Posted on 2018/10/26
雑誌「日経エンタテインメント 2005年3月号」に掲載された久石譲インタビューです。飯島愛さんがナビゲーターとして連載していた対談です。
2002年5月号から2006年12月号までの各界著名人との対談、その連載をまとめたものは「お友だちになりたい! ~43人のクリエイターとの対談集~ /飯島愛」(日経BP社・2006)として書籍化もされています。
作曲家 久石譲
「ハウルの動く城」の音楽ウラ話を教えてください
飯島:
よろしくお願いします。
久石:
最近、徹夜が続いていたから、今日はお話ができるかどうか、ちょっと不安なんですよ。今度出るCD(『FREEDOM』)が、昨日最後の仕上げだったんです。
飯島:
お疲れ様でした。あとでピアノで聴かせてください。
久石:
えっ、だめ(笑)。
飯島:
何で(笑)?ピアノがあるのに。
久石:
弾くのが好きじゃないんですよ。コンサートのたびに、必ず「これが最後」と言っています。10日くらい、ピアノにはさわってないですね。
飯島:
いいんですか?音楽家は毎日楽器にさわらなきゃだめとか言うじゃないですか。
久石:
だから、僕は本当に失礼なんですよ。ピアニストじゃなくて作曲家だから、ピアノを弾くのはすごく大変なんです。
飯島:
肩がこると言いますよね。
久石:
そう。それに、腰にもきます。本当に肉体労働なんですよね。それに、コンサートの場合は、毎日その時間帯にベストコンディションに持っていかなきゃいけない。寝不足だとすごく大変で、演奏の最中にぱっと空白の瞬間が来るんですよ、慣れ親しんだ曲であっても。次のコードは何だったかというのがふっとなくなるんです。だから、今日は危ないと思ったら、最初から最後まで譜面から目を離さない。そうやって振り回される自分が嫌なので、コンサートはできるだけやりたくない(笑)。
飯島:
やってくださいよ(笑)。
久石:
ツアーの2ヵ月くらい前から訓練していって、終わったら、もう次までやらない。スタジオで曲を作っている方が多いですね。
飯島:
作曲の方が疲れませんか?
久石:
疲れるんだけども、昼にスタジオへ入るとします。そのときは何もできていない状態だけど、夜に出る時に1曲誕生していると、その喜びはやっぱり圧倒的に強いですね。自分の存在証明みたいなものだからね。
飯島:
子供を産む感じですね。さっき、日本アカデミー賞の額が山積みになっているのを見ましたけど、すごいですね。それだけの曲を作られたんですね。私、オルゴールCDまで買いました。
久石:
え、そんなのが出ているんですか。勝手にいっぱい出ているので、僕は知らないんですよ。
飯島:
えーっ。
久石:
何かの機会に言ってやろうと思っていたのが、ひとつあったんです。市販されている譜面は、一部を除くと僕はまったく知りません。目を通したことがないです。
飯島:
でも、入ってきているんじゃないですか?お金が。
久石:
お金は財布の中しかわからないんですよ、本当。
飯島:
すごいですよ、CDショップとかで。子供が読める一番難しい漢字は「譲」か「駿」か、どっちかというくらい(笑)。でも、全然知らないんですか。
久石:
全然知らないですね。それと、オーケストラや何かで、よく僕の曲をやっているらしいんだけど、あれも僕の譜面じゃないです。音楽の教育を受けた人が採譜するらしいですね。だから、僕が出ていないコンサートでやるのは、オリジナルじゃないですよ。
飯島:
勝手に使うなということですね。似てるわけでしょう。
久石:
相当違いますよ。僕はあんな下手なアレンジしてないよ、という(笑)。でも、逆に言ったら、そうやってみんながやってくれて、メロディが生きているのは、いいことなのかもしれないとも思っているんですけどね。
宮崎さんは兄貴的存在
飯島:
私は嫌ですね。やっぱり本物の久石さんの曲がいいな。私が久石さんを知ったのは小学生のときなんです。『風の谷のナウシカ』を見たのが最初です。
久石:
今でも自分で大事に思う作品は『ナウシカ』ですね。あれよりも音楽的にうまくいっている作品はあるんだけれども、ストレートな思いが全部出ているのは『ナウシカ』なので、好きですね。
飯島:
日本のアニメで、幅広い世代の人たちに、音楽もああいうふうに届くのって、それまでなかったんじゃないですか。
久石:
それはもう、宮崎駿さんにすごく感謝です。出会えたことは、すごく大きかったです。
飯島:
久石さんにとって、宮崎さんは音楽活動をしていく上で大きな出会いのひとつでしたか?
久石:
一番大きいかもしれないですね。音楽を作っているときでも、こういうとき宮崎さんならどうするかなとか考えますよ。年が9歳離れているので、いい兄貴みたいな、ずっと追っかけているような。
飯島:
『ハウルの動く城』の曲もよかったです。ワルツで、タンタンタンターン(ハミング)。
久石:
バッチリ。覚えてくれてありがとう。
飯島:
『人生のメリーゴーランド』で、同じ曲なんだけど、ちょっと違う感じですよね?
久石:
そう。『ハウル』は全部で30曲書いたんですよ。そのうちの17曲は、ワルツのメロディーのアレンジ替えです。
飯島:
ハウルが登場して空を歩くシーンのワルツが一番印象的でした。最初に入ってきちゃうから。
久石:
宮崎さんの「空を飛ぶシーン」って有名だから、音楽的にも勝負しておいた方がいいなと思ったんです。3つくらいデモは作ったんですけど、あのワルツで行ってほしいなと思っていたんです。
飯島:
じゃあ、よかったですね。今までで、この映画はほかの曲があったけど、こっちになっちゃった、とかあります?
久石:
Aテーマ、Bテーマがあって、それがひっくり返ってBをメインに、ということはあります。北野武さんの『菊次郎の夏』で書いた『Summer』は、CMにも使われて有名になっちゃったけど、実はBテーマで出していて、メインテーマは別に書いたんですよ。
飯島:
メインはお蔵入りですか。
久石:
いいえ、映画の中で使う比重が変わったんです。ほかにも、3日間くらい徹夜して、つける位置をやり直した曲もあります。
飯島:
『ハウル』では、さすがの久石さんもちょっと緊張なさっていたんじゃないかなと、スタジオジブリの鈴木敏夫さんがテレビで言っていましたよ。
久石:
緊張しますよ。楽曲がNGにだったり、「イメージが違う」と言われると、もうその後がぼろぼろになっちゃうからね。鈴木さんといえば、「『ハウル』は新しい家族の在り方を問うているんだ」とずっと言っていましたね。
飯島:
守るべき家族ができたハウルが、逃げないでおうちを守らなくちゃと。でも、守ってくれる人がいない、私みたいな場合はどうすりゃいいんでしょう(笑)。
久石:
犬を飼うとかどうですか。僕もすごく犬を大事にしてますよ。
飯島:
何を飼っているんですか。
久石:
ウエスト・ハイランド・スコッチ・テリア。ハムみたいな胴体をして、ずどーんと太くて、重いんですよ。
飯島:
普通、テリアはスマートなんですよ。名前は何ですか。
久石:
ジョイ。僕が帰るまで、僕のベッドで寝ているんです。帰ると、もうカアーッてね、枕をして寝ているの。ちょっとどいてよ、という感じで。大変だよ。ちゃんとあおむけになっちゃって(笑)。
飯島:
いやあ、かわいい。あおむけというのは、恐怖心がないという状態なんですって。
久石:
完璧にそうだと思う。
飯島:
でも、寂しかったんじゃないかしら、久石さんが徹夜とかだったりすると。
久石:
いや、僕よりはかみさんの方がかわいがっているから。犬のヒエラルキーってすごいんですよ。家族が4人いると、5番目は自分じゃないんですよ。必ず自分の下にもう1人いるんだね。うちの場合、娘よりも自分の方が偉い。何かやっても、ウーとかやるんですよ。僕にはやらないんだけど。
飯島:
お嬢さんがいらっしゃるんですか。おいくつですか。
久石:
26歳。『ナウシカ』の中の「ランランラララララン」って、あれを歌っているんですよ。あのときが3歳か4歳。
飯島:
えーっ、初めて知っちゃった。子供のナウシカが、オームを取り上げられて「お父様」とか言って追いかけているシーン。
久石:
よく覚えているね。映像の音楽の中に声を使うのは、みんなけっこう嫌がるんですよ。せりふを持っていっちゃうから。プロの人に歌ってもらうと後で大変だから、誰かいないかなと思って。
飯島:
ふっと横を見たら。
久石:
娘がいる、みたいな。仮に歌って、どうかなと思ったら、それがよかったので、そのままいっちゃった。
飯島:
すごい、それはお嬢さん、喜んでらっしゃるでしょう。
久石:
親として子供へのプレゼントというのは、あれで一生分終わっているな、みたいな(笑)。
飯島:
最初の映画作品というのが、またいいじゃないですか。
久石:
そうかもね。自分でもあのシーンを見ると、じーんとするところがありますよね。
飯島:
娘も成長したなと。こんなパパだったら素敵ですね。あまり家庭のイメージがないですけど、今のお嬢さんの話とかがあると、たぶん「お父さんになってほしい人ナンバーワン」になりますよ。
久石:
僕、家族の話をしたのは初めてなんです。ちゃんと家庭を見直さなきゃな、と最近思うようになっていて、だから僕にとってこれは旬な話題なんですよ。
飯島:
そうなんですか。ありがとうございます。音楽って思い出と直結しますよね。思い入れがある曲を聴いた瞬間に、急にその当時の気持ちに戻れませんか?
久石:
ありますね。20代の前半にあれを歌っていたよな、なんて、そのときの自分にすぐ戻ってしまいますね。
飯島:
ところで、今度出されるCDはどんなアルバムですか。
久石:
『FREEDOM』というタイトルなんです。それは、ツアーのときによく話したんだけど、本当に最近、生きづらいなと思うんです。だから、心の自由を求めて、という意味を込めました。
飯島:
生きづらい?
久石:
何をやってもやりづらい、生きづらいと思っちゃう。それは、自分で壁を作っているからなんだね。何かやろうとしても、結果がなんとなく見えちゃうじゃないですか。きっと、こうだなと。もっとフリーに、壁を取り外さないと、物事は動かない。それをテーマに、明るいアルバムを作りたいと思ったんです。でも、終わった後は反省ばかりで、冷静に聴ける状態じゃないんですよね。『ハウル』も、こういうつもりで作ったけれども思ったほど効果が出ていないとか、あそこはこういう方がよかったかもとか反省をするから、ゼロ号試写で1回見ただけですね。
飯島:
納得しないから、ずっといい音楽を生み続けることができる、というのもありますよね。
久石:
次に、これを絶対クリアしよう、と思いますね。それで、2年くらいして見ると、結構よくできているじゃんと思える(笑)。ピアノ、弾けるかな…。
飯島:
え、弾いてくださるんですか?うれしい。
(『人生のメリーゴーランド』を演奏)
飯島:
すごい、感動しちゃう。
久石:
久しぶりだから、指が動かないです(笑)
飯島:
本当にじーんと、くるんですよね。ありがとうございました。
対談を終えて
久石さんのピアノは、最高、最高、超最高。涙が出るくらいすごくよかったです。やっぱり本物の久石さんの曲が一番いいですね。お疲れの中、ピアノを弾いてくらさって感激しました。みんな、今度のCDを買ったほうがいいよ。オススメだから。
(初出「日経エンタテインメント 2005年3月号」・同内容掲載書籍 より)