Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス『シューベルト:交響曲 第7番「未完成」&第8番「ザ・グレイト」』

2024年7月24日 CD発売 OVCL-00850

 

リズムとカンタービレの共存。爽快なシューベルト!

久石譲とFOCによるベートーヴェンとブラームスの交響曲全集は、リズムが際立つタイトで生き生きとした音楽がインパクトと反響を呼びました。当盤では切れ味の鋭いリズム、明瞭なハーモニーは推進力にあふれ、シューベルトの美しい旋律が流麗に歌い上げられます。日本の若手トッププレーヤーが集結したFOCによる、未来へ向かう音楽を、どうぞお楽しみください。

(CD帯より)

 

 

CDに寄せて

柴田克彦

久石譲は、2016年フューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC。当初はナガノ・チェンバー・オーケストラ)のベートーヴェン交響曲全曲演奏の開始時に、「作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン」、「巨大なオーケストラが戦艦やダンプカーだとすれば、こちらはモーターボートやスポーツカー」、「クラシック音楽もup to dateで進化するもの。必然的に現代における演奏があり、さらに未来へ向かって変わっていくべきだ」とのコンセプトを語っていた。その結果生まれたタイトで生気溢れる音楽は、絶大なインパクトを与えた。

2020年、次に挑んだのがブラームスの交響曲全曲演奏。ここでは、「基本コンセプトは同じ」としながらも、「ブラームスのリズムは重く、ベートーヴェンとは性格が違う」「必ず歌う」と語っていた。そして、造形美とロマンが共存した従来にはない演奏を実現させた。

本作は、久石&FOCがこれらに続いて2023年に取り組んだシューベルトの「未完成」&「ザ・グレイト」交響曲とアンコールの「ロザムンデ」間奏曲第3番のライヴ録音である。ここでは、「ソリッドでスポーツカーのような」、それでいて「しなやかな歌に溢れた」シューベルト演奏が展開されている。

シューベルトといえば”歌”である。従ってブラームス演奏の経験値も生きる。だが時代的にはベートーヴェンにグンと近い(ほぼ同時代だ)。今回の演奏は、これまで通りテンポが速く、響きもタイトで推進力に溢れている。そしてここでは、ベートーヴェンの際に久石が話していた2つの要素が重要なカギを握っている。

1つはダイナミクスだ。久石は「ベートーヴェンの凄さのシンプルな例は、mpとmfが一切ないこと。なのでp=弱く、f=強くと単純に考えてはいけない。pとfの表現は通常のmp,mfに近いので、状況によって弾き分け、ppとffは明確に表現する必要がある」と語っていたが、シューベルトも同様で、mpとmfがほぼ出てこない。よって今回その変化の細やかさが、新鮮なダイナミズムをもたらしている。

もう1つはリズム=拍子。ベートーヴェンの際の「1拍子がとても多い。例えば7番と第3楽章や9番の第2楽章。こうした場合、3拍子の表記を1拍子にグルーピングしなくてはいけない」との言葉が、ここでも生かされている。明確なのは、「未完成」の第2楽章、「ザ・グレイト」の第3、4楽章だが、全体にこれが基本的な方向性だ。従って、テンポが速いだけでなく、リズムが明解で自然な躍動感に富んでいる。

「未完成」の第1楽章から快速テンポで刻みも明確。各旋律もそれに乗って歌われる。第2楽章は3/8拍子の1小節が1拍の1拍子。ここはアンダンテ「コン・モート=動きをもって」でもあるので、弛緩しない歌が爽快に続いていく。

「ザ・グレイト」の第1楽章の序奏は、2/2拍子の1拍がアンダンテでかなり速く進む。これはピリオド勢の台頭以降ままある形だが、特筆すべきは流麗さと各声部の見通しの良さだ。これにはモダン楽器のメリットが生かされてもいる。主部は無闇に速すぎないテンポで進行する。ここはアレグロ「ノン・トロッポ=はなはだしくなく」ゆえに、序奏との差は少なくて当然だ。第2楽章はやはりアンダンテ「コン・モート」。連綿と歌い上げられるのではなく、刻まれるリズムに即応しての歌が続く。第3楽章は「1拍子」が真価を発揮した軽やかなスケルツォ。第4楽章は旋律やリズムの執拗な反復が生気を保ちながら変幻していく。また、時に冗長な第3、第4楽章のリピートも、繰り返しが生み出す夢幻の推進力に繋がっている。

「ザ・グレイト」はベートーヴェンの交響曲第7番同様に”リズムとカンタービレの共存”が図られた音楽なのだ。本盤の演奏はそのことを明解に伝えてくれる。

これは「慣例的な表現を排した」清新なシューベルトだ。それは同時に「現代における必然的な演奏」であり「未来へ向かう演奏」でもある。

(しばた・かつひこ)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説
寺西基之

シューベルト:交響曲 第7番 ロ短調 D.759《未完成》

生涯通してウィーンを本拠に活動したフランツ・ペーター・シューベルト(1797ー1828)は早くから楽才を発揮し、少年期から交響曲を手掛けている。それらの初期の交響曲では、伝統的な交響曲の様式と自らのロマン的な資質をどう結び付けるかについて様々な可能性を探っていることが窺えるが、このCDで演奏されている後期の2つの交響曲 第7番ロ短調と第8番ハ長調(かつてはそれぞれ第8番・第9番と呼ばれていたが、作品目録改訂版で番号が繰り上げられた)においては、もはや伝統的な交響曲のあり方にこだわらない、情感の広がりに重点を置いた彼独自の様式を打ち立てることになる。

とはいえその第1曲目のロ短調交響曲は2つの楽章しか仕上げられなかった未完の作である。シューベルトは第3楽章の初めの部分で作曲を打ち切った。その理由は不明だが、彼自身到達した新たなロマン的な交響曲様式を実際の作品としてどう纏めるかという点でまだ迷うところがあったのかもしれないし、この交響曲を作曲中の1822年12月に梅毒にかかっていることが判明し、身体と精神の両面で危機に陥ったことが関係しているのかもしれない。もっともシューベルトが作品を作曲中途で止めることは以前にもよくあったことで、未完で放置された作品が彼の場合特別な例ではなかったという点は留意したい。いずれにせよ2楽章までの自筆譜はその後友人のヨーゼフ・ヒュッテンブレンナーに手渡され、彼の机の中で世に知られず眠ることとなる。やっとシューベルト死後37年経た1865年ンに指揮者ヨハン・ヘルベックがこの作品の存在を知り、同年12月17日ウィーンにおいてヘルベックの指揮で初演が行われ、以後この曲は未完の”完結した”作品として親しまれるようになった。シューベルトのそれまでの交響曲には見られない、夢の世界をさ迷うようなロマン的特質を持った作品で、彼の後期の作風が如実に示された傑作となっている。

第1楽章(アレグロ・モデラート)はソナタ形式で、低く不気味に示される8小節の序奏主題が楽章全体の重要な要素となり、悲劇的な暗さとロマン的詩情の交錯のうちに発展、展開部では激情的な高まりを築く。第2楽章(アンダンテ・コン・モート)はホ長調の夢見るような緩徐楽章だが、一見平安な叙情美の裏に不安定に移ろう情緒が漂っている。

 

シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D.944《ザ・グレイト》

《未完成》交響曲で自らの資質を生かした独自の交響曲様式を見出したシューベルトは、このハ長調交響曲でそれを初めて完全な作品として示すこととなる。かつてないロマン的な気宇壮大な広がりを持ったこの交響曲を聴いたシューマンは「天国的な長さ」と評しているが、並列的ともいえる独自の構成法ー主題や動機の執拗な反復、和声の色合いの変移による気分の変転や突然の飛躍ーで情感の移ろいを表現するその書法は、古典派の交響曲とは異なり、まさにロマン的と呼ぶにふさわしいものといえるだろう。

長らくこのハ長調交響曲は1828年(すなわち死の年)に短期間で書かれたと思われていた。しかし近年の研究では1825年に着手され、1826年に完成されたことが判明している。シューベルトはウィーン楽友協会にこの作品を献呈したいと打診し、協会側もこれを受け入れた。しかし私的な試演でこの作品のあまりの長さと独特のスタイルが問題となったのか、予定されていた初演は中止となり、作品はシューベルトの兄フェルディナントに渡されたままお蔵入りになってしまう。

この交響曲が日の目をみたのは作曲者死後11年経った1839年のことだった。この年の元日、フェルディナントの家を訪れたシューマンがこの交響曲の自筆譜を発見し、ただちにライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者だった親友のメンデルスゾーンに連絡をとった。そして同年3月21日にゲヴァントハウスの演奏会において、メンデルスゾーンの指揮によってようやくこの大作は初演されたのである。

第1楽章(アンダンテ~アレグロ・マ・ノン・トロッポ)は、2本のホルンの朗々たる旋律に始まる充実した序奏の後、ソナタ形式の主部となる。勢いある第1主題、木管に示される軽快な第2主題、トロンボーンに厳かに示される第3主題と、性格の異なる主題部が並列され、展開部では様々な情感の移ろいをみせる。第2楽章(アンダンテ・コン・モート)はイ短調による叙情的な緩徐楽章。オーボエに示される哀愁漂う主要主題とロマン的な憧憬の気分に満ちた副主題が交替する。第3楽章(スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ)は躍動感溢れる堂々たるスケルツォ。のどかな牧歌的な主題によるトリオが挟まれる。第4楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ)は力感に満ちた第1主題と管楽器に歌われる第2主題を持つソナタ形式で、展開部ではベートーヴェンの第9交響曲の”歓喜の歌”の引用とおぼしき新主題も現れる。一定の動機やリズムを執拗に繰り返す独特の原理が生かされた大規模なフィナーレである。

 

シューベルト:劇音楽《キプロスの女王ロザムンデ》D.797より 第5曲 “間奏曲 第3番”

シューベルトは1823年にヘルミナ・フォン・シェジーの劇《キプロスの女王ロザムンデ》のための劇付随音楽を作曲した。これは1823年12月に上演されたが、シェジーの劇は内容の拙さゆえに完全な失敗に終わってしまう。しかしシューベルトの音楽は評価され、今日まで頻繁に演奏会で取り上げられてきた。

その中の”間奏曲 第3番”は第3幕と第4幕の間に置かれた曲で、この劇音楽の中でも”バレエ音楽第2番”とともにとりわけ親しまれている名品である。変ロ長調、アンダンティーノ、優美で穏やかな主要主題の間にやや動きのある短調の副主題が挟まれる。シューベルト自身この曲の主要主題を気に入っていたのか、のちに弦楽四重奏曲第13番イ短調Op.29/D.804(1824年)の第2楽章やピアノのための即興曲集Op.142/D.935(1827年)の第3曲変ロ長調に引用している。

(てらにし・もとゆき)

(CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツは全文とも日本文・英文にて収載

 

 

 

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組んだ。久石がプロデュースする「MUSIC FUTURE」のコンセプトを取り込み、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

(CDライナーノーツより)

 

 

シューベルト(1797-1828)
交響曲 第7番 ロ短調 D759「未完成」

1. 1 Allegro moderato
2. 2 Andante con moto

交響曲 第8番 ハ長調 D944「ザ・グレイト」

3. 1 Andante – Allegro ma non troppo
4. 2 Andante con moto
5. 3 Scherzo: Allegro vivace
6. 4 Finale: Allegro Vivace

7. 劇音楽「キプロスの女王ロザムンデ」D797より 間奏曲 第3番

久石譲(指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス

2023年7月5日 東京オペラシティ コンサートホール、7月6日 長野市芸術館メインホールにてライヴ収録

高音質 DSD11.2MHz録音 [Hybrid Layer Disc]

 

Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス 『ブラームス:交響曲全集』

2023年7月19日 CD-BOX発売 OVCL-00820

 

ロックなベートーヴェンから最先端のブラームスへ!
未来のクラシックを問う久石譲とFOCの「ブラームス交響曲全集」ついに完成!

クラシック音楽へのかつてないアプローチが大きな話題を集める、久石譲とFOCによる挑戦。このブラームス全集は、2020年から取り組んだブラームス・ツィクルスより第2番・第3番・第4番と、新たにセッション録音をした第1番が収録されています。3年半という時間をかけた入魂のアルバムです。

久石譲のもと若手トッププレーヤーが集結したFOCは、瞬発力と表現力が爆発。作曲家ならではの視点で分析された演奏は、常識を打破するような新しいブラームス像をうち立てています。

(メーカー・インフォメーション/CDBOX装丁 より)

 

 

 

久石譲ロングインタビュー「ブラームスはヘビメタだ!」

聞き手・構成:柴田克彦(音楽評論家)
オブザーバー:江崎友淑(録音プロデューサー)

▼トピック紹介▼
・ブラームスの難しさ
・FOCのブラームスとは?
・録り直した第1番
・第2番の独自性
・第3番への思い
・第4番の罠
・最後に

(ブックレット p.2-12掲載)

 

曲目解説 寺西基之

(ブックレット p.13-19掲載)

 

久石譲/フューチャー・オーケストラ・クラシックス/オーケストラ メンバーリスト

(ブックレット p.20-25掲載)

 

Brahms is Heavy Metal!

*久石譲ロングインタビュー 英文

(ブックレット p.26-34掲載)

 

Music Commentary

*楽曲解説 英文

(ブックレット p.34-41)

 

Profile Joe Hisaishi / Future Orchestra Classics(FOC)

*英文

(ブックレット p.42-44)

 

 

 

ブラームスはヘビメタだ!

聞き手・構成:柴田克彦(音楽評論家)
オブザーバー:江崎友淑(録音プロデューサー)

 

ブラームスの難しさ

柴田:まずは、フューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)の演目として、ベートーヴェンの次にブラームスの交響曲を選ばれた理由からお聞かせください。

久石:ベートーヴェンに並ぶ作品といえばやはりブラームスしかない。まだ早いかもしれないと思いながらも、チャレンジすることにしました。ただ、ブラームスは本当に難しい。

柴田:どんな点が難しいのでしょう?

久石:ベートーヴェンはもちろん、歌謡的なイメージのあるシューベルトでさえも、交響曲ではモティーフを重要視してきちんと作ってあります。モティーフ的な楽曲は、論理的な構造を明確にできるので、全体の構成もクリアになります。でもブラームスは、歌謡的なメロディを無理矢理モティーフ化しようとしている。その扱い方がとても難しいのです。

柴田:ブラームスの交響曲の満足いく演奏は、意外に少ないですね。

久石:マーラーなどに受け継がれていく歌謡メロディ的な要素、すなわち非常にロマン的な体質と、ベートーヴェンに憧れている論理的な部分が混然としているので、指揮者にとっては難儀なのです。だから僕も若干躊躇しました。

 しかも、ドイツ音楽という括りの重い演奏=「これぞブラームス!」との見方が横行してしまった。FOCでもその問題が出てしまうので、改めて「うちはチャンバー・オーケストラで、スポーツカーだから」と言わないといけなかった。フル・オーケストラはダンプカーで、カーブもゆっくりとしか曲がれない。でもスポーツカーはきゅっと曲がれます。FOCではそれをやりたいのに、皆少しずつ次を待ってしまう。

 ブラームスも初期の時はFOCと同じくらいの編成なので、そんなに重く弾いているわけではない。ところが一般的なアプローチは、後期ロマン派のマーラーなどへ繋がり、さらには20世紀のドイツ的な重い表現へと繋がっていった。すると演奏家がそこから抜け出すのはすごく難しい。

柴田:確かにそうですね。

久石:FOCのブラームスでも、1番は一度録音し、リリースもしています。でもそれを聴くと、速いテンポで論理的に扱おうとし過ぎたために、歌っていない。なので1番だけセッションで録り直しをしました。歌謡的な要素と論理的な部分のマッチングを上手くやらないとブラームスは成立しないというのが、今回よく分かりましたね。

 

FOCのブラームスとは?

柴田:前のベートーヴェンの交響曲全曲演奏の際に「ロックやポピュラー音楽を知った上でのベートーヴェン」という話をされていましたが、今回その点はどうですか?

久石:今回その発想はあまりありません。それよりも、今まで聴いてきた重すぎるブラームスはやりたくないとの思いが強かった。とはいえアップテンポにしてただ縦を合わせたような演奏だとブラームスにならない。従って、現代的なテンポやインテンポを基準にはするが、必ず大きく歌う。その点をものすごく気にかけました。

柴田:ベートーヴェンの時はリズムを相当意識されていましたが、今回はどうですか?

久石:とても大事にしています。ただ、ブラームスに颯爽という印象はないでしょう? 遅くはないが、颯爽ではない。アップテンポにすると絶対弾けないくらい難しいところが出てきます。だから、テンポを上げればいい、リズムを強調すればいいってものでもない。ブラームスの難しさはそういうところにもありますね。

柴田:では、ベートーヴェンの時に話されていた「ロックのような」という要素は?

久石:もちろんその要素はあります。でも音楽が軽くない。ブラームスの場合は、聴覚的に感じる1拍目が実際の1拍目ではなく、裏拍が多いので緊張させられます。それでも、テンションを保つリズムの要素はすごくあるので、リズムから追い込んでいく僕のスタイルは変わっていません。そう、ベートーヴェンがロックだとすれば、ブラームスはヘビメタ。重い。同じリズムだけど性格が違う。

柴田:「ブラームスはヘビメタだ!」というのはキャッチーですね(笑)。

久石:そこだけ切り取られると困るけど(笑)。

柴田:ビブラートに関してはどうですか?

久石:ベートーヴェンの時から基本的にかけていません。例えば、玄関のピンポーンってチャイム。あれは正弦派に近いです。正弦波はピュアで音がすごく通る。例えばうちの犬は、テレビの中のドラマでチャイムの音が鳴ると、慌てて玄関に吠えて行きます。つまり正弦波だと距離感がわからない。でもビブラートをかけると波形がぐちゃぐちゃになる。そのように複雑になればなるほどニュアンスが出るわけです。ところがビブラートなしで出す音は正弦波に近い。すると遠くまで届くのですが、そばで聞いている人には細く感じる。しかもビブラートがないと味気なくなるので、指の速度や弓の返しでニュアンスを出すといった別の工夫が必要になります。ともかくFOCがビブラートなしで演奏する理由は、遠くまで聞こえるその抜けの良さを一番大事にしたいから。それによって管楽器のアンサンブルも見通しがよくなります。

江崎:1番の第4楽章の最後は、普通は弦楽器や管楽器がティンパニに消されて聞こえないんですよ。だけどFOCは明確に聞こえている。不思議に思っていたんですよね。

柴田:あとブラームスでは立奏をされていますね。

久石:室内オケなので、ホールが大きくなるとちょっともの足りないと思うことがありました。そういう時に立った方が寂しくないという、非常に単純な理由でした。またクルレンツィス率いるムジカエテルナの立奏に刺激されたのも一因ですし、僕がやっている現代音楽の公演も立奏が多い。それに今回実験したんですよ。座って一部録った後に立って演奏してみた。すると立った方が音の抜けがいい。ですから今回は全部立奏での録音です。

柴田:ナガノ・チェンバーからFOCへ、メンバーも替わりながら続けてきて、オーケストラ自体の変化は感じられますか?

久石:コアなメンバーはあまり変えていないから、どうでしょうか。コンサートマスターの近藤さんやホルンの福川さん、チェロの向井さんあたりが引っ張ってくれている。

江崎:オケの”音”はもう完全に定着しましたね。ブラームスの4番は普段のメンバーとかなり違うんですよ。だけど全く音色に遜色がない。

久石:弾き方が違う奏者がいると皆分かる。若干遅れるなど、少し浮くんです。それが2、3日すると気にならなくなる。僕も「うちはスポーツカーなんだから、溜めるんじゃない」などとしつこく言ってはいます。でも皆な理解して最後はFOCの音になっている。

柴田:それにしても、ブラームスはピリオド系の演奏を含めてなかなか成功しないですよね。

久石:この数年、フランソワ=グザヴィエ・ロトとレ・シエクルのフランスものが一番トレンドな演奏になっていますよね。ピリオド系の人達は、基本的にいま主流になりました。あと、レコード芸術誌の「新時代の名曲名盤500」で、僕が日本人で初めてベートーヴェンの交響曲第7番で1位になったんですよ。FOCの演奏が、カラヤン、フルトヴェングラーなどを含めた全部のCDの中で1位になった。8番も2位になりました。もちろんフランスものなどはほとんどロトが1位です。ところが、ブラームスだけは昔のまま往年の指揮者やオーケストラがトップです。先ほど言ったように、ロマン的な体質と論理的な体質の、どちらかに焦点を当てても、何か足りない面があるので最も現代的な演奏に行き着けないのではないですか?

柴田:すると、今回の録音がベートーヴェンの7番8番にあたるかもしれませんね。

久石:そうであって欲しい(笑)。

柴田:ところで、今回時間的にはCD2枚に入る4曲を、3枚に分けた理由はあるのですか?

久石:1番と4番はとりわけ納得がいく出来栄えだったので、それぞれ1曲をじっくり聴いてほしいと思い、ディスクを独立させることにしました。特にこの全集のために改めてセッションを組んだ1番は、演奏への思い入れも強かったのです。

 

録り直した第1番

柴田:1番を録り直したのは、やはり「歌っていない」点が最大の理由ですか?

久石:そうですね。アップテンポであることに気を遣い過ぎ、斬新さを求め過ぎてしまった。でも今回の再録音でやっとできたという感じがしています。

柴田:基本的なテンポなどは前と一緒ですか?

久石:第1楽章の冒頭部分だけは、少しゆったりさせました。

柴田:あそこはウン・ポコ・ソスティヌートであって、アンダンテやアダージョではないんですよね。

久石:そうです。だが普通は迷宮に入るみたいに重く始まるケースが多く、それは違うと僕はずっと思っていました。今回はそこをちゃんとできた。テンポは変わらず速いですが、前回よりもある意味自然になっています。でも1番が一番難しい。作曲に時間かけ過ぎなんです。

柴田:構想から完成まで約20年というのは、作曲家の立場で見てどうなんですか?

久石:やり過ぎ。20年かかった意味はスコア見ればわかるのですが、3オクターヴに亘って三度で動かしたりする。例えば、高い方をフルート、1オクターヴ下をクラリネット、もう1オクターヴ下をファゴット、場合によってチェロなどで弾いたりする。だから厚ぼったい。時間をかけるとそのようにクドくなるんです。なので今回は、例えば一番下のパートに「弱く吹いてください」とお願いし、抜けをできるだけ良くするよう心がけました。僕らもそうですが、時間をかければかけるほど厚くなる。スコアを眺めていると「うーん…重ねておこうかなぁ」と。作曲家の心理として必ずありますね。

柴田:久石さんは、作曲にそれほど年数をかけたことはありますか?

久石:一番長くなったのは交響曲第1番。第1楽章を書いて、第2楽章の80%くらいできた時に、これでいいのか?と。そこで躓いて、2~3年ほどブランクがあり、結局7年ちょっとかかった。でも第2番は6ヶ月。オーケストレーションは翌年でしたが、かなり速い。

柴田:ブラームスと同じですね。それは解放感によるものでしょうか?

久石:交響曲とはこういうものだと分かるのに時間がかかるんです。ブラームスの場合は、あまりにも巨大なベートーヴェンの作品があるから、それを意識し過ぎたのでしょう。なので、これでいいのだと実感するのに、すごい時間がかかった。まだ足りないのではないかと、絶えず思ってしまうわけです。

柴田:やはり交響曲は特別なのですね。

久石:特別になってしまいますね。僕の交響曲で言うと、2番3番はコンセプチュアルなんですよ。ミニマルを完全に前面に押し出しているので、各楽章のテーマやリズムがわりとはっきりしている。1番の時はそれがはっきりせず、交響曲はこうあるべきだなど、色々な思いが入ってきてしまった。他は全部ミニマル的な単一動機の延長で行けたのが、1番だけ違うんですよ。だからブラームスも2番は非常にコンセプチュアルです。

 

第2番の独自性

柴田:2番はやはり”自然”や”田園”がコンセプトでしょうか?

久石:1番と2番の関係は、ベートーヴェンの5番「運命」と6番「田園」にあたります。2番は基本的に「田園」を意識していますね。ただ、深刻な音楽と深刻ではない音楽というよりも、純音楽的な要素で作ったものと情景的な要素を入れて作ったもの、と考えた方がいいと思います。

柴田:2番は特に第1楽章の演奏が難しいように感じます。

久石:ソナタ形式というのは、呈示部で、激しく男性的な第1主題、優しい第2主題を出して、展開部と再現部があるのが基本です。でも2番の場合は、第1主題と第2主題のキャラクターの差があまりないんです。しかも似通った別の経過的なフレーズもメロディに聞こえるので、呈示部だけで5つか6つくらいの主題が出てくる感じがする。そこがまず演奏を難しくしています。

柴田:呈示部を繰り返すとさらに大変ですね。

久石:ゴルフ場で3ホール前にアイアンを忘れてきたようなものです。普通3ホールも戻れない。何が言いたいかというと、僕はいつも呈示部を必ず繰り返します。ブラームスは、主題が一杯あって山越え谷越えしてきているから、もう一回戻るのは本当に大変です。でも僕は行う。テンポを速くして、思い入れを込めすぎないようにします。

 特に2番は、1番で苦しんだ後なので旋律が自然に浮かんでそのまま書いたという感じがします。主題になるようなフレーズを山ほど出すので、全体の構成がはっきりしない。再現部でもう一回呈示部と同じことを繰り返す時も辛い。まだやるのかって(笑)。その後終結部が来ると途端に元気になって、バタバタして終わる。演奏が息切れするんです。そうしないためには呈示部をあっさりと表現する。いつも出てくるメロディに全部気持ちを込めていったら、息切れするに決まっています。

 

第3番への思い

柴田:3番も扱いが難しい曲ですね。

久石:僕は一番好きです。まずは冒頭の主題のリズムの凄さ。6/4拍子なのに聴覚上の1拍目と6拍目が区別できない。これが独特の緊張感を出しています。また有名な第3楽章のメロディもいい。

柴田:3番は力強い曲なのに、全楽章が弱音で終わります。これは珍しいですよね。

久石:僕はあまり意識していませんが、斬新ではありますね。特に、曲の最後に冒頭のテーマが出てくる箇所。そのまま出したらわざとらしいので、全部トレモロなんです。遠くに去っていく感じをさりげなく出したいということでしょうね。

柴田:意識しないということは、3番目になると結構自然に書かれている?

久石:3番の構成力のシンプルさに感心しています。カタルシスをその前にはっきり出しているので、静かに終わるのはすごくいいなといつも思っていますね。

 この曲は、ジブリの監督の高畑勲さんが大好きだったんですよ。《かぐや姫の物語》のファイナルミックスの時に、ロビーで3番のポケットスコアを見ていたら、高畑さんがスコアを取り上げて、「ここ、ここなんですよ、これが良いんですよね」と、その最後の主題が戻る箇所を指摘されたんです。映画監督でそこまでわかる人はまずいない。ちょっとびっくりしましたね。いつも3番を演奏すると、高畑さんを思い浮かべます。

柴田:それはすごいですね。

久石:ただ、あの部分は譜面通りにやるとメロディが絶対聴こえない。そこで、これは秋山和慶先生から教わったのですが、弦を半分普通に弾いて、半分はトレモロで、と。僕は最初、譜面通りにやっていたのですが、後で聴くと全然メロディが出てきていない。先生の仰る通りだなと思って、以後はその通りにやっています。

 

第4番の罠

柴田:4番についてはいかがでしょうか?

久石:4番は、第1楽章の冒頭部が象徴的です。「ティーラ、ターラ」「ティーラ、ターラ」と続く下行上行の動きは、全て同じ音型。とても論理的です。しかしどの指揮者も、ものすごくロマンティックに表現する。皆がそこに命をかけて、ムードたっぷりなんです。冒頭部にそうした思いを込めすぎると後が大変なので、僕はそうしません。

柴田:あの出だしにはロマンティックな演奏伝統のようなものがありますね。

久石:逆に言うと、あれが一番ブラームスらしいところ。論理的で明快な音型なのに、演奏者はなぜかものすごくロマンティックにやろうとする。これがブラームスの危険さ!なのです。つまりロマン的に書いていながら、次のメロディに発展させず、あくまで論理的に処理している。そこに論理的でありロマン的でもあるというブラームスの罠が全部仕込まれています。

江崎:音大なんかでも、音が出る前からビブラートをかけろなどと教わりますからね。

久石:そのくらいにブラームスはこうあらねばと皆が思ってしまっている。なので今回、真逆なことをやっています。

 あと4番の場合は、第4楽章のパッサカリアがすばらしい音楽ですよね。4番には2番の時に話した主題の出し過ぎがない。整備されていて、最後がパッサカリアでしょう。結局構成に関してはバロック時代に戻っている。だからすごく明快になっています。

江崎:言わせてください。今回の第3楽章。この快速をこのように弾けてる演奏は他にないですよ。もう痛快以外の何物でもないです、本当に。

久石:プロデューサーに褒められて嬉しいね。まあ第4楽章に話を戻すと、当時一番新しかったのは多分リストで、交響詩がソナタ形式に変わるシステムとして登場し、物語性を盛り込んでいった。しかしブラームスは最も古臭いと言われる位置にいて、ソナタ形式にこだわってきた。その彼が最終的に選んだのがパッサカリア。この意味はすごく重いと思います。8小節の低音のラインは変えず、上の動きで変えていく。それによって生まれる構成力が、おそらくブラームスが最終的に行き着いた答えの一つではないでしょうか。

柴田:重くたっぷりと表現されがちな第4楽章も、久石さんの演奏はわりと普通に進みますよね。あそこもアレグロ・エネルジコ・エ・アパッショナートで、別に遅いテンポではない。

久石:そう、全然遅くない。皆は重いと思っているけど、我々はスポーツカーですから。

 

最後に

久石:ブラームスを振るのは重荷ではありましたが、幸せでもありました。論理的な部分と感覚的な部分の両立は誰にとっても生きて行く上での最大の課題です。その課題が一番顕著に出てくるのがブラームス。両方を融合させなければいけない。今回出来たかどうか分からないけど、最大限頑張りました。

 でも、当時1番の初演を聞いた人が「第4楽章の主題はベートーヴェンの9番の主題に似てませんか?」と訊いた時、ブラームスは「そんなことは馬でもわかる」とはっきり言ってる……(笑)。僕はそういうブラームスが好きです。あの人はユーモアもクールです。決して深刻な人じゃないんですよ。だから誰があんな深刻な音楽(演奏)にしたんだ!と言いたい。それからブラームスが「ドヴォルザークがクズ箱に捨てたスケッチで僕はシンフォニー1曲書ける」と言ったという有名な逸話があります。彼はドヴォルザークのメロディがすごいことをちゃんと言う。俺が!俺が!ではないですよね。その意味でもブラームスを堅苦しくなく演奏できる状態にしたいですね。

(2023年5月11日)

 

(久石譲ロングインタビュー「ブラームスはヘビメタだ!」 ブックレットより)

 

 

 

 

 

過去コンサート・レポートなど

 

 

ブラームス:交響曲全集《特別装丁BOX》 久石譲&FOC

 [Disc1]
 交響曲 第1番 ハ短調 作品68
 [Disc2]
 交響曲 第2番 ニ長調 作品73
 交響曲 第3番 ヘ長調 作品90
 [Disc3]
 交響曲 第4番 ホ短調 作品98

久石譲 (指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス

〈録音〉
第1番:2023年5月10-11日 長野市芸術館 メインホール(セッション)
第2番:2021年7月8日 東京オペラシティ コンサートホール、7月10日長野市芸術館 メインホール(ライヴ)
第3番:2022年2月9日 東京オペラシティ コンサートホール(ライヴ)
第4番:2022年7月14日 東京オペラシティ コンサートホール、7月16日長野市芸術館 メインホール(ライヴ)

SACD Hybrid
2ch HQ (CD STEREO/ SACD STEREO)

●初回限定 特別装丁BOXケース&紙ジャケット仕様
●豪華ブックレットには久石譲ロングインタビューを掲載
●第1番は当全集のために新たに行なったセッション録音を収録

 

 

Producer: Joe Hisaishi

Recording & Balance Engineer: Tomoyoshi Ezaki
Recording Engineer: Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

Production Management: Shinji Kawamoto (Wonder City Inc.)
A&R: Moe Sengoku

Photo: Dai Niwa (Box, P.7)
Cover Design: Miwa Hirose, Ayumi Kishimmoto

Executive Producer: Ayame Fujisawa (Wonder City Inc.), Tomoyoshi Ezaki

Joe Hisaishi by the courtesy of Deutsche Grammophon GmbH

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE VI』

2022年11月23日 CD発売 OVCL-00795

 

久石譲主宰 Wonder Land Records × クラシックのEXTONレーベル
夢のコラボレーション第6弾!未来へ発信するシリーズ!

久石譲が“明日のために届けたい”音楽をナビゲートするコンサート・シリーズ「ミュージック・フューチャー」より、アルバム第6弾が登場。”現代の音楽”を堪能する極上のプログラムと銘打たれた2021年のコンサートのライヴ録音です。北欧エストニアの作曲家レポ・スメラとアルヴォ・ペルト、アメリカの作曲家ブライス・デスナーとニコ・ミューリー、そして久石譲の作品から、多種多様な「リズム」の楽しさを発見することができることでしょう。日本を代表する名手たちが揃った「ミュージック・フューチャー・バンド」が奏でる音楽も、高い技術とアンサンブルで見事に芸術の高みへと昇華していきます。EXTONレーベルが誇る最新技術により、非常に高い音楽性と臨場感あふれるサウンドも必聴です。「明日のための音楽」がここにあります。

ホームページ&WEBSHOP
www.octavia.co.jp

(CD帯より)

 

 

アルバムに寄せて 松平 敬

「継続は力なり」という言葉がある。常套句と言ってもよいほどによく知られたこの言葉をいきなり投げかけられても、「何を今さら」と感じる人がいるかもしれない。しかし、実際に何かを長年続けてきた人こそが、この言葉の本当の重みを実感を込めて感じることができるだろう。その中には当然、本ディスクの主人公、久石譲も含まれるはずだ。

さてこのディスクは、久石譲がプロデュースするコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」の最新のライヴ録音を収めたもので、本盤が6作目のアルバムとなる。コンサートそのものは、初回の2014年から年1度のペースで行われており、(少しややこしくなるが)ここに収められたのは2021年10月の8回目のコンサートになる。

何らかのコンサート企画を継続していくことは本当に大変だが、それがこのコンサート・シリーズのコンセプトである「世界の最先端の”現代の音楽”を紹介する」内容となると、そのハードルはさらに高くなる。例えばあるコンサートで5曲演奏するとして、その5曲を選ぶために、その何倍もの候補曲を検討しなくてはならないことは容易に想像できるだろう。そして、このようなプロセスを毎年続けなくてはならないのだ。企画のマンネリ化を避けつつ良い作品を見つけ出すためには、常に世界中にアンテナを張り巡らせておかなくてはならない。これらのことから逆算すれば、プロデューサーである久石譲の本企画にかける熱意が並々ならぬことも理解できるだろう。特に今回のコンサートは、コロナ禍の只中に行われ、それまで予想できなかった更なる制約がコンサート運営を困難にしたはずであるが、そうした状況にもかかわらずコンサート会場へ駆け付けた多くのファンに熱気に影響されてか、演奏そのものも、いつも以上に熱のこもったものとなっている。

今回のディスクで特徴的なのは、アルヴォ・ペルト、レポ・スメラというエストニア出身の二人の作曲家が取り上げられていることだ。MUSIC FUTUREではこれまで、ミニマル・ミュージックを切り口として数多くの作品が紹介されてきたが、そのプログラムの多くを占めるのは、ミニマル・ミュージックの開祖というべきライヒ、グラスなど、アメリカ人作曲家による作品である。そこから遠く離れた北欧のエストニアは、ミニマル・ミュージックと一見イメージが結びつきにくい。しかし、作品を実際に聴けばそのつながりは明らかである。特に、日本ではほとんど無名と言ってもよいスメラのピアノ曲『1981』における、さりげなく入り組んだリズム構造をノスタルジックな響きと交錯させるアイデアが興味深い。

エストニアの2作品での静謐な音調に対し、残りの収録曲では、作品ごとに異なるリズムへのアプローチが面白い。

ニコ・ミューリー作品では、頻繁に休符が挟まれることで生まれるリズムの不規則性が、独特なグルーヴ感を生み出す。ブライス・デスナー作品では、アメリカの古い大衆音楽から発想されたリズムが、その土臭さを保ったままカラフルなオーケストレーションによって展開される。そして、このコンサートが初演となった久石譲の『2 Dances for Large Ensemble』は、そのタイトルからリズムへのこだわりが明らかだ。第1楽章は、いきなり前のめりなリズムから始まるが、それに輪をかけるような超高速パッセージが頻出するなど、演奏者には極めて高度な演奏能力と集中力が求められる。ほとんど演奏不可能にも思える複雑なスコアを圧倒的なテンションえ演奏してしまうMusic Future Bandの超絶技巧は、本ディスク最大の聴きどころである。ところで、このような作品が生まれた背景には、奏者に対する作曲家からの絶対的な信頼がある。そしてその信頼感を培ったのは、このコンサート・シリーズでの長年の共演経験である。これこそまさに「継続は力なり」であろう。

(まつだいら・たかし)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説

久石譲:2 Dances for Large Ensemble

「2 Dances for Large Ensemble」は2020年12月9日から東京近郊の仕事場で作曲をスタートした。11月の後半にMUSIC FUTURE Vol.7が行われ好評を得た後である。その時の作曲ノートには「2楽章形式で約22分、Rhythm Main」と書いている。ほとんどその通りに作品はできたのだが、大きく違う点がある。元々のアイデアは2管編成約60人を想定していた楽曲だった。

2020年12月はまだ新型コロナ禍の真っ只中にいた。舞台上の蜜を避けるためオーケストラの3管編成、約90人の楽曲はほとんど演奏できない状況にあった。つまり、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスはできるが、マーラー、ブルックナーなどの後期ロマン派や20世紀前半の作品、例えばプロコフィエフ、ショスタコーヴィチなどは全く演奏できない状況にあった。「現代の音楽」を演奏したいと考えている僕としては、懸命にその編成でできる楽曲を探したのだが、ほとんどない有様だった。そこで2管編成で演奏できる楽曲、このようなパンデミックの状況でも演奏できる楽曲を作ろうというのがそもそもの発想だった。

僕は日記のように毎日作った楽曲を、あるいは途中経過をコンピューターに保存しているので、楽曲の成立過程を簡単に見ることができる。2 Dancesは12月はら翌2021年1月の中旬までかなり集中して作っていたのだが、その後飛び飛びで行った形跡はあるが、だいぶ飛んで8月の中旬からまた集中して作曲している。これは交響曲第2番と第3番を締切の関係で先に作らなければならなかったことやコンサートなど他のことをするため一時中断したということである。ちなみに2020年から2021年にかけて2つの交響曲を書いたことは本当に嬉しいことであり、ある意味奇跡的なことでもある。少なくとも僕にとって。MUSIC FUTUREに向けて仕上げることは春先に決めていたように思われるが、そういう曖昧に考えたことなどは残念ながらコンピューター上には残らない。

「2 Dances for Large Ensemble」はダンスなどで使用するリズムを基本モチーフのようにして構成している。そのため一見聴きやすそうだが、かなり交錯したリズム構造になっているため演奏は難しい。これはMFB(Music Future Band)の名手たちへの信頼があって初めて書けることである。また使用モチーフを最小限にとどめることでリズムの変化に耳の感覚が集中するように配慮したつもりである。またMov.2では19小節のかなりメロディックなフレーズが全体を牽引するが、実はそこにリズムやハーモニーのエッセンスが全て含まれている。その意味では単一モチーフ音楽=Single Musicといえる。

最後に2 Dancesはダンスのリズムを使用した楽曲であるが、これで踊るのはとても難しいと思う。もし踊る人がいたら、僕は、絶対観てみたい。

久石譲

 

レポ・スメラ:1981 from “Two pieces from the year 1981”

「1981」は、エストニアの作曲家レポ・スメラ(1950-2000)の最も有名なピアノ曲「1981年から2つの小品」の第1曲で、「The Piece from the Year 1981」と題されることもあります。世界初演は、1981年3月15日にエストニアのタリンで、ケルスティ・スメラによって演奏されました。第2曲は「Pardon, Fryderyk!」。このピアノ曲はこれまで2千回以上、世界中で演奏されている作品であり、トム・ティクヴァ監督のドイツ映画『プリンセス・アンド・ウォリアー(原題:Der Krieger und die Kaiserin)』のサウンドトラックとして起用されたことでも知られています。

 

ブライス・デスナー:Murder Ballades

ああ、私の話を聞いてください、嘘は言いません。
ジョン・ルイスがどのようにして可哀想なオミー・ワイズを殺したか。

マーダー・バラッドとは、ヨーロッパの伝承をルーツにした、血なまぐさい殺人事件を歌で語る曲のスタイルです。この伝承はのちにアメリカに伝わり、独自のものとして発展しました。デスナーはこれらのバラッドの魅惑的な旋律、暴力的なストーリー、演奏スタイルからインスピレーションを得て、オリジナルの作品を作りました。「Omie Wise」、「Young Emily」、「Pretty Polly」は、古典的な曲からヒントを得た曲。一方、「Dark Holler」は、デスナー自身によるメロディで、クローハンマー・バンジョーをイメージしたサウンドで描かれています。「Brushy Folk」は、南北戦争時代のマーダー・バラッドやフィドルをもとにした曲。「Wave the Sea」「Tears for Sister Polly」は、アメリカ音楽が持つ奇妙な側面、そしてその奥深さから紡ぎ出されたオリジナル作品です。

ブライス・デスナー(1976-)は、作曲家、エレクトリック・ギタリスト、芸術監督として活躍し、作品にはバロック音楽や民俗音楽、後期ロマン主義やモダニズム、ミニマリズム、ブルースなどを取り入れています。今回の「Murder Ballads」は、アメリカの室内楽アンサンブルのエイト・ブラックバード(eight blackbard)とルナパークから委嘱を受け、2013年4月5日にオランダのアイントホーフェン音楽堂で初演されました。

brycedessner.com

 

アルヴォ・ペルト:Fratres for Violin and Piano

「Fratres」(ラテン語で「兄弟」の意)は1977年に作曲され、ティンティナブリ様式の音楽が認められてから膨大に生み出された作品の一つです。この曲は当初、さまざまな楽器で演奏可能な、決まった楽器編成のない3パート構成の音楽として作曲され、1977年にペルトの同志である古楽器グループ、ホルトゥス・ムジクスによって初演されました。

「Fratres」はまた、ソロ楽器のためのバリエーションを加えた曲としても編曲されています。その中で最初となるのが、ザルツブルク音楽祭の委嘱を受け、ヴァイオリンとピアノのために書かれたもので、1980年の同音楽祭において初演されました。(今回演奏されるのはこのバージョンです。)

構造的には、繰り返される打楽器のモチーフで区切られた変奏曲となっています(打楽器のない編成の場合は、ドラムのような音を模倣します)。曲全体を通し、異なるオクターブから始まって繰り返されるテーマが聞こえてきます。徐々に動く2つのメロディラインと、短三和音の音符上を動くティンティナブリの主声部による3つの声部をはっきりと認識することができます。また、全体を通し、響くような低いドローンを伴っています。高度な技術を要する独奏楽器のパートが、繰り返される3部構成のテーマに新たなレイヤーを加え、変化する要素と不変の要素によるコントラストが強調されます。アルヴォ・ペルトの曲は一見シンプルに聞こえますが、声部の動き、メロディやフレーズの長さ、拍子の変化など、厳格な数学的な法則によって支配されています。

Arvo Pärt Center

 

ニコ・ミューリー:Step Team

ステッピング(Stepping)は、声だけでなく全身を使う軍隊を模したダンスです。高度な振り付けと正確さが必要とされますが、表現の自由度が高く、そのため多くのエネルギーを要します。

この曲はシカゴ交響楽団のMusicNOWのために作曲したものですが、あまり繊細にせず、点描画的な手法を避け、9人の奏者が一つのチームとして機能することで単一のリズムを刻みます。シカゴ交響楽団がニューヨークに来るたび、金管楽器によるステーキハウスのような重厚なサウンドに感銘を受けていたので、この曲ではバス・トロンボーンをハーモニーや叙情的な素材のガイド役として起用しています。

曲のある時点で、リズミカルなユニゾンが崩れ始め、個々の奏者やグループがパルスに対して遅くなったり、速くなったりします。一方、バス・トロンボーンは、セクション間の変化を告げる統一的な役割を担っています。散漫なパルスに続き、金管セクションは他の楽器を整列させるよう導きます。そして、バス・トロンボーンとピアノのデュエットは他のプレーヤーによる装飾を伴いながら幕を閉じます。

Nico Muhly

 

※曲目解説は、2021年10月8日 MUSIC FUTURE Vol.8プログラムノートより転載

(CDライナーノーツより)

 

 

補足)収載にあたりコンサートパンフレットから一部の添削・修正がされています。文章的なもの。それもふまえてここではCDライナーノーツのほうを掲載しています。

 

 

ミュージック・フューチャー・バンド
Music Future Band

2014年、久石譲のかけ声によりスタートしたコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」から誕生した室内オーケストラ。現代的なサウンドと高い技術を要するプログラミングにあわせ、日本を代表する精鋭メンバーで構成される。

”現代に書かれた優れた音楽を紹介する”という野心的なコンセプトのもと、久石譲(1950-)の世界初演作のみならず、ミニマル・クラシックやポストクラシカルといった最先端の作品や、日本では演奏機会の少ない作曲家を取り上げるなど、他に類を見ない斬新なプログラムを披露している。これまでに、シェーンベルク(1874-1951)、ヘンリク・グレツキ(1933-2010)、アルヴォ・ペルト(1935-)、スティーヴ・ライヒ(1936-)、フィリップ・グラス(1937-)、ジョン・アダムズ(1947-)、デヴィット・ラング(1957-)、マックス・リヒター(1966-)、ガブリエル・プロコフィエフ(1975-)、ブライス・デスナー(1976-)、ニコ・ミューリー(1981-)などの作品を取り上げ、日本初演作も多数含む。”新しい音楽”を常に体験させてくれる先鋭的な室内オーケストラである。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

本盤は、シリーズで初めてコンサート・プログラムの全作品が収録されている。

 

 

「久石譲:2 Dances」のことは、ふたつのレポートでわりとたっぷり語っている。この作品は本盤収録のアンサンブル版とのちに初披露されたオーケストラ版とがある。どちらも初演時コンサートライブ配信が叶い、時間をおいてプログラムから抜き出したこの作品のコンサート映像が久石譲公式チャンネルより公開されている。その案内も下記にまとめている。

ライブ配信の映像および音質のクオリティはすこぶる高い。それだけで満足にたる。が、やはり音源として仕上げられた本盤の録音品質には敵わない。ライブらしい臨場感とパフォーマンスに、精緻を極めた音の配置、バランス、生き生きとした鋭い音像。心ゆくまで堪能したい。

 

 

 

 

久石譲
Joe Hisaishi (1950-)
2 Dances for Large Ensemble (2021) [世界初演]
1. 1 How do you dance?
2. 2 Step to heaven

レポ・スメラ
Lepo Sumera (1950-2000)
3. 1981 from “Two pieces from the year 1981” (1981)

ブライス・デスナー
Bryce Dessner (1976-)
Murder Ballades for Chamber Ensemble (2013) [日本初演]
4. 1 Omie Wise
5. 2 Young Emily
6. 3 Dark Holler
7. 4 Wave the Sea
8. 5 Brushy Fork
9. 6 Pretty Polly
10. 7 Tears for Sister Polly

アルヴォ・ペルト
Arvo Pärt (1935-)
11. Fratres for Violin and Piano (1977/1980)

ニコ・ミューリー
Nico Muhly
12. Step Team (2007) [日本初演]

久石譲(指揮)
ミュージック・フューチャー・バンド
西江辰郎(バンドマスター、ソロ・ヴァイオリン 11)
鈴木慎崇(ソロ・ピアノ 11)

2021年10月8日 東京・紀尾井ホールにてライヴ収録

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE VI

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Music Future Band
Live Recording at Kioi Hall, Tokyo, 8 Oct. 2021

Produced by Joe Hisaishi
Recording & Balance Engineer: Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineers: Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

and more…

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE V』

2021年10月20日 CD発売 OVCL-00765

 

久石譲主宰 Wonder Land Records × クラシックのEXTONレーベル
夢のコラボレーション第5弾!未来へ発信するシリーズ!

久石譲が“明日のために届けたい”音楽をナビゲートするコンサート・シリーズ「ミュージック・フューチャー」より、アルバム第5弾が登場。2020年のコンサートのライヴを収録した本作は、エネルギッシュなミニマル作品が集められ、エキサイティングなアルバムとなりました。ジョン・アダムズの「Gnarly Buttons」のソロを熱演したクラリネット奏者マルコス・ペレス・ミランダには、会場が大きな拍手を送りました。

日本を代表する名手たちが揃った「ミュージック・フューチャー・バンド」が奏でる音楽も、高い技術とアンサンブルで見事に芸術の高みへと昇華していきます。EXTONレーベルが誇る最新技術により、非常に高い音楽性と臨場感あふれるサウンドも必聴です。「明日のための音楽」がここにあります。

ホームページ&WEBSHOP
www.octavia.co.jp

(CD帯より)

 

 

解説 松平 敬

MUSIC FUTUREは、ミニマル音楽、あるいはその流れを汲む秀作を日本の聴衆に紹介する久石譲のコンサート・シリーズだ。そして、ここに収められた音源は、その第7回目のコンサートのライブ録音である。

ミニマル音楽は、その名のとおり、極端に限定された短いパターンの繰り返しや変容だけで構成される音楽である。聴く分には心地よい音楽であっても、演奏する側からみれば、少しのミスが致命傷となる演奏至難な音楽で、特にこうした音楽に慣れていない奏者にとっては、コンサートでの生演奏は恐怖そのものだろう。しかし、ここで演奏している奏者の大半は、このコンサート・シリーズの出演を重ね、ミニマル音楽の演奏スタイルが体に馴染んできているようだ。今回採用された、一部の楽器を除いてほとんど全員が立奏するスタイルも、音楽表現に対する積極性、自発性を高める効果を及ぼし、演奏もますますしなやかになっている。

今回の聴きどころは、ジョン・アダムズの『Gnarly Buttons』でソリストを務めるマルコス・ペレス・ミランダのクラリネット。ミニマル音楽でありながら古き良きアメリカ音楽を彷彿とさせる独特なソロ・パートの軽妙洒脱な演奏をお楽しみいただきたい。もちろん、ますます洗練度を高めてきた久石譲の二つの作品、ロック的な激しさが鮮烈なデスナーの作品も必聴だ。

 

久石譲:2 Pieces 2020 for Strange Ensemble

この作品は、MUSIC FUTURE Vol.3のために作曲された『2 Pieces for Strange Ensemble』の改訂版。旧ヴァージョンと基本的に同じ音楽であるが、オーケストレーションの細部が彫琢され、より洗練されたサウンドに生まれ変わっている。旧ヴァージョンはCD「Music Future II」に収録されているので、両方を聴き比べてみるのも一興だろう。

タイトル中の「for Strange Ensemble」という文言が示すとおり、この作品は、クラリネット、トランペット、トロンボーン、打楽器(2奏者)、2台ピアノ、サンプラー、チェロ、コントラバスという、かなり特殊な楽器編成のために作曲されている。2曲目では、金管楽器奏者がマウスピースのみで演奏することによって生まれる、人声そっくりの不思議な音色も使用されている。楽器編成だけでなく、それぞれの曲の「素早く動いている対比」、「漁師の妻たちと黄金比」というタイトルも独特だが、これらはダリの絵画からインスピレーションを得たもの。

どちらの曲も、音の鳴っていない沈黙の部分が印象的だ。音と沈黙を絶妙なバランスで配置するセンスは、絵画的な造形感覚を強く想起させる。

 

ジョン・アダムズ:Gnarly Buttons for Clarinet and Small Orchestra

ジョン・アダムズは、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスなど、ミニマル音楽の開祖というべき作曲家の次の世代に当たる。ライヒやグラスの音楽では、反復されるメロディー・パターンの抽象的な変容が重視されているのに対し、アダムズの音楽には、そこにロマン派的な情緒や様々なポピュラー音楽の要素が組み込まれ、ミニマル音楽の新しい展開を示している。

さて、この作品を特徴づけるのは、ソリストを務めるクラリネットの音色だ。この楽器の音色は、ベニー・グッドマンやガーシュイン『ラプソディ・イン・ブルー』の冒頭部分など、古いジャズのノスタルジックなイメージと強く結びついているが、この作品では、そうしたクラリネットのイメージが効果的に利用されている。うねうねと続くメロディーから始まる第1楽章は、冒頭こそ抽象的に聴こえるが、バンジョーの音色、ウォーキング・ベースなどが加わってくることで、ジャズ的なニュアンスが強まってくる。

ジャズ以前のアメリカのフォーク・ミュージックを現代化させたような第2楽章(途中には牛の鳴き声も描写される!)、ギターによる柔和なハーモニーに乗って甘いメロディーが歌われるバラード調の第3楽章と、全体の構成にも趣がある。

 

ブライス・デスナー:Skrik Trio for Violin, Viola and Violoncello

ブライス・デスナーは、現代音楽の作曲家でありながら、ロック・バンド「ザ・ナショナル」のメンバーとしてギタリストとしての顔を持つ、異色の経歴が興味深い。

この作品は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロによる弦楽三重奏、というクラシカルな編成のために作曲されているが、その音楽は、これらの弦楽器の優美なイメージとは正反対の、ロック的な荒々しさに満たされている。ロック的と言っても、実際に使われている作曲技法はミニマル音楽や、リゲティなどの現代音楽からの影響が強いもので、ロックのリズムが直接現れるわけではない。作品全体は、激しく錯綜するリズムを主体としたいくつかのセクションと、それらを引き裂くかのような持続音による、静的な楽想の交替で構成されている。

タイトルの「Skrik」とは、ノルウェー語で「叫び」を意味する。作曲者が見たオノ・ヨーコが叫んでいる映像が作曲の直接のきっかけとなっているが、まさにこのノルウェー語のタイトルを持つエドヴァルド・ムンクの有名な絵画も参照されている。

 

久石譲:Variation 14 for MFB

2021年に完成、初演された『交響曲第2番』の第2楽章を抜き出し、Music Future Bandの編成で演奏できるように作り直したもの。

テーマと14の変奏、コーダからなる楽曲構成は、伝統的な交響曲に類例がありそうだが、その鋳型に嵌め込まれた音楽は相当に個性的だ。パルス状のリズムで奏されるテーマは、沖縄やバリの音楽に通じるトロピカルな情緒を持っている。ほとんど全ての部分で、音楽は伴奏和声を伴わない単声で作曲されているが、メロディーの数音ずつを異なる楽器で受け継いでいくことによって、たった一本のメロディー・ラインから豊かな色彩感が生まれる。ヴァリエーションを重ねるごとにグルーヴ感が増幅していく展開は、絶妙なDJプレイによって紡がれるクラブ・ミュージックさながらだ。特に、途中から加わるラテン・パーカッションの効果は絶大で、シビアなアンサンブルが要求されるオーケストラと相まって、手に汗を握るスリリングな音楽が実現している。

(まつだいら・たかし)

(CDライナーノーツより)

 

 

ミュージック・フューチャー・バンド
Music Future Band

2014年、久石譲のかけ声によりスタートしたコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」から誕生した室内オーケストラ。現代的なサウンドと高い技術を要するプログラミングにあわせ、日本を代表する精鋭メンバーで構成される。

”現代に書かれた優れた音楽を紹介する”という野心的なコンセプトのもと、久石譲(1950-)の世界初演作のみならず、ミニマル・クラシックやポストクラシカルといった最先端の作品や、日本では演奏機会の少ない作曲家を取り上げるなど、他に類を見ない斬新なプログラムを披露している。これまでに、シェーンベルク(1874-1951)、ヘンリク・グレツキ(1933-2010)、アルヴォ・ペルト(1935-)、スティーヴ・ライヒ(1936-)、フィリップ・グラス(1937-)、ジョン・アダムズ(1947-)、デヴィット・ラング(1957-)、マックス・リヒター(1966-)、ガブリエル・プロコフィエフ(1975-)、ブライス・デスナー(1976-)、ニコ・ミューリー(1981-)などの作品を取り上げ、日本初演作も多数含む。”新しい音楽”を常に体験させてくれる先鋭的な室内オーケストラである。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

Joe Hisaishi
2 Pieces 2020 for Strange Ensemble
1. Fast Moving Oppositions
2. Fisherman’s Wives and Golden Ratio

「2 Pieces 2020 for Strange Ensemble」は、MUSIC FUTURE Vol.3のために書いた楽曲です。誰もやっていない変わった編成で変わった曲を作ろうというのが始まりでした。

第1曲はヘ短調の分散和音でできており、第2曲は嬰ヘ短調でできるだけシンプルに作りました。

大きなコンセプトとしては、第1曲は音と沈黙、躍動と静止などの対比、第2曲は全体が黄金比率1対1.618(5対8)の時間配分で構成されています。つまりだんだん増殖していき(簡単にいうと盛り上がる)黄金比率ポイントからゆっくり静かになっていきます。黄金比率はあくまで視覚の中での均整の取れたフォームなのですが、時間軸の上でその均整は保たれるかの実験です。

第1曲「Fast Moving Opposition」は直訳すれば「素早く動いている対比」ということになり、第2曲の「Fisherman’s Wives and Golden Ratio」は「漁師の妻たちと黄金比」という何とも意味不明な内容です。これはサルバドール・ダリの絵画展からインスピレーションを得てつけたタイトルですが、絵画自体から直接触発されたものではありません。ですが、制作の過程でダリの「素早く動いている静物」「カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽」が絶えず視界の片隅にあり、何らかの影響があったことは間違いありません。ただし、前者の絵画が黄金比でできているのに対し、今回の楽曲作りでは後者にそのコンセプトは移しています。

久石譲

 

Joe Hisaishi
Variation 14 for MFB (2020)  *World Premiere

「Variation 14 for MFB(Music Future Band)」は今年の4月に書いた「Symphony No.2」の2楽章として作曲した楽曲です。それをMUSIC FUTURE Vol.7で演奏できるようにRe-composeしました。音の純粋な運動性を追求した楽曲です。テーマと14の変奏、それとコーダで構成しています。約11分の楽曲ですが、分かりやすくシンプル(しかし演奏は難しい)な楽曲を目指しました。今は楽しめることが一番大切だと考えています。

久石譲

(「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.7」コンサート・パンフレットより)

Blog. 「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.7」コンサート・レポート より一部抜粋)

 

 

 

 

CD鑑賞 レビュー追記

久石譲作品について。

2 Pieces 2020 for Strange Ensemble(2016/2020)

2016年版と2020年版、ふたつの音源をならべてみると見事に収録時間が同じ、約1秒の誤差しかないことに驚く。すなわちテンポや小節数なども加味した全体の楽曲構成はほぼ同じということになる。

2016年版は、サンプラーによる重低音ベースやパーカッション(少しこもったポツポツした音)が全体を支配するほど、とてもパンチの効いた印象を受ける。2020年版は、聴こえる旋律たちの見通しがよいスッキリした印象を受ける。作品の性格は概ね変わらない。どこが変わったのだろう。聴いてすぐわかるピアノパートの変化などもあるが、細かい改訂の多くを見つけることは至難の業となる。

となるところが、ラップタイムが同じ。第1,2曲ともに約8分半で仕上がっている。極端な話、譜面がなくても小節時間の流れが同じゆえ、1分間ごとに区切って再生してほぼズレなく聴き比べることができる。…できた結果、聴きとれた範囲だけでもあちこち細かく散りばめられていることがわかった。

全体からみると、サンプラーの比重減、パーカッションパートの修正。ここが大きく改訂に貢献しているように聴こえた。特に、感覚的なパンチの効いたからスッキリしたという印象の変化は、サンプラーの比重からくるところが大きいように思う。求めたワイルドな音像からのサンプラー役割の変化、あるいは、各声部の改訂やより動きの細かくなった楽器音たちをもっと見せたいことからの変化か。興味は尽きない。

感覚的を否定しようとするなら、論理的(実質的)には2020年版は決してスッキリした改訂ではない。サンプラーに覆われたベールが晴れることで、音符の粒たちが縦横無尽に動き回るさまが見え、実際に動きも増えている。パーカションによるリズムもより細かく刻まれ、実際に種類も動きも増えている。つまりは精緻を磨いた改訂版といえる。

 

参考になればと今回聴き比べたときのメモを書き置く。1分間ごと区切ってもよかったが、楽曲の展開や流れもあるので任意で練習番号を振るかたちにした。

–memo–

1. Fast Moving Oppositions

A 0:01~
・低音サンプラー音量減

B 1:05~
・低音サンプラー音量減
・ピアノ/クラリネットパート変化
・ヴィブラフォン最後のフレーズ(2:12)変化

C 2:15~
・低音サンプラー音量減
・ウッドブロック追加
・シンバル(ハイハット)変化
・ピアノパート(リズム刻み)強調

D 4:10~
・低音サンプラー音量減
・シンバル(ハイハット)変化
・チェロ刻み音量減

E 5:15~
・金属音パーカッション削除(or音量減)

F 6:10~
・低音サンプラー音量減
・コントラバス強調(低音サンプラー同声部)
・シンバル(ハイハット)変化
・大太鼓からバスドラムへ変化?

G 6:50~
・低音サンプラー音量減

 

2. Fisherman’s Wives and Golden Ratio

A 0:01~
・低音サンプラー音量減

B 1:00~
・低音サンプラー音量減
・ウッドブロック追加
・タンバリン追加

C 2:00~
・シンバル(ハイハット)変化

D 3:00~
・低音サンプラー音量減

E 3:55~
・シンバル(ハイハット)変化
・大太鼓からバスドラムへ変化
・タムタム変化

F 5:25~
・低音サンプラー音量減

G 6:20~
・低音サンプラー音量減
・シンバル(ハイハット)削除
・ウッドブロック追加
・タンバリン追加

H 7:15~
・低音サンプラー音量減
・ウッドブロック変化

 

旋律やフレーズの変化を聴き分けられるほどの耳はないため、あくまでも音色的出入りやわかりやすい変化を見つけられたもの。ふたつのバージョンは楽器ごとの音配置(左右)や音量バランスも違う。「なかったものが追加された」or「あったものが強調された」、この聴こえ方の違いは聴く人それぞれに出てくる。スコアがあればそんな論争は着火しないかもしれない。あくまでも賛否両論の起こりにくいだろう明確な箇所だけをメモから書き置いた。

初心者耳という点はご了承いただいて、それでも、この細部の違いがわかったうえで聴くと、とても味わい深くおもしろく聴くことができる。ワイルドな音響を楽しみたいときは2016年版、アンサンブルの妙を楽しみたいときは2020年版、いろいろな聴き方ができる。感覚的であっても論理的であっても、ここに揃ったふたつのバージョンはそれぞれにしっかりとした空気感を持っている。

 

 

オリジナル版のコンサート解説・コンサート感想・CD解説など。

 

 

 

 

Variation 14 for MFB (2020)

楽曲解説(CDライナーノーツ/コンサート・パンフレット)にあるとおり、初演前の交響曲第2番から第2楽章を抜き出し2020年MFB版が先に披露された。そして2021年交響曲第2番は堂々世界初演を迎えることとなった。『久石譲:2 Pieces 2020 for Strange Ensemble』(2016/2020)の聴きくらべのように、いつか音源化されたときにさらに楽しみたい。交響曲第2番のプログラムノートやコンサート感想などはコンサート・レポートにまとめた。

 

 

 

なお、本作アルバムに収録されている久石譲2作品は、公式チャンネルにてコンサート映像が特別配信されている。(視聴可能 2021年10月20日現在)

 

 

 

 

 

久石譲
Joe Hisaishi (1950-)
2 Pieces 2020 for Strange Ensemble(2016/2020)
1. 1 Fast Moving Opposition
2. 2 Fisherman’s Wives and Golden Ratio

ジョン・アダムズ
John Adams (1947-)
Gnarly Buttons for Clarinet and Small Orchestra(1996)
3. 1 The Perilous Shore
4. 2 Hoedown (Mad Cow)
5. 3 Put Your Loving Arms Around Me

ブライス・デスナー
Bryce Dessner (1976-)
6. Skrik Trio for Violin, Viola and Violoncello(2017)

久石譲
Joe Hisaishi
7. Variation 14 for MFB(2020)[世界初演]

久石譲(指揮)
マルコス・ペレス・ミランダ(ソロ・クラリネット)3-5
ミュージック・フューチャー・バンド

2020年11月19、20日 東京・よみうり大手町ホールにてライヴ収録

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE V

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Music Future Band
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 19, 20 Nov. 2020

Produced by Joe Hisaishi
Recording & Balance Engineer: Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineers: Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

and more…

 

Disc. 久石譲 『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』(Domestic / International)

2021年8月20日 CD発売 UMCK-1683/4

 

NYに拠点を置くクラシック・レーベル DECCA GOLD世界同日リリースのベストアルバム第二弾!
映画・CM音楽、そしてライフワークのミニマル・ミュージックから構成された久石譲の多彩な世界に触れる一枚。

(CD帯より)

 

 

日本の巨匠・久石譲が本格的に世界リリース!

Deccaリリース第2弾となるベスト作品。

海外での認知度も高い映画音楽を中心に、彼の音楽人生を代表する名曲ばかり。北野武映画曲 “Kids Return” “HANA-BI” の新規録音を含む、全28曲。2枚組みアルバム。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

ミニマルミュージックから広告音楽まで、現代日本を代表する世界的作曲家、久石譲の多面的な才能と豊かな音楽性を凝縮した、DECCA GOLDからのベストアルバム第2弾。東アフリカの伝統音楽にインスパイアされた「MKWAJU 1981-2009」は、久石の音楽の中核を成すミニマルミュイルージックのスタイルによる重要曲で、ここでは2009年にロンドン交響楽団の演奏で録音されたバージョンで聴くことができる。また、映画音楽の巨匠としての魅力も満載で、宮崎駿、北野武、大林宣彦、山田洋次、澤井信一郎、滝田洋二郎といった名監督の作品に寄せた楽曲も多く収録されている。北野監督の映画のためのテーマ曲「Kids Return」と「HANA-BI」の新たに録音されたライブ音源も聴きどころだ。さらに、自ら奏でるソロピアノ曲やコマーシャルフィルムのための楽曲などもセレクトされており、Vol.1に当たる『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』と併せて入門編としても最適で、長年のファンも楽しめる充実のコンピレーションとなっている。

(iTunes レビューより)

 

 

 

The Essence of the Music of Joe Hisaishi

 『Dream Song: The Essential Joe Hisaishi』に続き、この『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol.2』を手にしておられるリスナーならば、おそらく久石譲というアーティストについて、すでにさまざまなイメージをお持ちではないかと思う。世界的な映画音楽作曲家、現代屈指のメロディメーカー、叙情的なピアノの詩人……などなど。それらの形容はすべて正しいが、これまで40年にわたり作曲家として活動してきた彼の足跡を、このアルバムに即して注意深くたどってみると、久石という人がつねにふたつの主軸に沿って音楽を生み出し続けてきたことがわかる。芸術音楽、すなわちミニマル・ミュージックの作曲と、久石がエンターテインメントと定義するところの商業音楽の作曲だ。どちらの作曲領域も、彼にとって欠くことが出来ない本質的な活動であるばかりか、ふたつの領域は時に重なり、影響し合うことで、彼独自のユニークな音楽を生み出してきた。本盤の収録楽曲は、これらミニマル・ミュージックとエンターテインメントというふたつの作曲領域が俯瞰できるように、バランスよく選曲されている。まさに、久石譲の音楽のエッセンス(the essence of the music of Joe Hisaishi)が収められていると言っても過言ではない。

 国立音楽大学で作曲を学んでいた久石は、アメリカン・ミニマル・ミュージック(作曲家にラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスなど)やドイツのテクノバンド、クラフトワークの音楽に出会って衝撃を受け、理論偏重のアカデミックな現代音楽の作曲に見切りをつけると、自らもミニマル・ミュージックの作曲家を志すようになった。スワヒリ語でタマリンドの木を意味する《MKWAJU》(1981/2009)は、曲名が示唆するように東アフリカの伝統音楽にインスパイアされた、久石最初期のミニマル・ミュージックのひとつとみなすべき重要作(本盤には2009年にロンドン交響楽団の演奏で録音された管弦楽版が収録されている)。シンプルなリズムパターンを繰り返しながら、拍をずらしていくことによってパルス(=拍動、脈動)の存在を聴き手に強く意識させていく手法は、現在に至るまでの彼の音楽の原点となっていると言っても過言ではない。その4年後に作曲された《DA-MA-SHI-E》(1985/1996)の曲名は、オランダの抽象画家マウリッツ・エッシャーの錯視画(だまし絵)に由来する。現実の世界に存在し得ない図形や模様があたかも存在しているように見る者を「だます」トリック的な効果を、久石はミニマル・ミュージックの作曲の方法論に応用し、同じフレーズや音型を繰り返すうちに音楽が新たな側面を見せていく面白さを生み出している。2007年作曲の《Links》はそうした方法論をさらに深化させ、ミニマル・ミュージック特有の力強い推進力は維持しながらも、変拍子のリズムの使用とシンフォニックな展開によって、シンプルにして複雑という二律背反を克服することに成功している。これら3曲に共通するのは、久石のミニマル・ミュージックが非常に知的かつ論理的な作曲に基づきながらも、つねにユーモアを忘れていないという点だ。決して、現代音楽の限られたリスナーに向けて書かれた、抽象的で深刻な音楽ではない。とてもヒューマンで、愉楽に満ちあふれた音楽なのである。しかしながら、久石はミニマル・ミュージック以外の現代音楽をすべて否定しているわけではなく、一例を挙げれば、新ウィーン楽派をはじめとする無調音楽を敬愛し、その影響も少なからず受けている。1999年に作曲された《D.e.a.d》(曲名が示す通り、D=レ、E=ミ、A=ラ、D=1オクターヴ高いレの4音をモティーフに用いている。弦楽合奏、打楽器、ハープ、ピアノのための4楽章からなる組曲「DEAD」として2000年に完成)は、そうした彼の側面が色濃く表れた作品のひとつである。

 次に、久石のもうひとつの重要なエッセンスである、エンターテインメントのための音楽について。

 久石の名を世界的に高めたきっかけのひとつが、宮崎駿監督のために作曲したフィルム・スコアであることは、改めて説明の必要もあるまい(そのテーマ曲のほとんどは『Dream Song: The Essential Joe Hisaishi』で聴くことが出来る)。その中から、本盤には『もののけ姫』(1997)のラストで流れる《Ashitaka and San》と、『紅の豚』(1992)のテーマ曲《il porco rosso》が収録されている。

 宮崎監督のための音楽と並んで世界的に有名なのは、北野武監督のために書いたフィルム・スコアであろう。ふたりがこれまでにタッグを組んだ計7本の長編映画は、初期北野作品の演出を特徴づけるミニマリズムと、久石自身の音楽のミニマリズムの美学が見事に合致した成功例として広く知られている。青春の躍動感と強靭な生命力を、ミニマル的なリズムに託した『キッズ・リターン』(1996)のメインテーマ《Kids Return》。言葉では表現できない夫婦愛を、表情豊かなストリングスで表現した『HANA-BI』(1998)のメインテーマ《HANA-BI》。シンプルで明快なピアノのテーマが、夏の日射しのように輝く『菊次郎の夏』(1999)のメインテーマ《Summer》。さらに久石は、単に映画の物語にふさわしいテーマ曲を作曲するだけでなく、映画音楽作曲の常識にとらわれないユニークな実験をも試みている。哀愁漂う《The Rain》が流れる『菊次郎の夏』のコミカルなシーンは、北野と久石が共に敬愛する黒澤明監督の『音と画の対位法』──コミカルなシーンに悲しい音楽を流したり、あるいはその逆となるような音楽の付け方をすることで、映像の奥に隠れた潜在的意味を強調する──を、彼らなりに応用した実験と言えるだろう。

 昨2020年に82歳で亡くなった大林宣彦監督のために久石が作曲したフィルム・スコアの数々は、宮崎作品や北野作品とは違った意味で、映画監督と作曲家が優れたコラボレーションを展開した例である。『ふたり』(1991)の物語の中で妹と死んだ姉が主題歌《草の想い》すなわち《TWO OF US》を口ずさむシーン、あるいは『はるか、ノスタルジィ』(1993)で過去の記憶を呼び覚ますように流れてくるメインテーマ《Tango X.T.C.》など、大林作品における久石の音楽は、物語の展開上、なくてはならない重要な仕掛けのひとつとなっている。また、『水の旅人 侍KIDS』(1993)の本編をたとえリスナーがご覧になっていなくても、主題歌《あなたになら…》すなわち《FOR YOU》の美しいメロディを聴けば、この作品が夢と希望にあふれたファンタジー映画だということがたちどころに伝わってくるであろう。

 これら宮崎、北野、大林監督のための音楽に加え、本盤には久石の映画音楽を語る上で欠かせない、3人の重要な日本人監督の映画のために書いたテーマ曲が収録されている。

 今年2021年に90歳を迎える日本映画界の巨匠・山田洋次監督と久石がタッグを組んだ第2作『小さいおうち』(2014)の《The Little House》は、主人公が生きる激動の昭和の時代への憧れを表現したノスタルジックなワルツ。久石に初めて長編実写映画の作曲を依頼し、これまでに計6本の作品で久石を起用している澤井信一郎監督の『時雨の記』(1998)の《la pioggia》は、定年を控える妻子持ちの重役と未亡人の純愛をマーラー風の後期ロマン派スタイルで表現したテーマ曲。そして、滝田洋二郎監督と久石が組んだ2本目の作品にして、アカデミー外国語映画賞を受賞した『おくりびと』(2008)の《Departures -memory-》は、物語の中で主人公がチェロを演奏する設定を踏まえ、久石が撮影前に書き下ろした美しいメインテーマである。

 前述の映画音楽に加え、本盤にはエンターテインメントの音楽として、コマーシャル・フィルムに使われた《Friends》(TOYOTA「クラウン マジェスタ」)と《Silence》(住友ゴム工業「デジタイヤ プレミアム VEURO」)も収録されている(後者は久石のピアノ演奏映像がCMで使用された)。いっさいの予備知識がなく、これらの楽曲に耳を傾けてみれば、短いCMで流れた作品とはとても思えないだろう。もちろん、久石は商品コンセプトを充分踏まえた上で作曲しているのであるが、楽曲に聴かれる格調高いメロディは、紛れもなく彼自身の音楽そのものだ。つまり久石は、商業音楽だからと言って、決して安易な作曲姿勢に臨んでいない。ミニマル・ミュージックの作曲と同じく、真剣勝負で取り組んでいるのである。

 この他、本盤には久石がソロ・アルバム(主として『ピアノ・ストーリーズ』を銘打たれたソロ・アルバム・シリーズ)などで発表してきた、珠玉の小品の数々が含まれている。《Lost Sheep on the bed》《Rain Garden》、あるいは《Nocturne》などのように、彼が敬愛するサティやショパンのような大作曲家たちにオマージュを捧げた作品もあれば、久石流のクリスマス・ソングというべき《White Night》のような作品もあるし、《WAVE》(ジブリ美術館の館内音楽として発表された)や《VIEW OF SILENCE》のように、ミニマリストとメロディメーカーのふたつの側面を併せ持つ作品もあれば、《Silencio de Parc Güell》のように、音数を極力絞り込むことで”久石メロディ”を純化させた作品、あるいは《Les Aventuriers》のように、アクロバティックな5拍子でリスナーを興奮させる作品もある。これらの楽曲だけでなく、本盤一曲目の『キッズ・リターン』~《ANGEL DOLL》から、最終曲《World Dreams》(久石が音楽監督を務めるワールド・ドリーム・オーケストラW.D.O.のテーマ曲)まで、すべての収録曲について言えるのは、久石が人間という存在を信じ、肯定しながら、希望の歌を奏でているという点だ。つまるところ、それがミニマル・ミュージックとエンターテインメントの作曲における、久石の音楽の本質なのである。

 つい2ヶ月ほど前、幸いにも僕は、久石自身の指揮によるW.D.O.のコンサートで《Ashitaka and San》と《World Dreams》を聴くことが出来た。『もののけ姫』の物語さながらに世界が不条理な状況に陥り、破壊的な悲劇を体験したいま、ピアノが確固たる信念を奏でる《Ashitaka and San》を耳にした時、『もののけ姫』のラストシーンで「破壊の後の再生」を描いたこの楽曲が、実は我々自身が生きるいまの世界をも表現しているのだと気付かずにはいられなかった。人間は、夢を捨てず、希望を持って前に進まなければいけない。それこそが久石譲の音楽のエッセンス、すなわち「Songs of Hope」なのだと。

前島秀国 Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター
2021年6月

(CDライナーノーツより)

 

 

CDライナーノーツは英文で構成されている。日本国内盤には日本語ブックレット付き(同内容)封入されるかたちとなっている。おそらくはアジア・欧米諸国ふくめ、各国語対応ライナーノーツも同じかたちで封入されていると思われる。

 

ベストアルバム収録曲のオリジナル音源は下記にまとめている。ライナーノーツには、各楽曲の演奏者(編成)とリリース年はクレジットされているが収録アルバムは記載されていない。

また本盤は、いかなるリリース形態(CD・デジタル・ストリーミング)においても音質は向上している。もし、これまでにいくつかのオリジナル収録アルバムを愛聴していたファンであっても、本盤は一聴の価値はある。そして、これから新しく聴き継がれる愛聴盤になる。

 

 

 

 

NYに拠点を置くクラシック・レーベル DECCA GOLD世界同日リリースのベストアルバム第一弾!久石作品の中でも映画のために作られた珠玉のメロディが際立つ代表曲を中心に構成された愛蔵版。

 

 

 

 

 

 

オリジナルリリース

【Disc 1】
01. ANGEL DOLL
久石譲 『Kids Return』(1996)
02. la pioggia
03. il porco rosso
久石譲 『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~』(1998)
04. Lost Sheep on the bed
久石譲 『FREEDOM PIANO STORIES 4』(2005)
05. FOR YOU
久石譲 『WORKS・I』(1997)
06. White Night
10. Rain Garden
久石譲 『PIANO STORIES II ~The Wind of Life』(1996)
07. DA-MA-SHI-E
久石譲 『Minima_Rhythm ミニマリズム』(2009)
08. Departures -memory-
久石譲 『おくりびと オリジナル・サウンドトラック』(2008)
09. TWO OF US
12. Summer
久石譲 『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』(2000)
11. Friends
久石譲 『WORKS II Orchestra Nights』(1999)
13. Les Aventuriers
久石譲 『Another Piano Stories ~The End of the World~』(2009)
14. Kids Return
※初収録  (Live recorded at Tokyo International Forum, August 16, 2017)

 

【Disc 2】
01.Links
05. MKWAJU 1981-2009
久石譲 『Minima_Rhythm ミニマリズム』(2009)
02. VIEW OF SILENCE
久石譲 『PRETENDER』(1989)
03. Nocturne
久石譲 『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~』(1998)
04. Silence
久石譲 『ETUDE ~a Wish to the Moon~』(2003)
06. Ashitaka and San
09. Tango X.T.C.
久石譲 『WORKS II Orchestra Nights』(1999)
07. The Rain
久石譲 『菊次郎の夏 サウンドトラック』(1999)
08. DEAD for Strings, Perc., Harpe and Piano: 1. D.e.a.d
久石譲 『WORKS III』(2005)
10. The Little House
久石譲 『WORKS IV -Dream of W.D.O.-』(2014)
11. HANA-BI
※初収録  (Live recorded at Tokyo International Forum, August 16, 2017)
12. Silencio de Parc Güell
久石譲 『ENCORE』(2002)
13. WAVE
久石譲 『Minima_Rhythm II ミニマリズム 2』(2015)
14. World Dreams
久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『WORLD DREAMS』(2004)

 

 

 

 

【mládí】for Piano and Strings 【A】
Summer / HANA-BI / Kids Return
久石譲弾き振り(ピアノを弾きながら指揮もする)コーナーです。Aプログラムでは北野武監督作品からおなじみのメインテーマをセレクトし久石譲ピアノと弦楽オーケストラによる演奏です。おなじみでありながらここ数年のコンサートでは聴く機会のなかった「HANA-BI」「Kids Return」というプログラムには多くのファンが歓喜したはずです。

「Summer」はピアノとヴァイオリン・ソロの掛け合いがみずみずしく爽やかで、弦楽もピチカートではじけています。きゅっと胸をしめつけられるような思い出の夏、日本の夏の代名詞といえる名曲です。この曲が生演奏で聴けただけで、今年の夏はいいことあった!と夏休みの絵日記に大きなはなまるひとつもらえた、観客へのインパクトと感動は超特大花火級です。

「HANA-BI」は一転して哀愁たっぷりでしっとりななかに内なるパッションを感じる演奏。特に後半はピアノで旋律を弾きながら、低音(左手)で重厚に力強くかけおりる箇所があるのですが、今回それを弦楽低音に委ねることでより一層の奥深さが際立っていたように思います。ピアノも同フレーズ弾いていましたけれど、従来のようなメロディを覆ってしまうほどの激しい低音パッションというよりも、ぐっとこらえたところにある大人の情熱・大人の覚悟のようなものを感じるヴァージョンでした。渋い、貫禄の極み、やられちゃいます。

「Kids Return」は疾走感で一気に駆け抜けます。弦のリズムの刻み方が変わってる、と気づきかっこいいと思っているあっという間に終わってしまいました。そして今回注目したのが中音楽器ヴィオラです。相当がんばってる!このヴァージョンの要だな、なんて思った次第です。ヴァイオリンが高音でリズムを刻んでいるときの重厚で力強い旋律、一転ヴァイオリンが歌っているときの躍動感ある動き、かなり前面に出ていたような印象をうけます。管弦楽版にひけをとらない弦楽版、フルオーケストラ版では主に金管楽器の担っている重厚で高揚感あるパートをストリングス版ではヴィオラが芯を支える柱として君臨していたような、そんな気がします。これはスカパー!放送でじっくり確認してみたいところです。

ピアノとストリングスで3曲コーナーか、なんて安直なこと思ったらいけません。こんなにも楽曲ごとに色彩豊かに表情豊かにそれぞれ異なる世界観を演出してくれる久石譲音楽。メロディは違っても楽器編成が同じだからみんな同じように聴こえる、そんなことの決してない三者三様の巧みな弦楽構成。清く爽やかで、憂い愛のかたち、ひたむき疾走感。それは誰もが歩んできた「mládí」(青春)のフラッシュバックであり、少年期・円熟期・青年期いつまでも青春そのもののようです。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」 コンサート・レポート より抜粋)

 

 

 

2021.10 追記

第2弾ベストアルバムでは、一口コメント大募集企画として、全28曲から好きな1曲1ツイート「この曲好き!」その魅力・思い出を140文字で。よせがきのように集まったらいいなとTwitterで募集しました。

 

 

 

 

【Disc1】
01. ANGEL DOLL  (映画『キッズ・リターン』より)
02. la pioggia  (映画『時雨の記』より)
03. il porco rosso  (映画『紅の豚』より)
04. Lost Sheep on the bed
05. FOR YOU  (映画『水の旅人 侍KIDS』より)
06. White Night
07. DA-MA-SHI-E
08. Departures -memory-  (映画『おくりびと』より)
09. TWO OF US  (映画『ふたり』より)
10. Rain Garden
11. Friends  (TOYOTA「クラウン マジェスタ」CMソング)
12. Summer  (映画『菊次郎の夏』より)
13. Les Aventuriers
14. Kids Return  (映画『キッズ・リターン』より)  ※初収録

【Disc2】
01. Links
02. VIEW OF SILENCE
03. Nocturne
04. Silence  (住友ゴム工業「デジタイヤ プレミアム VEURO」CMソング)
05. MKWAJU 1981-2009
06. Ashitaka and San  (映画『もののけ姫』より)
07. The Rain  (映画『菊次郎の夏』より)
08. DEAD for Strings, Perc., Harpe and Piano: 1. D.e.a.d
09. Tango X.T.C.  (映画『はるか、ノスタルジィ』より)
10. The Little House  (映画『小さいおうち』より)
11. HANA-BI  (映画『HANA-BI』より)  ※初収録
12. Silencio de Parc Güell
13. WAVE
14. World Dreams

 

All music composed by Joe Hisaishi

All music arranged by Joe Hisaishi
except
“For You” arranged by Nick lngman

All music produced by Joe Hisaishi
except
“la pioggia”,”il porco rosso”,”White Night”,”Rain Garden”,”Friends”,”Nocturne”,”Ashitaka and San”,”Tango X.T.C.” produced by Joe Hisaishi and Eiichiro Fujimoto
“Silence”,”Silencio de Parc Güell” produced by Joe Hisaishi and Masayoshi Okawa

Mastering Engineer: Christian Wright (Abbey Road Studios)

Mastered at Abbye Road Studios, UK

Art Direction & Design: Kristen Sorace

Photography: Omar Cruz

and more

 

Disc. 久石譲 『Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4』

2021年7月7日 CD発売 UMCK-1682

 

待望の久石譲「ミニマリズム」シリーズ第4弾!!

「コントラバス協奏曲」「ホルン協奏曲」の2作品を豪華に収録。

「ミニマル×コンチェルト」新たな魅力に出会える1枚。

(CD帯より)

 

 

待望の久石譲「ミニマリズム」シリーズ第4弾!!

今作は「ミニマル×コンチェルト」がコンセプト。久石譲が書き下ろした協奏曲の中でも、際立つ存在の2作品を豪華に収録。世界でも稀有な存在である「コントラバス協奏曲」、そして「3本のホルンのための協奏曲」は、独奏楽器としての今までにない表現の可能性と限界に挑んだ意欲作。当代随一のソリストを迎え、今注目の久石譲指揮、フューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)の演奏で、コンチェルト×ミニマル・ミュージックの新たな魅力に出会える一枚。

日本テレビの音楽番組『読響シンフォニックライブ』の委嘱作品として2015年に発表されたコントラバス協奏曲。世界初演時のソリストとして観客を魅了した石川滋さんが、2017年に、久石譲と再びタッグを組み、FOC(旧NCO)の演奏によりレコーディングされた。低音域のコントラバス(故にコンチェルトとしては稀有な存在である)とオーケストラの緻密に計算された絡み合いは必聴です。

NHK交響楽団の首席ホルン奏者でもある福川伸陽さんからの依頼をきっかけに、構想から丸一年をかけて作り上げられ、3本のホルンによる協奏曲として、2020年2月に発表された作品。収録音源は、久石自身の指揮、FOCの世界初演によるライヴ演奏。福川伸陽、そして豊田実加、藤田麻理絵による見事なコンビネーションで奏でられるホルン協奏曲。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

楽曲解説

Contrabass Concerto

「Contrabass Concerto」は日本テレビの「読響シンフォニックライブ」という番組でカール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」と一緒に演奏する楽曲として委嘱された。ソロ・コントラバスは石川滋氏を想定して作曲し、両曲とも僕が指揮した。

作曲に当たってコントラバスの音を実体験するために楽器を購入し、毎日作曲の前に15~30分練習した。そのことによって響きを身体で覚えることができた。

2015年の春先から作曲を開始し、夏にコントラバスのパートとピアノスケッチを作り、秋にオーケストラのパートが完成した。全3楽章からできており約30分の作品になった。

初演は2015年10月29日 東京芸術劇場 コンサートホールにて、ソロ・コントラバス 石川滋氏(読響ソロ・コントラバス)と読売日本交響楽団によって演奏された。その後2017年7月16、17日にわたって長野市芸術館 メインホールにて同石川氏とフューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)によって再演され同時にレコーディングもされた。

第1楽章
F#-B-E-Aの4つの音が基本モチーフとして全体を支配している。この4度音程はソロ・コントラバスのオープンチューニング(通常はE-A-D-G)なのだが、展開していくと演奏する上では大変難しい音程でもある(ヴァイオリンの5度音程のように)。もともと軽快なテンポで始まる自由な形式の楽曲だったが、後に序奏と中間部に遅めにテンポのパートを作り、全体を立体的にした。

第2楽章
冒頭のコントラバスのピッツィカートはもちろんジャズからの影響であり、それがもっともこの楽器の良さを発揮すると考えたからである。その上にクラリネット、ホルンが奏でる、モチーフが全体の要になっている。その後コントラバスが同じモチーフを演奏しながら盛り上がり、静かな中間部になる。ちょっと複雑だが大きくは3部形式からなり、後半はベースランニングのアップビートで始まる。個人的にはもっとも無駄なく構成できた楽章で気に入っている。

第3楽章
この楽章では7度音程のモチーフで全体を構成している。スケルツォ的な明るさと終楽章としての重みが出るように気をつけた。一番ミニマル的な方法論に近い楽章になった。

 

 

The Border  Concerto for 3 Horns and Orchestra

「The Border」はホルン奏者の福川伸陽氏から依頼されて作曲した。全3楽章、約24分の作品になった。

初演は2020年2月13日 東京オペラシティ コンサートホールで、ソロ・ホルン 福川伸陽、豊田実加、藤田麻理絵の諸氏とフューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)によって演奏され、同時にレコーディングもされた。

I. Crossing Linesは、16分音符の3、5、7、11、13音毎にアクセントがあるリズムをベースに構成した。つまり支配しているのはすべてリズムであり、その構造が見えやすいように音の構造はシンプルなScale(音階)にした。

II. The Scalingは、G#-A-B-C#-D-E-F#の7音からなる音階を基本モチーフとして、ホルンの持つ表現力、可能性を引き出しつつ論理的な構造を維持するよう努めた。

III. The Circlesは、ロンド形式に近い構造を持っている。Tuttiの部分とホルンとの掛け合いが変化しながら楽曲はクライマックスを迎える。以前に書いた「エレクトリック・ヴァイオリンと室内オーケストラのための室内交響曲」の第3楽章をベースに再構成した。ホルンとオーケストラによってまるで別の作品になったことは望外の喜びである。

久石譲

(CDライナーノーツより)

 

 

久石譲の”ミッション・インポッシブル” ──『ミニマリズム4』について

コントラバスのための協奏曲と、ホルンのための協奏曲を、ミニマル・ミュージックの作曲家・久石譲が作曲する──。驚いた。あまりにも大胆不敵でチャレンジングな試み、ほとんど”ミッション・インポッシブル”と呼んでもよい試みだ。

なぜ”ミッション・インポッシブル”なのか?

まず、楽器という側面から見てみよう。そもそも、コントラバスのための協奏曲の数は少ないし、あったとしても、チェロ協奏曲の変種のように書かれている場合がほとんどだ。つまり、「この楽器でなければならない」という必然性を掘り下げる余地が、まだまだ多く残されている。ホルンのための協奏曲の場合は、まだコントラバスよりも作品が多く書かれているが、演奏頻度の高いレパートリーはモーツァルトやR・シュトラウスのような古典に偏り、20世紀以降の作品がなかなか演奏に恵まれていないのが実情である。

つまり、どちらの楽器も”協奏曲のスター”とは言い難いのだ。

そうした事情に加え、さらにミッションを困難にしているのが、それぞれの楽器の特性と、久石が得意とするミニマル的な音楽語法との相性である。

コントラバスは、和音の基音を鳴らしたり、あるいは低く呟くドローンのような持続音を演奏するのに適しているが、コントラバスが鳴らす低音は、音響学上、他の楽器の高・中音域に比べて到達が遅いというハンディがある。同様にホルンも、広大な空間を感じさせるロングトーンや印象深いメロディを演奏するのには適しているが、直接音を響かせる他の楽器と異なり、ホルンは壁の反射などを使った間接音を響かせる楽器なので、どうしても他の楽器との間にタイムラグが生じてくる。つまり、ピアノやヴァイオリンやマリンバがキレのあるミニマルのパッセージを弾くようには、コントラバスやホルンは弾けないのである。

だが、そうしたハンディに怯んでいては、作曲家としての久石の名が廃る。むしろ、誰も手を出したことのない領域にチャレンジするからこそ、久石の本領がいかんなく発揮されると言うべきだ。

では、久石は如何にして不可能なミッションを可能にしていったのだろうか?

《コントラバス協奏曲》(2015年作曲・初演)の場合、久石は現代のコントラバスの4度調弦を踏まえる形で4度音程の主要モチーフを導き出し、そのモチーフを展開していくという、いわば楽器そのものに寄り添ったアプローチで音楽を始めている。5度調弦を用いる他の弦楽器とコントラバスが異なる以上、まずは謙虚にコントラバスという楽器を見つめ、そこから音楽を始めていく──まさに最小限のアプローチと言い換えてもいい──というのが、《コントラバス協奏曲》での久石の方法論だ。

これに対して《The Border  Concerto for 3 Horns and Orchestra》(2020年作曲・初演)の場合は、曲名が示しているように、久石は独奏ホルン奏者を3人用意することで、ミニマル特有の素早いパッセージの演奏にもホルンを対応させ、3オクターヴ以上に跨るホルンの音域を存分に引き出しながら、オーケストラ作品にしばしば聴かれるホルン三重奏の美しい響き(たとえばベートーヴェンの《英雄》など)を独奏パートに付与することに成功している。「ホルン奏者を3人も用意するのか」と驚かれるリスナーもいらっしゃるかもしれないが、2管編成のオーケストラのために書かれた《The Border》の場合は、ホルン・セクションの奏者2人がそのまま独奏パートに加わるので、編成上、決して無理のない解決法となっている。

しかしながら、この2曲の協奏曲が真にユニークなのは、久石がこれらの独奏楽器をクラシックの文脈だけで扱うのではなく、それぞれの楽器に特有の伝統や楽器の起源といった、いわば”楽器の文化的な側面”まで作品の中に取り込んでいる点だ。

独奏楽器としてのコントラバスを考えた時、多くの人がイメージするのは、実はクラシックよりもジャズだろう(その場合は「ダブルベース」と英語読みにするのが適切である)。ダブルベースの名手たちが得意とする深々としたピッツィカート、つまりジャズ・ベースは、どんな楽器にも真似できないユニークで魅力的な音楽表現である。あたかもクライム・ストーリーを読むような”夜の音楽”として書かれた第2楽章のジャズ的な表現は、そうしたジャズ・ベースの伝統に由来している。

一方の《The Border》では、第2楽章冒頭のマーラー風の序奏、あるいは第3楽章最後に登場するアルペンホルンのようなカデンツァに、”角笛”から派生したホルンという楽器の出自がしっかりと刻印されている。山々や国々、ひいては文化圏や時空も超えて響きわたる”角笛”──それこれが曲名の《The Border》の意味するところなのかもしれない。

このように、久石はいくつもの困難なミッションをクリアし、コントラバスやホルンでなければならないという必然性を深く掘り下げながら、楽器そのものの魅力も充分に引き出し、しかも、どちらの協奏曲の終楽章もエネルギッシュなミニマル・ミュージックで締め括ることで、久石でなければ書けない音楽の必然性、つまり”ミニマリズム”を明確に打ち出している。久石の”ミッション・インポッシブル”が鮮やかに達成される瞬間の爽快感を、これ以上拙い文章で説明するような野暮な試みは敢えて慎み、あとは本盤に収録された演奏そのものに委ねたい。

例によって、リスナーもしくはその仲間が久石の”ミニマリズム”の魅力に捕らえられ、あるいは一生その魅力から抜け出られなくなっても、当方は一切関知しないので、そのつもりで。

2020年12月6日、久石譲の誕生日に
前島秀国 Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター

(CDライナーノーツより)

 

 

プロフィール

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組み、2019年7月発売の『ベートーヴェン:交響曲全集』が第57回レコード・アカデミー賞特別部門特別賞を受賞した。現在はブラームスの交響曲ツィクルスを行いながら、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

(CDライナーノーツ より)

 

*CDライナーノーツ 全テキスト日本文・英文を収載

 

 

 

TV番組内インタビュー

久石:
音がこもりがちになる低域の楽器をオケと共演させながらきちんとした作品に仕上げるのはハードルが高かったです。僕は明るい曲を書きたかったので、ソロ・コントラバス奏者の石川滋さんには今までやったことないようなことにもチャレンジしていただく必要もありました。

石川:
久石さんに曲を書いていただくということは夢のような出来事でした。ましてやソロ楽器としてはマイナーであるコントラバスで協奏曲を書いてくださったのは自分にとってとても貴重な経験になりました。

石川:
最初に譜面を見たときはその曲の素晴らしさに感動して、「ぜひ弾きたい!」と思ったのですが、冷静に譜面を見てみると「これは弾けるのだろうか?」と思うほど難曲でした。音の数や跳躍の多さ、それに音域がとても広く短時間の間に弾かなければならないなど…大変でしたね。

石川:
今久石さんがなさりたい音楽というものがすごくわかる中で、今まで培ってきた映画音楽などのポップな音楽性も随所に見られて、とても素晴らしい曲です。

(公式サイト:読響シンフォニックライブ | 放送内容より 編集)

Info. 2015/12/26 [TV] 「読響シンフォニックライブ」カルミナ・ブラーナ(12月) コントラストバス協奏曲(1月)  より抜粋)

 

 

「コントラバスを独奏楽器としてイメージしてみた時、真っ先に思い浮かぶのがロン・カーターのようなジャズ・ベーシストなんですよ。そうすると、これも当然”アメリカ”になってくる。よくよく考えてみると、今年の作曲活動のポイントは、じつは”自分の内なるアメリカ”を確認し直すことだったのかと。それが必然的な流れならば構わないし、結果的に良い作品が生まれればいい。チェロ協奏曲の延長として作曲しても面白くないですから。これはすごく面白い曲に仕上がると思いますよ。期待してください」

Blog. 雑誌「CDジャーナル 2015年11月号」久石譲 インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「協奏曲も、やはりオーケストラに向けた作品ということが、作品を作る上で半分を占める重要な要素になりますね。オーケストラ作品を書く場合は、オーケストラの機能を最大限発揮出来るように書きますが、協奏曲の場合は、ソリストとオーケストラはある意味で五分五分の立場です。単純にオケが伴奏に回るような作品は書きたくないし、ソリストはオーケストラと対峙して、その全部を引き受ける形にもなるので、その楽器の特性をすべて発揮してもらいたい。それを踏まえて書くのが魅力的だし、とても大事なことだと思っています」

「やはり実際にその楽器触れてみないと分からないことがたくさんあるし、コントラバスは大きな楽器なので、どういう振動が身体に伝わるかなども知りたかったのです。それから、この音とこの音の組み合わせだと、弓がこう引っかかってしまうなとか、そういう細かなことも実際にやってみないと分からないことが多いのです。そのために、石川さんを通して楽器を購入した訳です」

「それから3本にすると、経済的な効果もあるのです。というのは、ホルン奏者がひとりであるオーケストラに協奏曲を演奏しに行った時に、そこのオーケストラのホルン奏者たちと共演できるスタイルにすれば、演奏機会が少なくなるということはないだろうと。例えば、福川さんひとりで海外のオケに行った時に、そこのホルン奏者と共演も出来る。」

「我々、作曲家の立場から言えば、作品が演奏されてなんぼだと思うのですよ、作品を書いた以上は。演奏してもらう上で、ものすごくハードルが高かったら演奏機会も少なくなりますよね。そういうことも踏まえた上で、福川さんのような優れた演奏家が世界のどこでも演奏できる作品ということを考えた時に、このやり方は間違っていないなと思いましたね」

「いわゆる国境、リミット・ラインというような意味ですが、ホルンの音がパルスのように連なって行くのが、地平線だったり水平線だったり、そういうイメージがあって、そのラインを上がったり下がったりして行く、それをちゃんと計算されたものとして作って行く時に、キーとなる言葉としてBorderという言葉がずっと頭の中にありました。」

Info. 2021/07/15 久石譲がコントラバス石川滋、ホルン福川伸陽と語る挑戦に満ちた協奏曲集『ミニマリズム4』(Web Mikikiより) より抜粋)

 

 

「どちらの楽器も、アンサンブルで他の人と演奏したときに能力を発揮する楽器なんですよ。例えば弦楽合奏にコントラバスがなければ、響かなくて音量が半分ぐらいに減りますし、ホルンのないオーケストラって想像できますか? でも今回はソロなので楽器をむき出しにして、この楽器の何が魅力なんだということを真剣に考え直したわけです。コントラバスは、ソロ楽器としてならやはりジャズのウォーキングベースが魅力的ですよね。それはなぜかといえば弦が長くて響くから。……ということはハーモニクスもきっちり使えば良い武器になるはず。でも、それらを十分に活用した楽曲はまだないんですよ。だから、どうやったらその部分が発揮できるのかを考えながら書きました」

「こちらもずっと意識してました(笑)。そのあとミュージック・フューチャー Vol.6(2019年10月25日)の前日か当日に、協奏曲のアイディアが急に浮かんだんですよ。パルスを刻んでいるところに、下から駆け上がってるラインと、逆に上から下へのラインが絶えずクロスしていく。ただそれだけしかない曲を書きたいと。それで2019年2月から構想を練り、およそ1年がかりで作曲しました。主要モティーフを頭に提示したら、それ以外の要素を使わないでロジカルに作ることを徹底した作品になったことで、ミニマル・ミュージックの原点に戻ってきたように聴こえるかもしれないですけど、そうでもないんです。この作品は個人的にとても大事なものになりましたが、それはいわゆる感性や感情、あるいは作曲家の個性に頼らないスタイルができたからです。第2楽章はフレーズのスケールが大きな福川さんだからこそできる音楽になっています」

Blog. 「音楽の友 2021年8月号」久石譲&石川滋&福川伸陽 鼎談内容 より抜粋)

 

 

 

コントラバス協奏曲

もう一度『コントラバス協奏曲』をじっくり聴いていきました。するとそこには管楽器や打楽器・パーカッションの融合からくる独特な響きがありました。

コントラバスを主役に据えるということは、実はものすごく挑戦的なことなのかもしれません。音域も狭いし低音、なかなか前面には出にくい、つまり埋もれてしまいやすい。同じ弦楽であるヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、これらの弦楽合奏を一緒に濃厚に奏でようものなら、コントラバスはいつもの低音域に追いやられ負けちゃいます。でもソリストとして独奏となった場合は、縦横無尽に動き回ったり、ピッツィカートなどで最大限の存在感をしめしたい。

この作品で久石譲が巧みにオーケストレーションしているのは、弦楽合奏にかえて管楽器・打楽器・パーカッション各々の楽器特性を活かし、色彩豊かに配置していることです。全体としては音の塊を厚くしすぎることなく、余白のある音楽、輪郭のくっきりしたそぎ落とした音像になっています。さらに薄くならない、単調にならない、間延びしないよう、絶妙にオーケストレーションされているのが管楽器・打楽器・パーカッション。そこにコントラバスを主役として迎えているように感じます。

この作品では、管楽器+パーカッション、打楽器+パーカッションという旋律を数多く聴くことができます。パーカッションがリズムを刻んだり、拍子を打つ役割だけではなく、管楽器や打楽器と同じフレーズで重ねられているということです。音程のある管楽器群や打楽器群と、基本的には音程のないパーカッションを重ねることで、なんとも魅力的な広がりあるカラフルな構成展開を実現しています。パーカッションの種類も豊富だし、同じ楽器の奏法バリエーションも引き出し多く、聴くたびに新しい発見があります。弦楽合奏で厚みをもたせたり、コントラバス以外の弦楽器たちが前面に出てしまうと負けてしまうコントラバス、その解決策として導き出したものだと思います。

従来の壮大なシンフォニックではない、この手法はまさにアンサンブル的です。「ミュージック・フューチャー」コンサートでアンサンブルを進化させ、さらに新しいオーケストレーションを施すようになったからこそできた作品、それが『コントラバス協奏曲』なのかもしれません。とても気に入っている作品です。

よし!今回は木管楽器(フルート、ピッコロ、オーボエ、クラリネット、ファゴット、コントラファゴットほか)に意識を集中させて聴いてみよう、次は金管楽器(ホルン、トランペット、テナートロンボーン、バストロンボーン)に、次は打楽器(マリンバ、ビブラフォン、グロッケンシュピール、シロフォンほか)に、次はいつもよりも奥に名脇役に徹しているピアノ、チェレスタ、ハープは? パーカッション(ドラムセット、カウベル、ウッドブロック、大太鼓、クラベス、トライアングルほか)だけを追いかけても、おもちゃ箱のようにいろいろなところから楽器が旋律が飛びこんでくる! そんな発見のできる作品です。

どこを切り取ってもいいなと思う作品です。なにが飛びすかワクワク楽しいおもちゃ箱のようです。そのくらい好きな作品です。

Blog. 次のステージを展開する久石譲 -2013年からの傾向と対策- 2 より修正)

 

 

 

久石譲:The Border ~Concerto for 3 Horns and Orchestra~ *世界初演

ホルンのために書かれた協奏曲です。3人のホルン奏者がフィーチャーされ、ステージ前面中央で主役を演じます。その音色から悠々とした旋律を奏でるイメージのあるホルンですが、この作品では、とても細かい音符をあくまでもリズムを主体とした音型を刻む手法になっていました。ずっと吹きっぱなしで、ミュートを出し入れ駆使しながら、さらにそれなしでも、おそらくは口と管に入れた手だけを調節して。ホルンという楽器にはこんなにもバリエーション豊かな音色があるんだと、感嘆しました。第2楽章では、ホルンのマウスピースだけで音とも声ともつかない音色を奏でたり。第3楽章は「エレクトリック・ヴァイオリンと室内オーケストラのための室内交響曲 第3楽章」をベースにしているとあるとおり、エレクトリック・ヴァイオリンの独奏パートがホルンに置き換えられ、1管編成の室内楽だったものが、オーケストラへと拡大されています。

生演奏で体感し、ホルンを味わい、オーケストラの重みも伝わり。この作品は、レコーディングされて、ホルンをはじめ個々のパートがそれぞれ浮き立って配置されたものをしっかりと聴けたときに、またいろいろな発見がおもしろみが感じられる。そう思っています。ホルン3奏者の役割分担や絡み合うグルーヴ、ホルンとオーケストラとのコントラスト。エレクトリック・ヴァイオリンが担っていたディストーションや重奏やループ機能までを、ホルン(単音楽器)×3へ分散させた術などなど。そんな日を願っています。

Blog. 「久石譲 フューチャー・オーケストラ・クラシックス Vol.2」 コンサート・レポート より)

 

 

 

本盤収録作品は公式スコアもあります。

 

 

 

Minima_Rhythm IV
Joe Hisaishi

Contrabass Concert (2015)
1. Movement 1
2. Movement 2
3. Movement 3

The Border  Concerto for 3 Horns and Orchestra (2020)
4. I. Crossing Lines
5. II. The Scaling
6. III. The Circles

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Track 1-3
Contrabass Concerto

Shigeru Ishikawa (solo contrabass)
Joe Hisaishi (conductor)
Future Orchestra Classics (orchestra)
Kaoru Kondo (concertmaster)

Recorded at Nagano City Arts Center Main Hall (16-17 July, 2017)

 

Track 4-6
The Border  Concerto for 3 Horns and Orchestra

Nobuaki Fukukawa, Mika Toyoda, Marie Fujita (solo horns)
Joe Hisaishi (conductor)
Future Orchestra Classics (orchestra)
Kaoru Kondo (concertmaster)

Live Recording at Tokyo Opera City Concert Hall, Tokyo (13 February, 2020)

 

Recording & Mixing Engineer: Tomoyoshi Ezaki (Octavia Records Inc.)
Assistant Engineers: Takeshi Muramatsu (Octavia Records Inc.), Yasuhiro Maeda
Mixed at EXTON Studio Yokohama
Mastering Engineer: Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC)

and more…

 

Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『Symphonic Suite “Kikiʼs Delivery Service”』

2020年8月19日 CD発売 UMCK-1665

 

久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
交響組曲「魔女の宅急便」

Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”
Joe Hisaishi & New Japan Philharmonic World Dream Orchestra

魔女の宅急便がオーケストラ作品に。
世界初演の熱気そのままに音源化。

(CD帯より)

 

 

商品紹介

2019年に初演された「World Dreams」と「魔女の宅急便」の2大組曲を軸に久石メロディを堪能できるW.D.O.2019コンサートライヴ盤。

●Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”(「魔女の宅急便」組曲)
1989年公開の宮崎駿監督作品『魔女の宅急便』、初となる交響組曲。軽めのヨーロピアンサウンドを目指して書かれていたサウンドトラックを、久石譲自身が映画の世界観を追体験できる組曲に仕立て直した。

●[Woman] for Piano Harp, Percussion and Strings
アルバム『Another Piano Stories』に収録されていた3つの作品が、ピアノと弦楽オーケストラ、ハープとパーカッションによる三部作[Woman]として生まれ変わった。

●組曲「World Dreams」
World Dream Orchestra(W.D.O.)のテーマ曲として2004年に作曲された「World Dreams」に、2019年に委嘱された2つのオリジナル曲(NTV『皇室日記』より「Diary」、アイシンAW50周年祈念事業映像メインテーマ曲より「Driving to Future」)を組み入れ、3楽章に構成しなおされた。長年久石が温めてきたWorld Dreamsの組曲化の構想が実現した作品。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

解説

 久石譲と新日本フィルハーモニー交響楽団がワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)のプロジェクトを開始してから15周年に当たる2019年の8月1日、ツアー初日の演奏を静岡市民文化会館で聴いた時のことは、よく覚えている。茹だるような蒸し暑さを物ともせず、会場に集まった若い世代──10代から30代の聴衆──の多さに、まずは圧倒された。しかも彼ら彼女らのほとんどは、あたかもヨーロッパの夏の音楽祭に参加するかのように、瀟洒なファッションに身を包んで会場に馳せ参じている。普段からクラシックの演奏会を聴きに来ているかどうかわからないが、この日の演奏が特別なものになるに違いないと期待に胸を膨らませた聴衆の喜びと興奮は、客席を埋め尽くした洒落た装いから十分過ぎるほど伝わってきた。その若い聴衆たちが、本盤にも収録されている《Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”》《[Woman] for Piano, Harp, Percussion and Strings》《組曲「World Dreams」》を一音も逃すまいと集中して聴き入る姿を傍から眺めていると、さまざまな記憶が頭の中に去来してきた。W.D.O.が創設された15年前といえば、おそらく聴衆のほとんどは、まだ大学生以下だったはずである。ちょうど2019年で30周年を迎えた『魔女の宅急便』公開当時は、物心がついていなかったという聴衆も多かったのではあるまいか。そういう若い世代がW.D.O.の演奏会に集うようになったのである。15年あるいは30年という時間の流れは、それなりの重みを持っている。

 2004年にW.D.O.を立ち上げた時、久石が掲げた目標のひとつは、彼なりのスタイルで日本におけるポップス・オーケストラの在り方を模索し、それを実現させることだった。久石がエンターテインメントのために書いた楽曲がプログラムに含まれるのは当然だが、それだけでなく、コンサートごとにさまざまなテーマを設定し、他の作曲家が書いた映画音楽やポップス、ロックを含めながら、そのテーマに基づく世界観でプログラム全体を統一するという、非常に凝った構成で久石流のポップス・オーケストラを実現させていった。それが2011年まで続いたW.D.O.第1期の大まかな概略だが、いま振り返っても、この時期のプログラミングと演奏はとても楽しいものだったし、こういう機会でもなければ久石が取り上げないジャンルの音楽や珍しいレパートリーが聴けたという意味でも、とても貴重な体験だったと思う。

 その後、2014年から始まったW.D.O.第2期においては、久石自身の作品をプログラムの中心に据えて曲目を構成しながら、宮崎駿監督の作品のために書いた音楽を交響組曲化し、それを世界初演していくプロジェクトがコンサートに組み入れられるようになった。これまで久石が作曲した作品だけでも膨大な数に上るし、これらをコンサート用の楽曲として演奏していくだけでも、実は”久石作品集”というひとつの大きなテーマが立派に成立する。加えて、第2期を開始した頃から、久石の楽曲の演奏状況が日本以外の各国で大きく変わり始めた。つまり、久石作品の演奏回数が世界中で急増し始めたのである。そうした状況の変化に対応するため、W.D.O.はこれまでになかったもうひとつの役割、つまり他の演奏団体が久石の作品を演奏する際の”お手本”を示すという役割も担うようになった。

 だが、それ以上にW.D.O.第2期に大きな変化をもたらした重要な要素がある。それは、クラシック作曲家/指揮者としての久石の音楽性が、より明確な形でW.D.O.に反映されるようになったという点だ。

 そうした観点から見てみると、宮崎作品の音楽の交響組曲化は──もちろん世界中から寄せられる演奏の要望に応えるという側面も有しているが──実はW.D.O.第2期のクラシカルな性格と何ら矛盾をきたさない。チャイコフスキーのバレエ曲を例に挙げるまでもなく、過去のクラシック作曲家たちは舞台のために書いた劇音楽を演奏会用組曲として再構成し、形に残すという作業を重ねてきたが、久石の場合も基本的にはそうした流れを汲んだものと言える。ここで重要なのは、単に劇音楽の聴きどころを寄せ集めた”ハイライト”を作るのではなく、物語の流れを踏まえた上で、演奏会用作品としての完成度を追求している点にある。そうした方法論は、W.D.O.第1期だったらおそらく不可能だったかもしれない。それを実現するためには、クラシック音楽家としての久石の円熟を待たなければならなかったからだ。

 したがって、W.D.O.創設の際に久石が書き下ろしたテーマ曲〈World Dreams〉が、今回3楽章形式の《組曲「World Dreams」》として装いも新たに生まれ変わったのも、先に触れたW.D.O.第2期の性格に鑑みれば、至極当然の結果と言えるだろう。ポップス・オーケストラとしての面白さを追求していた第1期ならば〈World Dreams〉ただ1曲の演奏でも充分に役割を果たしていたかもしれないが、よりクラシカルな性格を備えた第2期のW.D.O.の”顔”には、それなりの風格──つまり今回のような3楽章形式の組曲──が相応しい。同じことは、やはり本盤に収録された《[Woman] for Piano, Harp, Percussion and Strings》についても言える。

 しかしながら、W.D.O.が第1期のような特定のプログラム・テーマを追求していくやり方を完全に止めてしまったかというと、必ずしもそうではない。本盤の場合には”ヨーロッパ”と”女性”というテーマが収録曲から浮かび上がってくる仕組みになっている(聡明にも、久石はそうしたテーマの明言を敢えて避けているが)。あるプログラムに込められた特定のテーマを、リスナーなりに読み取り、楽しんでいくのは、実は音楽の面白さのひとつでもある。ダウンロードやストリーミングでの音楽鑑賞が普及し、自分が聴きたい1曲だけを狙い撃ちして聴くのが当たり前になった現在、アルバム単位やプログラム単位で音楽を聴く習慣は、ひょっとしたら若い世代のリスナーには敷居が高いと感じられるかもしれない。だが、1時間のアルバムに込められたコンセプトや、4楽章の交響曲が表現している内容を聴き取っていくのは、1曲だけを聴くリスニングにはない喜びや満足感を与えてくれる。そこに重点を置いているのが、クラシック音楽家としての現在の久石の矜持であり、ひいてはW.D.O.が第2期で到達したクラシカルな面白さではないだろうか。

2019年で第2期を締め括ったW.D.O.が、今後第3期でどのような展開を見せていくのか──千人単位の聴衆が演奏会場を埋め尽くすコンサートの実現が難しい現時点においては──まだわからない。ただし、ひとつ確実に言えることは、本盤にライヴ収録された音楽の喜びと興奮が、第3期で再始動する時のW.D.O.の大きな原動力となるに違いない、という点である。

 

楽曲解説

Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”
交響組曲「魔女の宅急便」

本盤が世界初録音となる《Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”(交響組曲「魔女の宅急便」)》は、これまで久石とW.D.O.が発表してきた宮崎駿監督作品の交響組曲同様、本編のために作曲された主要な楽曲を物語順に配列した上で、常設オーケストラのレパートリーとして演奏可能なように構成した作品である。

もともと『魔女の宅急便』のスコアは、オカリナ、アコーディオン、そして数々の木管楽器など、息=風(ウィンド)を吹き込む楽器が多用されているという特徴を持っている。”息=風”は、主人公キキがホウキに跨って飛ぶ”空の風”の象徴であり、彼女が暮らすコリコの街に漂う”空気感”の象徴であり、ひいては彼女自身の”生命の息吹”、つまり生命力の象徴でもある。そうした人間の生命力を肯定的に讃えながら、久石がスコアの中で表現したキキの成長物語は、アコースティックな管楽器の美しさを十全に活かした今回の交響組曲において、よりいっそう色鮮やかな魅力を発揮していると言えるだろう。

ちなみに『魔女の宅急便』の本編においては、いくつかの楽曲が未使用に終わったが(サントラ盤には収録されている)、今回の交響組曲ではそれらの楽曲も復活させ、本来の久石の作曲意図が完全に楽しめる内容となっている。また、サントラ録音時にやや軽めの編成だったオーケストラも今回はシンフォニックな厚みが加わり、シンセサイザーで代用していた楽器(オカリナなど)も今回は生楽器に置き換えたことで、クラシカルなオーケストラに相応しいダイナミックなサウンドと細やかな表現力を堪能することが出来る。たとえ映像を見なくても、今回の交響組曲を聴けば、リスナーは物語のドラマ的な要素をすべて理解出来るはずだ。

次に、組曲での登場順に各曲を紹介する。

On a Clear Day 晴れた日に…
本編冒頭、キキが旅立ちを決意するシーンで流れるワルツの楽曲で、本作の音楽全体においてはメインテーマの役割を果たしている。アコーディオン、マンドリン、ツィンバロンなど、地中海的な音楽を連想させる楽器を多用することで、舞台となる架空のヨーロッパを色鮮やかに表現する。

A Town with an Ocean View 海の見える街
前半部(イメージアルバムでの曲名は〈風の丘〉)と後半部(同じく〈ナンパ通り〉)からなる、本作のサブテーマ。前半部は、キキの目に映った街のよそよそしさを反映するかのように、木管と弦のピツィカートがメロディを折り目正しく演奏する。オーボエ・ソロを巧みに用いた間奏部分は、あたかもヴィヴァルディやバッハのオーボエ協奏曲を聴いているかのようだ。街の人々がキキの姿に感嘆の声を上げる後半部になると、カスタネットも加えたフラメンコ風の音楽となり、彼女の躍動感と期待感を高らかに表現する。

The Baker’s Assistant パン屋の手伝い
キキが、オソノさんのパン屋で働き始めるシーンの音楽で、アコーディオンを用いたコンチネンタル・タンゴ(ヨーロピアン・タンゴ。1960年代の日本で高い人気を誇った)のスタイルで書かれた楽しい楽曲。実質的にはオソノさんのテーマと見ることが出来る。

Starting the Job 仕事はじめ
曲名通り、キキの仕事はじめのシーンで流れてくる。思わず歌詞をつけて歌いたくなるような民謡風の楽曲。

Surrogate Jiji 身代りジジ
『トムとジェリー』風のアニメ音楽という設定で流れてくる楽曲で、調子っぱずれのホンキートンク・ピアノがユーモラスな楽曲。W.D.O.2019のリハーサル中に久石が語ったところによれば、20世紀前半のアメリカで流行したディキシーランド・ジャズを意識して作曲した曲だという。今回の交響組曲においては、管楽器がスタンドプレーを披露する聴かせどころのひとつとなっている。

Jeff ジェフ
どこかのんびりしたチューバが、老犬ジェフの緩慢な仕草を表現したテーマ。

A Very Busy Kiki 大忙しのキキ
Late for the Party パーティーに間に合わない
前述の〈海の見える街〉後半部のフラメンコ風の音楽を基にしたヴァリエーション。

A Propeller Driven Bicycle プロペラ自転車
実質的には、少年トンボのテーマとして書かれている。キキと仲良くなったトンボが、彼女をプロペラ自転車に乗せて走るシーンで流れてくるが、音楽が徐々にテンポを上げた後、ふたりを乗せた自転車が宙に浮かぶと、どこか田舎臭いワルツ──あるいはワルツの前身とされるレントラー──が盛大に演奏される。

I Can’t Fly! とべない!
本編未使用曲だが、今回の交響組曲で復活した楽曲。もともとはキキの魔法が弱くなり、飛べなくなってしまうシーンのために書かれたサスペンス音楽で、彼女が直面する危機を表現した「危機のテーマ」と言える。

Heartbroken Kiki 傷心のキキ
トンボからの電話にまともに答えず、ひとり部屋に籠もってホウキを作るキキをアコーディオンが優しく慰めるように演奏する。

An Unusual Painting 神秘なる絵
絵描きの少女ウルスラの小屋の中で、キキがウルスラに励まされるシーンの楽曲。本作全体の中でも特にユニークな存在感を放っている楽曲で、サントラではオカリナ風のシンセによって演奏されていたが、今回の交響組曲ではフルート奏者3人がオカリナに持ち替え、見事な三重奏を披露する。どこか太古の響きを感じさせるオカリナの音色は、生命の根源そのものの象徴であり、わかりやすく言えば生命力そのものを象徴している。そのオカリナを用いることで、人間としての自然治癒、自己回復を表現した楽曲と見ることが出来る。

The Adventure of Freedom, Out of Control 暴飛行の自由の冒険号
前述の〈とべない!〉で登場した「危機のテーマ」をテンポを速めてアレンジした楽曲。後半部は金管セクションが加わり、いやが上にもサスペンスを盛り上げる。

The Old Man’s Push Broom おじいさんのデッキブラシ
もともとは、飛行船に取り残されたトンボをキキが救いに向かうアクション・シーンのために書かれた楽曲。〈海の見える街〉前半部のテーマを007風の活劇調に変奏していくことで、手に汗握るスリルとサスペンスを見事に表現している。本編では未使用となったが、今回の交響組曲の中で最も聴き応えのあるダイナミックな楽曲となっている。

Rendezvous on the Push Broom デッキブラシでランデブー
キキが見事にトンボを救い出す大団円で流れる楽曲で、メインテーマのワルツが再現する。

Mother’s Broom おかあさんのホウキ
今回の交響組曲では、キキの旅立ちを家族や隣人たちが見送るシーンの楽曲(サントラ盤では〈旅立ち〉として収録)がエピローグとして演奏される。しっとりとしたヴァイオリン・ソロを演奏しているのは、W.D.O.コンサートマスターの豊嶋泰嗣。そのソロをオーケストラが幸せに包みこむようにして、全曲が閉じられる。

 

[Woman] for Piano, Harp, Percussion and Strings

2009年にリリースされたアルバム『Another Piano Stories ~The End of the World~』に収録されていた3つの楽曲をピアノ、ハープ、パーカッション、弦楽合奏で演奏可能なように再構成した作品。曲名通り、いずれの楽曲もすべて女性に因んでいる。

Woman
原曲は、2006年にオンエアされた婦人服ブランド「レリアン」CMのために書かれた楽曲。アルゼンチン・タンゴ、より正確には久石が敬愛するアストル・ピアソラのタンゴを意識したスタイルで作曲されている。

Ponyo on the Cliff by the Sea
さかなの子・ポニョと人間の子・宗介の出会いと冒険を描いた宮崎駿監督『崖の上のポニョ』のメインテーマ。弦楽器やハープのピツィカートとマリンバのトレモロが生み出すユーモラスな響きが、不思議にもポニョのイメージと一致する。

Les Aventuriers
久石のお気に入りの映画のひとつで、ジョアンナ・シムカス演じるヒロインを軸にしながらアラン・ドロンとリノ・ヴァンチュラの2人が冒険を繰り広げる『冒険者たち』から自由にイメージを羽ばたかせ、演奏者たちに5拍子という”冒険”を要求する作品。『冒険者たち』をご覧になったことがあるリスナーなら、ドロン扮するパイロットが複葉機で凱旋門をくぐり抜けようとするシーンを想起されるかもしれない。映画の中で曲芸飛行は失敗に終わるが、本楽曲においては演奏者たちが鮮やかな”曲芸飛行”を決める。

 

組曲「World Dreams」

2004年に久石と新日本フィルがW.D.O.を立ち上げた際に書き下ろしたテーマ曲〈World Dreams〉を第1楽章に用い、全3楽章の組曲として構成した作品。

I. World Dreams
「作曲している時、僕の頭を過っていた映像は9.11のビルに突っ込む飛行機、アフガン、イラクの逃げまどう一般の人々や子供たちだった。『何で……』そんな思いの中、静かで優しく語りかけ、しかもマイナーではなくある種、国歌のような格調あるメロディが頭を過った」。”世界の夢”(World Dreams)を象徴する崇高なメロディをオーケストラが荘重に演奏する、ある意味で久石版《歓喜の歌》と呼ぶべき楽章である。

II. Driving to Future
原曲は大手自動車部品メーカー、アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 50周年記念事業映像のためのメインテーマ。メロディアスな第1楽章から雰囲気が一変し、久石の得意とするミニマル・ミュージック的な語法が中心となる軽やかな楽章。トランスミッションの歯車を思わせる精緻なリズム構造の上で、弦が滑らかな曲線を描いていく。

III. Diary
原曲は日本テレビ『皇室日記』テーマ曲。荘重なメロディが新たに登場し、格調高く演奏される。久石によれば、〈Diary〉の作曲時に〈World Dreams〉の世界観と共通するものを感じ、今回の組曲化に踏み切ったということである。

前島秀国 / Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター
2020/07/07

(解説/楽曲解説 ~CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツ 日・英文解説(英文ライナーノーツ封入)

 

 

 

ーテーマ曲でもある「World Dreams」が組曲になりますね。

久石:
「World Dreams」は活動を始めた2004年に作った曲です。2001年に9.11(米同時多発テロ)が起きてから、世界はバラバラになって今までの価値観ではもうやっていけなくなるという感覚が自分の中で強くありました。だからこそ、世界中の人々が違いを言うのではなく、世界を一つの国として捉えるような曲、つまり国歌のような朗々としたメロディーの曲を作りたいと思ったんです。

実は「World Dreams」を組曲にしたいという構想はこれまでもありましたが、今年テレビ番組(「皇室日記」)からオファーを受けて「Diary」を書いた時に「World Dreams」の世界観と通じるものがあると感じ組曲にしました。

~中略~

ー後半は「Woman」から始まります。

久石:
ここ数年挑んでいるピアノと弦楽オーケストラの形です。指揮者としてオーケストラと対峙する関係と違い、演奏者として一体感が高く、とても好きなスタイルです。一方、指揮者もやらなければならないので、とてもハードなスタイルでもあります。作曲家の久石譲さんは演奏家にとても厳しいので、ピアニストとしてはいつも大変です(笑)。

今回はハープともう一台のピアノ、パーカッションを入れました。「Woman」「Ponyo on the Cliff by the Sea」「Les Aventuriers」の3曲とも「Another Piano Stories」というアルバムに入っていた曲です。12人のチェロとピアノ、ハープとパーカッションという特殊な編成のバージョンをベースにしながら、今回のツアーのために書き直ししました。

ー最後は「Kiki’s Delivery Service Suite」。

久石:
W.D.O.の第2期では宮崎駿監督作品を交響組曲にするシリーズを続けてきました。今年は「魔女の宅急便」です。

映画用に書いた曲というのは、台詞や物語の流れを踏まえ、音楽があえて語り過ぎないようになっています。さらにもともとこの作品は軽めのヨーロピアンサウンドを目指して作った曲です。それをシンフォニックな曲にしてしまうのは違うと思い、ずいぶん悩みました。今から30年前に書いた曲で、譜面もまともに残っていなかったのにも苦労しました(笑)。今回のツアーではアコーディオンとマンドリンの奏者を加え、映画の世界観を追体験しながら、音楽を存分に楽しんでもらえたら嬉しいですね。

~後略~

(久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019 コンサート・パンフレットより 抜粋)

 

 

 

 

2020.9 on Twitter (memo)

〈晴れた日に〉鳥たちのさえずり思わせるピッコロ・フルートが加えられたり顔ゆるむ。〈海の見える街〉ジブリコンサート版のように後半ジャジーにスイングしない、サントラ基調。Melodyphony、WORKSIV、WDO2018、いくつバージョンあってもうれしい一曲。

〈身代わりジジ〉コンサートではクラリネット、トランペット、トロンボーンが、ソロ・スタンディング演奏していて楽しい雰囲気に。サントラに比べてよりコミカルにカラフルになったなー。

〈プロペラ自転車〉2巡めテンポあがるところ、ペダルやチェーンの回転を連想させるパーカッションいい。ヴィブラスラップの連打かな? 回して鳴らすラチェット、ロータリーパーカッションとかかな? 後半もドタバタパンチ効いてる。

〈暴飛行の自由の冒険号〉〈おじいさんのデッキブラシ〉〈デッキブラシでランデブー〉ストーリーにあわせてハラハラドキドキなジェットコースター音楽。大迫力のクライマックス!大スペクタクル・サウンド!

〈かあさんのホウキ〉
A.久石譲 in 武道館 2008
B.久石譲 in パリ 2017
C.久石譲 & WDO 2019

Bは指揮に徹する。ACはコンサートマスター・ヴァイオリンを久石譲ピアノがエスコート。Aは1コーラス目のみ、Cは2コーラス目まで。ACはピアノ伴奏パターンもちがう。珠玉の名曲うっとり。

 

 

 

 

Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service” (「魔女の宅急便」組曲)
01. On a Clear Day ~ A Town with an Ocean View
02. The Baker’s Assistant ~ Starting the Job
03. Surrogate Jiji ~ Jeff
04. A Very Busy Kiki ~ Late for the Party
05. A Propeller Driven Bicycle ~ I Can’t Fly!
06. Heartbroken Kiki ~ An Unusual Painting
07. The Adventure of Freedom, Out of Control ~ The Old Man’s Push Broom ~ Rendezvous on the Push Broom
08. Mother’s Broom

[Woman] for Piano, Harp, Percussion and Strings
09. Woman
10. Ponyo on the Cliff by the Sea
11. Les Aventuriers

組曲「World Dreams」
12. Ⅰ. World Dreams
13. Ⅱ. Driving to Future
14. Ⅲ. Diary

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by New Japan Philharmonic World Dream Orchestra, Yasushi Toyoshima (solo concertmaster)

Recorded at Suntry Hall, Tokyo (August 8~9th, 2019)

Symphonic Suite ” Kiki’s Delivery Service” (Track-1~8)
Original Orchestration by Joe Hisaishi
Orchestration by Chad Cannon

“Mother’s Broom” Solo violin: Yasushi Toyoshima
Mandolin: Tadashi Aoyama
Accordion: Tomomi Ota

Driving to Future (Track-13)
Theme music for the 50th Anniversary Project Video of AISIN A W CO., LTD.

Diary (Track-14)
NIPPON TV PROGRAM「DIARY OF THE IMPERIAL FAMILY」THEME SONG
© 2019 by NIPPON TELEVISION MUSIC CORPORATION & WONDER CITY INC.

Recording & Mixing Engineer: Takeshi Muramatsu (Octavia Records Inc.)
Mixed at EXTON Studio Yokohama
Mastering Engineer: Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC STUDIOS TOKYO)

Art Direction & Design: Daisaku Takahama
Artwork Coordination: Tatsuaki Ikeda (UNIVERSAL MUSIC)

and more…

 

Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス 『ブラームス:交響曲第1番』

2020年7月22日 CD発売 OVCL-00733

 

新クラシック誕生!
発見と喜びのブラームス・ツィクルス。

クラシック音楽界に旋風を巻き起こした、久石譲が指揮するベートーヴェン・ツィクルスに続くのは、ブラームスの交響曲です。作曲家の視点から緻密に分析し、読み取った音楽は、国内の若手トッププレーヤーによる「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」が明快かつ躍動的に表現し、新たな発見に満ちたブラームスとなっています。当録音のコンサートでは、立奏スタイルを採用したことも話題となりました。新たなブラームス像をここにお届けします。

(CD帯より)

 

 

ベートーヴェンからブラームスへ、作曲家としての視点でスコアを読み解く久石譲&FOCの新しい挑戦。

オヤマダ アツシ

クラシック音楽を聴いている方であれば思い当たる節もあると思うが、何度も繰り返し聴いてきた作品であるほど新鮮さが失われていくのと同時に、それを覆すような演奏に出会えたときの衝撃や喜びは計り知れないものがある。2016年7月、長野市芸術館で久石譲指揮によるナガノ・チェンバー・オーケストラのベートーヴェン(交響曲第1番・第2番)を聴いたときの筆者は、まさに「ああ、まだこんなアプローチがあったのか!」というわくわくした思いを味わい、手元にスコアがないことを口惜しく感じたものだった。

クラシックの演奏家たちは作曲家が残してくれた楽譜を一番の拠り所として、(校訂者により細部の相違があろうとも)読み取ったものをどう形にしていくか、使命感にあふれていることだろう。その審美眼とアプローチは当然ながら音楽家によって異なる。久石譲のベートーヴェンはどうだっただろうか。指揮者という役割を担いながらも”同じ作曲家”としての思考や視点を基本的な立ち位置として、独自の透視光線をスコアへ当てることにより、自らのアプローチを獲得したといえる。つまり楽譜が何を要求していて(=作曲家は楽譜に何を託していて)どう表現して欲しいのかを考え、それを洗い出すことであるべき姿を形にしていくということだ。もちろんそうした過程は多くの指揮者が辿っていることでもあるのだが、久石の場合、独自の視点とした拠り所のひとつが「ミニマル・ミュージック」(およびポスト・ミニマル・ミュージック)だったことで、それが演奏の個性へと直結することとなった。

「自分はミニマル・ミュージックに大きな影響を受けた作曲家ですから、まずは音価をきちんと揃えてリズムを軸とした音楽を構築しないと作品が成立しないことを知っています。そのアプローチでベートーヴェンのスコアを見直してみると、目立たなかった伴奏の音型が雄弁だと気がついたり、メロディと伴奏型のリズムが主従の関係ではなく、互いに反応し合って一体化していたり対立構造にあったりと新鮮な発見がたくさんあり、結果的に『やっぱりすごいな、ベートーヴェンは!』とため息をついてしまうほどでした」(「レコード芸術」誌のため「ベートーヴェン:交響曲全集」のインタビューをした際のコメントより)

こうした発見と驚きは、そのまま新しいプロジェクトであるブラームスの交響曲サイクルへとつながっていく。音楽史的にも両者の関係は深く、スコアの構築スタイルは異なることもあるにせよ、ブラームスはベートーヴェンの精神を受け継いだ古典的なスタイルで交響曲を発展させ、19世紀ロマン派音楽という大きな渦の中で独自の世界を築き上げた作曲家だ。その演奏スタイルも、20世紀の中盤あたりまで求められた重厚さや権威的な志向から、いわゆる古楽的な視点を軸にしたピリオド・アプローチによる作品の再検証時代を経て、スコアを自由に読み解くことで新しい演奏スタイルを生み出すことが許される時代となった。久石譲とスーパー・オーケストラ「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」によるベートーヴェンやブラームスは、まさにそうした時代の象徴的な演奏であるわけだ。

サイクルの第1弾となった交響曲第1番でも基本的に速いテンポを採用し(いや「採用」という能動的な姿勢ではなく、そう書いてあることをアルデンテのような感覚で提示した、ということになるのだろうか)、明快な発音とフレージング、それによって浮き上がる対位法の綾などがこの演奏の特徴になっている。たとえば、第1楽章の序奏をかなり速いテンポで演奏することによって主部とのつながりを浮かび上がらせ、楽章全体の熱狂的躍動感を一貫して持続させることは、ベートーヴェンとの近似性を強調することへつながるかもしれない。Andante sostenutoと指示された第2楽章はひとときの安らぎを提示してくれる音楽ではあるものの、隠れがちなオスティナート風のリズムが浮き出ることで舞曲風の性格が顔を出す。こうした、聴き手の耳を捉える瞬間が散りばめられ、発見の喜びへと誘導することこそが、この演奏の存在意義だといえるだろう。

もちろん、それを実現するにあたり”音を出さない指揮者”のパートナーである「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」の存在は欠かせないものだ。コンサートマスターの近藤薫をはじめ、ベートーヴェンを共に演奏したメンバーも多い中、ブラームスのコンサートでは基本的に立奏によるスタイル(チェロなど一部の楽器を除き、メンバーは立って演奏)を採用し、さらに斬新な演奏を繰り広げている。

「僕は専門の指揮者ではないという強みもあって、”作曲家が指揮をしている”という姿勢を崩すことなく、どのような作品に対しても同様にアプローチをしています。だから常に新しい目で楽譜を見ないといけませんし、時代性を演奏に映し出していくことも大切。作曲家というのは『今まで聴いたことがない音楽を作りたい』と考えていますから、その姿勢は指揮者という立場になっても変わりません。そうやって演奏を進化させ、常に何かを引っかき回したいとも思ってるんですよ」

久石のこうした明快なスタンスがそのまま演奏のコンセプトとなり、ブラームスの交響曲サイクルは新しい時代の響きを創造しながら、第2番以降も続いていく。

(おやまだ・あつし)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説
寺西基之

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 作品68

ヨハネス・ブラームス(1833-97)は19世紀のロマン派時代における古典主義者と見なされることが多い。確かに彼は伝統を尊重した作曲家であり、新しいスタイルや音語法を求めたリストやワーグナーなどの新ドイツ派に対して批判的な態度をとった。それだけに伝統ジャンルの中でもとりわけ重要な交響曲という曲種を手掛けることは、彼にとってきわめて重い意味を持っていた。特に彼は先人ベートーヴェンを強く意識していたから、生来の自己批判的な性癖とも相俟って、初めての交響曲の作曲には慎重にならざるを得なかった。第1交響曲の最初の構想がなされたのは初期の1855年頃だが、そうした慎重さゆえに、結局完成までには実に20年以上の歳月がかかってしまうこととなるのである。

もちろん伝統を重視したとはいってもブラームスは決して頑なな保守主義者だったわけではない。19世紀後半においてもきわめて古典的な作風の作品を書いていたマイナーな作曲家は多数いた。ブラームスはそうした作曲家とは違い、19世紀の芸術家らしく内面的なロマン的感情表現を何より重んじた。例えば恩人ローベルト・シューマンの妻クラーラに対する思慕の情が彼の多くの作品のうちに影を落としていることはよく知られている。そうしたロマン的な内面感情の表現を伝統的な様式と結び付けていくところに、ブラームスは自らの道を探っていったのである。

とりわけ交響曲は、伝統ジャンルの中でも特に規模も編成も大きく、また論理的な構築性を求められる曲種だけに、彼にとってそこにいかにロマン的な感情表現を結び付けていくかが大きな課題となったと思われる。完成までの長い年月は、そうした課題の解決法を探っていく過程でもあったのだろう。何度にもわかる創作の中断や、作曲した部分を結局やめて他の曲に転用するといった方向転換など、数々の試行錯誤と模索の繰り返しーベートーヴェンの輝かしい業績とその伝統の重みを受け継ぎつつ、ロマン派時代にふさわしい交響曲を書こうという、そうした彼の苦労は、1870年に彼がヘルマン・レーヴィに対して語った「私は交響曲はもう書くまい。私のようなものが四六時中自分の後ろで、あれほど偉大な人物(ベートーヴェン)の足音を聞いているときの気持ちがいかなるものか、わかってもらえないだろう」という、いささかやけ気味の言葉にも窺える。

そうした模索の中でブラームスがようやく自分の交響曲の表現方法を見いだしていくようになったのは、この言葉を発してからしばらくたった1874年のことだった。この時期から彼は自信をもって完成へ向けての創作に本腰を入れるようになり、こうして2年後の1876年に全曲はついに完成されることになる。初演は同年の11月4日にカールスエールにおいてオットー・デッソフの指揮で行われたが、その後もブラームスはさらに第2楽章を大幅に書き直し、現在演奏されているような決定稿がやっと仕上げられたのであった。

こうした難産の末に生み出された第1交響曲は、綿密な論理的書法ー徹底した主題労作、暗→明という全体の構図、2管編成の無駄のない管弦楽法などーのうちに豊かなロマン的な感情表現を湛えており、長年の苦心の努力が見事に結実した傑作となっている。

第1楽章はまず緊迫した序奏(ウン・ポーコ・ソステヌート、ハ短調、8分の6拍子)が置かれているが、そこに現れる半音階的動きは全曲にわたっての重要な要素となる。主部(アレグロ)は重苦しい緊張と劇的な起伏のうちに進行していく。

第2楽章(アンダンテ・ソステヌート、ホ長調、4分の3拍子)は豊かな情感を湛えた3部形式の緩徐楽章。主部再現においてヴァイオリン独奏がホルンを伴いつつ主題を歌い上げるのが印象的だ。

第3楽章(ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ、変イ長調、4分の2拍子)は、伝統的なスケルツォを採用せず、優美な間奏曲風の中間楽章となっている。

第4楽章は不安な緊張の漂う序奏(アダージョ、ハ短調、4分の4拍子)で開始される。その緊張が頂点に達したところで、突如霧を晴らすかのような明るい主題(ピウ・アンダンテ、ハ長調)をホルンが朗々と奏するが、暗から明に移行する箇所に現れるこの主題がクラーラ・シューマンの誕生日にブラームスが贈った旋律(ブラームスの作ではなく彼がアルプスで聞いた旋律で、彼はそれに「山高く、谷深く、あなた[=クラーラ]に千回もお祝いを述べよう」という歌詞を付けている)の引用であるのは、この作品にクラーラへの思慕を込めたことを示唆するものだろうか。そして荘厳なコラールを挟んで、主部(アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオ、ハ長調)に入り、明るい第1主題が朗々と歌われ、展開部を再現部に組み入れた自由なソナタ形式のうちにダイナミックな展開が繰り広げられている。最後のコーダでは、序奏に示されたコラールも力強く再現され、圧倒的な高揚のうちに全曲が閉じられる。

(てらにし・もとゆき)

(CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツ全文 日・英文 

 

 

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組んだ、久石がプロデュースする「MUSIC FUTURE」のコンセプトを取り込み、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

「奇をてらったわけではない。ブラームスは今、いかにもドイツ風に重々しく演奏されるが、楽譜には『ウン・ポーコ・ソステヌート』、つまり(音の長さを保つ)テヌート気味に演奏する、としか書いていない。しかも初演は40人で演奏したとか。重々しいブラームスをやったわけがない。書かれたことをきっちり表現し、まだクラシックにこんな可能性がある、と提示できれば」

「ビブラートはいかにも豊かには聞こえるが、雑音も増すし、音が遠くまで飛ばなくなる。古楽器の奏法をまねしたわけではなく、リズムにベースを置いて、スピード感を大事にするやり方に合わないからやめた」

「合わせるところは世界で一番きっちり合わせ、歌うところは歌う。使い分けられるようになれば、オケの表現力はすごく広くなる」

「ブラームスが迷いながら作った交響曲第1番の第1楽章は絶えず不安定。それを本番で振っていて、最も『今的』と思った。世界がこんなに混沌としているじゃないですか」

Blog. 読売新聞夕刊 3月5日付 「久石譲 未来形ブラームス」 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

 

 

ブラームス
交響曲 第1番 ハ短調 作品68

1. Un poco sostenuto – Allegro
2. Andante sostenuto
3. Un poco Allegeretto e grazioso
4. Adagio -Piu Andante – Allegro troppo, ma con brio

Total Time 39:42

久石譲(指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス

2020年2月12-13日 東京オペラシティ コンサートホールにてライヴ収録

高音質 DSD11.2MHz録音 [Hybrid Layer Disc]

 

Disc. 久石譲 『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』(Domestic / International)

2020年2月21日 CD発売 UMCK-1638/9

 

世界同日リリース&ストリーミングリリース

 

NYに拠点を置くクラシック・レーベル DECCA GOLD世界同日リリースのベストアルバム!

久石作品の中でも映画のために作られた珠玉のメロディが際立つ代表曲を中心に構成された愛蔵版。

(CD帯より)

 

 

iTunes紹介

宮崎駿監督作品や北野武監督作品の音楽を数多く手掛け、世界中の音楽ファンを魅了する作曲家/ピアニスト、久石譲。NYに拠点を置くクラシックレーベルDECCA GOLDからリリースされた、全28曲収録のベストアルバム。作曲家として注目を集めるきっかけとなった、二人の監督の代表作を含めた映画のサウンドトラックを中心に、CMソング、オリジナル曲など、幅広いジャンルから選曲。映画に使用されたオリジナルトラックのほか、2004年に新日本フィルハーモニー管弦楽団と共に立ち上げたWORLD DREAM ORCHESTRAによるライブ演奏”il porco rosso”と”Madness”、管弦楽曲用にまとめた”My Neighbour TOTORO (from “My Neighbor Totoro”)”、ピアノソロで演奏された”Ballade (from “BROTHER”)”、”HANA-BI (from “HANA-BI”)”、斬新な楽器編成に編曲し直された”Ponyo on the Cliff by the Sea (from “Ponyo on the Cliff by the Sea”)”など、さまざまなアレンジも楽しめる。代表曲と共に、久石譲という音楽家のキャリアを一望できる構成になっており、入門盤としてはもちろん、長年のファンも満足のできる充実の一作。現代音楽の実験性と美しいメロディを融合させた珠玉の名曲たちを堪能しよう。

このアルバムはApple Digital Masterに対応しています。アーティストやレコーディングエンジニアの思いを忠実に再現した、臨場感あふれる繊細なサウンドをお楽しみください。「Apple Digital Master is good! 高音域が聴こえるね。とても良い音だと思います」(久石譲)

 

およびApple Music関連インタビュー

 

 

 

An Introduction to the Music of Joe Hisaishi

 日本映画とその音楽を支えてきた作曲家、と聞いて、日本以外に暮らす映画ファンや音楽ファンのみなさんは誰を連想するだろうか? 黒澤明監督の名作のスコアを作曲した早坂文雄、『ゴジラ』をはじめとるす東宝怪獣映画の音楽を手がけた伊福部昭、あるいは勅使河原宏や大島渚などの監督たちとコラボレーションした武満徹くらいはご存知かもしれない。大変興味深いことに、これらの作曲家たちは映画音楽作曲家として活動しながら、クラシックの現代音楽作曲家としても多くの作品を書き残した。そして久石譲も、基本的には彼らと同じ伝統に属する作曲家、つまり映画音楽と現代音楽のふたつのフィールドで活躍する作曲家である。

 映画音楽(テレビ、CMなどの商業音楽を含む)作曲家としての久石は、宮崎駿監督や高畑勲監督のスタジオジブリ作品のための音楽、それから北野武監督のための音楽などを通じて、世界的な名声を確立してきた。一方、現代音楽作曲家としての久石は、日本で最初にミニマル・ミュージックを書き始めたパイオニアのひとりであり、現在は欧米のミニマリズム/ポスト・ミニマリズムの作曲家たちとコラボレーションを展開している。幅広い聴衆を前提にしたエンターテインメントのための作曲と、実験的な要素の強いミニマル・ミュージックの作曲は、一見すると互いに相反する活動のようにも思えるが、実のところ、このふたつは彼自身の中で分かちがたく結びついている。そこが久石という作曲家の最大の特徴であり、また美点だと言えるだろう。

 日本列島の中腹部、長野県の中野市に生まれた久石は、4歳からヴァイオリンを学び始める一方、父親の仕事の関係から、多い時で年間300本近い映画を観るという環境に恵まれて育った。そうした幼少期の体験が、現在の彼の活動の土台になっているのは言うまでもないが、久石は当初から映画音楽の作曲家を志していたわけではない。国立音楽大学在学時、彼が関心を寄せ、あるいは強く影響を受けたのは、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの新ウィーン楽派の作曲家たちであり、シュトックハウゼン、クセナキス、ペンデレツキといった前衛作曲家たちであり、あるいは彼がジャズ喫茶で初めて知ったジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、マル・ウォルドロン、そして友人宅で初めて聞いたテリー・ライリー、ラ・モンテ・ヤング、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスのアメリカン・ミニマル・ミュージックの作曲家たちであった。大学卒業後、スタジオ・ミュージシャンとして活動しながら、現代作曲家としてミニマル・ミュージックの新作を書き続けていた久石は、1982年にテクノ・ポップ色の強いアルバム『INFORMATION』をリリースし、ソロ・アーティスト・デビューを飾る。このアルバムをいち早く聴いたのが、当時、宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』の製作に携わっていた高畑勲と鈴木敏夫だった。

 映画のプロモーションを盛り上げるため、音楽による予告編というべきアルバム『風の谷のナウシカ イメージアルバム』のリリースを計画していた高畑と鈴木は、『INFORMATION』のユニークな音楽性に注目し、久石をイメージアルバムの作曲担当に起用した。宮崎監督の説明を受けながら『風の谷のナウシカ』の絵コンテ(ストーリーボード)を見た久石は、(まだ完成していなかった)映画本編の映像に対して作曲するのではなく、宮崎監督が映画で描こうとしている”世界観”に対して直接作曲することになった(そこから生まれた曲のひとつが、本盤に収録されている《Fantasia》の原曲《風の伝説》である)。イメージアルバムの仕上がりに満足した宮崎監督、高畑、鈴木の3人は、久石に『風の谷のナウシカ』映画本編の作曲を正式に依頼。かくして、久石は『風の谷のナウシカ』で本格的な長編映画音楽作曲家デビューを果たすことになった。

 この『風の谷のナウシカ』の経験を通じて、久石は「監督の作りたい世界を根底に置いて、そこからイメージを組み立てていく」という映画音楽作曲の方法論、すなわち監督の”世界観”に対して音楽を付けていくという方法論を初めて確立した。つまり、単に映画の物語の内容を強調したり補完したりする伴奏音楽を書くのではなく、あるコンセプトに基づいた音楽──例えば絵画や文学を題材にした音楽──を作曲するのと基本的には同じ姿勢で、映画音楽を作曲するのである(もちろん映画音楽だから、映像のシーンの長さに合わせた細かい作曲や微調整は必要であるけれど)。そうした彼の方法論、言い換えれば音楽による”世界観”の表現が最もわかりやすい形で現れたものが、日本では”久石メロディ”と呼ばれ親しまれている、数々の有名テーマのメロディにほかならない。久石がメロディメーカーとして天賦の才に恵まれているのは事実だが、それだけでなく、映画やテレビやCMなどの作品の核となる”世界観”をどのように音楽で伝えるべきか、彼がギリギリのところまで悩み苦しんだ末に生まれてきたものが、いわゆる”久石メロディ”なのだということにも留意しておく必要があるだろう。

 『風の谷のナウシカ』以降、久石は現在までに80本以上の長編映画音楽のスコアをはじめ、テレビやCMなど膨大な数の商業音楽を作曲しているが、その中でも、彼自身が得意とするミニマル・ミュージックの音楽言語を商業音楽の作曲に応用し、大きな成功を収めた例として有名なのが、『あの夏、いちばん静かな海。』に始まる一連の北野武監督作品の音楽である。セリフを極力排除し、いわゆる”キタノブルー”で映像の色調を統一した北野監督のミニマリスティックな演出と、シンセサイザーとシーケンサー、あるいはピアノと弦だけといった限られた楽器編成でシンプルなフレーズを繰り返していく久石のミニマル・ミュージックは、それまでの映画表現には見られなかった映像と音楽の奇跡的なマリアージュを実現させた。

 ”久石メロディ”が映画の”世界観”を凝縮して表現する場合でも、あるいは彼自身のミニマル・ミュージックの語法が映画音楽の作曲に応用される場合でも、久石は一貫して「映像と音楽は対等であるべき」というスタンスで作曲に臨んでいる。そうした彼の作曲姿勢、言い換えれば彼の映画音楽作曲の美学は、彼が敬愛するスタンリー・キューブリック監督の全作品──とりわけキューブリックが自ら既製曲を選曲してサウンドトラックに使用した『2001年宇宙の旅』以降の作品──から学んだものが大きく影響していると、久石は筆者に語っている。映像と音楽が同じものを表現しても意味がない、映像と音楽が対等に渡り合い、時には互いに補いながら、ひとつの物語なり”世界観”なりを表現したものがキューブリックの映画であり、ひいては久石にとっての映画音楽の理想なのである。同時に、「映像と音楽は対等であるべき」とは、作曲家が映画監督とは異なる視点で物語を知覚し、それを表現していくということでもある。そうした作曲上の美学を、久石はミニマル・ミュージックの作曲、特にオランダの抽象画家マウリッツ・エッシャーをモチーフにした作品の作曲を通じて自然と体得していったのではないか、というのが筆者の考えである。若い頃からエッシャーのだまし絵(錯視画)に強い関心を寄せてきた久石は、エッシャーのだまし絵が生み出す視覚的な錯覚と、ミニマル・ミュージックのズレが生み出す聴覚上の錯覚との類似性に注目し、それを実際のミニマル・ミュージックの作曲に生かしていった(例えば1985年作曲の《DA・MA・SHI・絵》や2014年作曲の弦楽四重奏曲第1番など)。そうした音楽を書き続けてきた久石が、映画音楽の作曲において、映像作家が視覚だけでは認識しきれない物語の”世界観”を、作曲家という別の視点で認識し、それ(=世界観)を表現するようになったとしても、べつだん不思議なことではない。つまり久石の映画音楽は──エッシャーのだまし絵がそうであるように──物語から音楽というイリュージョン(錯覚)を作り出し、それによって物語の”世界観”を豊かにしているのである。そこに、長年ミニマル・ミュージックの作曲を手がけてきた久石が、映画音楽の作曲において発揮する最大の強みが存在すると、筆者は考える。だからこそ彼の映画音楽は──本盤の収録曲に聴かれるように──映画から切り離された形で演奏されても、きわめて雄弁に語りかけてくるのだ。

 本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』には、映画やテレビのために書かれた音楽を独立した作品として書き直したり再構成し直したりしたバージョンが数多く収められている。最初に触れたように、久石は映画やテレビの単なる伴奏音楽を書くのではなく、その”世界観”に対して音楽を付けるというスタンスで作曲に臨んでいる作曲家である。その”世界観”の表現は、必ずしもオリジナル・サウンドトラックの録音とリリースで完結するわけではなく、まだまだ発展の余地が残されていることが多い。その発展を彼のソロ・アルバムの中で実現したものが、すなわち本盤に収録された有名テーマの演奏に他ならない。その演奏において、久石自身のピアノ・ソロが大きな比重を占めているのは言うまでもないが、ここでひとつだけ指摘しておきたいのは、彼がピアノのテーマを作曲する時は日本人の掌の大きさを考慮し、4度の音程を意識的に多用しながら作曲しているという点だ。もし、海外のリスナーが久石の音楽を日本的、アジア的、東洋的だと感じるならば、それは彼が音楽を付けた日本映画や日本文化の中で描かれている、日本特有の”世界観”を表現しているだけでなく、日本人(を含むアジア人)にとって肉体的に無理のない形で音楽が自然に流れているからだ、というこをここで是非とも強調しておきたい。

 そして、急いで付け加えておきたいのは、CD2枚組という収録時間の関係上、本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』に収まりきらなかった久石の重要作、人気作がまだまだ山のように存在しているという事実である。特に、近年彼が手がけた映画音楽──今年2019年に日本公開された『海獣の子供』や『二ノ国』など──は、ミニマル・ミュージックの作曲家・久石の特徴と、映画音楽作曲家・久石の実力が何ら矛盾なく共存する形で作曲されており、これまでにない彼の新たな魅力が生まれ始めている。さらに、ミニマリストとしての久石の活動も、フィリップ・グラスやデヴィッド・ラングといった作曲家との共演やコラボレーション、あるいはマックス・リヒター、ブライス・デスナー、ニコ・ミューリー、ガブリエル・プロコフィエフといった作曲家の作品を彼が日本で演奏・紹介する活動を通じて、新たな側面を見せ始めている。本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』は、そうした音楽家・久石譲の全貌からなる壮大な物語”ヒサイシ・ストーリーズ”のほんの序曲に過ぎない。これまで久石がリリースしてきたアルバムに倣い、仮に本盤のアルバム・タイトルを「HISAISHI STORIES 1」と呼び直してみるならば、いち早く「HISAISHI STORIES 2」を聴いてみたいと思うのは、筆者だけではないはずである。

 

 

DISC 1

One Summer’s Day
Kiki’s Delivery Service
米国アカデミー長編アニメ映画賞を受賞した宮崎監督『千と千尋の神隠し』(2001)のメインテーマ《One Summer’s Day》(あの夏へ)と、宮崎監督が角野栄子の同名児童文学を映画化した『魔女の宅急便』(1989)のメインテーマ《Kiki’s Delivery Service》(海の見える街)は、それぞれのヒロインがそれまで親しんだ日常と異なる”異界”──『千と千尋の神隠し』の場合は千尋が迷い込む湯屋の町、『魔女の宅急便』の場合はキキが新たな生活を始める大都会コリコ──に足を踏み入れていく時に感じる、そこはかとない期待と不安を表現しているという点で、対をなす2曲ということが出来るかもしれない。ピアノがニュアンスに富んだ響きを奏でる《One Summer’s Day》と、ピアノがメロディをくっきりと演奏する《Kiki’s Delivery Service》。少女の自立と成長という共通したテーマを扱い、しかもピアノという同じ楽器を用いながらも、作品の世界観に見合った音楽を書き分け、弾き分けている久石の音楽の多様性に注目したい。

 

Summer
夏休み、どこか遠くで暮らしているという母親に会うため、お小遣いを握りしめて家を飛び出した小学3年生の正男と、彼の旅に同行することになったチンピラ・菊次郎の心の交流を描いた、北野武監督作品『菊次郎の夏』(1999)のメインテーマ。弦楽器のピツィカートがテーマのメロディを導入した後、久石のピアノ・ソロが軽やかにテーマを演奏する。当初、久石はエリック・サティ風の楽曲をメインテーマ用に作曲し、《Summer》をサブテーマとして使う作曲プランを抱いていたが、両者を聴き比べた北野監督の判断により、サティ風の楽曲に比べてより軽くて爽やかな《Summer》がメインテーマに決まったという。

 

il Porco rosso ー Madness
世界大恐慌後のイタリアを舞台に、豚の姿に変わった伝説のパイロット、ポルコ・ロッソの活躍を描いた宮崎監督『紅の豚』(1992)より。物語の時代が1920年代後半に設定されているため、久石の音楽も1920年代のジャズ・エイジを強く意識したスコアとなった。本盤で演奏されている2曲のうち、前半の《il porco rosso》は、イメージアルバムの段階で《マルコとジーナ》と名付けられていた、《帰らざる日々》のテーマ。ジャジーなピアノが、マルコ(ポルコの本名)と美女ジーナのロマンスをノスタルジックに演出する。後半の《Madness》は、ポルコがファシストたちの追手を逃れ、飛行艇を飛び立たせるアクション・シーンの音楽。もともとこの楽曲は、小説家F・スコット・フィッツジェラルドをテーマにした久石のソロ・アルバム『My Lost City』(1992、アルバム名はフィッツジェラルドのエッセイ集のタイトルに由来)用に書き下ろした楽曲だが、宮崎監督の強い要望で『紅の豚』本編への使用が決まったという逸話がある。大恐慌直前のジャズ・エイジの”狂騒”と、1980年代後半の日本のバブル経済の”狂騒”を重ね合わせて久石が表現した《Madness》。その警鐘に耳を傾けることもなく、日本のバブル経済は『My Lost City』リリースと『紅の豚』公開の直後、崩壊した。

 

Water Traveller
一寸法師を思わせる水の精・墨江少名彦(すみのえの・すくなひこ)と小学生・悟(さとる)の友情と冒険を描いた、大林宣彦監督の冒険ファンタジー映画『水の旅人 侍KIDS』(1993)のメインテーマ。日本映画としては破格の制作費を投じたこの作品は、きわめて異例なことに、サウンドトラックの演奏をロンドン交響楽団(LSO)が担当した。そのため、久石はLSOのダイナミックかつ豊かなサウンドを意識しながら、自身初となる大編成のフル・オーケストラによる勇壮なフィルム・スコアを書き上げた。本盤には、映画公開から17年後の2010年、久石自身がLSOを指揮して再録音した演奏が収録されている。

 

Oriental Wind
原曲は、サントリーが2004年から発売している緑茶飲料「伊右衛門」のCM曲として、久石が”和”のテイストを基調としながら2004年に作曲。通常、日本のCM音楽では、作曲家は実際のオンエアで使用される15秒もしくは30秒ぶんの音楽しか作曲しない。そのため、新たな音楽素材を追加し、演奏会用音楽としてまとめ直したものが、ここに聴かれるバージョンである。追加された部分では、久石自身のルーツであるミニマル・ミュージック的な要素や、新ウィーン楽派風のストリングス・アレンジも顔を覗かせる。

 

Silent Love
サーフィンに熱中する聾唖の青年・茂と、同様に聾唖の障害を持つ恋人・貴子のラブストーリーを静謐なスタイルで描いた、北野監督『あの夏、いちばん静かな海。』(1991)のメインテーマ。久石が北野作品のスコアを初めて担当した記念すべき第1作であり、北野監督のミニマルな演出法と久石のミニマル・ミュージックが奇跡的に合致した映画芸術としても忘れがたい作品である。セリフが極端に少ない本作において、久石のスコアはサイレント映画の伴奏音楽のような役割を果たし、シンセサイザーとシーケンサーによる幻想的なサウンドを用いることで、言葉では表現できない豊かな情感と詩情を見事に表現していた。嬉しいことに、本盤にはオリジナル・サウンドトラックの録音がそのまま収録されている。

 

Departures
米国アカデミー外国語映画賞を獲得した滝田洋二郎監督『おくりびと』(2008)の音楽より。オーケストラ解散のため職を失ったチェロ奏者が、家族を養うためにやむなく就いた葬儀屋、すなわち納棺師の仕事を通じて、人間の死生観を問い直すという物語だが、本編の中でチェロの演奏シーンが登場することもあり、久石は撮影に先立ってチェロのテーマを書き上げた。本盤に聴かれる演奏は、生の喜びに満ち溢れたメインテーマ《Departures》と、チェロの相応しい哀悼の感情を表現したサブテーマ《Prayer》から構成されている。

 

”PRINCESS MONONOKE” Suite
(The Legend of Ashitaka ~ The Demon God ~ Princess Mononoke)
公開当時、日本映画の興行記録を塗り替えた宮崎監督作『もののけ姫』(1997)より。タタリ神によって死の呪いをかけられた青年アシタカは、呪いを解くために西の地に向かい、タタラ場の村に辿り着く。そこでアシタカが見たものは、村人たちが鉄を鋳造するため、神々の森の自然を破壊している姿だった。アシタカは、森を守るためにタタラ場を襲う”もののけ姫”サンと心を通わせていくうちに、人間と森が共生できる道が存在しないのか、苦悩し始める。本盤に収録された組曲では、最初にアシタカが登場するオープニングの音楽《アシタカせっ記》が、壮大な叙事詩に相応しい風格で演奏される。続いて、アシタカがタタリ神と死闘を繰り広げる部分の音楽《TA・TA・RI・GAMI》。この部分は、”祭囃子”にインスパイアされた音楽で、演奏には和太鼓や鉦など、伝統的な邦楽器が使用されている(祭囃子は、タタリ神が何らかの形で鎮めなければならない超自然的な存在だということを暗示している)。そして、人間と森の共生をめぐり、アシタカが犬神のモロの君と諍うシーンで流れる《もののけ姫》の音楽へと続く。

 

The Procession of Celestial Beings
子供のいない竹取とその妻が、竹の中から見つけた女の赤子を育てるが、絶世の美女・かぐや姫として成人した彼女は生まれ故郷の尽きに戻ってしまう、という話が書かれた日本最古の文学「竹取物語」を、高畑勲監督が独自の解釈で映画化した遺作『かぐや姫の物語』(2013、米国アカデミー賞長編アニメ賞候補)の音楽より。『風の谷のナウシカ』をはじめ、いくつかの宮崎作品でプロデューサーや音楽監督(ハリウッドのミュージック・スーパーバイザーに相当する)を務めた高畑は、久石の映画音楽作曲に大きな影響を与えた人物のひとりだが、監督と作曲家という関係でふたりがコラボレーションを実現させたのは、この『かぐや姫の物語』が最初にして最後である。この作品で、久石はチェレスタやグロッケンシュピールといったメタリカルでチャーミングな音色を持つ楽器を多用し、「かぐや姫」の名の由来でもある彼女の光り輝く姿を表現した。仏に導かれ、月からかぐや姫を迎えに来た天人たちが雲に乗って現れるクライマックスシーンの音楽《天人の音楽》では、久石は「サンバ風に」という高畑監督のアイディアを踏まえ、さまざまなワールド・ミュージックの音楽語法を掛け合わせることで”彼岸の音楽”を表現している。

 

My Neighbour TOTORO
母親の療養のため、田舎に引っ越してきた姉妹サツキとメイが、森の中で遭遇する不思議な生き物トトロとの交流を描いた宮崎監督『となりのトトロ』(1988)の主題歌が原曲。宮崎監督は本作の企画書段階から、子供たちが「せいいっぱい口を開き、声を張り上げて唄える歌」と「唱歌のように歌える歌」が本編の中で流れることを希望していた。そのため、久石は本編のスコア作曲に先駆け、宮崎監督と童話作家・中川李枝子が歌詞を書き下ろしたイメージ・ソングを10曲作曲し、実質的には新作童謡集の形をとった『となりのトトロ イメージ・ソング集』を録音・リリースした。その中の1曲、宮崎監督が作詞を手がけた主題歌《となりのトトロ》のメロディは、久石が風呂場で「ト・ト・ロ」という言葉を口ずさんでいるうちに、自然と生まれてきたという驚くべきエピソードが残っている。ここに聴かれるバージョンは、ブリテン作曲《青少年のための管弦楽入門》やプロコフィエフ作曲《ピーターと狼》と同じく、ナレーションつきの管弦楽曲としてまとめられた《オーケストラ・ストーリーズ「となりのトトロ」》の終曲。演奏は、ブリテンの曲と縁の深いロンドン交響楽団が担当している。

 

 

DISC 2

Ballade
アメリカに逃亡したヤクザが、兄弟仁義に拘りながら、現地のギャングとの抗争の果てに自滅する姿を描いた、北野監督『BROTHER』(2000)のメインテーマ。サウンドトラックではフリューゲル・ホルンがソロ・パートを演奏していたが、本盤にはソロ・ピアノ・バージョンが収められている。北野監督が初めて海外ロケを敢行した作品であり、久石も作曲に先駆け、実際にロサンゼルスの撮影現場を訪れた。その時に北野監督と久石が交わしたキーワード”孤独と叙情”が、作曲の大きなヒントになったという。

 

KIDS RETURN
高校時代、共にボクシングに熱中しながらも、ヤクザに転落していくマサルと、プロボクサーへの道を歩み始めるシンジの友情と挫折を描いた、北野監督の青春映画『Kids Return』(1996)のメインテーマ。「俺たち、もう終わっちゃったのかな」と弱音を吐くシンジに対し、「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」と吐き捨てるように答えるマサルのセリフと共に、「淡々としているのに衝撃的な」ミニマル・ミュージックの匂いを漂わせたメインテーマが流れ始めるラストシーンは、北野映画屈指の名シーンとして知られている。ここに聴かれる演奏は、イギリスの弦楽四重奏団バラネスク・カルテットと久石のピアノが共演する形で書き直されたバージョン。

 

Asian Dream Song
原曲は、1998年長野パラリンピック大会のテーマソング《旅立ちの時~Asian Dream Song~》。久石は長野県出身ということもあり、この大会で開会式総合プロデューサーも担当。開会式のフィナーレで聖火が灯る中、少女が天に向かって上っていく情景において、この曲が演奏された本盤に聴かれる演奏では、アジアの悠久の歴史を感じさせる、東洋的な音階を用いた中間部が挿入されている。

 

Birthday
2005年にリリースされたアルバム『FREEDOM PIANO STORIES IV』のために書き下ろした作品。いわゆる”久石メロディ”の代表作のひとつとして、日本では多くのピアノ愛好家によって愛奏されている。ピアノの単音がよちよちと紡ぎ出すメロディを、弦楽合奏が温かい眼差しで見守るような音楽が、小さな生命の誕生と成長を表現しているようでもある。なお、現在に至るまで、久石は誰の誕生日のためにこの曲を作曲したのか明らかにしていない。

 

Innocent
宮崎監督『天空の城ラピュタ』(1986)のメインテーマ《空から降ってきた少女》のソロ・ピアノ・バージョン。この曲に宮崎監督が作詞した歌詞を付けたものが、本編のエンドロールで流れる主題歌《君をのせて》である。『天空の城ラピュタ』は子供から大人まで楽しめる明快な冒険活劇を意図して作られたが、久石は宮崎監督やプロデューサーの高畑と相談の末、ハリウッド映画音楽の真逆をいくように、敢えてマイナーコードを用いたメロディをメインテーマに用いることにした。その音楽が、映画全体に深みを与えたことは改めて指摘するまでもないだろう。余談だが、2019年に来日した作曲家マックス・リヒターが、リハーサルの合間に突然この曲を弾き始め、その場に居合わせた筆者をはじめ、関係者一同が驚くという出来事があった(久石は指揮者/演奏家としてリヒターの作品を日本で紹介している)。

 

Fantasia (for Nausicaä)
宮崎監督のスコアを久石が初めて担当した記念すべき第1作『風の谷のナウシカ』(1984)のメインテーマ《風の伝説》を、ピアノ・ソロの幻想曲(ファンタジア)として書き直されたもの。同作のプロデューサーを務めた高畑(および鈴木敏夫)から作曲依頼を受けた久石は当時、実験的なミニマル・ミュージックの現代音楽作曲家として活動していたにもかかわらず、商業用の映画音楽を書かなくてはならないというジレンマに立たされた。しかしながら、久石は自己のアイデンティティを殺すことなく、当時の日本のポップスの流行に真っ向から対抗するように、メロディの冒頭部分を(ミニマル・ミュージックのスタイルに従って)コード進行をほとんど変えず、ストイックなメインテーマを書き上げてみせた。そうした彼のストイックな音楽的姿勢が、ナウシカというヒロインの壮絶な生きざまに重なって聴こえたのは、筆者ひとりだけではあるまい。なお、久石が筆者に語ったところによれば、この時期の彼のピアノのタッチは、高校時代から敬愛するジャズ・ピアニスト、マル・ウォルドロンの影響を強く受けているという。

 

HANA-BI
余命いくばくもない愛妻と最期の時を過ごすため、犯罪に手を染めることになる元刑事の生き様を描いた、北野監督作『HANA-BI』(1998)メインテーマのソロ・ピアノ・バージョン。この作品で北野監督はヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞したが、現地での公式上映には久石もわざわざ駆けつけた。陰惨なシーンと関係なくアコースティックできれいな音楽が欲しいという北野監督の要望を踏まえ、久石はそれまでの北野作品で用いなかったクラシカルなスタイルに基づくスコアを作曲し、北野監督の演出意図に応えている。

 

The Wind Forest
宮崎監督『となりのトトロ』の《風のとおり道》が原曲。この楽曲も主題歌《となりのトトロ》と同様、本編のスコアの作曲に先駆け、イメージ・ソングの形で作曲された。ミニマル・ミュージック風の音型が小さき生命の存在をユーモラスに表現し、日本音階を用いた東洋的なメロディが森の中に棲む大らかな生命を謳い上げる。久石自身は、この《風のとおり道》を「映画全体の隠しテーマとなっている重要な曲」と位置づけている。

 

Angel Springs
Nostalgia
2曲ともサントリーのシングルモルトウィスキー「山崎」(サントリー山崎蒸溜所に由来する)のCMのために書かれた楽曲で、「なにも足さない。なにも引かない」という「山崎」の商品コンセプトに基づき作曲された。1995年作曲の《Angel Springs》では、冒頭のチェロの音色が琥珀色の「山崎」の深みを表現。1998年の《Nostalgia》では、久石のピアノがジャジーなメロディを奏でることで、「山崎」を味わうに相応しいノスタルジックな”大人の時間”を演出している。なお、「山崎」に限らないが、アルコール飲料などのCM曲において、久石は一定期間その飲料を実際に味わいながら作曲の構想を練るという。

 

Spring
ベネッセ進研ゼミ「中学講座」CMのために2003年に作曲。曲名が示唆しているように、『菊次郎の夏』のメインテーマ《Summer》と兄弟関係にある楽曲である。そこに共通しているのは、健やかに成長していく子供に向けた期待と喜びの表現と言えるだろう。本盤の演奏で弦楽パートを担当しているのは、カナダを拠点に活動している女性弦楽アンサンブル、アンジェル・デュボー&ラ・ピエタ。

 

The Wind of Life
1996年にリリースされたアルバム『PIANO STORIES II The Wind of Life』収録曲。久石は、作曲メモを次のように著している。「生命の風、人の一生を一塵の風に託す。/陽は昇り、やがて沈む。花は咲き、そして散る。/風のように生きたいと思った」。ポップス・メロディの作曲家としても、久石が第一級の才能を有していることを示した好例と言えるだろう。

 

Ashitaka and San
宮崎監督『もののけ姫』のラスト、”破壊された世界の再生”が描かれる最も重要なシーンにおいて、久石はそれまで凶暴に鳴り続けていたオーケストラの演奏を止め、シンプルなピアノだけで希望のメロディを奏でてみせた。その音楽を聴いた宮崎監督は、「すべて破壊されたものが最後に再生していく時、画だけで全部表現できるか心配だったけど、この音楽が相乗的にシンクロしたおかげで、言いたいことが全部表現できた」と語ったという。

 

Ponyo on the Cliff by the Sea
アンデルセンの「人魚姫」に想を得た宮崎監督が、さかなの子・ポニョと人間の子・宗介の出会いと冒険を描いた『崖の上のポニョ』(2008)のメインテーマ。絵コンテを見た久石は、「ポニョ」という日本語の響きから発想を得たメロディを即座に作曲。そのメロディに基づくメインテーマのヴォーカル・バージョンが、映画公開の半年以上前にリリースされた。ここに聴かれるのは、チェロ12本、コントラバス、マリンバ、打楽器、ハープ、ピアノという珍しい編成でリアレンジされたバージョン。伝統的な管弦楽法からは絶対に思いつかない発想だが、チェロのピツィカートとマリンバの倍音が生み出すユーモラスな響きが、不思議にもポニョのイメージと一致する。

 

Cinema Nostalgia
国内外の話題作・ヒット作の映画をプライムタイムにテレビ放映する日本テレビ系「金曜ロードショー」オープニングテーマとして、1997年に作曲。久石の敬愛する作曲家ニーノ・ロータにオマージュを捧げたような、クラシカルな佇まいが美しい。実際の放映では、初老の紳士が手回し撮影機のクランクを回すアニメーション(製作は宮崎監督)がバックに用いられた。

 

Merry-Go-Round
荒地の魔女の呪いにより、90歳の老婆に姿を変えさせられた帽子屋の少女ソフィーと、人間の心臓を食べると噂される魔法使いハウルのラブストーリーを描いた、宮崎監督『ハウルの動く城』(2004)のメインテーマ《人生のメリーゴーランド》(曲名は、宮崎監督の命名による)のリアレンジ。「ソフィーという女性は18歳から90歳まで変化する。そうすると顔がどんどん変わっていくから、観客が戸惑わないように音楽はひとつのメインテーマにこだわりたい」という宮崎監督の演出方針を踏まえ、久石は「ワルツ主題《人生のメリーゴーランド》に基づく変奏曲」というコンセプトで映画全体に音楽を設計した。ここに聴かれるバージョンも、演奏時間こそ短いが、変奏曲形式に基づいている。

 

2019年12月6日、久石譲 69歳の誕生日に。
前島秀国 / Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター

(CDライナーノーツ より)

 

 

 

CDライナーノーツは英文で構成されている。日本国内盤には日本語ブックレット付き(同内容)封入されるかたちとなっている。おそらくはアジア・欧米諸国ふくめ、各国語対応ライナーノーツも同じかたちで封入されていると思われる。

 

ベストアルバム発売におけるプロモーション、Music Video公開、および収録曲のオリジナル収録アルバムは下記にまとめている。ライナーノーツには、各楽曲の演奏者(編成)とリリース年はクレジットされているが、オリジナル・リリースCDは記載されていない。

また本盤は、いかなるリリース形態(CD・ストリーミング各種)においても音質は向上している。もし、これまでにいくつかのオリジナル収録アルバムを愛聴していたファンであっても、本盤は一聴の価値はある。そして、これから新しく聴き継がれる愛聴盤になる。

 

 

 

 

公式特設ページ(English)
https://umusic.digital/bestofjoehisaishi/

 

 

 

 

 

オリジナルリリース

DISC 1
Track.1,2,3,6,7,9,12
Disc. 久石譲 『Melodyphony メロディフォニー ~Best of JOE HISAISHI〜』

Track.4,5
Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『The End of the World』

Track.8
Disc. 久石譲 『THE BEST COLLECTION presented by Wonderland Records』

Track.10
Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『真夏の夜の悪夢』

Track.11
Disc. 久石譲 『WORKS IV -Dream of W.D.O.-』 *抜粋

DISC2
Track.1,7,13
Disc. 久石譲 『ENCORE』

Track.2
Disc. 久石譲 『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』

Track.3,9,12
Disc. 久石譲 『PIANO STORIES II ~The Wind of Life』

Track.4,11,16
Disc. 久石譲 『FREEDOM PIANO STORIES 4』

Track.5,6,8
Disc. 久石譲 『Piano Stories』

Track.10,15
Disc. 久石譲 『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~』

Track.14
Disc. 久石譲 『Another Piano Stories ~The End of the World~』

 

Also included in
DISC2 Track.5,6,8,9,12,15
Disc. 久石譲 『Piano Stories Best ’88-’08』

DISC1 Track.1,2,12 & DISC2 Track. 6,8,13,14
Disc. 久石譲 『Ghibli Best Stories ジブリ・ベスト ストーリーズ』

 

 

 

DISC 1
1. One Summer’s Day 映画『千と千尋の神隠し』より
2. Kiki’s Delivery Service 映画『魔女の宅急便』より
3. Summer 映画『菊次郎の夏』より
4. il porco rosso 映画『紅の豚』より
5. Madness 映画『紅の豚』より
6. Water Traveller 映画『水の旅人 侍KIDS』より
7. Oriental Wind サントリー緑茶『伊右衛門』CMソング
8. Silent Love 映画『あの夏、いちばん静かな海。』より
9. Departures 映画『おくりびと』より
10. “PRINCESS MONONOKE” Suite 映画『もののけ姫』より
11. The Procession of Celestial Beings 映画『かぐや姫の物語』より
12. My Neighbour TOTORO 映画『となりのトトロ』より

DISC 2
1. Ballade 映画『BROTHER』より
2. KIDS RETURN 映画『KIDS RETURN』より
3. Asian Dream Song 1998年「長野冬季パラリンピック」テーマソング
4. Birthday
5. Innocent 映画『天空の城ラピュタ』より
6. Fantasia (for Nausicaä)  映画『風の谷のナウシカ』より
7. HANA-BI 映画『HANA-BI』より
8. The Wind Forest  映画『となりのトトロ』より
9. Angel Springs サントリー「山崎」CMソング
10. Nostalgia サントリー「山崎」CMソング
11. Spring ベネッセコーポレーション「進研ゼミ」CMソング
12. The Wind of Life
13. Ashitaka and San 映画『もののけ姫』より
14. Ponyo on the Cliff by the Sea 映画『崖の上のポニョ』より
15. Cinema Nostalgia 日本テレビ系「金曜ロードショー」オープニング・テーマ曲
16. Merry-Go-Round 映画『ハウルの動く城』より

 

DISC 1
1. One Summer’s Day (from Spirited Away)
2. Kiki’s Delivery Service (from Kiki’s Delivery Service)
3. Summer (from Kikujiro)
4. il porco rosso (from Porco Rosso)
5. Madness (from Porco Rosso)
6. Water Traveller (from Water Traveler – Samurai Kids)
7. Oriental Wind
8. Silent Love (from A Scene at the Sea)
9. Departures (from Departures)
10. “PRINCESS MONONOKE” Suite (from Princess Mononoke)
11. The Procession of Celestial Beings (from The Tale of Princess Kaguya)
12. My Neighbour TOTORO (from My Neighbor Totoro)

DISC 2
1. Ballade (from BROTHER)
2. KIDS RETURN (from Kids Return)
3. Asian Dream Song
4. Birthday
5. Innocent (from Castle in the Sky)
6. Fantasia (for Nausicaä) (from Nausicaä of the Valley of the Wind)
7. HANA-BI (from HANA-BI)
8. The Wind Forest (from My Neighbor Totoro)
9. Angel Springs
10. Nostalgia
11. Spring
12. The Wind of Life
13. Ashitaka and San (from Princess Mononoke)
14. Ponyo on the Cliff by the Sea (from Ponyo on the Cliff by the Sea)
15. Cinema Nostalgia
16. Merry-Go-Round (from Howl’s Moving Castle)

 

All Music Composed & Arranged by Joe Hisaishi

Produced by Joe Hisaishi

except
“Ballade” “HANA-BI” “Ashitaka and San”
produced by Joe Hisaishi & Masayoshi Okawa

“Asian Dream Song” “Angel Springs” “Nostalgia” “The Wind of Life” “Cinema Nostalgia”
produced by Joe Hisaishi & Eichi Fujimoto

Design: Kristen Sorace
Photography: Omar Cruz

and more

 

 

DISC 1

M1
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M2
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M3
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M4
Joe Hisaishi – Piano
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Solo Concertmaster: Yasushi Toyoshima
Conductor: Joe Hisaishi
® 2016 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M5
Joe Hisaishi – Piano
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Solo Concertmaster: Yasushi Toyoshima
Conductor: Joe Hisaishi
® 2016 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M6
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M7
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M8
Joe Hisaishi – Piano
Hiroki Miyano – Guitar
Makoto Saito – Bass
Masatsugu Shinozaki – Violin
Masami Horisawa – Cello
Junko Hirotani – Vocal
Joe Hisaishi – Fairlight Programming
® 1991 Wonder City Inc.

M9
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M10
Joe Hisaishi – Piano
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Solo Concertmaster: Yasushi Toyoshima
Conductor: Joe Hisaishi
® 2006 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M11
Joe Hisaishi – Piano
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Solo Concertmaster: Yasushi Toyoshima
Conductor: Joe Hisaishi
® 2014 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M12
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

DISC 2

M1
Joe Hisaishi – Piano
® 2002 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M2 Joe Hisaishi – Piano
Balanescu Quartet:
Alexander Balanescu – Violin 1
Thomas Pilz – Violin 2
Chris Pitsillides – Viola
Nick Holland – Violoncello
Jun Saito – Bass
Hirofumi Kinjo – Woodwind
Masamiki Takano – Woodwind
Momoko Kamiya – Marimba
Marie Ohishi – Marimba & Percussion
® 2000 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M3
Joe Hisaishi – Piano
Pan Strings – Strings
Conductor: Joe Hisaishi
® 1996 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M4
Joe Hisaishi – Piano
Koike Hiroyuki Strings – Strings
® 2005 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M5
Joe Hisaishi – Piano
® 1986 Wonder City Inc.

M6
Joe Hisaishi – Piano
® 1988 Wonder City Inc.

M7
Joe Hisaishi – Piano
® 2002 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M8
Joe Hisaishi – Piano
® 1988 Wonder City Inc.

M9
Joe Hisaishi – Piano
Pan Strings – Strings
Conductor: Joe Hisaishi
® 1996 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M10
Joe Hisaishi – Piano
Orchestra Città di Ferrara
Nobuo Yagi – Harmonica
Conductor: Renato Serio
® 1998 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M11
Joe Hisaishi – Piano
® 2005 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M12
Joe Hisaishi – Piano
® 1996 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M13
Joe Hisaishi – Piano
® 2002 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M14
Joe Hisaishi – Piano
12 Special Violoncello:
Ludovit Kanta, Nobuo Furukawa, Yumiko Morooka, Akina Karasawa, Mikio Unno, Eiichiro Nakada, Robin Dupuy, Mikiko Mimori, Shigeo Horiuchi, Eiko Onuki, Takayoshi Sakurai, Keiko Daito
Igor Spallati – Contrabass
Momoko Kamiya – Marimba
Reiko Komatsu – Marimba, Percussion
Yuko Taguchi – Harp
Micol Picchioni – Harp
® 2009 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M15
Joe Hisaishi – Piano
Orchestra Città di Ferrara
Conductor: Renato Serio
® 1998 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M16
Joe Hisaishi – Piano
Angèle Dubeau & La Pietà:
Angèle Dubeau – Solo Violin
La Pietà: Émilie Paré, Natalia Kononova, Natacha Gauthier, Myriam Pelletier, Marilou Robitaille, Gwendolyn Smith, Anne-Marie Leblanc, Mariane Charlebois-Deschamps
Sawako Yasue – Percussion
® 2005 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

 

Disc. 久石譲指揮 東京交響楽団 『ストラヴィンスキー:「春の祭典」』

2020年2月19日 CD発売 OVCL-00719

 

久石譲が読み解くリズムとハーモニー。

新たなアプローチによる演奏が注目を集めている久石譲の指揮によるクラシック音楽、本盤は当代随一の実力を誇る東京交響楽団との共演ライヴ録音です。ストラヴィンスキーの複雑なリズムとハーモニーを、作曲家である久石ならではの視点で緻密に解析、オーケストラも正確無比なテクニックでタクトに応え、音楽的に充実度の高い演奏となっています。世界に誇るべき、新しい「春の祭典」の誕生! ぜひお聴きください。

(CD帯より)

 

 

熟成した音楽家としての発露が響く《春の祭典》
小味渕 彦之

久石譲がストラヴィンスキーの《バレエ音楽「春の祭典」》を指揮したディスク。2019年6月3日と4日にサントリーホールで行われた東京交響楽団とのライブ録音が収められた。

かつての久石の活動からは想像もできなかったが、近年の指揮者としての充実した活動は、この稀有な音楽家に対する認識を変えさせるに充分すぎるほどのインパクトを持っている。2016年から3年がかりで完成させたフューチャー・オーケストラ・クラシックス(旧ナガノ・チェンバー・オーケストラ)とのベートーヴェン「交響曲全集」は、「ベートーヴェンは、ロックだ!」をコピーとして、新時代を切り拓く演奏という位置づけだったが、そこに繰り広げられた音楽には、ロックという言葉から連想される激しいビート感だけでなく、血となり肉となるハーモニーの構築を含めた、西洋音楽のエッセンスが余すところなく表現されていたのだ。決してエキセントリックなものではなく、真っ向勝負で正攻法の音楽創りからは、古典作品と向き合う誠実な音楽家の取り組みが浮かび上がってくる。

この《春の祭典》もまさに、その延長線上にあるもの。ベートーヴェンに対して述べた言葉がそのまま当てはまる。20世紀に生まれたオーケストラ曲で最も重要な作品の一つに位置付けられるこの傑作を前に、久石は殊更に細部を強調するわけでもなく、あるがままの響きを連ねていく。組み合わされるパーツごとの押し出しは激烈なれども、流れるように奏でられる音楽を聴いていると、100年と少し前にこの作品がパリで初演された時の拒絶反応が信じられないほど、「さらり」と奏でられることに気がついた。別の言い方をすると、どんなに精妙な部分でも、どんなに獰猛に叫ぶ場面でも、リズムが揺るぎなく刻まれているのだ。冷静さと熱狂が同居すると言っても良い。これを、ミニマル・ミュージックにルーツを持つ久石の作曲家としての視点が投影されたとするのは簡単だが、それ以前に、熟成した音楽家としての発露がこうした演奏に繋がっていると受け止めたい。

(こみぶち・ひろゆき)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説
諸石幸生

ストラヴィンスキー
バレエ音楽「春の祭典」

ただ単にストラヴィンスキー(1882~1971)の名声を確立しただけでなく、20世紀初頭の楽壇を震撼させた問題作である。初演は1913年5月29日、パリのシャンゼリゼ劇場でピエール・モントゥーの指揮で行われたが、最初、モントゥーはストラヴィンスキーからスコアを見せられた時、「一音符も理解できなかった」と告白しているし、さらに「この狂気のロシア人の作品は音楽などではない。私にとってはベートーヴェンとブラームスの交響曲だけが音楽なのだ、と心に決めた」というから衝撃のほどがしのばれる。

しかしモントゥーはロシア・バレエ団の主宰者ディアギレフの強い説得に折れ、1912年の一冬を費やしてスコアを研究、春になるとオーケストラ練習を始め初演に臨んでいる。

初演はシャンゼリゼ劇場の開場祝いをかねた公演であったが、赤いビロードと金の花模様で飾られた豪華な会場は、演奏が始まるや、聴衆が罵りあう大混乱の場となり、事態収拾のため憲兵までが導入されるスキャンダルになっている。こうした騒動は、ただ単にストラヴィンスキーの音楽の大胆さによるものではなく、ニジンスキーの振り付けやN・K・レーリヒによる衣装や美術が不評をかったためでもあったが、ニジンスキーは舞台の袖から踊り手たちに拍子を大声でがなりたて、なんとか先へ進めたといわれている。

当のストラヴィンスキーも(この時31才の若さだった)、はじめは聴衆の一人として客席に座っていたが、数小節たったところで笑い声が起こったのに腹をたて座席を立ったという。そんなショックが災いしたのか、ストラヴィンスキーは初演後チフスにかかり、6週間も入院している。

「春の祭典」の構想は「ペトルーシュカ」(1911年作曲)以前から温められており、乙女がいけにえとして捧げられる異教徒たちの祭典がストラヴィンスキーの脳裏にあったというが、その根底には長い閉ざされた冬からの解放、春への賛歌、新たなる生命の息吹、人類の再生への願いといったものがあることは言うまでもないであろう。第一部は「大地礼賛」と題されており、序奏のあと「春のきざしー乙女たちの踊り」となり、さらに「誘拐」「春の踊り」「敵の都の人々の戯れ」「長老の行列」と続く。そして「大地への口づけ」「大地の踊り」に至る構成である。第二部の「いけにえ」は序奏のあと「乙女たちの神秘的な集い」「選ばれしいけにえの賛美」「祖先の呼び出し」「祖先の儀式」へと続き、最後に熱狂的な「いけにえの踊り」となって、興奮の中で閉じられる。

(もろいし・さちお)

(CDライナーノーツより)

 

 

 

 

ストラヴィンスキー(1882-1971)
バレエ音楽「春の祭典」

第1部:大地礼賛
1. 序奏
2. 春のきざし – 乙女たちの踊り
3. 誘拐
4. 春の踊り
5. 敵の都の人々の戯れ
6. 長老の行列
7. 大地への口づけ
8. 大地の踊り
第2部:いけにえ
9. 序奏
10. 乙女たちの神秘的な集い
11. 選ばれしいけにえの賛美
12. 祖先の呼び出し
13. 祖先の儀式
14. いけにえの踊り

TOTAL TIME 34:42

久石譲(指揮)
東京交響楽団

2019年6月3-4日 東京・サントリーホール にてライヴ収録

高音質 DSD11.2MHz録音 [Hybrid Layer Disc]