Overtone.第49回 「On the Nature of Daylight/マックス・リヒター」一曲を聴く

Posted on 2021/09/22

ふらいすとーんです。

あまりにも今の作曲家です。本格的な音楽活動は2000年代から。そんななか、すでに評価の定まった、確固たる地位を確立している、これからますます動向に注目が集まっていく。そんな作曲家だろうマックス・リヒターです。

 

 

マックス・リヒター
MAX RICHTER

マックス・リヒターはドイツ生まれのイギリス作曲家です。2002年にアルバム『メモリーハウス』でソロ・デビュー。クラシックとエレクトロニカを融合させたポスト・クラシカルを代表する作曲家として人気を集めています。「ポスト・クラシカル」という言葉の生みの親でもあって、この言葉によるカテゴライズのおかけでジャンルや次世代作曲家がひとつの潮流として推し進められてきた効果は大きくあると思います。

日本で広くマックス・リヒターの名が認知されるようになったのは、ヴィヴァルディの《四季》をリコンポーズしたアルバム『25%のヴィヴァルディ』(2012)。斬新かつ現代的な再構築でみずみずしさと新しい息吹に感動します。世界各国のクラシック・チャートで1位を獲得しています。

そして、もうひとつ。映画『メッセージ』(2016)に使用された「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」です。作曲家や曲名を知らない人でも、この曲は聴いたことあるかもしれない。たとえば、久石譲を語るときに「Summer」や「Oriental Wind」が外せないのと同じように、マックス・リヒターを語るときに「On the Nature of Daylight」は外せない。そんな代表曲の先頭に立つ一曲です。

 

今回は、一曲だけでOvertone。

 

 

映画『メッセージ』(2016)のオープニング&エンディングテーマに「On the Nature of Daylight」が起用されたとき。物語のテーマや映像との相乗効果もあって、この映画を観た多くの人に強い印象を残します。映画スコアを担当したヨハン・ヨハンソンの曲たちよりも、映画のトーンを決定づけているほど、この映画の核になっています。それを象徴するかのようなエピソードがあります。 ”ヨハンソンも、ヴィルヌーヴ監督が仮に入れていたリヒターの既存曲を超えるものは作れないと判断し、そのまま使うように進言した”  こう言われている一曲です。

「On the Nature of Daylight」は、2枚目のオリジナル・アルバム『The Blue Notebooks』(2004)に収録された曲です。まだまだ作曲家としても認知されていない頃です。その後、映画『主人公は僕だった』(2006)で挿入曲の一つとして使用され、映画『シャッター・アイランド』(2010)、映画『二郎は鮨の夢を見る』(2011)、映画『ディス/コネクト』(2012)、映画『天使が消えた街』(2014)、映画『夜明けの祈り』(2016)といった多くの映画で用いられるようになっていきます。

とてもおもしろい現象です。どの映画作品もマックス・リヒターが音楽を担当しているわけではなく(『ディス/コネクト』除く)、それぞれの映画に必要な挿入曲の一つとして、監督たちに熱望されてきた曲。普通は、同じ曲をいくつもの作品になんて、使うほうも使われるほうも敬遠しますよね。それなのに? 何色にも染まるし、何色にも染まらない、ナチュラルに伝えたいことをのせやすい音楽なのかもしれません。

 

 

Richter: On The Nature Of Daylight

from MaxRichterMusic Official YouTube

 

5つの弦楽器とシンセサイザー低音によるシンプルな構成です。静謐なるくり返し。始めから終わりまで同じフレーズがくり返されているだけなのに、極めてエモーショナルな波があります。揺れ動く音のなか、旋律や楽器の息づかい、まるで心地よい朗読を聴いているように何かを語りかけてきます。6分間という時間、いつもとは違う時間の流れ方をしているようです。

楽曲タイトルは、古代ギリシアの哲学者エピクロスの宇宙論をローマの哲学者ティトゥス・ルクレティウス・カルスが詩の形式で解説した書「On The Nature of Daylight(『事物の本性について』)」から取られています。この原典の深堀りはできていませんが、なんとも含蓄のあるタイトルだなと思います。

 

アルバム1曲目はプロローグ、「2.On The Nature of Daylight」に始まり、ピアノソロとなった「11.Written On The Sky」で終わる『The Blue Notebooks』。この一曲がコンセプチュアルな軸になっていることがうかがえます。

 

Richter: Written On The Sky

 

 

映画『ディス/コネクト』(2012)は、「On The Nature of Daylight」が使用された映画のなかで、唯一マックス・リヒターが映画全体の音楽を担当した作品です。サントラ盤では、同曲をモチーフにした曲たちも多く散りばめられています。別アレンジ曲といえるものもあれば、曲の素材を少し使ったり、曲を構成する素材を削ぎ落として使っていたり。「9.The Report」「10.Written On The Sky」「13.Break In」「14.Confrontation」「15.Afghanistan」「17.Unwritten」「18.The Swimmer」など。ときにピアノソロに、ときにエレクトロニカに。

 

The Report

(*公開終了)

Unwritten

(*公開終了)

 

 

2018年、『The Blue Notebooks』リリース15周年を記念した特別版がリリースされます。新曲から新規リミックスやボーナス・トラックまで加わった2CDです。ここで初めて登場するのが「On the Nature of Daylight」4つのニュー・トラックです。

 

 

Max Richter – On The Nature Of Daylight (Entropy)

ニュー・レコーディング版です。原曲とたぶんスコアはそのままに、奏者は入れ替わっていたりもします。新録音にあわせてMUSIC VIDEOも作られています。僕はなぜかこちらEntropyのほうがだんぜん好きです。一番好きです。響きのニュアンスが素晴らしい。

ロンドンAir Studiosでの収録と撮影です。マックス・リヒターは、映画音楽もオリジナルアルバムも、レコーディングにはほとんどこのスタジオを使っているようです。唐突に、久石譲作品『WORKS・I』や『水の旅人 -侍KIDS- オリジナル・サウンドトラック』も、Air Studiosで制作されたアルバムです、ご縁あります。

 

 

Max Richter – On the Nature of Daylight | DG120 concert – Hong Kong, China

from Deutsche Grammophon – DG

弦楽オーケストラ版です。CDはセッション録音で収録されています。2019年には日本公演も15年ぶりに果たし、3日間で異なる3つのプログラムを公演するという大プロジェクトを成し遂げています。共演を務めたのは、WDOでおなみじ新日本フィルハーモニー交響楽団です。もちろん披露されています。この公式動画は、同年の香港フィルハーモニー管弦楽団との香港公演の模様です。

 

このほかに、「This Bitter Earth / On The Nature Of Daylight」「Cypher」というリミックス版2曲が15周年記念盤に収録され、トータル4つの新版「On the Nature of Daylight」が誕生しました。

 

 

マックス・リヒターが語ったこと。

 

“『ブルー・ノートブック』の作曲時、私は“非現実の政治”あるいは“政治の虚構”が始まったと感じていました。ありもしない大量破壊兵器を口実にイラク戦争を始めるなんて、不条理そのものではないかと。だから『ブルー・ノートブック』のなかで、不条理という手法で権力構造を批判した作家カフカのテキストを朗読パートに加えることにしたんです。ここ数年、米英をはじめとする世界各地において、ふたたび不条理な要素が強まってきていると感じます。だからこそ、『ブルー・ノートブック』は今の時代にふさわしい作品ではないかと。”

(from 日本公演時インタビュー 2019)

 

 

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」

from UNIVERSAL MUSIC JAPAN

これは2019年発売ベストアルバム『ボイジャー マックス・リヒター・ベスト』の際に作られた楽曲解説プロモーション動画です。

 

 

久石譲「Summer」や「Oriental Wind」が多くの人に愛聴され、多くの人に演奏されているように。マックス・リヒター「On the Nature of Daylight」も、多くのカバーやトランスクリプション(異なる楽器への編曲版)があります。動画サイトをめぐると、いかに広く愛されているかよくわかります。

 

SIGNUM saxophone quartet & Hila Karni – On the Nature of Daylight (Transc. for Saxophone and Cello)

シグナム・サクソフォン四重奏団という、2020年ドイツ・グラモフォンよりデビューを果たしたアーティストで、そのアルバム『エコーズ』に収録されています。

 

ほかにも、世界中の演奏家が、オーケストラが、自らの楽器レパートリーにしている、演奏会のプログラムに並べている。奏しながらイメージしているのは、平和の尊さ、命の尊さ、音楽の尊さだったりするのかもしれない。どんなイメージで発信されたとしても、共通する想いはある。聴いた人たちが共鳴しあうような想いが生まれる。言葉の壁を越えてつながることのできる音楽、まさにそんな一曲「On the Nature of Daylight」です。

 

 

出会い。

2016年「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.3」で、マックス・リヒター「Mercy」がプログラムされたときです。ヴァイオリン&ピアノからなるこの曲、コンサートでは、我らがWDOコンサートマスター豊嶋泰嗣さんのヴァイオリンの音色で、小ホールという至福空間を満たしてくれました。

これをきっかけに気がつくと、約10枚のオリジナル・アルバムと、約30作品の映画/テレビドラマ・サウンドトラックと、聴けるものはどんどん手にとっていきました。そして今、リアルタイムで追いかけている、そんな作曲家です。

知れば知るほど、マックス・リヒターの曲は、いろいろな映画に、いろいろなTV番組BGMに、あるいは美術の個展BGMに、あるいはフィギュアスケートの演技曲目に。多くの使用頻度とあらゆる選曲バリエーションで使われていると気づきます。日常のなかにさりげなく、知らず知らずのうちに通奏している。極めて汎用性の高い、かつ芸術性の高い音楽をつくっているという深みに溺れていきます。

現代曲なのに、いかにもクラシック曲のようなポジションを獲得している曲たち。不思議です。使いやすいけれど陳腐なBGMにはならない。バッハのG線上のアリア、パッヘルベルのカノン、時代を超えた通奏低音のような風格すら感じるマックス・リヒター音楽です。

 

 

「On the Nature of Daylight」。最小音型でシンプルに構成された音楽。しっかり印象的でありながら、いかなる映像にもなじむ曲。ひたすらにくり返しながらも同じことのループではない。寄せては返す波のように心地のよいエモーショナル。走馬灯のような心の揺らぎ。いろいろな場面や感情に寄り添ってくれる音楽。聴く人色に染まってくれる曲。そんな音楽的魅力を感じます。

……ふと、久石譲音楽に置き換えたときに、どんな曲だろう? いろいろな候補曲が浮かんできたなかで、しっくりきたひとつ「WAVE」です。もしこの曲が、映画の印象的なシーンに使われる挿入曲だったなら、多種多様なジャンル映画たちに多岐使用されることになったなら。たぶん何の不思議も感じません。なんと素敵な現象だろうと思います。

「WAVE」。最小音型でシンプルに構成された音楽。しっかり印象的でありながら、いかなる映像にもなじむ曲。ひたすらにくり返しながらも同じことのループではない。寄せては返す波のように心地のよいエモーショナル。走馬灯のような心の揺らぎ。いろいろな場面や感情に寄り添ってくれる音楽。聴く人色に染まってくれる曲。そんな音楽的魅力を感じます。(上の「On the Nature of Daylight」と同文)

 

WAVE

from Joe Hisaishi Official

 

 

収録アルバム

 

 

 

 

むすび。

アルバム『The Blue Notebooks』は、原盤(2004輸入盤/2015国内流通輸入盤)、15周年2CD盤(2018輸入盤)、15周年2CDデラックス盤(2018輸入盤)、SHM-CD盤(2019初国内盤)と4タイプあります。収録曲数の違い、価格、入手しやすさなど、詳細は公式サイトにてゆっくり眺めてみてください。せっかくなら、今回紹介した全バージョンが収録されている2CD盤おすすめです。

公式サイト:ユニバーサルミュジックジャパン|マックス・リヒター DISCOGRAPHY
https://www.universal-music.co.jp/max-richter/discography/

 

 

Max Richter – Richter: On The Nature Of Daylight

2018年、15周年記念盤リリースにあわせて、新しく作られたMUSIC VIDEOです。エリザベス・モスが出演しています。音源はオリジナル版(2004)を使用しています。

マックス・リヒター音楽。それは、深く深く自分のなかに降りていきたいときに、深いところで結びつく音楽なのかもしれません。そして気がつくと、自分の知らない内面と対峙することになる。僕にとっては、大切な音楽、大切な時間です。

 

 

追記

最新オリジナル・アルバム『EXILES / MAX RICHTER』(2021年8月6日発売)にも「On The Nature Of Daylight」弦楽オーケストラ・ヴァージョンが新録音されています。(とても厳密にいうと、低音シンセサイザーも外した初のオーケストラ楽器のみ録音になります。)また、このアルバムは「レコード芸術 2021年10月号」にて特選盤にも選ばれています。その話は機会あればまた。

 

 

それではまた。

 

reverb.
マックス・リヒター音楽の旅はつづきます♪

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Blog. 「久石譲指揮 新日本フィル 第637回定期演奏会」コンサート・レポート

Posted on 2021/09/14

9月11,12日開催「久石譲指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 第637回 定期演奏会」です。新型コロナウィルスによる緊急事態宣言を受け観客上限50%となりましたが、それよりは少し多く客席うまっていたようにも思います。要請前に販売しているものはOKという補足事項もあったのかもしれません。それだけ早い段階から期待と注目を集めていた演奏会ともいえますね。

いつもの久石譲コンサートとは違って、新日本フィルのお客さま、そんな印象を受けた会場内でした。一方では、新日本フィルご愛顧のお客さまから見ると、今日はいつもとは違った顔ぶれや客層だな、とも感じられたようです。いろんな血が通うというか、風通しのよい新鮮な空気が循環するようで、いいですよね。

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 #637

[公演期間]  
2021/09/11,12

[公演回数]
2公演
9/11 東京・すみだトリフォニーホール
9/12 東京・サントリーホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙

[曲目]
新日本フィル創立50周年委嘱作品
久石譲:Metaphysica(交響曲第3番) *世界初演
I. existence
II. where are we going?
III. substance

—-intermission—-

マーラー:交響曲 第1番 ニ長調 「巨人」

 

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

Program Notes

■ 久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)

Metaphysica(交響曲第3番)は新日本フィル創立50周年を記念して委嘱された作品です。新日本フィルとはもうかれこれ30年くらい一緒に演奏していて、お互いをよく知っています。シーズンのオープニングコンサートでこの新作とマーラーを演奏することは大きなプレッシャーもありますが、最大の楽しみでもあります。

新作は2021年4月末から6月にかけて大方のスケッチを終え、8月中旬にはオーケストレーションも終了し完成しました。前作の交響曲第2番が2020年4月から2021年4月と1年かかったのに比べると約4ヶ月での完成は楽曲の規模からしても僕自身にとっても異例の速さです。

楽曲は4管編成(約100名)で全3楽章からなり約35分の長さです。この編成はマーラーの交響曲第1番とほぼ同じであり、それと一緒に演奏することを想定して書いた楽曲でもあります。

当然何らかの影響はあると思います。

僕の尊敬する作曲家デヴィット・ラング氏は「ミニマル系の作曲家は一つの楽曲をできるだけ単一要素で乗り切ろうとあらゆる手を尽くして作曲するけど、マーラーは次々に新手のテーマを投入して楽曲を構成するから羨ましい」とジョークまじりに話していましたが、これがミニマルミュージックと他の音楽の大きな違いです。

その全く違うタイプの楽曲を組み合わせることでかつて経験したことのないプログラムになればと考えています。

Metaphysicaはラテン語で形而上学という意味ですが、ケンブリッジ大学が出している形而上学の解説を訳すと「存在と知識を理解することについての哲学の一つ」ということになります。要は感覚や経験を超えた論理性を重視するということで、僕の場合は音の運動性のみで構成されている楽曲を目指したということです。

I. existence は休符を含む16分音符3つ分のリズムが全てを支配し、その上にメロディー的な動きが変容していきます。

II. where are we going? は26小節のフレーズが構成要素の全てです。それが圧縮されたり伸びたりしながらリズムと共に大きく変奏していきます。

III. substance は ド,ソ,レ,ファ,シ♭,ミ♭の6つの音が時間と空間軸の両方に配置され、そこから派生する音のみで構成されています。ちなみにこれはナンバープレースという数字のクイズのようなゲームからヒントを得ました。

何やら難しい事ばなり書いてきましたが、これは生きた音楽を作るための下支えでしかありません。

皆様には心から楽しんでいただけたら幸いです。

2021年8月12日 久石譲

 

[楽器編成]
フルート4(ピッコロ2持替)、オーボエ4(イングリッシュホルン持替)、クラリネット4(Es管クラリネット、バスクラリネット2持替)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ドラムセット、小太鼓、大太鼓、シンバル、吊しシンバル、トライアングル、タムタム、タンバリン、クラベス、鈴、シェイカー、ウッドブロック、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チャイム、ハープ、ピアノ(チェレスタ)、弦楽5部。

(新日本フィルハーモニー交響楽団 2021/2022シーズン プログラム冊子 より)

 

 

 

会場で配布された「新日本フィルハーモニー交響楽団 2021/2022シーズン プログラム冊子」と同内容(9~10月開催分)がPFD公開されています。マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」の作品解説もふくめてぜひゆっくりご覧ください。

 

公式サイト:新日本フィルハーモニー交響楽団|2021年9月~10月定期演奏会のプログラムノートを公開
https://www.njp.or.jp/magazine/25169?utm_source=twitter&utm_medium=social

(*公開終了)

 

 

 

 

メディア取材より

「新日本フィルはオーケストラとしてとても品のよい音がします。僕は、新日本フィルの育ちの良い、温かい音がすごく好きなのです。彼らとは現代的なアプローチもずいぶんいっしょに行ってきましたが、新日本フィルは、時代の先端を走るオーケストラであったし、これからもそうあると思います」

「新しいコンサート・シリーズでは、現代の音楽と古典の音楽を同じプログラムで演奏し、クラシックの名曲を現代の視点からコンテンポラリーなアプローチでリクリエイトしたいと思っています。状況が許されるなら、新日本フィルとは、マーラーやブルックナー、《春の祭典》のような大きな編成のものをきちんと形にしたいですね」

Blog. 「音楽の友 2021年1月号」 特集:オーケストラの定期会員になろう2021 久石譲インタビュー 内容 より抜粋)

 

 

「もう30年くらいの付き合い。リハーサルの進め方などすべてを教わりましたし、メンバーを思い浮かべながら曲を書いてもきました。ですから僕にとっては完全にベースとなるオーケストラです。魅力は音が上品なこと。音が鳴った瞬間に人を惹きつける温かさやロマンがあり、最近は力強さも加わっています」

「今まで以上に継続した音楽作りができますね。いわば点から線になる。これを機に今一度クラシック作品にチャレンジすることができます。現代曲を演奏するオーケストラはありますが、後に登場するクラシック作品は昔流のまま演奏することが多いです。そうではなく、現代曲で行ったアプローチでクラシックを演奏することも必要だと思うのです。例えば僕の曲はミニマルがベースなのでリズムが厳しくなる。その厳しいリズムをクラシック作品に持ち込んだらどうなるのか? そうしたアプローチを今後一緒にやっていきたいと思っています」

「『巨人』はタイトルも含めてシーズンの開幕に相応しいと思いますし、現代曲とクラシックを組み合わせたい、現代曲を演奏しないとクラシックは古典芸能になってしまうとの思いもあります。またマーラーが控えている状態でその前の曲を書くのは、作曲家として非常に燃えますし、内容も必然的に影響はあると思います」

「最終的なオーケストレーションの段階です。曲は交響曲第3番(仮)で、全3楽章約35分の作品。第2番と姉妹作ですが、自然をテーマにしたような第2番に比べると内面的で激しく、リズムはより複雑になっています。加えてミニマル的な構造の中にもう一度メロディを取り戻したいとも考えました。編成は後半のマーラーに合わせた4管編成でホルンは1本少ない6本。自分だけ見劣りしたくないというのは作曲家の性ですね。また作曲家は皆そうですが、大編成になると逆に弦の細分化など細部にこだわるようになります。あと50周年は意識しながらも、現況から祝典風ではなく力強さを織り込んだつもりです」

「マーラーは独特なんですよ。どこまでも歌謡形式で、対位法的な動きもその中でなされていますから、それをどう整理するか? また僕自身の作品と並べて演奏することによってどれだけ新しいマーラー像を描けるか? がカギになります。あとはユダヤ的なフレーズの扱い。実は第3楽章を重視していて、そうした部分を東欧ユダヤ系の酒場のバンドのように演奏したい。そして第4楽章のめくるめく激しさには、誰もが書くのに苦労する交響曲第1番を見事にまとめる物凄いエネルギーを感じます。僕はクラシックを演奏するとき、作曲家が書く過程を一緒に辿るんです。『ああこの人はここで苦しんだな』などと推理小説のようにスコアを読んでいます。でも『私はこれを書きたい』という気持ちの強さが一番大事なのではないかと思う。その点でマーラーは別格に感じます」

「シーズンのオープニングを任され、作曲も依頼され、マーラーも演奏させてもらう。作曲家で指揮もする僕としてはこれ以上ない舞台を用意していただき、心から感謝しています。それに僕と新日本フィルは“音を出す喜び”をもう一回取り戻したい。人と一緒に音を出すことが楽しい─これがやはりオケの原点ですよね」

Info. 2021/08/18 久石譲 現代曲同様のアプローチでクラシックを活性化したい (ぶらあぼ より) より抜粋)

 

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

新日本フィル50周年、そのシーズン・オープニング公演を飾ったのが久石譲指揮です。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(WDO)」をはじめ、数々のコンサートや録音で共演をかさねてきた黄金タッグです。

 

久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)

むずかしかったな、かっこよかったな、また新しいタイプだったな。これが第一印象のすべてです。これまでに『THE EAST LAND SYMPHONY』『交響曲 第2番』ときて、また異なる性格をもった交響曲が並ぶことになったな、なんともうれしくて震える。

今の時点でこれ以上のことは書けません。世界初演にして一聴!つかめるものは少なく、浴びるような体感だけが残っています。それでも、メモをひっぱりだして…演奏会でいつも書きとめるキーワードの羅列から、思い出すように振り返ってみます。平たい感想です。

 

I. existence
[混沌]、楽章全体を覆うのは混沌とした印象です。

[パーカッション炸裂]、スネアや大太鼓はもちろんドラムセットが入っているのでバスドラムのキックも効いていたと思います。『THE EAST LAND SYMPHONY』の楽章を思い浮かべるような。

[拍節感のない]、3拍子4拍子とリズムを数えることの難しい楽章でした。モチーフやメロディ的なわかりやすい旋律を見つけにくいこともあるのかもしれません。また旋律も展開も目まぐるしく変わる入り乱れるという印象です。拍節感のない、正しくはリズム感の難しい、ですね。

[ホルン吠える]、これは中盤以降で下音から上音へ速いパッセージで駆け上がるホルン旋律のところだと思います。6本ありますからね。

[EAST]、たぶん『THE EAST LAND SYMPHONY』に近い印象をもったんでしょう。でも改めてそちらを聴いてみると、「1. The East Land」や「4. Rhapsody of Trinity」よりも終始カオスだった気もします。休まるところを知らない混沌だった印象です。

 

II. where are we going?
[緩徐楽章]、ゆっくりとした楽章です。

[ストリングス]、ストリングスがメロディを奏でて進みます。他の楽器も同じモチーフからきているので、律動的な声部というかリズムをつくりだすオーケストレーションは抑えられているように感じます。

[無調]、たぶんシェーンベルクの弦楽作品ような印象もあったんでしょう。前半は情感に訴えかけてくるようなハーモニーは抑えられている印象でした。行き先の定まらない彷徨のような調性のなか、ときおりみせる一瞬の明るさや暗さのハーモニー。

[ヴァリエーション]、基本となっているフレーズが熱をおびていくように変奏されていきます。

[パーカッション壮大に]、終盤はパーカッションも入って壮大で重厚な響きになります。

[迫ってくる]、とてもエモーショナルで迫ってくるものがあります。

きびしく美しい旋律です。力強い慈悲もしくは力強い慈愛、そんな印象を強く感じました。この楽章を抜き出してリピートしたくなる人多いかもな、そんなことも感じました。クラシック風に言うと、初演演奏会で観客たちの熱狂にこたえるように、この楽章が再びアンコール演奏された。

 

III. substance
[リズム]、よっぽど気になったんでしょうね。この楽章もそうなんですけれど、作品とおして安定した拍節感のようなものがあまりない印象です。リズムをキープする(推進する)構成じゃないので、何が飛び込んでくるかわからない。それがまたいい。聴きこむほどにいい味を出してくる作品になるだろうなという予感すら感じます。

[クラシック感]、逆にいうと一番クラシック要素の強い作品とも感じました。たとえミニマルであっても、ミニマル・ミュージックを出発点にはしていない。そういう意味でリズム重視ではない。運動性、ほんとそうですね、リズムにも束縛されない運動性で解き放て、貫いています。

[パーカッション]、タイトルからも第1楽章と第3楽章は対をなしているのかもしれません。音楽的なしかけもあるのかもしれません。そうでなくても、ふたつの楽章は怒涛のようなパーカッションが鮮烈です。

 

 

感覚的な感想に終始しました。第2番の姉妹作にあたると語られていますが、運動性のみの構成でつくられた作品という点でそうですね。また、あれこれ持ち出さないというか、ピンポイントにフォーカスされている、突きつめて追求されている。ここがまたぐっときます。なんというか密度高いかつ異なる性格をもった第2番と第3番が並んだ。ここにぐっときます。個人的にはかなり好きになる自信のある作品の登場となりました。音源として届けられたときにはずっと聴くだろうな。

 

 

楽器編成について。

プログラムノートから。

 

フルート4(ピッコロ2持替)、オーボエ4(イングリッシュホルン持替)、クラリネット4(Es管クラリネット、バスクラリネット2持替)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ドラムセット、小太鼓、大太鼓、シンバル、吊しシンバル、トライアングル、タムタム、タンバリン、クラベス、鈴、シェイカー、ウッドブロック、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チャイム、ハープ、ピアノ(チェレスタ)、弦楽5部。

 

*補足
弦16型(第1ヴァイオリン16、第2ヴァイオリン14、ヴィオラ12、チェロ10、コントラバス8)対向配置

*補足2
マーラー:ホルン8、トランペット6、トロンボーン4、ティンパニ2、ハープ2、(パーカッション群異なる)

 

約100名の大編成となっていますけれど、僕の整理した補足2のマーラー作品と比べると、通常でも編成しやすいギリギリのラインをしっかり保っていることも見えてきます。つまりは大掛かりな一大イベントのマーラー作品と比べて、演奏機会の制限を受けない、プログラム頻度に影響を及ぼしにくい大編成交響曲の誕生ということになります。誕生おめでとうございます!

 

 

マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」

久石譲指揮でマーラーが聴ける、ちょっとざわざわするような感覚があります。たとれば、それは『ムソルグスキー:展覧会の絵』『エルガー:威風堂々』『ホルスト:惑星』『ラフマニノフ:交響曲第2番』のように、わりとポピュラーな作品を久石譲が指揮するんだという妙な驚きと妙な納得のような。聴いてみたいって思うざわざわ感がありますね。

大編成だけあって、もう音楽的重力はハンパない!圧倒されて感動します。久石譲×新日本フィルは王道で攻める、堂々とマーラーと真っ向勝負な印象を受けました。歌わせるところはたっぷりと歌わせて、ホルンのスタンドプレイ、クラリネットのベルアップなど、視覚的にも魅せてくれます。

リアリティのある演奏。ヨーロッパな優麗さでもないし、民俗的によっているわけでもない。現代的というのともまた違う、リアリティのある響きでした。うまく表現できないのですが、いま響いていること?音?音楽?に必然性を感じる演奏としか言い表せません。きれいに演奏しようとか上品な音を出そうとかいうよりも、すべての楽器・パート・声部がしっかりとリアルな音を出す。ミキサーボードでいうと各ボリュームメーターすべて高め。近視的、接近的な音像で訴えかけてくる。すごかったです。

約1時間の作品を飽きさせずに聴かせるマーラー作品。そのメロディの力や、どんどんいろんな要素を持ち込みながらも見事に構築させてしまう力。ここで注目したのが久石譲指揮の巧みなテンポコントロールです。歌わせるところ、たたみかけるところ、ひと息ゆるめるところ、突き放し駆けるところ。旋律ごとにパート展開ごとに抑揚のある絶妙なテンポバランス感覚で引っ張り、多彩なニュアンスを表現し、決してだれることがありません。…これって、スタジオジブリ交響作品と同じじゃないか! めまぐるしく展開する物語に沿った音楽構成を、見事なテンポ演出でハラハラ・ドキドキ・うっとり。

フォームのしっかりしたベートーヴェン作品やブラームス作品をリズム重視で現代的にアプローチする。ミニマル久石譲の強みです。一方では、フレームに収まらない脈略なく絡み合うマーラー作品をリズムバランスで統率してしまう。いかなる構成パートも沈むことなく、うまくまとめあげてしまう。交響組曲久石譲の強みです。あれっ、死角がなくなってきている?! そんな印象を強く持つことになったコンサートでした。

 

 

 

今回はサクッと加減のコンサート・レポートになりました。なってしまいました。9/22~のアーカイブ有料配信楽しみにしています。もう少し濃厚に吸収できたらいいな、そう思っています。

 

配信期間:
9月22日(水)12:00〜9月28日(火)23:59
視聴チケット販売期間:
9月22日(水)12:00〜9月28日(火)21:00

料金:1500円(税込)

視聴・会員登録はこちら
「CURTAIN CALL」
https://curtaincall.media/njp?

 

 

 

ぜひかぶりつきで視聴しましょう!

 

 

リハーサル風景

 

 

公演風景

 

 

from 新日本フィルハーモニー交響楽団 公式ツイッター
@newjapanphil

 

 

うれしいオフショットです。久石譲と佐渡裕さんもつながりあります。『久石譲:Orbis』の初演は佐渡裕指揮による「1万人の第九」番組プログラムでした。

2023年から新日本フィルハーモニー交響楽団 第5代音楽監督に佐渡裕さんが就任すること発表されたばかりです。今シーズン、音楽監督不在のなか、シーズンの幕開けを任されたのが久石譲だったんですね。

SNSでは新日本フィル・ファンの感想が飛び交っていました。さすがクラシック通だけあって、それぞれの「かくあるマーラー第1番」というものがあります。聴き方や注目のしかたなど、とてもおもしろいです。熱い感想が多くて、純粋な音楽評が綴られていて、たくさん「いいね」してしまいました。勉強になりますし、自分になかった視点や幅が広がるような気がしてきます。

久石譲がオーケストラ楽団の定期演奏会を指揮する。新日本フィルハーモニー交響楽団に日本センチュリー交響楽団。このことは、より一層《指揮者:久石譲》の認知と評価を広げていく流れになっていくのかもしれません。いろいろな客層を集め、久石譲指揮を目の当たりにし、十人十色な感想を抱く。これからますます楽しみです。

 

 

 

オーケストラを熱く応援する!(^^)

 

 

 

 

2021.10.15 追記

プログラムから久石譲の世界初演『Metaphysica(交響曲第3番)』より第2楽章「II. where are we going?」が公開されました。

 

 

 

Info. 2021/09/11,12 「新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 #637」久石譲指揮 開催 【9/11 Update!!】

Posted on 2020/12/15

【速報】 新日本フィルハーモニー交響楽団 〈2021/2022 シーズン〉定期演奏会プログラム

◎いよいよ「新日本フィル創立50周年」期間がスタート!
プレ50周年となる2021/2022シーズンは 2021年9月~2022年3月までの7カ月間とし、演奏会の各シリーズも新たに生まれ変わります。新日本フィルに縁(ゆかり)のある指揮者たちを迎え、それぞれの思いを込めたプログラムをお届けします。 “Info. 2021/09/11,12 「新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 #637」久石譲指揮 開催 【9/11 Update!!】” の続きを読む

Info. 2021/09/09 東京発 〓 久石譲が新作を自ら世界初演、創立50周年を迎える新日本フィルの2021/2022シーズンのオープニング・コンサートで (Web 月刊音楽祭より)

Posted on 2021/09/09

東京発 〓 久石譲が新作を自ら世界初演、創立50周年を迎える新日本フィルの2021/2022シーズンのオープニング・コンサートで

創立50周年を迎える新日本フィルの2021/2022シーズンのオープニング・コンサートで、作曲家の久石譲が新作を自ら指揮して世界初演する。9月11日にすみだトリフォニーホール、12日にサントリーホールで披露される。久石はコンサートで、新作とマーラーの交響曲第1番《巨人》を指揮する。 “Info. 2021/09/09 東京発 〓 久石譲が新作を自ら世界初演、創立50周年を迎える新日本フィルの2021/2022シーズンのオープニング・コンサートで (Web 月刊音楽祭より)” の続きを読む

Info. 2021/09/17 「久石譲×日本センチュリー交響楽団 プレミアムコンサート」(岐阜)開催決定 【中止 9/9 Update!!】

Posted on 2021/07/05

久石譲と日本センチュリー交響楽団による公演が決定しました。同プログラムは、姫路公演(9/19)、京都公演(9/20)もすでに決定しています。 “Info. 2021/09/17 「久石譲×日本センチュリー交響楽団 プレミアムコンサート」(岐阜)開催決定 【中止 9/9 Update!!】” の続きを読む

Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年3月号」久石譲連載 第4回 新展開のための整理をね

Posted on 2021/09/07

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年3月号」に掲載された久石譲連載です。「久石譲のボクの方法」というコーナーで第4回目です。ただこの連載が何回まで何号までつづいたのかは把握できていません。すべての回に目をとおしてみたい作曲家ならではの深く掘り下げた貴重な内容です。

 

 

連載:久石譲のボクの方法
第4回:新展開のための整理をね

新シリーズでスタートしたこのページでは、これから久石さんの仕事内容の”方法”についてより深くさぐっていけたらと考えている。そう話したらなんと久石さん自身自分の仕事を総括する意味でそういったことをやりたいという。

 

自分の中のケジメ

というのは、じつはぼく自身今までやってきたことあるいは自分の中の方法だとか、いろんなものに対するけじめをつけようと思って、そういったことに関する整理をつけているところなんですよ。これは生き方にもかかわってくるしね。同時にソロ活動でピアノ・アルバムを出し『人体』『イリュージョン』『プリテンダー』を出したっていうことがあって、ソロ活動って自分にとってなんだったんだろう。というようなこととかいろんなものがあって、そういうものを考えてる時期なんですよ。

でね、でもぼくが日々なんで一番悩んでいるかというと意外と会社のことなんですよ。音楽以外のこと、つまり社長業のこと。このワンダーシティという会社はぼくが34~5才のとき、55才までに自分の会社をもてたら良いな、という話をしていて、そしたらちょうどそこにスタジオの専門家がいて、そうだねえ、って笑っていたんだよね。でも翌年ぼくは自分で作りましたよね。

で、やっぱりここまでやってきてやっぱり自分が活動するための最低条件を確保したかったんですね。譜面を書くだけではなくそういうものも全部背負ってきた。スタジオを持てばどうしたってお金がかかる。そういうものも含めたものを全部背負ってきた。そうすると作曲、プロデュースのためにもお金がかかる。レコードも出す。そうすると出版権も必要になる。そしてそういうふうにやってきたこととソロ活動でやってきたこととははっきり矛盾がでてきたわけなんです。

というのはソロ活動っていうのはやっぱり自分にこだわるわけでしょ、ところが作曲家/プロデューサーっていうのはあくまでスタッフ・ワークだから、そのスタッフとして働きやすい環境を作り出さなければいけない。

したがって、社長業もやらなければいけない。極端な話をすれば駐車場の稼働率まで考えなければいけないんですよね。

だから生き方自体の矛盾がでてきた。そこでまず自分のライフスタイルのペースからくずしてきたということもある。それとね、30代後半として、なにか可能性が限られてきたんではないかっていう気持ちもあるし、同時にぼくは前しか見ないで生きてきたんだけど、あるとき急に有名人になっちゃったんですよね。自分で言うのも変だけど、いわゆるロッカーたちとは違う、まあ、先生のような捉えられ方ですよね。あるイメージが世間に定着しちゃった。一方で「冬の旅人」みたいな曲を歌っていたりで、いろんなファン層がごちゃ混ぜになってきたんです。そういう意味で自分の存在っていうのを見直す必要がある、考え直す必要があるって思ったんですね。

同時に『イリュージョン』をやって『プリテンダー』をやって、これに関しては作ったときからずっと、「これでいいのか」っていう気持ちもあったんです。

で、やっぱり発売して2ヵ月たち3ヵ月たつとそういう気持ちははっきり出てくるんですね。というのは日本人の僕の友人の大半は「すごい曲だと思うんだけど今はイリュージョンのほうをよく聞いている」というんですよ。「いいアルバムだと思うんだけど一人のときは『イリュージョン』を聞いている」とかね。で、それはぼくもすごく感じていたんです。

それで、なにかな、と考えたとき結局『イリュージョン』のときは日本人としてはかなりシャイなアルバムを作ったなと思っていたんだけど、まだ日本的なウェット感が残っていたんですよね。ぬれた部分が。それに比べて『プリテンダー』は圧倒的にドライですよ。日本的情緒っていうのは完全にない。それは英語だからっていうことじゃなしに曲自体もそういう作りだったし最初から向こうでやってきたし。エコー感もミキシングの方法も、ミュージシャンも。で、いろいろな問題でね。

で、しかもメロディーも自分の中でいちばんモードっぽいメロディーに徹したからそういう意味ではけっこう感情移入を拒む部分があるんですね。

だから『イリュージョン』と『プリテンダー』は対になってるんですね。かたやウェット、かたやドライ。ちょうど同じものの両面みたいなものでね。

そういうこととかがね、自分の中で大命題になるんだけど、じゃ、次になにをやるんだっていうことになると、じつは今年「ナウシカ」のピアノ・ソロを出すんですよ。こういう要望はずっとあったんです。でもぼくはキャンセルしてきた。というのはずっと宮崎さんと仕事をしてきてようやくこのへんでひとつけじめをつける必要があるっていうことでまああの「ナウシカ」の組曲と「魔女の宅急便」のなかのいくつかの曲で作ろうっていうことはアーティストとして計画中だったわけですよ。アーティストとしての宮崎駿さんに対してのメッセージというかひとつの解決というかね。今までやったことの区切りとしてやりたかったことなんだけど。でも、世間から見るとすごく商業的なアルバムに見えるよね。

さらにピアノ・ストーリーズもすごくやりたい。これに入れる曲はもう6、7曲たまっているんですよ。「人体」のときの「INNERS」とか「冬の旅人」だとか。これはもう自分のベスト・メロディーを弾くっていう企画だから。

で、もうひとつはオーケストラでやってくれというもの。それじゃ、今年この3枚を出してくれって言われるとナウシカ、ピアノ・ストーリーズ2、そしてオーケストラを出しちゃったら『イリュージョン』『プリテンダー』は、いったいなんだったんだってことになっちゃう(笑)、ね。

そうするとアーティストとしての活動は幅が広すぎるっていうこともあるんだけどもう少しきちっとしたラインが引きたいっていう気持ちが強くなってきてる。2年先3年先が見える状態でレコードをリリースしたいってことなんです。

(「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年3月号」より)

 

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1989年11月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/06

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1989年11月号」に掲載された久石譲インタビューです。アルバム『PRETENDER』をたっぷり語られています。

 

 

久石譲インタビュー

久石さんの最新ソロ作品は「あくまでポップ、あくまで生!」

久石さんが9月21日、満を持して発表した作品『PRETENDER』は、フェアライトによって、ほとんど完成品のレベルまで打ち込んでおきながら、NYでミュージシャンを集めて録音したというもの。僕らとしては『魔女の宅急便』、さらにNHKで放映された『人体』のサウンドトラックで久石メロディーを堪能していたところだっただけに、矢つぎ早の作品発表にまず驚き、ソロ作品としてのアルバム発表ということに、期待がふくらんだ。そして『PRETENDER』リリース。期待にたがわぬ完成度と、その中にただよう久石メロディー。

久石さんの、今現在の音響世界を探り、久石ワールドに改めて足を踏み入れるべく、今号と次号でロング・インタビューを紹介します。

 

●今、”生”に対する欲求が出てきているものだから…

ー最新ソロ・アルバムの『PRETENDER』はNYに行って録音したといいうことなんですが、このへんの意図を教えてください。

久石:
フェアライトとかでけっこう長い間打ち込みで仕事をやってきて、全部ジャスト・ビートで来てることに対して少し飽きがきたのは事実なんですよね。だから最近よくやるのは、打ち込みものでもズラす方向で…苦労しながらズラしてるわけですよ。で、ズラすんだったら生の方がいいだろう、と。気付いてみたら自分の生に対する欲求が強くなった、ということなんです。だけど、ただズレればいいというもんじゃない。ズレるというのは、イコール、それなりのノリとかが必要になるわけですね。そのときに、日本人の中でやるよりは、外人の中でやりたかった、アチラのノリを欲しかったということなんです。

 

ーで、メンバーの方は?

久石:
ドラムがスティーブ・ホリーというポール・マッカートニー&ウィングスのドラマーで、この人はたぶんNYで5本、いや3本の指に入っているというどこに行ってもすごい評判のいい人ですね。それから、ベースがブライアン・スタンリーという人で、この人はドラムのスティーブとよく組んでやっているらしい。コンビネーションがいい方がいいですからね……。

ギターが、ポール・ペスコっていうマドンナやなんかのツアーやってる人で、5月にサイア・レコードからソロ・アルバムを出しているのね。非常に才能のある人で、まだ若いですから今後すごい出て来る人じゃないですかね。あと、弦はニューヨーク・フィルの連中だったりとか、それからサックスはスティーブ・エルソン。彼はジョー・ジャクソンとかデビッド・ボウイなんかとずっとやってる人です。

 

ー今回のドラムは全部生ですか?

久石:
2曲だけ打ち込みのままやってる曲がありますけどね。

 

ーそれはどの曲ですか?

久石:
どれでしょう(笑)?

 

ーえ、えーと、「トゥルー・サムバディ」あたりですか?

久石:
みんな言うんだよね。でも、あれは生なんですよ。「ミート・ミー・トゥナイト」と「マリア」はドラムとベースが打ち込み。「ミート・ミー……」はTR808を使ってます。

 

ー打ち込みパートはこっちで録ったのを残したわけですか?

久石:
そうですね。というか、一応デジタル・マルチに全部録って持って行ったんですけど、全部落として向こうでもう一回全部録り直ししました。

 

ー打ち込みものに関してもですね?

久石:
そうですね。

 

ー向こうに行く前に、ミュージシャンにドンカマを聞かせないで録ろうかな、とおっしゃっていましたね。

久石:
何曲かでもそれはやりました。

 

ーそういう録り方だとテイク1でOKというわけにはいかなかったと思うんですが……。

久石:
基本的には、東京でフェアライトで組んだモノはけっこう完璧にできたのでそのまま持って行って、それを彼らが聞いて、それに合わせて入っている感じですよね。だから、音楽の全体像を見ながらそれぞれセッションをやってったわけですよね。

それで、結果的にはどうしたってジャストで演れるわけじゃないから、必ずズレるわけだよね。逆にそのズレが欲しかったために、ドンカマは一部消して……。それぞれが自分でオン/オフできるようにしといたから聞いてない人がけっこういたんじゃないかなあ。

 

ーじゃあ、ノッてきたらドンカマを消しちゃって演るっていう感じで……。

久石:
そう。それとね、「マンハッタン・ストーリー」が端的な例なんだけど、東京でこのテンポがたぶんベストだろうと思ったテンポでやってたんですよね。それもかなり遅くしてね。他の曲はけっこう速い曲が多かったから、遅い曲が必要なのでテンポを落としてったんですよ。

ところが、ギリギリまで落としてったつもりだったのに向こうでこの曲を録る段になったら、(ミュージシャン達が)もっと(テンポを)落とすんですよ。1回、何も聞かないでリズム・セクション3人だけで演り出したらもっと遅いんですよ。日本でやったら思いっきりダレるなっていうテンポが、全然ダレない。

 

ーノリを持ってるっていうことですね。

久石:
そうですね。今回一番思ったことは、確かに向こうの人はすごい体力もあるし音もすごいからハデな曲を持ってった方がいい、という発想はあったんだけど、逆にこういう「マンハッタン・ストーリー」とか遅い曲も彼らはすごくうまいんですよ。で、ワーッと思ってね、テンポが8つくらい、128ぐらいだったのを110いくつくらいにしたのかな、すごい量を落としたんです。中間のファンクっぽい部分が成立するギリギリのテンポまで落としました。

それで、ほとんどの曲が東京で組んだテンポのままなんですよ。せいぜいひと目盛り下がるかどうかという……。それに関してもかなりシビアにやってったから、ほとんど変わんなかった。唯一変わったのが「マンハッタン……」。それがドドド……って落ちたっていう……。この辺がやっぱりノリのすごさなんだなっていうことを思いましたね。

 

●1回やってみたかったJAZZ…(?)

ーメンバーの人選というのはどんな風にやったんですか。

久石:
このレコーディングに入る前に3月に2週間位NYに行ってたんですよ。で、そのときに全員に直接会って、どんな感じでいくか決めてって……。

一番最初に決まったのはドラムのスティーブ・ホリーですね。で、彼がやりやすいメンツということと、こちらがいろんな人を聞いて決めてったんです。ギターは3人か4人くらい候補がいて、その中にカルロス・アロマーもいて、彼はコ・プロデューサーでやるつもりでいたんですよ。だけど、どう聞いてもロック・フレーズだし……そりゃそうだよね(笑)。だから、どうしようかなみたいなところから、もっとビョーキっぽいのをできる人がいいねっていう感じで、もう一度人選しなおしてもらったりとか……。

 

ーそういえば、「ホリーズ・アイランド」とか「ミッドナイト・クルージング」などではかなりジャズ的なものを感じたんですが。今までこういうのはあまり無かったんじゃないですか?

久石:
いや、『イリュージョン』から少しずつそういうのは入れてたんですよ。高校時代からジャズはすごい好きだったのね。好きだったけど、自分がやるもんじゃないと思ってたからのめり込まないだけで……。ただ、古く言えばスティーリー・ダン、ドナルド・フェイゲンもポップスなんだけどジャズのイデオムをいっぱい入れてやってたよね。だから、自分としてはフィールドはあくまでもこっちにいるんだけれども、ジャズというのは一つの表現手段として、ジャズのスピリットまでいかない程度にね(笑)、前からやりたいとは思ってたんですよね。で、『イリュージョン』では、けっこうやったね。

 

ー僕の印象では、『イリュージョン』よりもうちょっとジャズに近づいたかなっていう感じがあったんですが……。

久石:
それはあるね。ジャズに近づいたっていうかね……。何て言ったらいんだろう……(しばし沈黙)。……実は僕がジャズの表現をやりだすと本格的になっちゃうんですよ、出だしはマイルス・デイビスから入って、コルトレーンに戻って……ずーっとやってっちゃったから、聞き手としてはわりと聞き込んじゃってたので、あまり深入りしたくなかったんですよ。

ただ、今回は場所が場所でしょ?NYだったということもあって、それをそういうパワフルなものをやるためにはああいう表現(ジャズ)に近づいてもいいなと。で、ジャズ・ワルツっぽい曲もあったでしょ?「ミッドナイト……」かな?あんな感じの曲も一回やってみたかったんです。

 

ーあの曲は最初からあんな感じになる予定だったんですか?即興的に8分の6みたいな感じになったんじゃなくて。

久石:
いえ、全部あのまんまシーケンスを組んでたんですよ。あれは苦労しましたね。録れるかな、とか思いながらね(笑)。日本でやったら止まったと思うんだけど、誰も止まらないんだ。すごかったですよ、あれは。

 

ーロック寄りのメンバーなのに、こういうジャズっぽいのもできちゃうんですね。

久石:
このへんも大事なことなんだけど、ジャズのミュージシャンを集めてないんですよね。もし、ジャズのミュージシャンを集めてたらもっとニュアンスが出るけど、あくまでこちらのフィールドの人がジャズにエレメントを取るという風にやりたかったから、あえてジャズの人は呼ばなかったんですよ。だからよかったと思う。あの曲でジャズっぽい人を呼んじゃうと思いっきりのその世界に入っちゃうでしょ?

例えば、サックスがマイケル・ブレッカーとかだったら、どうしてもフュージョンになりますよね。「マンハッタン……」もそうでしょ?あれをあのままジャズの人を集めちゃったら、もうそのままピタッとはまっちゃうから、なんでこれを今、日本人がやらなきゃならないんだ、みたいな感じになっちゃうじゃない? そういうこともあったんで、あくまでポップス・フィールドの人でやるっていうのは決めてたんです。

 

ー今回、ボーカルものは歌詩が全部英語なんですが、これはやはり世界に打って出ようと……。

久石:
それはかなり意識しましたけどね。前に『アルファベット・シティ』というアルバムのトラック・ダウンをNYでやってるときに、A&Mとかビル・ラズウェルのセルロイド・レーベルから契約の話が来てたんですよね。その時は、契約で過去の全作品の権利を渡すとかなんとかでこじれそうなんでやめちゃったけど。

その時に思ったことは、僕は基本的にインストゥルメンタルでやってきたでしょ? インスト物っていうのは東京でやってもNYでやってもパリでやってもロンドンでやっても、いいものはいいって受け入れやすい状態なんですよ。

それは服飾メーカーでもそうですよね。山本寛斎なんかも言ってるけど、ロンドンで当たった、NYで当たった、東京で当たった、という風に同じ様に評価される。音楽でいうと、日本語が介在しないぶんだけインストゥルメンタルっていうのはそういう世界観を持ち得るんです。

だからそういう意味で『アルファベット・シティ』のときの経験からいっても、どうせやるならばそこまで徹底した方がいいだろうと。日本語でやるよりは英語でやろう、というのは最初のコンセプトで決めてましたからね。

 

ー作詩の方はどういう方が?

久石:
詩はね僕とCMで何本か一緒にやらせてもらったウチダさんという人なんです。それと、「ワンダー・シティ」は今から7、8年前の作品だから、これはマーティ・ブレイシーっていうもんた&ブラザースとかのドラムをやってた人です。

 

ー「ワンダー・シティ」は『インフォメーション』に入ってたのとキーが違いますね?

久石:
変えてます。今度は生でやるから、ベースの最低音にルートを合わせた。2月の草月会館でのコンサートのときからあのキーにしちゃったんですよ。

 

●鳴る音、鳴らない音

ー6月末のコンサート(6月29日サントリー・ホールの小ホール)を聞かせていただいたんですが、ピアノと弦楽四重奏だけですごく豊かな響きを出していて、改めて感心したんですが……。

久石:
弦はね、とても書き方が難しいんですよ。鳴らし方が本当に大変なんだ。例えばある配置で作ったのを半音キーを上げただけで、180度、もう民族が変わるくらい、楽器が変わったと思うくらいに響きが変わっちゃうんです。半音上げるんだったら配置から全部作り直ししないと同じ鳴り方はしないんです。その辺まで知りぬかないと、弦は鳴らないですね。

 

ー久石さんはバイオリンを習ってらしたことがあるそうなんですが、自分で弦楽器をやっていたということでその楽器の鳴る音域とかフレーズとかを体で知っているということが、まず、あるんでしょうね?

久石:
あっ、それはありますよ。それと、バイオリンをやるとすごいいい点はね、ピアノだと鍵盤を弾いたらソの音はソ、ラの音はラって出ちゃうでしょ?だけど、バイオリンの場合はフレットがあるわけじゃないから自分で音を捜さなきゃいけないんです。小さい頃やると耳の訓練には一番ですよね。だから、バイオリンを4歳からやったっていうのは自分のルーツですよね。仕事していく上でもとても武器になったし……。弦のアレンジってなかなかできないでしょ?

 

ー僕も勉強してるんですが奥が深いですよね。で、コントラバスもやってたんです。

久石:
一応そういうのをやってて弦の響きがわかってれば、少しずつできるようになりますよ。

 

ー久石さんの弦の鳴らし方、例えば「ヴュー・オブ……」の盛り上がるところで弦が対位法的に動くとこなんかは一朝一夕にはできるものじゃないですよね。ただ単に白玉を鳴らすっていう発想じゃないですし……。ところで、あの曲はストリングスは後録ですよね。

久石:
そう、最初にまずピアノを録って、それから弦のアレンジして弦を録ったんです。ピアノを録る前の日に曲ができましたからね……。

あの「ヴュー・オブ……」は今までの自分のメロディーらしいメロディーと、同時にちょっと踏み出してるんですよ。メロディーの中でのキーのチェンジが激しいですからね。一歩間違うと今回のコンセプトに合わない曲なんですよ。あの曲を外すかどうか迷いましたね。

で、アルバムに入れた中では唯一ミニマルっぽい扱いですね。途中からピアノが一つのフレーズの繰り返しで押し切って、それとは別に弦が動く。あそこらへんからモードっぽい進行に切り換えることによって、やっとアルバムに入ったんですよ。辻褄が合うようにした。それがすごい難しかったね。

コード進行にそった形でピアノのアルペジオを入れるといちばん僕らしくなるんだけど、今回それをやるとちょっと違うんじゃないかっていう感じがあって。それがちょっと苦しかったとこですね。「ヴュー……」は楽曲的には自分でも納得いってたから、今回入れるためには他の曲とのつなぎの接点でモードというのを使ったんです。そういう方法というのは全体にあるんです。

あと、今回は全体的にバンドっぽい仕上がりにしたんですよ。従来の自分の方法だと、この楽曲は打ち込み、例えば「ワンダー・シティ」だったらやっぱりシンセ・ベースの方が絶対合うわけ、気分的にも。そう思ったら必ずそうやってきたんだけど、今回に関して言うとあえて目先の音のチェンジの前に統一感を出したかった。いいフレーズがあればそれでいい。いい音楽であればそれでいいっていうことで、アレンジャー的感覚でいろんな音色を使うというのは全部排除して……。ベースは全部同じ音でいい。ドラムも全部同じでいいと……。

音色のような細かいことでの目先は変えないで、ストレートに押し切ろうという考え。

今回のアルバムは、基本的に”生”だと。そのままステージにかけられるバンドっぽいことをやろうと……。打ち込みでやってると、ドラムでもなんでも不可能なことを平気でやるでしょう?ドドドッとか。その手のことはもうしない、人間が弾けるっていう状態でとにかくやろうと徹しちゃったです。

(「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1989年11月号」より)

 

 

久石譲 『PRETENDER』

Disc. 久石譲 『PRETENDER』

 

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年8月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/05

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年8月号」に掲載された久石譲インタビューです。久石譲による連載コーナーの第7回です。

 

 

HARDBOILD SOUND GYM by 久石譲

第7回 ミニマルも「ナウシカ」も素材は同じモードだった

久石さんがPOPワールドに入るきっかけをつくったのは、クラフトワークとの出逢いだった。クラシックとは離れたところで、ミニマルの手法も応用したニューBGMをつくろうとした。それが久石さんたったひとりのオーケストラ、”ワンダーシティオーケストラ”だ。ソロアルバム『インフォメーション』を82年に発表、ミニマルにこだわったニュー・ウェーブ色の強いアルバムだった。その後、2年もたたないうち、「風の谷のナウシカ」のサントラが大ヒット。土着要素の強いミニマルと、クラシックなイメージを持つ「ナウシカ」は対照的だが、久石さんに言わせると、”モード”ということで自分の中では全く違和感はないのだ。

 

クラフトワークの落とし前をどうつけようか?

クラフトワークは、日本では”何だこれっ!?”って感じでなかなかレコードにはならなかったんです。僕は別のルートから彼らの音を聴いていて、絶対ウケルと思ったんだけど…。その後、ニューヨークから超一流のモデルが来日して自分のステージでクラフトワークのテープを流した。それに感動した糸井五郎さんや今野雄二さんらが、自分の番組で紹介して火がついたというわけ。

ところが、タンジェリン・ドリームの方が日本でウケた。アメリカの東海岸では逆にクラフトワークがウケてタンジェリン・ドリームの人気はいまいち。僕からするとタンジェリンは好きじゃないんです。彼らは即興演奏の感性的な感覚だけでぜんぜん理論武装していない。それに対して、クラフトワークは明確。メロディー・ラインもこれ以上なくらいに単純化、パターン化されている。僕のようにミニマルをやってきた人間にとって、同じシーケンス・ベースの中でわーっと弾いているタンジェリンとは全く違って聴こえた。

そのとき、あっと思った。こういうラインで、ポップになれるならば、自分としてもクラシックと離れた音楽のやり方があるんじゃないか、より超モダンでアヴァンギャルドなやり方が…。

その後で知ったことだけど、クラフトワークのメンバーの経歴が興味深い。みんな現代音楽やミニマルの影響を受けたりしている。ドイツのプログレ・バンドやロック・シンセ・バンドは、クラシック出身とか、シュトック・ハウゼンの研究所にいた人間とかが多い。自分と思考過程が似てて、彼らの屈折したところなんかがとてもよく見えた。

YMOがやったことというのは、完全にクラフトワークをベースにしている。メロディを日本風にわかりやすくしてるけど、ステージの前にマネキン人形を置いて、後ろで弾くというやり方などは、クラフトワークがずっとやってきた手段だからね。はっきり言ってものまねだった。彼らのやろうとしてきたコンセプトは、裏にはクラフトワークがあって、でもクラフトワークほどうち出せないところで揺れ動いていた。テクノデリックとか、ポップス・バンドであるとかいうところで、いつもやっていることに対して、クラフトワークまでいけないといういら立ちの中で揺れていたんだとはっきり言い切っていいと思う。彼らは、自分の中でクラフトワークをどうやって解決させるか、どう落とし前をつけるかって作業だったんだろう。

だから、今は逆に彼らはつらいかも、坂本龍一さんはとくに…。彼はその気になればクラシックもできるし現代音楽もできる立場にある、かといって一方でニュー・ウェーブもやってきたという切り口がある。『NEO GEO』はあんまりいいできだと、僕は思ってないんです。ちょうどあの頃に、清水靖晃さんも『サブリミナル』を出したでしょう。2人ともエスニックを素材にしてたけど、エスニックを素材にしたサウンンドってもう新しくないんだよね。第一、もうサウンドがインパクトを持つ時代でもないわけ。サンプリング楽器が安く手に入って、アマチュアの人もすごいことをやってる。すると、おのずと、サウンドで驚かせられる時代じゃなくなってきている。

 

ミニマルから「風の谷のナウシカ」へ

テクノの縦割りのノリは新鮮だった。クラフトワークの、あれだけ削ぎ落としたサウンドは他にはなかった。そこで最初にN(エヌ)というバンドのPOPミュージック、ニュー・ウェーブBGMをつくろうとした。現代音楽も引きずりつつミニマルでポップスをつくろうとしたんです。でもそれだけに、ちょっと苦しいところがあって、今、聴いてみてもえらく綱渡りしている感じがする。

”ワンダーシティオーケストラ”という、といってもたったひとりで演ってたんだけどニューBGMをつくろうとしてたんです。その頃の曲はすべてワンコード、つまりモードなわけ。ベースラインがC#とかでずっと通していて、コードはその中で動くんだけどね。それが、82年に10月に発表したソロ・アルバム『インフォメーション』なんです。

それから次に出したのが「風の谷のナウシカ」のサントラです。メロディだけ聴くと、ミニマルとは反対のクラシカルなものにとらえられがちだけど、自分の中では全く違和感がない。というのは基本的にモード(ナウシカの場合はCドリアン・モード)を使っているからなんです。

(「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年8月号」より)

 

 

 

Blog. 「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/04

音楽雑誌「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」に掲載された久石譲インタビューです。アルバム『PRETENDER』発売に合わせた時期になっています。

 

 

日本人っていつも何かのフリをしている人が多い
その姿を客観的に表したかった

久石譲

『風の谷のナウシカ』や、『となりのトトロ』など映画音楽やCMソング、他のアーティストの曲の作・編曲の他、キーボード・プレーヤーとしてっも幅広い活動をしている久石譲。彼が3年ぶりの自分自身のアルバム『PRETENDER』をニューヨークで制作した。

久石といえばフェアライトなどの最新テクノロジーを積極的にとり入れたキーボーディストというイメージがあるが、今回のアルバクでは生の楽器が多く使われている。

「今までは90%くらいは電気楽器、打ち込みものとかが多かったのですが、今回は逆に85%近くは生のピアノやドラム、ベースなどを前に出して非常にバンドっぽくあげたかったんです。打ち込みだとジャストでしょ。ジャストだとニュアンスがないからつらい部分があって…。そういう意味では今回はリズムのノリもいいし、かなり欲しいニュアンスが録れたなと感じますね。中には1曲めと5曲めのように部分的に打ち込みを使った曲もありますが、後は全部生です。その打ち込みの部分も、生の音との違いがほとんどわからないくらい精密に、フェアライトで作っていったんですよね。今回はバンドっぽいサウンドということをコンセプトにおきましたから、そういう意味でのカラーの統一をしたかったんです」

彼の言葉どおり、アルバム全体を通してライブ感覚のノリが溢れている。が、そこには人間臭さは不思議となく、都会的なドライさが感じられる。

「今回は全体に乾いた音を中心にして、日本人特有のウェットな部分をできるだけ切り捨てようと思ったんです。そういう意味からもロンドンよりは絶対ニューヨークの方が合っているという気がして行ったんです。ロンドンの音楽は、どちらかというとウェットという部分では、日本のものと似ていますからね」

アルバム1曲1曲は、60年代風のロックあり、ラテンあり、ジャズあり、バラードあり、生ピアノと生弦中心のインストありと実に多彩。しかもラテン風のサウンドひとつとっても、それに東洋的なメロディがのっているような、型にはまらない久石独自の自由なアソビ感覚が伝わってくる。

「1曲1曲、思いっきりパワーを持つように作ったんです。今回はインストとボーカルものを混ぜてしまったし、下手するとバラバラになっちゃうような非常に難しいアルバムだったんですよ。ただ正解だったのはバンドっぽい音ということで、リズム体を変にサンプリングで入れ替えたりして凝りすぎないで、全曲、素直に通したんです。曲の表わし方の個性をどうつけるかでジャジイなものがあったり、ピアノ曲があったりするけど、その上でもっと大きな個性で結実しないかなという思いはありました」

1つの型に凝り固まらず、いろいろなジャンルの音楽をいろいろなノウハウで作り上げてきた彼だけに、実力に裏付けされた確かな自信がうかがえた。その彼の自信作は9月21日NECアベニューより発売される。またライブは10月4、5日インクスティック芝浦ファクトリーで行われる予定。

(「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」より)

 

 

久石譲 『PRETENDER』