Disc. 久石譲 『Good Morning Alice』 *Unreleased

2021年3月1日 動画公開

 

チョバニ(Chobani)の広告動画の音楽を久石譲が書き下ろしている。チョバニはギリシャヨーグルトで人気のアメリカ乳製品企業で、コマーシャル動画「Eat today, feed tomorrow」がウェブ動画公開された。本国TVCMとしてもオンエアされているかどうかはわからない。

 

音楽:久石譲
曲名:Good Morning Alice

 

公式サイトにて動画試聴可能(※2021年3月現在)

公式サイト:Chobani
https://www.thelineanimation.com/work/chobani

 

ノスタルジックで牧歌的な笛のメロディにのせて流れる。エスニックなパーカッションやピアノの伴奏なども入って異国情緒あふれる、小編成なアンサンブル構成になっている。また拍節ごとに絶妙な変拍子で30秒の音楽をおさめ、フェードアウトではなくきれいに着地している。

日本ならばすぐに久石譲音楽だとわかるくらいの久石メロディとハーモニーが、海を渡って海外で頻繁に流れ聴かれ、こういった久石譲音楽のテイストが浸透していくとうれしい。

 

 

2021.07 追記

新しい動画(ロングバージョン,約1分)が公開された。同じ音楽を使用しているがこちらも前回よりも長尺で聴くことができる。

 

動画視聴可(2021.7現在)

 

 

 

 

Info. 2021/03/01 「Chobani : Eat today, feed tomorrow」チョバニ 久石譲音楽担当 広告動画公開

Posted on 2021/03/01

チョバニ(Chobani)の広告動画の音楽を久石譲が担当しています。チョバニは主にギリシャヨーグルトに特化したアメリカ乳製品企業です。コマーシャル動画「Eat today, feed tomorrow」公開されました。 “Info. 2021/03/01 「Chobani : Eat today, feed tomorrow」チョバニ 久石譲音楽担当 広告動画公開” の続きを読む

Overtone.第38回 「ジョン・ウィリアムズ・プレイズ・スピルバーグ」を聴く

Posted on 2021/02/20

ふらいすとーんです。

映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズです。2017年、生誕85周年を記念して企画されたディスク「ジョン・ウィリアムズ・プレイズ・スピルバーグ」です。スティーヴン・スピルバーグ監督とのコンビ(43年間の交流と27本の作品)から、選りすぐりの曲をすべて新アレンジ・新スタジオ録音、ジョン・ウィリアムズ自ら指揮したアルバムです。

 

このアルバム、すごくいい!

おすすめしたい理由は2つあります。ひとつは、音がいい。ひとつは、聴き逃していた名曲たちです。収録曲だけ見たなら、なかなか手にとらない一枚かもしれません。自信をもっておすすめします。

 

音がいい

音がいい。サウンドトラック盤よりもダイレクトに解放された音像がそこにはあります。耳が喜ぶ楽器たちの生の音がします。

ハリウッド映画音楽ってフィルターかかってる?!音質が抑制されてる?! そんなことを思うときがあります。マイルドな音像仕上がりといえば聞こえはいいですが、どうも薄い膜が一枚あるような印象を受ける。端的に言えば、楽器そのもののからの音がダイレクトに響かない。ざくざく強く摩擦する弦楽器も、突き抜けて破裂するような金管楽器も、息を吹き込む風圧の木管楽器も。まるでそのままだと粗いからと、少しヤスリをかけたようなまろやかなミキシングになっている。

ジョン・ウィリアムズの手がけた『ハリー・ポッター』や、近年フィナーレを迎えた『スター・ウォーズ』の新作音楽も、そのほか多くのハリウッド超大作に同じような音像を感じていまうときがあります。ずっと鳴りっぱなしのハリウッド映画音楽だから?音も丸くしてる?、、、これはハリウッドでは主流な音響の仕上げ方なのかな? 久石譲音楽や邦画サウンドトラックではあまり感じないことです。

そこへきての本アルバムです。音楽作品として新アレンジ・新録音したというだけでも、期待は高まりますが、一曲目からそのダイレクトな楽器音に感動します。特に、ハリウッド映画音楽といえば、フルオーケストラのなかでも、金管楽器たちの咆哮が魅力です。ファンファーレ的ホーンセクションは定番ものです。ここに収録された楽曲たちは、音楽構成として映像から解放されただけでなく、音像としてもなんの遠慮もいらないほど解放的に響きわたります。

 

聴き逃していた名曲たち

わりと新しめのスピルバーグ作品から選ばれています。それは、スピルバーグ作品集の3枚目にあたるからです。

スピルバーグ×ウィリアムズのコラボレーションによる作品集は、過去2枚リリースされています。本作同様、サウンドトラック盤からのセレクトではない、本人指揮・新録音されたもので、演奏はいずれもボストン・ポップスです。そちらのほうに『ジョーズ』『未知との遭遇』『レイダース』『E.T.』『インディ・ジョーンズ』『ジュラシックパーク』『シンドラーのリスト』等、世界中で大ヒットした映画から収録されています。(『スピルバーグの世界』1991CD/『スピルバーグ・スクリーン・ミュージック・ベスト Williams on Williams』1995CD)

あえて、過去2枚のウィークポイントをあげるとすれば、サントラ盤と変わらない1990年代の音質であり、サントラ盤と変わらない同アレンジで録音だけが新しい。コンサート用に書き直されたものではない。ボストン・ポップスの音でとおして聴きたいファンにはうれしいディスクです。

3枚目に当たる本作は、演奏会用に再構成されたもの、より大胆で自由な多楽章に飛躍したもの、サウンドトラック盤よりも解放された高音質。収録曲だけを眺めてみると、いくぶん馴染みのないラインナップに見えますが、そんな心配を見事に裏切ってくれます。そこには、今も変わらぬ最高に豊かで実りの多いコラボレーションの結晶たちが、自信に満ち輝きながら待っています。

 

 

ジョン・ウィリアムズ・プレイズ・スピルバーグ(2017)

The Spielberg/Williams Collaboration Part III

 

※日本独自企画2枚組
(Blu-spec CD2+DVD)

DISC1(CD)
01. マットの冒険~『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』(2008)
02. アフリカよ、涙を拭いて~『アミスタッド』(1997)
03. BFG~『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』(2016)
04. 何人に対しても悪意を抱かず~『リンカーン』(2012)
05. 決闘~『タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密』(2011)
06. 新たな始まり~『マイノリティ・リポート』(2002)
ー アルト・サックスとオーケストラのための逃奏曲~『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2002)
07. 第1楽章《包囲》
08. 第2楽章《揺れる心》
09. 第3楽章《歓喜の飛翔》
10. マリオンのテーマ~『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』(1981)
11. 戦没者への讃歌~『プライベート・ライアン』(1998)
12. 1912年、ダートムア~『戦火の馬』(2011)
13. ヴィクターの物語~『ターミナル』(2004)
14. 平和への祈り~『ミュンヘン』(2005)
15. 移民と建築~『アンフィニッシュト・ジャーニー』(1999)
16. 何人に対しても悪意を抱かず[オルタネイト・ヴァージョン]~『リンカーン』(2012)

1.The Adventures Of Mutt  “Indiana Jones And The Kingdom Of The Crystal Skull”
2.Dry Your Tears, Africa  “Amistrad”
3.The BFG  “The BFG”
4.With Malice Toward None  “Lincoln”
5.The Duel  “The Adventures Of Tintin”
6.A New Beginning  “Minority Report”
7.Escapades For Alto Saxophone And Orchestra Movement 1:Closing In  “Catch Me If You Can”
8.Escapades For Alto Saxophone And Orchestra Movement 2:Reflections  “Catch Me If You Can”
9.Escapades For Alto Saxophone And Orchestra Movement 3:Joy Ride  “Catch Me If You Can”
10.Marion’s Theme  “Raiders Of The Lost Ark”
11.Hymn To The Fallen  “Saving Private Ryan”
12.Dartmoor, 1912  “War Horse”
13.Viktor’s Tale  “The Terminal”
14.Prayer For Peace  “Munich”
15.Immigration And Building  “The Unfinished Journey”
16.With Malice Toward None (Alternate Version)  “Lincoln”

指揮、作曲:ジョン・ウィリアムズ
演奏:レコーディング・アーツ・オーケストラ・オブ・ロサンゼルス
録音:2016年9月~10月

DISC2(DVD)
スペシャル・ドキュメンタリー映像(2016年10月撮影)

スピルバーグとウィリアムズの対談/レコーディング風景
日本語字幕付 approx.24min

 

 

※世界発売4枚組「JOHN WILLIAMS・STEVEN SPIELBERG THE ULTIMATE COLLECTION」(3CD+DVD)から、最新盤のDISC3と日本語字幕付DVDとして発売。DISC1・2は上にも書いた過去作品(1991・1995)です。

 

 

 

公式チャンネルSony Soundtracks VEVO には、本作から3曲ほどセレクトされた公式音源が公開されています。くわえて、DVD収録されているレコーディング風景+インタビューの動画もいくつかの曲でトリミング公開されています。それらをまじえながら。

 

01. マットの冒険~『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』(2008)

一曲目から音がいい!よく鳴ってる!インディ・ジョーンズのあのメロディがモチーフとして散りばめられて、あらるゆところで顔を出す愉快な一曲。勢いある序曲のような迫力です。

(search for “Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull – The Adventures of Mutt (John Williams – 2008)”)

(*以下、くすぐる好奇心すぐに音源聴いてみたい人は、英語曲名で検索すると便利かも、サントラver.も本アルバムver.もヒットしやすくなるかも)

 

02. アフリカよ、涙を拭いて~『アミスタッド』(1997)

いかなるテーマの映画でも、本格的な音楽をつくりあげてしまうジョン・ウィリアムズ。本盤のために編成されたオーケストラ95名と合唱120名はレコーディング風景動画でも見ることできます。この曲を聴きながら、、『ライオン・キング』や南の島を題材にしたディズニー映画なんかをふと思い出し、、そういえばジョン・ウィリアムズってディズニー映画やったことないよね、、たぶん。

John Williams – Dry Your Tears, Afrika from “Amistad” (Pseudo Video)

John Williams – Dry Your Tears, Afrika from “Amistad” (Behind the Scenes)

 

03. BFG~『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』(2016)

『ハリー・ポッター』にも負けないファンタジー音楽に心躍ります。ストリングスが大きく羽ばたいたり、フルートが自由に駆けまわったり、スリリンズな緊迫シーンもはさみながら、映画本編ダイジェストのような約7分作品に。思わず映画見ました、思わずサウンドトラック聴きました。こんな作品あるなんて知らなかった。

 

04. 何人に対しても悪意を抱かず~『リンカーン』(2012)

サウンドトラックでは2分に満たないメインテーマ、かつ、ストリングス・メインだったもの。新アレンジでは約5分構成、メロディにトランペットをフィーチャーしています。沁みます。アメリカを象徴する音=トランペット、みたいなイメージを築いた感のあるジョン・ウィリアムズ。『JFK』『プライベート・ライアン』の主題曲でも、気高い旋律を悠々と奏するトランペットは、アメリカの誇りすら感じます。またメロディだけを抜き取るとちょっと牧歌的だったりするところも、郷愁感を刺激するのかもしれません。

 

ー アルト・サックスとオーケストラのための逃奏曲~『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2002)
07. 第1楽章《包囲》
08. 第2楽章《揺れる心》
09. 第3楽章《歓喜の飛翔》

本作のハイライト約16分の大作です。アルト・サックス、ビブラフォン、ベースにそれぞれゲスト・プレーヤーを迎え、JAZZYで華やかなザ・アメリカンです。フィーチャーされた楽器たちはカデンツァのような独奏パートもふんだんに盛り込まれ、かなりかっこいい、とにかく楽しい作品です。

どうしても聴いてほしい、探しました。公式楽譜もあるということかな、同じ構成で演奏されたコンサートから。アメリカ音楽=『ウエスト・サイド物語』と定着した演目もありますね。この作品は、演奏会に腕利きプレーヤーたちを招集し、新定番のアメリカン・プログラムになっていける作品。そんな未来を感じます。映像でみるとソリストたちの活躍も光ります。聴いてしまったら、アメリカ夢見心地。

John Williams – Catch Me If You Can, conducted by Andrzej Kucybała

 

 

ここで唐突に久石譲。新たにサックスパートが書き加えられた2015年版『The End of the World for Vocalists and Orchestra』 II. Grace of the St. Paul も印象的です。

 

II. Grace of the St. Paul
“楽章名はグラウンド・ゼロに近いセント・ポール教会(9.11発生時、多くの負傷者が担ぎ込まれた)に由来する。冒頭で演奏されるチェロ独奏の痛切な哀歌が中近東風の楽想に発展し、人々の苦しみや祈りを表現していく。このセクションが感情の高まりを見せた後、サクソフォン・ソロが一種のカデンツァのように鳴り響き、ニューヨークの都会を彷彿とさせるジャジーなセクションに移行する。そのセクションで繰り返し聴こえてくる不思議な信号音は、テロ現場やセント・ポール教会に駆けつける緊急車両のサイレンのドップラー効果を表現したものである。”(楽曲解説より)

 

 

10. マリオンのテーマ~『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』(1981)

この新アレンジ版は、以降のコンサート定番曲になっていきます。ウィーン・フィルとの世紀の共演(2019)でもプログラムされました。その話はまたいつか。

John Williams – Marion’s Theme from “Raiders of the Lost Ark” (Pseudo Video)

John Williams – Marion’s Theme from “Raiders of the Lost Ark” (Behind the Scenes)

 

11. 戦没者への讃歌~『プライベート・ライアン』(1998)

あっ、ここで出てきた『プライベート・ライアン』。『リンカーン』で話したことです。アメリカを象徴するような音=トランペット、崇高で厳粛な佇まい、胸に手をあてる誇りと気高さ。愛国心と郷愁感を包みこむ旋律。ジョン・ウィリアムズの3大アメリカン・トランペット・メロディ(と勝手に呼んでいる)、一番好きなのは『JFK』です。

John Williams – Hymn to the Fallen from “Saving Private Ryan” (Pseudo Video)

John Williams – Hymn to the Fallen from “Saving Private Ryan” (Behind the Scenes)

from SonySoundtracksVEVO YouTube

 

ほかにも、5.『タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密』楽しい冒険音楽とハラハラドキドキ臨場感、13.『ターミナル』クラリネットが自由に跳躍、14.『ミュンヘン』重厚な弦楽が美しい、15.『アンフィニッシュト・ジャーニー』ファンファーレ金管楽器の大活躍。この音楽構成にこの最高音質あり、録音してくれてありがとう!と叫びたくなるアルバムです。

 

 

ジョン・ウィリアムズが語ったこと

■映画音楽の仕事の魅力について

「音楽を書くチャンスを与えられること、かな。もし映画が成功すれば、何万、何百万もの観客がその音楽を聴くことになる。より多くの人が楽しんでくれれば、より大きな喜びになるからね。このことは作曲家にとって今世紀でも新しいことのひとつだ。今世紀初めには千人、2千人だった観客が、今では世界中の人が対象になっているんだ」

■理想的な映画音楽について

「理論でいえば、音楽それ自体がしっかりしたメロディーを持ち、さらに覚えやすい要素を持っているものだろう。言い換えるなら、個性的で覚えやすく、音楽自体が力強いものということになる」と述べており、旋律への配慮の一方で「テクスチュア(構造)やトーンカラー(音色)を考えることはとても重要なこと」とも加える。

(CDライナーノーツより 一部抜粋)

 

 

久石譲がジョン・ウィリアムズ音楽について語ったこと

”「何なに風に書いてください、と頼まれると、すぐお断りしますね。たとえば、ジョン・ウィリアムズ風に勇壮なオーケストラ……じゃジョン・ウィリアムズに頼めば……となっちゃうわけですよ。僕がやることじゃない。余談になりますけど、ジョン・ウィリアムズの曲はどれを聞いても同じだ、という風に良く言われますけど、それはまったくナンセンスな話なんですね。つまり、彼ほど音楽的な教養も、程度も高い人になると、あれ風、これ風に書こうと思えば簡単なんですよ。だけど、あれほどあからさまに『スター・ウォーズ』と『スーパーマン』のテーマが似ちゃうのは、あれが彼の突き詰めたスタイルだから変えられないわけですよ。次元さえ下げればどんなものでも書けるんです。だけど、自分が世界で認知されている音というものは、一つしかないんです。大作であればあるほど、自分を出しきれば出しきるほど、似てくるもんなんです」”

 

深いお話です。これ、1987年のインタビューなんです。当時からいち早くジョン・ウィリアムズの魅力とその本質を見抜いていた! そんな決定的証拠になります。その後も、けっこういろいろな機会に語っています。上に抜粋した同旨を別の言葉でかみくだいていたりと、多角的に発言の真意をつかみやすくなる、とても興味深いです。こちらにまとめています。

 

 

本作録音のあと。

29本目のコラボレーションとなった新作映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017)。これがなぜか、今回の流れに反して、サントラ盤の音がいい。鳴りのいいダイレクトな音しています。

実話をもとにしたもので、サウンドトラックも40分ほど、音楽の出番は控えめです。このために編成された76人オーケストラながら、ハリウッドらしい音の厚みもまた控えめです。

CDライナーノーツには、”同音型や律動の反復による劇的緊迫の創出”、”これみよがしな旋律美は差しこまれない”、”実にストイックな仕事”、などというキーワードが並んでいますが、この言葉のピースたちで十分に言い表している、そんな作品です。

 

The Court’s Decision And End Credits (“The Post” Soundtrack)(約11分)

エンドロール楽曲11分と長いですが、これは本編の主要楽曲たちをつなげているからです。アレンジもエンドロール用に書き直されていて、紹介するのにわかりやすい。

4:10~6:00
「ラシドレ」とか「シドレミ」とか、横並びする4つの音が基本音型になっています。このシンプルな音型が強弱や厚みをともないながら緊張感増していきます(4:30~)。音型の間隔がタイトになり、金管楽器も重厚にプラスされます(5:05~)。つかのまクールダウン、木管楽器に音型を引き継ぎ(5:15~)、ダイナミクスの十分なバネで大きく展開ピークを迎えます(5:30~)。

7:10~9:00
なんとも極上サスペンスな極小音型。最初だけ登場するようにみえますが、主役が管楽器に移ってからも後ろにまわり(7:40~)、高音弦楽器が大きなメロディを奏でるときも低音弦楽器で刻みつづけ(7:47~)、大きく開ける展開になっても通奏パターンは保たれ(8:03~)。最後にまた第1主題を再現します(8:45~)。

 

えーっ!ジョン・ウィリアムズでもこんな音楽書くんだ! それでいて、ちゃんとジョン・ウィリアムズしてる! そんなふたつの感想をもってしまう。作家性の垣間見える珍しい立ち位置の楽曲、好きです。クラシック音楽でいえば、ベートーヴェン:交響曲 第5番《運命》第1楽章が「ダダダダーン」のモチーフで構築されているのと同じ手法ですよね。そのピンポイント版というか、手法のひとつを抜き出したわかりやすさみたいなものがあります。

 

 

近年の映画音楽の傾向。

これは個人の解釈です。旋律美のメインテーマとそのバリエーションという方法論は少し影をひそめ、同音型の反復手法やそこからの変化・発展という方法論に、ますますシフトしてきているように感じます。もちろん旋律タイプも音型タイプも昔からあるものですが、その比重やバランスが変わってきているように感じる。

ミニマル・ミュージック主流とも、ポスト・ミニマルとも言わないけれど、明らかにモチーフ主体の音楽構成が増えてきています。『ファンタスティック・ビースト』の映画音楽もそうですし、日本ではまだ少ないかもしれないけれど、海外TVドラマ音楽(欧米・アジア)などでも強く感じます。

少し前までは、この手法がなんちゃってミニマルみたいで、あまり好きではありませでした。とりあえず、通奏低音のように鳴っているBGMや場繋ぎ音楽みたいで。でも、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』のジョン・ウィリアムズのように、一線を画して本格的につくりあげている人はいるしいたし、この手法をメインとした映画音楽作曲家たちの点在は、若い世代へも着実に増えてきているように思います。

同音型の反復手法やそこからの変化・発展という方法論。言い換えると、モチーフ、小さいメロディ、限られた一つの素材、短い旋律のパターン、これらを変化させること・展開させていくこと。久石譲の映画音楽ではおなじみのことです。いや、むしろ何十年も前からその手法をリードしてきた人のひとりです。久石譲の”幹をつくる”音楽たちが、次の世代の作曲家たちの”花”へとなろうとしているような気がしてきます。そういう視点で、いろいろな国の、いろいろなサウンドトラック盤にふれてみるとおもしろいです。

 

 

話を、音がいい、に戻して。

久石譲さんです。

2001年に指揮者デビューを果たして以降、オリジナルアルバムもサウンドトラックも久石譲指揮によるものが多くを占めています。サントラ音楽であっても、映像のために音質を犠牲にすることはありません。すべての録音でプロデュース、トラックダウンの仕上げまできっちり監修しています。

ここで、条件の近いもの(オーケストラメインの編成・ホール録音)として、『千と千尋の神隠し』を聴いてみます。サウンドトラック盤も交響組曲盤も、どちらも臨場感あるダイナミックな音像が広がっています。

2001年に指揮者デビューを果たして以降、、そう書きました。ここは結構なポイントになりそうです。なぜなら、指揮者久石譲として研ぎ澄まされていくということは、音楽収録にもおのずと反映されてくるからです。そこには、指揮者の耳、指揮台で耳にする音、ダイレクトに録音される。今、聴いている久石譲音楽たちは、指揮台で久石譲が耳にしていたものに限りなく近い音、指揮台で楽器ごとバランスや立体的な音配置を納得した音、指揮者のもとへ集まってくる音圧を感じた音、それをそのままバーチャル体感することができている。そんな言い方もできるかもしれませんね。

もしそう言えるのなら。『交響組曲 風の谷のナウシカ』(2016)や『交響組曲 天空の城ラピュタ』(2018)は、1980年代から時代を経て、新たに久石譲による指揮はもちろん、新たに指揮台バーチャルな音質的価値を獲得した録音の登場となった。そんな言い方もできるかもしれませんね。

 

久石譲 『千と千尋の神隠し サウンドトラック』

 

 

 

監督と作曲家の運命的な出会い。ジョン・ウィリアムズ自身が指揮した、スピルバーグ映画がなければ作曲しなかった、生まれることのなかったかもしれない名曲の数々。輝けるコラボレーションの軌跡を集大成したアルバム「ジョン・ウィリアムズ・プレイズ・スピルバーグ」です。どんどんいい音にふれていきましょう!

それではまた。

 

reverb.
次のコラボレーションは映画『インディ・ジョーンズ 5』(2022予定)です♪

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Info. 2021/02/19 久石譲「赤狐書生 オリジナル・サウンドトラック」 デジタルリリース

Posted on 2021/02/19

2020年中国公開映画『赤狐書生 (Soul Snatcher)』(日本公開未定)のオリジナル・サウンドトラックがデジタル・リリースされました。全34曲、収録時間1:19:24のボリュームです。リリース状況は各種配信サイトにてご確認ください。 “Info. 2021/02/19 久石譲「赤狐書生 オリジナル・サウンドトラック」 デジタルリリース” の続きを読む

Disc. 久石譲 『赤狐書生 (Soul Snatcher) オリジナル・サウンドトラック』

2021年2月19日 デジタルリリース

 

映画『赤狐書生 (Soul Snatcher)』
公開日:2020年12月4日 *中国
監督:宋灝霖(ソン・ハオリン)伊力奇(イー・リーチー)
主演:陳立農(チェン・リーノン)李現(リー・シェン)哈妮克孜(ハニ・ケジー)裴魁山 (ペイ・クイシャン)姜超(ジアン・チャオ)張晨光(ジャン・チェングアン)

 

日本公開日:2021年10月22日

中国・香港/2020年/125分
原題:赤狐書生
英題:SOUL SNATCHER
邦題:レジェンド・オブ・フォックス 妖狐伝説

 

 

■メイキング動画について

映画予告映像、久石譲インタビュー、レコーディング風景で構成されたもの。

 

久石譲インタビュー 書き起こし

「今回の映画はとても素晴らしく出来ていると思います。ファンタジー・アクションといいますか、でもしっかりと二人の若者の友情みたいなものが、とてもしっかりと描かれていていたので。音楽的にも、通常よりもたくさん音楽を書いて。本当にエンターテインメントとして楽しめる、ダイナミックでありながら、やっぱりある程度こうきちんと知性もあるような。音楽が映像とマッチするように作ったと思っているので、音楽のあり方と映像のダイナミックさ。そういう音楽を目指したんですけれども、自分ではすごくよくできたと思って満足しています」

 

 

全体をとおして。

約2時間の上映時間に対して、約1時間半以上は音楽が配置されている。ファンタジー映画ということもあって、その世界観をつくりあげるための音楽配分は多めとなっている。39人編成オーケストラながら、乾いた重低感のあるパーカッションなどを巧みに盛りこむことで、土台のしっかりした足腰のつよい楽曲も存分にある。

音楽収録は2020年11月7日、ビクタースタジオにて、招集型オーケストラで行われている。新型コロナウィルスの影響によって、この規模のオーケストラへと予定変更を余儀なくされたのか、そもそもこの規模を予定していたのか。どちらかはわからない。いずれにしても、この39人編成オーケストラでありながら、ダイナミックに躍動感ある音楽には、打楽器群が大きく貢献している。

 

本作は、メインテーマやそのバリエーションといったメロディを展開する手法ではなく、ミニマルな手法をとっている。メインテーマに変わる、この映画のための第1主題・第2主題のような短いモチーフがあったとして、その短いモチーフたちを料理(交錯・分解・伸縮など)しながら、映像に対して一種の通奏低音のようにうまくなじませている。

映画鑑賞後に鼻歌で歌えるほどの、印象的なメロディはあまりないかもしれない。近年、久石譲の映画音楽に対する立ち位置の変化を現したような、かつ、クラシックの手法に重きを置いた音楽づくりになっている。映像と距離をとるための主張しすぎない音楽と、ファンタジー映画のために必要な音楽量とのバランス。

あえてイメージとして挙げるとするなら、映画『千と千尋の神隠し』のサウンドトラック「16.千の勇気」、千尋が油屋の階段を駆け下りるシーンなんかで使われていたと思う曲、こういったスリリングで緊迫感を演出する音楽テイストが多い。また、「3.誰もいない料理店」では、後半に「メインテーマ あの夏へ」の変奏旋律が登場するけれど、本作ではとにかくメロディにいかない。同曲前半のように、映像を補完する背景音楽のあり方で曲は流れていく。

ピッツィカートなどで奏される軽やかでコミカルな楽曲も、宴で艶やかに踊るような楽曲も、アジアン・ファンタジーらしく五音音階からなるものも多い。こういったことからも、無意識に『千と千尋の神隠し』を想起したのかもしれない。もちろん、似た曲があるかと言われたら、それはない。ハラハラドキドキ、緊迫シーン、戦う場面など、冒険ファンタジーなストーリー展開のなかで、ミニマル手法を駆使した楽曲が特徴といえる。

 

オーケストラサウンドに、エッセンスとしてシンセサイザー音もブレンドされている。シンセサイザーらしい音色の使い方や選び方をしている。生音のストリングスにシンセサイザーのストリングスを混ぜる手法(それもあるかもしれない、素人耳にはわからない)というよりも、『Deep Ocean』音楽のようにシンセサイザーにしか出せない音色をうまく組み合わせた楽曲たちが目立つ。

また、これまでにない久石譲音楽の特徴として、楽曲に使われている音楽的効果音(シンセサイザー音)と、本編に使われている映像的効果音(SE)が、くっきり区別することが難しいほど近い。これにより、SEから楽曲に自然と移っていったりその逆もあったりと、どこまでが曲でどこからがSEかの境界線が引きにくいという、音響全体(楽曲と効果音)の見事な通奏効果を生み出している。どこまで久石譲と音響効果の話し合いや調整による意図が働いているかはわからないが、今回の達成は、これからにつながる大きな成果ともいえるし、映画における音響芸術のクオリティをワンステップおしあげたともいえると思う。

 

 

少し個別に。

3つの主要テーマ。

運命のテーマ。プロローグから、ダイナミックな物語の展開を予感させる、緩急あるミニマル・モチーフが展開する。静謐な弦楽合奏によるミニマル旋律にはじまり、幾重にも交錯し、強弱と重厚の増減でうねりをともなっていく。パーカッションの鼓動やホイッスルの遠くへ伸びる旋律を織りまぜながら、ファンタジー感と神秘感を演出している物語のはじまり。プロローグからタイトルバックまでの約15分にわたってつづく音楽は、タイトルバックでピークを迎える弦楽器の精巧な音型もまた、ミニマルな旋律になっている。(Track.1-3,29)(Track.3ラストでタイトルバック)

友情のテーマ。こちらは大きな弧を描くようなメロディで、優しく温かい曲想。シンプルな旋律線と、エモーショナルになりすぎないハーモニー。主人公二人の友情の交流を描いたシーンに、たびたびバリエーションで登場する。状況にあわせて短調な旋律で奏されることもある。(Track.7,14,21,28,34)

愛のテーマ。主要キャラクターの一人、女性が登場するシーンで多く聴かれる楽曲。お香のような、ゆらゆらと、ふわっとした、無軌道な和音ですすむ。ゆるやかな独奏、メロディとアドリブのあいだのような、動きまわりすぎない加減の無軌道な旋律がのる。魅惑的で妖艶な曲想は、これまでの久石譲には珍しい。クラリネット、ピアノ、フリューゲルホルン、フルート、ストリングス。登場するたびにメロディを奏でる楽器たちを変え、まるで衣装替えに見惚れるように、つややかに彩る。(Track.17,20,25,27)

 

公式公開されていた映画ワンシーン動画(約1-2分)、そこでも聴くことができたホイッスルをメインとした楽曲は、ホイッスルが細かく精巧な節まわしを披露していて、伸びやかに広がっていく。(Track.15)

 

総じて、主要楽曲は、登場の多い順に、友情のテーマ、愛のテーマ、運命のテーマが、本作において印象的で重要な柱になっていると思われる。また、それらを合算したとしても30分前後としたときに、ほかの多くをミニマル手法の音楽によって、映像にうまくなじませている。ファンタジー世界に立体感をあたえている。メイキング動画からも、音楽割のMナンバー「M36」と、少なくとも36曲は書き下ろしていることもわかる。

 

 

映画エンドロールに流れる主題歌は、作曲・編曲ふくめて久石譲楽曲ではない。主演俳優が歌唱している。

 

 

2021.02 追記

「赤狐書生 オリジナル・サウンドトラック」デジタル・リリース。映画は中国公開の後、アメリカではVOD配信のかたちで公開されている。日本公開も待たれる。デジタルリリースのメリットも顕著で、CD収録時間を気にすることなく1時間20分の音楽が完全音源化されたこと、世界同時的に各国一斉に配信リリースされたこと。大きな可能性を示したリリースパターンといえ、映画音楽の認知や愛聴が広がる未来へのポテンシャルも感じる。サントラ・レビューも本文末にトラックナンバーを追記するかたちで補足した。

 

 

2021.07 追記

「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサートにて「英蓮 / Yinglian」が初演された。

 

 

2022.07追記

アルバム『Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021』に収録された。

 

 

 

 

1.狐と書生
2.月夜の集い
3.旅の始まり
4.蚌人探し
5.逃げるロバ
6.密談
7.静かな街
8.苦海書院
9.蛙の罠
10.妖怪蛙
11.傀儡書生
12.妖怪蛙との対決
13.作戦失敗
14.兄を探して
15.川下り
16.建康城の誘惑
17.英蓮
18.牡丹桜
19.悪霊の呪い
20.告白
21.奮起の雷
22.試験開始
23.悪霊の誘い
24.中陰界
25.誓い
26.真実
27.英蓮の死
28.決裂の時
29.天命
30.最後の願い
31.怒りの決戦
32.子進のために
33.本物の狐仙
34.小白と子進

音楽:久石譲

 

Soul Snatcher (Original Motion Picture Soundtrack)

1. A Fox and a Scholar
2. The Moonlight Gathering
3. The Beginning of the Journey
4. Finding My Clamen
5. Donkey Running Away
6. Secret Talk
7. A Quiet Town
8. The Academy of Miserable Sea
9. Frog’s Trap
10. The Frog Monster
11. Puppet Scholars
12. Battle with the Frog Monster
13. Mission Failed
14. Looking for Brother Daoran
15. Boat Ride
16. Temptation of Jiankang City
17. Yinglian
18. The Peony Brothel
19. Curse of the Evil Spirits
20. Proposal
21. Rousing of Thunderbolts
22. Starting the Imperial Examination
23. Lure of the Evil Spirits
24. The Bardo World
25. Promise
26. Truth
27. Death of Yinglian
28. Rupture of a Friendship
29. Providence
30. Last Wish
31. The Furious Showdown
32. For Zijin
33. A Real Immortal Fox
34. Xiao Bai and Zijin

Music by Joe Hisaishi

 

Info. 2021/07/07 久石譲「Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4」CD発売決定!! 【2/18 Update!!】

Posted on 2020/12/22

待望の久石譲「ミニマリズム」シリーズ第4弾!!

今作は「ミニマル×コンチェルト」がコンセプト。久石譲が書き下ろした協奏曲の中でも、際立つ存在の2作品を豪華に収録。世界でも稀有な存在である「コントラバス協奏曲」、そして「3本のホルンのための協奏曲」は、独奏楽器としての今までにない表現の可能性と限界に挑んだ意欲作。当代随一のソリストを迎え、今注目の久石譲指揮、フューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)の演奏で、コンチェルト×ミニマル・ミュージックの新たな魅力に出会える一枚。 “Info. 2021/07/07 久石譲「Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4」CD発売決定!! 【2/18 Update!!】” の続きを読む

Info. 2021/04/24 久石譲「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」4タイトル 初アナログ盤発売

Posted on 2021/02/08

「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」サントラ初LP化決定

大好評発売中の“宮崎駿監督&音楽:久石譲”作品のアナログ盤シリーズに、「崖の上のポニョ」「風立ぬ」、そして高畑勲監督との唯一の作品となった「かぐや姫の物語」が遂に登場!

各イメージアルバム、サウンドトラック 作品が、リマスタリング、新絵柄のジャケットと豪華な仕様、解説も充実、ライナーノーツも楽しめる内容となっております。しかも、この4作品のアナログ盤は、これまで発売されたことがありません。ジャケットの美しさ、アナログならではの、音の豊かさ、をお楽しみ下さい。

“Info. 2021/04/24 久石譲「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」4タイトル 初アナログ盤発売” の続きを読む

Info. 2021/01/22 指揮者3人体制で臨む、日本センチュリー交響楽団2021年シーズン~望月正樹 楽団長に聞く (Web SPICEより)

Posted on 2020/01/22

指揮者3人体制で臨む、日本センチュリー交響楽団2021年シーズン~望月正樹 楽団長に聞く

コロナの影響で、音楽界は深刻なダメージを受けた。世界中のオーケストラが生き残りをかけて、知恵を絞っている。有料配信ライブに、世界初演新作委嘱パトロン制度の導入、野外コンサートの開催に加え、交響曲の父ハイドンの全交響曲の演奏と録音を目指す「ハイドンマラソン」の実施など、他の楽団と差別化を図ろうと、やれることは全てやって来た日本センチュリー交響楽団は、クラウドファンディングの目標額も見事に達成。コロナに喘いだ2020年度のシーズンも終盤に差し掛かっている。 “Info. 2021/01/22 指揮者3人体制で臨む、日本センチュリー交響楽団2021年シーズン~望月正樹 楽団長に聞く (Web SPICEより)” の続きを読む

Overtone.第37回 ピーター・ガブリエルを聴く

Posted on 2020/01/20

ふらいすとーんです。

”1990年代後半の久石さんインタビューに「ピーター・ガブリエルよく聴いている」ってあったけど、きっと今も聴いてるよね。Scratch My Back (2010)、New Blood (2011)”

…こんな感じでさらっとツイート、2枚のアルバムジャケット写真と一緒に。そうやって流れるように終わろうと思った。140文字のつぶやきではなく、Overtoneに記すことにしたのは、公式音源がすべてそろっていたからです。公式音源のおかげで一緒に聴いてもらえる。テンポよくいければいいなと思います。

 

ピーター・ガブリエル(Peter Gabriel)、イギリス出身、ロックバンド「ジェネシス」の初代ボーカリストとして有名になり、ソロ転向後も活躍している現役アーティストです。9枚のスタジオ・アルバム、3枚のライブ・アルバム、4枚のサウンド・トラックなど、独特で多彩な創作活動をしています。そして、それらすべての楽曲が公式YouTubeチャンネルにて公開されています。

 

 

まずは軽くウォーミングアップ。

 

No Self Control

Lead A Normal Life

from Peter Gabriel 3: Melt (1980)

2曲ともミニマル・エッセンス溢れるマリンバが印象的です。

 

The Rhythm Of The Heat

San Jacinto

from Peter Gabriel 4: Security (1982)

「The Rhythm Of The Heat」重みのある低音シンセサイザーにラストは執拗なアフリカン・パーカッション。「San Jacinto」にんまりミニマル全開な伴奏とエスニックな曲想がやがて大きく広がり、ポップスの自由さを感じます。

 

Red Rain

from So (1986)

硬質なシンセサイザー音色と、アタック感の強いベースやドラミング。あの時代を象徴するような(いまの時代には出せないのかな?!)独特なグルーヴ感。

 

ここまで紹介した曲は、オリジナル・ソロアルバム(スタジオ・アルバム)からです。のちにベストアルバム『Hit』(2003)にも収録された曲ばかりです。公式チャンネルでは、再生リストから聴きたいアルバムを選んでいろいろ聴くことできます。

 

サウンドトラックから。

 

At Night

Slow Marimbas

from Birdy バーディ (1984)

「At Night」霧がかったようなシンセサイザーの世界、大林宣彦監督作品の映画サウンドトラックや、NHK人体シリーズの音楽などを連想させるようです。「Slow Marimbas」ワールド・ミュージックの普及にも力を注いだアーティスト。自身のボーカル曲にもエッセンス盛り込まれていますし、インストゥルメンタル楽曲書き下ろしたサウンドトラックたちには、とりわけ色濃くエスニックな旋律やアフリカのリズムなどが見られます。いちロックアーティストの枠を超えた音楽づくりです。この雰囲気好きだなあ、そんな久石譲ファンもいるかな。

 

 

ピーター・ガブリエル1980年代でした。

同じように1980-1990年代の久石譲作品にも通じるものがあるように感じます。上の楽曲たちを聴きながら、久石さんのいろいろな曲が浮かんだ人もいるかもしれません。こんな音色の使い方あったな、エッセンスや味つけがクロスオーバーしている、そんな聴き方もできて楽しいです。ルーツというか、、その時代のなか作家たちの共鳴性と言いたいところです。

 

 

ちょっと長い引用です。

”僕が大学生の時にテリー・ライリーの「A Rainbow in Curved Air」を聴いた時に、もうすごいショック受けて3日間ぐらい寝込んじゃって。それまでは不協和音とか現代曲を書いてて、そこでミニマルの洗礼を受けて。ところが人間そんなに変われないんですよ。最初のミニマルっぽい曲を書くのに最低3年かかったかな。それでも全然曲になってないんですよ。20代はほとんど挫折、いろんなコンサートで曲を発表するんですが全然かたちにならない。当時のコンサートは作曲家が4~5人集まって曲を持ちあって個展を開くんですよ。客席ははっきりと隙間だらけなんですよ。塊が5つぐらいあって、ここはあいつの親戚、ここはうちの親戚、そういう感じなわけで(笑)。向上心もあって燃えてたんだけど、その仲間が集まって話してると、相手を論破することに専念しだすわけですよ。いかに自分の理論武装が正しいか。でも、そのことと出てる音が違うだろうおまえたち!っていうのがだんだん強くなってきた。その世界は何をしたいのかって思うようになってきて。その時にふっとポップスのフィールドを見たんですよ。そしたらイギリスのロキシー・ミュージックとかあって。フィル・マンザネラとかブライアン・イーノとかね。ロックなのにミニマルのパターンの要素をうまく取り入れている。みんな楽しそうにやってるわけよ、あっちいいなあと思ってね。その時にタンジェリン・ドリームだとかマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」だとか、これはのちに映画「エクソシスト」のメインテーマになる、全部そういうパターン的なもの。これらがドーンと出たときに、もういいやと、芸術家であることをやめた。ポップスフィールドにいくって決めて、まずはソロアルバム作ろうと。そうすると現代音楽にいた時の自分ががんじがらめになって自分の思い通りのものが一つも書けなかったのが、ポップス・フィールドに行った瞬間書いた曲のほうがよっぽど前衛的だったんですよ。なんかね、その瞬間吹っ切れて。それは「ナウシカ」よりもずっと前だったんですけれど、そこから20年・30年ずっとポップス・フィールドに本籍を置きながら音楽をやってきたわけです。”

Blog. NHK FM 「今日は一日”久石譲”三昧」 番組内容 -トーク編- より抜粋)

*このあとトークは、”今は本籍をクラシックに戻して”という話に流れていきます

 

久石さんが影響を受けてきた音楽たちをテーマに語られたもの。

 

久石譲ディスコグラフィ

 

 

時は流れて2010年。

カバー集かつ純粋なオーケストラ編成でつくったアルバム「Scratch My Back」。全曲原曲知らないし(僕は)、おそらくポピュラーな曲を集めたのではないだろう、意欲的で斬新なコンセプト。

かなり本格的な一枚です。ポップスをオーケストラにアレンジしてみました的な安直なものではない、前衛的で現代的な、聴けば聴くほど味がしみ出てくる、そんなアルバムです。原曲を知らないぶん先入観なく楽しめます。オリジナル版と聴き比べてみるともっと広がるかもしれません。

 

Scratch My Back (2010)

01. Heroes (Original Artist: David Bowie)
02. The Boy In The Bubble (Original Artist: Paul Simon)
03. Mirrorball (Original Artist: Elbow)
04. Flume (Original Artist: Bon Iver)
05. Listening Wind (Original Artit: Talking Heads)
06. The Power Of The Heart (Original Artist: Lou Reed)
07. My Body Is A Cage (Original Artist: Arcade Fire)
08. The Book Of Love (Original Artist: The Magnetic Fields)
09. I Think It’s Gonna Rain Today (Original Artist: Randy Newman)
10. Apres Moi (Original Artist: Regina Spektor)
11. Philadelphia (Original Artist: Neil Young)
12. Street Spirit (Fade Out) (Original Artist: Radiohead)

 

 

1. Heroes

全曲ギターやドラムは排除されていますが、リズム感はしっかりオーケストラ楽器が担っています。通奏でベースラインがあるわけでもなく(2:40~)、このあたりもポップスオーケストラになっていない妙技です。また弦の刻みも単調にならないよう微細に変化しています。1曲目に配置されたこの曲で、アルバムの本気度は先制パンチOKです。

 

3.Mirrorball

細い線と鋭利感を演出してる冒頭からの高音弦楽器の伴奏。静パートは速いパッセージの伴奏音型へと変化していき緩急をともないながらダイナミックに展開していきます。

 

5.Listening Wind

第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、すべて旋律が異なる。ハモリでもなく、つかのまユニゾンするくらいで、一曲とおして独自の性格をもった声部がそれぞれに割り当てられています。いやあ、こんなことしなくても、そこまでしなくても、ポップスとしてはちゃんと成立するのに…ついついいらぬ労いの言葉をかけたくなる。ここまでするからこそ深みと味わいは単純でなくなり、足腰のつよいくり返し聴くに耐えうる曲に。ホンモノ志向すごい。

 

 

ほかにも、「7.My Body Is A Cage」映画のワンシーンから抜け出たような緊張感をまとった曲、「8.The Book of Love」「11.Philadelphia」エンドロールで映画の余韻を優しく包みこんでくれそうなメロディのきれいな曲、「10.Apres Moi」オペラのようなドラマティックさに魅了される曲。

 

公式アルバム再生リスト
https://www.youtube.com/watch?v=LsvuipGq2ns&list=OLAK5uy_kpqglluQOJ54ENN27uiEkWD3KfoDpgLQ8&index=1

 

 

翌2011年。

前作からの流れを受け継いだオーケストラ編成による、今度は自身の楽曲たち、新たな解釈に挑んだセルフカバー・アルバムです。こちらも前衛的・現代的なオーケストレーションはお見事、コンセプト・アルバムとしての完成度は高い。2CD Deluxe Editionには、オーケストラのみのバックトラックがDisc2にパッケージされています(公式YouTubeにはない…オケサウンド好きにはたまらないDisc2)。本作品はその後ライヴ盤もCD/DVDなどで発売されています。

 

New Blood (2011)

01. Rhythm of the Heat
02. Downside Up (featuring Melanie Gabriel)
03. San Jacinto
04. Intruder
05. Wallflower
06. In Your Eyes
07. Mercy Street
08. Red Rain
09. Darkness
10. Don’t Give Up (featuring Ane Brun)
11. Digging in the Dirt
12. The Nest That Sailed the Sky
13. A Quiet Moment
14. Solsbury Hill

 

 

1.The Rhythm of the Heat

1980年代楽曲でも紹介した曲です。オリジナル版「重みのある低音シンセサイザーにラストは執拗なアフリカン・パーカッション」と書きました。オーケストラ版の後半はすごいです(3:50~)。パーカッションの連打はなくなり、新しいパートが書き加えられています。これがなんとも前衛的で最先端いってます。もしこの箇所を気に入ってもらえたなら、久石譲オリジナル・シンフォニーや「久石譲 presents MUSIC FUTURE」コンサートで取り上げられる作品たちもきっと楽しめると思います。

前作カバー集にひき続き、本作の編曲を手がけるジョン・メカトーフは、”スティーヴ・ライヒ、アルヴォ・ペルト、ストラヴィンスキーなどを指向している”ようで(from ライナーノーツ)、なるほど現代音楽にも通じる響きだし、ミニマル・ミュージックにも通じる特徴があるわけですね。とにかく圧巻のモダン・リズミックです。

 

Peter Gabriel – New Blood – The Rhythm of the Heat(約4分)

インタビューとレコーディング風景のメイキング動画です。まるでクラシックの現代作品を録音しているような緊張感です。本作のために編成された約50人規模のオーケストラです。ピッコロの雄叫びなんて、もう久石譲作品『The End of the World』をひっぱり出して聴きたくなってきます(3:05~)。

 

3.San Jacinto

1980年代楽曲でも紹介した曲です。オリジナル版「にんまりミニマル全開な伴奏とエスニックな曲想がやがて大きく広がり」と書きました。シンセサイザーによるミニマル音型たちがオーケストラではどうなるのか? 久石譲ファンならきっとイメージできますよね。イントロからピアノ、マリンバ、ピッツィカート、そして木管楽器たちをカラフルに使い分けながら、豊富なミニマル・フレーズたちで彩られています。ただの反復ではない、次々に新しいミニマル音型たちを生み出しながら、常に変化し進んでいく曲です。

 

6.In Your Eyes

オリジナル版はさわやかなポップスですが、オーケストラ版とのコントラストがわかりやすい。原曲Bメロで登場するギターの伴奏パターン(1:06~)と、その流れで変化するサビのギターの伴奏パターン(1:35~)。これが、オーケストラ版では主軸となりイントロから堂々と鳴り響いています。乾いたギターのリフで爽やか脇役くんが、弦楽器の大きく揺れるような力強い表現で主役へと躍りでた。”君のまなざしに”という曲タイトル、キュートなポップス曲から、心の息吹や鼓動を感じる広がりのある曲へと昇華しているようです。

 

8.Red Rain

1980年代楽曲でも紹介した曲です。オリジナル版「硬質なシンセサイザー音色と、アタック感の強いベースやドラミング。あの時代を象徴するような(いまの時代には出せないのかな)独特なグルーヴ感。」と書きました。

力強い躍動感と推進力をもった曲です。この曲は、リズム的オーケストレーションのお手本のようです。ドラムはもちろんリズムパーカッションを使っていません。低音に必要な太鼓と少しのシェイカーは登場しますが、スネアがタッタタ・タッタタ軽快にリズムを先導することもありません。

本アルバムのなかでもリード曲に相当するような、キャッチーでポップな仕上がりにはなっていますが、リズムパーカッションなしという封じ手を、見事に超えてみせたリズム的オーケストレーションのお手本。各楽器に散りばめられたリズム感あるフレーズたちがビートを感じさせ、緩急うねるようなグルーヴ感を絶えず生みだします。あの手この手で、これでもかこれでもかと、次々にリズムモチーフを紡ぎだし、ヒートアップする熱量でラストまで突き進みます。

 

Peter Gabriel – Red Rain Recording at Air(約2分)

レコーディング風景のメイキング動画では、オーケストラのバックトラック収録にスポットを当てていて、ボーカルなしでもかっこいい曲だと証明してしまった。

 

 

ほかにも、「2.Downside Up」チャーミングで愛らしい曲想でリズム・トラップ輝いている曲、「4.Intruder」エキゾチックで野性的な曲想はストラヴィンスキーゆずりな曲、「11.Digging In the Dirt」スリリングうねる伴奏音型で楽しませてくれる曲、「14.Solsbury Hill」ポップスのオーケストラアレンジの典型わかりやすく楽しい曲。

 

 

Peter Gabriel New Blood Interview(約9分)

少し長めのメイキング動画では、ほかの曲のレコーディング風景やインタビューも登場します。

 

公式アルバム再生リスト
https://www.youtube.com/watch?v=lj35-VCN1jo&list=OLAK5uy_mtci60K44D1iJprGVB4QT68E6P3Rcb9dg

 

 

久石さんは過去UKロックに慣れ親しんできたことを書籍やインタビューで語っています。飛び出すアーティストもジャンルも幅広くさまざまです。

いきなりクラシックを聴くよりも、こういった方向からオーケストラを楽しむのもまたひとつ。いきなりストラヴィンスキーなどの近代クラシックを聴くよりも、こういった方向から現代的な響きやアプローチを体感してみるのもまたひとつ。とっつきやすくて助かった、第一印象でつまずかずにすんだ。軽いジャブからうけてみる。そんなこともあります。

好きなアーティストから飛び出すキーワードに触れてみることは、聴くこちら側にも幅をもたせてくれます。バックボーンを旅する楽しみがあります。今回紹介したような楽曲たちも一度聴いてみるか聴かないかでは、ゼロかイチの違い。久石譲音楽の聴こえ方や楽しみ方にも、新しい感動や広がりを運んでくれるかもしれませんよ。

なぜ久石譲音楽にはリズムを感じるか? 今回のピーター・ガブリエル音楽を紐解くことは、そのヒントにもなりそうです。オーケストラの音色を使って、こんなにもリズムを感じさせる旋律・モチーフ、奏法のアプローチ、失速しない推進力をもった音楽構成。いつもなら《緻密なオーケストレーション、凝ったつくり込み》、こんな言葉たちで表現していることも、具体的に解き明かせそうなカギがあります。今回は、いつか記したいと思っていることへの前進する一歩です。

 

 

おまけ。

ピーター・ガブリエルとディープ・フォレスト。後者は1990年代久石譲LIVEでも共演しています。そんな久石譲つながりのアーティストの化学反応は、踊れー!(Long Versionです)

 

While The Earth Sleeps – Peter Gabriel & Deep Forest

 

 

”1990年代後半の久石さんインタビューに「ピーター・ガブリエルよく聴いている」ってあったけど、きっと今も聴いてるよね。Scratch My Back (2010)、New Blood (2011)”

それではまた。

 

reverb.
YさんKさんに感謝を込めて♪

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Blog. 「週刊読売 1999年12月19日号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/01/20

雑誌「週刊読売 1999年12月19日号」に掲載された久石譲インタビューです。「宮崎緑の斬り込みトーク」コーナーでの対談になっています。5ページにわたっていろいろな話題が飛び交っています。

 

 

宮崎緑の斬り込みトーク No.182

久石譲さん 作曲家

映画の次は日本語オペラ
ぼくは独自の作品を作りたい

「この曲聴いたことがある」「あの曲、いいよね」。そんな名曲をたくさん、たくさん作ってらっしゃるのが今回ゲストの久石さん。やさしさと、明るさと、希望にみちた曲の数々。それらの曲が、久石さんのお人柄をそのまま映しだしたものだということが、お会いしてみて初めてわかった。

 

宮崎:
幅広いジャンルでご活躍されてますけれど、最近はとくに映画音楽でのご活躍がめざましいですね。宮崎(駿)監督とか、北野(武)監督といった、非常にユニークな監督と一緒にお仕事をされるお気持ちというのは、どのようなものなのでしょう?

久石:
やはり、優れた監督と仕事をさせてもらっているぶん、ぼくひとりで自分の世界を作るより、彼らからインスパイアされたものがすごく大きいと思うんですね。だから、ある意味では共同作業のつもりでいます。

宮崎:
映画を生かすも殺すも音楽次第というところがありますでしょう。

久石:
いや、生かしていただいているという感じだと思いますよ(笑)。もちろん、作曲家なりの自負としては、自分ではこうアプローチするというのはありますけれど、映画に関しては監督のものですよ。監督の世界観からはまったく違うものをつくるわけにはいかないんですから。

宮崎:
でも、監督に言われるままではないのでしょう?

久石:
そうですね。やはり、監督が考えうる範疇の音楽を提出したんではつまらないんですよ。それは監督が考える範囲内でしかないからね。それにプラス必要なのは、それを超えた、「えっ、こういう方法もあったのか」みたいな…。

宮崎:
驚かすような着想をしないといけないのですか。

久石:
もっと大きな世界観というか、普通の人が想像するのとちょっと違うところまでもっていかないと、あのクラスの監督さんは満足しませんね。

宮崎:
戦っているのですね。

久石:
ある意味では戦ってます。

宮崎:
本当の意味でのコラボレーション、共同作業というのでしょうかしら。異質なものを溶け合わせてひとつの新しい生命体をつくるみたいな、そんな捉え方でいいのでしょうか。

久石:
そういうところはありますね。たとえば、悲しいシーンに悲しい音楽だとか、喜んでいるところに明るい音楽を、単純につけていったら何もそこから生まれてこないですから、そういう方法はとらないようにしてます。

宮崎:
とはいっても、悲しいシーンには、悲しい雰囲気を出さないといけないのでしょう?

久石:
でも、どんなときに悲しく感じるかというと、強がり言って口笛を吹いて立ち去っていくシーンのほうがよほど悲しく感じられるときってあるじゃないですか。悲しいといって本当に泣いてる姿を撮るのは、映像としておもしろくないですし、それに寄り添うような音楽を書いてたら、なおさらレベルの低い映画になってしまいますよね。

宮崎:
私、久石さんの作品のなかに、たくさん好きな曲があるんですが、なかでも──すごくミーハーですけれど──「もののけ姫」がすごく好きなんですね(笑)。

 

「もののけ姫」で内面的強さを

 

久石:
「もののけ姫」は作曲に3年ぐらいかかったんですが、自分の中ではとても大事な作品で、実際あれでだいぶ吹っ切れたところがあるんですね。

宮崎:
吹っ切れたといいますと?

久石:
作曲家としてもうひとつ大きな表現というか、強い表現ができるようになったと思うんです。それまではまだ、音楽の大事な要素として、どこかきれいな部分というのが自分の中にあったんですよ。たとえば、メロディーは美しいほうがいいだろうとかね。もちろん、そうではない音楽があることもわかってるつもりなんだけれど、実際、久石譲が音楽をやるときには、なぜかメロディーラインはきれいであって、それで大勢の人に聴いてもらいたいという思いがすごく強かったんですよ。

宮崎:
わりと万人というか、不特定多数が受け入れてくれるような音楽を作る傾向にあったと。

久石:
それがあったんですけれども、「もののけ姫」の時は、そういう表面的なメロディーというよりも、内面的な強さをすごく心掛けて作ったんですね。つまり、作曲家からしてみると、たとえば戦闘シーンがるとするじゃないですか。そうすると、ジョン・ウィリアムズばりの、オーケストラをフルに鳴らした、「どうだ、こんなすごいスコア、見たことないだろう」というのを作りたがるものなんですよ。

宮崎:
作曲家なら「スター・ウォーズ」ばりの、ガンガン響いてくるような音楽をつけたいものなのですか。

久石:
ええ。「どうだ」というのを書きたくなるんですよ。なぜなら、自分の培った技術、音楽性が全部出せそうに感じられるから。だけど、「もののけ姫」に関していうと、そういう雄壮なシーンも極力、弦だけで、レクイエムのように後ろに流すとか、戦闘している人間たちの高揚感というのも、そのままストレートに表現するよりも、そこに至らざるをえなかった悲しさのほうに表現を切り替えるとか、そういうことをすごく考えた作品だったんです。

宮崎:
あぁ、なんとなくわかります。

久石:
音楽的表現というよりも、音楽で何を表すかというか、内面的な面をすごく気をつけるようになった作品で、そういう意味で、自分の中で吹っ切れた部分があったんですね。

宮崎:
削り取っていく作業も大切なのですね。私なんかすごく俗人だから、持ってる力が仮にあるとしたら、全部見せたくなるっていうようなところがありますけれど(笑)。

久石:
音楽家も同じですよ(笑)。

宮崎:
そもそも、どういうジャンルから音楽に世界に入られたのですか。

久石:
現代音楽ですね。まず、驚くものというか、音が鳴った瞬間って「えー」と思うような、未知のものに出会うような感動があるじゃないですか。それがぼくにとっては現代音楽だったんですよ。

それで大学に進んで、ミニマル・ミュージックという、同じパターンを繰り返す音楽に出会って、そっちのほうに進んだんですけれど、もともとは音楽でどういう可能性があるかということをずっと追求していきたかったんです。つまり、木でいうと幹なんですよ。幹を見て美しいって思う人はだれもいませんよね。

宮崎:
まず、いませんね。

久石:
枝があって、葉っぱだとかたわわになって、それではじめてみんな、「ああ、いい木だな」「いい森だな」とかいいますよね。だけど、自分がすごく興味があったのは幹の部分で、音楽にどういう可能性があるのか、たとえば、こんなやり方でも音楽は成立する、そんな音楽をずっとやりたかったんです。

宮崎:
幹でも、力を持って人を魅きつける幹を目指してらしたのですか。

 

聴かせるという気はなかった

 

久石:
いや、魅きつけなくてよかったんです(笑)。

宮崎:
自分だけで愛でていればいいと。

久石:
そうそう。こんな幹もあるぞという可能性を追求することができればよくて、人にうけようという気はまるでなかったんです。

宮崎:
聴かせるということは前提としてなかったのですか。

久石:
それはあんまり興味がなかったです。それよりも、それをやることで次の人たちがそこに枝をつけたり葉っぱをつけていく、そういうパイオニア的な音楽のアプローチにすごく興味があったんです。

だから、現代音楽をやっていた後半では、不確定多数のミュージシャンによる不確定多数音楽という、訳のわからない命題に取り組んでました。

宮崎:
……?

久石:
それはどんな音楽かというと、2人以上なら、たとえば100人でも200人でも演奏できるんです。時間の長さをあらかじめ決めておけば、5分でも1時間半でも演奏できる音楽なんです。

宮崎:
演奏する人によっては全然ちがうわけですよね、そこから出てくる音は。

久石:
そこをどこまで管理するかが重要なポイントなんですよ。自由にやってるようなんだけれど、結果的に出る音は、まったく自分が意図した音でなければ作曲ではないですから。20代はほとんどそういうことをやってました。

宮崎:
それは聴いていて、なかなか難しかったかもしれませんね。心を動かされた人がどれだけいたかというと…。

久石:
いや、だれもいませんでしたね、観客は(笑)。

宮崎:
それから、どういういきさつで方向転換されるのですか。

久石:
自分がやってきたミニマルというスタイルは、海外ではテクノポップ系にすごく影響を与えたんですね。同じパターンを繰り返しますからね。そういうなかで、イギリスなんかに、ブライアン・イーノだとかいろんなミュージシャンが出てきて、実際ぼくらが理屈と理論でがんじがらめになって窮屈でアップアップしていたときに、いともたやすく、そういうのをポップスというフィールドに取り入れてやってるんですよ。それを見たときに、羨ましいという気持ちがすごくあったんです。

宮崎:
久石さんでもがんじがらめで悩まれることがあるのですね。

久石:
それは今でも悩んでますから(笑)。やはり、理屈が先行した世界は、ものを殺しにくいんですよ。

宮崎:
それはすごい表現ですね。

久石:
つまり、現代音楽だと「ねばならない」「してはならない」という禁止事項が増えてくるわけですよ。ところが、人間のイマジネーションとか発想の出だしっていうのはすごく曖昧なわけじゃないですか。「わあ、鳥が飛んでる」という出だしから深めていって、結果それが理論的な武装にいたれば理想なんだけれども、現代音楽の世界だと、出だしにそういうことをつぶしていく作業になるんですよ。

宮崎:
枠をはめてしまうのですか。

 

創作とはイマジネーションだ

 

久石:
そうなんです。それで、とても窮屈になってしまうんですね。でも、創作というのは、基本的にはイマジネーションをどれだけ持っているかがすべてですよね。たとえばコップを見ると、ほとんどの人は「あっ、コップだ」と言いますよね。でも、「いや、花瓶じゃないか」と、同じものを見ても、もうひとつ違った認識ができる、そして思い込める強さみたいなものが創作の原動力になるわけですよ。

宮崎:
それは訓練して得られるものなのですか。それとも、もともと持っている素質なのですか。

久石:
ぼくが考えるには、だれでも持っていると思います。たぶん深層心理だったりとか、奥底にはみんな持ってる。ただ、それが性格だったり環境に左右され、自分で気づかないまんま一生送ってしまう人もいるでしょうね。

宮崎:
久石さんの場合、曲の構想とかメロディーはどういうときに浮かぶのですか。

久石:
場所とか環境よりも、やはり自分の中の問題のほうが大きいですね。仕事の打ち合わせをして、それから長い間自分の中で考えてる時間というのがあって、それが自分にとってはすごく大事なんですね。実際に作業に入ると、ぼくはすごく早いほうで、わっと作ってしまうんです。

宮崎:
書きはじめると、あっという間なのですか。

久石:
ええ。レコーディングもものすごく早いんです。だけど、そこまで行き着くまでの期間が長い。その間いろんなことを考えていて、ポーンと発想が浮かぶ瞬間というのは、ベッドの中だったり、シャワーを浴びているときだったり、ご飯を食べたりしているときとか、そういうときが多いですね。

宮崎:
それまで体の中で発酵させておくのですね。

久石:
おそらく音楽をつくるときでいちばん大事になる核みたいなものがあるんですね。その核みたいなものがひ弱だったときは、どういうふうにデコレーションしても、最終的な仕上がりはだめなんです。だから、この映画の何が核になるのか、それは音だったりイメージだったりするんですが、このへんに迷いが生じてるときはだめです。

宮崎:
それをご自分で納得できるところまで突き詰めるのですか。

久石:
しますね。「こういうイメージだ」とか「これはこうだ」というのが、見える瞬間があるんですよ。それで確信できたら、あとはそれを曲にする作業だけですから。

宮崎:
それは強制的には浮かばないでしょう。ご自分をそういう状態にもっていかれるのですか。

久石:
強制的には浮かばないので、自分を追い込むようにはしますけれどね。

宮崎:
はぁ、それは大変ですねぇ。

 

メインテーマで苦労しますね

 

久石:
往々にして、メインテーマで苦労するケースが多いですね。締め切りが迫っていたりして、やむをえずメインテーマをひ弱なまま作ったときなどは最後まで納得できませんね。

宮崎:
そういうこともあるのですか。

久石:
ありますよ。それはどうしたって全勝するわけにはいきませんから(笑)。

宮崎:
生身の人間が仕事でやってるわけですからね。そういうときはどうするのですか。

久石:
できるだけ早く忘れるように努力してます。

宮崎:
ハハハハハ。そうなんですか。でも、意外にそのほうが世の中でうけたりしません?

久石:
それもたまにあるんですよ(笑)。

宮崎:
これからの音楽人生、大きな目でみて、どういう方向に進んで行こうと思ってらっしゃいますか。

 

日本語のきれいさを伝えたい

 

久石:
まだやりたいりないことがいっぱいあるんですよ。いまだ日々発見していることもありますし、タイムスパンの長い短いにかかわらず、自分の中で解決していかなければいけない、音楽家としての問題は日々解決していかなければならない。

ただ、ぼくのなかで、どうしても日本語と西洋音楽のメロディーが頭の中で一致しないという思いがあるんですよ。その解決さえついたらとっくに、ミュージカルとかオペラをもっともっと書いていたはずなんだけれど、書いてないんですよ。

宮崎:
では、これからはそういった分野にも挑戦していきたいと。

久石:
ぼくはこうやって映画音楽をやってるわけだから、音楽の劇性に関してはそれなりの意見は持ってますし、できるはずなんです。つまり、クラシックの世界でも、モーツァルトにしろベートーヴェンにしろ、みんな歌劇を書いてますでしょ。たとえば、ラフマニノフがいまの時代に生きてたら、絶対映画音楽をやってますよ。映画音楽までやっている自分が、なぜオペラを書かないかというと、やはり日本語がね。日本の創作ミュージカルを見にいくと、ほんとにまいっちゃうんですよ。

宮崎:
それ、わからないでもないです(笑)。

久石:
もうさぶ~っていう感じで、いやなんですよ(笑)。

宮崎:
西洋音楽と日本語と一致させるというのはむずかしいでしょうね。

久石:
(節をつけて)「ちょっと、明日何食べる~」とか言われたら、ほんと帰りたくなりますよね。

宮崎:
ハハハハ。ほんとにねぇ。

久石:
ちょっとやめてくれよ、みたいな感じがしますよ。だから、その問題を解決することがすごく大事で、自分の中ではその答えがちょっと見えだしてるんです。ですから、来年ぐらいに何とか形にしようなかなとは思ってるんですよ。

宮崎:
そのときには、日本語を捨てて歌劇を作るのではなくて、あくまで日本文化にこだわるのですか。

久石:
捨ててはだめなんですね。ぼくはよく、ボーカルを使う曲を作るとき、歌詞を英語に直したりするんですよ。英語のほうが作曲が楽だから。でも、やはり最後は、純正の日本語でしっかりしたものを残したい。「あぁ、日本語ってこんなにきれいだったんだ」と思えるような、自分のメロディーと日本語を一致させる方法を考え出したいんです。

宮崎:
久石オペラの誕生、心待ちにしておりますわ。きょうはありがとうございました。

(構成・二居隆司)

 

緑の眼

「久石」芸術のコラボレーションは、ぴったり親しい間柄ではなく、ぴんと緊張した関係からこそ生まれると、よくわかります。

あれだけ宮崎駿監督作品や北野武監督作品に欠かせない存在でいらっしゃるのに、プライベートなお付き合いはほとんどないのだそうです。従って、お仕事以外の「お顔」も知らない、とのこと。

とはいえ、お互いに知り尽くしているからこそ、ああいう作品が生まれるのでしょうけれど。この辺りの割り切り方が久石さん流なのですね、きっと。

目の前にいらっしゃる久石さんは、外界との輪郭をくっきりつけずに、何事も受け入れてしまう、という感じの柔軟さをたたえて、穏やか、にこやかでした。あの独特な久石ワールドの秘密を垣間見たような気がしました。

(「週刊読売 1999年12月19日号」より)