Blog. 「週刊読売 1999年12月19日号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/01/20

雑誌「週刊読売 1999年12月19日号」に掲載された久石譲インタビューです。「宮崎緑の斬り込みトーク」コーナーでの対談になっています。5ページにわたっていろいろな話題が飛び交っています。

 

 

宮崎緑の斬り込みトーク No.182

久石譲さん 作曲家

映画の次は日本語オペラ
ぼくは独自の作品を作りたい

「この曲聴いたことがある」「あの曲、いいよね」。そんな名曲をたくさん、たくさん作ってらっしゃるのが今回ゲストの久石さん。やさしさと、明るさと、希望にみちた曲の数々。それらの曲が、久石さんのお人柄をそのまま映しだしたものだということが、お会いしてみて初めてわかった。

 

宮崎:
幅広いジャンルでご活躍されてますけれど、最近はとくに映画音楽でのご活躍がめざましいですね。宮崎(駿)監督とか、北野(武)監督といった、非常にユニークな監督と一緒にお仕事をされるお気持ちというのは、どのようなものなのでしょう?

久石:
やはり、優れた監督と仕事をさせてもらっているぶん、ぼくひとりで自分の世界を作るより、彼らからインスパイアされたものがすごく大きいと思うんですね。だから、ある意味では共同作業のつもりでいます。

宮崎:
映画を生かすも殺すも音楽次第というところがありますでしょう。

久石:
いや、生かしていただいているという感じだと思いますよ(笑)。もちろん、作曲家なりの自負としては、自分ではこうアプローチするというのはありますけれど、映画に関しては監督のものですよ。監督の世界観からはまったく違うものをつくるわけにはいかないんですから。

宮崎:
でも、監督に言われるままではないのでしょう?

久石:
そうですね。やはり、監督が考えうる範疇の音楽を提出したんではつまらないんですよ。それは監督が考える範囲内でしかないからね。それにプラス必要なのは、それを超えた、「えっ、こういう方法もあったのか」みたいな…。

宮崎:
驚かすような着想をしないといけないのですか。

久石:
もっと大きな世界観というか、普通の人が想像するのとちょっと違うところまでもっていかないと、あのクラスの監督さんは満足しませんね。

宮崎:
戦っているのですね。

久石:
ある意味では戦ってます。

宮崎:
本当の意味でのコラボレーション、共同作業というのでしょうかしら。異質なものを溶け合わせてひとつの新しい生命体をつくるみたいな、そんな捉え方でいいのでしょうか。

久石:
そういうところはありますね。たとえば、悲しいシーンに悲しい音楽だとか、喜んでいるところに明るい音楽を、単純につけていったら何もそこから生まれてこないですから、そういう方法はとらないようにしてます。

宮崎:
とはいっても、悲しいシーンには、悲しい雰囲気を出さないといけないのでしょう?

久石:
でも、どんなときに悲しく感じるかというと、強がり言って口笛を吹いて立ち去っていくシーンのほうがよほど悲しく感じられるときってあるじゃないですか。悲しいといって本当に泣いてる姿を撮るのは、映像としておもしろくないですし、それに寄り添うような音楽を書いてたら、なおさらレベルの低い映画になってしまいますよね。

宮崎:
私、久石さんの作品のなかに、たくさん好きな曲があるんですが、なかでも──すごくミーハーですけれど──「もののけ姫」がすごく好きなんですね(笑)。

 

「もののけ姫」で内面的強さを

 

久石:
「もののけ姫」は作曲に3年ぐらいかかったんですが、自分の中ではとても大事な作品で、実際あれでだいぶ吹っ切れたところがあるんですね。

宮崎:
吹っ切れたといいますと?

久石:
作曲家としてもうひとつ大きな表現というか、強い表現ができるようになったと思うんです。それまではまだ、音楽の大事な要素として、どこかきれいな部分というのが自分の中にあったんですよ。たとえば、メロディーは美しいほうがいいだろうとかね。もちろん、そうではない音楽があることもわかってるつもりなんだけれど、実際、久石譲が音楽をやるときには、なぜかメロディーラインはきれいであって、それで大勢の人に聴いてもらいたいという思いがすごく強かったんですよ。

宮崎:
わりと万人というか、不特定多数が受け入れてくれるような音楽を作る傾向にあったと。

久石:
それがあったんですけれども、「もののけ姫」の時は、そういう表面的なメロディーというよりも、内面的な強さをすごく心掛けて作ったんですね。つまり、作曲家からしてみると、たとえば戦闘シーンがるとするじゃないですか。そうすると、ジョン・ウィリアムズばりの、オーケストラをフルに鳴らした、「どうだ、こんなすごいスコア、見たことないだろう」というのを作りたがるものなんですよ。

宮崎:
作曲家なら「スター・ウォーズ」ばりの、ガンガン響いてくるような音楽をつけたいものなのですか。

久石:
ええ。「どうだ」というのを書きたくなるんですよ。なぜなら、自分の培った技術、音楽性が全部出せそうに感じられるから。だけど、「もののけ姫」に関していうと、そういう雄壮なシーンも極力、弦だけで、レクイエムのように後ろに流すとか、戦闘している人間たちの高揚感というのも、そのままストレートに表現するよりも、そこに至らざるをえなかった悲しさのほうに表現を切り替えるとか、そういうことをすごく考えた作品だったんです。

宮崎:
あぁ、なんとなくわかります。

久石:
音楽的表現というよりも、音楽で何を表すかというか、内面的な面をすごく気をつけるようになった作品で、そういう意味で、自分の中で吹っ切れた部分があったんですね。

宮崎:
削り取っていく作業も大切なのですね。私なんかすごく俗人だから、持ってる力が仮にあるとしたら、全部見せたくなるっていうようなところがありますけれど(笑)。

久石:
音楽家も同じですよ(笑)。

宮崎:
そもそも、どういうジャンルから音楽に世界に入られたのですか。

久石:
現代音楽ですね。まず、驚くものというか、音が鳴った瞬間って「えー」と思うような、未知のものに出会うような感動があるじゃないですか。それがぼくにとっては現代音楽だったんですよ。

それで大学に進んで、ミニマル・ミュージックという、同じパターンを繰り返す音楽に出会って、そっちのほうに進んだんですけれど、もともとは音楽でどういう可能性があるかということをずっと追求していきたかったんです。つまり、木でいうと幹なんですよ。幹を見て美しいって思う人はだれもいませんよね。

宮崎:
まず、いませんね。

久石:
枝があって、葉っぱだとかたわわになって、それではじめてみんな、「ああ、いい木だな」「いい森だな」とかいいますよね。だけど、自分がすごく興味があったのは幹の部分で、音楽にどういう可能性があるのか、たとえば、こんなやり方でも音楽は成立する、そんな音楽をずっとやりたかったんです。

宮崎:
幹でも、力を持って人を魅きつける幹を目指してらしたのですか。

 

聴かせるという気はなかった

 

久石:
いや、魅きつけなくてよかったんです(笑)。

宮崎:
自分だけで愛でていればいいと。

久石:
そうそう。こんな幹もあるぞという可能性を追求することができればよくて、人にうけようという気はまるでなかったんです。

宮崎:
聴かせるということは前提としてなかったのですか。

久石:
それはあんまり興味がなかったです。それよりも、それをやることで次の人たちがそこに枝をつけたり葉っぱをつけていく、そういうパイオニア的な音楽のアプローチにすごく興味があったんです。

だから、現代音楽をやっていた後半では、不確定多数のミュージシャンによる不確定多数音楽という、訳のわからない命題に取り組んでました。

宮崎:
……?

久石:
それはどんな音楽かというと、2人以上なら、たとえば100人でも200人でも演奏できるんです。時間の長さをあらかじめ決めておけば、5分でも1時間半でも演奏できる音楽なんです。

宮崎:
演奏する人によっては全然ちがうわけですよね、そこから出てくる音は。

久石:
そこをどこまで管理するかが重要なポイントなんですよ。自由にやってるようなんだけれど、結果的に出る音は、まったく自分が意図した音でなければ作曲ではないですから。20代はほとんどそういうことをやってました。

宮崎:
それは聴いていて、なかなか難しかったかもしれませんね。心を動かされた人がどれだけいたかというと…。

久石:
いや、だれもいませんでしたね、観客は(笑)。

宮崎:
それから、どういういきさつで方向転換されるのですか。

久石:
自分がやってきたミニマルというスタイルは、海外ではテクノポップ系にすごく影響を与えたんですね。同じパターンを繰り返しますからね。そういうなかで、イギリスなんかに、ブライアン・イーノだとかいろんなミュージシャンが出てきて、実際ぼくらが理屈と理論でがんじがらめになって窮屈でアップアップしていたときに、いともたやすく、そういうのをポップスというフィールドに取り入れてやってるんですよ。それを見たときに、羨ましいという気持ちがすごくあったんです。

宮崎:
久石さんでもがんじがらめで悩まれることがあるのですね。

久石:
それは今でも悩んでますから(笑)。やはり、理屈が先行した世界は、ものを殺しにくいんですよ。

宮崎:
それはすごい表現ですね。

久石:
つまり、現代音楽だと「ねばならない」「してはならない」という禁止事項が増えてくるわけですよ。ところが、人間のイマジネーションとか発想の出だしっていうのはすごく曖昧なわけじゃないですか。「わあ、鳥が飛んでる」という出だしから深めていって、結果それが理論的な武装にいたれば理想なんだけれども、現代音楽の世界だと、出だしにそういうことをつぶしていく作業になるんですよ。

宮崎:
枠をはめてしまうのですか。

 

創作とはイマジネーションだ

 

久石:
そうなんです。それで、とても窮屈になってしまうんですね。でも、創作というのは、基本的にはイマジネーションをどれだけ持っているかがすべてですよね。たとえばコップを見ると、ほとんどの人は「あっ、コップだ」と言いますよね。でも、「いや、花瓶じゃないか」と、同じものを見ても、もうひとつ違った認識ができる、そして思い込める強さみたいなものが創作の原動力になるわけですよ。

宮崎:
それは訓練して得られるものなのですか。それとも、もともと持っている素質なのですか。

久石:
ぼくが考えるには、だれでも持っていると思います。たぶん深層心理だったりとか、奥底にはみんな持ってる。ただ、それが性格だったり環境に左右され、自分で気づかないまんま一生送ってしまう人もいるでしょうね。

宮崎:
久石さんの場合、曲の構想とかメロディーはどういうときに浮かぶのですか。

久石:
場所とか環境よりも、やはり自分の中の問題のほうが大きいですね。仕事の打ち合わせをして、それから長い間自分の中で考えてる時間というのがあって、それが自分にとってはすごく大事なんですね。実際に作業に入ると、ぼくはすごく早いほうで、わっと作ってしまうんです。

宮崎:
書きはじめると、あっという間なのですか。

久石:
ええ。レコーディングもものすごく早いんです。だけど、そこまで行き着くまでの期間が長い。その間いろんなことを考えていて、ポーンと発想が浮かぶ瞬間というのは、ベッドの中だったり、シャワーを浴びているときだったり、ご飯を食べたりしているときとか、そういうときが多いですね。

宮崎:
それまで体の中で発酵させておくのですね。

久石:
おそらく音楽をつくるときでいちばん大事になる核みたいなものがあるんですね。その核みたいなものがひ弱だったときは、どういうふうにデコレーションしても、最終的な仕上がりはだめなんです。だから、この映画の何が核になるのか、それは音だったりイメージだったりするんですが、このへんに迷いが生じてるときはだめです。

宮崎:
それをご自分で納得できるところまで突き詰めるのですか。

久石:
しますね。「こういうイメージだ」とか「これはこうだ」というのが、見える瞬間があるんですよ。それで確信できたら、あとはそれを曲にする作業だけですから。

宮崎:
それは強制的には浮かばないでしょう。ご自分をそういう状態にもっていかれるのですか。

久石:
強制的には浮かばないので、自分を追い込むようにはしますけれどね。

宮崎:
はぁ、それは大変ですねぇ。

 

メインテーマで苦労しますね

 

久石:
往々にして、メインテーマで苦労するケースが多いですね。締め切りが迫っていたりして、やむをえずメインテーマをひ弱なまま作ったときなどは最後まで納得できませんね。

宮崎:
そういうこともあるのですか。

久石:
ありますよ。それはどうしたって全勝するわけにはいきませんから(笑)。

宮崎:
生身の人間が仕事でやってるわけですからね。そういうときはどうするのですか。

久石:
できるだけ早く忘れるように努力してます。

宮崎:
ハハハハハ。そうなんですか。でも、意外にそのほうが世の中でうけたりしません?

久石:
それもたまにあるんですよ(笑)。

宮崎:
これからの音楽人生、大きな目でみて、どういう方向に進んで行こうと思ってらっしゃいますか。

 

日本語のきれいさを伝えたい

 

久石:
まだやりたいりないことがいっぱいあるんですよ。いまだ日々発見していることもありますし、タイムスパンの長い短いにかかわらず、自分の中で解決していかなければいけない、音楽家としての問題は日々解決していかなければならない。

ただ、ぼくのなかで、どうしても日本語と西洋音楽のメロディーが頭の中で一致しないという思いがあるんですよ。その解決さえついたらとっくに、ミュージカルとかオペラをもっともっと書いていたはずなんだけれど、書いてないんですよ。

宮崎:
では、これからはそういった分野にも挑戦していきたいと。

久石:
ぼくはこうやって映画音楽をやってるわけだから、音楽の劇性に関してはそれなりの意見は持ってますし、できるはずなんです。つまり、クラシックの世界でも、モーツァルトにしろベートーヴェンにしろ、みんな歌劇を書いてますでしょ。たとえば、ラフマニノフがいまの時代に生きてたら、絶対映画音楽をやってますよ。映画音楽までやっている自分が、なぜオペラを書かないかというと、やはり日本語がね。日本の創作ミュージカルを見にいくと、ほんとにまいっちゃうんですよ。

宮崎:
それ、わからないでもないです(笑)。

久石:
もうさぶ~っていう感じで、いやなんですよ(笑)。

宮崎:
西洋音楽と日本語と一致させるというのはむずかしいでしょうね。

久石:
(節をつけて)「ちょっと、明日何食べる~」とか言われたら、ほんと帰りたくなりますよね。

宮崎:
ハハハハ。ほんとにねぇ。

久石:
ちょっとやめてくれよ、みたいな感じがしますよ。だから、その問題を解決することがすごく大事で、自分の中ではその答えがちょっと見えだしてるんです。ですから、来年ぐらいに何とか形にしようなかなとは思ってるんですよ。

宮崎:
そのときには、日本語を捨てて歌劇を作るのではなくて、あくまで日本文化にこだわるのですか。

久石:
捨ててはだめなんですね。ぼくはよく、ボーカルを使う曲を作るとき、歌詞を英語に直したりするんですよ。英語のほうが作曲が楽だから。でも、やはり最後は、純正の日本語でしっかりしたものを残したい。「あぁ、日本語ってこんなにきれいだったんだ」と思えるような、自分のメロディーと日本語を一致させる方法を考え出したいんです。

宮崎:
久石オペラの誕生、心待ちにしておりますわ。きょうはありがとうございました。

(構成・二居隆司)

 

緑の眼

「久石」芸術のコラボレーションは、ぴったり親しい間柄ではなく、ぴんと緊張した関係からこそ生まれると、よくわかります。

あれだけ宮崎駿監督作品や北野武監督作品に欠かせない存在でいらっしゃるのに、プライベートなお付き合いはほとんどないのだそうです。従って、お仕事以外の「お顔」も知らない、とのこと。

とはいえ、お互いに知り尽くしているからこそ、ああいう作品が生まれるのでしょうけれど。この辺りの割り切り方が久石さん流なのですね、きっと。

目の前にいらっしゃる久石さんは、外界との輪郭をくっきりつけずに、何事も受け入れてしまう、という感じの柔軟さをたたえて、穏やか、にこやかでした。あの独特な久石ワールドの秘密を垣間見たような気がしました。

(「週刊読売 1999年12月19日号」より)

 

 

Blog. 「音楽の友 2021年1月号」 特集:オーケストラの定期会員になろう2021 久石譲インタビュー 内容

Posted on 2021/01/13

クラシック音楽誌「音楽の友 2021年1月号」の特集II「オーケストラの定期会員になろう2021」内で、久石譲インタビューが掲載されました。2021年これからの新日本フィルハーモニー交響楽団とのコンサートについて語られています。

 

 

特集II
オーケストラの定期会員になろう2021

(山田治生/池田卓夫/二宮光由[大響]/池田卓夫/山口明洋[大フィル]/尾高忠明/広上淳一/藤岡幸夫/奥田佳道/川瀬賢太郎[神奈フィル]/片桐卓也/久石 譲[新日フィル]/石丸恭一[東フィル]/下野竜也&井形健児[広響])

1月号恒例の「オーケストラの定期会員になろう」、今年は6つのオーケストラが参加、2021年シーズンを紹介する。特別編として、尾高忠明、広上淳一、藤岡幸夫の3指揮者が参加した座談会(鼎談)を掲載。

 

2020年はオーケストラにとっても受難の年だったのではないだろうか。3~5月は感染防止の自粛のためほぼ演奏活動ができず、配信などを通じてかろうじて動いていた団体も多い。さて、迎えた2021年、オーケストラにとって再出発のシーズンとなる。今年は6団体が参加、それぞれの団体の次シーズンについて語っていただいた。

(*以後、久石譲ページのみ抜粋)

 

新日本フィルハーモニー交響楽団
Composer in Residence and Music Partner 久石譲

楽団創立50周年記念シリーズが幕開け

取材・文=山田治生

新シーズンの開幕を久石譲が指揮

2020年9月、久石譲は、新日本フィルハーモニーのComposer in Residence and Music Partnerに就任した。久石は、1991年に同フィルと初共演し、2004年からは新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ(スタジオジブリ映画で使われた久石作品などを中心に演奏)の音楽監督を務め、共演を重ねている。

「新日本フィルはオーケストラとしてとても品のよい音がします。僕は、新日本フィルの育ちの良い、温かい音がすごく好きなのです。彼らとは現代的なアプローチもずいぶんいっしょに行ってきましたが、新日本フィルは、時代の先端を走るオーケストラであったし、これからもそうあると思います」

そして、新日本フィルが音楽監督不在となる来季、久石は、2021/2022シーズン開幕となる9月定期演奏会の指揮を担い、マーラー「交響曲第1番《巨人》」を振るとともに、みずからの新作初演で楽団創立プレ50周年記念シリーズのオープニングを祝する。

「新作は、マーラー『交響曲第1番』と一つの世界が作れるような音楽にしたいと思っています。マーラー『第1番』とバランスがとれるような20~30分の曲を考えています。創立50周年ということで、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』のようにオーケストラの機能を最大限に発揮でき、いつでも演奏されるような、オーケストラ作品にしたいですね」

2022年4月のすみだ名曲シリーズも指揮し、再来年度からは久石ならではの新たなコンサート・シリーズも企画している。

「新しいコンサート・シリーズでは、現代の音楽と古典の音楽を同じプログラムで演奏し、クラシックの名曲を現代の視点からコンテンポラリーなアプローチでリクリエイトしたいと思っています。状況が許されるなら、新日本フィルとは、マーラーやブルックナー、《春の祭典》のような大きな編成のものをきちんと形にしたいですね」

 

変わっていく新日本フィルを目の当たりに

現在、新日本フィルではいくつかのパートで首席奏者の欠員が問題となっている。

「われわれの音を聴いてもらうためには、各セクションの首席奏者を早い時期にととのえること。いちばん考えなければならないのは、お客さまのことです。自分たちの最高のものを提供してお客さまに聴いていただくことを最優先事項と考えるならば、できるだけ早く問題を解決するべきです。僕は音楽的なアドヴァイスをする立場ですが、こういう状況なので最大限協力したいと思っています。そして元気なオーケストラになること。2021年夏ごろまでに諸問題を解決して、変わっていきます。お客さまのために、練ったプログラムを作り、真剣に演奏する。いま、定期会員になるとお得ですよ。変わっていく新日本フィルを目の当たりにすることができますから。熱気のある演奏がいっぱい繰り広げられるので、会員になられると楽しいと思います」

新日本フィルでは、2021年9月にプレ50周年記念シリーズがスタートし、小泉和裕、井上道義、佐渡裕、クリスティアン・アルミンク、インゴ・メッツマッハーら、これまで新日本フィルでポストを持っていた指揮者が登場する。そして、2023年4月に新しい音楽監督が就任する予定である。

(「音楽の友 2021年1月号」より)

 

 

目次

特集I
ウィーン・フィル、日本ツアーのすべて~奇跡の来日を追いかける!

(寺西基之/渋谷ゆう子/寺西肇/加藤浩子/ヴァレリー・ゲルギエフ/池田卓夫/奥田佳道/高山直也/山田真一/片桐卓也/山田治生/堤 剛/金子建志/折井雅子/白川英伸)
来日の5日前に発表されたウィーン・フィルの来日。さまざまな話題を呼び、2020年のコロナ禍における日本のクラシック音楽シーンのハイライトとなったツアーを、入国から最終日まで追いかけた。

特集II
オーケストラの定期会員になろう2021
(山田治生/池田卓夫/二宮光由[大響]/池田卓夫/山口明洋[大フィル]/尾高忠明/広上淳一/藤岡幸夫/奥田佳道/川瀬賢太郎[神奈フィル]/片桐卓也/久石 譲[新日フィル]/石丸恭一[東フィル]/下野竜也&井形健児[広響])
1月号恒例の「オーケストラの定期会員になろう」、今年は6つのオーケストラが参加、2021年シーズンを紹介する。特別編として、尾高忠明、広上淳一、藤岡幸夫の3指揮者が参加した座談会(鼎談)を掲載。

●[Interview]鈴木優人―仲間とともに、革新的でより多彩な音楽活動を(伊熊よし子)
●[Report]鈴木優人が率いる、生き生きして勢いあるヘンデル《リナルド》(山田治生)
●[Interview]ヨーヨー・マ―コロナ禍という嵐のなかでの演奏活動(小林伸太郎)
●[Report]東京芸術劇場で野田秀樹演出、井上道義指揮によるモーツァルト「《フィガロの結婚》~庭師は見た!~」が再演(山田治生)
●[Report]日生劇場《ルチア~あるいはある花嫁の悲劇》―感染症対策のため、ルチアの一人芝居に翻案(萩谷由喜子)
●[Report]世界の現状に対する危機感を描き出した、新国立劇場《アルマゲドンの夢》(山田治生)
●[告知]読者招待イヴェント「ふかわりょうのクラシックの友」
●[連載]マリアージュなこの1本・番外編名曲レシピはお好き?(8) ―ショパン「マズルカ第51番」(伊熊よし子)
●[連載]林家三平の古典音楽(クラシック) でど~も・すいません! (16)(林家三平)
●[連載]カメラマンリレー連載「舞台カメラマンの回想 ―私が出会ったアーティストたち」(8) ―広上淳一、佐渡 裕(大窪道治)
●[連載]コバケンのタクト(10)(千葉 望)
●[連載]ベートーヴェン的な、余りにベートーヴェン的な(16)~〈ゲスト〉クリスティアン・ベザイデンホウト(fp)(越懸澤麻衣)
●[連載]IL DEVUの重量級・歌道(18)(河野典子)
●[連載]誌上名曲喫茶「まろ亭」―亭主のメモ帳から(25)~ NHK交響楽団第1コンサートマスター篠崎史紀の偏愛案内 サン=サーンス「交響曲第3番《オルガン付き》」(篠崎史紀)
●[連載]東音西奏 ! ―QBT冒険記(4)(クァルテットベルリン-トウキョウ)
●[連載]和音の本音―ショパンとともに(5)(清水和音/青澤隆明)

ほか

 

 

Blog. 「サンデー毎日 1992年9月20日号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/01/12

雑誌「サンデー毎日 1992年9月20日号」に掲載された久石譲インタビューです。6ページに及ぶ誌面ですが、インタビューメインというよりは作家による随筆構成となっています。久石譲の生い立ちから作曲家までの具体的な経緯をまとめたとても貴重な内容です。

 

 

連載
ノンフィクション作家シリーズ
人間・語り出す肖像

第42回
売れっ子メロディー・メーカー
久石譲(41)

西山正

Prologue
四歳のときだった。楽器店の前を通りかかった。そこで、バイオリンを見た。この楽器を弾けるようになりたい、と思った。父に頼んで、町にあった鈴木慎一バイオリン教室の分室に通い出した。

物心ついたときから、音楽には絶えず触れていた。クラシック、歌謡曲、童謡……ジャンルを問わず、朝から晩までレコードをかけては聴いていた。音楽と共にあることが、自然だった。そんな幼年時代。

父は高校の化学教師だった。その父に連れられて、毎週、映画館に通った。父の趣味が映画だったのではない。勤務先の高校の生徒が映画館の中にいるかどうかを確認する役目だったのだ。活劇、恋愛もの、文芸作品、喜劇……これもジャンルを問わず、週二本、次から次へと見た。

音楽と映画とにどっぷりとつかって過ごした幼い日々。すでに、何かが、始まっていた。

 

豚も空飛ぶミニマル・ミュージック
メロディアスな風から君はもう逃れられない

 

1st movement
中学三年生のとき、作曲家になろうと決めた。すでにある譜面を演奏するのも音楽家だが、いまだこの世にない譜面をつくり出すのも音楽家。再現芸術ではなく、創造音楽。そのほうがより素晴らしく思えたのだ。

高校に進学して、ブラスバンド部に入部した。たまたまトランペットに欠員があった。試しに一口吹いてみたら音が出た。翌日からレギュラー部員、次の年には一番トランペットを吹いていた。

高校時代から作曲の勉強を始めた。国立音楽大出身の先生についてピアノの基礎、さらに月二回、上京して和声学、対位法など作曲法のレッスンに励んだ。このころから現代音楽に熱中し始めた。武満徹、黛敏郎、シュトックハウゼン、メシアン、ジョン・ケージ……音楽的な知の最前線を行く作曲家たちの作品に好んで親しんだ。

当然のことのように、国立音楽大学の作曲科に進学した。高校は男子校だったので、女子学生の数の多さに驚いた。作曲科のクラスは一学年二十人。ここでも女性のほうが多かった。与えられた課題を数学のパズルを解くようにこなす。そんな教室での日々のかたわら、オペラの作曲を試みた。矢代静一原作の「海の陽炎」。ギリシャ悲劇ふうの素材だった。自ら脚本を書き、十二音技法を使った現代オペラに仕立てあげた。マルメロ座という名の創作オペラの会が、学内の講堂で上演した。

三年生のときには、自ら企画してコンサートを開いた。学内、学外の現代音楽作曲家に依頼して作品を集め、演奏した。自作曲も発表した。学内の先生たちから一目置かれる存在となり、「きみは授業に出なくてもいい。いるとうるさいから」といわれた。リムスキー・コルサコフの管弦楽法を教える先生に「あなたは古い。現代の音楽は……」と盾つくような学生だったのだ。そこで教室にはあまり顔を出さず、創作した作品を学外のコンサートに発表したりして時を過ごした。当時の代表作はフルート、バイオリン、ピアノの三重奏曲「メディア」。むろん最前衛の無調音楽だった。

卒業と同時に、ピアノ科の同学年生、文女(あやめ)と結婚。二人でピアノ教師をして暮らした。当時の月収は四万~五万円、食うや食わずの生活だったが、苦しいとは感じなかった。音楽は四歳のときからの夢。これも当然、という気持ちだった。出航というよりも漂流。だが音楽と共にある漂流。苦しいわけがない。

 

2nd movement
そんな二十歳代のとある日、友人の家でとある輸入盤レコードを聴いて、大きなショックを受けた。アメリカの現代音楽作曲家テリー・ライリー作曲の「A Rainbow in Curved Air」。ディレー・エコーを使ったオルガン曲で、同一のフレーズを執拗に何度も何度も反復する。

当時、最前衛とされていた「ミニマル・ミュージック」の一曲だった。むろん初めて耳にする音楽だった。

ミニマルとは、極小の意味だ。極小音楽、いったいどんな音楽なのか?

実は、美術が音楽に先行していた。ミニマル・アート。このアートを生んだ思想が、音楽の世界にも波及して生じたのが、ミニマル・ミュージックなのである。

現代美術の解説書を開く。こんな解説が記されている。

「感情の表出をできる限りおさえる。笑ったり泣いたりもしないし観客に伝えるべきメッセージもない。最小限の表情、けちけち・アート、これが最小限芸術、すなわちミニマル・アートである。(中略)ミニマル・アートの特徴は、画家の手作業を感じさせない均質で無表情な仕上げと、シェイプト・キャンバスと呼ばれる長方形や正方形ばかりでないさまざまな形のキャンバスの使用にあった。画家は色と形を決定したあとは、作業をした形跡を残さないように十分に注意している。絵画という物体を純粋に作りだそうというのだから、画家の仕事ぶりが見えては不都合なのである。(中略)ミニマル・アートは抽象表現主義の思わせぶりな迷彩模様への反抗から出発していた。だから、主観性、情緒性、即興性といったものを嫌ったのであった。このあたりの主知主義的な態度は、モンドリアンなどの幾何学抽象と血のつながりを感じさせる」(若林直樹著『現代美術入門』から)

ミニマル・アートが生まれたのは一九六〇年代のことだった。ベトナム戦争が泥沼化していた。既成の価値への信頼が崩壊し、若者たちの反乱が世界的に広がった。芸術家たちもまた既存の”伝統”を拒絶して、瞬間的な行為そのものへと表現作業を収斂していく。そんな土壌から発生したミニマル・アートは、ついには芸術家という概念を全否定し、芸術の無名性という逆説の中に芸術の普遍性を見いだそうとするに至る。そんな時代精神が、音楽家たちをもとらえた。

ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーブ・ライヒ、フィリップ・グラスといったアメリカの若い作曲家たちが創始したミニマル・ミュージックは、切りつめられた素材への集中、短い旋律とリズム・パターンの執拗な反復、停滞する和声、緩やかなそれらの変形……といった手法によって、従来の音楽が持っていた全体的構造を骨抜きにし、瞬時の音の鳴り響きそのものへと意識を集中させる音楽だった。

ある意味では単調。ある意味では退屈。だがよく聴いてみると、アジアやアフリカの民族音楽の中にも同様の技法や効果をもった音楽がすでに存在していることがわかる。作曲家たちはそうした音楽を学んで技法を豊かにすると共に、最新の音響機器──とりわけテープの操作(ループ、フィードバック、複数のプレーヤー間の回転数の微小な相違が生む位相のずれなど)によって新しい技法を開発していった。その意味ではまぎれもなく科学技術時代の”現代音楽”ではあった。

この音楽に初めて触れて衝撃を受けた若き日本の作曲家は、この新しい音楽を実践していくアーティストになろう、とたちどころに決心した。この技法による音楽を実作するとともに、ライヒやグラスの作品の日本初演コンサートを開いたりした。

高校・大学時代は、学園紛争の嵐が吹き荒れていた。人並みの関心を持ちはしたが、政治闘争にはかかわらなかったこの音楽青年が、こんなにも深くミニマル・ミュージックにのめりこんでしまったのは、やはりあの反体制的な六〇年代の時代精神のとりこになったということではなかろうか。

「ところが、当時の最前衛のロックが、ミニマルと全く同じ技法の音楽をつくり出していたんですよ。いわゆるクラシックのほうからえんえんと上りつめてきた坂の頂点で、ロックの坂を上りつめてきた連中とバッタリ出会ってしまったという感じでね。顔見合わせて、いったいどこが違うの? そんな感じでした」

当時をふりかえって、久石譲は、そういった。そして、ミニマル・ミュージシャンとして生きていたそんな青春のある一日、突如として「明日からはポップスでいこう!と決心した」とも。

当然かもしれない。ミニマル・アートが自己否定の芸術だとすれば、自己否定の行きつく先、なおも時代の中で生きなければならぬとしたら、自己蘇生、すなわち古典的創造活動をする作曲家となるしかないのだから。

音楽はすでに大量消費の時代に入っていた。ミニマル・ミュージックもまた、多様な音楽技法の一つとして時代の中に拡散した。

「Curved Music」というタイトルのCDアルバムがある。久石がミニマルの技法を使って書いたCF音楽集だ。日立、日産、キャノン、小西六、資生堂などのCM音楽が入っている。今聴いても、実に刺激的だ。

 

3rd movement
いわゆるクラシック音楽の世界に、息がつまるような思いを感じ始めてもいた。自作発表の機会も一年に一回、あるかなし。聴衆の数もさして多くない。ミニマル・ミュージックに必要なリズム感にあふれた演奏家の数も少ない。その点、ポップスの世界のほうが、ひろびろとしたコミュニケーションの回路をもっているように思えたのだ。

「ただし、ポップスの世界は、売れなくては正義じゃない。それなら、売れてやる! と決心したんです。売れるまでは、どんなことがあっても弱音をはくまい、と肝に銘じたんです」

意志の力が成功を引き寄せた。以下、成功にいたるまでの久石譲の足どりを年譜ふうに──。

1981年
初ソロ・アルバム「インフォメーション」を発表。ジャンルにとらわれない独自のスタイルを確立。

1984年
「風の谷のナウシカ」「Wの悲劇」などの映画音楽を担当、注目を浴びる。

1985年
アルバム「α-Bet-City」。

1986年
「天空の城ラピュタ」の映画音楽。アルバム「Curved Music」。

1987年
「となりのトトロ」の映画音楽。この間、CM音楽の分野でも大きな実績をあげ、超一流の作曲家・プロデューサーとしての地位を確立。

1988年
IXIAレーベルを設立。アルバム「Piano Stories」「Night City」「Illusion」。

1989年
「魔女の宅急便」の映画音楽。NHKの特集番組「驚異の小宇宙・人体」の音楽。ニューヨークでソロ・アルバム「Pretender」を完成。二月の草月ホールを皮切りに本格的コンサート活動を開始。

1990年
「タスマニア物語」の映画音楽。東芝EMIとソロ契約。ロンドンのアビー・ロード・スタジオでアルバム「I AM」を完成。

1991年
「ふたり」「福沢諭吉」「あの夏、いちばん静かな海。」などの映画音楽。「I AM」の発表と同時に本格的ライブ・コンサート・ツアーを開始。

1992年
フジテレビのドラマ「大人は分かってくれない」の音楽。「はるか、ノスタルジィ」「紅の豚」の映画音楽。東芝EMI移籍後第二作のソロ・アルバム「My Lost City」発表直後の二月から五月にかけて、東京、名古屋、大阪でコンサート活動。

「彼は不思議な音楽家だ。映画音楽、アレンジャー、TV・CF、プロデューサー……ポップなヒットソングからアバンギャルドな領域まで、活躍するフィールドは広く、変化に富んでいる。その多彩な才能の中でも、ひときわ際立っているのは、彼の書きげた独特のメロディー・ラインではなかろうか?

久石メロディー……ある時はTV・CFであったり、ある時はTVドキュメント番組のBGMであったりするが、そのいずれもが彼ならではのメロディー・センスで息づいている。ポップでいて正統的。メロディアスなのにアバンギャルド。優しいのに、どこか過激……久石譲は風の流れを感じさせる音楽家なのだ」

東芝EMIの担当ディレクター・三好伸一の久石評である。そんな久石を一言で定義するのは難しい。作曲家であり、演奏家であり、優れた企画能力をも備えたマルチ音楽人間、といっただけでは、何かが欠けているようなのだ。

八〇年代からいま九〇年代にかけて、久石メロディーは、超消費大国日本の時空間の中に絶えず流れ、漂い続けていた。

漂うメロディー、漂う人間──。

彼の最新・ソロ・アルバム「My Lost City」の中に「漂流者」と題する一曲がある。解説カードの曲名のかたわらに彼はこんな言葉を書き記している──「都市の漂流者。行く場所さえない心のさすらい人」。

成功への道を足どり軽く上ってきたように見えながら、久石の心は絶えず漂流感覚にゆさぶられ続けていたのだろうか? だからこそ彼のメロディーは、同時代の都市生活者たちの心に共鳴作用を喚起するのだろうか?

このアルバムには「フィッツジェラルド頌」という副題がついている。スコット・フィッツジェラルド。華々しいデビューのあと落魄し、四十四歳で世を去った今世紀初頭のアメリカ作家。その生の軌跡に久石は自分をオーバーラップさせているのかもしれない。

 

4th movement
「初めて打ち合わせしたとき、びっくりしたんです。宮崎駿監督も一九二〇年代に興味をもっていたのか! と──「紅の豚」の舞台は一九二〇年代の末期。ぼくも以前から一九二〇年代に関心をもっていて、たまたま製作中だったソロ・アルバムも、一九二〇年代をテーマにしたものだったんです。あの時代への単なるノスタルジーではなく、現代に通じる何かをあの時代に感じとる敏感な嗅覚なようなものを、宮崎さんも持っていた。偶然の一致なんですが、そのことに驚きました」

宮崎アニメの映画音楽を担当するのは、これで五作目になる。が、その間、たがいに一九二〇年代への関心を口にしたことは一度もなかった。

この夏、大ヒットした「紅の豚」の舞台は、一九二〇年代末期の地中海。かつてイタリア空軍のエースだった男が、”国家の英雄”になることを拒み、自分で自分に魔法をかけて豚になる。一方、同じように食いつめた空軍くずれの男たちは、海賊ならぬ”空賊”となって地中海を荒らし回っていた。豚男は賞金かせぎとなって彼らと戦う。”空賊”たちはそんな男を、ポルコ・ロッソ(紅の豚)と呼んで恐れた──飛ばねえ豚はただのブタだ。そんなセリフが、若いアニメファンばかりでなく、くたびれかけた中年男の脳味噌をも刺激して、映画館に幅広い年齢層の観客をひきよせた。

映画の中で、修理が飛行艇を工場から外へ出すシーンがある。早朝。工場の周囲には秘密警察沙汰。が、果敢な操縦で、艇はみごと脱出に成功する──この手に汗にぎる場面のバックに流れるのは、初打ち合わせのときに製作中だった久石のソロ・アルバム「My Lost City」中の一曲「狂気」である。宮崎監督のたっての希望でこの曲を使った。あとはすべて久石のオリジナル曲である。

一九二〇年代を背景に、宮崎駿と久石譲をつなぐ共通の要因が「狂気」であるというのは、何かしら暗示的ではなかろうか?

久石にとっての一九二〇年代とは、まずもってフィッツジェラルドの時代、ということだ。だから、アメリカの一九二〇年代。禁酒法で開幕し、ウォール街の大暴落で幕を閉じるこの十年間は、アメリカが史上空前の物資的繁栄に酔った時代だった。

「それは約半世紀前の金ピカ時代を一層大衆化したようなものだったが、保守政権が続き、汚職がはびこり、誰もが自動車を持ち、株ブームや土地ブームが続き、建築競争が始まり、大勢の若者が大学の門に殺到し、老いも若きも海外旅行に熱中する──ということになれば、たいていの人は気がつくだろう。高度成長を終わったあとの日本、とくに一九八〇年代の日本と、どうやらただごとならず似ているのを」(猿谷要著『物語・アメリカの歴史』から)

二十四歳で文壇にデビュー、一躍流行作家となったフィッツジェラルドは、この時代の寵児だった。莫大な収入を派手に浪費し、一貫して無軌道な生活を送った。が、大恐慌を境に三〇年代にはいち早く”忘れられた作家”となり、四〇年の十二月、長編を執筆中、心臓発作で息を引きとった。

「ある時期、村上春樹の小説を熱中して読みあさったことがあるんです。そうしたら、急にフィッツジェラルドの作品を読み返してみたくなった。前に『華麗なるギャツビー』やいくつかの短編は読んでいました。その時にはこれといった印象はなかったのに、読み返してみると、今度は実に面白い。もう一人の作家の目を通してある作家の本質が見えてくるなんてことがあるんですね」

というのが、一種、奇妙な久石のフィッツジェラルド体験である。いちばん好きな作品は、彼の自伝的エッセーだという。

「彼が味わった栄光と挫折、憧れと絶望がニューヨークという街とのかかわりの中で語られているすばらしいエッセーです。ぼくの琴線に最も触れた作品でした」

そのエッセーのタイトルを「My Lost City」という。それがそのまま久石のアルバムのタイトルとなたのだ。一九二〇年と一九八〇年が、このアルバムの中で混じり合い、甘く、どこか哀しい響きを立てている。

この秋から、久石は、ロンドンに居を移す。むろん、日本での仕事もあるから行ったり来たりの生活になるのだが。

「そろそろ安住の地をさがして動き出さなくては……そして、自分を変えたいと……」

ポツリと、漂流者は、もらした。

二年後──そう、フィッツジェラルドが没したその年齢で、久石はどんなふうに生きているのだろうか? 誰にもわからない。だから、この肖像は、未完だ。

(サンデー毎日 1992年9月20日号 より)

 

 

Blog. 「ハウルの動く城 サウンドトラック」(LP・2020) 新ライナーノーツより

Posted on 2020/12/03

2020年11月3日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」の2作品のイメージアルバム、サウンドトラックに、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。

 

 

宮崎駿監督と久石譲のコラボレーション8作目『ハウルの動く城』は、これまでの作品同様、最初にイメージアルバム(イメージ交響組曲『ハウルの動く城』)が制作され、本編用スコアにも登場することになる幾つかのテーマが事前に作曲された。本盤収録曲で言えば《秘密の洞穴》と《星をのんだ少年》(イメージ交響組曲では《ケイヴ・オブ・マインド》)、《荒地の魔女》(イメージ交響組曲では《魔法使いのワルツ》)、《魔法の扉》(イメージ交響組曲では《動く城の魔法使い》)、《陽気な軽騎兵》(イメージ交響組曲では《ウォー・ウォー・ウォー》(War War War)》)、《星の湖へ》(イメージ交響組曲では《動く城》)、《サリマンの魔法陣》(イメージ交響組曲では《暁の誘惑》)などが、それらのテーマに当たる。しかしながら、これまでの方法論と異なり、事前に作曲されたテーマ素材は三管編成の管弦楽曲、すなわちコンサートでそのまま演奏可能な交響組曲として録音された(映画公開翌年の2005年夏、久石は新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラを指揮してイメージ交響組曲を全曲初演している)。しかも驚くべきことに、本編用スコアの要となるメインテーマの素材は、イメージ交響組曲にはいっさい含まれていない。メインテーマは、イメージ交響組曲完成後、久石が新たに書き下ろしたワルツ主題に基づいて作曲されている。こうした点において、本作のスコアはこれまでにない異色のアプローチで作曲された音楽と見なすことが出来るだろう。

「スタンダードなオーケストラにないものを音楽の中に持ち込んで、新しいサウンドにチャレンジするという実験は、『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』でひとしきりのことはやり尽くした感がありました。それに対して『ハウルの動く城』は、舞台がヨーローッパということもありましたので、それならば逆に伝統的なオーケストラにこだわろうと思ったんです。三管編成、つまり90人前後の編成をフルに用いて宮崎作品の音楽を書いたのは、これが最初だと思います。ただし、それを映画の中で真剣に鳴らしてしまうと、音楽が出しゃばり過ぎてしまう場合が出てくる。そこで『これは映像に付ける音楽ではなくて、あくまでも音楽として完成させますから、必ずしも映画の参考にはなりませんよ』と宮崎監督にお断りしてから作ったのがイメージ交響組曲だったんです。映画全体の音楽設計に関して、宮崎監督は最初から非常に明快な方針を打ち出されていました。つまり『主人公のソフィーという女性は18歳から90歳まで変化する。そうすると顔がどんどん変わっていくから、観客が戸惑わないように音楽はひとつのメインテーマにこだわりたい』と」

2004年2月、宮崎監督との音楽打ち合わせで「ひとつのテーマ曲だけで」という要望を伝えられた久石は、メインテーマの候補となる楽曲を3曲作曲。宮崎監督と鈴木敏夫プロデューサーの前で久石自身がピアノ演奏した結果、2番目に弾かれたワルツの楽曲を宮崎監督がその場で選択した。このワルツ主題は、のちに宮崎監督によって《人生のメリーゴーランド》と命名されることになる。

「これは非常に不思議なんですが、イメージアルバムを作曲した時、実は最初に作った4拍子の曲があるんです。その段階では少しメロドラマ的過ぎると感じたのでボツにしたのですが、あとで気が付いたら、メロディの最初の部分もコード進行も、のちに作曲することになった《人生のメリーゴーランド》と同じ。その4拍子の曲を無意識のうちに3拍子に変えたものが、『人生のメリーゴーランド』だったんです。《人生のメリーゴーランド》を作曲した時は、『あの4拍子の曲を3拍子のワルツに直そう』とは意識していなかったんですよ。ボツにした4拍子の曲をすっかり忘れてしまってから、《人生のメリーゴーランド》を新たに書き下ろし、宮崎監督に選んでいただいた後、しばらく経ってから4拍子の曲を聴き直したら、『ああ、これが3拍子に変わっただけじゃないか』と初めて気が付いた。つまり4/4拍子のリズムで普通に演奏したらロマンティックすぎるというか、ベタなメロドラマになってしまうような素材が、ワルツという3拍子にすることで表現が浄化されたわけです。『ハウルの動く城』も基本的にはメロドラマに属していますが、宮崎監督らしく、非常に上質なメロドラマとして作られています。音楽も、それに見合った”メロドラマの波動”がなければいけませんが、それを4拍子でベタに表現すると、下品になってしまう。しかし、ワルツという3拍子を用いたことで、4拍子の時にあったベタベタした情感が削ぎ落とされた。そこが、一番重要な点だと思います」

映画音楽の作曲において、久石は「映像と音楽は対等であるべき」というスタンスを貫き続けている作曲家である。どのように”対等”であるべきか、実際の方法論はケース・バイ・ケースで異なってくるが、本作の場合は「ワルツという3拍子を用い」「4拍子の時にあったベタベタした情感」を削ぎ落としたことで、映像と音楽の”対等”を実現したと見ることが出来るだろう。このあたりの久石のバランス感覚は本当に見事としか言いようがない。

しかしながら、本作のスコアで真に驚嘆すべきは、そのワルツ主題のメインテーマに様々な変奏を加えることで──ソフィーが汚れ放題の部屋をホウキがけするシーンの《大掃除》であろうが、ソフィーたちが王宮からフライングカヤックで脱出するシーンの《城への帰還》であろうが──すべて同一のワルツ主題から音楽を紡ぎ出した点にある。クラシック流の言い方を用いれば、本作のスコアは「《人生のメリーゴーランド》のワルツ主題に基づく交響的変奏曲」として書かれているのである(本盤収録曲の実に半数以上がワルツ主題の変奏で作曲されている)。

それぞれのシーンの内容や性格に応じた多彩な変奏技法の素晴らしさもさることながら、ここで是非とも指摘しておきたいのは、久石がいくつかのシーンに限ってワルツ主題をピアノ演奏することで、ワルツ主題に”愛のテーマ”の役割を与えているという点だ。

本編の中でワルツ主題がピアノで提示される《-オープニング- 人生のメリーゴーランド》以降、最初にピアノがワルツ主題をメインで演奏するのは、ソフィーが路面蒸気車に乗って帰宅するシーンの《ときめき》だが、楽曲名が端的に表わしているように、ここでのワルツ主題はハウルに対するソフィーの恋の芽生えを暗示している。次にワルツ主題がピアノで登場するのは、眠りについているソフィーの様子をハウルが窺うシーンの《静かな想い》だが、音楽はハウルの心情の変化──まだ恋愛感情には至っていないが──を仄めかしている。さらにピアノがワルツ主題を演奏する《恋だね》のシーンでは、ソフィーの恋愛感情を見抜いた荒地の魔女「あんた さっきからため息ばかりついてるよ」というセリフをつぶやく。

以上の例からわかるように、ピアノという楽器の選択は物語全体を貫く”メロドラマ”と密接に関連付けられている。もし、上記のシーンでワルツ主題を三管編成のたっぷりとした弦で鳴らしてしまったら、それこそベタベタした情感がまとわりついてしまうだろう。叙情的でありながら、シンプルなピアノのソロで鳴らすから”上品なメロドラマ”になる。そうした楽器用法における繊細な匙加減も、実に見事である。

もうひとつ、このワルツ主題に関して指摘しておきたいのが、視覚的な側面からも物語的な側面からも、『ハウルの動く城』という作品自体が当初からワルツ形式によるメインテーマを欲していたのではないか、という点である。

ワルツ主題がオーケストラで初めて壮大に演奏される《空中散歩》の最後、ソフィーと共に空中散歩を終えたハウルが去ると、カメラはチェザーリの店の上の階のベランダに残されたソフィーから、店の前の広場で踊る人々にトラッック・バックする。その場面(カットナンバー 72)を『スタジオジブリ絵コンテ全集14 ハウルの動く城』(徳間書店)で確認してみると、「チェザーリの店の前の広場でクルクルとおどる人々」という宮崎監督の説明が書き込まれている。完成された本編を見てみると、人々はメヌエットを踊っているようにも、あるいはワルツを踊っているようにも解釈出来るが、「クルクル」という説明から、おそらく宮崎監督はワルツを想定していたのではないだろうか。というのは、男女が対になって踊る舞踊形式の中でも、とりわけワルツ形式は「クルクル」回る円環運動を容易に連想されるからである。

宮崎監督が《人生のメリーゴーランド》の音楽的特徴、つまりワルツ形式の”円環性”をことのほか強く意識していたのは、楽曲名に”メリーゴーランド”(古い表現を使えば回転木馬)という単語を選んだ事実が証明している。ただし、宮崎監督は単に舞踊としてのワルツの”円環性”を”メリーゴーランド”という表現に置き換えたのではない。物語全体を構成する”円環性”、つまり、荒地の魔女の呪いが解けたソフィーが18歳の姿を”回復”し、失われていた心臓をハウルが”回復”するという”円環性”を、”メリーゴーランド”という表現に喩えていたのではあるまいか。それこそが《人生のメリーゴーランド》という楽曲名の意味するところであり、ひいては本作のメインテーマがワルツ主題でなければならなかった最大の理由でもある。宮崎監督と久石のコラボレーションにおいて、映像と音楽がこれほど厳密に対応しながら、ひとつの世界観を作り上げた例を、筆者は他に知らない。

本盤の最後に収録された《-エンディング- 世界の約束~人生のメリーゴーランド》では、木村弓作曲・谷川俊太郎作詞の《世界の約束》(ヴォーカルはソフィー役の倍賞千恵子)を久石による編曲で演奏した後、久石のピアノとフル・オーケストラの演奏が《人生のメリーゴーランド》を再現し、文字通りの大団円を迎える。

※「」内の久石の発言は、筆者とのインタビューに基づく。

前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター
2020/8/6

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

ハウルの動く城/サウンドトラック

音楽:久石譲 全26曲

主人公ソフィーの声を担当した倍賞千恵子が歌う主題歌「世界の約束」ほか、映画で使用された楽曲を収録したサウンドトラック。

品番:TJJA-10030
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット
(SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面には、音がはいっておりません。)
(CD発売日2004.11.19)

 

Blog. 「千と千尋の神隠し サウンドトラック」(LP・2020) 新ライナーノーツより

Posted on 2020/12/03

2020年11月3日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」の2作品のイメージアルバム、サウンドトラックに、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。

 

 

2020年6月に久方ぶりに劇場で再上映され、3週連続興行成績第1位を記録した『千と千尋の神隠し』のリバイバルを見てきた(2001年の初公開時以来、現在も日本歴代興行成績第1位の座を維持し続けている)。感染症対策で定員が約半分に減らされた座席を埋めていた20代から30代の女性客のほとんどは、おそらく初公開当時は生まれていないか、テレビ放映やDVDなどでこの作品に慣れ親しんできた世代ではないかと思う。その彼女たちが、本編冒頭で流れる《あの夏へ》のピアノのアルペッジョに耳をすまし、食い入るように画面を見つめ始める姿を眺めていると、初公開時の19年前の記憶がいろいろと甦ってきた。この映画が公開されてから2ヶ月後に9・11同時多発テロが発生し、世界はそれまでの日常とは異なる”異界”に突入してしまった。そして今、彼女たちは”異界”の真っ只中に身を置きながら、いわゆる新しい生活様式を日常として受け入れている。19年前と同じように映画館に鳴り響いた《あの夏へ》のリリカルなピアノは、時を越え、彼女たちにしっかりと寄り添っていた──困難な時を生き抜く”千尋の物語”は、昔も今も変わらないと言わんばかりに。

第75回アカデミー賞長編アニメ映画賞受賞や第52回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞をはじめ、世界各国で高い評価を受けた『千と千尋の神隠し』は、宮崎監督と久石譲のコラボレーションの中でもひときわ大胆かつ斬新な音楽作りを試みた作品と位置づけることが出来る。久石自身の言葉を借りれば、「スタンダードなオーケストラにないものを音楽の中に持ち込んで、新しいサウンドにチャレンジする」実験である。だからといって、いわゆる現代音楽のような難解な音楽になっているかというとそうではなく、メインテーマ《あの夏へ》をはじめ、親しみやすい歌謡的な要素をスコアの随所に聴き取ることが出来る。それらをすべて一体化させることで、久石は宮崎監督の世界観を巨大な音伽藍として表現したのである。

まず、久石は全体の音楽設計について、本作完成後の2001年7月の時点で次のように筆者に語っている。

「物語自体は、千尋という少女がさまざまな困難に立ち向かっていく話なので、彼女の心情に寄り添うべき部分は、極力静かな音楽で通しました。もともと、キャラクターごとに音楽を作っていくハリウッド的な手法はあまり好きではないのですが、この作品に限って言えば、ハリウッド的な扱い方をしている部分もあります。そもそも、この作品は設定そのものが凄いじゃないですか、湯屋という場所の世界観が。その世界観を音楽で表現するため、通常のオーケストラにはないエスニックな要素をカラフルに加えていくというアプローチをとることにしました」

「千尋の心情に寄り添う極力静かな音楽」に関しては、久石は詩情豊かなピアノのテーマを作曲し、それをスコア全体のメインテーマに据えることで、物語を貫く千尋の視点を明確に打ち出している。このメインテーマは本編の中で計4回流れてくるが(①本編オープニング、②ハクから渡されたおにぎりを千尋が食べるシーン(すぐ後のボイラー室のシーンまで曲は続く)、③ハクを救うべく銭婆の許へ向かうことを決意した千尋が釜爺から電車の切符をもらうシーン、④本編ラスト)、本盤では《あの夏へ》(①のシーンに使用)、《あの日の川》(②③)、《帰る日》(④)にメインテーマの旋律を聴くことが出来る。あたかも10歳の少女が口ずさむような繊細なメロディで書かれた《あの夏へ》は、わかりやすく言えば”千尋のテーマ”の役割を果たしている。

これに対し、千尋以外の登場人物に関しては、久石はそれぞれのキャラクターに特徴的かつ印象的なテーマを与えることで、一癖も二癖もある登場人物たちをバラエティ豊かに表現している。本盤収録曲では《湯婆婆》、《おクサレ神》、《ボイラー虫》、それにハクを表す《竜の少年》などの楽曲がそれらのテーマに当たる。さらに興味深いのは、本編作曲に先駆けて制作されたイメージアルバム収録のヴォーカル曲に由来する楽曲が、やはりキャラクター表現のテーマに用いられているという点だ。本盤収録曲では、湯屋を訪れる神々を表す《神さま達》(イメージアルバムでは《神々さま》)、湯屋の従業員たちを表す《仕事はつらいぜ》(イメージアルバムでは《油屋》)、そして曲名通りの《カオナシ》(イメージアルバムでは《さみしい さみしい》)などが、いずれもイメージアルバムのヴォーカル曲にその原型を見出すことが出来る。

「イメージアルバムにヴォーカル曲が多い理由のひとつは、イメージアルバムとサントラ盤のリリース時期が非常に接近していたという事情があります。つまり、イメージアルバムが発売されてから1、2ヶ月後には、サントラが出てしまうという(注:イメージアルバムは2001年4月発売、サントラは2001年7月発売)。2枚とも似たような内容になってはならないと考えていたのですが、宮崎監督からいただいた映画のための説明内容が、どれも詩的に書かれていたんです。『ならば、これを全部歌詞に用いて、歌にしてしまおう』と。そこでイメージアルバムのほうは、どちらかというと映画と切り離した”歌もの”というコンセプトで作ったんです」

本編のスコアにおいては、当然のことながらイメージアルバムの歌詞は用いられていない。どのテーマも、あくまでもインストゥルメンタル(器楽曲)として登場する。にも拘わらず、たとえ歌詞がなくても《神さま達》を聴くと、湯に浸かる八百万の神を歌った”民謡”のユーモアが伝わってくるし、あるいは《仕事はつらいぜ》を聴くと、いつまでも仕事から解放されない労働者たちが”仕事歌”に込めたボヤキが聴こえてくるだろう。このように、いくつかのテーマは、もともと”歌”として書かれた痕跡をしっかりと残しながら、結果としてスコア全体に”歌謡的”な要素をもたらしている。もう、ほとんど潜在的な”ミュージカル”と呼んでもいいくらいだ(《カオナシ》については後に詳述する)。

そうした”歌謡的”な要素と拮抗あるいは融合する形で登場するのが、本作で久石が試みた実験、すなわち通常のオーケストラにエスニックな音楽語法や民族楽器(のサンプリング)を混ぜていくユニークな手法である。

本編冒頭、久石はオーケストラの管弦楽法を西洋音楽の常識的な用法にとどめておくことで、千尋と我々観客が共有するところの日常的な現実世界を表現する。ところが千尋がトンネルの向こうの不思議な世界、すなわち”異界”に足を踏み入れていくと、オーケストラは常識的な管弦楽法から逸脱し始め、夜の闇のように闖入し始めたエスニックな要素が、次第に幅を利かせるようになってくる。物語の最後、すなわち《帰る日》でメインテーマが回帰すると、オーケストラは再び元の聴き慣れた響きを取り戻す。このような一連の変化を通じて、久石は”日常”と”異界”の違いを明確に描き分けているのである。

「オーケストラの中にエスニックな要素を入れるのは、すでに『風の谷のナウシカ』から始めた手法ですし、特に『もののけ姫 イメージアルバム』では、かなり意識的に邦楽器を使っています。『千と千尋の神隠し』の場合は、”モダニズム”という表現が適切かどうかわかりませんが、日本というものを別の視点から捉え直していくためにエスニックな要素を入れていった感じですね。スコアの中では、五音音階や邦楽器を使っていますが、それらは決して日本そのものを表現しているわけではない。確かに映画の舞台は日本ですが、我々が慣れ親しんでいる日常の日本とはずいぶん違います。むしろ、台湾の夜市に行くと、人が通れないくらい混雑していて、その中で売り子さんたちが威勢よくモノを売っていたり、夜中の1時か2時ごろまで子供がいたりするような感じに近いですね。ああいう”アジアの雑踏”のイメージが非常に強かったので、この映画も”アジアの中にニッポン”という位置づけで、スコアの中にアジアン・テイストを採り入れていったのですが、それを推し進めていくと、東南アジアだけでなく、シルクロードも中近東も同じアジア、つまりユーラシアという大きな文化圏に属しているのだと。そんな風に”アジア”を捉え直すことで、ふだん共存することがあり得ない西洋のオーケストラとエスニックな楽器を対等に鳴らす方向に向かっていきました。はじめから頭で考えて作ったというより、『あれもこれも”アジア”だろう』という感じでどんどんエスニックな要素を足していったと言うほうが正確ですね」

《神さま達》における琉球音楽やケチャのリズム、あるいは《おクサレ神》における雅楽など、文字通り八百万の神のように次から次へと登場してくるエスニックな要素は、枚挙に暇がない。さらに”アジア”の響きに触発されるかのように、いわゆる西洋音楽の要素も通常の表現を逸脱し始め、極端な方向に向かっていく。ピアノの高音域と低音域を同時に鳴らして金属的に響かせる《湯婆婆》などが、その例だ。

そうした音楽的実験の中でも、特にリスナーを驚かせる楽曲が、20世紀前半の新ウィーン楽派もかくやと思わせる重厚なオーケストラと、バリ島のガムランに基づくリズム・セクションが衝突することで凶暴さを際立たせた《カオナシ》であろう。だが驚くべきことに、その《カオナシ》さえも歌謡的な要素を含んでいるのである。イメージアルバム収録の《さみしい さみしい》をすでにお聴きのリスナーなら、異形の響きに満ちたオーケストラの中に《さみしい さみしい》の旋律の呟きを聴き取ることが出来るだろう(つまり、カオナシが抱える孤独と、彼の凶暴性が表裏一体の関係にあることを暗示している)。

このような作曲の方法論は──久石自身の捉え方と異なるかもしれないが──実はグスタフ・マーラーの交響曲の方法論に非常に近いのではないか、というのが筆者の考えである。マーラーは、彼以前の交響曲では用いられなかった珍しい楽器をオーケストラに採り入れることで音色のパレットを拡張し、自身の世界観を巨大な編成の交響曲で余すところなく表現しようとした。しかも彼の音楽の根底には、民謡や彼自身が作曲した歌曲に由来する”歌謡的”な要素が一貫して流れている。同様に久石のスコアにおいても、イメージアルバムの”歌謡的”な要素を踏襲しながら、”アジア”を拡大解釈していくことでエスニックな要素を次々に投入し、”異界”のリアリティを見事に音楽化してみせた。しかも本作の場合は、観客が理解しやすいハリウッド的なキャラクター表現をもスコアに含めることで、普遍的かつ全方位的に宮崎監督の世界観を音楽で表現しているのである。それが、本作の映像表現と音楽表現に対して全世界的な称賛が寄せられた理由のひとつではないかと思う。

最後になるが、本作のスコアにおいて、特に久石の音楽性が美しく刻み込まれた印象深い例を2曲だけ挙げておきたい。ひとつは、千尋が海原電鉄に乗るシーンにおいて、久石がニュアンス豊かなピアノをしっとりと奏でる《6番目の駅》。もうひとつは、千尋とハクが大空を飛ぶシーンで流れる壮麗なオーケストラ曲《ふたたび》だが、イメージアルバムでの曲名《千尋のワルツ》が示しているように、この楽曲はワルツ形式で書かれた事実上の”愛のテーマ”である。《ふたたび》が流れる時、ハクは千尋の記憶によって自分の真の名前をふたたび取り戻す=回復するのだが、このような”回復”という主題をワルツ形式に託して表現する試みは、宮崎監督と久石の次作『ハウルの動く城』のメインテーマ《人生のメリーゴーランド》において、さらに深く掘り下げられていくことになるだろう。

本盤最後に収録された《いつも何度でも》は、覚和歌子が作詞を手掛け、木村弓が作曲・歌・ライアー(竪琴の一種)を担当した主題歌。初公開時には、前述の《あの夏へ》に覚が詞を付けたヴォーカル版(本盤未収録)をカップリングしたマキシシングルとしてリリースされた。

※「」内の久石の発言は、筆者とのインタビューに基づく。

前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター
2020/8/5

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

千と千尋の神隠し/サウンドトラック

音楽:久石譲 全21曲

新日本フィルハーモニー交響楽団のフルオーケストラにより、ホール録音されたサウンドトラック盤。 主題歌「いつも何度でも」(歌/木村 弓)も収録。

品番:TJJA-10028
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット
(SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面には、音がはいっておりません。)
(CD発売日2001.7.18)

 

Blog. 「音楽の友 2020年11月号」ベートーヴェン特集 久石譲インタビュー内容

Posted on 2020/11/21

クラシック音楽誌「音楽の友 2020年11月号」に久石譲インタビューが掲載されました。〈ベートーヴェン生誕250周年記念特集第4弾〉「革新の人 ベートーヴェンーー名曲から探る後世への影響」企画によるものです。

 

 

Interview
現代を生きる作曲家から見るベートーヴェン 久石譲

もっとも豊かな時代の人ベートーヴェン
だからこそ、惹かれてしまうのだと思います

 

クラシック音楽の世界ではライリーやライヒからの影響を受けたポストミニマルの作曲家として知られ、近年は指揮者としても注目される機会が増えてきた久石譲。彼が指揮した『ベートーヴェン:交響曲全集』は『レコード芸術』誌の月評で特選盤を、2019年度第57回レコード・アカデミー賞では「特別部門 特別賞」を受賞し、話題を呼んだ。

 

指揮を通じて拓けたベートーヴェンの新たな世界

久石譲がベートーヴェンの指揮に力を注ぐようになったのにのは、作曲家としての意識が深く関わっているという。

「音楽を木に喩えると、多くの人は葉や花をみて綺麗だと思うけれど、作曲家が追求しなければならないのは幹をつくり、枝をつくる行為。それが音楽の本質であり、未来への可能性を作ることになりますからね。グレゴリオ聖歌以前から音楽の歴史をみてきた上で、いま我々はなにを行わなくてはいけないのか?作曲家はそういう使命をたえず持っているのです」

もともと現代音楽の作曲家として活動していた久石だが、30歳代にポップスの世界へ転身。映画音楽の領域で高い評価を得たが、自身の音楽が徐々にエンターテインメントの枠に収まらなくなってくると、21世紀に変わる頃「本籍地」をポップスからクラシック音楽に戻している。その一環としてクラシック音楽作品も指揮したいと考えるようになり、秋山和慶に師事した。そしてベートーヴェンなどを指揮する経験も積むことにより、新たな世界が見えてきた。

「実際にベートーヴェンをオーケストラで指揮すると、スコアを読んでいるだけでは見えてこなかった、なぜこう書かれているのか、どこに問題があるのか、ということがわかるようになりました。学問のような論理ありきの作曲ではなく、実践に即して観客に聴いてもらう作曲を行う上で、その感覚が非常に役立つのです。そして『ベートーヴェンってここが良いんだ!』という実体験を味わってしまうと、指揮をやめられなくなるのですよ」

 

音楽の骨格が重要視される「絶対音楽」に向き合う現在(いま)

久石を魅了してやまない、ベートーヴェンの魅力とは何なのか。

「ベートーヴェンは、音楽の骨格となる幹と枝を重要視している古典派の時代と、葉や花が重要視されるロマン派の両方にかかっていますよね。音楽表現のもっとも豊かな時代を生きたベートーヴェンだからこそ、惹かれてしまうのだと思います」

だからこそベートーヴェンの交響曲全集の次には、葉と花の部分が魅力的でありつつも、やはり重要なのは幹と枝となるブラームスに取り組んでいるのだ。意外かもしれないがブラームスと同じロマン派でも、標題音楽にはさほど惹かれないというのが興味深い。

「ロマン派になると文学の要素が入ってきますよね。このような音楽は、何を基準に善し悪しを決めるのですか?ムードで決まるのなら、それは一人ひとり違うわけで、好き嫌いの問題ですよね。だとしたら良い演奏とは、美しい音だった、よく歌ったなどそういうことになります。もちろん、それ自体を否定するつもりではないのです」

具体的には、R.シュトラウスの《アルプス交響曲》のような楽曲に対して、「So what?(それがどうした?」と思ってしまうのだという。もう、そうした物語性のある音楽は映画との仕事のなかで充分追求してきたからこそ、クラシック音楽に「本籍地」を戻した現在は、いわゆる絶対音楽に注力しているのだ。そして、もう一つ久石のベートーヴェンを語る際に重要なファクターとなるのがナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)である。

「開館準備から長野市芸術館の芸術監督を務めることになったのですが、観客の皆さんがホール自体を応援するというのが、あんまり想像できなくて。そこで応援対象になる室内オーケストラをつくろうと思いました。東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスター近藤薫さんに相談した上で、将来を担う若手を中心に、各オーケストラの首席クラスに声をかけたのです。では、彼らと何を演奏するべきか?オーケストラとしての形ができてから、ベートーヴェンの交響曲に取り組むことも考えたのですが、まずベートーヴェンに取り組み、同時に現代の音楽をプログラムに取り込むことで、自分たちがいまどこにいるのかを確認するべきだと考えたのですね」

 

”現代音楽”をふまえて読んでもリズムの扱いが天才的

クラシックの音楽家にとって、ベートーヴェンの交響曲は常に隣にあるべきもの。こうした考えにより、2016年から2年半かけてベートーヴェンの交響曲を番号順に演奏・録音。これが交響曲全集となった。最大の特徴はリズムにある。

「ドイツ流のスタンダードなベートーヴェンの演奏を、私も秋山先生から習いましたが、室内オーケストラで重々しい演奏をするのは無理があります。でも、古楽のように演奏すればいいかといえば、それもしっくりこない。やっぱり自分はミニマルをベースにしてきた作曲家ですから、スコアに書いてあることを素直に読んで、ミニマルや現代のポップスにも通じるリズムを中心に組み立てようと考えました。そういう観点でベートーヴェンのスコアを読み直してみると、リズムの扱いが本当に天才的だと思いました」

その到達点だと久石が語るのは意外にも、演奏機会の多くない「交響曲第8番」だ。

「『第8番』は本当にすべてが上手くいっていますね。第2楽章一つとっても、あそこまできちんと無駄なく、技術的にも非常に上手く書かれており、なおかつ人を幸せにする音楽は類を見ません」

久石が理想の作品と語る「第4番」「第8番」の録音をお聴きいただければ、スコアを読めないかたにもベートーヴェンがどれほど鋭敏なリズム感覚をもっていたのかが、手に取るようにおわかりいただけるはずだ。

長野市芸術館芸術監督の任期満了に伴い、NCOは本拠地を東京に移し、フューチャー・オーケストラ・クラシックスへと名義を変更した。今後もたびたびベートーヴェンに立ち戻り、汲めども尽きない楽聖の新たな魅力をまた照らしだしてくれるに違いない。

取材・文=小室敬幸

(音楽の友 2020年11月号より)

 

 

目次

特集
ベートーヴェン生誕250周年記念特集第4弾 革新の人ベートーヴェン ――名曲から探る後世への影響
(かげはら史帆/久石 譲/小室敬幸/山田治生/越懸澤麻衣/平野 昭/渡辺 和/七條恵子/飯田有抄/西原 稔/高関 健/高山直也)

ベートーヴェンの描いた音楽が、後世の作曲家にどのように受容され影響を与えたのか、またその作風や技術はどのように作品と結びついているのか……。長年にわたり演奏され続ける名曲の魅力を「ベートーヴェン⇔後世への影響」で紐解き考察します。

and more…

 

 

また、同時期に公開されたWebマガジン ONTOMOでは「久石譲が続けてきた音楽を未来につなぐチャレンジ」、これまでの自身の音楽活動をたっぷり語ったロングインタビューとなっています。

 

 

 

 

 

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1997年9月号 No.152」『もののけ姫』久石譲インタビュー内容

Posted on 2020/11/05

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1997年9月号 No.152」に掲載された久石譲インタビューです。

映画『もののけ姫』について、たっぷり語られた貴重な内容になっています。

 

 

久石譲
アルバム『もののけ姫』インタビュー

「やり残したことはないです」

(インタビュー by 秋谷元香)

宮崎駿監督の集大成ともいわれる話題作『もののけ姫』が7月から公開中だ。音楽を担当しているのは、84年の『風の谷のナウシカ』以来、今回で6作目の宮崎作品となる久石譲さん。その久石さんに、宮崎監督との”奥深い”制作中のコミュニケーションや音作りの方法について、じっくりお話を伺うことができた。

久石さんが宮崎作品の音楽を担当するのは今回で6作目。宮崎さん自身、プロモーション的な意味合いもあってテレビや雑誌などで、今回の作品に関して発言されていた。制作エピソードの中には、久石さんとの今回の音楽に関することも紹介された。その中で、公開前から話題になっていたのは、やはり、宮崎さん自身の”気合い”。構想16年、制作費や制作期間はこれまでの倍になるというエピソード。原画枚数は『ラピュタ』の8万枚に対して12万枚…。

サウンドトラックが、ベーシックにはオーケストラによる音楽であることは、正統派映画音楽の必須条件だから、この映画のサウンドトラック・アルバムもオーケストラ作品になっていること自体、驚きではない。しかし、完成した映画作品から聞こえるテーマ、歌、音楽、すべてが一体になって視覚にせまり、耳の奥に鳴り続ける。

シーンの中心は室町時代の日本を背景にした、”殺戮”と”戦い”、それを取り巻く”自然”。最後の宮崎作品といわれる、この『もののけ姫』をさらに印象づける久石ミュージックの制作エピソードにせまります。

 

●作曲ツールを一新

ー今回のアルバムはオーケストラは全部生ですよね。

久石:
そうです。東京シティ・フィルハーモニック。『もののけ姫』はオーケストラをベースにするというのは、最初からずっと考えていたんです。でも、基本的には、いつものペースでシンセでほとんど全部作りこみました。それだけでもうCDとして出せるくらいのクオリティだったんですけど、それをあえてオーケストラの部分は別に録りました。また、映画の内容からも”日本”というのがすごく大事なテーマですから、生楽器として和太鼓とか篳篥(ひちりき)という和楽器は相当使いました。

 

ーシンセだけで作り上げる時は、生楽器はやはりサンプラーですか。

久石:
今回はね、今まで僕が使ってきた楽器を一新したんですよ。ふつうだと、こういう大きい仕事をやる時は、使い慣れた方法を取るじゃないですか。でも、今回はどうもそれじゃ違うと思ったんです。今まではフェアライトをベーシックにして全体を組んでいたんだけど、今回からAKAIのサンプラーを5台も買っちゃいました(笑)。全部フル・メモリーの状態にしてね。

でもね、いちばん上はループ用に使っているんですけど、下の3つは全部弦用なんです。しかも、1台にバイオリンとビオラという2つの音色を呼んだら、もう終わり(フル・メモリー)なんですよ。で、その下はチェロとコントラバスで終わり。

 

ー1音色で16MBも使っているんですか!

久石:
サンプラーが5台あるけれども、弦セクションと木管系、ループ用と打楽器系用だけなんです。木管系にはフェアライトのほうがいい音色もずいぶん多いから、両方併用という新たなシステムに切り替えて、今回の『もののけ姫』は臨んだんですよ。それがよかったみたいですね。

 

ー『Kids Return』(北野武監督映画のサントラ)の時は、生楽器にヤマハのVL1というシンセサイザーも使われたとおっしゃってましたね。

久石:
VLのほうがやっぱり生の感じは出ましたね。今回もやっぱり同じヤマハのVPを使いました。でもこんなに頻繁に使っているのは、恐らく世界で俺だけだろうね(笑)。

AKAIのサンプラー5台と、ヤマハのVPだとか、それから自分が作ったループだとか、そのへんで今回やったんです。それをベーシックにもう1回オーケストラを組み上げたわけです。シンセだけで、山の8号目ぐらい登っているわけ。もうほとんど頂上。それを最後にもう1回オケでやったという感じなので、全体のクオリティは本当に高かったですね。

 

 

●最初の2発で決まり

ーアルバムの最初に「ドーン」おいう太鼓の音が入っていますね。

久石:
すごいでしょ? あれね、映画館だともっとすごいですよ。椅子とかビリビリいってますから。こんなにいい音で録れるとは思わなかったというのが、正直なところなんですけど。

あの音は、自分のサンプリングで持っている、すごいいちばん重低音の出る「グランカッサ」という西洋的な大太鼓、それからエスニックのモノと、それから実際の東京シティ・フィルの大太鼓と、ティンパニなどをミックスして作った音なんです。でも、結局ティンパニは、芯が出ちゃうから極力抜きました。生の音とサンプリングと全部混ぜた音ですね。大太鼓を録る時にも相当苦労した。叩く場所なども、「この辺を叩いて、それをこっちから録って」とか、相当細かくやって録った音ですからね。出だしで「ドーン、ドーン」って二発鳴った時に、「あ、勝った」って思いましたね。

 

ーひとつの音に対しても、そんなにこだわられていたんですね。

久石:
今回は、なんというか、やり残したという感じはないですね。

この『もののけ姫』は本当に幸せな出会いだったと思うんです。宮崎(駿)さんとかれこれ6本もいっしょにやっていますけど、最初に『風の谷のナウシカ』をやった時と同じ感じでした。それにプラス6本やってきたというある種の深みというか、すごく深いレベルでコミュニケーションできました。このサントラを作りながら「この仕事、終わってほしくない。でも寝ていないから早く終われ」とかいろいろ思いました(笑)。作品ができた時「これでしばらく宮崎さんと会う口実がなくなるな、残念だな」と素直に思いましたね。

 

 

●映画と音楽の構造は同じ?

久石:
映画監督の黒澤明さんがおっしゃるには、映画というのは、あくまで時間軸上に作る建築物なんだそうです。時間と空間軸の中で作るもの。音楽もまったく同じだと思うんです。実際、黒澤さんも「映画の構造は音楽にいちばん近い」ってはっきりおっしゃっていますし。それはすごくよくわかるんです。

僕は、やっぱり今度の映画の中の2時間15分をいかに構築するか、つまり音楽を入れないところも含めて、どうやってテーマをリアルに浮かび上がらせるか、宮崎さんの言いたいことを浮かび上がらせるかをいちばんに考えていたんです。だから、核になるメイン・テーマ曲が、ものすごく重要になってくるんです。

これがサントラを作る最初の段階で、相当納得するものができていないと、メインディッシュ抜きの料理みたいなもので、どんなに飾ったりなんかしても、どうも制作がうまくいかない。

 

ー今回は「もののけ姫」「アシタカせっ記」のメロディーがアルバムを通しての柱になっている感じがしました。

久石:
そうですね…メイン・テーマとしての曲は「もののけ姫」になるんでしょうか。最初はこの曲がメインテーマ曲になると思わなかったんですよ。(自分としては)「こういうのもあっていいや」という感じの曲だったんですけど、宮崎さんがあんなに気に入るとは思わなかった。自分としては、『もののけ姫』という大作ですから、もう少し勇壮な世界観のあるものをメインに据えようと思っていたんですね。

でも、ああいうさらっとした曲があったおかげで、かえって世界観が、結果的には作りやすかったですね。まあ、トータルでいうと「アシタカせっ記」という曲がメイン・テーマと取れるかもしれませんね。アタマにあって、大事なところに入って、最後に流れてくる。

それで、それを彩る形で「もののけ姫」がその対になった感じで、それで全体を組んでいきました。そういう意味では、構成的にも相当うまくいきました。自分ではすごく納得しています。

 

ー折に触れ、『もののけ姫』の最後にリフレインしている部分のメロディーが顔を出してますよね。

久石:
最後の部分のメロディーでしょ。あれを考案した段階で「勝った」と思いましたね。「いただき!」という感じです(笑)。結局歌の曲のメロディーをそのまま1コーラス使ってアルバムの中に歩かせると、すごくダサイんですよ。「いかにもテーマ曲ですね」みたいな感じというか。だから、いちばん最後のリフレインのところを使って、インスト・バージョンをもう1個作った。それを映画の旅立ちの場面のところから、順番に要所要所、サン(もののけ姫)と出会うシーンなどにその曲をつけていって、それがだんだんメロディーが伸びてきたら、「もののけ姫」の歌になるという。その設計が自分でも相当気に入ってます。

 

 

●”間”を大切にする。

ーぜひ、”『もののけ姫』交響組曲”みたいなものを聴いてみたいな、と思いました。

久石:
交響組曲を作るとすると相当勇壮な感じになるでしょうね…そう、今回のサントラでひとつ言えるのが、戦いのシーンなんかは極力音楽を控えめにしたということです。地味めなサウンドにね。音楽家ってどうしても戦いのシーンなんかになると、自分のワザを駆使して、ジャーンって効果音と張り合ってやってしまいがちなんですけど、そういう誘惑は一切断ち切って、むしろ戦いが終わってからの主人公の気持ちなどのほうに音楽をつけることに集中しました。だから、戦いのシーンは必要最小限の音楽で、極力隙間の多い戦闘シーンの作り方をしていますね。

”間”というのか、わりと沈黙をどう作るかというか、それは、いちばん気を使った部分ですね。なにか、沈黙を作るって、音楽家は恐いんですよ。次々とメロディーを出したくなるから。だけど、あえてそういうのをずいぶん作っている。『レクイエム』なんかはそうですよね。だから、その作りが相当うまく、自分の中では新しく、「こういう表現も成り立つんだよな」って。その辺は自分でもすごく嬉しいところですね。

 

ー”間”といえば、「神の森」でも…。

久石:
音を抜くところ? それが相当、従来だともっと勢いで押していたけど、止めるということをずいぶん今回やりましたね。今回今まで使っていないやり方、新しいやり方では、もちろん音源を入れ替えたりというのはあるけれど、シーケンサの組み方自体も、すごくテンポを変えているんですよ。1曲の中でもものすごくテンポを変えている。なおかつ、映画のひとコマ=1フレームが1秒の1/30ですが、これにぴったり合わせている。あるいは、合わせた上であえてずらす。そういうのが1曲の中で最低6~7カ所はあるんですね。異常ですよね。リタルダンド、アッチェレランド、急激なテンポの変動というのが絶えずあって、それでシーケンスを組んでいるから、すっごい大変。

同じテンポで通した曲って、40曲中3~4曲ぐらいしかない。後は全部途中でテンポが異常に変わってますね。

 

ーすごく作り込まれている感じですね。

久石:
トラックダウンだけでも、10何日間かかりました。これはひとつには、デジタル(処理)というやり方に対するノウハウが、日本にないんですよ。L/C/R、つまりレフト/センター/ライトのスピーカーに後ろのL/Rと、あとスーパー・ウーハーという6チャンネルですから。ハリウッドやなんかでは、10年ぐらい前から、ほとんどの作品をそれでやってます。だけど、日本では、『耳をすませば』についで2度目ぐらいで、本当にノウハウがないんですよね。ハンデがありますね。

つまり、トラックダウンをやっていて、これでいいのかどうかという基準になるものがない。1回トラックダウンをしますよね。それでMAのところでかけてくる。そうすると「あ、後ろの音が弱い。もっと大きくないと迫力がない」となると、また戻ってやり直し。そういうところでね、僕の考えとしては、作曲というのはもう仕方がないわけ。これは俺の能力の問題で、いい曲ができなかったらそれは俺の問題だ、と。だけど、トラックダウンだとかいうのは、あくまでも技術的な問題だから。技術的な問題というのは、みんなが努力したら絶対ある程度は行けるんですよ。そんなところで自分の音楽がだめになるというのは、絶対に許せないから。とことんTDやりましたよね、やれるところまで。

 

 

●人間の”二面性”を体現するボーカル

ー「もののけ姫」はインストゥルメンタル・バージョンがありますね。

久石:
インスト・バージョンでメロディーをとっている楽器は、4タイプぐらい録ったんですよ。篳篥、竜笛(りゅうてき)、ケーナ、それからもうひとつなんだったかな。結果的にいちばんクセのないケーナを選んだんですよ。インストゥルメンタルでボーカル曲をやると、本当に陳腐になっちゃう。それをどう避けようかというのがやっぱりあって。

それは、歌と同じぐらい説得力があるインストゥルメンタルがメロディーをとっていないと、相当難しいんです。今回はたまたまケーナだったけど、希望でいうと僕は篳篥で行きたかった。だけど、映像と合わせると音楽が強くなり過ぎてしまったんです。つまりその曲は、サンが乾し肉をかんでアシタカに口移しするシーンつまりラブシーンともとれるシーンに使われているんですね。だから、妙にムードに際立たせられると宮崎さんが恥ずかしいわけですよ(笑)。

あっ、そうそう、その場面でおもしろい話があるんだけど、逆にムードを際立たせるような曲を、あえて1回目に宮崎さんに聴かせたんですよ(笑)。口移しをした瞬間に、「ザァン!」とかいって、ハープかなんかで「ピロロ~ン」とかいって思いっきり盛り上げてやったら、宮崎さん下向いちゃって(笑)。「う~ん、もっとさりげなくできませんか?」って。だから「そうですよね」って。これが通るわけないと思ったんだけど、1回やっておきたくて。まあ、これだけ長い仕事やっていると、そういう遊びぐらいあってもいいかな、と。

 

ー「もののけ姫」のボーカルも、すごく不思議な雰囲気ですね。

久石:
カウンター・テナー米良美一(めら よしかず)さんのボーカルですね。カウンター・テナーというのは、外国ではそんなに珍しくないんですよ。男の人の裏声状態なんですけど。でも日本でこれだけの人はいないですね。

正確に言うと、カウンター・テナーは男性の裏声を使っているためにソプラノの音域には行かなくて、女性のアルトの音域までをカバーするんです。実のところを言うと、アルトというのはやっぱりちょっと暗めになる印象が僕の中にはあって、もしかしてメイン・テーマではどうかな、という不安はあったんですよ。男の人が歌っているという先入観を除いて、純粋に音楽的に大丈夫なのか、暗くならないかという心配が、僕にはあったんです。だけど、やっぱり米良さんは本当にすばらしい歌手で、そういう心配は無用でしたね。

恐らく宮崎さんは、今回の”犬神モロ”というキャラクターの声優に美輪明宏さんを起用したことに象徴されるように、”ひとりの人間の中の二重構造”とか、もっと言ってしまえば、”ひとりの人間の中の善と悪”を意識されていたんではないでしょうか。だから、内容的には、けっして山を切って鉄を作っている人たちを”悪”とも決めてないですよね。要するに、ひとりひとりが矛盾というか、二律背反するものを抱え込みながら、それでも生きていかなければいけないというのが、いちばん深いテーマとしてあったと思うんです。米良さんの声を聴いた時、恐らく宮崎さんは”男性なのに女性の声”というその複雑さにすごく興味を持たれたんじゃないかなという気がするんです。

(「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1997年9月号 No.152」より)

 

 

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Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年11月号」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2020/11/03

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年11月号」に掲載された久石譲インタビューです。同年1月号から開始された連載の第10回で、オリジナル・ソロアルバム『Piano Stories』についてたっぷり語っています。

 

 

HARDBOILED SOUND GYM by 久石譲
VOL.10
「ナウシカ」のイマジナリー変奏曲

ピアノ・アレンジにもとづいて録音された「Fantasia (for Nausicaä)」、久石さんは”テレやはずかしさ”があるとはいえ、やはり代表曲。今回もこの曲を中心に。

 

まず先月号の訂正から。ページの最後に「2重奏によるナウシカのスコアを掲載する予定です」とありますが、これはあくまでもソロ・プレイです。久石さん自身の最初のプランでは「ダイナミックになり過ぎる。それをもっと抑えたかったから2重奏で、と考えた」ということなのですが、しかし、実際にやってみたら、最初のプレイの”揺れ”に合わせてダビングするのが難しく、結局、アルバムには、その直後、ソロでプレイしたものが収められています。読者のみなさん、そして、久石さん、ごめんなさい。

というところで、この2重奏→ソロの経緯のお話から伺うことにします。

 

呼吸しているメロディーの微妙なノリ

ー「Fantasia (for Nausicaä)」のレコーディングのときのお話を確認の意味でもう1度聞かせてください。

久石:
『ピアノ・ストーリーズ』を作ったときの、僕の中のナウシカの扱いから話しましょうか。

重複しちゃうかもしれないけれど、僕の中に非常に難しいものがあるんです。なぜなら「久石譲イコール、風の谷のナウシカ」という公式が出過ぎちゃう、あの曲が僕の名刺がわりになり過ぎてる。するとやっぱりテレもあるし、はずかしさもあるんです。

ふつうはこれが代表曲ですっていうものがあれば開き直れるのかもしれないけど、僕は少しはずかしい。それがいつもついてまわるわけですよ。すると『ピアノ・ストーリーズ』で、自分の、久石譲メロディー集でいうと、こういう曲がメインになるのがふつうのはずなんですよね。

だけど、7分近い大曲にした割には、むしろ後ろの方で抑えた状態で収録してある。しかも原曲にいちばん遠いかもしれない。中のいろんな音楽、音型を出してみたりしつつ、変えて作ってしまった、と。それはやっぱり作家の中でその楽曲と自分との独特の位置があるわけですよ。

まあそういうことが前提にあって、当初はピアノの2重奏でやりたかった。実際には、ダビングを1回しようとしたんです。なぜかというと音域が広いのと、部分的に、1人でやろうとするとかえってやかましくなり過ぎるところがある。たんたんとさせるためにも2つでやったほうがいいだろうと考えたんです。

ところが今回のピアノ集は全体にそうなんだけど、ふつうはドンカマと言って、リズムをうすく入れて、その中で自分が自由に弾くということをするんですが、今回はひとつもドンカマを使っていない。そのためにメロディー・ラインが自由に呼吸してるわけ。そしてこの日も第2パートから入れてみたんです。7分近い中でピアノを2重奏にする部分は、ほんの1コーラスだけだったんです。ほんの一部だった。ところが今度、それを入れちゃったら、それに合わせようとするんです、音楽が。すると、それまで呼吸していた音楽が一気に死んじゃった。

 

ー音楽が合わせようとする、というのは?

久石:
自分で合わせようと思うわけだけど、それは、音楽のほうで、入れてあるパートに合わせて弾くように働きかけてくる。そこでもう、何か世界が違っちゃうんです。微妙なタイミングのズレが出るわけですよ。

ドンカマが入れてあれば、まず第2パートを合わせて入れて、次にそれに合わせてメロディー・パートを入れるということができるかもしれないけれど、第2パート自体もエモーショナルに弾こうとすると、すでにそのテンポが揺れている。その揺れているヤツにもう1回自分で重ねようとすると、よほど何百回というリハーサルをやって同じような揺れにならない限りは、滅多に合わないですよね。

それでかなりのところまでは合ったの。でも他の人が聴いたらそうは思わなかっただろうけど、自分の中では、精神的な呼吸感が、もう違うから、ダメだって思った。で、スタッフも全員そう思ったので、もうこのスタイルはやめようということになったんです。

ところがこっちも2重奏のつもりでスタジオに入っているから、いきなりやめるというのもまずい。また練習して戻って来るというわけにもいかない。

それで結局、そこでまた全部壊して…、まあアレンジしてあった形はそのまま生かしてその場で一発録りみたいなかたちで録ったんです。それが、あの『ピアノ・ストーリーズ』の中の「ナウシカ」なんですよ。

 

不思議な響きのルーツにいたのはマル・ウォルドロン

ー2重奏にしたかった部分というのはどのへんですか。

久石:
途中で盛り上がっていくところでね。ちょっと音自体は抑えたいんだけどぶ厚さが欲しいわけ。それができないわけではないことはわかっていたんだけど、いろんな音型をにらみ出すと、非常にヴィルトゥオーゾ…名人芸というかテクニックを披露するような音楽になりやすいんだ。それを控えたかったんです。

 

ーそれであの形になったわけですね。

久石:
そう。そのへんがあの曲を録るときの難しさだったんですね。

だから今回の『ピアノ・ストーリーズ』をやっていていちばん思ったのは……、みなさん言うのは、非常に不思議な音楽だ、ということなんです。ピアニストの練習は、バイエルから始まってツェルニーの30番、40番とやってくると、当然クラシックの音楽には独特のスタイルがあるわけですよ。それは何かというと3度、5度、6度構成という音の関係の練習でしかないんです。あとスケールとね。これはテクニック自体のことだけど、それの組み合わせでできていると思って間違いない。

ところが僕の音楽というのは4度体系なんですよ。だから、ド・ファ・シと押さえていってしまう。ある意味でジャズのテンションに近いものがあるんです。けれどジャズから出て来ているテンションではないんですけどね。で、そういう積み重ねが多く出てくる。すると、パッと押さえた瞬間の指の形、指の幅がクラシックの人とは違うんです。パッと押さえた指が、クラシックの人はド・ファ・ラとか、ド・ミ・ソとかクラシックの形態のところに指が行くんです。このへんが、ちょっとクセがあってやりづらいところかもしれないんですけどね、ピアノに関していうと。

ただこれは、自分のアレンジものも全部ひっくるめて、響きの原点みたいなところなんです。

で、『ピアノ・ストーリーズ』の話に戻すと、非常に不思議な音楽だと言われたと。ピアノのテクニックっていうのはリチャード・クレイダーマンみたいに、ドソミソ・ドソミソとかパターンがあるんです。左手の音型にしろ何にしろ。ところが僕のピアノは全部その形態がはずれているんですよ。

じゃクレイダーマンではない。それならレイモン・ルフェーブルかと言ったらそれでもない。ではジャズか? それでもない。そのへんのギリギリのところで作っていたんです。

で、僕のタッチというのはすごく強いんです。いいか悪いかは別として頭の中で、ピアノというのは打楽器みたいなとらえ方をしているために、きれいな響きを作ろうとするよりは、”ガシーン”と叩いた太鼓が鳴ったと同じような打楽器的な効果が自分では好きなんです。そのままの感覚でピアニッシモもあるんです。

 

ー打楽器的なピアニッシモ…?

久石:
ようするに響きをきれいに出す方法というのは僕もクラシックの奏法として習ったし、あるんだけど、僕のピアノ奏法の発想にはそれがないんです。

それで、これは誰に近いのかなと僕もずっと思ってたんだけど、今度11月に出すアルバム『イリュージョン』の中のタイトル曲「イリュージョン」、これもピアノ曲なんですが、これは少しジャジーな要素を入れてあって『ピアノ・ストーリーズ』よりジャズっぽいかんじがする。それを聴いたある人がこう言ったんですよ。タッチはマル・ウォルドロンだ、と。

僕は17、8歳…高3の頃からレコードでマル・ウォルドロンを聴き漁ってね。だから現代音楽を聴いてるかマル・ウォルドロンを聴いてるかっていうくらい彼が好きだったんですね。『オール・アローン』っていうピアノ・ソロなんか全曲コピーしましたもんね。

 

ーそういう一面もあったんですか。

久石:
そうなんだ。それがこの年齢になってソロ・アルバムを作ってピアノで勝負しなくてはならないときに、はからずも自分の音楽のタッチというのはそういうところにあったなっていうことに、後で気付いたね。

マル・ウォルドロンっていうのはビリー・ホリディのバックで、ピアニスティックに弾こうとしたとき、ビリー・ホリディから「歌えないフレーズは弾かないほうがいい」と言われて、できるだけシンプルに、心を込めて弾くようになった人でしょ。オスカー・ピーターソンとは対極にあるんですね。今、ピアノのテクニックというのはいかに早く機能的に動くかという運動に終始してる。ジャズにしても練習となると、そういうところで終始してる。比較的ね。スピリットとかいいながら、興奮してきたら、いかに16分音符を正確に弾くかとか、そのへんがピアノ・スタディの原点みたいなところがあって、それはそれで大切なんだけど、マル・ウォルドロンはそれとは180度違っていた。ただし、彼は根っからのジャズ・マン。僕は現代音楽からやってきて、こうなってきた。そしてメロディーという共通項で仕事をしようとしたとき、ジャズという土壌と僕の土壌は全然違うんだけど、”アプローチの角度”は似たかもしれないね。いかにシンプルに音楽を相手に伝えるかという姿勢はね。タッチが強いという点もひっくるめて思わぬ共通性を最近感じてとまどってるんですよ(笑)。

(KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年11月号 より)

 

 

久石譲 『piano stories』

 

 

 

Blog. 「キーボード・マガジン 1989年3月号」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2020/11/02

音楽雑誌「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1989年3月号」に掲載された久石譲インタビューです。オリジナル・ソロアルバム『illusion』についてたっぷり語っています。

 

 

”鏡のような音楽”に秘められた超一流のサウンド・テクニック

優れた音楽は耳に優しく、それでいておどろくほどの技巧を内包している。虚飾をそぎ落とした無駄のない音の数々。それはまるで、多種多様の光線を含みながら特定の色を感じさせない陽の光のようなものだ。

ー全体の概要について教えて下さい。

「前作の『ピアノ・ストーリーズ』なんかは、聴く側が勝手に心象風景を自分たちで投影しやすかった。こちらから押し付けがましいメッセージがない分ね。今までそうやって作ってきたんですけど、長年やってくると、もっと直接的にメッセージを訴えかけたくなる。それには歌の表現がいちばん適切なんです。僕は井上陽水さんとか中島みゆきさんとか、非常に歌のうまい人の仕事をいっぱいさせてもらっていたんで、中途半端に歌はやりたくなかった。で、今回いろいろやってみて、何とかいけそうじゃないかということで。アレンジャーだとかいろんな人が、サウンドの一部として歌を歌うみたいなのがありますけど、あのてのものはやりたくなかったんですよ。どうせ歌うなら、徹底して歌をやる」

ー最初から完全なスコアがあったわけですか。

「いや。ラフなものをフェアライトで作ってるんで、スケッチみたいなものから始めて、ベーシックなものを作るわけです。スコアをおこすことは最近めったにやらないですね。譜面を書いてる時間がないし(笑)、ベーシックなものができた段階で頭に全部入っていますから」

ー作業としてはフェアライトでリズムを作って、それに生のストリングスを合わせるという形になるんですね。

「そうです。仮で入れておいてやるケースもありますしね。最初から、たとえば弦なんかを入れると決めておく場合と。いろいろなんですよ」

ー今回の弦アレンジの特徴は?

「このアルバムに入る直前までの、僕の弦のスタイルというのは確率されていたんですね。いろんな人の歌のときのバックのスタイルとか、あるいは、フル・オーケストラで8-6-4-4とか(注1)6-4-2-2とかいう編成で歌用、オーケストラ用、映画用とか、自分なりの癖が確立されていた。ですから、またゼロから、全く弦が書けない状態に戻して、普通ならこうくる、というのを極力排除してアレンジしました。もう1回クラウス・オガーマンとか、あのへんの弦アレンジを聴いたりとか。そういうのを徹底しましたね」

(注1)弦の編成。第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロの順に数を表す。

ー弦の編成は?

「全部6-4-2-2です。僕は絶対ダビングしませんから。弦はキーで配列が全部違いますけど、そのポイントさえ押さえれば、2倍にも3倍にも鳴らすことは可能なんですね」

ー弦アレンジのどこをどう変えたんですか。

「断片的なんですね。たとえばA-A’-B-C、そしてサビへ行くとするでしょ、するとだいたいA,A’は休んでてBくらいから入って、Cで盛り上げて、とかね。弦が駆け上がってサビに行くとか、パターンがあるでしょ。今回はAの後半に突然ちょこっと弦が出たりとか、そういう断片的な独立の動きをけっこうさせました。「ナイト・シティー」のCのサビなんかは、普通だと弦が駆け上がっていくんですが、フレーズはブラスにまかせて、逆にブラスっぽい動きを弦にさせている」

ー「ナイト・シティー」ではディビジ(注2)をつかってますね。(譜例1参照)

「今までなら、6-4-2-2しかいないときは、ああいう高いポジションでディビジは使わなかったんです。それをあえて今回は……」

(注2)ひとつのパートをいくつかの声部に分けて、人数を配分する手法。div.と表記する。

ーそれもパターン崩しの?

「そうですね」

ーディビジは3-3ですか。

「だいたいそういう形になります」

ー中間部のバイブ・ソロのところは凝った展開をしてますね。

「今度のアルバムって全部そうなんですよ。ただ、そんなこと譜面を見なかったらなかなか気づかないでしょうね。表面はポピュラー・ミュージックなんだけど、再現してみようとすると思っても簡単には絶対できない」

ーソロ前の2小節なんかも面白い展開をしているし……。

「そのへんが大変なんですよ。そのたびにベーシックでコードを何度も取り替えましたから。この曲だけでベーシックを3回か4回録り直しています。結局、ドラムだけ生かして、コードを差し換え、差し換えで」

ーサビに行くところは非常に転調感が強いですね。劇的というか。

「今回はだいたいそうなんだけど、間奏部分が原調のキーと同じやつがほとんどないんです。全部いろんなキーに跳んでいっちゃってる。日本の曲ってあまりにも単純すぎるんです。外国の曲って、ヒット・ポップスにしたってサビからキーが変わるなんて当たり前でしょ。それが日本では最初からDmの曲だったら、ずっと全部Dmでしょ。その単純さはやめなきゃいけない。転調感を持たなかったら絶対、外国では通用しない。たとえばこれC#mなんですよね。それで間奏がEmなんですよ。そうすると、これは短3度上だから非常に遠い。普通だと、平行調だとか、シャープやフラットが1個多くなったり少なくなったりするくらいでしょ。で、とんでもなく遠いキーに跳ぶわけ。もっとすごいのは、A durの曲が間奏でE♭mになって、Fmに行っちゃう。長3度低いマイナーのキーになるわけです。ですから、どう見ても近隣調の範囲には入らない」

ー「風のハイウェイ」のサビに行くところも調感が大きく変わりますね。

「パーッと世界が変わるでしょ。こういう感じが大事なんですよ」

ーいちど崩してしまうと、テーマに戻すのが大変という気がしますが。

「難しいですね。外国の一流のアレンジャーはそれがうまいんですよ。アレンジャーというか、外国の曲のうまさというのは、サビに行くときに、日本のアレンジャーだとA-A’は同じとしてもBで少し変わって、サビになるとまたリズムが変わるでしょ、ドラムのパターンとか。ところが、マドンナでも何でも、リズムはほとんど変わらない。せいぜいスネアを1個抜くか抜かないくらいなのに、ちゃんとサビで世界が全部変わってるでしょ。あれがすごい。日本の曲は変えてるつもりなんだけど、歌が変わってないし何も変わってないから、色が変わらないんです。色彩感がとぼしい。いろんな音をいっぱい入れたら色彩感があると思われてるけど、逆に、極力抑えているからこそ変わった瞬間のインパクトがあるんですよ。映像なんかの仕事でも、このへんは一流とそうでない人の差なんです」

ー「冬の旅人」の中間部がピアノ・ソロになってますね。

「ここはピアノを聴かせるために弦を入れてないんですよ。リズムをうんとスカスカにしちゃって、そうするとピアノが浮き立ってきますよね。弦にしても1コーラス目と2コーラス目で必ず変えています(譜例2)。後半はピアノがだんだん小さくなって、弦を出しているんです。フェード・アウトしながら弦がだんだん大きくなってくる。これはね、全体を普通の曲に仕上げたかったんですよ。いわゆる昼の恋愛ドラマですから。すると、サビに戻るときの部分にいつものアバンギャルドな部分を集約させておいて、あとはいかに歌をちゃんとさせるかという」

ー弦の駆け上がりなんかは……。

「ヘンなところでしかやらない(笑)」

ー弦のフレーズにしても、クラシカルですね。

「頭の中ではブラームスを意識してるんですよ。歌のメロディ自体、ピアノで弾くととてもブラームス的なんです。すると、どこかでクラシカルな格調をのこした弦やピアノのアレンジをしたい。そこから考えてこういう感じになったんです。「ナイト・シティー」とは全然譜づらが違うでしょ(譜例2)。このへんがやっぱり大事なところで。これも徹底しないとおかしくなる。日本のアレンジってだいたい中途半端なんだよね。それをきちんとすれば色彩が明確になってくる」

ー歌をメインにしたアレンジで大切なことは?

「最も大事なのは、歌のバックに入っているオブリガートのフレーズが歌をじゃましないこと。次に大事なのは、それぞれのフレーズがぶつかり合わないことですね。これが絶対条件です。『鏡の音楽』と僕は言っていますけど、できるだけ削る作業。とりあえず削って、削っていって有効なフレーズがきちんと有効なところに入っていれば、ベタに弾いてないのに全体がとてもゴージャスに聴こえる。昔、ロンドンでケン・ソーンとかロイ・バットなんかの、超一流のアレンジャーと言われる人の仕事をまのあたりにしたことがあったんです。そのとき彼らが『アレンジのコツは、コードからはずれた音をどう使うかだ』と言ったわけです。ド・ミ・ソのときにドとミとソを使うのはイモで、そのときにレ・ファ・ラ・シのその他の音をどう入れるか。これをやるとぶつかった色彩感が出てくるんですよ。瞬間でもいいわけです。つまりジャーンってド・ミ・ソを鳴らしますね。鳴った瞬間に、弦がレ→ミって行くと、出だしはド・ミ・ソにレが鳴ってるわけですね。これは別に違和感はない。コードが鳴った瞬間に他の音をどう入れるか。倚音(いおん)とか経過音とかいろいろあるけど、そういう音をいかに使っていくかでコード的色彩感が倍増するんです。メジャー7thとか9thとは、そんな単純なものじゃなくて。それをうまくアレンジしていかないと、特にオーケストラの曲はできないですね」

(キーボード・マガジン Keyboard magazine 1989年3月号 より)

 

 

久石譲 『illusion』