Blog. 2016年「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」アクセス・ランキング

Posted on 2017/01/03

2016年「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」年間アクセス・ランキングです。

2016年も精力的活動を展開した久石譲、その大きな軸は多種多彩なコンサートでした。当サイトでもコンサートを追っかけ、最新情報を追っかけ、その合間に過去資料を整理しながら。1年間をバイオグラフィから振り返ってみましょう。

 

2016

  • コンサート:「久石譲&五嶋龍 シンフォニー・コンサート」(北京/上海)開催 C 1
  • コンサート:「題名のない音楽会」公開収録 C 1
  • コンサート:「長野市芸術館 グランド・オープニング・コンサート」開催  C 1 2 3 4 5 6 7 8
  • コンサート:「フィリップ・グラス来日公演 THE COMPLETE ETUDE」出演 1 2 3 4
  • コンサート:「善光寺・奉納コンサート」開催 C 1 2 3 4
  • コンサート:「久石譲 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 第1回定期演奏会」開催 C 1 2 3 4 5
  • コンサート:「久石譲 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 第2回定期演奏会」開催 C
  • コンサート:「W.D.O. 久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016」ツアー開催 C 1 2 3 SP
  • コンサート:「久石譲プレゼンツ ミュジック・フューチャー Vol.3」開催 C D 1 2
  • コンサート:「久石譲 ジルベスターコンサート 2016 in festival hall」開催 C 1 2
  • CD:ソロアルバム「The End of the World」発売 D
  • CD:「家族はつらいよ オリジナル・サウンドトラック」発売 D
  • CD:ソロアルバム「MUSIC FUTURE 2015」発売 D 1 2
  • 映画:「家族はつらいよ」(監督:山田洋次) 1
  • 映画:「スイートハート・チョコレート」(監督:篠原哲雄) 1 2
  • CM:三井ホーム「TOP OF DESIGN」CM音楽 D 1 2
  • CM:エリエール「3日目の朝 篇」音楽「Life is」 D 1
  • GAME:「シノビナイトメア」テーマ音楽 D 1 2 3
  • TV:日本テレビ系「読響シンフォニックライブ」「コントラバス協奏曲」放送 D
  • TV:テレビ朝日系「題名のない音楽会」「LINKS」「Untitled Music」他 放送 C 1
  • TV:日本テレビ系「読響シンフォニックライブ」「TRI-AD」他 放送 1
  • TV:NHK「NHKスペシャル シリーズ ディープ・オーシャン」音楽 D 1
  • TV:NHK WORLD「Entertainment Nippon 2016 Joe Hisaishi」放送 1
  • ラジオ:ニッポン放送「父と娘と音楽と」出演(ナビゲーター:麻衣) 1
  • 書籍:「久石譲 音楽する日乗」出版 B
  • Topics:富士急ハイランド「富士飛行社」 音楽「Mt.Fuji」リニューアル 1
  • Topics:フィギュアスケート羽生結弦2016-2017 FS楽曲「Hope&Legacy」 1 2

Biography 2010- より)

 

 

さて、このなかからどんなトピックがランキングに。2016年以前の人気ページもたくさん入っています。今年2017年もさらなる久石譲活動に期待しながら、点と点をつなげるサイトとなるよう追いかけていきます。

 

2016年アクセス・ランキング -総合-

TOP 1

Info. 2016-2017 羽生結弦選手フリーFS楽曲 久石譲「Hope & Legacy」 について

ぶっちぎりの強さでした!2位以下に数倍の差をつけて。これをきっかけに新しい久石譲ファンが増えたら、それは素敵なことですね。この話題については、また別にお話する予定です。

 

TOP 2

Blog. 「かぐや姫の物語」 わらべ唄 / 天女の歌 / いのちの記憶 歌詞紹介

2014年、2015年と不動の1位だったのですが、それでも相変わらずの上位です。

 

TOP 3

https://hibikihajime.com/recentschedule/

久石譲の最新情報をリスト掲載しているページです。

 

TOP 4

Blog. 「ふたたび」「アシタカとサン」歌詞 久石譲 in 武道館 より

こちらも毎年上位のページです。2016年は「Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE」がW.D.O.2016にて世界初演されました。初のW.D.O.海外公演も台湾にて敢行されました。

 

TOP 5

https://hibikihajime.com/tag/concert/

このURLは、久石譲最新コンサート情報をまとめたインフォメーション・アドレスです。

 

TOP 6

Disc. 久石譲 『Dream More』*Unreleased

近年コンサートでも演奏機会が多く、CMもシーズンごとにオンエアされています。W.D.O.2015でのパフォーマンスが「The End of The World」CD作品に収録されています。

 

TOP 7

Info. 2016/12/31 「久石譲 ジルベスターコンサート 2016 in festival hall」開催決定!!

こちらも上位常連の「ジルベスターコンサート」のニュースです。大晦日に一夜限りのスペシャルなコンサートです。年間コンサートのなかでも関心の高さと、恒例行事としての定着感があります。

 

TOP 8

Blog. 久石譲 初ジブリベスト 宮﨑駿×久石譲 30周年 CD発売決定!

「ジブリ・ベスト ストーリーズ」(2014)について2年前に書いたものです。うれしい反面、文章力に目を覆いたい気分です。でも、潔く書き直すことはしていません。

 

TOP 9

https://hibikihajime.com/score/

久石譲監修、オフィシャル・スコア、オリジナル・エディションの楽譜を紹介したページです。これから先もっとオフィシャル楽譜がふえていくといいですね。

 

TOP 10

Disc. 久石譲 『明日の翼』 *Unreleased

根強い人気と関心のある楽曲です。2011年に発表されてから今現在、未CD化であり、コンサートでも披露されたことのない幻の作品です。

 

TOP 11

Info. 2016/04/25 「題名のない音楽会」公開収録 観覧募集概要 久石譲出演

2週連続TV放送された久石譲出演回の、公開収録情報です。「LINKS」や「Untitled Music」などが新日本フィルハーモニー交響楽団との共演で披露されました。

 

TOP 12

Info. 2016/04/16 [CM] 三井ホームCM「TOP OF DESIGN」 久石譲音楽担当

2016年書き下ろしのCMテーマ曲。斬新かつ心地のよいミニマル・ミュージックです。美しいCM映像のロケ地も関心が高いようですね。

 

TOP 13

特集》 久石譲 「Oriental Wind」 CD/DVD/楽譜 特集

久石譲の代名詞のひとつです。1年のうちに数回は必ず聴きたくなるから不思議です。

 

TOP 14

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2015」 コンサート・レポート

W.D.O.2015のコンサート・レポートです。なんで2016じゃないんだろう…?その答えのひとつは、W.D.O.2016がまだTV放送されていないからかなと、個人的には思ってます。

 

TOP 15

Disc. 久石譲 『Stand Alone』 坂の上の雲 メインテーマ 全ヴァージョン紹介

みなさんどこで演奏してるんですか?歌ってるんですか? 久石譲は近年コンサートでも演奏していない楽曲です。安定した人気なんですね。

 

TOP 16

特集》 久石譲 「ナウシカ」から「かぐや姫」まで ジブリ全11作品 インタビュー まとめ -2014年版-

ジブリ作品がTV放送されると、それに引っ張られるように上がってきます。そんなきっかけで、久石譲のジブリにかける想いや制作過程を知っていただけるなら、うれしい限りです。

 

TOP 17

Blog. 久石譲 箱根駅伝テーマ曲「Runner of the Spirit」 CD作品紹介

毎年秋頃からソワソワしだすページです。久石譲のオリジナルver.もいつかCDで聴いてみたいと夢みながら。

 

TOP 18

Disc. 久石譲 『Untitled Music』 *Unreleased

毎週日曜日にお茶の間に流れるテーマ曲。未CD化、日本ではまだコンサートでも披露されていないです。2017年こそは?!

 

TOP 19

Info. 2016/Jul. Aug. Oct. 久石譲2大コンサート「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2016」「ミュージック・フューチャーVol.3」開催決定!!

近年の久石譲コンサート活動の大きな軸となっている2大コンサート。過去最大規模のツアーで、日本全国暑い夏でした。芸術の秋にふさわしい上質な音空間も定着へ。

 

TOP 20

Info. 2016/05/08 『長野市芸術館 久石譲 グランド・オープニング・コンサート』 開催決定!

こけら落としコンサートから、夏のイベント「アートメントNAGANO」まで。さらに、2018年までつづくベートーヴェン全交響曲コンサート。芸術監督であり、ナガノ・チェンバー・オーケストラ(N.C.O)とともに、その活動ははじまったばかりです。

 

 

まんべんなく2016年の久石譲ニュースが盛り込まれ、久石譲ファンの関心の高いトピックがランクインしています。こう眺めると、CDになっていない作品や最新コンサートなど、旬の久石譲を知りたい人が多いことがわかり、うれしく思います。今年は当サイトも新しいコーナーをはじめます。久石譲音楽をもっともっと広く深く楽しんでいきましょう。

 

 

Related Page:

 

Blog. 「ユリイカ 2004年12月号」 スタジオジブリ特集より 映画『ハウルの動く城』 音楽:久石譲 解読

Posted on 2016/12/6

雑誌「ユリイカ 2004年12月号」は、特集「宮崎駿とスタジオジブリ」が組まれています。ちょうど同年公開の映画『ハウルの動く城』についてがメインとなっています。そのなかから音楽を担当した久石譲に関する評論家の考察がとてもおもしろい内容です。

久石譲のオリジナル・アルバムやコンサート・パンフレットなどでの楽曲解説、近年ではそのほとんどでおなじみの前島秀国さんによる「ハウルの動く城」音楽紐解きです。こんな分析力や文章力がほしい!と思わず唸ってしまうほどの濃密な内容でした。

 

そのほかにも、いろいろな角度からハウルを読み解いたり、対談があったりと、映画『ハウルの動く城』が好きな人にはぜひ多角的に必読してほしい「ユリイカ 2004年12月号」となっています。(目次は最後に掲載しています)

前島秀国さんの項だけでも8ページにわたるぎっしりな内容、ハウルの音楽をイメージ交響組曲・サウンドトラック・Mナンバー・主題など音楽表にまとめたものもあったりと、かなり深く掘り下げて解説されてあります。これを読んだあとには、きっと映画をCDを再び手にとってみたくなるはずです。

 

 

「映画音楽の核心」への回帰
《人生のメリーゴーランド》の意味するもの 前島秀国

作曲家の久石譲が宮崎駿監督と初めてコンビを組んだ1984年の『風の谷のナウシカ』公開から、最新作『ハウルの動く城』の公開まで、ちょうど20年。この間、ふたりが手がけた作品は長篇8本と短編1本と本数こそ多くないものの、これだけの長期間に亘って監督と音楽家が共同作業を継続すること自体、すでに異例とも言うべき現象である。現役で作品を発表し続け、かつある程度の影響力を維持している例を他に探せば、スティーヴン・スピルバーグ監督とジョン・ウィリアムズ、ティム・バートン監督とダニー・エルフマン、デヴィッド・クローネンバーグ監督とハワード・ショア、ややマイナーなところでゴッドフリー・レジオ監督とフィリップ・グラスなどが並ぶ程度だろう。

これらコンビのフィルモグラフィーを見直してみると、コンビ第一作となる作品が監督か作曲家か、どちらかの劇場用長篇映画の第一作もしくは第二作にあたるという興味深い事実が明らかになってくる。つまり、監督か作曲家のどちらかが映画音楽制作の既成概念に捉われていない”処女作”こそが、長期の共同作業を維持するために不可欠な”コンビ固有の方法論”を懐胎するための必要条件となっているのだ。

このことを念頭に置きながら宮崎と久石のコンビを振り返ってみると、『ナウシカ』が宮崎の長篇第二作にして久石の長篇第一作だったという、誰もが知るところの事実が、いやが上にも重要な意味を帯びてくるだろう。宮崎の第一作『ルパン三世 カリオストロの城』での大野雄二の音楽は、あくまでもテレビ『ルパン三世』(第二シリーズ)の延長線上に位置するものであり、必ずしも映画音楽独特の表現や面白さを追及した作品とは言えない。一方の久石は国立音楽大学を卒業した1974年以降、スタジオ・ミュージシャンとして数多くのテレビ・アニメ音楽に関わるが、音楽監督として映像作品全体の音楽演出を采配する経験は全く積んでいなかった。つまり宮崎と久石双方にとって『ナウシカ』という作品は、好むと好まざるとにかかわらず、映画音楽の方法論の模索を余儀なくされた”処女作”だったのである。

 

よく知られているように、宮崎と久石のコラボレーションの始まりは1982年、久石のソロ・アルバム『インフォメーション』が徳間ジャパンより発売され、これを宮崎と『ナウシカ』のプロデューサーを務めた高畑勲、それに鈴木敏夫の三人が聴いたことがきっかけとなっている。当初、久石は『ナウシカ』公開を盛り上げるために制作されたイメージアルバムのみに携わる予定であり、スポンサーサイドの意向から本篇そのものの音楽は別の作曲家が担当することになっていた。しかし、イメージアルバムの出来上がりに強い感銘を受けた宮崎は、もはや久石以外の作曲家は本篇にあり得ないと判断、そのまま久石の続投を決めたというわけである。以後、『ハウルの動く城』に至るまでの宮崎の全長篇作品において、なんらかのイメージアルバムが本篇作曲前に録音・発売されるのが慣例となったが、これこそが宮崎=久石の共同作業の根幹をなす”コンビ固有の方法論”にほかならない。

アニメ文化を取り巻く市場原理を考えた場合、劇場用長篇や原作からインスパイアされた音楽作品を事前に録音・発売するのは、ごく自然な商業活動である。しかし映画音楽制作の現場の立場から見れば、”イメージアルバム”という秀逸なネーミングこそあれ、その実態は本篇の音楽に取って代わられることを運命づけられた”デモ音源”に過ぎない。常識的に考えれば、”デモ音源”はあくまでも未完成作品だから、これを本篇公開前に公表するのは作曲家にとって必ずしも好ましい事態とは言えないのである。久石がイメージアルバムの方法論をごく自然に受けいれることができたのは、映画音楽作曲家としてのキャリアをスタートさせた時点で、こうした常識に全く捉われていなかったためだろう。

ここで注目すべきは、久石が手がけた宮崎作品のイメージアルバムと本篇のサントラ盤を聴き比べてみた時、両者の間にそれほど大きな隔たりが存在していないという点である。もちろん、アレンジの仕方や楽器用法など細部において相違点はあるが、作品の中心(ハート)に位置するメインテーマの旋律的要素や楽曲構造において、両者が大きな食い違いを見せることは、ほとんどない。つまり、久石はイメージアルバムの段階で本篇の音楽の核心(ハート)となるべき主要部分の作曲を完了してしまっているのであり、これは久石が宮崎のメモ書きや絵コンテを参照しながら作曲を進めていく制作過程に起因するのではないかと思われる。誤解を恐れずに書けば、久石は宮崎作品の”映像”に音楽をつけているのではない。あくまでも宮崎の”世界観”に音楽をつけているのである。「僕の映画音楽の作り方というのは、監督の作りたい世界を根底に置いて、そこからイメージを組み立てていく」という久石独特の映画音楽論は、このイメージアルバムの手法を前提にして培われたものと見るべきだ。

このような宮崎=久石独特の方法論は「イメージアルバム=デモ音源/本篇の音楽=作品の完成形」という従来の図式を切り崩すばかりか、本篇完成後も宮崎の世界観を音楽的に発展させる可能性を久石にもたらすことになるだろう。例えば『もののけ姫』公開の翌年に発表された交響組曲《もののけ姫》などは全八楽章、演奏時間は約50分の堂々たる大曲に仕上げられ、もはや”映画音楽のコンサート用アレンジ”の範疇を完全に逸脱してしまっているし、大掛かりな追加作曲が施された『天空の城ラピュタ』アメリカ公開版では、オリジナル版の音楽素材を用いながらも本篇に新たな意味づけを与える注目すべき試みがなされている。

もしもジョン・ウィリアムズが『スター・ウォーズ』を演奏会で指揮するたびに新たなアレンジを施したら、おそらく人々は奇異な印象を受けるに違いない。ある特定の映像と音楽の響きが、置換不能の強固なアマルガムを形成しているためである。これに比べれば、宮崎作品における久石の音楽は特定の映像との結びつきが(相対的に)より希薄だというべきだろう。だからこそ、監督の世界観を繰り返し音楽化する自由度も生まれてくる。久石がコンサートツアーのたびに自作に新たなアレンジを施すのは、宮崎との共同作業を通じ、”ワーク・イン・プログレスとしての映画音楽”という極めてユニークな考え方を徐々に形成していったためではないか。

 

以上が『ナウシカ』から『千と千尋の神隠し』までの音楽にほぼ共通して見られる原則論だが、『ハウルの動く城』においては、この原則論が大きく崩されることになった。本来ならば、本篇の中核(ハート)をなす音楽はすべてイメージアルバムに収められているはずなのに、『ハウル』のイメージアルバムに聴かれる楽曲はどれも本篇の中で副次的な役割を担うに留まり、メインテーマにふさわしい牽引力を獲得するに至っていない。より事態を正確に記すなら、イメージアルバム制作後、宮崎の意向でメインテーマが新たに作曲され、それによって『ハウル』全体の音楽設計が大きな変容を被ったのである。

Yomiuri On Lineに連載されている取材レポートによれば、宮崎と久石が本格的な音楽打ち合わせをおこなったのが03年8月。同年10月にイメージアルバム用の楽曲を完成させた久石は、これを三管編成の管弦楽スコアにまとめ、わざわざプラハまで出向いてチェコ・フィルとの録音を敢行した。この録音は翌04年1月『イメージ交響組曲』としてアルバム発売されるが、2月に持たれた音楽打ち合わせで宮崎から「(『ハウル』本篇のスコア全体を)ひとつのテーマ曲だけで(作曲してほしい)」との要請を受け、久石は新たに三曲のメインテーマ候補曲を作曲。久石自らが宮崎の前でピアノ演奏した結果、二番目に弾かれたワルツの楽曲を監督が選択し、このワルツを『ハウル』全体のメインテーマに据えて本篇の音楽設計が組み立てられていったとのことである。

多くの場合、作曲家が一度構想した音楽設計をボツにして新たに作曲を試みるのは大変な負担を強いられる作業であり、最悪の場合には(ハリウッドではしばしば見られるような)作曲家降板と代打登用という非常事態を招くことにも繋がりかねない。特に『ハウル』の場合は、イメージアルバム用の楽曲が管弦楽作品として非常に洗練された、完成度の高い音楽だったため、久石の苦労には並々ならぬものがあったと推察される。

だが冷静に考えてみれば、本来デモであるべきイメージアルバムを音楽的に”完成”させてしまうこと自体、久石がそれまで築き上げてきた”ワーク・イン・プログレス”的な宮崎作品の音楽の方法論を真っ向から否定する行為だったと見るべきではないか。あからさまに言ってしまえば、宮崎はこの『イメージ交響組曲』に不満を示し、より普遍的な表現を音楽に求めたのである。最終的に宮崎が選択したワルツのシンプルな旋律が、何よりもそのことを雄弁に物語っている。

このワルツのメインテーマは宮崎により《人生のメリーゴーランド》と命名されることになるが、この楽曲名が『ハウル』の物語構造と密接な関連を持っていることは後に詳述することとして、まずは《人生のメリーゴーランド》の最初の8小節をここに記しておこう。 *8小節記 省略

多少の歌心さえあれば誰でも口ずさめる素朴な主題であり、事実、この主題が本篇で最初に登場するのは指一本で弾けるピアノの単旋律の形であって、複雑な和声づけは一切施されていない。『イメージ交響組曲』に聴かれる豊穣なサウンドと、まったく正反対である。『ハウル』本篇の音楽で驚嘆すべきは、このあまりにもそっけないテーマ(以後、拙稿では《メリーゴーランド》主題と呼ぶ)に様々な変奏や展開を加え、愛のテーマだろうが大掃除の音楽だろうがアクション音楽だろうが、すべてこの《メリーゴーランド》主題から紡ぎ出してしまったところにある。別掲の表1に示したのは『ハウル』のロール1(最初の約17分間)に聴こえてくる音楽をMナンバー順(登場順)に列挙したものだが、これだけでも《メリーゴーランド》主題がいかに頻繁に登場するか、おわかりいただけるはずだ。 *表1 省略

これに対し、表2は《メリーゴーランド》主題以外に耳にすることができる特徴的な主題を一覧にしたものだが、いずれも使用場面や登場回数が限られており、特定のキャラクターや集団など、『ハウル』の世界観のごく一部をライトモティーフ的に指し示す用法に留まっている。本篇のなかで何十回となく繰り返される《メリーゴーランド》主題に比べれば、これらの主題が担っている役割は遥かに小さいと言わざるを得ない。 *表2 省略

となると、やはり興味の中心(ハート)は《メリーゴーランド》主題ただ一曲に向かうわけだが、この主題に込められた重層的な意義を明らかにするため、《メリーゴーランド》主題が初めて登場するM1の場面を細かく検証してみよう。M1において《メリーゴーランド》主題はピアノで2回繰り返されるが、この間、カメラはタイトルの題字から街の俯瞰図へとパンダウンし、帽子屋の一室にカットが切り替わって、主人公ソフィーを映し出す。ソフィーの背後から妹レティーとその友達の会話が聴こえてくるが、その会話では①ハウルの動く城が街に近づいていること、②ハウルが他人の心臓(ハート)を取ってしまう魔法使いであること(=すなわちハウルにとって心臓が重要であること)、③どうやらハウルが美人好みであること、といった話題が触れられている。《メリーゴーランド》主題が2回繰り返される、わずか2分間のあいだに伝えられる情報こそ、実は『ハウル』の物語の核心(ハート)をなす最も重要な要素にほかならない。音楽用語のアナロジーを用いれば、この2分間は物語的にも音楽的にも”主題提示部”の役割を果たしており、以後、『ハウル』本篇で展開される物語は、この主題を用いた”変奏曲”ということができるだろう。

このM1でもうひとつ注目すべき特徴は、観客がピアノ演奏によって《メリーゴーランド》主題を初めて耳にするという点である。このピアノという楽器の選択に関しては、久石自身がピアニストとしての演奏活動に非常に力を入れていること、さらに『ナウシカ』や『千と千尋の神隠し』などのメインテーマがピアノで演奏された前例などから、宮崎作品の音楽においてはごく当たり前のトレードマークだと、つい見過ごされがちである。

しかし『ハウル』本篇全体の音楽を俯瞰してみると、《メリーゴーランド》主題の演奏にピアノが使用されるのは、ある特定の場面に限定されていることが明らかになってくる。M1以後、二度目にピアノで《メリーゴーランド》主題が鳴らされるのは、表1のM4に示した《ときめき》だが、この場面ではハウルとの出会いの余韻に浸るソフィーが恋心を抱き始めたことが暗示されている。三番目にピアノが用いられるのは、ソフィーがハウルの城で眠りにふける場面だが、九十歳の老婆に変身させられていたはずのソフィーは、ハウルへの恋の気持ちの高まりから、十八歳の少女に姿が戻ってしまっている。

つまり《メリーゴーランド》主題のピアノ演奏は、ソフィーの恋愛感情と意識的に結び付けられており、ピアノという楽器が《メリーゴーランド》主題に”愛のテーマ”の性格を付与する機能を果たしているのだ。したがって、M1の冒頭から《メリーゴーランド》主題がピアノでわざわざ演奏されるのは、《メリーゴーランド》が究極的に”愛のワルツ”だと宣言しているようなものである。ある特定の主題論的要素を際立たせるため、こうした厳密な楽器用法を久石が試みた例は、これまでほとんどなかったのではないか。

 

男女がペアになって円環運動を繰り広げるワルツという舞踏の特性上、いま述べたような”愛”の要素に加え、”円環の運動性”もしくは”円環性”の主題が本篇のなかで深く掘り下げられた時、映画におけるワルツのリズムはより一層の輝きを増す。わかりやすい実例を挙げれば、『ドクトル・ジバゴ』でモーリス・ジャールが作曲した《ララのテーマ》のワルツがその典型であり、ここでのワルツはジバゴと愛人ララの関係を表徴する”愛のテーマ”の役割を果たしているばかりか、本篇全体がジバゴの異母兄の回想で始まり、終わるという物語上の円環構造とも厳密な対応関係を見せている。

宮崎作品のメインテーマがワルツの形式で書かれたのは今回の『ハウル』が初めてではなく、すでに『魔女の宅急便』のメインテーマにワルツが用いられた先例が存在する。しかし『魔女の宅急便』のワルツと『ハウル』のワルツのあいだには、本篇の中に”愛”の要素と”円環性”の双方が存在するかどうか、あるいは宮崎と久石のどちらかがこのふたつの要素を等しく意識していたかどうか、その決定的な違いが存在することをここで是非とも強調しておきたい。リコーダーやアコーディオンでほのぼのと演奏される『魔女の宅急便』のワルツは親しみやすい魅力を備えたテーマであり、ヒロインのキキとトンボ少年の淡い恋愛感情を反映していると言えなくもないが、こと”円環性”に関して言えば、視覚的なイメージからも、あるいは物語の構成要素からも、『魔女の宅急便』にワルツが用いられた必然性を見出すことは著しく困難である。『ハウル』において、宮崎がワルツの”円環性”にことのほか自覚的だったことは、わざわざ楽曲名に”メリーゴーランド”という単語を選んだ事実からも明らかだ。ここで宮崎は、単に舞踏形式としてのワルツの”円環の運動性”を”メリーゴーランド”という表現で言い換えたかっただけでなく、『ハウル』の物語の中心(ハート)をなす”円環性”の主題を”メリーゴーランド”というメタファーに込めているのである。それを筆者なりに解読すれば、呪いが解けたソフィーが元の十八歳の姿に”戻り”、失われていた心臓(ハート)をハウルが”取り戻す”という”回帰”もしくは”回復”の主題ということになるだろうか。

驚くべきことに、この”回復”の主題とワルツを関連付ける試みは、すでに『千と千尋』終盤の飛行シーンに最初の萌芽を見出すことができる。すなわち、竜の姿に変わっていたハクが元の少年の姿に”戻り”、自らの名前を”回復”すると《千尋のワルツ》と名づけられたテーマがオーケストラで壮麗に演奏されるのであるが、観客はこの場面で初めてワルツのテーマを耳にするため、いささか唐突に登場したという印象を拭いきれない。

これに対し、ソフィーがハウルにかけられた呪いを解く『ハウル』終盤のクライマックスでは、主題論的要素と音楽構造のあいだに、より有機的な関連付けが仕掛けられている。この場面全体を伴奏するのは当然のことながら《メリーゴーランド》主題だが、ハウルが心臓(ハート)を”取り戻す”瞬間、音楽はM1の冒頭部分、すなわち《メリーゴーランド》主題がピアノで鳴らされる前の短い序奏部に”回帰”してしまう。ただひとつの主題(=メインテーマ)が何度も反復し、最後にはメリーゴーランドよろしく”一回りして”音楽の始まりに”回帰”してしまう『ハウル』の音楽構造。これでは、久石がかつて音大生時代に心酔していたテリー・ライリーのミニマル・ミュージックの構造そのままではないか! これこそ、宮崎が「ひとつのテーマ曲」にこだわることで、久石の音楽の中に再び”回復”したかった心臓(ハート)なのではあるまいか。

ソフィーがハウルの心臓(ハート)を”回復”できた裏には、宮崎と久石というふたりの魔法使いが操る《人生のメリーゴーランド》のワルツの魔法が存在する。その魔法の秘密こそ、「映画音楽の核心(ハート)はメインテーマにあり」という大原則への”回帰”と、久石の音楽的原点たるミニマル・ミュージックの精神(ハート)への”回帰”にほかならない。そして、この魔法を可能にしたのは、ふたりが二十年の歳月のうちに育んできた”共同作業の愛”だったのである。

*表および註はすべて省略しています

(雑誌「ユリイカ 2004年12月号」より)

 

 

ユリイカ 2004年12月号 目次より

特集*宮崎駿とスタジオジブリ

ジブリの舵取りかく語りき
「動く城」の一言で、アニメは始まる 鈴木敏夫☓稲葉振一郎

エッセイ
宮崎アニメのコツ 藤森照信
無敵の少女戦争 やなぎみわ

『ハウルの動く城』解読
魔法使いは誰だ!? 小谷真理
スタンダードはお好き? 『魔法使いハウルと火の悪魔』の宮崎流アレンジ術 青井汎
文脈に抱かれ、自由を夢見ること 茂木健一郎
動く城の系譜学 心的ネットワークのトポスとして ドミニク・チェン
2004年アニメーション巡礼 『ハウル』と動かなかった城 大塚ギチ

ポストジブリの胎動
スタジオジブリとそれ以外!? 神山健治☓鶴巻和哉☓藤津亮太
「強度ある物語」を求めて 新海誠☓藤津亮太

宮崎アニメの構成要素
プロデューサーの正体 スタジオジブリ、宮崎駿と鈴木敏夫 氷川竜介
島本須美の系譜 ジブリ作品と声優 小川びい
「映画音楽の核心」への回帰 《人生のメリーゴーランド》の意味するもの 前島秀国
魂のジャンルのために 宮崎作品におけるアニメーションとアレゴリー 池田雄一

アニメーションの名匠による翻訳作法
プレヴェールというリアル 高畑勲訳および注解『ことばたち』をめぐって 高畑勲☓中条省平

社会体としてのスタジオジブリ
生きるということと、あたたかさの記憶。 宮崎駿のなかの「労働」と「仲間」 木村立哉
〈宮崎駿論〉解析攻略必勝ガイド 『千と千尋の神隠し』がソープランド映画だって!? 栗原裕一郎
ジブリ美術館の挑戦 幻想空間は何を誘発するか 高橋瑞木
ネズミとモンスター ポスト冷戦とソフトパワーの地政学 清水知子

年譜
スタジオジブリの歩み ハイコスト、ハイリスク、ハイリターンの二十年 藤津亮太

 

ユリイカ 2004年12月号 ハウルの動く城 ジブリ 久石譲

 

Blog. NHK WORLD 「Joe Hisaishi Special Program」 久石譲特番 放送内容

Posted on 2016/11/1

10月22日にNHK WORLDにて久石譲のスペシャル・プログラムが放送されました。

 

NHK WORLD
Entertainment Nippon 2016
Joe Hisaishi
Saturday, October 22 8:10/ 14:10/ 19:10
Sunday, October 23 2:10

In this episode we will be featuring Japan’s top composer, Joe Hisaishi.
In addition to creating music for movies, including many films from Studio Ghibli, Joe Hisaishi also composes symphonies and conducts orchestras, all the while continuing to push the limits of minimal music. His widespread appeal will no doubt resonate with music fans around the world.

(英文:NHK WORLD より)

 

NHKワールドとは、NHKの海外向けサービスで、日本とアジアの今を伝えるニュースや 番組を世界に発信しています。日本国内でも当日ライブストリーミングやスマホアプリとしても閲覧可能のようです。

海外向け全編英語および英語字幕、「Entertainment Nippon 2016」という番組枠で、日本から世界に向けたエンターテインメントを発信する番組です。その22日放送分が久石譲特集でした。約1時間のスペシャル番組、とても濃厚な内容でした。

約35年以上にも及ぶ久石譲の音楽活動をうまく組み立てた番組構成になっていました。もちろんジブリ作品、北野武作品から、オリジナル(コンテンポラリー)作品、最新コンサートまで、久石譲が凝縮された内容で、「久石譲とは?」と聞かれたら、『これを1時間見ればわかります!』と言えるほどの素晴らしいプログラム。

 

番組内容を要点のみご紹介します。

 

コンサート映像から

  • 「となりのトトロ」「メーヴェとコルベットの戦い」「遠い日々」「ふたたび」「タタリ神」「アシタカとサン」(2008 in 武道館より)
  • 「HANA-BI」「Asian X.T.C.」「Oriental Wind」(2006 コンサートツアーより)
  • 「Asian Dream Song」(2003 コンサートツアーより)
  • 「Orbis ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~ 新版」「交響曲 第9番(ベートーヴェン)」(2015 第九スペシャルより)

などが、ほぼフルサイズや抜粋版など盛りだくさんに散りばめられていました。そのほかにも多くのコンサート映像・楽曲が使われていました。最新コンサートからも(これは後ほど)。

[ひとり言]
2006年のコンサート映像は、当時TV放送されましたが録画保存できていてもVHS?!DVD?!…DVD化もされていないなかで今回高画質・高音質で放送されたことはかなり貴重だったりします。「Orbis」と「第九」はTV放送もされていない蔵出し映像。「Orbis」は新版第1楽章(オリジナル「Orbis」を基とした)でした。記録用として各種コンサートは映像も音源も収録しているのだと思いますが、このコンサートも収録してたんだ!映像あるなら…これ以上は言わずもがな。

 

インタビュー

鈴木敏夫プロデューサー、秋元康さん、ガブリエル・プロコフィエフ(Gabriel Prokofiev)さんが登場していました。推測ですが、おそらく番組用の撮り下ろしではないかと。久石譲インタビューも随所にありました。(各インタビュー内容は、それだけで一記事になってしまいますので、いつか整理できたときに)

[ひとり言]
撮り下ろしインタビューなら、それはもちろんすごいのです。さらに、久石譲のインタビューがかなり直近だということに驚きと鮮度満点。インタビュー場所が「よみうり大手町ホール」の観客席だったからです。ということは、10月に撮影された可能性が高い、なんとも贅沢極まりない特番です。

 

その他紹介として、初期アルバム「MKWAJU」「INFORMATION」、長野パラリンピック総合演出(1997)、映画「Quartet カルテット」(2001 監督:久石譲)、、「MIDORI SONG」(2015 ミュージック・シェアリング委嘱)、フィギュアスケートの羽生結弦選手への楽曲提供(2016)など、多彩な紹介でした。

 

要約すると

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プロフィール

国立音楽大学在学中よりミニマル・ミュージックに興味を持ち、現代音楽の作曲家として出発。1981年「MKWAJU」を発表、翌1982年にファーストアルバム「INFORMATION」を発表し、ソロアーティストとして活動を開始。以後、「Minima_Rhythm」(2009)「Melodyphony」(2010)「Vermeer & Escher」(2012)「The End of the World」(2016)に至るまで数々のソロアルバムを生み出す。作曲だけでなく指揮・演奏・プロデュースも手掛け、ジャンルにとらわれない独自のスタイルを確立する。

1984年の映画『風の谷のナウシカ』以降、『風立ちぬ』(2013)まで宮崎駿監督の全作品の音楽を担当。このほか、北野武監督『HANA-BI』(1998)、滝田洋二郎監督『おくりびと』(2008)、李相日監督『悪人』(2010)、高畑勲監督『かぐや姫の物語』(2013)、山田洋次監督『小さいおうち』(2014) 『家族はつらいよ』(2016)など数々の映画音楽を手掛ける。

2001年には、初監督作となる『Quartet カルテット』を製作。音楽・共同脚本をも手掛けた本作品は、日本初の本格的な音楽映画として、モントリオール映画祭のワールドシネマ部門正式招待作品に選ばれた。

国内ではこれまでに数度にわたる日本アカデミー賞最優秀音楽賞をはじめ、数々の賞を受賞。海外においても、音楽監督を務めた韓国映画『トンマッコルヘようこそ』、中国映画『おばさんのポストモダン生活』などで、各国の最優秀音楽賞を受賞している。

演奏活動においては、ピアノソロや室内楽、オーケストラなどさまざまなスタイルのコンサートを精力的に開催。2004年には、第57回カンヌ国際映画祭オープニングセレモニーにおいて、バスター・キートンの無声映画『The General』のフィルムコンサートの音楽と指揮を担当。同年7月、新日本フィルハーモニー交響楽団と「新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」(W.D.O.)を結成し、音楽監督に就任。2008年8月、「久石譲 in 武道館 -宮崎アニメと共に歩んだ25年間-」では管弦楽と混声合唱・児童合唱、吹奏楽、マーチングバンドを含む総勢1200名の大規模編成を指揮・ピアノ共演し大いなる成功に導いた。

また近年は、クラシックの指揮者としても国内外で活動の幅を広げるほか、《コントラバス協奏曲》や6弦エレクトリック・ヴァイオリンのための《室内交響曲》、《TRI-AD for Large Orchesta》、《THE EAST LAND SYMPHONY》などの作品づくりにも意欲的に取り組み、活躍の場は多岐にわたる。さらに2014年から、久石譲のプロデュースによるミニマル・ミュージックからポストクラシカルといった最先端の“現代(いま)の音楽”を紹介するコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」を始動させ、今年で3回目をむかえる。

2009年紫綬褒章受賞。国立音楽大学招聘教授。長野市芸術館・芸術監督。

-2016 ver.
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上記は、オフィシャル・プロフィール(2016年版)です。この活字を見事に映像化したようなスペシャル・プログラムと言ってしまえるほど、この表現が一番的確なような気がします。

 

[ひとり言]におさまらないこと
この番組のなにがすごいって、かなり鮮度が高い旬な編集ということです。「MUSIC FUTURE 2016」コンサートのリハーサル風景まで流れて、一番ホットな久石譲新作「2 Pieces for Strange Ensemble」がちょっとではありますが聴けてしまうという快挙。だから、久石譲インタビューもコンサート会場の「よみうり大手町ホール」で納得、収録もコンサート直前10月で納得、インタビュー内容もコンサート・パンフレット同旨で納得。さらには、前年Vol.2の「室内交響曲 for Electric Violin and Chamber Orchestra」まで映像で見聴きできてしまったという。もちろんそれぞれ1分程度かもしれませんが、貴重すぎて開いた口がふさがらない。

「室内交響曲 for Electric Violin」は、つい先日「MUSIC FUTURE 2015」CD化されました。あのエレクトリック・ヴァイオリンという特殊楽器とその演奏姿を映像で見れるなんて、アメージングです。初回盤DVD付きにしてほしかったなー、なんて。

いや、真面目な話、久石譲が語るこういった”現代の音楽”コンサートこそ、映像で発信することも大いに意義があるような気がするのです。なんでもかんでもCD化・DVD化と言っているわけではなく、「こういった面白いことやってるよ!」と映像で魅せれることは、これぞまさに3本の矢、音楽(耳)で伝える、言葉で伝える、映像で伝える。

 

そして、一番肝心なことは、この特番を日本国内で放送してほしい!ということです。それが言いたくて今回つらつら書いたと言っても過言ではありません。

 

直近でいうと、フィギュアスケートで俄然注目を集めている久石譲(「Hope&Legacy」~View of Silence+Asian Dream Song~)です。この番組でも羽生結弦選手からの「Asian Dream Song」コンサート映像という流れで進んでいました。個人的にはこの紹介の仕方すら日本メディアでされていないのが残念です。

11月は3週連続ジブリTV放送ということで、またその波がきますね。その時々の断片で注目を集めるのも、マス媒体の波としては起伏があっていいのですが、やはりそこは断片。久石譲を多面的に知ってもらうには…こういった特集番組が放送されることでバランスよく「久石譲とは?」を知ってもらえるんじゃないかなと思います。

約35年の音楽活動、30年来20年来ファンもいれば、「Summer」や「Oriental Wind」を経ての10年来ファン、はたまた今回の羽生結弦さんがきっかけとなって、久石譲音楽に触れる新ファンもきっといるでしょう。多種多彩な音楽活動と作品群、収拾つかない領域です。

「久石譲ファン」とひと言に言っても、その長さや深さといった広がりには大きな差があります。それだけの積み重ねと培われてきた久石譲音楽の歴史があるからです。かくいう私も、久石譲のことは一番知っている!なんて思うはずもなく、”多くの久石譲ファンのうちの一人が、たまたまファンサイトをやっていて、多くの久石譲情報発信サイトのひとつに過ぎず”、まだまだ情報整理への道のりも程遠く。

 

「久石譲とは?」と聞かれたら、『これを1時間見ればわかります!』と言える本番組、このような久石譲紹介番組をもっとメディアで発信してほしいと切に願っています。『NHK WORLD Entertainment Nippon 2016 Joe Hisaishi』とても素晴らしい番組でした。海外に向けてもっともっとリピート放送してほしいです。そして、日本国内に向けてぜひ放送してほしい番組です。久石譲の過去から現在までをきれいにコンパイル、さすがNHK!そして期待していますNHK in Japan!

すっかり情報キャッチが遅くなってしまい、事前にインフォメーションできずにすいませんでした。

 

NHK WORLD

NHK WORLD Joe Hisaishi

(公式サイト:NHK WORLD | TV  Entertainment Nippon 2016 よりキャプチャ)

 

Blog. 「週刊 司馬遼太郎 8」(2011) 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2016/10/28

週刊朝日MOOK「週刊 司馬遼太郎 8」に掲載された久石譲インタビューです。NHK『坂の上の雲』の音楽担当にまつわるエピソードになります。

 

 

3部はコーラスを入れた「救済の音楽」

私が司馬さんの作品を徹底的に読んだのは1996年ごろだと思います。宮崎駿監督が映画「もののけ姫」の構想をしていたときに、司馬さんと小説家・堀田善衞さんの話を私たちに盛んにしていた。宮崎さんは、これからの日本はどうなってしまうのか心配されていた。何か社会的に意味のある仕事をやりたいと考えていたのだと思います。

私は司馬さんの作品に何かヒントがあるかもしれないと、1年間で司馬さんの作品を60冊ぐらい読みました。その中でいちばん衝撃を受けたのは『坂の上の雲』でした。幕末から近代国家としての日本がどうやって這い上がってきたのかよくわかった。当時、帝政ロシアは世界から反感を買っていた。日本のような小さな国がロシアと戦争をやって勝つとは思っていなかった。それが軍資金もないのに言うべきことを言って戦った。海外のほとんどが日本を応援していた。ロシアの国内事情も重なって、たまたま勝った。それを日本は勘違いして、太平洋戦争にまで突入する。司馬さんも最初はその後のノモンハン事件なども描こうとしたと思いました。

-久石さんは、宮崎監督の映画作品の音楽担当でも有名。司馬さんは宮崎作品が好きで、亡くなる前年に本誌で対談をしている。

私がNHKの知り合いのディレクターから「坂の上の雲」の音楽担当を依頼されたのは、もうずいぶん前のことです。大好きな作品だし、ぜひやりたいと思った。2011年で放映3年目。司馬さんは他の作品にも通じますが、秋山好古、真之兄弟のように、本当のエリートではなく2番手3番手に光を当てるのがとてもうまいですね。最初の第1部は青春期、第3部は二◯三高地の戦いと日本海海戦と決まっていましたから、第2部は少し心配していたんですが、子規の死にポイントをあててうまくいった。渡辺謙さんのナレーションと、よく合っていました。番組の最後に流れるテーマ曲「スタンドアローン」は、第1部はサラ・ブライトマンのスキャット、第2部は森麻季さんの歌、第3部はコーラスを入れました。第3部は「救済の音楽」。希望の見える音楽をテーマにしています。

-久石さんは東日本大震災のチャリティーコンサートを東京、大阪、パリ、北京で行った。

コンサートの前に、実際に現場を訪れないといけないと思って、宮城県石巻など被災地を4ヵ所回りました。福島第一原発のメルトダウンでは、日本政府や東京電力がほとんど情報を公開せずに、世界からあきれられてしまいましたが、コンサートでは各地から支援の声が上がり感動しました。それにしても復興は遅れていますね。まだ瓦礫の処理は3割です。日本は規模は小さいのだから、それに合った生活をすればいいのに、原発をはじめ、さまざまなところで無理をして、便利さや快適さを求めた。その結果がこの事態です。こんな状況を司馬さんが見ていたら、どのように思うでしょうね。福島のあの豊かな土地が十数年は使えないと思うと悲しいですよ。

(「週刊 司馬遼太郎 8」より)

(初出:週刊朝日 2011年8月5日 増大号)

 

週刊朝日MOOK 週刊 司馬遼太郎 2011年10月7日 発売

公式サイト:朝日新聞出版 | 別冊・ムック 週刊 司馬遼太郎 8

 

 

映画「もののけ姫」(1997)製作時期に、司馬遼太郎の関連本を読みあさったエピソードは過去にも語られていましたね。

 

「いま子供たちに向けて何をテーマに作るべきなのかが見えて来ない」という発言もしています。そんなとき、宮崎さんの尊敬する作家、司馬遼太郎さん、堀田善衛さんとの鼎談が実現しました。その鼎談によって、宮崎さんは今後、作家として何をやるのか、見えてきた部分があったのではないでしょうか。実は、僕は司馬さんの本をあまり読んでいなかったので1年間で100冊近く読みました。『もののけ姫』の奥深いところに司馬さんの見方、考え方があるのでは、と思ったからです。

Blog. 「文藝春秋 2013年1月号」 久石譲、宮崎駿を語る より抜粋)

 

「もののけ姫」では、当時宮崎さんと司馬遼太郎さんの対談集が出版されたこともあり、1年間で『坂の上の雲』他ほぼすべての本を読破した。宮崎さんがこの映画に込めた思考の過程を少しでも知るための参考になれば、と考えたからだ。で、そのことを宮崎さんに話したら「そんなに読まなくてもいいですよ」と苦笑いされた。

Blog. 宮崎駿 × 高畑勲 × 鈴木敏夫、久石譲音楽を語る 『久石譲 in 武道館』より より抜粋)

 

 

ほとんどTVドラマの音楽を手がけることがなくなった久石譲が、なぜこの作品は引き受けたのか、またひとつの作品に携わるときの姿勢など、いろんな面が垣間見れるインタビュー内容です。

 

週刊 司馬遼太郎 8

 

Blog. 「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 5」より EXILE ATSUSHI 久石譲 エピソード

Posted on 2016/10/23

2007年のスタートから、足かけ10年。大ロングラン中の人気番組「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」(TOKYO FM含む全国38局ネット)から、ベスト・オブ・ベスト回を厳選して単行本化したのが書籍「ジブリ汗まみれ」です。その最新刊・第5巻(2016年3月刊行)のご紹介です。

 

本著に収められたエピソードその目次は、

▼第5巻収録 豪華ゲスト
○庵野秀明(監督・プロデューサー)+樋口真嗣(監督)「特撮の灯よ、永遠に…! <特撮博物館>開催秘話」[ポッドキャスト未配信]
○坂本美雨(ミュージシャン)「わたしと 父母と 音楽と」
○太田光(タレント)「拝任! 『かぐや姫』の特命コピーライター」
○吉岡秀隆(俳優)「ジブリ作品が、ぼくを助けてくれた」
○堅田真人(モバイル研究家)+依田謙一(日本テレビ)「携帯事情の最前線 ウェアラブルからインプラントへ」
○三浦しをん(作家)「『神去なあなあ日常』 小説と映画のあいだ」
○EXILE ATSUSHI(アーティスト)「伝えたい歌、日本のこころ」
○橋口亮輔(映画監督)+リリー・フランキー(アーティスト・俳優)「小豆島で語りあったこと」
○斎藤環(精神科医)+川上量生(カドカワ代表取締役社長)「ヤンキー vs. オタク —この日本的なるもの」
○追想・菅原文太(鈴木敏夫による“ひとり語り”)

 

 

ジブリネタ・久石譲ネタはもとより、さまざまな分野のバラエティ豊かなトーク満載で、見識が深まり毎号楽しみに読んでいます。この最新刊も、各ゲストを迎えてのエピソードそれぞれに書き残したいことはたくさんある、目からウロコなお話が盛りだくさんでした。

久石譲ファンサイトということで、そのなかから久石譲に関連するエピソードをご紹介します。抜粋になりますので、もしさらに深掘りしたい人、興味を持たれた人は、ぜひ本を手にとってみてください。

 

 

Guest 7
EXILE ATSUSHI 「伝えたい歌、日本のこころ」

日本の歴史からわかること

~略~

ATSUSHI:
「そうですね…。EXILEとしてのステージの時は、どっちかというとエンターテインメントで、バーンと派手は演出が多いので。ソロのツアーでは、わりと静かな曲も歌います。あと、この前、久石さんとご一緒させていただいたので…」

鈴木:
「そうですってね。さっきの奥さんも知ってたんですよ、そのことを(笑)。」

ATSUSHI:
「〈懺悔〉という曲なんですけど、ちょうど宮崎駿さんが引退を発表された日(2013年9月1日発表、6日引退会見)に、その曲のミックスダウンをしていて。久石さんは、宮崎さんと30年ぐらい一緒にやってきた仲間なので、やっぱりちょっと傷心されてる感じがありましたね。」

鈴木:
「あの日ですか!…ぼく、その日に、久石さんに2回電話をもらったんですよ。じゃあ、その作業の合い間を縫っての電話だったんですね。それで、最初は「引退にびっくりした」という話で、しばらくおいて、「何とか撤回できないのか」と…(笑)。」

ATSUSHI:
「ああ、そうおっしゃってたんですね? 相当ショックだったみたいですね、やっぱり。」

-あの曲(〈懺悔〉)は、詞よりも曲が先にあったんですか?

ATSUSHI:
「あれは、日本テレビが催した、「洛中洛外図」という大昔の何枚もの屏風を展示する記念式典というか、展覧会のためのテーマ曲だったんです。それでぼくも、一緒に行かせていただき、見たんですが──やっぱりそお屏風には、当時の”発注主”がいて、たとえば、徳川家と豊臣家の勢力図みたいなものが上手と下手みたいに描かれていたり、深い意味が込められている。日本人の民族性というか、当時の生活が描いてあったり。そういうものを見て、久石さんがインスピレーションを得て作られたメロディーをぼくに下さって、ぼくも、歌詞の案を先にメモしておいたんですけど、それに合わせて作詞させていただきました。

でも、音楽家としての信頼というんですかね…お任せして、最初に上がってきた時、すごく難しいメロディーだったんですけど、「とにかく久石さんだし、文句言わずにやってみよう」と。すごく難しかったけど、作詞をして、歌った時に、「ああ、やっぱりすごいな。こうなるんだ」と──自分ではイメージできないところまで行っているというか、信頼してやってみて良かったなと思いましたね。

その「洛中洛外図」を見て、昔から芸術作品というものは、ある思いがあって残されているんだなあと。その屏風にも、何か意図があって、発注主がいて、そして、今に残されている…。見ると、人間は、ずーっと同じことを繰り返しているんです。争いもするし、平和を願って篳篥(ひちりき)を吹いてた人たちの”昔”は、もう消えてしまったのか、とか。人間は同じ過ちを繰り返しているなと感じたし、作詞をしていて「これって、懺悔なんだな」と思い、〈懺悔〉というタイトルにさせていただいたんです。

その屏風には、喧嘩をはやし立てるお坊さんや、不倫をしに行く女性の姿や、お花見の帰りに酔っぱらってる集団が描かれていて、結局、やってることは今と変わらない。昔のことはどうしてもちょっと美化して捉えるけれども、昔はけっこう自由に芸術をやっていたんだなあ、とも思いましたね。」

鈴木:
「いつごろのものなんですか? 「洛中洛外図」って。」

ATSUSHI:
「室町時代から始まり、江戸時代まで描かれていたそうです。」

鈴木:
「室町なんですよねえ…日本のすべてが変わったのは。今、”家族”というものがあるじゃないですか。お父さん、お母さん、子供がいて、一つの家族を構成している。それ、室町時代に始まってるんですね。」

~略~

「やりたいことをやる」ことの是非

~略~

鈴木:
「だけど、この前、東京ドームのコンサートを初めて拝見して、思い知らされましたよね。最初から最後まで、目が離せない。やっぱり面白かったんだもの。何が良かったかというと、自分たちのことよりも、お客さんのことを考えていらした。そこらへんが、宮崎駿の考えかたにも通じるというか…。彼もね、そりゃ自分でやりたいこともあるんでしょうけど、それより先に、「今のお客さんって、何を観たがっているんだろう?」って、そっちですよ。」

ATSUSHI:
「宮崎さんって、そうなんですね?」

鈴木:
「はたから見ると好きなことやってきたように見えるかもしれないけど、しかし、誤解を恐れずに言っちゃうと──彼は、自分の好きなものは一本もやっていない。」

-そうなんですか!?

鈴木:
「そうですよ。だから、さっきの屏風の話じゃないけど、ぼくなんか、発注主なんですよ。「次、これをやってください」って。そうすると、だいたい二つ返事で引き受けてくれる。で、「今、この題材で何をやるとお客さんが満足してくれるだろう?」って、まず、先にそれですよ。彼が他の監督と一番違うのはそこで、非常に職業的にやる。だから引退の時に、「これからは好きなことやります」って言ったわけです。だって、一回もやってないんだもん、大げさに言うと。

変な言いかただけどね…もし、彼が好きなことだけやっていたら、30年ももたないですよね。いつもいつも、「お客さんが何を求めているか」。それを探るのが、彼がやってきたことなんです。」

ASTUSHI:
「なるほど、そうなんですね…。ぼくにとってのEXILEも、今おっしゃったことに近くて、自分自身のために作詞とかパフォーマンスをやったことは、あまりないですね。グループのため、お客さんのためというのが、やっぱり一番にある。」

鈴木:
「さっき、美空ひばりさんの話が出たけど、昔は、歌手のバックには、プロデューサーがいて、ディレクターがいて、「この歌手に、次、何を歌わせようか」と考える。その時、彼らが考えるのは、お客さんのことですよね。歌手本人の希望うんぬんではなく、「これを歌え」と。それでうまくいくかどうか、でしょ? そういう時代のやりかたって、もう一度見直すべきじゃないかなという気がする。エンターテインメントというのは、やっぱり、需要と供給の関係の上に成り立っているから、ひとりよがりになっちゃダメでしょう。

いい機会だから、ちょっと話しちゃうと──宮さん(宮崎駿)は、引退のあと好きなことをやると言いながら、いざとなると、「何をやったらいいんだろう」と思っていますよね。」

ASTUSHI:
「長年、お客さんのためにやることによって、好きなことが変わってきちゃってるから、「本当にやりたいことって何だっけ?」という感じなんでしょうね。」

鈴木:
「そうそう。そのとおり!」

-そうなると、逆に、自分がただやりたいことだけをやっても、楽しくないんじゃないですか?

ATSUSHI:
「誰からも反応がないって思うと、やりたくなくなっちゃうんですよね。」

鈴木:
「結局、宮崎駿が、今何をやってるかというと──三鷹の森ジブリ美術館の展示替えが、毎年5月にるんですが、それを、目の色を変えてやっている。それで、ジブリが作った保育園の子供たちに楽しんでもらいたいと、去年からやってるんですけど、正月を越えて、「もう、どうしたらいいかわからない」って。ものすごく一生懸命やっていて、ある意味では、映画を作るよりも頑張ってる。「こんなことを頑張るんだったら、映画を作ってよ」と言いたいぐらいなんですけど(笑)、彼にとっては、お客さんの顔が見えてるんですよ、その子たちが喜んでくれなかったらダメと。~略~」

~以下略~

2014年3月11日収録 れんが屋/4月8日・5月13日放送分に、元音源より追加、再構成。

(書籍「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 5」 より)

 

 

当エピソードの半分も抜粋していません、話はあらゆる方面に展開し、ジブリのこと・EXILEのこと、多岐にわたっています。

個人的には、久石譲が宮崎駿監督の引退を耳にしたその日が「懺悔 EXILE ATSUSHI × 久石譲」のミックスダウンの日ということだけでも、感慨深い思いで同曲を聴き返してしまいました。映画「風立ちぬ」製作期間中、うすうすは感じていたことかもしれませんが、いざ公になったときの衝撃はやはり第三者には測りかねるものが存在するのだろうと思います。

芸術とは、芸術作品とは、作家とは。時代性や作家性もふまえて語られた対談はとても興味深いものがありました。村上春樹さんのエッセイなどを読んでいても、久石譲にも通じるのかなあ、同じようなこと思っているのかなあ、と置き換えてみることもるのですが、それはまた別の機会にご紹介できたらと思っています。

このあたりの「久石譲考察」については、ちょうど今年の5-6月にかけて深く掘り下げて記しました。共通項もあるような気もしますので、ご興味のある方はぜひ。

Blog. 次のステージを展開する久石譲 -2013年からの傾向と対策- 1
Blog. 次のステージを展開する久石譲 -2013年からの傾向と対策- 2
Blog. 次のステージを展開する久石譲 -2013年からの傾向と対策- 3

 

本書よりご紹介した楽曲「懺悔」にまるわる楽曲解説やエピソードなどは下記ご参照ください。

Disc. EXILE ATSUSHI & 久石譲 『懺悔』
Blog. 「NHK SWITCH インタビュー 達人達 久石譲 × 吉岡徳仁」 番組内容紹介

 

EXILE ATSUSHI 久石譲 懺悔 通常盤

 

 

最後に。

この秋読んだ本に、「ジブリの仲間たち」(鈴木敏夫)[2016.6刊行]、「もう一つの「バルス」 -宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代-」(木原浩勝)[2016.10刊行]などもあります。前著は、今、宮崎駿監督が何に取り組んでいるか、リアルタイムな情報を垣間見ることができます。

後著は、2016年今年が「ラピュラ公開30周年」にあたり、当時の制作現場がまぶしく記されています。かなりトリビア的な情報も多く、ジブリファン・ラピュタファンには、たまらない一冊になると思います。当時スタジオジブリでこの作品を一緒に作っていた人だからこそ語れる秘話満載です。おそらく蔵出しな情報ばかりで、鈴木敏夫・宮崎駿・高畑勲 各著書はほぼ読んでいる人としても、初めて知ることが多く驚きと感動の連続で一気に読み切りました。

私のふわっと感想よりも、Amazonレビューなんかを見ていただければ、手にとりたくなること間違いナシです。(リンク貼っていません検索してください)

 

ジブリの仲間たち 鈴木敏夫

もう一つのバルス

 

秋の夜長に、ぜひ1冊手にとってみてください。久石譲を聴きながら♪

 

ジブリ汗まみれ5 鈴木敏夫

 

Blog. 「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.3」 コンサート・レポート

Posted on 2016/10/18

10月13,14日に開催された「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.3」コンサートです。2014年から始動した同コンサート・シリーズ(年1回)、今年で3回目を迎えます。コンサート趣旨・過去開催経緯など時系列での紹介は、下記コンサート・パンフレット解説にもありますのでご参照ください。

 

まずは、コンサート・プログラム(セットリスト)および当日会場にて配布されたコンサート・パンフレットより紐解いていきます。

 

久石譲プレゼンツ ミュジック・フューチャー vol.3
JOE HISAISHI PRESENTS  MUSIC FUTURE vol.03

[公演期間]久石譲 ミュージック・フューチャー Vol.3 チラシ
2016/10/13,14

[公演回数]
2公演
東京・よみうり大手町ホール

[編成]
指揮:久石譲
コンサートマスター/ソロ・ヴァイオリン:豊嶋泰嗣
管弦楽:Future Orchestra

[曲目]
アルノルト・シェーンベルク:室内交響曲第1番
Arnold Schönberg:Chamber Symphony No.1 in E major, Op.9 (1906)

久石譲:2 Pieces for Strange Ensemble *世界初演
Joe Hisaishi:2 Pieces for Strange Ensemble (2016)
1. Fast Moving Opposition
2. Fisherman’s Wives and Golden Ratio

マックス・リヒター:マーシー
Max Richter:Mercy (2010)

デヴィット・ラング:ライト・ムーヴィング
David Lang:Light Moving (2012)

スティーヴ・ライヒ:シティ・ライフ
Steve Reich:City Life (1995)
I. Check it out
II. Pile driver/alarms
III. It’s been a honeymoon – can’t take no mo’
IV. Heartbeats/boats & buoys
V. Heavy smoke

 

 

JOE HISAISHI
久石譲

-挨拶-
今年で3回めを迎えることができて、主催者として大変うれしい限りです。本来インディーズとして小さな集いでしか発表できない現代の楽曲をこの規模で行えることは、評論家の小沼純一さん曰く「世界でもあり得ないこと」なのだそうです。徐々に皆さんからの支持をいただいていることは、多くの優れた演奏家から出演してもいいという話をいただくことからも伺えます。新しい体験が出来るこの「MUSIC FUTURE」をできるかぎり継続していくつもりです。

-プログラムの楽曲-
シェーンベルクの「室内交響曲」、スティーヴ・ライヒの「シティ・ライフ」などの楽曲は、前島さんの解説をお読みください。

-自作について-
「2 Pieces for Strange Ensemble」はこのコンサートのために書いた楽曲です。当初は「室内交響曲第2番」を作曲する予定でしたが、この夏に「The East Land Symphony」という45分を超す大作を作曲(作る予定ではなかった)したばかりなので、さすがに交響曲をもう一つ作るのは難しく、それなら誰もやっていない変わった編成で変わった曲を作ろうというのが始まりでした。

ミニマル的な楽曲の命はそのベースになるモチーフ(フレーズ)です。それをずらしたり、削ったり増やしたりするわけですが、今回はできるだけそういう手法をとらずに成立させたい、そんな野望を抱いたのですが、結果としてまだ完全に脱却できたわけではありません、残念ながら。発展途上、まだまだしなくてはいけないことがたくさんあります。

とはいえ、ベースになるモチーフの重要性は変わりありません。例えばベートーヴェンの交響曲第5番「運命」でも第7番でも第9番の第4楽章でも誰でもすぐ覚えられるほどキャッチーなフレーズです。ただ深刻ぶるのではなく、高邁な理念と下世話さが同居することこそが観客との唯一の架け橋です。

ベートーヴェンを例に出すなどおこがましいのですが、今回の第1曲はヘ短調の分散和音でできており、第2曲は嬰ヘ短調(日本語にすると本当に難しそうになってしまう、誰か現代語で音楽用語を作り替えてほしい)でできるだけシンプルに作りました。

しかし、素材がシンプルな分、実は展開は難しい。どこまでいっても短三和音の響きは変わりなくさまざまな変化を試みるのですが、思ったほどの効果は出ない。ミニマルの本質はくり返すのではなく、同じように聞こえながら微妙に変化して行くことです。大量の不協和音をぶち込む方がよっぽど楽なのです。その壁は沈黙、つまり継続と断絶によって何とか解決したのですが、それと同じくらい重要だったのはサウンドです。クラシカルな均衡よりもロックのような、例えればニューヨークのSOHOでセッションしているようなワイルドなサウンド(今回のディレクターでもあるK氏の発言)を目指した、いや結果的になりました。

大きなコンセプトとしては第1曲は音と沈黙、躍動と静止などの対比第2曲目は全体が黄金比率1対1.618(5対8)の時間配分で構成されています。つまりだんだん増殖していき(簡単にいうと盛り上がる)黄金比率ポイントからゆっくり静かになっていきます。黄金比率はあくまで視覚の中での均整の取れたフォームなのですが、時間軸の上でその均整は保たれるかの実験です。

というわけで、いつも通り締切を過ぎ(それすらあったのかどうか?)リハーサルの3日前に完成?という際どいタイミングになり、演奏者の方々には多大な迷惑をかけました。額に険しいしわがよっていなければいいのですが。

1.「Fast Moving Opposition」は直訳すれば「素早く動いている対比」ということになり、2.「Fisherman’s Wives and Golden Ratio」は「漁師の妻たちと黄金比」という何とも意味不明な内容です。

これはサルバドール・ダリの絵画展からインスピレーションを得てつけたタイトルですが、すでに楽曲の制作は始まっていて、絵画自体から直接触発されたものではありません。ですが、制作の過程でダリの「素早く動いている静物」「カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽」が絶えず視界の片隅にあり、何かしらの影響があったことは間違いありません。ただし、前者の絵画が黄金比でできているのに対し、今回の楽曲作りでは後者にそのコンセプトは移しています。この辺りが作曲の微妙なところです。

日頃籠りがちの生活をしていますが、こうして絵画展などに出かけると思わぬ刺激に出会えます。寺山修司的にいうと「譜面(書)を捨てて街に出よう」ですかね(笑)

いろいろ書きましたが、理屈抜きに楽しんでいただけると幸いです。

久石譲

(「ミュージック・フューチャー vol.3」コンサート・パンフレット より)

 

 

MESSAGE
from Composers

私の作品である「シティ・ライフ」が久石譲の指揮によって演奏されることをとても嬉しく思います。80歳になった今年、世界中でこの作品を演奏するプログラムが組まれていますが、純粋な”ニューヨーク・ピース”として日本の観客のために演奏されるのはとても嬉しいことです。楽しい夜になりますように。

スティーヴ・ライヒ

 

私の音楽が日本で、しかも久石譲さんの手掛けるコンサートで演奏されることをとても嬉しく思います。私の子供たちは久石さんの映画音楽を聴いて育ってきました。残念ながらコンサートに伺えませんが、私の音楽が今回のプログラムに入ることはこの上ない名誉です。ありがとう。

デヴィット・ラング

 

「マーシー」は、ヒラリー・ハーンのアンコールとして書きました。作品の出発点は、シェイクスピアの『ベニスの商人』の有名な一節です。

”慈悲というものは強制されず、大地をうるおす恵みの雨のように降りそそぐ:
与えるもの、そして受けるものに神の祝福があるのだ:
それは偉大なものの中で最も偉大なもの:
冠に勝る王;その統治は畏怖と威厳の力となり王に対する恐れ;
しかし慈悲はこの支配を越えた存在である;
王のような心において授けられるもので、神自身に属するもの;
この世の力が神の力に似通うとすれば正義に慈悲が伴った時だ。”

マックス・リヒター

(「ミュージック・フューチャー vol.3」コンサート・パンフレット より)

 

 

「JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE vol.3」に寄せて

「MUSIC FUTURE」は、現代屈指のミニマル・ミュージックの作曲家であり、また指揮者でもある久石譲が、現代に書かれた優れた音楽を自らセレクトし、紹介していくコンサート・シリーズである。立ち上げに際し、久石が打ち出した方針は次の通り。まず”未来に伝えたい古典”というべき、評価の定まった重要作を紹介すること。併せて、久石より下の世代に属する注目の若手作曲家を必ず紹介すること。一人よがりの難解な語法で書かれた音楽ではなく、聴衆と高いコミュニケーション能力を持つ音楽を紹介すること。欧米で高い評価を受けながら、まだ日本で紹介されていない作品/作曲家を紹介すること。そして、作曲家・久石の作品を初演または演奏すること──。かくして、今回の「MUSIC FUTURE Vol.3」は5人の作曲家の作品を取り上げる。

新ウィーン楽派の創始者として知られるシェーンベルクは、一般的には”難解な現代音楽の作曲家”というイメージが強いかもしれない。だが、彼の《室内交響曲第1番》は、最小限(ミニマル)の手段による濃密な音楽表現を実現したという点で、久石を含む現代の作曲家たちにも大きな影響を与え続けている作品だ。今回は、「MUSIC FUTURE」の精神を100年以上も前に先取りした偉大な古典として演奏される。

今年10月3日に80歳を迎えたスティーヴ・ライヒは、アメリカン・ミニマル・ミュージックのパイオニアであり、また久石が敬愛する作曲家のひとり。今回は彼の代表作のひとつ《シティ・ライフ》が演奏される。この作品とシェーンベルクの作品が、編成や構成の点で類似しているのは、決して偶然ではない。日本では、プロの音楽家による《シティ・ライフ》の演奏は今回が初となる。

マックス・リヒターは、ライヒのミニマルや後述のラングのポスト・ミニマルに影響を受けて登場した、ポスト・クラシカルと呼ばれるジャンルの代表的作曲家。今年に入り、彼の代表作《ヴィヴァルディ「四季」のリコンポーズ》が日本でも初演され、がぜん注目度が高まっている。今回は、ヴァイオリンとピアノのための《マーシー》が演奏される。

ライヒより2世代ほど下に属するデヴィッド・ラングは、今年、彼が音楽を手掛けた映画『グランドフィナーレ』をご覧になった方も多いかもしれない。ラングがニューヨークで共同主催している現代音楽紹介のユニット「バング・オン・ア・キャン」は、いわば「MUSIC FUTURE」の先輩に当たる存在だ。今回は、ヴァイオリンとピアノのための《ライト・ムーヴィング》が演奏される。

そして久石が、本公演のために作曲した最新作を世界初演予定である。

開催3回目を迎えた「MUSIC FUTURE」を存分にお楽しみいただきたい。

前島秀国(「MUSIC FUTURE」アソシエート・プロデューサー)

(「ミュージック・フューチャー vol.3」コンサート・パンフレット より)

 

 

PROGRAM NOTES

アルノルト・シェーンベルク:室内交響曲第1番 (1906)
Arnold Schönberg:Chamber Symphony No.1 in E major, Op.9

編成:
フルート/ピッコロ、オーボエ、コーラングレ、クラリネット 2、バス・クラリネット、ファゴット、コントラ・ファゴット、ホルン 2、弦楽四重奏、コントラバス

後期ロマン派の音楽が19世紀末から20世紀初頭にかけて爛熟期を迎えた結果、調性システムは曖昧になって機能しなくなり、楽曲の演奏時間はひたすら長大化の一途を辿り、オーケストラの楽器編成は100人を超える四管編成まで登場した。ラ・フォンテーヌの寓話「ウシになろうとしたカエル」のように、腹を最大限(マキシマル)に膨らませた後期ロマン派は、いつ破裂してもおかしくない状態にした。そのような時代の趨勢に反旗を翻すように、シェーンベルクは本作を最小限(ミニマル)の楽曲構成と楽器編成で作曲した。

通常、交響曲は4楽章形式で構成されることが多いが、この作品にはたったひとつの楽章しか存在しない。その楽章の中に、スケルツォ楽章に相当するセクションとアダージョ楽章に相当するセクションを挿入することで、シェーンベルクは多楽章形式のような構成感を打ち出そうとした。作曲者自身の分析によれば、全体の構成は〈I.提示部〉-〈II.スケルツォ〉-〈III.展開部〉-〈IV.緩徐楽章〉-〈V.フィナーレ(再現部)〉となっている。

楽器編成は、やや変則的な一管編成。当時の管弦楽法の常識では、管楽器の数が弦楽器の数を上回ることはあり得ないとされていた。シェーンベルクはその常識を覆し、管楽器奏者10人に対して弦楽器奏者5人という、型破りの編成を採用した。そうすることで、室内楽のような透明感のある響きを保ちつつ、大編成のオーケストラに勝るとも劣らない濃密な表現を達成することに成功している。

1907年に作曲者自身がこの作品を指揮して初演した際、客席の中から凄まじい怒号の嵐が巻き起こり、乱闘寸前の騒ぎにまで発展した。その中で敢然と拍手を送り続け、シェーンベルクを積極的に擁護したのが、他ならぬ後期ロマン派の肥大化を推し進めた張本人のひとり、グスタフ・マーラーだったというエピソードが残っている。

 

マックス・リヒター:マーシー (2010)
Max Richter:Mercy

編成:
ヴァイオリン、ピアノ

曲名は「慈悲」の意。ヴァイオリン奏者ヒラリー・ハーンが、26人の作曲家に演奏時間5分以内のアンコール・ピースを委嘱するプロジェクトの1曲として作曲された。リヒター自身の解説は別ページを参照のこと。なお、リヒターが筆者に語ったところによれば、リヒターはかねてから久石の音楽を敬愛しており、今回の演奏を非常に喜んでいるという。

 

デヴィット・ラング:ライト・ムーヴィング (2012)
David Lang:Light Moving

編成:
ヴァイオリン、ピアノ

この作品も、ヒラリー・ハーンのアンコール・ピース・プロジェクトの1曲として作曲された。ラング自身の解説は次の通り。「アメリカ音楽の巨匠になるずっと以前、フィリップ・グラスとスティーヴ・ライヒは、然るべき評価も報酬も得られない新進作曲家だった。ニューヨークに住んでいた2人は、生活費捻出のためにチェルシー軽運送(Chelsea Light Moving)という引越会社を始めた。私は以前から、この社名が好きだった。チェルシー地区の明減する街灯のような、詩的なイメージが感じられたから。だが、この社名に込められたもうひとつの意味、『俺たちは作曲家だ!思い荷物運びはお断り!』も気に入っている。本作品の柔らかい推進力から、当時の2人の様子が感じられると思う」。

 

スティーヴ・ライヒ:シティ・ライフ (1995)
Steve Reich:City Life

編成:
フルート 2、オーボエ 2、クラリネット 2、ピアノ 2、サンプリング・キーボード 2、パーカッション 3または4、弦楽四重奏、コントラバス

第1楽章 「チェックしろ Check it out」
第2楽章 「杭打機/警笛 Pile driver/alarms」
第3楽章 「ハネムーンは終わりだ - もう我慢ならねえ It’s been a honeymoon – can’t take no mo’」
第4楽章 「心拍音/船舶とブイ Heartbeats/boats & buoys」
第5楽章 「濃い煙 Heavy smoke」

ガーシュウィンの《パリのアメリカ人》(1928)で使われたタクシーのクラクションをはじめ、楽器音以外の生活音(ノイズ)を、楽曲の中に使用した例は多い。ライヒの代表作のひとつとして知られる《シティ・ライフ》は、そうした生活音や人間の話し声を一種の楽器として扱い、都市の生活(=シティ・ライフ)を生き生きと表現した作品である。

ライヒが筆者に語ったところによれば、彼がミルズ・カレッジでルチアーノ・ベリオの授業を受けた時、ベリオは人間の声(スピーチ・サウンド)を用いた電子音楽の参考例として、いくつかのレコードをかけた。その中で、ライヒはベリオ作曲《テーマ(ジェームズ・ジョイスへのオマージュ)》(1958)と、シュトックハウゼン作曲《少年の歌》(1955-56)に大きな影響を受けたという。その後、彼自身もスピーチを音楽の構成要素として扱うような作曲を実験し始めた。《イッツ・ゴナ・レイン》(1965)や《カム・アウト》(1966)のような初期テープ作品、あるいは器楽がスピーチのイントネーションをなぞる形で作曲された弦楽四重奏曲《ディファレント・トレインズ》(1988)やオペラ《ザ・ケイヴ》(1993)は、いずれもスピーチに対するライヒの強い関心から生まれた作品である。ベリオを強く意識しながら作曲したという《シティ・ライフ》は、それまで彼が試みてきたスピーチと器楽の融合をさらに発展させ、サンプリング・キーボードを使用することによって、杭打機や汽笛のようなノイズ(のサンプル音)と器楽のアンサンブルを可能にしている。

全5楽章は続けて演奏されるが、奇数楽章のみスピーチのサンプル音を使用。第5楽章のサンプリング・スピーチは、1993年ワールドトレードセンター地下駐車場爆破事件発生時の警察・消防無線から採られた。

テキスト:前島秀国

(「ミュージック・フューチャー vol.3」コンサート・パンフレット より)

*コンサート・パンフレットに掲載された《シティ・ライフ》サンプリング・スピーチは省略

 

 

以上、ここまでがコンサート・パンフレットからの内容になります。

 

 

ここからは、感想をふくめた個人的コンサート・レポートです。

といいながら、上の公式パンフレットで各楽曲について詳細ありますので、補足と言えるものもないです。「Mercy」について、豊嶋泰嗣さんのソロ・ヴァイオリンは、ヒラリー・ハーンの演奏よりもとても線を細くしていたのが印象的でした。弓と弦の摩擦を浮かせる、やもすると音程も狂いそうな、長いフレーズも途切れてしまいそうな、そのくらいギリギリのところで音を生みだしていたのが強く印象に残っています。相当な集中力と筋肉運動を必要とするだろうと推測します。糸の張りつめた緊張感で、500席収容小ホールという空間だからこそできる、最上質なパフォーマンスだったと思います。「City Life」について、CDでしか聴いたことがないアナログとサンプラーの融合は、実演で聴いてこそ!と強く思った名演でした。

今回、最前列ほぼ中央で聴くことができた幸運にも恵まれ、久石譲の指揮はもちろん、指揮者の息づかい、奏者の息づかいや音の生まれる瞬間の音まで聴くことができたことは、贅沢極まりない体験でした。

 

久石譲作品について。

編成は、クラリネット、トランペット、トロンボーン、ヴィブラフォン、パーカッション、ドラムス、ピアノ 2、サンプリング・キーボード、弦楽四重奏、コントラバス、だったと思います。こちらもスティーヴ・ライヒ作品にもあったような、アコースティック楽器(アナログ)とサンプラー(デジタル)の見事な融合で、至福の音空間でした。デジタル音は低音ベースや低音パーカッションで効果的に使われていたように思います。一見水と油のような特徴をもったそれらが、よくうまく溶け合った響きになるものだと感嘆しきりでした。CDならば、ミックス編集などでバランスは取りやすいかもですが、コンサート・パフォーマンスで聴けたことはとても貴重でした。

例えば、ピアノを2台配置することで、ミニマル・フレーズをずらして演奏している箇所があります。ディレイ(エコー・こだま)効果のような響きになるのですが、CDだと、コンピューターで編集すれば、ピアノ1の音色をそのまま複製して加工すればいい、などと思うかもしれません(もちろん割り振られたフレーズが完全一致ではないとは思いますが)。そういうことを、アコースティック・ピアノ2台を置いて、互いに均一の音価と音量で丁寧にパフォーマンスしていたところ、それを直に見聴きできたことも観客としてはうれしい限りです。

1.「Fast Moving Opposition」は、前半12拍子と8拍子の交互で進みます。これも指揮者を見る機会じゃないとおそらく聴いただけではわかりません。この変拍子によって久石譲解説にもあった今回の挑戦である「音と沈黙、躍動と静止、継続と断絶」という構成をつくりだしているように思います。中盤からドラムス・パーカッションが加わり、4拍子独特のグルーヴ感をもって展開していきます。

2.「Fisherman’s Wives and Golden Ratio」は、こちらも指揮者を見ても拍子がわからない変拍子でした。「黄金比率の時間配分で構成」についてはまったくわかりませんでした、難しい。管楽器奏者が口にマウスピースのみを加えて演奏するパートもありました。声なのか音なのか、とても不思議な世界観の演出になります。

言うなれば、贅沢な公開コレーディングに立ち会っている感覚すら覚えたほどです。アコースティック楽器とデジタル楽器、スタジオ・レコーディングならば、1パートずつ録音していくようなそれを、一発勝負で響かせて最高のテイクを奏でるプロたち。スコアを視覚的に見て取るように「あ、今のこの音はこの楽器か」とわかるところも含めて、贅沢な公開レコーディングに遭遇したような万感の想いです。

おそらくとても難解、いやアグレッシブな挑戦的なこと高度なことをつめこんでいる作品だろうと思います。一聴だけでは、第一印象と目に見えた範囲のことでしか語れないので、あまり憶測やふわっとした印象での見解は控えるようにします。1年後?CD作品化された暁には、聴けば聴くほどやみつきになりそうな、味わいがにじみ出てくるような作品という印象です。

 

素早く動いている静物
《素早く動いている静物》 (1956年頃) サルバドール・ダリ

カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽
《カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽》 (1928年頃) サルバドール・ダリ

 

 

今回の久石譲作品およびコンサートをひと言で表現するなら、「カッコイイな!」に尽きます。今の久石譲の立ち位置で、こんな作品を観客にぶつけることがとても前のめりで一切の守りを感じない。ご本人のコメントにもある「まだまだ発展途上」、これをはっきり言い切れる、その過程である今を披露できることは、やっぱり「カッコイイな!」のひと言です。もちろん聴き手として、本作品を発展途上だなと思うはずもなく、未知の体験に立ち会えていることの喜びを感じます。

「ミュージック・フューチャー」コンサート・シリーズは、いわば”純粋に音楽を聴く”コンサートです。今まで聴いたことのない(またはCDでしか)、新しい音楽体験の場だと思います。誤解を恐れずにいえば、そこに久石譲というネームバリューはいらないのかもしれません。”純粋に音楽を聴く”場所だからです。

ファンである久石譲が選んだ作品が並ぶことで、久石譲の音楽的思考の今を垣間見ることができます。指揮者としての作品構成力、作品表現力を目と耳と肌で体感することができます。そして最後に、久石譲の今がつまった自作をも聴くことができる、そんなコンサートのように思います。

久石譲ファンとしては、ふつう上に書いた逆からの流れを期待すると思うのですが、それとは一線を画する演奏会、それが「久石譲 presents MUSIC FUTURE」です。

いや、久石譲のネームバリューは大きい。このプログラムで観客を集めることができて、極上の音空間を演出し、観客を魅了することができるのは、久石譲だからこそ。楽曲プログラミングから実演までハイクオリティなその流れのすべてにおいて。日本音楽界の巨匠という権威と、相反する新進気鋭のような挑戦の姿勢、その拮抗したバランスで、vol.4以降も大きく期待したいコンサートです。

 

久石譲 ミュージック・フューチャー Vol.3 チラシ

 

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016」 コンサート・レポート【8/22 Update!!】

Posted on 2016/8/13

『ワールド・ドリーム・オーケストラ』(W.D.O.)は2004年に久石譲と新日本フィルハーモニー交響楽団が始めたプロジェクト、今年で10回目を迎えました。2014年以来続けてきた同コンサートでのテーマ、「鎮魂のとき」と「祈りのとき」の最終章として「再生」。しかも今年はAとBのふたつのプログラムを用意。Aプロでは宮崎駿監督作品の楽曲を交響組曲にするプロジェクトから第2弾「もののけ姫」を初披露、Bプロでは「天空の城ラピュタ」と「ハウルの動く城」が披露されました。会場によって演奏プログラムが違っていて、東京はAとBのプログラムを2日間に渡って公演。『久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2016』ツアーは7月29日の長野を皮切りにWDO過去最多となる国内9都市で10公演行われ、さらに海を渡ってW.D.O.として初の海外公演を台湾にて敢行。

補)
ツアー初日の長野公演は、久石譲が芸術監督を務める「アートメントNAGANO2016」最終日でもありました。今年夏開催のフェスティバル、その最後を飾るフィナーレ公演がW.D.O.2016の幕開けともなりました。

 

 

2016.8.22 追記

台湾公演はアンコールが1曲追加されました。「One Summer’s Day」

 

 

まずは演奏プログラム・アンコールのセットリストから。

 

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016
JOE HISAISHI & WORLD DREAM ORCHESTRA 2016

[公演期間]WDO_A4Flyer長野新潟_front_校了
2016/07/29 – 2016/08/20

[公演回数]
11公演
7/29 長野・長野市芸術館 A
7/30 新潟・りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール A
8/1 大阪・フェスティバルホール B
8/2 福岡・福岡シンフォニーホール A
8/3 岡山・岡山シンフォニーホール B
8/5 東京・サントリーホール B
8/6 東京・すみだトリフォニーホール A
8/8 名古屋・愛知県芸術劇場 コンサートホール B
8/9 福島・とうほう・みんなの文化センター A
8/10 仙台・東京エレクトロンホール宮城 A
8/20 台湾・台湾総合体育館 A

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
ソプラノ:市原愛 A 安井陽子 B

[曲目]
【Program A】
久石譲:THE EAST LAND SYMPHONY *世界初演
1.The East Land 2.Air 3.Tokyo Dance 4.Rhapsody of Trinity 5.The Prayer

—-intermission—-

[Melodies]
久石譲:Summer
久石譲:Life is *世界初演
久石譲:Dream More

久石譲:Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE *世界初演

—-encore—-
久石譲:One Summer’s Day (Pf.solo)(台湾)
久石譲:World Dreams

【Program B】
久石譲:THE EAST LAND SYMPHONY *世界初演
1.The East Land 2.Air 3.Tokyo Dance 4.Rhapsody of Trinity 5.The Prayer

—-intermission—-

[Melodies]
久石譲:Summer
久石譲:Life is *世界初演
久石譲:Dream More

久石譲:Castle in the Sky
久石譲:Symphonic Variation “Merry-go-round”

—-encore—-
久石譲:World Dreams

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場にて販売された公式パンフレットより紐解いていきます。

 

【楽曲解説】

THE EAST LAND SYMPHONY
1. The East Land
2. Air
3. Tokyo Dance
4. Rhapsody of Trinity
5. The Prayer

「THE EAST LAND SYMPHONY」は全5楽章で約42分かかる規模の大きな作品です。実はこの原稿を書いている今日の段階で「2.Air」はまだ完成していません。ツアーが始まる1週間前だというのに、やれやれ。文字通りお尻に火がついています。そういう訳で冷静に曲を語ることはできません。メモ書き程度を記します。

「1.The East Land」は5年前に作曲しました。そのときは、自らの交響曲第1番とマーラーの交響曲第5番を演奏する予定でしたが、この楽曲しか発表することができませんでした。今回若干の手直しをして演奏します。核になっていることはセリー(音列)*的な要素とミニマルを合体することでした。全体を覆う不協和音はそのためです。中間部を過ぎてからアップテンポになるのですが、そこで炸裂する大太鼓はまるでクラブのキックドラムのようで個人的には気に入っています。

2曲目は飛ばして「3.Tokyo Dance」について。ソプラノが入ります。自分と自分の周りだけが大切、世界なんかどうでもいい!というような風潮のガラパゴス化した今の日本(東京)を風刺したブラックなもの、そして日本語で歌うというコンセプトで娘の麻衣に作詞を依頼しました。何回か書き直しをしていく中で数え歌というアイディアが浮かび、いわば「東京数え歌」ともいえる前半ができました。僕の周りの人にはすごく評判がいいです。ロンド形式のように構成しましたが、中間部、後半部は英語とミックスしながら『平家物語』のような諸行無常を歌っています。何故こういう曲を書いたのか?あるいは書こうとしたのかわかりません。たぶん数年後には腑に落ちるかもしれません。

「4.Rhapsody in Trinity」は当初「東京ダンス」という仮のタイトルで作曲を始めたものですが、前曲にタイトルを譲りました。日本語で書くと「三位一体の狂詩曲」ということですが、前曲と同じくブラックな喜劇曲です。実は悲劇と喜劇は表裏一体です。本当の悲哀や慈しみはチャップリンの映画や山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズを観れば一目瞭然、喜劇が適しています。ただしそれを作るのは本当に難しい。音楽も同じです。悲しい曲はまあ誰でも作れますが(作れない人もいますが)楽しく快活に音符が飛び回っている向こう側で何かただならぬものを感じていただく、ということはいわば俯瞰、ある意味で神の視線が必要です。いや、そういう哲学的知恵が必要だということです。僕はまだそこに至ってはいないので(到底無理なのかもしれませんが)チャレンジし続けるしかないと思っています。11/8拍子という何とも厄介なリズムが全体を支配しています。つまり演奏が難しいのですが、新日本フィルの皆さんは初日のリハーサルで難なく演奏していた。これでW.D.O.の力だ!と思った次第です。

「5.The Prayer」は今の自分が最も納得する曲です。ここのところチャレンジしている方法だいうことです。最小限の音で構成され、シンプルでありながら論理的であり、しかもその論理臭さが少しも感じられない曲。すべての作曲家の理想でもあります。もちろん僕が出来たと言うことではありません。まあ宇宙の果てまで行かないと実現できそうもないことなのですが、志は高く持ちたいと思っています。ソプラノで歌われる言葉はラテン語の言諺から選んでいます。もちろん表現したかったこと(それは言わずもがな)に沿った言葉、あるいは感じさせる言葉を選んでいます。後半に表れるコラールはバッハ作曲の「マタイ受難曲第62番」からの引用です。このシンフォニーを書こうと考えた時から通奏低音のように頭の中で流れていました。

最後に、「2.Air」は鍵盤打楽器が大気の流れのように止め処なく、くり返されます。少し抽象的な表現をすると「時間の進行を拒否した」ような佇まいです。5年前に作曲し大方のオーケストレーションも出来ていたのですが、そこから進まない。何度も書き直しをしているのですが、全くフォームを変えようとしない。そこで気がついた、このままでいい!そういう曲なんだと。だからあと2~3日で完成します。締め切り力!で(笑)

タイトルの「THE EAST LAND」は、「東の国つまり日本」であり、その日本の中の東の国は、「東北地方」を指します。もちろん社会的な事象を表現しようと思って作曲した訳ではありません。ありませんが、あれから5年、本質は何も変わっていない、我々はどこに行くのだろうか?という思いはあります。それでも生きる勇気と力を表現したい。世界のカオス(混沌)の中でも自分を見失わない日本人であってほしいという思いもあります。奇しくも、5年前に作り出した楽曲を、この夏皆さんに聴いていただくということは、あのときから「あらかじめ予定されていたこと」だったのかもしれません。

ちょっと書きすぎました。聞き手を誘導するような言葉は避けるべきです。上記のことを気にせず、軽く聴ける楽曲だとは思いませんが、ただただ聴いて感じて楽しんでいただけると幸いです。

久石譲

*セリー:音列のこと。特に十二音技法においては、すべての音を1回ずつ用いて構成する。

(楽曲解説:久石譲 ~「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016」コンサート・パンフレットより)

 

Summer

どこか遠くで暮らしているという母親に会うため、お小遣いを握りしめて家を飛び出した小学3年生の正男と、正男の旅に同行することになったチンピラ・菊次郎の心の交流を描いた、北野武監督作品『菊次郎の夏』のメインテーマ。ピツィカート奏法の弦楽器がテーマを導入した後、久石のピアノ・ソロが軽やかにテーマを演奏する。ミニマル+メロディーという、久石の音楽の2つの大きな特長を凝縮して表現した楽曲である。

 

Life is

エリエールのブランドテーマ曲。本公演で初披露される「Life is」は、軽やかなメロディーが”Life”のように、やさしく、そして力強く躍動する。

 

Dream More

サントリー「ザ・プレミアム・モルツ マスターズドリーム」のCMテーマ。久石は作曲の狙いについて「ノスタルジックで感傷的なメロディ」を「いろいろな味わいのする多重奏」に仕上げたと語っている。ピアノ、木管、弦をはじめとする、オーケストラのさまざまな楽器の味わいによって奏でられる「多重奏」が聴きどころ。

 

Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE

宮崎駿監督が構想16年、製作日数3年を費やして完成された『もののけ姫』から。タタリ神によって死の呪いをかけられた青年アシタカは、呪いを解くために西の地に向かい、タタラ場の村に辿り着く。そこでアシタカが見たものは、エボシ御前が率いる村人たちが鉄を鋳造するため、神々の森の自然を破壊している姿だった。そしてアシタカは、森を守るためにタタラ場を襲う”もののけ姫”サンの存在を知る。サンと心を通わせていくうち、アシタカは人間と森が共生できる道が存在しないのか、苦悩し始める。

本日世界初演される「Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE」は、昨年初演された「Symphonic Poem NAUSICCÄ 2015」に続き、宮崎監督作品の音楽を交響組曲化していくプロジェクトの第2弾。楽曲構成は次の通り。まず、アシタカが登場するオープニング場面の「アシタカせっ記」。アシタカがタタリ神と死闘を繰り広げる場面の「TA・TA・RI・GAMI」。大カモシカのヤックルに跨ったアシタカが、エミシの村から西の地に向かう場面の「旅立ち」(ここで「もののけ姫」のメロディーが初めて登場する)。負傷した村人を背負って森の中を進むアシタカが、森の精霊コダマと遭遇する場面の「コダマ達」。傷ついたアシタカを森のシシ神に癒やしてもらうため、サンがアシタカをシシ神のもとに連れて行く場面の「シシ神の森」。サンの介抱によって体力を回復したアシタカが、人間と森の共生をめぐり、犬神のモロの君と諍う場面で流れる主題歌「もののけ姫」(本日は、ソプラノ歌手によって歌われる)。エボシ御前とサンの争いを仲裁したアシタカが、自ら負った瀕死の重症を顧みず、サンを背負って森に向かう場面の「レクイエム」。そして、久石のピアノ・ソロが登場する「アシタカとサン」は、シシ神の消えた森に緑がよみがえり、アシタカとサンが互いの世界で生きていくことを誓い合うラストの音楽である。

 

Castle in the Sky

宮崎駿監督作品『天空の城ラピュタ』から。青白く光る謎の飛行石を持った少女シータと、空から落ちてきた彼女を助ける少年パズー。空中海賊ドーラ一家やムスカ大佐率いる政府特殊機関らの追手をかわし、シータとパズーは伝説の空中都市ラピュタに向かう。本日演奏されるヴァージョンでは、トランペットがコンチェルティーノ(小さな協奏曲)のように活躍する。最初に登場するのは、劇中でパズーが起床ラッパを吹く場面の「ハトと少年」。続いてメインテーマ「君をのせて」の部分となり、トランペットが技巧をこらした変奏を披露する。

 

Symphonic Variation “Merry-go-round”

宮崎駿監督作品『ハウルの動く城』から。荒地の魔女の呪いによって、90歳の老婆に姿を変えられてしまった帽子屋の少女ソフィー。家出したソフィーは、人間の心臓を食べると噂される魔法使いハウルの動く城に住み込みながら、ハウルに淡い恋心を抱き始める。本日演奏される「Symphonic Variation “Merry-go-round”」は、物語の中で形を変えながら何度も登場するメインテーマのワルツ「人生のメリーゴーランド」を変奏主題に見立て、オーケストラのための変奏曲としてまとめたもの。サントラ盤収録曲との対応で楽曲構成を記すと、最初に久石のピアノ・ソロが「人生のメリーゴーランド」の主題を導入する「オープニング」。ハウルとソフィーが初めて出会う場面の「空中散歩」。90歳になったソフィーが家出する場面の「さすらいのソフィー」。城の家政婦となったソフィーが大掃除を始める場面の「大掃除」。ソフィーが城の隙間に挟まったカカシのカブを引っ張りだす場面の「星の湖(うみ)へ」。ソフィーがハウルの代理として王宮に向かう場面の「虚栄と友情」。ハウルを救うため、ソフィーが火の悪魔カルシファーを焚きつける場面の「ソフィーの城」。そして、久石のピアノ・ソロで「人生のメリーゴーランド」のワルツが再現し、曲が華やかに締め括られる。

(楽曲解説:前島秀国 ~「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2016」コンサート・パンフレットより)

 

 

W.D.O. -3年間の歩み-

2004年夏、ジャンルにとらわれない魅力ある作品を演奏・紹介していくオーケストラとして結成された、久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)。いわゆる軽音楽を演奏するポップス・オーケストラではない。久石自身の言葉を借りれば「スペクタクル」、つまり「100人の音楽家が命がけで演奏する時、PA(スピーカー)を使ったロック・コンサートでも敵わない迫力」を伝えるオーケストラである。その魅力を存分に発揮するため、W.D.O.は結成当初から、久石自身の楽曲、それに久石が自らアレンジを手がけた作品を数多く演奏してきた。映画音楽、ジャズ、ミュージカル、プログレッシヴ・ロック、それにクラシックの有名曲。毎回ひとつのテーマを設定しながら、W.D.O.は厳選された楽曲を迫力あるオーケストラ・サウンドで送り届けてきた。

 

W.D.O.2014

WDO 2014 表紙

2014年夏、すなわちW.D.O.結成から10年を迎えた記念の年、3年間の充電期間を経たW.D.O.は再び活動を開始した。これまで以上に久石自身の楽曲が大きな比重を占めるようになり、演奏プログラムに込められたテーマ自体も、最初の10年とは方向性が大きく変わってきた。

「鎮魂のとき」をテーマにしたW.D.O.2014では、久石が前年に手がけた映画音楽3本が一挙に披露された。通常のオーケストラ曲では用いられることのない独奏楽器を巧みに用いた《風立ちぬ 第2組曲》と、《小さいおうち》。色彩豊かなオーケストラのパレットを思う存分活かしきった交響幻想曲《かぐや姫の物語》(世界初演)。それらに加え、コンチェルティーノ(小さな協奏曲)のような雰囲気をたたえた《ヴァイオリンとオーケストラのための「私は貝になりたい」》と、クラシカルな装いで新たな魅力を獲得した《Kiki’s Delivery Service》。作曲家・久石の”いま”を伝えながら、オーケストラの魔術師・久石の魅力をあますところなく盛り込んだ、これら5つの楽曲の演奏は、アルバム『WORKS IV』で聴くことが出来る。

もうひとつ、W.D.O.2014では今までになかった新たな試みとして、不協和音で書かれた現代音楽がプログラムの中で初めて演奏された。ペンデレツキ作曲の《広島の犠牲者に捧げる哀歌》。演奏時間こそ9分足らずと短いが、通常のクラシック・コンサートでもなかなか演奏されない楽曲である。新生W.D.O.の志の高さを象徴する選曲だったと言えるだろう。

 

W.D.O.2015

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2015

翌年、「祈りのとき」をテーマに掲げたW.D.O.2015では、2007年以来となる大掛かりな全国ツアー(5都市6公演)を開催。2015年8月6日、すなわち原爆投下70年の年の当日に広島公演を行った点でも、異色のコンサート・ツアーとなった。

それまでのW.D.O.公演では、オープニングの楽曲として、W.D.O.の壮大なテーマ曲《World Dreams》を演奏するか、あるいはスケールの大きい楽曲でコンサートを開始するのが、なかば慣例となっていた。しかし、W.D.O.2015はその慣例を覆し、久石のピアノ、弦楽合奏、チューブラー・ベルズという切り詰めた編成で書かれた《祈りのうた》をプログラム冒頭で披露。「祈りのとき」というテーマにふさわしい深い感銘を聴衆に与えた。続いて演奏されたのは、声楽と管弦楽のための《The End of the World》と、「この世の果てまで」の邦題で知られるヴォーカル・ナンバーを久石がリコンポーズした《The End of the World》(2曲は切れ目なく演奏された)。現代の音楽とヴォーカル・ナンバーが違和感なく繋がった《The End of the World》の演奏は、ジャンルを問わず魅力ある作品を演奏・紹介していくW.D.O.の特長をそのまま表していた。

W.D.O.2015のプログラム後半では、宮崎駿監督作品の音楽を交響組曲化していくプロジェクトの第1弾として、《Symphonic Poem NAUSICCÄ 2015》が世界初演された。過去に久石が発表した『風の谷のナウシカ』の交響詩(1997年版と2008年版)を集大成し、『ナウシカ』の重要な楽曲がすべて網羅された画期的なヴァージョンである。さらに《紅の豚》から2曲と、2015年の新作《Dream More》の世界初演がプログラムに花を添え、W.D.O.2015はかつてない豪華なコンサートとなった。アンコール最終曲の《World Dreams》に至るまで、全体がひとつのトータル・コンセプトで貫かれたW.D.O.2015の全容は、演奏曲をすべて収録した久石初の2枚組アルバム『The End of the World』で堪能することが出来る。

 

W.D.O.2016

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016 パンフレット WDO 1

「再生」をテーマにした今回のW.D.O.2016は、「鎮魂のとき」「祈りのとき」という過去2回のテーマを引き継いだ、いわば3部作の最終章的な意味合いを持つコンサートである。全国9都市10公演という、かつてない大規模なスケールでのツアー開催。2008年の「久石譲 in 武道館」以来となる、W.D.O.でのオール久石プログラムの演奏。3年間の最終章を飾るべく、久石が新たに書き下ろした新作《THE EAST LAND SYMPHONY》の世界初演。そして、これまでW.D.O.の夢でもあった、初の海外公演(台湾)の実現。今回の公演が、2014年から始まった新生W.D.O.の集大成になることは間違いない。

2004年の結成から12年を迎える2016年夏、久石譲とW.D.O.はさらなる飛躍を目指し、大きく羽ばたこうとしている。

前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

(W.D.O.3年間の歩み ~「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2016」コンサート・パンフレットより)

 

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016 パンフレット WDO 2

 

 

全12ページに及ぶ公式ツアー・パンフレットです。

今年も各会場ともにロビー販売コーナーは開演前・休憩中・終演後も人だかり。会場によっては当日分パンフレット売切となったところもあるほどです。またツアー開始前日に発売された久石譲待望の新刊『音楽する日乗』。こちらを手にとっている方も多かったですね。

 

久石譲 音楽する日乗

Book. 久石譲 『音楽する日乗』

 

 

楽曲解説で、充分にコンサートの内容は伝わると思います。補足程度に、感想や参考作品、アンコールもまじえてご紹介していきます。

 

THE EAST LAND SYMPHONY 【A・B】
多くを語るにおよびません。やはり一聴だけでこの約42分の大作に対して簡単に感想は言えないですね。良いとも悪いとも、好きとも嫌いとも。ただ作品を覆う緊張感はものすごいものがありました。上の久石譲本人による楽曲解説を噛みしめるしかないと思っています。それぞれの楽章についての感想も同じですが、「3.Tokyo Dance」の歌詞はパンフレットに掲載されています。コンサート後にゆっくり読んだら、たしかに現代の時流をとても風刺しているおもしろい歌詞です。例えば、マーラーは交響曲の中に世俗曲や民謡の要素を盛り込んでいる作品が多くあります。久石譲が西洋音楽/古典音楽に対峙するとき、”現代作曲家”として”日本の作曲家”として、ひとつの導き出した答え、それが「THE EAST LAND SYMPHONY」という作品なのかもしれません。『現代の音楽』として響かせた記念すべき大作です。

さて、この作品への安易な感想は控えたいのですが、ひとつだけ気になったことを書き留めておきます。

直近のオリジナル作品で思うことは以前にも書きましたが、それに加えてこの新作を聴いたときに、点と点がひとつ結ばれたような感覚になりました。それは”情感”です。音楽的に言うと、情感を作りだしている和声・コードとその進行です。作品のとっかかり・作風・コンセプトの従来からの変化を掘り下げたことがありますが、その延長線上ともいえます。

《TRI-AD》もフレーズや旋律はとてもキャッチーです。この作品の「4.Rhapsody in Trinity」も久石譲が”喜劇曲”と語っているとおりです。でもなぜか単純に明るいとか楽しいとか、それとは少し違う、つかみにくい多面的側面をもっています。一種それが世界観の広さ深さ、また俯瞰性を表現しているようにも思います。

《Sinfonia for Chamber Orchestra》《The End of The World》といった過去の久石譲オリジナル作品とは明らかに違う位置に存在している。気になって過去のインタビューを紐解いてみました。すると《シンフォニア》について久石譲本人はこのように語っています。「4度、5度の要素をどこまで発展させて音楽的な建築物を作るか~」「和声も4度、5度の進行をベースに~」。

ジブリ作品をはじめ久石譲たらしめているこの4度をベースにした和音やコード進行によって、独特の情感をうみだしています。明るくもあり切なくもありという。それがふんだんにではなくても《Sinfonia》などでは基本とされ顔をのぞかせていたことになります。

でも…?《TRI-AD》や《THE EAST LAND SYMPHONY》では、やはり作曲における手法や方法論が変わっているように思います。これ以上は語れる知識がないのでここでストップします。やみくもに分析したいわけではなく、こういうところがもっとわかったらおもしろいだろうな!音楽の聴き方が豊かになるな!とただただ純粋に思っている心境です。

今後のオリジナル作品も含めって、もっと長い目で遠い将来、久石譲の2010年代作品を振り返ったときに、なにか見えてくるものがあるのかもしれません。

あっ、最後にひとつだけ。

久石譲新刊「音楽する日乗」(上記参照)のなかで、書き下ろしの特別対談が所収されています。ここでも久石譲の作曲コンセプトについて興味深く語られています。「《コントラバス協奏曲》の時は4度音程を基本として決めました」…うん、たしかに納得できる情感があるような。《TRI-AD》は3和音をベースに作らているし…《THE EAST LAND SYMPHONY》は……? ぜひ書籍を読んでみてください!

うーん、クラシック音楽の3和音などの古典的な要素…3和音なら本来もっと明るい(長調)や暗い(短調)がはっきりするはず…でも久石譲の直近の作品には明快どころか俯瞰しているような末恐ろしさを感じ…モチーフもコードもシンプルなのに…ということはコードが展開していない?!あえて情感をもってしまうコード進行をおさえている?!楽器群やパートは3和音なんだけど、緻密なオーケストレーションでからみ合って音の響きが複雑になっている?!

…そんな迷宮にはまってしまいます。答えは遠い将来へ。

 

Summer 【A・B】
『メロディフォニー』(2010)にてロンドン交響楽団とのレコーディング録音、『空想美術館 2003 LIVE BEST』(2003)『THE BEST OF CINEMA MUSIC』(2011)にてLive録音がそれぞれ収録されている、同オーケストラ・ヴァージョンです。全体構成は同じですが、変化もありました。冒頭ピッツィカートがメロディを奏でたのち、久石譲によるピアノ演奏に入ります。本ヴァージョンは、ここでヴァイオリンがまずメロディを奏で、次の久石譲ピアノメロディへ流れ、そこからヴァイオリンの対旋律によってかけ合っていきます。従来以上に瑞々しさがまし、澄みわたる青い空と思い出切ない夏をたっぷり演出していました。冒頭のピッツィカートもアクセントがより強調されていたことも印象的です。今CDを聴きなおすと『空想美術館』のそれに近いような気がします。みんな大好きSummerも、実は貴重な初披露となった本公演ヴァージョンです。

[参考作品]

久石譲 『メロディフォニー』

『メロディフォニー Melodyphony』(2010)

久石譲 summer
特集》 久石譲 名曲「Summer」 CD/DVD/楽譜 特集

 

Life is 【A・B】
とてもクラシカルな軽やかな旋律、バロック・古典音楽のような清いシンプルさ。主題を木管や金管が奏であいながら、弦楽やパーカッションを含めて壮大になっていきます。とても清涼感のある佳曲です。これがCM曲でもないブランドイメージ曲ですから、贅沢の極みですね。

 

Dream More 【A・B】
W.D.O.2015で初披露され、そのヴァージョンが一年越しにCD化されています。全体構成はほぼ同じだったと思いますが、響きはよりゴージャスになっていました。メリハリの効いたオーケストレーションの修正がされていると思います。パーカッションや管楽器がより強調され、ソリッドに磨きのかかったシャープな輪郭ながらも、ダイナミックに進化していました。

[参考作品]

The End of the World LP A

『The End of the World』(2016)

 

Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE 【A】
スタジオジブリ作品の交響組曲化シリーズ第2弾です。まずは作品の軌跡を紐解きます。

2016年版
a) アシタカせっ記
b) TA・TA・RI・GAMI
c) 旅立ち
d) コダマ達
e) シシ神の森
f) もののけ姫 (vo)
g) レクイエム
h) アシタカとサン (vo)

 

『交響組曲 もののけ姫』(1998)
映画公開翌年、久石譲がチェコ・フィルハーモニー管弦楽団とともに完成させた作品。サウンドトラック盤の楽曲群を、映像やストーリーから解き放たれた音楽作品へ再構成した、もののけ姫交響組曲全8章です。今回の2016年版の原型ともいえるものです。あえて記すと、「もののけ姫」も「アシタカとサン」もフル・オーケストラによるインストゥルメンタル・ヴァージョンであり、2016年版 d)コダマ達 は、未収録楽曲でこのときには構成されていません。交響組曲もののけ姫歴史の始まりであり骨格をなす50分大作。

a) アシタカせっ記
b) TA・TA・RI・GAMI
c) 旅立ち
f) もののけ姫 (inst.)
e) シシ神の森
g) レクイエム
h) アシタカとサン (inst.)

久石譲 『交響組曲 もののけ姫』

『交響組曲 もののけ姫』(1998)

 

『WORKS II』(1999)
『交響組曲 もののけ姫』から4楽曲を選りすぐり、短縮なく忠実に再現したLiveヴァージョン。

a) アシタカせっ記
f) もののけ姫 (inst.)
b) TA・TA・RI・GAMI
h) アシタカとサン (inst.)

久石譲 『WORKS2』

『WORKS II Orchestra Nights』(1999)

 

『真夏の夜の悪夢』(2006)
W.D.O.一夜限りのスペシャルコンサートを収録したLiveヴァージョン。『交響組曲 もののけ姫』より3楽曲を抜粋再構成した《もののけ姫組曲》として約8分半の作品に。主題歌の旋律はヴァイオリンをフィーチャー。

a) アシタカせっ記
b) TA・TA・RI・GAMI
f) もののけ姫 (inst.)

久石譲 WDO 『真夏の夜の夢』

『真夏の夜の悪夢』(2006)

 

『久石譲 in 武道館』(2008)
『真夏の夜の悪夢』で披露した組曲構成をほぼ継承したLiveヴァージョン。主題歌が林正子さんのソプラノによって歌われました。3楽曲すべてに迫力のあるコーラスが編成されています。

a) アシタカせっ記
b) TA・TA・RI・GAMI
f) もののけ姫 (vo)
*a) ~ f) with Chorus

またアンコールに、合唱版が初披露され大きな話題となりました。
h) アシタカとサン (chorus)

久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~ DVD

『久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~ 』(2009)

 

『The Best of Cinema Music』(2011)
『久石譲 in 武道館』を継承した構成で、主題歌は英語詞によるヴォーカル・ヴァージョンが披露されています。合唱編成あり。東日本大震災のチャリティーコンサートを収めたLiveヴァージョンです。

a) アシタカせっ記
b) TA・TA・RI・GAMI
f) もののけ姫 (vo) English ver.
*a) ~ f) with Chorus

『久石譲 in 武道館』での記憶が甦る日本語合唱版も披露されました。
h) アシタカとサン (chorus)

久石譲 『THE BEST OF CINEMA MUSIC』

『THE BEST OF CINEMA MUSIC』(2011)

 

以上、《Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE》の軌跡をたどりました。

《Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE》2016年版

a) アシタカせっ記
b) TA・TA・RI・GAMI
c) 旅立ち
d) コダマ達
e) シシ神の森
f) もののけ姫 (vo)
g) レクイエム
h) アシタカとサン (vo)

2016年版では、f) もののけ姫 でのソプラノ歌手にくわえ、h) アシタカとサン においても久石譲によるピアノ演奏とソプラノ歌手による歌唱でフィナーレを迎えます。どちらも日本語詞で歌われ、h) アシタカとサンは『久石譲 in 武道館』(2008)の同歌詞(作詞:麻衣)です。d) コダマ達 は、これまでサウンドトラック盤のみに収録されていた楽曲で、太古の森をオーケストラによる弦楽ピッツィカート・木管・鍵盤打楽器・打楽器を中心に表現されていました(サウンドトラック盤はオーケストラ+シンセサイザー)。

a) アシタカせっ記のオープニングからすでに高揚感はピークに達し、b) TA・TA・RI・GAMIに象徴されるけたたましい金管と和太鼓の響きに圧倒され、久石譲ファンのなかでは秘めたる名曲として名高いc) 旅立ち もめでたく交響組曲に組み込まれました。e) シシ神の森では緊張感と威厳のある重厚さに、コントラバスなどの弓を弦に強くぶつけて発せられる効果音的演出。g) レクイエムは、『交響組曲 もののけ姫』(1998)収録の同曲が、あますところなく盛り込まれていました。曲後半はサウンドトラック盤にはない新たに築かれた世界観であり、それが2016年版に引き継がれたことは、もののけ姫の世界を一層壮大にしています。

久石譲が宮崎駿監督との約30年の歴史を経て、新たに取り組んでいるジブリ交響作品シリーズ。国内外からのニーズに応えるべく楽譜出版も並行される同企画は、まさに久石譲が未来へつなげる音楽と言えます。ジブリ作品は日本屈指のエンターテインメントであり、やはりそこには歌の持つ力が重要視されているようにも思います。聴かれつづけること、演奏されつづけること、そして歌い継がれること。久石譲が古典的オーケストラ編成に固執することなく、あらゆる独奏楽器・特殊奏法、そして歌による声や歌詞。音楽的素材を総動員することで、もうひとつのジブリ作品を築きあげる。豊かな表現、巧みなオーケストレーション、そして作品構成力。これは総決算とは決して言いたくない、今なお進化しつづける久石譲音楽です。

 

Castle in the Sky 【B】
ハリウッド映画音楽でも活躍するトランペット奏者ティム・モリソンが吹くことを想定してアレンジされたヴァージョンです。パズーのトランペットが少年・男らしさを感じるもうひとつのラピュタの世界観。ダイナミックで高揚感いっぱいにクライマックスを迎えます。

[参考作品]

久石譲 『W.D.O.』 DVD

『W.D.O.』(2006)

 

Symphonic Variation “Merry-go-round” 【B】
《Summer》《もののけ姫》しかりこの作品しかり、久石譲の指揮とピアノ演奏といういわゆる”弾き振り”を目の当たりにすると感嘆してしまいます。『久石譲 in 武道館』(2008)『THE BEST OF CINEMA MUSIC』(2011)では、「人生のメリーゴーランド」+「CAVE OF MIND」(サントラ楽曲名「星をのんだ少年」)という組曲版が披露されていますが、こちらはその原型といえる2005年版です。

[参考作品]

久石譲 『WORKS3』

『WORKS III』(2005)

 

 

—–アンコール—–

World Dreams 【A・B】
この楽曲にかぎらず、W.D.O.2016の演奏は圧巻でした。貫禄のひと言です。研ぎ澄まされた技術で精巧なアンサンブルを聴かせ、悠々とした大きな包容力で会場全体を至福の音楽空間へ。W.D.O.2015ではアンコールにて合唱版が披露されましたが(東京・大阪公演)、今年はオリジナル版フル・オーケストラです。2004年の誕生から色褪せることのない堂々とした品格の《World Dreams》。そんななかでもCD盤から進化し、緻密なオーケストレーションの修正が重ねられいるのはコンサートでしか聴くことができません。

[参考作品]

久石譲 『WORLD DREAMS』

『WORLD DREAMS』(2004)

 

 

2016年の今年上半期だけでも、多種多彩なコンサートを繰り広げている久石譲。その数なんと6企画20公演です(W.D.O.2016まで)。今年下半期そして来年以降もコンサート活動から目が離せません。

久石譲コンサート 2015-

 

 

特集 久石譲 WDO 2016 感想

W.D.O.2016では、一個人コンサート・レポートから多面的・集合体への試みとして、コンサートに足を運んだみなさんの想いを記録していきました。せっかくの全国9都市10公演、たくさんの声が集まるいい機会だと思い、各公演会場のコンサート前・コンサート後ツイッターに放たれた言葉たちです。

 

どんな想いでコンサート当日を迎えたんだろう?

コンサートを体験して何を感じたんだろう?

ひとりひとりのシチュエーションとライフスタイルのなかで、コンサートを通してひとつ共感する喜び、そのパワーを感じます。日々のツイートのなかで、埋もれ流れてしまう言葉や想いを、どうしても”その瞬間のエネルギー”として封じこめたく記録させてもらいました。

あの日の大切な思い出に、次回は行きたいという想いに、そして未来の人たちがきっとうらやましがる音楽遺産に。『久石譲のコンサートを体感できる同じ時代に生きる喜び幸せ』は現代聴衆の特権です。

特集》 「みんなのW.D.O. 2016 Twitter編」~コンサートへの想い~

 

 

今年のW.D.O.2016コンサート・レポートでした。

コンサートに関する資料・感想などのすべてをこのレポートにまとめたかったので、すっかり長くなってしまいました。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

次回は、W.D.O.2016公演がTV放送されたとき、CD化されたとき、あわよくばBD&DVD化されたときなどに、また新しい発見ができて、そこから想い感じることができたらなと思っています。

 

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016 パンフレット WDO 1

 

Blog. 久石譲 「善光寺・奉納コンサート」 演奏曲目 紹介

Posted on 2016/07/18

7月14日夜、善光寺・奉納コンサートによってスタートした「アートメントNAGANO2016」です。奉納コンサートWebニュース各種はインフォメーションにてご紹介しています。

Info. 2016/07/15 「久石譲 善光寺 奉納コンサート」Webニュース各種 【Update!】

 

 

この文末に、

~~~~~~~~~~~~~~
なおコンサート演目は、おくりびと/Summer/HA-NA-BI/カルテット/One Summer’s Day (Pf.solo)/KIDS RETURN (アンコール) 順不同 他となっています。こちらは確認情報です。

【お願い】
ぜひ善光寺奉納コンサートに当選された方、行かれた方いらっしゃいましたら、情報お待ちしています。
~~~~~~~~~~~~~~

と記載していましたら、貴重なメッセージをいただきました♪

いただいたお便りを要約するかたちで演奏曲目をご紹介します。

 

 

善光寺・奉納コンサート

[公演期間]Print
2016/07/14

[公演回数]
1公演
長野・善光寺本堂(内陣)

[編成]
ピアノ:久石譲
編成:ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)より
ピアノ:長尾洋史
ヴァイオリン:近藤薫、松田拓之、城代さや香、石亀協子、小林壱成
ヴィオラ:加藤大輔、瀧本麻衣子
チェロ:水野由紀、向井航
コントラバス:幣隆太朗
パーカッション:高橋篤史

[曲目]
久石譲:One Summer’s Day (Pf.Solo)
久石譲:Wave
アルヴォ・ペルト:Spiegel im Spiegel for Violin and Piano
アルヴォ・ペルト:Summa
久石譲:Quartet ~ Main Theme
久石譲:Departures for Violoncello and Piano
久石譲:Summer
久石譲:HA-NA-BI

—-encore—-
久石譲:Kids Return

 

このようなセットリストになっています。

久石譲:One Summer’s Day (Pf.Solo)
映画『千と千尋の神隠し』より。久石譲によるピアノ・ソロにて。

久石譲:Wave
宮崎駿監督の誕生日に献呈された三鷹の森ジブリ美術館BGM楽曲。久石譲によるピアノ・ソロにて。

ここからはステージをNCOメンバーに譲りプログラムは進みます。

アルヴォ・ペルト:Spiegel im Spiegel for Violin and Piano
鏡の中の鏡 ヴァイオリン&ピアノ版にて。

アルヴォ・ペルト:Summa
スンマ 弦楽合奏にて。

久石譲:Quartet -Main Theme
映画『カルテット』(監督:久石譲)よりメインテーマ。弦楽四重奏にて。

久石譲:Departures for Violoncello and Piano
映画『おくりびと』より。チェロ&ピアノ版にて。

久石譲:Summer

久石譲:HA-NA-BI

久石譲:Kids Return
アンコールで久石譲再登場。久石譲ピアノ&NCOアンサンブルにて。

 

 

抽選による約220人の観客だけが堪能することのできた一期一会な奉納コンサートです。貴重な情報提供をいただき心より感謝いたします。これからも久石譲ファンの方と一緒に歩んでいきたい当サイトです。どうぞお付き合いよろしくお願いします。

久石譲コンサート Concert 2015-

 

また長野市芸術館公式サイトや長野市芸術館公式Facebookページでは、7月16日開催「久石譲&ナガノ・チェンバー・オーケストラ 第1回定期演奏会」のレポート写真も随時更新されています。ぜひチェックしてみてください。

公式サイト:長野市芸術館 | ニュース
公式サイト:長野市芸術館Facebook

 

 

追記 2016.8

「アートメントNAGANO2016」パンフレットより

【解説】

夏のフェスティヴァルは、文字どおり、善光寺に「奉納」するところから始まります。ナガノ・チェンバー・オーケストラのメンバーが、音楽監督である久石譲のアート系・エンタテインメント系両系列の作品を、アルヴォ・ペルトの作品とあわせて、演奏します。

はじめに演奏される2曲は、宮崎駿とのつながりのなかで作曲された作品です。

《One Summer’s Day》は宮崎駿監督によるアニメーション映画『千と千尋の神隠し』(2001)をしるしづける音楽。《Wave》は久石譲が三鷹の森ジブリ美術館のオリジナルBGMとして2009年に作曲したもので、宮崎駿に贈られたものとして知られています。

アルヴォ・ペルトの作品が2つつづきます。
まず、この作曲家について紹介しておきましょう。

1935年エストニアのパイデで生まれた作曲家です。首都タリンの音楽院で学び、エストニア放送でしごとを始めました。この時代、旧ソ連邦の一部であったため、西側の音楽の情報は非常にかぎられていました。そうしたなかでペルトは密かに知ることのできた西側の前衛的な音楽を独自にとりいれた作品を書いていました。しかし1970年をほぼ境にして、音楽は大きく変化します。シンプルで静謐でありながら、みごとに計算された作品、どこか宗教的なものを潜ませた作品に、です。ペルトのそうした音楽は、そうして、世界中で静かなブームともなっていきました。1980年にオーストリアの亡命、その後はドイツに移り、この地で市民権を得、現在も活発に作曲をつづけています。

《鏡の中の鏡》はヴァイオリニストのヴラディーミル・スピヴァコフに献呈された1978年の作品です。あまりにシンプルなピアノの音型のうえに、ヴァイオリンが、けっして叙情にながれない旋律を奏でます。ヴァイオリンははじめ「ソ」の音、つぎに「ラ」の音を弾きますが、この「ラ」の音を中心にして、下の音程と上の音程が対照的に奏されてゆく、鏡のようになります。これがタイトルの由来と言っていいでしょう。具体的には、ソ-ラ-シ♭-ラ/ファ-ソ-ラ-ド-シ♭-ラ/ソ-ファ-ミ-ラ-シ♭-ド-レ-ラetcというふうになります。

《スンマ》はもともとは合唱のための作品(1977)で、ラテン語のテクストをもとに作曲されました。ほぼ20年後、弦楽オーケストラや弦楽四重奏のために自ら改変した版を発表、世界中で演奏されています。スンマ(summa)とは思想や神学の大系を意味します。

ここからあとの作品は、久石譲が映画とのかかわりのなかでつくった音楽、ジブリ映画とは異なったところからつくられた音楽を、コンサート用の作品として改変した作品がならびます。

《Quartet》は、自身が監督した映画『Quartet カルテット』(2001)の音楽によっています。映画では、袴田吉彦が主演をつとめる弦楽四重奏団が、ストーリーの中心になっています。

《Departures》は、小山薫堂脚本、滝田洋二郎監督、主演本木雅弘映画『おくりびと』(2008)のための音楽。映画は第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞しています。納棺師である主人公がオーケストラの元チェロ奏者であることもあり、オーケストラ版でもチェロが中心的な役割を果たします。

《Summer》は北野武監督による映画『菊次郎の夏』(1999)のメイン・テーマです。後には車のCFにもつけられました。小学生3年生の菊次郎は、遠くにいる母親に会うために家をでて、さまざまな出会いをします。一種のロードムーヴィーと言ってもいいかもしれません。

コンサート最後の《HANA-BI》は北野武監督による同名の映画『HANA-BI』(1998)から。北野武演じる刑事は暴力とやさしさとをないまぜにした人格を描きだします。

小沼純一(音楽評論家)

(アートメント・パンフレットより)

 

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Blog. 久石譲 『Quartet カルテット』(2001) 関連CD作品ご紹介

Posted on 2016/6/15

2001年公開 映画「Quartet カルテット」
監督・音楽:久石譲 出演:袴田吉彦 桜井幸子 大森南朋 久木田薫 他

久石譲第1回監督作品です。脚本も共同で手がけ、もちろん音楽も久石譲による書き下ろし。映画タイトル「カルテット」とあるとおり、弦楽四重奏をベースとした青春ストーリーで音楽もクラシカルな弦楽四重奏をベースに構成されていますが、フルオーケストラや、シンセサイザーを織り交ぜた楽曲、久石譲ピアノによる演奏などバラエティ豊かな楽曲群です。

 

 

『Quartet オリジナル・サウンドトラック』 / 久石譲
2001.9.27 Release

日本初の本格的音楽映画、劇中使用曲フル・バージョン収録、ボーナス・トラックにリミックス・バージョン収録した映画サウンドトラック盤です。ロンドンにて一流弦楽四重奏団バラネスク・カルテットとそれらを録音しています。当初古典クラシック音楽を使用することも検討していた久石譲が、やはり自身のオリジナル曲で攻めたいとし、それならばと古典と自作を併用するのではなく、全曲オリジナルで書き下ろされた楽曲たちです。

既存のクラシック音楽の使用も構想していたこともあり、楽曲によっては、モーツァルトの「ディベルティメント」、パガニーニの「カプリース24」からイメージされるような楽想をもった楽曲も盛り込まれています。「となりのトトロ」~「HANA-BI」~「KIDS RETURN」というおなじみの楽曲たちも弦楽四重奏メドレーで収録されているのもうれしいところ。久石譲による楽曲解説もCDライナーノーツには記載されていますので、より具体的に理解できると思います。

 

QUARTET カルテット

Disc. 久石譲 『Quartet オリジナル・サウンドトラック』

 

 

『久石譲セレクテッド・カルテット・クラシックス』 / オムニバス
2001.9.27 Release

サウンドトラック盤と同日発売されたこちらのCDは、久石譲が自らセレクトした弦楽四重奏曲のコンピレーション・アルバムです。

「音楽を志した頃から、弦楽四重奏というものは当然あるべきスタイルとして頭にありました。カルテットというのは、基本的にはクラシック音楽のエッセンスだという気持ちがすごく強いんです。例えばベートーヴェンの作曲の仕方を見ていても、それぞれの時期、時代にまずピアノ・ソナタで新しい方法にチャレンジする、それをオーケストラでうんと拡大してその時期の自分のスタイルを確立して、最後に必ず弦楽四重奏を書くんですよ。それによってある時代の自分の音楽のアプローチというものに必ず区切りをつけていきます。ピアノでまずチャレンジ、オケで拡大、最後にカルテットでその時期をまとめるという繰り返しです。」

「ベートーヴェンにとってカルテットはどのくらいの重さがあったんだろうか、と作曲家として考えることがよくありました。我々が作曲を勉強する時に和声学という勉強をします。和声学はソプラノ、アルト、テナー、バスという4声体を基準にして音楽を作るんです。そうすると実は弦楽四重奏はそれと全く同じ形式になってしまう。つまり、作曲をやる上で最初に学ぶ形態が発展したものが弦楽四重奏なんだなというのが僕の根底の考え方です。したがって、作曲家にとって弦楽四重奏に最後に行き着くというのは、それが無駄をすべて削ぎ落とした本当のエッセンスのような究極の形態であるからという気がします。」

(CDライナーノーツより)

 

と同作品CDライナーノーツからの久石譲コメントにもあるとおり、久石譲が映画製作時期にあらゆる古典クラシック音楽のCDを聴きスコアを研究し、そのなかから選りすぐりの弦楽四重奏楽曲がセレクトされています。

 

久石譲セレクテッド・カルテット・クラシックス

Disc. V.A. 『久石譲セレクテッド・カルテット・クラシックス』

 

 

映画『Quartet カルテット』 DVD
2002.3.25 Release

映画本編を収録したDVDです。また映像特典「プロローグ・オブ・カルテット」にて久石譲インタビューが収録されています。ちなみに映画本編でエンドロールに使用されたメインテーマ曲は、ここでしか聴くことができません。サウンドトラック盤にボーストラックとして収録されたリミックス・バージョンともまた異なるエンドロール・バージョンが収録されています。具体的には、よりシンセサイザーによるリズム打ち込みをふんだんに際立たせたバージョンになっています。

 

久石譲 『カルテット DVD』

Disc. 久石譲 『Quartet カルテット』

 

 

『ブラス ファンタジア I ~宮崎アニメ作品集~』 / 上野の森ブラス
1994.1.24 Release

『ブラス ファンタジア II ~宮崎アニメ作品集~』 / 上野の森ブラス
1994.2.25 Release

映画『Quartet カルテット』よりも遡ること数年前。お馴染みのジブリ名曲たちを金管アンサンブル(トランペット/チューバ/ホルン/トランペット/トロンボーン)で奏でる、そんなカバーアルバムがありました。久石譲プロデュースでも、久石譲アレンジでもないこの作品ですが、原曲の持ち味を損なわない上質でハイセンスな品のあるカバー作品でした。

どういう経緯からかはわかりませんが、実は映画本編にも登場している上野の森ブラスのメンバー。たしか神社の境内か道端かで練習している金管アンサンブルを横目に、主人公たちが歩いているというシーンだったと思います。そこで上野の森ブラスご本人たちが実演しているのが、「ハトと少年」(天空の城ラピュタ)です。本編では抜粋演奏でしたが、もちろん同楽曲・同アレンジで収録されているオリジナル版がこのCDになります。(『ブラス ファンタジア I ~宮崎アニメ作品集~』収録)

個人的には幾多あるカバー作品、つまみ聴きで終わってしまうことが多いなかで、この上野の森ブラスに関しては、CD発売当時から久石譲CDと同じようにリピートしていつも聴いていた記憶があります。例えば「遠い日々」(風の谷のナウシカ)(同 II 収録)は、あの「ラン、ランララ、ランランラン♪」の切なく美しい旋律です。この作品では中盤から長調に展開したりするのですが、金管楽器のキラキラと輝くような音色の効果もあって、光が射しこみます。そのくらいおすすめな作品です。2006年に再販され、今でも廃盤になっていないようですので、そういうことなんだろうと思います。

 

ブラスファンタジア1

Disc. 上野の森ブラス 『ブラス ファンタジア I ~宮崎アニメ作品集~』

 

ブラスファンタジア2

Disc. 上野の森ブラス 『ブラス ファンタジア II ~宮崎アニメ作品集~』

 

 

『ジブリ・ザ・クラシックス』 / 久木田薫
2005.3.24 Release

『Unplugged GHIBLI アンプラグド・ジブリ』 / 久木田薫
2007.12.19 Release

映画「カルテット」の主人公たちのひとり、弦楽四重奏団にてチェリストを担当していた久木田薫。当時現役音大生として抜擢され、映画本編・サウンドトラック盤でも「冬の夢」(オリジナル版「MY LOST CITY」収録)を演奏しているのが彼女です。この映画の出会いがきっかけで、 『ジブリ・ザ・クラシックス』というジブリ作品カバーCDを発売しました。スタジオジブリ映画の主題歌、挿入曲を、チェロの演奏をメインにクラシック風、タンゴ風などにアレンジ。ギター、バンドネオン、ハーモニカなど多種多彩な楽器によるアコースティック・カバー作品となっています。久石譲プロデュース、久石譲アレンジではありません。

ライト・クラシック・アルバムともいえる、上品なアコースティック・サウンドでありながら、バラエティに富んだアレンジが施されています。それによってチェロの音色としても様々な表情を感じることができます。CD発売当時からお気に入りだったのは、タンゴ風にアレンジされた情熱的な「君をのせて」、料理番組でもはじまりそうなアットホームで軽快な「となりのトトロ」(『ジブリ・ザ・クラシックス』収録)などでした。残念ながらCD作品としてはどちらも廃盤となっているようです。上野の森ブラスと同じくらい、おすすめできるカバー作品です。デジタル・ミュージック(配信音楽)としては今でも買える楽曲もあるようですので、ぜひ探してみてください。

 

久木田薫 ジブリ・ザ・クラシックス

Disc. 久木田薫 『ジブリ・ザ・クラシックス』

 

久木田薫 アンプラグド・ジブリ

Disc. 久木田薫 『Unplugged GHIBLI アンプラグド・ジブリ』

 

 

その他、劇場用公式パンフレットや、雑誌に掲載された久石譲ロングインタビューにて、当時の映画製作過程やエピソードなどを紐解いてみてください。とても興味深い内容です。

Blog. 映画『Quartet カルテット』(2001)監督・音楽:久石譲 劇場用パンフレットより

Blog. 久石譲 映画「カルテット」 ロングインタビュー内容 (キネマ旬報 2001年10月上旬号より)

 

映画 カルテット ポスター 久石譲

 

Blog. 久石譲 映画「カルテット」 ロングインタビュー内容 (キネマ旬報 2001年10月上旬号より)

Posted on 2016/6/12

2001年公開 映画「Quartet カルテット」
監督・音楽:久石譲 出演:袴田吉彦 桜井幸子 大森南朋 久木田薫 他

2001年映画公開直前に行われた「キネマ旬報 2001年10月上旬号 No.1341」での特集およびロングインタビュー内容です。

 

 

特集 久石譲
映画に勝負をかけた音楽家

ロングインタビュー

久石譲が初監督を務めた「カルテット」がいよいよ10月6日より公開される。撮影終了を間近に控えた昨年9月、取材の席で漏れた「後悔はない」という言葉は、あれから1年を経た今でも気持ちの上では変わりはないという。「変わらないですね。テクニカルな部分の不満が多少あっても、やりたかったことはほとんどやり遂げましたから満足しています」 すでに現在、日本映画界にとって不可欠な存在である久石譲の野望をここで探ってみたい。

 

自分の範囲内でできることを語る久石譲のある一面

久石譲の体験が息づく物語だが、”トゥルー・ストーリー”というよりは”リアル・ストーリー”というべき作品であろう。

久石:
「それ、いい言葉だよね。自分の初監督ってせいもあるんですけど、体験していないことを頭で想像して書いた場合、リアリティがないと思ったんですね。起こった事象自体は違うけれど、自分が体験したこと、目で見たものを中心に動かしましたね」

北野武、宮崎駿、大林宣彦など、これまで仕事を共にした監督たちとの記憶が随所に見て取れるが、オーソドックスなドラマ作りに澤井信一郎作品を連想することも可能だ。

久石:
「僕が最初に長編の実写映画でデビューしたのが、澤井さんの『Wの悲劇』でした。澤井さんは若い女優さんを撮るのが特にうまいですよね。で、ラストに必ず振り返る(笑)。振り返って明日に向かって歩いていくっていうシーンが必ずありますね。今回、袴田(吉彦)くんが最後に振り返るときに”あぁ、澤井さん的だ”って思いましたよ(笑)」

青春映画という点でも澤井作品の共通項を見ることができる。

久石:
「青春ドラマってやり方がいくつかあるんです。音楽を絡めるとなると、大林さんの『青春デンデケデケデケ』のようなロックグループもできるんですが、自分がクラシックの音楽大学を出て、ヴァイオリンもやってましたから、クラシックの弦楽四重奏団を選びましたよね。その段階で、いわゆるMTVみたいなやり方は捨てましたね。まず最初にきちんとしたドラマを一回撮りたいと。それをやっておかないとつぎがないだろうと思いましたし。もっとも、最初に書いたプロットはとんでもなくスラップスティックな喜劇でしたけどね。智子(桜井幸子)なんか男を見るとすぐセックスしたくなるような役だった(笑)。ただ、自分の技量でそこまでやりきれるとは思えなかったし、そこまでしなくてもこの内容はできるんじゃないかということで、今のスタンスに落ち着いたんですけれど」

最も扱いやすい題材と最もハンドルの効く音楽で勝負したわけである。

久石:
「ただね、春ごろに大林さんから言われました。”退路を絶ったね”って。つまり音楽家が音楽映画を撮るっていうのは言い訳をきかなくしてしまっている。だから”自分で自分の退路を絶っちゃって、どうするの?”って言われて、あぁそういう考え方もあるなって思いました(笑)。少し前に澤井さんに観ていただいたら、ニコニコ笑いながら”よかったよ”っておっしゃってくださったんですけど」

澤井信一郎の意見が批評的には一番怖いのではないだろうか。

久石:
「だと思います。本当に映画というものを知り抜いている人ですからね。そういう意味で言うと一番厳しくというか、ある程度及第点を越えていたら”うーん、お前いいよ、それで”というところで多くをおっしゃらないか、どちらかだと思いますね」

 

音楽で生きる者の音楽映画における理想郷に向かって

今回、久石譲は「音楽映画を作る」と宣言して初監督作品を仕上げた。ユニークなのは、現実音としての音楽はあふれていても、ドラマ用の音楽そのものは少ないことだろう。音楽的に饒舌なようでいて、実はそうではないということを確認するべきである。

音楽映画とは、音楽自体がドラマのシチュエーションの中に入り込んでくるものだと思う

久石:
「音楽映画という言葉の定義はハッキリとしていませんが、僕の考えでいうと、一つは音楽がドラマに絡んでくる、音楽自体がドラマのシチュエーションの中に深く入り込むということ。もう一つが台詞の代わりに音楽が重要な要素になることですね。今回すごくこだわったのは、音楽家が出てくる映画だし、弦楽四重奏を皆が演奏していく過程を見せるドラマなのだから、現実の音、いわゆる状況内の音楽がイコール映画音楽として成立するように作ることでした。これって、けっこう実験的な仕掛けなんです。それと、僕としては音楽シーンを格闘技、いわゆるアクションということで考えていましたから、練習シーンなんかは変な説明はしないで、とにかくハードな練習をしている彼らをどう画に撮るか、それに集中していましたよね。ヴァイオリンってこんなに肉体を使うんだとか、そういう汗の感じを感じとってもらえれば幸いですね」

袴田吉彦が皆を叱咤激励する練習シーンは、前半のクライマックスである。

久石:
「練習シーンは1日で撮っちゃったんですよ。2日かける予定だったんだけど、役者さんのテンションが高くて、行っちゃえ! ということで、朝10時ぐらいから夜中の3時半まで撮ったんです。最後の方はみんな完全にイッてましたね。袴田くんなんかは目の焦点が定まらない。ダビングのときにこの半分狂気のような顔を観たとき、あぁもう十分だって、音楽を全部消したんです。みんなは”長いから切りましょう”って言うんだけど”ダメ、これが音楽やる怖さの顔だから使えるだけ使う!”と主張して最後まで延ばしたんです」

その練習シーンがあることで、観客はクライマックスを安心して迎えられるはずだ。

久石:
「タラタラと音楽を流すシーンがあっては絶対、音楽映画にはならないと思いました。一番勝負を賭けたのは冒頭。つぎに袴田くんがオーディションを受けるときのソロのヴァイオリン、つぎに4人が練習しているシーン。そしてラストの袴田くんがオーケストラとやるところと、コンクールを受けるところ。大きく分けるとそこに音楽のシーンを集中させて、あとはドラマに専念しようと」

 

一度は捨てた映画を監督することの久石譲的意義とは

そんな「カルテット」が公開される2001年は、北野武、宮崎駿との共同作業に加え、オリヴィエ・ドーハンとの仏映画「Le Petit Poucet」が秋にフランスで公開。おまけにコンサート・ツアーも開催される。例えば北野監督との映画音楽をまとめた「joe hisaishi meets kitano films」というアルバムについて、久石はいみじくも「確認の場だ」と定めたが、この21世紀最初の年の動きというのは、試みでありつつ、同時に今後の行く末を考える確認作業のように思えてならない。

久石:
「そうかもしれない。映画を撮ったことが本当によかったのかっていう確認もあるし、その後2本目の監督作品として30分の短編映画『4MOVEMENT』もやりましたよね。1本目が35ミリ・フィルムで、2本目は完全に撮影も合成も編集も上映もデジタルでやった。そういう映像的に引っかかっていたことをこの2、3年でやってみた。音楽的にも自分の映画を含めてやることはやったんです。ある意味で自分の中のものを使い果たしましたね。逆にゼロにする必要があったんだと思います。吐き出して、自分で自分に飽きるというかね。音楽に関しても、正直に言えば、あまりにも自分の和音の使い方とかが確立しすぎちゃってる。自分では一個一個スタンスを変えてるつもりでも、生理的に好きな音が出る。これだけの作品で出しきってみたところで、音楽家としての新たな自分のやり方っていうのを確認したいというのがあったんですね」

90年代半ば、映画の仕事を辞めようとすら思った時代から心機一転、久石譲は映画のために走った。突っ走ってきた。それもこれも映画音楽のよりよい形を求めたためであり、映画監督への挑戦もその延長線上にある。

久石:
「生意気だって言われて、下手をするとあらゆる監督からの音楽の依頼が途絶えてしまうかもしれませんね。僕らは監督の方々に”久石だったら自分の世界を表現してくれるかもしれない”と思っていただいて仕事をいただけるわけじゃないですか。個人的にはそういう仕事は大好きですから、皆さんが組みたいと思う音楽家であることが一番重要です。そのためにはこの誌上を借りて強く申し上げなければいけませんね。決して僕を値段が高いとか思わずに誘ってくださいって(笑)」

 

音楽と映画って実は、案外近いところにある

では、監督を体験したことで、何が見えてきたのか。何が変わったのか。

久石:
「素直に言えることは、今まで音楽家の目で見たときと全く違う目で脚本を読むようになったということです。前より内容的にも監督の意を汲むようになった。といって、全てがプラスになったということではないんですね。映画音楽って、映像をある程度無視するくらいに強くガーンとやることで相乗効果をあげられるはずなのに、今僕が音楽を付けると監督の気持ちが分かっちゃうために画に寄っちゃうと思う。それに気づいているだけそういうことはやらないでしょうけれど」

音楽を追求した果ての監督挑戦ならば「カルテット」は久石譲という音楽家のソロアルバムと考えてもいいのではないか。

久石:
「かもしれない。音楽と映画っていうのは構造がすごく近いんです。どちらも同じ時間軸の上で作る世界なんですよ。いつも時間に縛られる。例えばシンフォニーを想像してもらえればいいですけど、第1テーマが出る、第2テーマが出る、それが展開されていってクライマックスを迎えて、再び第1、第2テーマが展開されて終焉を迎える。これ完全に映像の世界と一緒ですよね。例えば、振ったら落とせ、つまりモチーフを出したら必ず展開しなきゃいけない。基本的に音楽の構造というのは時間のタイミングなんですよ。構成力がない音楽はつまんないです。映画も絶対、構成力なんですよね」

訊かねばならない。映画監督・久石譲というのは今後も実現するのだろうか。

久石:
「2本撮らせていただいて、映画をやる怖さはよく分かりましたよ。全ての自分が出ちゃうんですからね、薄っぺらなら薄っぺらなりの自分の世界が。自分を磨くなり自分とは何かっていうのをしっかり持ってからでないと、簡単に作っちゃいけないとも思うし……」

し?

久石:
「し(笑)、はい、もう1本だけは撮りたいと思います」

ギリギリの誠意をもって応えてくれた久石譲が次回作でいかなる試みを仕掛けてくれるのか。そのお楽しみのためにも、久石流・音楽映画の成果を決して見逃してはならない。

取材・文:賀来タクト

(雑誌「キネマ旬報 2001.10月上旬号 No.1341」 より)

 

 

「カルテット」への思いと出演者が触れた久石監督の素顔

相葉明夫 役
袴田吉彦

親父っ、と信頼できる存在です

他の共演者同様、全くのヴァイオリン初心者だった袴田吉彦。「最初はお断りするつもりだったんですよ。過去に『我が心の銀河鉄道・宮沢賢治物語』でチェロをやったことがあったんですが、3日間だけしか練習せずに痛い目を見ていたので(笑)」

それでもあえて引き受けたのは、「君を忘れない」で一緒に仕事をしたプロデューサーをはじめとしたスタッフの励ましたがあったから。「いろいろ腹を割って話をしてくれたので、ここでやらなきゃ男じゃないなって」それから、正味1ヵ月弱の練習期間が始まった。「辛かったですよ。できなくて泣きながら甲州街道を歩いて帰ったこともありましたね(笑)」ヴァイオリンをケースから出すところから練習し、オフの日も肩からヴァイオリンケースを下げていた。「この作品は、撮影中ほとんど寝ていない」という熱心さで臨んだ。

若かりし頃の久石監督をモチーフに肉付けしていったとされる明夫の役柄については、「最初の設定よりも、だいぶ丸くなっている」のだとか。でも、明夫の性格から「思いっきりカッコつけて弾いてました。こういう感じの役だったらこれくらいやってもいいか、とかヴァイオリンの先生には聞いてましたね」

久石監督の印象については、「ピアノを弾かれるので、想像してたより結構ゴツいんです。この人から『となりのトトロ』が出てくるのか……って(笑)」そんな久石監督とは、かなり話し合いの機会をもったそう。「最初、監督がものすごく遠慮されていて。映画はもういいって思われてしまうのも悲しかったので、できるだけ監督と話をしました」

でもひとつの転機が。「明夫が楽団のオーディションを受けるシーンが難しくて。僕はまた”できない”って泣きながら(笑)楽屋に駆け込んだんです。そのとき”袴田、ちょっと来い!”って監督に。それまで”袴田さん”と呼ばれてたのに、そこから親父みたいな感覚に変わりましたね」

 

坂口智子 役
桜井幸子

やはり音楽には厳しい方ですね

久石監督作品「カルテット」で、第2ヴァイオリンを担当する芯の強い女性・坂口智子を演じているのは桜井幸子。「最近では珍しい新鮮で清潔感のある話で、安心して読めました。ぜひやってみたいなって」最初に脚本を読んだ時の印象をそう話す彼女。だが出演を決めるに当たってネックになったのは、まだ一度も手にしたことのないヴァイオリンだった。「とにかく心配はそこでしたね。監督に”大丈夫でしょうか?”とお聞きしたら”久木田さん(現役芸大生)以外は皆さん初めてだし、練習期間もあります。撮り方も考えていますから”と言って下さったんです」

撮影前の1ヵ月以上、俳優それぞれが個人コーチについて、徹底的に指と腕の動きを学んだ。そして、「前の日からソワソワしてしまった」という、演奏シーンの撮影日。久石監督はスタジオに入ると、まずその日に撮影するシーンの曲を流した。「監督は、本番までその曲を聞いて馴染ませた方が、私たち俳優が演じやすいと思われたんでしょうね。実際、曲を聞くと手も動くし、意識もそちらに集中するので、とてもやりやすかったですね」

また演奏シーンは他の撮影現場とは異なる独特の緊張感があり、いい意味でピリピリしていたとも。「監督は周りの話し声とか、ちょっとした音にも敏感なんです。演奏場面では、やはり専門分野なので余計な雑音には厳しかったですね。ふだんは温厚な方なんですが」それ以外のドラマ部分に関しては、基本的に自由に演じていたそう。

「監督は、”僕は演出は初めてなので、分からないことも多い。だからいろいろ考えて下さいね”とおっしゃいました。監督がそんな姿勢だったので、皆で一緒に作っていけた、とてもいい雰囲気でした。私自身、智子の気持ちが理解しづらい時などは、”こうだからこうなったんですよね?”と監督に確認しつつ進めていったので、とてもスムーズでした」

完成した作品を観た時は、改めて”映画における音楽の重要さ”を痛感したと話す桜井幸子。「演奏シーンは本当に4人で頑張ったので、注目して下さい」

(雑誌「キネマ旬報 2001.10月上旬号 No.1341」 より)

 

キネマ旬報 2001 10月上旬号