Posted on 2020/02/06
雑誌「家庭画報 2020年1月号」(2019年11月30日発売)、「<生誕250周年特別企画>6人の識者が愛とともに語るベートーヴェンの力の源を求めて」コーナーに久石が登場しました。「ベートーヴェン:交響曲全集」の話題も含めて、久石譲が語るベートーヴェンの魅力つまったインタビューになっています。
生誕250周年特別企画 6人の識者が愛とともに語る
ベートーヴェンの力の源を求めて
2020年に生誕250周年を迎えるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。多くの人に聴かれ、語られてもまだ溢れる魅力──その力の源を求めて、ベートーヴェンを愛する6人の識者(指揮者 アンドリス・ネルソンス/音楽研究家 平野昭/作曲家・指揮者 久石譲/音楽学者 沼野雄司/ピアニスト 河村尚子/音楽社会史家 大崎滋生)が、それぞれの視点で新しいベートーヴェン像に迫ります。
久石譲(作曲家・指揮者)さん × 沼野雄司(音楽学者)さんが語り合う
現代の音楽として、ベートーヴェンを振る、聴く
ベートーヴェン独特のリズムを打ち出した演奏が新鮮
沼野:
久石さんが『ベートーヴェン交響曲全集』を出すと聞いて、最初は意外に思ったんです。割合に昔から、ミニマル・ミュージック(パターン化した音型を反復する音楽)の作品『MKWAJU』を聴いたり、それと前後して映画音楽でお名前を知っていたものですから、ベートーヴェンとあまり結びつかなかった。でも、リリースされていったディスクを一枚一枚聴いていくうちにどんどん納得していき、最終的にこれはほかにはない演奏で、ベートーヴェンにそんな余地がまだあったのか!と改めて思いました。
久石:
それは大変ありがたいです。ミニマル・ミュージックをベースにした作品を創る当時の感覚のまま、未来のクラシックはこんなやり方もあるのでは?、という提案ができればと思っていました。
沼野:
特に低音(チェロ、コントラバス)が太く音響化されている印象で、小編成ですが、そうとは思えないほど豊かに聞こえました。これはミキシング(複数の音声を効果的に混合・調整すること)で強調されていますか。もちろん、生演奏の状態でも久石さんが思うバランスになっているのでしょうが、レコーディングのときにそれを一度解体して、ミキシングによってさらにシェイプアップされたのではないかと。であれば、クラシックにはあまりない発想で、テクノロジーとの共存を考えるよいヒントにもなりそうです。
久石:
リズムをしっかり打ち出す方法を採りますと、倍音が重要になります。ミニマル・ミュージックではあるパターンをずらしていき、そのズレを見せるためにリズムを際立たせますが、この方法論をクラシックでも生かしたい、ならばベートーヴェンがいちばんいい。コンサート時にはコントラバスの位置を通常より前に出してきちんと低音を目立たせ、さらにミキシングでそれを強調することで、バランスが頭で描いたイメージに近づきました。米現代作曲家スティーヴ・ライヒなどもPA(音響拡声装置)を使っており、クラシックでも方法論としてありと考えています。
ベートーヴェンが仕掛けたリズムのトリック、シンコペーション
久石:
ベートーヴェンはリズムの天才ですから、思わぬところでシンコペーション(強拍と弱拍の位置関係を変えて曲に緊張感を作ること)ができ、あっといわせますよね。この独特のリズム感を出すには、一拍子で刻むのがいいと思っています。
沼野:
なるほど、一拍子ですか。私もベートーヴェンはシンコペーションの人だと思っています。漫然と音楽が進むところに何か一つ違うものをボンと入れるから情報量が多い。音楽全体もシンコペーションのようで、お上品な調和の中にはピタッとはまらず、グッ、グッとアクセントがついていく。それが彼の素晴らしさの一つだと思います。
久石:
まさにそのとおりですね。実は彼が仕掛けたシンコペーションの最大のトリックがあったんです。たとえば第五番第三楽章のタタタ/タン……という二小節が連なるモティーフ。どれも小節頭から始まりますが、弱拍から始まるモティーフと捉えるのか(タタタ/ターン)、強拍からと捉えるのか(タタタ/ターン)。同じパターンにせず拍節をずらして絶妙に変化をつける、しかも全楽章にわたってこのような仕掛けが──。認識はしていましたが、隠れたシンコペーションの意図に気づいたのは録音後でした。ちょっと悔しい(笑)。これを意識した指揮者や演奏はいまだ聴いたことがありません。やはりベートーヴェンはすごいです。
ベートーヴェンに”ビビっていない”からこそ生まれたスタイル
沼野:
全集を聴いて強く感じたのは、久石さんがベートーヴェンに”ビビっていない”ことでした(笑)。全集は人生の集大成として取り組むかたが多く、気負いや新解釈をと意気込むケースが多い。が、久石さんの場合は、低音をきちっと聴かせてリズムの推進力やシンコペーションを強調することで、自然にこのスタイルが生み出されたのだと思いました。
久石:
それは嬉しいですね。日本では特にベートーヴェンやブラームスなどのドイツ音楽を「重厚」と表現することが多く見受けられますが、それは第九を楽劇に書き換えたワーグナーの影響や、彼以降の大編成オーケストラの演奏が、戦後日本の音楽受容の基軸になっていたからです。しかし、ベートーヴェンの時代はそれほど大編成ではない。今回のベートーヴェン交響曲全集に取り組むにあたり、小編成を起用したのもそのためです。「ドイツ音楽」にある先入観から離れ、譜面からきっちり捉え直すことで、現代のクラシック音楽のあり方に一石を投じることができると思いました。
フォームよりエネルギー!強く訴えかけるベートーヴェンの力
沼野:
交響曲全集の演奏・録音を通じて、ベートーヴェン観は変わりましたか?
久石:
むしろ追体験していく気がします。譜面を読むだけではわからない、実際に演奏して初めてわかることが多くありました。たとえば第九はバランスが悪いと思っていましたが、実際演奏してみると、第四楽章はマリオブラザーズを一面一面クリアしていく感覚で(笑)。作曲家が特にこだわるフォーム(形式)や完成度とか、そんなものは全然関係ない。演奏者もエネルギーを出しきらないといけない。このパワーと人に訴えかけてくる力は、自分が考えていた作曲のイメージとは違うと強く感じました。
沼野:
興味深いのですが、ご自身の作曲スタイルにも変化はありましたか。
久石:
それはすごくあります。曲が持つエネルギーや、曲をどのレベルで完成していくのか、ということを考えるようになりました。ベートーヴェンは教会や宮廷などしっかりしたフォームが残っていた時代に、機能和声を人間的な感情表現(長調は明るい、短調は暗いなど)に初めて用いた人ではないでしょうか。だからこそ、その先に文学と結びついたロマン派の時代が到来する。このフォームと人に訴えかける力のバランスをどう取るか、を考えるきっかけをくれました。
沼野:
確かにベートーヴェンは常に意思が前に現れている。交響曲が九曲しかないのも、何か新機軸がないと出す意味がないという近代的な考え方ゆえですね。まさにその当時の最先端の現代音楽。その力が我々に訴えかけてくるのですね。
久石:
ええ。フォームという既存の枠に留まらず、エネルギーや感情表現がそれを超えていく──この力強さこそが、今回ベートーヴェンの演奏から得た気づきであり、私自身の作曲スタイルへの影響でしょう。
(「家庭画報 2020年1月号」より)
なお、2020年1月7日に家庭画報公式サイトでも雑誌と同内容にて掲載されています。
公式サイト:家庭画報|久石 譲さん×沼野雄司さんが語り合う「私の愛するベートーヴェン」https://www.kateigaho.com/travel/67829/
ベートーヴェンを愛する6人の識者が選んだ作品
ベートーヴェンのことをよく知る6人の識者が選んだ作品をご紹介。じっくりと耳を傾ければ、今までのイメージとは違う、ベートーヴェンに出会うことができるはずです。(本誌登場順)
アンドリス・ネルソンスさん
交響曲第3番 Op.55「エロイカ」
音楽史においても革命的な一曲。演奏時間も長くなり、曲想も次々と変化していきます。第1楽章はまさに「英雄」を感じさせる堂々たるテーマが奏でられ、第2楽章は厳かな葬送のリズムに哀愁漂うメロディ、それを突き抜けた先にティンパニを伴うクライマックスが人間讃歌のように響き、第3楽章は快活なスケルツォに狩りを象徴するホルンが冴え、第4楽章はモティーフを多彩に変奏されていき盛大なフィナーレへ!(推薦音源:ネルソンス指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)
その他のおすすめ:交響曲第9番Op.125、ピアノ・ソナタ第14番Op.27-2「月光」
平野昭さん
交響曲第4番 Op.60
力強い「運命」などでは知ることのできない、品のよさや自然体なベートーヴェンが聴けます。厳かな序奏のテーマが続いた後、一気にffで活気ある主部が展開する第1楽章、静けさの中にドラマがある第2楽章、力強いモティーフの後に弦楽器と管楽器で交わされる穏やかなフレーズが有名な第3楽章、速いパッセージで奏されるテーマをファゴットが懸命に再現する箇所など聴きどころ。(推薦音源:パーヴォ・ヤルヴィ指揮、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン)
その他のおすすめ:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」Op.47、連作歌曲《遥かな恋人に寄せ》Op.98
久石譲さん
交響曲第8番 Op.93
もっと皆さんに知っていただきたい曲。第1楽章冒頭から心を摑まれます。第2楽章なんてリビングで聴いたら最高です。メトロノーム考案者のメルツェル氏のために作られたといわれていますが、それはともかく、こんなに素敵で可愛い曲はないですから、ぜひ聴いてください。ベートーヴェン自身も気に入っており、キー設定から音の構成まで、本当によくできています。同時期作曲の第7番との違いも面白い。(推薦音源:久石譲指揮、フューチャー・オーケストラ・クラシックス)
その他のおすすめ:交響曲第4番Op.60、交響曲第5番Op.67
沼野雄司さん
ピアノソナタ第18番 Op.31-3「狩」
一見すると柔らかな線の連なりの中に、思わぬシンコペーションが待っているのが魅力ですね。第1楽章はテンポの緩急があるモティーフが魅力的。第2楽章スケルツォは強拍にp、弱拍にsfで強烈に始まり、それが転調しながら展開されていく面白さ。第3楽章はメヌエットらしい可愛らしいメロディ、中間部のトリオは控えめなシンコペーションが楽しめます。第4楽章は6/8拍子でタランテラ風、最後まで軽快に疾走!(推薦音源:『河村尚子 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集2』)
その他のおすすめ:チェロ・ソナタ第4番Op.102-1、弦楽四重奏曲第7番Op.59-1(ラズモフスキー第1番)
大崎滋生さん
『ヨーゼフ2世の逝去を悼む葬送カンタータ』WoO.87
ボン時代、1790年の作。ベートーヴェン作品の一つの重要な系列がこのとき始まりました。皇帝の追悼式用に依頼されましたが、完成は間に合わず(追悼式は音楽なしでとの通達あり)、数か月後に見事な大作に仕上がります。式典とは関係なく、ハイドンの受難音楽『十字架上の七言』の影響下に力試し的に書いたのではないか、と見るのが正解と思われます。この作品の凄さを伝える音源に乏しく、忘れられていた作品。(推薦音源:ティーレマン指揮、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団)
その他のおすすめ:オラトリオ『オリーブ山のキリスト』Op.85、ピアノ・ファンタジート短調Op.77
河村尚子さん
ピアノソナタ第32番 Op.111
最後のソナタですが第1楽章は古典派的に始まります。減7度の音程でこの世の終わりのような落胆を感じさせますが、その後は生命力に満ち、演奏中にもエネルギーをもらいます。古典派とロマン派を想起させる自由さとのギャップが面白いです。第2楽章アリエッタは簡単なメロディを巧みに変奏していき、最高潮に達した後、彼の精神に入り込むような静けさがあり、最後の高音域のエピソードはまさに彼の神経の中枢をついているようにも感じられます。(推薦音源:河村尚子)
その他のおすすめ:チェロ・ソナタ第5番Op.102-2、弦楽四重奏曲第13番Op.130
(「家庭画報 2020年1月号」より)
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