Posted on 2015/1/13
音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年4月号」に掲載された久石譲連載です。「久石譲のボクの方法」というコーナーで第5回目です。ただこの連載が何回まで何号までつづいたのかは把握できていません。すべての回に目をとおしてみたい作曲家ならではの深く掘り下げた貴重な内容です。
連載:久石譲のボクの方法
第5回:インディーズをやる?
久石さんの生活は昨年とはガラっと変わったということですが、つまり、久石さんの考える音楽生活がスムーズにいくようなかんじに周りをシフトしていくというような感じなのかどうか。今月は、そのへんから。
プロデューサーとアーティスト
久石:
アーティスト活動に専念しだすとね、やっぱり自分中心にしかモノをみなくなっちゃうんですよね。
たとえば、自分でスタジオを作ってまでやってきたけど、プロデューサーとしての活動に対しては、とても臆病になるんです。だから、プロデューサーっていうのは本来アーティストになっちゃいけないんじゃないかって思うんですね。ただ、うまく使い分けられる人はやればいいと思う。そういう資質をね。しかし、ルパート・ハインなんかでも、ソロになると全然だめでしょ。だけど、プロデューサーとしてはあいかわらず最前線にいる。ナイル・ロジャースもそうだよね、ソロになると、全然つまらない。
ーう~ん。
久石:
でも、デヴィッド・フォスターなんかはそういう意味でいうと、あの人は不思議なバランスをもっていると思うんですよね。自分でソロをやるときはピアノにこだわって、で、けっこう高度なことをやると思ったら、意外と下世話なことしかしないでしょ。そのへんが彼の場合はモっている原因だと思うんですよね。自分がアーティストとしての立場と平行してプロデュースをやっていくとしたら、そのへんの感覚のバランスがとれなくなっちゃうとおかしくなるよね。
だからそういうバランスのことを考えると、ちょっとここでもプロデューサーとしてのバランス感覚もとりもどしたいっていうか、両方のバランスをとろうかなって思っているんです。
-難しいことでしょうけどね。でもそれだけに限られた人だけが味わえるおもしろさに満ちているんでしょうね。
久石:
いやいや……(笑)。ま、ともかく、ダイナミズムは倍に広げようと思う。だからたとえば、オーケストラとやるなら日本の手近なオーケストラとやるんじゃなく、外国から本当にちゃんとしたオーケストラをよんじゃおうかなとか。そうしたら、当然2億円くらいかかっちゃうから、そうしたらスポンサーつけなくちゃ、とか、そういう発想でね、やりたいと。だから、オーケストラはそれができなかったらやめようとか。
中途半端はしない。そういう気持ちなんですよ。
それと『プリテンダー』でしくじったかなって思っていることが、実はあるんですよ。それは、なぜレコーディングに参加してくれた向こうのミュージシャンをよんでやらなかったのかなぁってことね。
-そこまで発想がいかなかったということですか?
久石:
う~ん。で、どんな赤字が出ようと呼んで、コンサート・ツアーをやればよかった。そうしなければ『プリテンダー』のほんとうの意味が伝えきれなかった。ぼくらはずっと、レコーディング・アーティストだったんですよ。コンサートを含めた大きなシステムに対して知らないことが多かった。今考えるとね。そういうことも含めて”考える時期”がほしかったんですけどね。
だから今後いろんなことで活動するっていうことは、そういう大きなイベント、コンサート、レコード、そういったものが全部ひとつのテーマに基づいてやれるようなやりかたをね、していきたい、と。そういうことを1年に1回やれるようなやりかた。それを考えているんです。
音楽の核は、素直な自分?
久石:
そのとき、その核になるのは今なにがうけるとかそういうことではなくって自分がどういうものに対してこだわりだしているのか、なにを楽しく思っているのかとか。そのことに対して素直になることだと思うんですよ。
たとえば、ぼくは最初からニュー・エイジ・ミュージックに対してはアンチの考え方を持っていて、その態度をとり続けたんだけど、やっぱりなくなっていきましたよね。で、今は今度ワールド・ミュージックって騒いでいる。でも、ぼくはいつもエスニックな要素を使ってきたから、そのブームにもくっつかなかった。いちはやくワールド・ミュージック的なものを作ろうと思えば、作れたんだけど、でもやらなかった。できるだけ距離をとってきた。
やっぱりまだね、各国のエスニックの要素をとりいれた音楽というのが存在しえるのかどうか。これが疑問でしょ。じゃ、日本の歌謡曲はエスニック・ポップなのかといったらこれはそうはいわない。それじゃ、フランスの国内の歌謡曲に相当するもの、フランス芸能界のなかで流行っているものがそうなのかといったら、それはやっぱりイギリスや、アメリカの影響の中で作られているポップであって、けっしてローカル・フランスのニュアンスを出したものではないわけだよね。で、それは各国全部そうでしょ。だからかんたんにそれを出したくはないっていう気持ちがあるんですよ。かなりさめている。
でも90年代はかなり変わりますよ。たとえば、若い人が音楽を志すっていうとき、今までは自分で叫んでいればよかった。でも今度はビジネス・サイドのニュアンスを踏まえていかないとやっていけない時代になると思う。というかみんな利口になってきたんですね。で、それが音楽のありかたを変えていくと思うんですよね。
-もう、いくつかのバンドの当人たち、そしてそれをとりまくスタッフたちの意識はそうなっていますよね。
久石:
だからそれに対して今のレコード会社とかプロダクションが昔の気分でアーティストを扱うと痛い目に遭うし、とんでもない状態になるし。
それから昨年の暮れ、CDの再販に関する問題がクローズ・アップされたでしょ。ようすると今までの価格体系が、レコード産業のなりたちかたの基本体系を完全にくずしていくと思うんですよ。すると、レコード小売店のかたちも変わっていく。そうなると、ゲリラ的に若者のニーズにピッタリ合うものができ始めたら、これはたいへんなことになりますよ。
そうすると、1,000円くらいでもCDが出せる時代がくるかもしれない。すると、くだらないものも出てくるかわりに、しっかりつくればそれが力になり得ることになる。そうなると、90年代っていうのはインディペンデントの時代になるかもしれない。だから自分も完全にインディペンデントのレベルを本気で作ろうかなっていう気持ちもね、でてきているんですよ。
ちょっと、問題発言だったかな?(笑)
(KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年4月号より)