各界著名人を招いてのトーク番組は長年TV放送され、「トップランナー vol.1-7」書籍化もされています。久石譲出演回は単行本「トップランナー Vol.7」に文字起こしされています。(1997年宮崎駿監督出演回は同Vol.1に収載)
そこから”仕事が面白くなる!”をテーマに、ゲスト28人の「心を奮い立たせる“熱い言葉”」を再編集して文庫化された本「NHK『トップランナー』の言葉 仕事が面白くなる!」(2008年8月20日発売)。久石譲収載もTV番組および書籍化されたVol.7から選りすぐられた部分になります。
1回でもつまらない仕事をしちゃえば、そこで終わりですね。
久石譲(作曲家)
感情を”盛り上げない”音楽
1997年、ベネチア国際映画祭の公式上映会はスタンディングオベーションにわきかえった。
10分以上にわたり鳴りやまなかった拍手が讃えたのは、北野武が監督し、久石譲が音楽を担当した『HANA-BI』。この作品が『羅生門』『無法松の一生』に続く邦画史上3本目のグランプリ受賞作となるであろうことを、強烈に印象づけた瞬間であった。
作曲家としての久石を語るとき、決して忘れてはならない人物が二人いる。北野武と宮崎駿両監督である。とりわけ「北野映画ならでは」と表される静かな音楽世界は、久石の設計が支えていると言っても過言ではない。
北野作品の音楽づくりについて、久石はこう語る。
「曲の雰囲気などの打ち合わせをすることもたまにはありますが、実はそれほど深いものでもちゃんとしたものでもないんです。『HANA-BI』のときも、『今までずっとうまく行っているんだからそのままでイイじゃないの』なんて北野監督から軽く言われてしまったりして。
でもね、音楽っていうのは、映像にかぶせると実はとっても怖いんですよ。だって映像がものすごく丁寧に、きめ細かくその世界をつくったところに、音楽がどんとペンキを塗るように重なってくるわけですから。
特に北野監督の映像というのは、エモーショナル(感情的)な部分、例えば俳優が汗を垂らして演技しているような部分を削っていってしまうんですね。セリフも極力少なくしてあるし。そんな映画で音楽がトゥーマッチになると、しらけてしまう。それで音楽も極力引いた形でつけたいんだけど、生の弦(楽器)などをつけると、どうしてもエモーショナルになってしまうんです。それが北野監督の世界を壊してしまうのではないかと、すごく怖いんですよね」
北野作品の音楽を設計した者だけが経験する葛藤。そんな中久石が悟ったのは、「格調」という言葉だったという。
「格調のある音楽。つまり感情を変に盛り上げるのではなく、一歩引いたところから格調高い、しっかりとメロディがある音楽をつくり上げる。その一点をどうにかすればどうにかなる。それが北野映画を通して学んだことと言えるかもしれない」
「自分自身で逃げ道がないようにした」
一方、もう一人のパートナー、宮崎駿作品への取り組みにも、学ぶべきことが多かったという。
宮崎作品に対して久石は、1984年の『風の谷のナウシカ』以来、6作にわたり多大な貢献をしてきた。特に1992年『紅の豚』から5年ぶりに公開された『もののけ姫』では、わずか1分半の曲に2週間をかけるほど、音づくりに悩むことがあったという。
「『もののけ姫』に対しては、本当に正面から取り組んだんです。自分自身で逃げ道がないようにした。何でもそうですが、正面切って自分の逃げ道がないようにすると、気負いが先に立って逆にうまくいかないことってありますよね。だからわざと斜に構えて取り組むようなこともあります。そうするとかえっていいスタンスで良い仕事ができることがある。
でもこれ(『もののけ姫』)に関しては宮崎監督の熱意に圧倒されちゃって、こちらも防御を張っている間もないうちに引きこまれてしまった。そうなると、こちらとしてもやることはただ一つ。フルオーケストラでいいものをつくることだけだった。これはキツかった。でもうまくいってよかったと思います」
しかし、あの不朽の名作ともいえる『もののけ姫』のテーマ(歌)が誕生した瞬間について久石は、ファンには意外とも驚愕とも思える証言をする。
「あれにかけた時間は20分か30分ぐらいかなあい。だって全体のテーマ曲とは思ってもみませんでしたから。
実はいつものイメージアルバムづくりのやり方だと、宮崎さんからこういうイメージです、と10個ぐらい言葉をいただくんですよ。その言葉に対してこちらもイメージを広げて曲を書いていくんです。でも『もののけ姫』に関して言えば、来る言葉がすべて『たたり(神)』とか『もののけ(姫)』とかでしょ。どうしても暗くなってしまって、明るいアルバムはまずできない。
宮崎さんもこれはマズイと思ったらしくて、珍しく1曲1曲に対して内容をしっかり書いた手紙をいただいたんです。その中の『もののけ姫』のところに、『はりつめた弓のふるえる弦(つる)よ 月の光に』というポエムような一節があって、これは歌になるなと素直に思って、ささっとつくってレコーディングしちゃった。それがテーマ曲になったという経緯ですね」
だから一生勉強する
宮崎監督との間で産まれたそんな絶妙のパートナーシップは、一見、入りこむ隙すらないような最高のコンビネーションだ。だか久石は極めて冷静である。
「いや、コンビではないですよ。毎回、宮崎監督は、『どこかにいい作曲家はいないか?』と探していると思いますよ。そのたびにたまたま、『やっぱり久石がいいや』と思って使ってもらっているだけだと思います。だから1回でもつまらない仕事をしちゃえば、そこで終わりですね」
この厳しさ、プロ対プロのクールな関係は、北野監督との場合でも同じだという。
「僕ら、すごくハッキリしているのは、仕事の場でしか会わないんです。普段一緒に飲みに行くようなことも一切しません。映画のたびに、『今度はこういう映画ですが、どうですか?』『では一緒に』というスタンスです。
だからもう、本数を重ねるにつれてすごく苦しくなってきます。ほんと、苦しいですよ。だって同じ手は使えませんから。だから同じように一生勉強していかないと。だって『この前やったのとまた同じじゃない』と言われたら終わっちゃいますから。そう考えると、本当に、すごく厳しい現場なんです。音楽の現場というのはね」
1998年3月6日放送(MC大江千里、益子直美)
(NHK「トップランナー」の言葉 仕事が面白くなる! より)
なお、書籍「トップランナー TOP RUNNER Vol.7」(1998年刊行)ではTV番組文字起こし忠実に約35ページに及び掲載されています。
目次(抜粋)
映画音楽の第一人者 久石譲
パラリンピック総合プロデューサー
■演出に初挑戦
■総合プロデューサーをひきうけた理由
映画音楽はこう作る
■北野映画の音楽
■真正面から取り組んだ『もののけ姫』
■二人の監督との関係
■ソロ活動
ドクサラ型音楽家人生
■現代音楽との出会い
■ポップス音楽に移った理由
■ポップスフィールドでの覚悟と戦略
人生道場 俺の演奏が世界一
新しいチャレンジ
■久石音楽は変わり続ける
■基礎体力、基礎精神力をつけろ
ファイナル・ソート ”音楽家”久石譲 大江千里
内容すべては紹介できませんので、文庫化では収載されなかったけれども特に印象的だった「基礎体力、基礎精神力をつけろ」項から一部抜粋してご紹介します。
久石:
「とにかく、うまくいかないのは当たり前のことだから、メゲないってことですね。もし二勝一敗ペースで物事をこなしていけたら、これはもうとんでもない勝率です。つまり、自分たちが大事だと思うことも三回に一回はコケてもいいわけですよ。問題はむしろ、コケたときにそれを自分でどう受け入れるか。コケそうになる前に、そういう大変なところへ自分を追い込むのをやめて引いちゃったりしてしまうケースがすごく多いような気がするんだけど、結果をしっかり受け止めるっていう気構えができていたら徹底的にやれるし、やった分だけ…勝ったにしろ負けたにしろ、成功したにしろ思い通りにいかなかったにしろ、残ってくれるものの厚みがどんどん変わってくる。そういう意味では、もう一度言いますけど、負けることをどう受け入れるか、それを意識すると人生ってずいぶん変わるんじゃないかな。負けることにメゲない基礎体力、基礎精神力をつけていくといいんじゃないかなっていう気がします。」
(トップランナー TOP RUNNER Vol.7より)