Disc. 久石譲 『小さいおうち オリジナル・サウンドトラック』

小さいおうち 久石譲

2014年1月22日 CD発売 UMCK-1472

 

2014年公開 映画「小さいおうち」
監督:山田洋次 音楽:久石譲 出演:松たか子 他

 

 

インタビュー

-今回の『小さいおうち』は、前回にも増して音楽の曲数が多いと思いました。

久石:
単純に、本編の内容から出てくる違いです。『東京家族』は非常にシリアスな内容の作品でしたので、音楽を少なめにした方がよいという判断がありました。それに対し、『小さいおうち』はラブストーリー的な側面が強い作品ですから、音楽も当然増えてきます。山田監督からも「今回は音楽を多くしたい」という要望をいただきました。それと、「非常に甘みのあるメロディが欲しい」という要望も。

-それが、冒頭の火葬場で流れてくるメインテーマですね。

久石:
本編全体を見てみると、最初はタキの葬儀の場面から始まり、ラストシーンもタキがある重要な役割を果たしています。平成から激動の昭和へ、たとえ物語の時空が自由に飛んだとしても、タキの”目線”だけは変わらない。そのタキの”目線”のテーマ、わかりやすく言えば、タキの”運命のテーマ”です。ただし、そのメインテーマだけだと音楽全体が非常に重くなってしまうので、もう1曲、別のテーマを作曲しました。

-アコーディオンで演奏されるワルツのテーマですね。

久石:
こういう作品にワルツが似合うかどうかはともかく、結果的には、ワルツによって”昭和という時代に対する憧れ”や、”小さいおうちの住人に対する憧れ”を表現できたのでは、と思っています。昭和ロマンに憧れるワルツ、という意味では、松たか子さん演ずる”時子のワルツ”と呼んでよいのかもしれません。その”時子のワルツ”と、メインとなるタキの”運命のテーマ”のデモ2曲を最初に作曲したところ、山田監督から早々にOKをいただきました。

Blog. 映画『小さいおうち』(2014) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより 抜粋)

 

 

「基本的にはメーンとなるテーマ曲は2つなんです。その時代を生きてきたタキのテーマみたいなものと、もうひとつは意表をつくようなワルツ調の曲。深い根拠はないんですが、直感みたいなもので、ある種の軽やかさが出たらいいなと思ったんです。守りに入るよりは、こちらも冒険させてもらったんですが、それが結果的に良い形になればいいなと思っています。」

Info. 2013/08/10 山田洋次監督最新作「小さいおうち」 久石譲音楽レコーディング より抜粋)

 

 

赤い屋根の小さな家で働く女中・タキの目線を通し、昭和から平成へと激動の時代を生き抜いてきたタキの自身のテーマでもある“運命のテーマ”と、アコーディオンの甘美なメロディが印象的な“ワルツのテーマ”を主軸に構成。昭和モダンのノスタルジックな雰囲気が満載のサウンドトラック。

2つのテーマにより構成されたサウンドトラックは、
”運命のテーマ” (1) (2) (3) (5) (8) (10) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21)
”時子のワルツ” (4) (6) (7) (9) (11) (12)

”運命のテーマ”はときにピアノの単音で、ときにフルートやオーボエの木管で、ときに弦楽やピッツィカートで、ギターなども加わりとてもシンプルなアコースティックサウンド。シンプルなというか極限まで削ぎ落としたメロディと言っていい。

”時子のワルツ”はアコーディオンの旋律が特徴的だが、こちらもトラックごとに、ピッツィカートや木管編成、ピアノにより構成されている。

エンドクレジットにあたる(22)は、この主要な2つのテーマが、”運命のテーマ”から”時子のワルツ”へと引き継がれ幕をとじる。その(22)を除く、すべての楽曲が1-2分程度の長さであり、サウンドトラック全体としても30分程の音楽となっている。

ここで注目すべきは、映画本編2時間として音楽が約半分以下の時間しか流れていないということ、まさに山田洋次監督がオーダーした”空気のような音楽”ということである。

久石譲はセリフを重視する山田監督の演出に配慮するため、本編用のスコアでは特徴的な音色を持つ楽器(ダルシマーなど)を効果的に用いている。ハンマー・ダルシマーは「ピアノの先祖」とも言われる楽器である。

しかしながら、主要テーマのどちらもメロディの長さは短くも、とても印象的で、記憶に残らない耳に残らないということは決してない。これこそが久石譲のメロディの強さであり、かつ効果的にモチーフを2つに絞り込んで、あらゆるバリエーションで効果的な楽器編成で配置した結果といえる。

 

この後、久石譲「WORKS IV」にて、フルオーケストラ用にオーケストレーション、メインテーマ(22)は、楽曲構成はほぼ同じとしながらも、ギター、アコーディオン、マンドリンが加わり、サウンドトラックにはないオーケストラの華やかさと優雅さに磨きがかかっている。ひかえめながらも力強い華麗な輪舞曲(ロンド)に仕上がっている。全体の構成は、久石のソロ・ピアノによる序奏に続き、タキが象徴する激動の昭和を表現した「運命のテーマ」、そして時子が象徴する昭和ロマンを表現した「時子のワルツ」となっている。

 

 

映画「東京家族」につづく山田洋次監督とのタッグは久石譲にも大きな変化をもたらしている。具体的には、別項にて紹介しているが、一部抜き出すと下記とおり。

 

  • オーケストラなどで音楽が主張をすることをひかえたつくり方
  • 空気のような音楽、雰囲気を邪魔しない音楽、芝居や映画と共存する音楽
  • 小編成にシンプルに、おさえるけれど、ただうすいだけにならないつくり方
  • 登場人物や観客の気持ちを煽るような音楽をつけない
  • より映画にコミットするかたちで音楽をつける

“今まではどうしても映画音楽としても主張してしまう自分がいたけれど、その力みがなくなった”といつかのインタビューでも語っている。

 

 

 

 

今後の久石譲映画音楽制作の分岐点になるであろう作品である。

 

 

小さいおうち 久石譲

1. プロローグ
2. 僕のおばあちゃん
3. 上京
4. 赤い屋根のおうち
5. 昭和
6. タキと時子
7. 雨の日も風の日も
8. 南京陥落
9. 師走
10. 正治と恭一
11. 嵐の夜
12. タキの幸せ
13. 本当の所
14. タキの悲しみ
15. 開戦
16. 事件
17. 別れ
18. 手紙
19. B29
20. イタクラ・ショージ記念館
21. 時効
22. 小さいおうち

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Piano by Joe Hisaishi (Track 1,11,20)
Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
Flute: Hideyo Takakuwa
Oboe & E.Horn: Satoshi SHoji
Clarinet: Kimio Yamane
Bassoon: Masao Osawa
Guitar: Masayoshi Furukawa
Hammered Dulcimer: Keiko Tachieda
Accordion: Hirofumi Mizuno, Patrick Nugier
Percussion: Marie Oishi
Harp: Yuko Taguchi
Piano & Celesta: Ryota Suzuki
Strings: Manabe Strings

Recorded at Victor Studio
Mixed at Bunkamura Studio
Recording & Mixing Engineer: Suminobu Hamada
Manipulator: Yasuhiro Maeda(Wonder City Inc.)

 

Disc. DAISHI DANCE 『the ジブリ set 2』

2013年12月18日 CD発売 DDCB-18002

 

札幌を拠点に活動するハウスDJ/プロデューサー DAISHI DANCE
大ヒット・アルバムとなった前作『the ジブリ set』の続編『the ジブリ set 2』

往年のジブリの名曲に新たな息吹が吹き込まれる。流麗かつ壮大なダンスミュージックにアレンジされた「ジブリ楽曲」たち。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

2008年リリースの「the ジブリ set」から5年。同じく2008年はスタジオジブリ作品 宮崎駿監督 映画「崖の上のポニョ」が公開。それから5年。2013年は宮崎駿監督 映画「風立ちぬ」、そして高畑勲監督 映画「かぐや姫の物語」が同年公開。

今作ではオリジナル楽曲を歌っていたアーティストも多数参加の豪華アルバム。DAISHI DANCE自身、アーティストとして活動する以前からジブリ作品の大ファンであり、同時に音楽を手掛ける久石譲の楽曲に大きな影響を受けていたと語っている。

いわばDAISHI DANCEの原点と言えるジブリ・サウンドを自らのフィールドであるダンスミュージックと、原曲、そしてジブリ作品の世界観を損なう事無く融合させる。

”前作から5年、進化するジブリ作品を見、久石譲の新曲を聞いている内に、前作では収録しきれなかった名曲、また新曲の数々を、今だからこそ出来る、新たな「the ジブリ set 2」を制作したい”と思う様になったと。

「the ジブリ set 2」はメロディアスでドラマティックな定番のスタイル、現在進行形のダンスミュージックのトレンドを意識した“今らしさ”、そして 新たにメロウなビート構成と、3つの音楽性を織り交ぜる事でさらなる魅力を生み出す事に成功。

同時に前作で収録しきれなかった楽曲に加え前作で収録されていた楽曲も新たにリアレンジしコンパイル。さらには今回オリジナルのアーティストも参加するなど大幅にパワーアップ。

 

 

ジブリ set 2

1. 君をのせて (JPN ver.) feat.麻衣 (天空の城ラピュタ)
2. やさしさに包まれたなら feat.GILLE (魔女の宅急便)
3. カントリー・ロード (JPN ver.) feat.本名陽子 (耳をすませば)
4. 風のとおり道 feat.吉田兄弟 (となりのトトロ)
5. アシタカとサン (もののけ姫)
6. Arrietty’s Song feat.Cecile Corbel (借りぐらしのアリエッティ)
7. 帰らざる日々 (Mellow mix) (紅の豚)
8. 時には昔の話を feat.COLDFEET (紅の豚)
9. ひこうき雲 feat.arvin homa aya (風立ちぬ)
10. あの夏へ (Mellow mix) (千と千尋の神隠し)
11. さよならの夏~コクリコ坂から~ feat.Lori Fine(COLDFEET) (コクリコ坂から)
12. Take Me Home, Country Roads feat.arvin homa aya, SHINJI TAKEDA (Re-Visited SAX mix)  (耳をすませば)

 

Disc. 久石譲 『長谷川町子物語 ~サザエさんが生まれた日~』 *Unreleased

2013年11月29日 TV放送

 

放送日:2013年11月29日(金)21:00-
フジテレビ開局55周年特別番組 アニメ「サザエさん」放送45周年記念
TVドラマ 『長谷川町子物語~サザエさんが生まれた日~』

監督・プロデューサー:加藤義人 テーマ音楽:久石譲
出演:尾野真千子 長谷川京子 木村文乃 イッセー尾形 松坂慶子 他

 

 

メインテーマと姉妹、創造の音楽を書き下ろしている。全体的に、室内楽、小編成、弦楽四重奏のようなシンプルな響き。

メインテーマはピアノ、弦、チェロなどとともに、ピチカートやバンドネオンも聴かれ、とても優しい上品なメロディーであり、普遍的なそっと寄り添うような旋律。昭和的な、日本的なメロディーというよりも、あまり感情に訴えかけず主張しすぎないという直近の作風となっている。

一連の「ラーメンより大切なもの」 「イザベラ・バードの日本紀行」 「かぐや姫の物語」などがその作風の流れをくんでいる。シンプルであり、小編成であり、唄いすぎない、それでいてしっかりと印象や余韻を残す音楽。

昭和から愛され続けるサザエさんに呼応するかのように、時代に左右されない、時代を選ばない、そんなテーマ音楽になっている。

クラシカルな旋律と響きが印象的な作品。

 

楽曲情報
・MAIN THEME
・FAMILY
・CREATION
・SISTER

 

未発売作品であり未CD化作品。

 

 

長谷川町子物語

 

Disc. 久石譲 『かぐや姫の物語 サウンドトラック』

かぐや姫の物語 サウンドトラック

2013年11月20日 CD発売 TKCA-74030
2021年4月24日 LP発売 TJJA-10034

 

2013年公開 スタジオジブリ作品 映画「かぐや姫の物語」
監督:高畑勲 音楽:久石譲 主題歌:二階堂和美
演奏:東京交響楽団

 

宮崎駿監督の全10作品の音楽を担当した久石譲が
30年の時を経てついに初タッグとなる高畑勲監督の音楽担当

 

 

特別対談 [監督] 高畑勲 × [音楽] 久石譲
映画と音楽、その”到達点”へ。

高畑:
僕はこれまで久石さんにわざとお願いしてこなかったんです。『風の谷のナウシカ』以来、久石さんは宮崎駿との素晴らしいコンビが成立していましたから、それを大事にしたいと思って。でも今回はぜひ久石さんに、と思ったのですが、諸事情で一度はあきらめかけた。しかし、やはり、どうしても久石さんにお願いしようという気持ちが強くなったんです。

久石:
まずは絵を描くために必要な琴の曲を作るところから始めましたよね。

高畑:
その琴の曲がものすごくよかったんです。大事なテーマとして映画音楽としても使っていますが、初めて聴いたとき、お願いしてよかったと、心から安心したのを覚えています。

久石:
ビギナーズラックみたいなものですよ。大変だったのはそのあと。高畑さんから「登場人物の気持ちを表現してはいけない」「状況につけてはいけない」「観客の気持ちをあおってはいけない」と指示があったんです。

高畑:
久石さんは少しおおげさにおっしゃっています(笑)。でも主人公の悲しみに悲しい音楽というのではなく、観客がどうなるのかと心配しながら観みていく、その気持ちに寄り添ってくれるような音楽がほしいと。久石さんならやっていただけるなと思ったのは『悪人』(李相日監督)の音楽を聴いたからです。本当に感心したんですよ。見事に運命を見守る音楽だったので。

 

高畑:
阿弥陀来迎図という阿弥陀さまがお迎えにきてくれる絵があります。平安時代以来、そういう絵がたくさん残っているんですけれど、その絵の中で楽器を奏しているんですね。ところが描かれている楽器は正倉院あたりにしかないような西域の楽器ばかりで、日本ではほとんど演奏されていない。だから絵を見ても当時の人には音が聞こえてこなかったと思います。でも、打楽器もいっぱい使っているし、天人たちはきっと、悩みのないリズムで愉快に、能天気な音楽を鳴らしながら降りてくるはずだと。最初の発想はサンバでした。

久石:
サンバの話を聞いたときは衝撃的でした。「ああ、この映画どこまでいくんだろう」と(笑)。でも、おかげでスイッチが入っちゃいましたね。映画全体は西洋音楽、オーケストラをベースにしたものなんですけど、天人の音楽だけは選曲ミスと思われてもいいくらいに切り口を替えようと。ただ完全に分離させてしまうのもよくないので、考えた結果、ケルティック・ハープやアフリカの太鼓、南米の弦楽器チャランゴなどをシンプルなフレーズでどんどん入れるアイデアでした。却下されると思って持っていったのですが、高畑さんからは「いいですね」って。

高畑:
むしろ難しかったのは、捨丸とかぐや姫が再会する場面の曲です。それまで出てくる生きる喜びのテーマより、もうひとつ別のテーマが必要だと思ったんです。命を燃やすことの象徴として男女の結びつきを描いているので、幼少期の生きる喜びのテーマとは違う喜びがそこに必要ではないかと。それで別のテーマを依頼して書いていただいたのですが、やっぱり違うと思ってしまった。それで元に戻って、再び生きる喜びのテーマをここで高鳴らした方がいいと久石さんにお伝えしたら「最初からそう言ってましたよ」って(笑)。

久石:
直後に天人の音楽という今までの流れとはまったく違うテーマが出てきますからね。捨丸との再会シーンで切り口を替えちゃうと、ちょっと過剰になるんじゃないかという印象を持っていました。それで元通りでいきましょうということになったら、逆にものすごい勢いの曲が生まれましたよね。

久石:
自分にとって代表作になったということです。作る過程で個人としても課題を課すわけです。これまでフルオーケストラによるアプローチをずいぶんしてきたのが、今年に入って台詞と同居しながら音楽が邪魔にならないためにはどうしたらいいかを模索していて、それがやっと形になりました。

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ロマンアルバムより 抜粋)

 

 

 

久石 「2012年の暮れに鈴木(敏夫)さんから「『かぐや姫の物語』の公開が延期されたので、『風立ちぬ』共々ぜひやってほしい」とご依頼をいただきました。そのときはビックリしましたね。まさか高畑さんとご一緒できるとは思ってもいませんでしたから。でも、僕は高畑さんをとても尊敬していましたし、高畑さんとご一緒できるのだったら、ぜひやりたいと、返事をさせていただきました。」

久石 「打ち合わせでは、Mナンバーで53まであったんですよ。53曲もあるということは、裏返せば、音楽が絶えず映像と共存していて、鳴っていることを意識させない書き方をしていかなければいけないということですね。ですから、音楽の組み立て方も大変でした。曲数が多い場合、メロディーを強調したりして音楽が主張し過ぎると、浮いちゃうんですよ。映像もムダをはぶいた省略形ですし、効果音も決して多くない。その意味でも、音楽は極力エッセンスみたいなもので勝負しないと映像との共存ができなくなってしまいますし、全体を引き算的な発想で作っていかないといけませんでした。そして、音もできるだけ薄く書く方法をとりました。もちろん、薄く書くというのは決して中途半端に書くということではありません。逆に、それに見合うメロディーを書かなければなりませんし、和音とか一切なくても成立するものを作らなければいけません。ワンフレーズを聴いただけで特徴が捉えられるようなものを、ですね。ペンタトニックのフリをしているんですけれども、実はコードに関してはかなり高等なことをやっています。」

久石 「高畑さんさんは音楽への造詣が深い方です。前に高畑さんが書かれた映画音楽についての文章を拝読したことがあるんですが、そこでは最終的な映画音楽の理想として「音楽と効果音が全部混ざったような世界」というようなことを書かれていました。なかなかそういうところまで理解する人はいませんし、そういうことも今回はできるという嬉しさを感じましたね。「光の音」についてはピアノを中心に、ハープ、グロッケン、フィンガーシンバル、ウッドブロックなどを掛け合わせて表現しています。今回は弦の特殊奏法も多いです。それは最近、現代音楽も手がけていることも含めた自分のパレットの中で、やれることは全部やろうとした結果ですね。その意味では比較的、自由に書いています。トータルで、今まであまりなかった世界に持ち込めたらいいなというのはありましたね。」

久石 「これは非常に重要なところなんですが、高畑さんから持ち出された注文というのが「一切、登場人物の気持ちを表現しないでほしい」「状況に付けないでほしい」「観客の気持ちを煽らないでほしい」ということでした。つまり、「一切感情に訴えかけてはいけない」というのが高畑さんとの最初の約束だったんです。禁じ手だらけでした(笑)。例えば「”生きる喜び”という曲を書いてほしいが、登場人物の気持ちを表現してはいけない」みないな。ですから、キャラクターの内面ということではなく、むしろそこから引いたところで音楽を付けなければならなかったんですね。俯瞰した位置にある音楽といってもいいです。高畑さんは僕が以前に手がけた『悪人』の音楽を気に入ってくださっていて、「『悪人』のような感じの距離の取り方で」と、ずっとおっしゃっていました。『悪人』も登場人物の気持ちを表現していませんからね。」

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ビジュアルガイドより 抜粋)

 

 

久石:
今回の場合、高畑さんご自身で作詞作曲された”わらべ唄”という曲がすでにありました。それがもう5音音階でつくられてしまっているんです。”わらべ唄”は結構重要なシーンで使われるので、そうすると、それを加味した上でトータルの音楽をどうつくっていくかというふうに考えます。であるならば、必然的にこちらもある程度5音音階を使用したものをつくらないと整合性が取れない。ただ5音音階というのは下手すると本当に陳腐なものになりやすいので難しいですね。全体として日本の音階が主体になっているんですが、それを感じさせないようにするにはどうするかというのがかなり大変でした。例を挙げるとマーラーの “大地の歌” 。あれは李白の詩を使って、出だしから非常に5音音階的なんです。マーラーのような、同じ5音音階を使っても全然別口に聴こえるようなアプローチであるとか、そういうようなものを考えました。あとは、アルヴォ・ペルトという現代の作曲家なんですが、すごくシンプルで単純な和音を使う人のものとか。そういうものを参考にしながら全体を高畑さんが考えられている世界に近づけるようにしていく作業でしたが、それがだんだんと、高畑さんに似てきてしまって。僕も相当論理的に考えるほうなので、思考法が似てる、などと言うと偉そうに聞こえてしまうかもしれませんが、ひとつひとつ理詰めでつくっていきました。でも普通なら、今回のように主題歌がついて、大事なところで使われる曲もすでにあったら間違いなく断っています。いろいろなものをくっつけられてしまうと最終的に音楽全部に責任持てないですから。でも高畑さんのことはとても尊敬していたので今回はお引き受けしたんです。

久石:
書いた曲のチェックは、高畑さんは「想像できるのでピアノスケッチで大丈夫です」と言ってくださっていたので、ピアノスケッチを送っていました。だんだんとそれにオーケストラの色をつけたものをまた送る。これを六十数曲ずっと繰り返したわけです。送るたびにバッと修正オーダーが来る。高畑さんの場合は特に多く、「また来たか」みたいな。「またこんなにですか(笑)」とか。ところがある時期を越えたら、台詞とぶつかると音楽が損だからと、台詞とメロディーの入るタイミングをちょっと遅らせて欲しいとか、そういう修正が多くなってきたんです。その辺りから完全に高畑さんとシンクロしましたね。

久石:
例えば、台詞とぶつかると音楽は小さくせざるを得ない。台詞が聞こえないと困るから。だから「音楽が損だから遅らせましょう、そうしたら小さくしないで済む」ということを具体的に言う監督は数えるほどしかいない。これは音楽を大切にしていただいている証拠です。どう考えても映画ですから、何をしゃべっているのか分からないとマズい。だから台詞は聞かせないといけない、でも音楽をそのために小さくするのは忍びない、だから、タイミングを変えて欲しい。という言い方ですから、これはもうほんとうにありがたいですよね。おかげで音楽は変拍子だらけになりましたけど、こんな素晴らしい人はそうそういません。

久石:
今作のような、ああいう絵のタッチは、音楽をつくるのにも完全に影響しましたね。あの絵は引き算の発想ですね。全部写実するより無駄なものを外す、ということは、音楽も同じなんです。効果音もそうですし、要するにすべて、必要最低限にシンプルにつくらなければいけない。つまり、オーケストラでガーンと派手にいくより、エッセンスをどこまで薄くするか。で、最初の打ち合わせでは五十数曲必要と言われたけれど、最終的には40曲ぐらいに落ち着くだろうと思っていた。一応ピアノのスケッチを書くけど、どうせ削られるのであれば、もう異様に薄く書いてしまおうと思って、薄く書いたんですよ。そしたら、全部採用になってしまって。でも考えれば、最初から高畑さんも極力シンプルにするということはおっしゃっていましたし、構築された音楽よりも、非常にシンプルなんだけど、力強いものがいいって。

久石:
いわゆる省略形の、すごく引いたもの。その発想というか思想というか考え方は、音楽にも効果音にもすべてに徹底されるなと思ったので、自分も引き算の発想でつくったんです。そうしないと音楽が浮いてしまう。感情を押し付けて「ここは泣くように」という感じの音楽を「泣きなさい」と書くよりは、その悲しみを受け止めつつも3歩ぐらい引いたところで書くと、観客のほうが自動的に気持ちがそこにいくんですよね。高畑さんは今回それをかなり何度もおっしゃっていて、僕もいちばん気を付けたところですね。

久石:
でも高畑さん、意外にオーケストラの音などにはこだわっていないんです。良けりゃオーケストラでもいいんですという感じでしたね。だから、こちらからもどんどん変えたりもしました。途中でリュート、ルネッサンスのギターみたいなものを使いますと提案したときも、絶対変えたほうが高畑さんは喜ぶと確信していたから。それで実際に変えても、なにも言わないというか「あ、いいです、いいです。これでいいです」だけ。音楽的なことで、今回ものすごく注意したのは、メロディーの楽器をフルートだとか弦などのように音がピーと伸びる楽器を極力少なくしたんです。ピアノやハープだとかチェレスタとか、要するに弾いたら音が全部減衰していく楽器、アタックを抑えたそれらを中心に据えました。そうすると、ポンと鳴るけれども消えていくから、台詞を食い辛いんですよ。もちろん五十数曲と多いので「音楽うるさいな」となると終わってしまうから、うるさくしないための方法なんですが。ただ、そうすると、ピアノ、ハープ、チェレスタ、グロッケンなどと楽器が限られちゃうので、それでもうひとつさっき言ったリュートというのを加えることで、その辺の音色をちょっと増やして、できるだけ台詞と共存できるように組んでいったんです。だから発想としては「リュートの音っていいよね」ではないんです(笑)。感覚的じゃなくて、減衰系の楽器で色が必要だ、と。そういうふうに論理的に決めたんです。高畑さんみたいでしょ?たぶんそこは似てるんだと思います。高畑さんと同じというとおこがましいから、ちょっと似ている程度で(笑)。

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー 熱風より 抜粋)

 

 

 

鈴木:最高の作品は、運も味方につける
『ナウシカ』と『天空の城ラピュタ』で、宮崎☓久石の名コンビが世間にも認知された。どちらも音楽担当をしていた高畑さんは、「だから自分が映画を制作するときには、久石さんに音楽を頼むことはできない」と話していたんです。ところが、突如『かぐや姫の物語』の音楽は、久石さんにお願いしたいと言い出した。

当初、『風立ちぬ』との同日公開を目論んでいた僕は、困ってしまった。その両作を久石さんがやるのはどうかと。

そこで宮さんがどう思うかと話しに行きました。「久石さんもかぐや姫の音楽をやりたがってるし、高畑さんもお願いしたいと言っている」と。そういうとき、宮さんはすこしキレ気味に、決まってこう言うんです。

「そんなことは、久石さんが決めればいいんだ!俺の知ったこっちゃない」

このときもそう話した途端に、「久石さんやっちゃうよな~。マズイよ、鈴木さん。久石さんを阻止してよ。『風立ちぬ』だけでいいよ!パクさん(高畑勲)は他の人がいっぱいいるじゃん」と言うんですよ。

結局、『かぐや姫』のほうの制作が遅れて、公開が4ヵ月延期されることになり、改めて久石さんにお願いしました。同日公開はできなかったけれど、作品として、これは本当に運が良かった。

Blog. 「オトナの!格言」 鈴木敏夫×久石譲×藤巻直哉 対談内容紹介 より)

 

 

 

 

 

 

2021年発売LP盤には、新しく書き下ろされたライナーノーツが封入された。時間を経てとても具体的で貴重な解説になっている。

 

 

 

 

日本の純音楽、忘れていた日本古来の旋律や楽器の響き。絶妙のさじ加減で古来の伝統音楽と現代の音色が織り重なっている。美しい旋律、独特な日本の美を感じさせる和楽器。

高畑勲監督による約14年ぶり、8年の構想期間を費やしたこの作品は、日本アニメーション界に大きな布石を打つことは間違いない。そしてそれは久石譲によるこの映画音楽も同じだと思う。

この作品には日本の文化が詰まっている。現代人が忘れていたもの、失くしたものが、ここには眩く輝いている。日本人で良かった、日本を誇りに思う、そんな作品。

 

 

 

かぐや姫の物語 サウンドトラック

1.はじまり
2.光り
3.小さき姫
4.生きる喜び
5.芽生え
6.タケノコ
7.生命(いのち)
8.山里
9.衣
10.旅立ち
11.秋の実り
12.なよたけ
13.手習い
14.生命(いのち)の庭
15.宴
16.絶望
17.春のめぐり
18.美しき琴の調べ
19.春のワルツ
20.里への想い
21.高貴なお方の狂騒曲(ラプソディ)
22.真心
23.蜩(ひぐらし)の夜
24.月の不思議
25.悲しみ
26.運命(さだめ)
27.月の都
28.帰郷
29.帰郷
30.天人の音楽Ⅰ
31.別離(わかれ)
32.天人の音楽Ⅱ
33.月
34.いのちの記憶 (唄:二階堂和美)
– – – – – – – – – – – – –
35.琴の調べ
36.わらべ唄 (作曲:高畑勲)
37.天女の歌 (作曲:高畑勲)

作曲・編曲・プロデュース:久石譲

指揮:久石譲
ピアノ:久石譲 (Track 12,31,33)
演奏:東京交響楽団
ゲスト・コンサートマスター:近藤薫
Lute:金子浩 (Track 10,15,26,28)
古箏:姜小青 (Track 18,23,25)

天人の音楽 (Track 30,32)
Whistle,Charango,Guitar,Celtic Harp,Harp,W.Bass,Percussion,篳篥,竜笛

録音:ミューザ川崎シンフォニーホール、Bunkamura Studio
ミキシング:Bunkamura Studio

 

 

【初回プレス限定特典】特典ディスク PSCD-2479
・映画「かぐや姫の物語」音源 (ジャケットと別絵柄の紙ジャケ仕様)
・映画収録曲よりサウンドトラック未収録音源5曲を収録
・紙ジャケット仕様 Discプリントはレコード盤デザイン

かぐや姫の物語 サウンドトラック 特典CD

1. なよ竹のかぐや姫(古筝)
2. 名付け披露(田楽)
3. タカラモノ(古筝)
4. 公卿たち(雅楽)
5. レンゲ草(古筝)

 

The Tale of the Princess Kaguya (Original Soundtrack)

1.Overture
2.Light
3.The Little Princess
4.The Joy of Living
5.The Sprout
6.Li’l Bamboo
7.Life
8.Mountain Hamlet
9.Robe
10.Setting Out
11.Autumn Harvest
12.Supple Bamboo
13.Writing Practice
14.The Garden of Life
15.The Banquet
16.Despair
17.The Coming of Spring
18.Melody of the Beautiful Koto
19.Spring Waltz
20.Memories of the Village
21.The Nobles’ Wild Ride
22.Devotion
23.Cicada Night
24.Mystery of the Moon
25.Sorrow
26.Fate
27.The City of the Moon
28.Going Home
29.Flying
30.The Procession of Celestial Beings I
31.The Parting
32.The Procession of Celestial Beings II
33.Moon
34.When I Remember This Life
35.Koto Melody
36.Nursery Rhyme
37.Song of the Heavenly Maiden

 

가구야공주 이야기 Original Soundtrack
(South Korea, 2013) PCKD-20219

1.시작
2.빛
3.작은 공주
4.삶의 기쁨
5.발아
6.대나무순
7.생명
8.산골
9.옷
10.여행
11.가을의 열매
12어린 대나무
13.연습
14.생활의 정원
15.잔치
16.절망
17.봄의 순례
18.아름다운 현의 연주
19.봄의 왈츠
20.마을에 대한 추억
21고귀한 분의 광소곡
22.진심
23.매미의 밤
24.달의 신비
25.슬픔
26.운명
27.달의 도시
28.귀향
29.비상
30.천인(天人)의 음악 Ⅰ
31.이별
32.천인(天人)의 음악 Ⅱ
33.달
34.생명의 기억
35.현의 연주
36.전래동요
37.선녀의 노래

 

Disc. EXILE ATSUSHI & 久石譲 『懺悔』

EXILE ATUSHI & 久石譲 懺悔 DVD付

2013年10月16日 CDS発売
CD+DVD RZCD-59456/B
CD RZCD-59457

 

日本テレビ開局60年 特別展「京都―洛中洛外図と障壁画の美」
東京国立博物館 平成館 特別展示室 2013年10月8日(火) ~ 2013年12月1日(日)

テーマソング「懺悔」 作詞/歌:EXILE ATSUSHI 作曲/編曲:久石譲

 

 

新しい試みとして「弦楽四重奏がふたつ」という編成。コントラバスを中央にその両サイドに弦楽四重奏が対を成すように配置、低音を中心に高音楽器へ広がっていくという扇型、ふたつの弦楽四重奏を混在させるという試み。

第一ヴァイオリン(左)、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス(中央)、チェロ、ヴィオラ、第二ヴァイオリン、第一ヴァイオリン(右)。この楽器編成で、中央のコントラバスを要に扇型にアーチを描いた配置。

「それぞれの弦楽四重奏だけでも音楽ができ、またそのふたつを対立されることで別の要素が生まれたり、というのがこの「弦楽四重奏がふたつ」という試みの狙い」と久石譲も語っている。そのふたつの弦楽四重奏をつなぐように、久石譲のピアノとハープが音楽世界に深みを持たせている。

時代を超えた芸術、日本の美を感じることができる、美しくも儚さの漂う叙情的な楽曲。ふたつの弦楽四重奏によるアコスティックな澄んだ音色と、呼吸しあうかのようなかけいあい。まるで「あうんの呼吸」という日本文化を象徴しているようでもあり、光と闇、希望と狂気、善と悪、過去と未来、西洋と東洋、文化と文明、対極する世界をものみ込んでいく。

官能的な旋律はクライマックスへと昇天していく。「太王四神記」や「女信長」にもある異国時代劇のような世界。

西洋の楽器を使い、古典・バロックより定着している楽器編成 弦楽四重奏、一方で日本古来の楽器、和楽器は登場しない。にもかかわらずその響きに「日本の和」を感じさせるのは弦の巧みな響き。

 

プロモーションビデオでは、京都の「東福寺 三解脱門」「大覚寺 石舞台」「伏見稲荷大社」など歴史的に貴重が場所での撮影が行われている。

 

 

2019.4.26 追記

『TRADITIONAL BEST / EXILE ATSUSHI』CDライナーノーツより

Word:ATSUSHI
Music, Arranged & Produced by Joe Hisaishi

Piano & Conducted by Joe Hisaishi
Performed by
1st Quartet:Yu Manabe, Masahiko Todo, Amiko Watabe, Masutami Endo
2nd Quartet:Tomomi Tokunaga, Naomi Urushibara, Hyojin Kim, Tomoki Tai
Contrabass:Jun Saito
Harp:Tomoyuki Asakawa
Instruments Recording & Mixing Engineer:Hiroyuki Akita
Vocal Recorded by Naoki Kakuta at avex studio
Manipulator:Yasuhiro Maeda (Wonder City Inc.)
Instruments Recorded & Mixed at Bunkamura Studio

 

(Music Video)

Special Thanks:
アンジェリカ・ノートルダム
大仙公園 日本庭園
大本山 東福寺
旧嵯峨御所 大覚寺門跡
伏見稲荷大社

 

 

 

EXILE ATUSHI & 久石譲 懺悔 DVD付

 

EXILE ATSUSHI 久石譲 懺悔 通常盤

1. 懺悔
2. 赤とんぼ
3. 懺悔 (Instrumental)
4. 赤とんぼ (Instrumental)

【CD+DVD盤のみ】 Disc.2 PV DVD
1. 懺悔 (Video Clip)

「懺悔」
Music, Arranged & Produced by Joe Hisaishi
Piano & Conducted by Joe Hisaishi
Performed by 1st Quartet/2nd Quartete/Contrabass/Harp
Instruments Recorded & Mixed at Bunkamura Studio

 

Disc. 久石譲 『スイートハート・チョコレート』 *Unreleased

2013年 中国公開

 

2013年 映画「スイートハート・チョコレート」(原題:甜心巧克力)
監督:篠原哲雄 音楽:久石譲 出演:リン・チーリン 他

2012年制作、日中合作映画である本作品は、日本では2012年10月20日-28日に行われた「第25回東京国際映画祭」にて期間上映された。2013年11月2日、第13回韓国光州国際映画祭で最高賞の審査員大賞を受賞し、中国国内でもメディアの注目度が急上昇している。そんななか中国国内で11月08日から上映開始されることが決定。

 

 

メインテーマは切ないピアノの旋律。1音1音丁寧に、お互いの愛を確かめあうような美しいメロディー。チェロによる主曲もまた悠々としっとりと歌い上げている。哀愁漂う叙情的なメロディーが印象的。他にもギターやピチカートによる軽快でリズミカルな曲も含まれている。

全体的にはシンプルなアコースティックサウンド。隠し味的に使用されているシンセサイザーのバックグラウンドもちょうどいい。映画のとおりハートウォーミングな音楽となっている。

 

日本公開日:2016年3月26日

 

 

甜心巧克力 スイートハートチョコレート

 

 

Disc. 久石譲 『イザベラ・バードの日本紀行』 *Unreleased

2013年10月1日 ラジオ放送

 

2013年10月1日~10月11日
ラジオ番組 J-WAVE 25th Anniversary Special
『UNBEATEN TRUCKS IN JAPAN イザベラ・バードの日本紀行』
企画・構成・演出・ナビゲーター:三谷幸喜 朗読:松たか子 音楽:久石譲

 

 

ピアノとヴァイオリンが織りなすクラシカルな音楽世界。明治維新、イギリス人、女性旅行作家、こういった時代背景。高貴で上品なタッチであり、軽やかでもあり優美さもあり、新しい時代の幕開けと、女性の社会的進出の加速も感じさせる曲調。

テーマ曲はピアノとヴァイオリンが跳ねるように響く。ヨーロッパな香り、女性イギリス人の主人公を表現しているかと思えば、明治時代という時代のうねりも顔を覗かせる。テーマ曲だけでもオープニングとエンディングで流れたメインテーマと、物語のなかでのヴァイオリンのソロ、そしてピアノとヴァイオリンがよりゆったりと優雅にアレンジされた、少なくとも3つのヴァリエーションは確認できた。

その他ストーリにそって、テーマ曲以外のシーン音楽も登場する。アイリッシュな旋律もあり、シンプルながらも躍動感や臨場感も感じさせる、イギリスと日本の文化が絡み合っているよう。

テーマ曲、およびテーマ曲のヴァイオリン・ソロ、テーマ曲の別アレンジ・ヴァージョン。シーン音楽も少なくとも3-4曲登場している。

全編にわたりピアノとヴァイオリンのみというシンプルなアコースティック構成。時に優雅に歌い、時に弾むように、時に激しいパッションを表現したピアノとヴァイオリン。ラジオ物語らしい心地のよいゆったりとした調べ。日曜日の昼下がりにとても似合う。叙情的にもなりすぎず、幾学的でもない、まさにクラシカルな室内音楽のような音楽世界。

ちなみに、この作品でのピアノ奏者は久石譲ではない。おそらくクラシック専門のピアノ奏者であり、久石譲の持ち味とはまた違った、この作品らしいクラシカルな規則正しい演奏が上品さを引き立てている。

クラシカルな響きな時代を問わず普遍的であり、聴く人の年齢によっても味わいや深みも変わって感じられる、成熟していく大人な香りのする作品。このような小品集を日常生活のなかで、ほんのひとときでも非日常な時間を体感できるならば、それはすごく価値のある尊い作品だと思う。

 

楽曲情報
・イザベラのテーマ
・MOUNTAIN HUT

 

 

 

Disc. Kazumi Tateishi Trio 『CINEMA meets JAZZ ~ひこうき雲~』

CINEMA meets JAZZ ~ひこうき雲~

2013年7月19日 CD発売 VICL-64047

 

ジブリ映画最新作「風たちぬ」の主題歌 〈ひこうき雲〉 はじめ、日本映画の名 曲たちを『Ghibli meets JAZZ』のKazumi Tateishi Trioがジャズトリオでカバー!

Kazumi Tateishi Trioがジブリ作品関連曲を収録したジャズ・カヴァー・アルバムをリリース。荒井由美による主題歌「ひこうき雲」をはじめ、これまでの“ジブリ・ミーツ・ジャズ”に未収録のジブリ関連曲や日本映画の主題歌ジャズ・カヴァーを収録。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

久石譲作品も多数収録されている。

 

 

CINEMA meets JAZZ ~ひこうき雲~

1. 少年時代 (「少年時代」より)
2. ひこうき雲 (「風たちぬ」より)
3. 時をかける少女 (「時をかける少女」より)
4. 海のおかあさん (「崖の上のポニョ」より)
5. Merry Christmas Mr.Lawrence (「戦場のメリークリスマス」より)
6. Summer (「菊次郎の夏」より)
7. SMALL HAPPINESS (「Love Letter」より)
8. ALWAYS三丁目の夕日OPENING TITLE (「ALWAS三丁目の夕日」より)
9. THE 有頂天ホテル Mania Title (「THE有頂天ホテル」より)
10. 真夏の果実 (「稲村ジェーン」より)
11. 上を向いて歩こう (「コクリコ坂から」「上を向いて歩こう」より)
12. はにゅうの宿 (「火垂るの墓」「ビルマの竪琴」より)

 

Disc. 久石譲 『風立ちぬ サウンドトラック』

久石譲 『風立ちぬ サウンドトラック』

2013年7月17日 CD発売 TKCA-73920
2021年4月24日 LP発売 TJJA-10033

 

2013年公開 スタジオジブリ作品 映画「風立ちぬ」
監督:宮崎駿 音楽:久石譲
演奏:読売日本交響楽団

 

宮崎・久石コンビ最後の長編作品。本作はサントラ盤のみが制作された。映画本編はモノラルだがCDはステレオ収録。

読売日本交響楽団によるフルオーケストラ演奏ほか、バラライカ・マンドリン・バヤン・アコーディオ等の民族楽器での楽曲も印象に残るサウンドトラック。荒井由実の歌う主題「ひこうき雲」も収録。録音は2013年5月。

 

 

「まずは、オーケストラを小さな編成にしたことです。宮崎さんも「大きくない編成が良い」と一貫して言っていました。それから鈴木プロデューサーから出たアイデアで、ロシアのバラライカやバヤンなどの民族楽器や、アコーディオンやギターといった、いわゆるオーケストラ的ではない音をフィーチャーしたことです。それによっても、今までとは違う世界観を作り出せたんじゃないかと思います。」

「オープニング曲は、飛行機が飛び立つまでは、ピアノがちょっと入るくらいで、あとは民族楽器だけです。大作映画では、頭からオーケストラでドンと行きたくなりますけど、それを抑えたのが凄く良かったですね。二郎の夢の中なので、空を飛んだとしても派手なものになるわけではないと、宮崎さんは言っていましたし、僕としても、観る人の心を掴むオープニングに出来たと思っています。この曲があったから、映画全体の音楽が「行ける!」と感じました。」

「モノラルは一カ所から音が出るから、それぞれの楽器の微妙なバランス調整が必要になるんです。通常よりも細かい作業が必要で、不眠不休の状態が続きました。でも左右が無く、遠近だけというところに面白さがあって、上手く行くとパァッと音の空間が広がるんです。やっぱりレコーディングの基本はモノラルにあると思いました。良い経験をすることが出来ました。」

「効果音というのは、普通は人間の生理とは無関係の音なんです。でも、それを人間が口で作ると生理的な音になって、音楽に割り込んで来る。そこは宮崎さんとも話をして、色々調整しました。最終的には効果音も加工が入ってシンプルになり、音楽、セリフと調和して良い感じになったと思います。ここでも、モノラルで音の出どころを一点に集中したことが良かったですね。」

Blog. 久石譲 「風立ちぬ」 インタビュー ロマンアルバムより 抜粋)

 

 

「自分と映画が同化するくらい真剣になって書くようになったんですよね。音楽家として映画に携わったというスタンスよりも、自分が映画の一員になり、監督の分身になるくらいに入り込む。以前は音楽家としての野心みたいなものも強かったけれど、『悪人』(2010年)以降かな、引くことを覚えた。映画と音楽が一体化したとき、どう観客に訴えかけるか、どう伝えるかを中心に考えるようになったんです。音楽はドレミファソラシドと半音を足して、12個の音の組み合わせでしかない。それにリズムとハーモニーでしょ。しかも映画音楽では調性やメインテーマが求められるわけだし、映像やセリフ、効果音などとのバランスや制約もある。やれる範疇が決まってるんです。非常に限定されているなかでオリジナリティを出すのは、本当に大変な作業なんですよ」

Blog. 久石譲 「風立ちぬ」 インタビュー月刊ピアノ2013年8月号より 抜粋)

 

 

「結構苦しみましたし、大変でした。というのも、今までのファンタジーとは違って、今回は実写に近い。そういう場合、テーマ曲はどうあるべきなのかをつかむまでに時間がかかった」

「宮崎さんの作品は世界中の人が待っていますからね。音楽にも格が必要だと思っていたので、今回もですが、ホール録音が多いんです。でも、『今回は大きくない編成がいいんだ』というので、そのスタイルを切り替えた。これはかなり難しかった。オーケストラにはないものをフィーチャーし、結果的に一番小さい編成になった。今までとは違う世界観を持ち込んだつもり」

「作曲というのは点ではなく線。一つの仕事をすると、必ずやりきれなかったことや反省が出てくる。弦の使い方が良くなかったなとか、ちょっとうるさく書きすぎた、とか。それを次の作品でクリアしていく。クリアしても、次の問題が出てくる。宮崎さんの作品はほぼ4年に1度。オリンピックのようなもの。節目節目でクリアしなければいけない課題が出てくるんです」

Blog. 久石譲 「風立ちぬ」 インタビュー スポーツ報知特別号より 抜粋)

 

 

久石:
あとね、実はドルビー・サラウンドっていうのは劇場の中でも真ん中の数メートル以外関係ないんですよ。(4人だけ、)そこで聴かない限りは完全なサラウンドってわからないんですよ。どちらかによっちゃうから。ところがモノラルって一番隅でも一番前でも後ろでも右でも左でも、まったく同じなんですよ。だからそういう意味でいうと、モノラルっていうのは本来、実は「ナウシカ」がモノラルだったですよね公開、でもそんなの誰も感じない、すごくいいんですよ。ところがその技術がもうなくなっちゃって、モノラルレコーディングを全然体験していない人たちでモノラルを作るわけだから、これ逆に言うと非常に労力がかかる。だってその技術は廃れてなくなってたはずなんだよね、それをあえてモノラルでいくってなると、そのための準備がまたすごくかかった。(効果音には人の声も使った)ちょっと音程があったんで一部直してもらったんですよね。声でやっちゃうとどうしても音程が出ちゃうところがあったんで、直してもらって、それで全体がわりと音楽となじむようにしてもらうっていう経過はあります。

久石:
(バラライカ、バランなどの民族楽器を使ったのは)これは鈴木さんのアイデアなんですよね。「ドクトル・ジバゴ」でしたっけ、ちょっとね全体にああいうロシア的な匂いをさせたらどうかみたいな話があって。僕も、大きい大河ドラマのように動いてる話なんだけど、個人にスポットを当てるような話なので、そこで翻弄されるでもなく、ちゃんと自分を保ってる個人の人間にスポットを当てるっていったときに、音楽はどういうところに焦点絞るかなっていうところで、それはわりと鈴木さんとよく話し合いましたね。で、ちょっとロシア調にしようか、みたいなのはちょっとありました。

鈴木:
宮崎が好きだと思ったんですよ。音色に弱いから(笑)。

Blog. NHK FM 「今日は一日”久石譲”三昧」 番組内容 -トーク編- より抜粋)

 

 

 

2021年発売LP盤には、新しく書き下ろされたライナーノーツが封入された。時間を経てとても具体的で貴重な解説になっている。

 

 

 

2013年7月3日 Digital Single発売

ひこうき雲/荒井由実

 

 

映像特典中「宮崎さんと久石譲さん」チャプターに、久石譲が登場している。さらに、3曲目「カプローニ(設計家の夢)」レコーディング風景が収録されている。

 

 

 

映画本編と映画予告編ではメインテーマ「旅路」が少し異なる。

 

 

いつもの品格あるジブリ音楽であり、これまでとは次元の違う新しい世界観。

「ファンタジーはやらない」と公言していた宮崎駿監督だけに、壮大な二管編成フルオーケストラでファンタジー感を演出するのとは対極に、シンプルな小編成の音楽がリアリズムの演出に功を奏している。

オープニングから流れる印象的なメインテーマ「旅路」は、主人公 二郎のテーマであり、宮崎駿監督の『今回のテーマは「旅」である』という構想をもとにされている。美しいメロディーもさることながら、その旋律を凛と立たせている楽器は、ロシアの代表的な弦楽器である「アルトバラライカ」や同種のマンドリン、同じくロシアのアコーディオン「バヤン」といった民族楽器。

メインテーマ「旅路」はストーリー展開やそのシーンに寄り添うように、時にストリングスに、時に管楽器にと、そのモチーフも色彩豊かに表現されている。同じメロディーでもここまで印象が違うものかと感嘆させられる。昭和の日本の香りがするかと思えば、イタリアの爽やかな風が吹いてくる。まさに魔法の旋律である。

もうひとつのテーマである「菜穂子」では、切なくも美しい清く生きた女性の姿が、ピアノやストリングスで涙腺にふれる。

「カプローニ」では美しい夢をもった者の誇り、時空を超えた対峙が、勇壮な旋律で高揚感ある鼓動が響いている。

「隼班」「紙飛行機」などでは、研ぎ澄まされたミニマル・ミュージックを堪能できる。ピアノとヴァイオリンの高音が緊張感と気品を見事に表現している。ここまでシンプルながらも、相反する張り詰めた躍動感を感じる術はすごい。

まさに至高の映画音楽。上品なバロック音楽、室内楽のようなクラシカルな響きであり、日本とイタリア、夢と現実、男と女、生と死、と言った二極的な世界を、最高のメロディーと最高の楽器編成により表現されている。

久石譲本人は「ひとつの作品にこれだけ長く時間をかけたのは初めてだし、一番苦しんだ作品かもしれない。」とその約2年間にも及んだ制作過程を振り返っている。

また劇中音楽はすべてモノラル音源となっている。「全体にわたって細部のバランスを調整しないといけなくなり、通常よりも細かい作業が大変だった。それがうまくいくと空間が広がっていく。」と久石譲本人も語っているとおり、新しい試みとなっている。

本作品はもちろんステレオ音源だが、【先着購入特典CD】には映画本編で使用されたモノラル音源にて、旅路(夢中飛行) / 菜穂子(めぐりあい) の2曲が特別収録されている。音楽の原点はモノラルというとおり、確かに懐かしさもあり、心地良い音の広がりも感じることができる。1ヶ所からしか鳴っていない音にも関わらず、各楽器や各旋律の広がりや奥ゆきを体感することができる贅沢な特別収録。

また映画「風立ちぬ」では過去のスタジオジブリ作品 宮崎駿監督では恒例となっていたイメージアルバムも制作されていない。

映画同様、音楽も新しい挑戦にして現時点での最骨頂とも言えるのではないだろうか。まさに「風立ちぬ」の音楽世界を堪能するには唯一にて至高の1枚となる。

 

 

 

久石譲 『風立ちぬ サウンドトラック』

1. 旅路 (夢中飛行)
2. 流れ星
3. カプローニ (設計家の夢)
4. 旅路 (決意)
5. 菜穂子 (出会い)
6. 避難
7. 恩人
8. カプローニ (幻の巨大機)
9. ときめき
10. 旅路 (妹)
11. 旅路 (初出社)
12. 隼班
13. 隼
14. ユンカース
15. 旅路 (イタリアの風)
16. 旅路 (カプローニの引退)
17. 旅路 (軽井沢の出会い)
18. 菜穂子 (運命)
19. 菜穂子 (虹)
20. カストルプ (魔の山)
21. 風
22. 紙飛行機
23. 菜穂子 (プロポーズ)
24. 八試特偵
25. カストルプ (別れ)
26. 菜穂子 (会いたくて)
27. 菜穂子 (めぐりあい)
28. 旅路 (結婚)
29. 菜穂子 (眼差し)
30. 旅路 (別れ)
31. 旅路 (夢の王国)
32. ひこうき雲 歌:荒井由実

作曲・編曲・プロデュース:久石譲

指揮:久石譲
ピアノ:久石譲 (Track 5,18,27,28,29)
演奏:読売日本交響楽団
バラライカ & マンドリン:青山忠
ギター:千代正行、古川昌義
バヤン & アコーディオン:水野弘文

音楽収録:東京芸術劇場、ビクタースタジオ
ミキシングスタジオ:Bunkamura Studio

 

 

【先着購入特典CD】
サントラCDはステレオ録音商品
「風立ちぬ」の映画音楽はすべてモノラル音源
特典CDは映画で使用されたモノラル音源を特別に収録
収録曲:旅路(夢中飛行)/菜穂子(めぐりあい) 以上2曲
紙ジャケット仕様 Discプリントはレコード盤デザイン

風立ちぬ サウンドトラック 特典CD MONO

1.旅路(夢中飛行)≪MONO≫
2.菜穂子(めぐりあい)≪MONO≫

 

The Wind Rises (Original Soundtrack)

1.A Journey (A Dream of Flight)
2.A Shooting Star
3.Caproni (An Aeronautical Designer’s Dream)
4.A Journey (A Decision)
5.Nahoko (The Encounter)
6.The Refuge
7.The Lifesaver
8.Caproni (A Phantom Giant Aircraft)
9.A Heart Aflutter
10.A Journey (Jiro’s Sister)
11.A Journey (First Day at Work)
12.The Falcon Project
13.The Falcon
14.Junkers
15.A Journey (Italian Winds)
16.A Journey (Caproni Retires)
17.A Journey (An Encounter at Karuizawa)
18.Nahoko (Her Destiny)
19.Nahoko (A Rainbow)
20.Castorp (The Magic Mountain)
21.The Wind
22.Paper Airplane
23.Nahoko (The Proposal)
24.Prototype 8
25.Castorp (A Separation)
26.Nahoko (I Miss You)
27.Nahoko (An Unexpected Meeting)
28.A Journey (The Wedding)
29.Nahoko (Together)
30.A Journey (A Parting)
31.A Journey (A Kingdom of Dreams)

 

바람이 분다 Original Soundtrack
(South Korea, 2013) PCKD-20218

1.여로 (몽중비행)
2.유성
3.카프로니 (설계가의 집)
4.여로 (결의)
5.나호코 (만남)
6.피난
7.은인
8.카프로니 (환상의 거대기)
9.설레임
10.여로 (누이동생)
11.여로 (첫출근)
12.The Falcon Project
13.The Falcon
14.융커스
15.여로 (이탈리아의 바람)
16.여로 (카프로니의 은퇴)
17.여로 (가루이자와의 만남)
18.나호코 (운명)
19.나호코 (무지개)
20.카스트로프 (마법의 산)
21.바람
22.종이비행기
23.나호코 (프로포즈)
24.Prototype 8
25.카스트로프 (이별)
26.나호코 (보고 싶어서)
27.나호코 (우연한 만남)
28.여로 (결혼)
29.나호코 (눈빛)
30.여로 (이별)
31.여로 (꿈의 왕국)
32.비행기 구름

 

Disc. 久石譲 『NHKスペシャル 深海の巨大生物 オリジナル・サウンドトラック』

久石譲 『NHKスペシャル 深海の巨大生物 オリジナル・サウンドトラック』

2013年6月26日 CD発売 UMCK-1450

 

NHKスペシャル シリーズ「深海の巨大生物」
2013年1月13日放送 第一部
「NHKスペシャル 世界初撮影!深海の超巨大イカ」

第二部
■第1回「伝説のイカ 宿命の闘い」
放送日時:2013年7月27日(土)午後7時30分~ NHK総合
■第2回「謎の海底サメ王国」
放送日時:2013年7月28日(日)午後9時00分~ NHK総合

音楽:久石譲 演奏:NHK交響楽団 東京ニューシティ管弦楽団

 

 

久石譲さんインタビュー
番組音楽にかけた想い

NHK 深海 1

「深海」は当然のことながら、地上ではない。我々は地上で生きていますから、そこから考えると、とても深いところ、遠い次元になりますよね。音楽的に言うと、実は深海は宇宙の物語、宇宙と同じ空間であるということが大事なんです。

ただ、宇宙と深海の大きな違いは「水」ですから、今回ハープを2台起用して、フランス印象派的な、ドビュッシーやラヴェルのような世界観を持ち込もうというのが最初の狙いでもありましたね。

このハープがさまざまなパッセージを奏でているところに、和音感などの凝った形を取ることで、深海の不思議な感じを出せるのではないかなと考えました。

NHK 深海 2

今回は「ダイオウイカ」に続いて、「サメ」の曲をつくるということで、最初は苦しむのではないか…という嫌な予感がありましたね(笑)。サメと聞けば、あまりにも有名なジョン・ウィリアムズが作曲した映画『ジョーズ』のテーマ曲がありますから、それしか頭に浮かばないのではないかと思っていたんです。

ところが映像を見せてもらうと、メガマウスは想像していたどう猛なサメとはまったく違っていた。プランクトンを食べたり、サクラエビを食べたり、とても草食系な感じを受けたんです。メガマウスの優しい性格と、時間軸を超えたようなゆったりした広がりをその映像から感じ取ったときに、これならできると思って。メガマウスのイメージをつかめた瞬間から、対比としてどう猛なカグラザメには、不協和音を思いっきりぶつけたり、現代音楽的なアプローチを広げることができて、とても取り組みやすくなりました。

NHK 深海 3

さらに今回、プロデューサーの岩崎弘倫さんから、生きものの連鎖、輪廻を表現してほしいという依頼がありました。

話を伺う中で、いろんな生きものが他のものを食べ、それらがまた他のものを食べるという光景が、ある種宗教的、哲学的なテーマに感じましたね。その普遍的なテーマに対して僕自身も興味を持ち、力を入れて書きました。

書き上がったものは、かなりゆっくりした楽曲なのですが、NHK交響楽団の方々が素晴らしい演奏をしてくださり、とても満足できる作品に仕上がっています。 映像と音楽のめぐり逢いを楽しんでいただきたいですね。

NHK 深海 4

(久石譲インタビュー 出典元:NHK 深海プロジェクト 番組にかけた想い より)

 

 

メインテーマ(1)は、神秘的な深海の世界をあますことなく表現している。フルオーケストラの壮大かつ悠々とした広がりのある響きと、各楽器たちが織りなす旋律が、まさに多種多様な深海の生き物たちを、そして未知の世界の不思議さを感じとることができる。

メインテーマにも関わらず、いい意味でつかみどころのない不思議なメロディーが、未だなお解明されていないことの多い深海の世界、つまりは海の宇宙に対してこれからも探究が続いていく世界であることを予感させる。

ミステリーとロマンの大航海を彷彿とさせる(2)「ミステリー&ロマンへの誘い」、変拍子のリズムがまるで生き物のような躍動感を放つ(3)「海の世界」、シンセサイザーの不思議な音色と旋律が深く深く神秘の世界へ誘う(7)「神秘の海中」、悠々としたストリングスがその品格と高貴さを感じる(11)「ダイオウイカのテーマ」、ピアノで美しく優しく語りかけてくる(13)「達成~メインテーマ~」など、深海の魅力がぎっしりとつまっている。

第二部からも、寄せては返す波のように、解明してはまた新しい謎が現れるというくり返し、そんな深海の迷宮をダイナミックに表現した(16)「深まる謎」、どう猛なカグラザメと優しい性格のメガマウスをうまく対比した(18)と(20)、そして生き物の輪廻、生命の尊厳を高らかに讃歌する(21)「輪廻」、と、その魅力は尽きない。

久石譲本人も本作品の制作について、「音楽的に言うと、実は深海は宇宙の物語、ただ宇宙と深海の大きな違いは「水」、今回ハープを2台起用して、フランス印象派的な、ドビュッシーやラヴェルのような世界観を持ち込もうとしたのが狙いでもある。ハープが様々なパッセージを奏でているところに、和音感などの凝ったかたちを取ることで、深海の不思議な感じを出せるのではないかと考えた。」と語っている。

またプロデューサーからの「生き物の連鎖、輪廻を表現してほしい」との依頼からそれに応えるべく「ある種宗教的、哲学的、そして普遍的」なテーマに対して、魅力のある壮大な音楽世界を築きあげている。

世界も大注目のビッグニュースとはいえ、ひとつの番組において、ここまでの音楽的世界観の作り込みとしては贅沢な作品である。

映画「崖の上のポニョ」、映画「海洋天堂」、映画「水の旅人」などもそうだが海や水の世界観の表現は本当にすばらしい。そこにはダイナミックな躍動感と、緻密で精細なオーケストレーションという、ふたつの対極的な要素が見事に融合している。

ダイナミクスな海、宇宙、巨大生物から、ミクロな微生物やプランクトン、得体のしれない未知の生命体、そして化石まで命あるすべてのものが、ひとつひとつの旋律に楽器に宿っている。

 

 

久石譲 『NHKスペシャル 深海の巨大生物 オリジナル・サウンドトラック』

第一部
1.NHKスペシャル深海 メインテーマ
2.ミステリー&ロマンへの誘い
3.海のテーマ
4.科学者たち
5.世紀の大調査
6.ダイブ開始
7.神秘の海中
8.初めての発見
9.セカンドコンタクト
10.挑戦
11.ダイオウイカのテーマ
12.深海へ帰る
13.達成~メインテーマ~
第二部
14.海に生きる大きな生物
15.奇跡の大陸ニッポン
16.深まる謎
17.海の生命力
18.深海の強者 カグラザメ
19.科学者たち~愛~
20.メガマウスのテーマ
21.輪廻
22.NHKスペシャル深海 エンディングテーマ

All Music Composed and Produced by Joe Hisaishi

Performed by Tokyo New City Orchestra
Conducted by Joe Hisaishi

Performed by NHK Symphonic Orchestra (except M-1,8,20,21,22,23,24) 
Conducted by Junichi Hirogami (except M-1,8,20,21,22,23,24) 

Recorded at NHK509Studio , NHK506Studio
Mixed at NHK604Studio

Orchestration:Joe Hisaishi , Junichi Nagao