Disc. 久石譲 『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』(Domestic / International)

2021年8月20日 CD発売 UMCK-1683/4

 

NYに拠点を置くクラシック・レーベル DECCA GOLD世界同日リリースのベストアルバム第二弾!
映画・CM音楽、そしてライフワークのミニマル・ミュージックから構成された久石譲の多彩な世界に触れる一枚。

(CD帯より)

 

 

日本の巨匠・久石譲が本格的に世界リリース!

Deccaリリース第2弾となるベスト作品。

海外での認知度も高い映画音楽を中心に、彼の音楽人生を代表する名曲ばかり。北野武映画曲 “Kids Return” “HANA-BI” の新規録音を含む、全28曲。2枚組みアルバム。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

ミニマルミュージックから広告音楽まで、現代日本を代表する世界的作曲家、久石譲の多面的な才能と豊かな音楽性を凝縮した、DECCA GOLDからのベストアルバム第2弾。東アフリカの伝統音楽にインスパイアされた「MKWAJU 1981-2009」は、久石の音楽の中核を成すミニマルミュイルージックのスタイルによる重要曲で、ここでは2009年にロンドン交響楽団の演奏で録音されたバージョンで聴くことができる。また、映画音楽の巨匠としての魅力も満載で、宮崎駿、北野武、大林宣彦、山田洋次、澤井信一郎、滝田洋二郎といった名監督の作品に寄せた楽曲も多く収録されている。北野監督の映画のためのテーマ曲「Kids Return」と「HANA-BI」の新たに録音されたライブ音源も聴きどころだ。さらに、自ら奏でるソロピアノ曲やコマーシャルフィルムのための楽曲などもセレクトされており、Vol.1に当たる『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』と併せて入門編としても最適で、長年のファンも楽しめる充実のコンピレーションとなっている。

(iTunes レビューより)

 

 

 

The Essence of the Music of Joe Hisaishi

 『Dream Song: The Essential Joe Hisaishi』に続き、この『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol.2』を手にしておられるリスナーならば、おそらく久石譲というアーティストについて、すでにさまざまなイメージをお持ちではないかと思う。世界的な映画音楽作曲家、現代屈指のメロディメーカー、叙情的なピアノの詩人……などなど。それらの形容はすべて正しいが、これまで40年にわたり作曲家として活動してきた彼の足跡を、このアルバムに即して注意深くたどってみると、久石という人がつねにふたつの主軸に沿って音楽を生み出し続けてきたことがわかる。芸術音楽、すなわちミニマル・ミュージックの作曲と、久石がエンターテインメントと定義するところの商業音楽の作曲だ。どちらの作曲領域も、彼にとって欠くことが出来ない本質的な活動であるばかりか、ふたつの領域は時に重なり、影響し合うことで、彼独自のユニークな音楽を生み出してきた。本盤の収録楽曲は、これらミニマル・ミュージックとエンターテインメントというふたつの作曲領域が俯瞰できるように、バランスよく選曲されている。まさに、久石譲の音楽のエッセンス(the essence of the music of Joe Hisaishi)が収められていると言っても過言ではない。

 国立音楽大学で作曲を学んでいた久石は、アメリカン・ミニマル・ミュージック(作曲家にラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスなど)やドイツのテクノバンド、クラフトワークの音楽に出会って衝撃を受け、理論偏重のアカデミックな現代音楽の作曲に見切りをつけると、自らもミニマル・ミュージックの作曲家を志すようになった。スワヒリ語でタマリンドの木を意味する《MKWAJU》(1981/2009)は、曲名が示唆するように東アフリカの伝統音楽にインスパイアされた、久石最初期のミニマル・ミュージックのひとつとみなすべき重要作(本盤には2009年にロンドン交響楽団の演奏で録音された管弦楽版が収録されている)。シンプルなリズムパターンを繰り返しながら、拍をずらしていくことによってパルス(=拍動、脈動)の存在を聴き手に強く意識させていく手法は、現在に至るまでの彼の音楽の原点となっていると言っても過言ではない。その4年後に作曲された《DA-MA-SHI-E》(1985/1996)の曲名は、オランダの抽象画家マウリッツ・エッシャーの錯視画(だまし絵)に由来する。現実の世界に存在し得ない図形や模様があたかも存在しているように見る者を「だます」トリック的な効果を、久石はミニマル・ミュージックの作曲の方法論に応用し、同じフレーズや音型を繰り返すうちに音楽が新たな側面を見せていく面白さを生み出している。2007年作曲の《Links》はそうした方法論をさらに深化させ、ミニマル・ミュージック特有の力強い推進力は維持しながらも、変拍子のリズムの使用とシンフォニックな展開によって、シンプルにして複雑という二律背反を克服することに成功している。これら3曲に共通するのは、久石のミニマル・ミュージックが非常に知的かつ論理的な作曲に基づきながらも、つねにユーモアを忘れていないという点だ。決して、現代音楽の限られたリスナーに向けて書かれた、抽象的で深刻な音楽ではない。とてもヒューマンで、愉楽に満ちあふれた音楽なのである。しかしながら、久石はミニマル・ミュージック以外の現代音楽をすべて否定しているわけではなく、一例を挙げれば、新ウィーン楽派をはじめとする無調音楽を敬愛し、その影響も少なからず受けている。1999年に作曲された《D.e.a.d》(曲名が示す通り、D=レ、E=ミ、A=ラ、D=1オクターヴ高いレの4音をモティーフに用いている。弦楽合奏、打楽器、ハープ、ピアノのための4楽章からなる組曲「DEAD」として2000年に完成)は、そうした彼の側面が色濃く表れた作品のひとつである。

 次に、久石のもうひとつの重要なエッセンスである、エンターテインメントのための音楽について。

 久石の名を世界的に高めたきっかけのひとつが、宮崎駿監督のために作曲したフィルム・スコアであることは、改めて説明の必要もあるまい(そのテーマ曲のほとんどは『Dream Song: The Essential Joe Hisaishi』で聴くことが出来る)。その中から、本盤には『もののけ姫』(1997)のラストで流れる《Ashitaka and San》と、『紅の豚』(1992)のテーマ曲《il porco rosso》が収録されている。

 宮崎監督のための音楽と並んで世界的に有名なのは、北野武監督のために書いたフィルム・スコアであろう。ふたりがこれまでにタッグを組んだ計7本の長編映画は、初期北野作品の演出を特徴づけるミニマリズムと、久石自身の音楽のミニマリズムの美学が見事に合致した成功例として広く知られている。青春の躍動感と強靭な生命力を、ミニマル的なリズムに託した『キッズ・リターン』(1996)のメインテーマ《Kids Return》。言葉では表現できない夫婦愛を、表情豊かなストリングスで表現した『HANA-BI』(1998)のメインテーマ《HANA-BI》。シンプルで明快なピアノのテーマが、夏の日射しのように輝く『菊次郎の夏』(1999)のメインテーマ《Summer》。さらに久石は、単に映画の物語にふさわしいテーマ曲を作曲するだけでなく、映画音楽作曲の常識にとらわれないユニークな実験をも試みている。哀愁漂う《The Rain》が流れる『菊次郎の夏』のコミカルなシーンは、北野と久石が共に敬愛する黒澤明監督の『音と画の対位法』──コミカルなシーンに悲しい音楽を流したり、あるいはその逆となるような音楽の付け方をすることで、映像の奥に隠れた潜在的意味を強調する──を、彼らなりに応用した実験と言えるだろう。

 昨2020年に82歳で亡くなった大林宣彦監督のために久石が作曲したフィルム・スコアの数々は、宮崎作品や北野作品とは違った意味で、映画監督と作曲家が優れたコラボレーションを展開した例である。『ふたり』(1991)の物語の中で妹と死んだ姉が主題歌《草の想い》すなわち《TWO OF US》を口ずさむシーン、あるいは『はるか、ノスタルジィ』(1993)で過去の記憶を呼び覚ますように流れてくるメインテーマ《Tango X.T.C.》など、大林作品における久石の音楽は、物語の展開上、なくてはならない重要な仕掛けのひとつとなっている。また、『水の旅人 侍KIDS』(1993)の本編をたとえリスナーがご覧になっていなくても、主題歌《あなたになら…》すなわち《FOR YOU》の美しいメロディを聴けば、この作品が夢と希望にあふれたファンタジー映画だということがたちどころに伝わってくるであろう。

 これら宮崎、北野、大林監督のための音楽に加え、本盤には久石の映画音楽を語る上で欠かせない、3人の重要な日本人監督の映画のために書いたテーマ曲が収録されている。

 今年2021年に90歳を迎える日本映画界の巨匠・山田洋次監督と久石がタッグを組んだ第2作『小さいおうち』(2014)の《The Little House》は、主人公が生きる激動の昭和の時代への憧れを表現したノスタルジックなワルツ。久石に初めて長編実写映画の作曲を依頼し、これまでに計6本の作品で久石を起用している澤井信一郎監督の『時雨の記』(1998)の《la pioggia》は、定年を控える妻子持ちの重役と未亡人の純愛をマーラー風の後期ロマン派スタイルで表現したテーマ曲。そして、滝田洋二郎監督と久石が組んだ2本目の作品にして、アカデミー外国語映画賞を受賞した『おくりびと』(2008)の《Departures -memory-》は、物語の中で主人公がチェロを演奏する設定を踏まえ、久石が撮影前に書き下ろした美しいメインテーマである。

 前述の映画音楽に加え、本盤にはエンターテインメントの音楽として、コマーシャル・フィルムに使われた《Friends》(TOYOTA「クラウン マジェスタ」)と《Silence》(住友ゴム工業「デジタイヤ プレミアム VEURO」)も収録されている(後者は久石のピアノ演奏映像がCMで使用された)。いっさいの予備知識がなく、これらの楽曲に耳を傾けてみれば、短いCMで流れた作品とはとても思えないだろう。もちろん、久石は商品コンセプトを充分踏まえた上で作曲しているのであるが、楽曲に聴かれる格調高いメロディは、紛れもなく彼自身の音楽そのものだ。つまり久石は、商業音楽だからと言って、決して安易な作曲姿勢に臨んでいない。ミニマル・ミュージックの作曲と同じく、真剣勝負で取り組んでいるのである。

 この他、本盤には久石がソロ・アルバム(主として『ピアノ・ストーリーズ』を銘打たれたソロ・アルバム・シリーズ)などで発表してきた、珠玉の小品の数々が含まれている。《Lost Sheep on the bed》《Rain Garden》、あるいは《Nocturne》などのように、彼が敬愛するサティやショパンのような大作曲家たちにオマージュを捧げた作品もあれば、久石流のクリスマス・ソングというべき《White Night》のような作品もあるし、《WAVE》(ジブリ美術館の館内音楽として発表された)や《VIEW OF SILENCE》のように、ミニマリストとメロディメーカーのふたつの側面を併せ持つ作品もあれば、《Silencio de Parc Güell》のように、音数を極力絞り込むことで”久石メロディ”を純化させた作品、あるいは《Les Aventuriers》のように、アクロバティックな5拍子でリスナーを興奮させる作品もある。これらの楽曲だけでなく、本盤一曲目の『キッズ・リターン』~《ANGEL DOLL》から、最終曲《World Dreams》(久石が音楽監督を務めるワールド・ドリーム・オーケストラW.D.O.のテーマ曲)まで、すべての収録曲について言えるのは、久石が人間という存在を信じ、肯定しながら、希望の歌を奏でているという点だ。つまるところ、それがミニマル・ミュージックとエンターテインメントの作曲における、久石の音楽の本質なのである。

 つい2ヶ月ほど前、幸いにも僕は、久石自身の指揮によるW.D.O.のコンサートで《Ashitaka and San》と《World Dreams》を聴くことが出来た。『もののけ姫』の物語さながらに世界が不条理な状況に陥り、破壊的な悲劇を体験したいま、ピアノが確固たる信念を奏でる《Ashitaka and San》を耳にした時、『もののけ姫』のラストシーンで「破壊の後の再生」を描いたこの楽曲が、実は我々自身が生きるいまの世界をも表現しているのだと気付かずにはいられなかった。人間は、夢を捨てず、希望を持って前に進まなければいけない。それこそが久石譲の音楽のエッセンス、すなわち「Songs of Hope」なのだと。

前島秀国 Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター
2021年6月

(CDライナーノーツより)

 

 

CDライナーノーツは英文で構成されている。日本国内盤には日本語ブックレット付き(同内容)封入されるかたちとなっている。おそらくはアジア・欧米諸国ふくめ、各国語対応ライナーノーツも同じかたちで封入されていると思われる。

 

ベストアルバム収録曲のオリジナル音源は下記にまとめている。ライナーノーツには、各楽曲の演奏者(編成)とリリース年はクレジットされているが収録アルバムは記載されていない。

また本盤は、いかなるリリース形態(CD・デジタル・ストリーミング)においても音質は向上している。もし、これまでにいくつかのオリジナル収録アルバムを愛聴していたファンであっても、本盤は一聴の価値はある。そして、これから新しく聴き継がれる愛聴盤になる。

 

 

 

 

NYに拠点を置くクラシック・レーベル DECCA GOLD世界同日リリースのベストアルバム第一弾!久石作品の中でも映画のために作られた珠玉のメロディが際立つ代表曲を中心に構成された愛蔵版。

 

 

 

 

 

 

オリジナルリリース

【Disc 1】
01. ANGEL DOLL
久石譲 『Kids Return』(1996)
02. la pioggia
03. il porco rosso
久石譲 『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~』(1998)
04. Lost Sheep on the bed
久石譲 『FREEDOM PIANO STORIES 4』(2005)
05. FOR YOU
久石譲 『WORKS・I』(1997)
06. White Night
10. Rain Garden
久石譲 『PIANO STORIES II ~The Wind of Life』(1996)
07. DA-MA-SHI-E
久石譲 『Minima_Rhythm ミニマリズム』(2009)
08. Departures -memory-
久石譲 『おくりびと オリジナル・サウンドトラック』(2008)
09. TWO OF US
12. Summer
久石譲 『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』(2000)
11. Friends
久石譲 『WORKS II Orchestra Nights』(1999)
13. Les Aventuriers
久石譲 『Another Piano Stories ~The End of the World~』(2009)
14. Kids Return
※初収録  (Live recorded at Tokyo International Forum, August 16, 2017)

 

【Disc 2】
01.Links
05. MKWAJU 1981-2009
久石譲 『Minima_Rhythm ミニマリズム』(2009)
02. VIEW OF SILENCE
久石譲 『PRETENDER』(1989)
03. Nocturne
久石譲 『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~』(1998)
04. Silence
久石譲 『ETUDE ~a Wish to the Moon~』(2003)
06. Ashitaka and San
09. Tango X.T.C.
久石譲 『WORKS II Orchestra Nights』(1999)
07. The Rain
久石譲 『菊次郎の夏 サウンドトラック』(1999)
08. DEAD for Strings, Perc., Harpe and Piano: 1. D.e.a.d
久石譲 『WORKS III』(2005)
10. The Little House
久石譲 『WORKS IV -Dream of W.D.O.-』(2014)
11. HANA-BI
※初収録  (Live recorded at Tokyo International Forum, August 16, 2017)
12. Silencio de Parc Güell
久石譲 『ENCORE』(2002)
13. WAVE
久石譲 『Minima_Rhythm II ミニマリズム 2』(2015)
14. World Dreams
久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『WORLD DREAMS』(2004)

 

 

 

 

【mládí】for Piano and Strings 【A】
Summer / HANA-BI / Kids Return
久石譲弾き振り(ピアノを弾きながら指揮もする)コーナーです。Aプログラムでは北野武監督作品からおなじみのメインテーマをセレクトし久石譲ピアノと弦楽オーケストラによる演奏です。おなじみでありながらここ数年のコンサートでは聴く機会のなかった「HANA-BI」「Kids Return」というプログラムには多くのファンが歓喜したはずです。

「Summer」はピアノとヴァイオリン・ソロの掛け合いがみずみずしく爽やかで、弦楽もピチカートではじけています。きゅっと胸をしめつけられるような思い出の夏、日本の夏の代名詞といえる名曲です。この曲が生演奏で聴けただけで、今年の夏はいいことあった!と夏休みの絵日記に大きなはなまるひとつもらえた、観客へのインパクトと感動は超特大花火級です。

「HANA-BI」は一転して哀愁たっぷりでしっとりななかに内なるパッションを感じる演奏。特に後半はピアノで旋律を弾きながら、低音(左手)で重厚に力強くかけおりる箇所があるのですが、今回それを弦楽低音に委ねることでより一層の奥深さが際立っていたように思います。ピアノも同フレーズ弾いていましたけれど、従来のようなメロディを覆ってしまうほどの激しい低音パッションというよりも、ぐっとこらえたところにある大人の情熱・大人の覚悟のようなものを感じるヴァージョンでした。渋い、貫禄の極み、やられちゃいます。

「Kids Return」は疾走感で一気に駆け抜けます。弦のリズムの刻み方が変わってる、と気づきかっこいいと思っているあっという間に終わってしまいました。そして今回注目したのが中音楽器ヴィオラです。相当がんばってる!このヴァージョンの要だな、なんて思った次第です。ヴァイオリンが高音でリズムを刻んでいるときの重厚で力強い旋律、一転ヴァイオリンが歌っているときの躍動感ある動き、かなり前面に出ていたような印象をうけます。管弦楽版にひけをとらない弦楽版、フルオーケストラ版では主に金管楽器の担っている重厚で高揚感あるパートをストリングス版ではヴィオラが芯を支える柱として君臨していたような、そんな気がします。これはスカパー!放送でじっくり確認してみたいところです。

ピアノとストリングスで3曲コーナーか、なんて安直なこと思ったらいけません。こんなにも楽曲ごとに色彩豊かに表情豊かにそれぞれ異なる世界観を演出してくれる久石譲音楽。メロディは違っても楽器編成が同じだからみんな同じように聴こえる、そんなことの決してない三者三様の巧みな弦楽構成。清く爽やかで、憂い愛のかたち、ひたむき疾走感。それは誰もが歩んできた「mládí」(青春)のフラッシュバックであり、少年期・円熟期・青年期いつまでも青春そのもののようです。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」 コンサート・レポート より抜粋)

 

 

 

2021.10 追記

第2弾ベストアルバムでは、一口コメント大募集企画として、全28曲から好きな1曲1ツイート「この曲好き!」その魅力・思い出を140文字で。よせがきのように集まったらいいなとTwitterで募集しました。

 

 

 

 

【Disc1】
01. ANGEL DOLL  (映画『キッズ・リターン』より)
02. la pioggia  (映画『時雨の記』より)
03. il porco rosso  (映画『紅の豚』より)
04. Lost Sheep on the bed
05. FOR YOU  (映画『水の旅人 侍KIDS』より)
06. White Night
07. DA-MA-SHI-E
08. Departures -memory-  (映画『おくりびと』より)
09. TWO OF US  (映画『ふたり』より)
10. Rain Garden
11. Friends  (TOYOTA「クラウン マジェスタ」CMソング)
12. Summer  (映画『菊次郎の夏』より)
13. Les Aventuriers
14. Kids Return  (映画『キッズ・リターン』より)  ※初収録

【Disc2】
01. Links
02. VIEW OF SILENCE
03. Nocturne
04. Silence  (住友ゴム工業「デジタイヤ プレミアム VEURO」CMソング)
05. MKWAJU 1981-2009
06. Ashitaka and San  (映画『もののけ姫』より)
07. The Rain  (映画『菊次郎の夏』より)
08. DEAD for Strings, Perc., Harpe and Piano: 1. D.e.a.d
09. Tango X.T.C.  (映画『はるか、ノスタルジィ』より)
10. The Little House  (映画『小さいおうち』より)
11. HANA-BI  (映画『HANA-BI』より)  ※初収録
12. Silencio de Parc Güell
13. WAVE
14. World Dreams

 

All music composed by Joe Hisaishi

All music arranged by Joe Hisaishi
except
“For You” arranged by Nick lngman

All music produced by Joe Hisaishi
except
“la pioggia”,”il porco rosso”,”White Night”,”Rain Garden”,”Friends”,”Nocturne”,”Ashitaka and San”,”Tango X.T.C.” produced by Joe Hisaishi and Eiichiro Fujimoto
“Silence”,”Silencio de Parc Güell” produced by Joe Hisaishi and Masayoshi Okawa

Mastering Engineer: Christian Wright (Abbey Road Studios)

Mastered at Abbye Road Studios, UK

Art Direction & Design: Kristen Sorace

Photography: Omar Cruz

and more

 

Disc. 久石譲 『Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4』

2021年7月7日 CD発売 UMCK-1682

 

待望の久石譲「ミニマリズム」シリーズ第4弾!!

「コントラバス協奏曲」「ホルン協奏曲」の2作品を豪華に収録。

「ミニマル×コンチェルト」新たな魅力に出会える1枚。

(CD帯より)

 

 

待望の久石譲「ミニマリズム」シリーズ第4弾!!

今作は「ミニマル×コンチェルト」がコンセプト。久石譲が書き下ろした協奏曲の中でも、際立つ存在の2作品を豪華に収録。世界でも稀有な存在である「コントラバス協奏曲」、そして「3本のホルンのための協奏曲」は、独奏楽器としての今までにない表現の可能性と限界に挑んだ意欲作。当代随一のソリストを迎え、今注目の久石譲指揮、フューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)の演奏で、コンチェルト×ミニマル・ミュージックの新たな魅力に出会える一枚。

日本テレビの音楽番組『読響シンフォニックライブ』の委嘱作品として2015年に発表されたコントラバス協奏曲。世界初演時のソリストとして観客を魅了した石川滋さんが、2017年に、久石譲と再びタッグを組み、FOC(旧NCO)の演奏によりレコーディングされた。低音域のコントラバス(故にコンチェルトとしては稀有な存在である)とオーケストラの緻密に計算された絡み合いは必聴です。

NHK交響楽団の首席ホルン奏者でもある福川伸陽さんからの依頼をきっかけに、構想から丸一年をかけて作り上げられ、3本のホルンによる協奏曲として、2020年2月に発表された作品。収録音源は、久石自身の指揮、FOCの世界初演によるライヴ演奏。福川伸陽、そして豊田実加、藤田麻理絵による見事なコンビネーションで奏でられるホルン協奏曲。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

楽曲解説

Contrabass Concerto

「Contrabass Concerto」は日本テレビの「読響シンフォニックライブ」という番組でカール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」と一緒に演奏する楽曲として委嘱された。ソロ・コントラバスは石川滋氏を想定して作曲し、両曲とも僕が指揮した。

作曲に当たってコントラバスの音を実体験するために楽器を購入し、毎日作曲の前に15~30分練習した。そのことによって響きを身体で覚えることができた。

2015年の春先から作曲を開始し、夏にコントラバスのパートとピアノスケッチを作り、秋にオーケストラのパートが完成した。全3楽章からできており約30分の作品になった。

初演は2015年10月29日 東京芸術劇場 コンサートホールにて、ソロ・コントラバス 石川滋氏(読響ソロ・コントラバス)と読売日本交響楽団によって演奏された。その後2017年7月16、17日にわたって長野市芸術館 メインホールにて同石川氏とフューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)によって再演され同時にレコーディングもされた。

第1楽章
F#-B-E-Aの4つの音が基本モチーフとして全体を支配している。この4度音程はソロ・コントラバスのオープンチューニング(通常はE-A-D-G)なのだが、展開していくと演奏する上では大変難しい音程でもある(ヴァイオリンの5度音程のように)。もともと軽快なテンポで始まる自由な形式の楽曲だったが、後に序奏と中間部に遅めにテンポのパートを作り、全体を立体的にした。

第2楽章
冒頭のコントラバスのピッツィカートはもちろんジャズからの影響であり、それがもっともこの楽器の良さを発揮すると考えたからである。その上にクラリネット、ホルンが奏でる、モチーフが全体の要になっている。その後コントラバスが同じモチーフを演奏しながら盛り上がり、静かな中間部になる。ちょっと複雑だが大きくは3部形式からなり、後半はベースランニングのアップビートで始まる。個人的にはもっとも無駄なく構成できた楽章で気に入っている。

第3楽章
この楽章では7度音程のモチーフで全体を構成している。スケルツォ的な明るさと終楽章としての重みが出るように気をつけた。一番ミニマル的な方法論に近い楽章になった。

 

 

The Border  Concerto for 3 Horns and Orchestra

「The Border」はホルン奏者の福川伸陽氏から依頼されて作曲した。全3楽章、約24分の作品になった。

初演は2020年2月13日 東京オペラシティ コンサートホールで、ソロ・ホルン 福川伸陽、豊田実加、藤田麻理絵の諸氏とフューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)によって演奏され、同時にレコーディングもされた。

I. Crossing Linesは、16分音符の3、5、7、11、13音毎にアクセントがあるリズムをベースに構成した。つまり支配しているのはすべてリズムであり、その構造が見えやすいように音の構造はシンプルなScale(音階)にした。

II. The Scalingは、G#-A-B-C#-D-E-F#の7音からなる音階を基本モチーフとして、ホルンの持つ表現力、可能性を引き出しつつ論理的な構造を維持するよう努めた。

III. The Circlesは、ロンド形式に近い構造を持っている。Tuttiの部分とホルンとの掛け合いが変化しながら楽曲はクライマックスを迎える。以前に書いた「エレクトリック・ヴァイオリンと室内オーケストラのための室内交響曲」の第3楽章をベースに再構成した。ホルンとオーケストラによってまるで別の作品になったことは望外の喜びである。

久石譲

(CDライナーノーツより)

 

 

久石譲の”ミッション・インポッシブル” ──『ミニマリズム4』について

コントラバスのための協奏曲と、ホルンのための協奏曲を、ミニマル・ミュージックの作曲家・久石譲が作曲する──。驚いた。あまりにも大胆不敵でチャレンジングな試み、ほとんど”ミッション・インポッシブル”と呼んでもよい試みだ。

なぜ”ミッション・インポッシブル”なのか?

まず、楽器という側面から見てみよう。そもそも、コントラバスのための協奏曲の数は少ないし、あったとしても、チェロ協奏曲の変種のように書かれている場合がほとんどだ。つまり、「この楽器でなければならない」という必然性を掘り下げる余地が、まだまだ多く残されている。ホルンのための協奏曲の場合は、まだコントラバスよりも作品が多く書かれているが、演奏頻度の高いレパートリーはモーツァルトやR・シュトラウスのような古典に偏り、20世紀以降の作品がなかなか演奏に恵まれていないのが実情である。

つまり、どちらの楽器も”協奏曲のスター”とは言い難いのだ。

そうした事情に加え、さらにミッションを困難にしているのが、それぞれの楽器の特性と、久石が得意とするミニマル的な音楽語法との相性である。

コントラバスは、和音の基音を鳴らしたり、あるいは低く呟くドローンのような持続音を演奏するのに適しているが、コントラバスが鳴らす低音は、音響学上、他の楽器の高・中音域に比べて到達が遅いというハンディがある。同様にホルンも、広大な空間を感じさせるロングトーンや印象深いメロディを演奏するのには適しているが、直接音を響かせる他の楽器と異なり、ホルンは壁の反射などを使った間接音を響かせる楽器なので、どうしても他の楽器との間にタイムラグが生じてくる。つまり、ピアノやヴァイオリンやマリンバがキレのあるミニマルのパッセージを弾くようには、コントラバスやホルンは弾けないのである。

だが、そうしたハンディに怯んでいては、作曲家としての久石の名が廃る。むしろ、誰も手を出したことのない領域にチャレンジするからこそ、久石の本領がいかんなく発揮されると言うべきだ。

では、久石は如何にして不可能なミッションを可能にしていったのだろうか?

《コントラバス協奏曲》(2015年作曲・初演)の場合、久石は現代のコントラバスの4度調弦を踏まえる形で4度音程の主要モチーフを導き出し、そのモチーフを展開していくという、いわば楽器そのものに寄り添ったアプローチで音楽を始めている。5度調弦を用いる他の弦楽器とコントラバスが異なる以上、まずは謙虚にコントラバスという楽器を見つめ、そこから音楽を始めていく──まさに最小限のアプローチと言い換えてもいい──というのが、《コントラバス協奏曲》での久石の方法論だ。

これに対して《The Border  Concerto for 3 Horns and Orchestra》(2020年作曲・初演)の場合は、曲名が示しているように、久石は独奏ホルン奏者を3人用意することで、ミニマル特有の素早いパッセージの演奏にもホルンを対応させ、3オクターヴ以上に跨るホルンの音域を存分に引き出しながら、オーケストラ作品にしばしば聴かれるホルン三重奏の美しい響き(たとえばベートーヴェンの《英雄》など)を独奏パートに付与することに成功している。「ホルン奏者を3人も用意するのか」と驚かれるリスナーもいらっしゃるかもしれないが、2管編成のオーケストラのために書かれた《The Border》の場合は、ホルン・セクションの奏者2人がそのまま独奏パートに加わるので、編成上、決して無理のない解決法となっている。

しかしながら、この2曲の協奏曲が真にユニークなのは、久石がこれらの独奏楽器をクラシックの文脈だけで扱うのではなく、それぞれの楽器に特有の伝統や楽器の起源といった、いわば”楽器の文化的な側面”まで作品の中に取り込んでいる点だ。

独奏楽器としてのコントラバスを考えた時、多くの人がイメージするのは、実はクラシックよりもジャズだろう(その場合は「ダブルベース」と英語読みにするのが適切である)。ダブルベースの名手たちが得意とする深々としたピッツィカート、つまりジャズ・ベースは、どんな楽器にも真似できないユニークで魅力的な音楽表現である。あたかもクライム・ストーリーを読むような”夜の音楽”として書かれた第2楽章のジャズ的な表現は、そうしたジャズ・ベースの伝統に由来している。

一方の《The Border》では、第2楽章冒頭のマーラー風の序奏、あるいは第3楽章最後に登場するアルペンホルンのようなカデンツァに、”角笛”から派生したホルンという楽器の出自がしっかりと刻印されている。山々や国々、ひいては文化圏や時空も超えて響きわたる”角笛”──それこれが曲名の《The Border》の意味するところなのかもしれない。

このように、久石はいくつもの困難なミッションをクリアし、コントラバスやホルンでなければならないという必然性を深く掘り下げながら、楽器そのものの魅力も充分に引き出し、しかも、どちらの協奏曲の終楽章もエネルギッシュなミニマル・ミュージックで締め括ることで、久石でなければ書けない音楽の必然性、つまり”ミニマリズム”を明確に打ち出している。久石の”ミッション・インポッシブル”が鮮やかに達成される瞬間の爽快感を、これ以上拙い文章で説明するような野暮な試みは敢えて慎み、あとは本盤に収録された演奏そのものに委ねたい。

例によって、リスナーもしくはその仲間が久石の”ミニマリズム”の魅力に捕らえられ、あるいは一生その魅力から抜け出られなくなっても、当方は一切関知しないので、そのつもりで。

2020年12月6日、久石譲の誕生日に
前島秀国 Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター

(CDライナーノーツより)

 

 

プロフィール

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組み、2019年7月発売の『ベートーヴェン:交響曲全集』が第57回レコード・アカデミー賞特別部門特別賞を受賞した。現在はブラームスの交響曲ツィクルスを行いながら、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

(CDライナーノーツ より)

 

*CDライナーノーツ 全テキスト日本文・英文を収載

 

 

 

TV番組内インタビュー

久石:
音がこもりがちになる低域の楽器をオケと共演させながらきちんとした作品に仕上げるのはハードルが高かったです。僕は明るい曲を書きたかったので、ソロ・コントラバス奏者の石川滋さんには今までやったことないようなことにもチャレンジしていただく必要もありました。

石川:
久石さんに曲を書いていただくということは夢のような出来事でした。ましてやソロ楽器としてはマイナーであるコントラバスで協奏曲を書いてくださったのは自分にとってとても貴重な経験になりました。

石川:
最初に譜面を見たときはその曲の素晴らしさに感動して、「ぜひ弾きたい!」と思ったのですが、冷静に譜面を見てみると「これは弾けるのだろうか?」と思うほど難曲でした。音の数や跳躍の多さ、それに音域がとても広く短時間の間に弾かなければならないなど…大変でしたね。

石川:
今久石さんがなさりたい音楽というものがすごくわかる中で、今まで培ってきた映画音楽などのポップな音楽性も随所に見られて、とても素晴らしい曲です。

(公式サイト:読響シンフォニックライブ | 放送内容より 編集)

Info. 2015/12/26 [TV] 「読響シンフォニックライブ」カルミナ・ブラーナ(12月) コントラストバス協奏曲(1月)  より抜粋)

 

 

「コントラバスを独奏楽器としてイメージしてみた時、真っ先に思い浮かぶのがロン・カーターのようなジャズ・ベーシストなんですよ。そうすると、これも当然”アメリカ”になってくる。よくよく考えてみると、今年の作曲活動のポイントは、じつは”自分の内なるアメリカ”を確認し直すことだったのかと。それが必然的な流れならば構わないし、結果的に良い作品が生まれればいい。チェロ協奏曲の延長として作曲しても面白くないですから。これはすごく面白い曲に仕上がると思いますよ。期待してください」

Blog. 雑誌「CDジャーナル 2015年11月号」久石譲 インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「協奏曲も、やはりオーケストラに向けた作品ということが、作品を作る上で半分を占める重要な要素になりますね。オーケストラ作品を書く場合は、オーケストラの機能を最大限発揮出来るように書きますが、協奏曲の場合は、ソリストとオーケストラはある意味で五分五分の立場です。単純にオケが伴奏に回るような作品は書きたくないし、ソリストはオーケストラと対峙して、その全部を引き受ける形にもなるので、その楽器の特性をすべて発揮してもらいたい。それを踏まえて書くのが魅力的だし、とても大事なことだと思っています」

「やはり実際にその楽器触れてみないと分からないことがたくさんあるし、コントラバスは大きな楽器なので、どういう振動が身体に伝わるかなども知りたかったのです。それから、この音とこの音の組み合わせだと、弓がこう引っかかってしまうなとか、そういう細かなことも実際にやってみないと分からないことが多いのです。そのために、石川さんを通して楽器を購入した訳です」

「それから3本にすると、経済的な効果もあるのです。というのは、ホルン奏者がひとりであるオーケストラに協奏曲を演奏しに行った時に、そこのオーケストラのホルン奏者たちと共演できるスタイルにすれば、演奏機会が少なくなるということはないだろうと。例えば、福川さんひとりで海外のオケに行った時に、そこのホルン奏者と共演も出来る。」

「我々、作曲家の立場から言えば、作品が演奏されてなんぼだと思うのですよ、作品を書いた以上は。演奏してもらう上で、ものすごくハードルが高かったら演奏機会も少なくなりますよね。そういうことも踏まえた上で、福川さんのような優れた演奏家が世界のどこでも演奏できる作品ということを考えた時に、このやり方は間違っていないなと思いましたね」

「いわゆる国境、リミット・ラインというような意味ですが、ホルンの音がパルスのように連なって行くのが、地平線だったり水平線だったり、そういうイメージがあって、そのラインを上がったり下がったりして行く、それをちゃんと計算されたものとして作って行く時に、キーとなる言葉としてBorderという言葉がずっと頭の中にありました。」

Info. 2021/07/15 久石譲がコントラバス石川滋、ホルン福川伸陽と語る挑戦に満ちた協奏曲集『ミニマリズム4』(Web Mikikiより) より抜粋)

 

 

「どちらの楽器も、アンサンブルで他の人と演奏したときに能力を発揮する楽器なんですよ。例えば弦楽合奏にコントラバスがなければ、響かなくて音量が半分ぐらいに減りますし、ホルンのないオーケストラって想像できますか? でも今回はソロなので楽器をむき出しにして、この楽器の何が魅力なんだということを真剣に考え直したわけです。コントラバスは、ソロ楽器としてならやはりジャズのウォーキングベースが魅力的ですよね。それはなぜかといえば弦が長くて響くから。……ということはハーモニクスもきっちり使えば良い武器になるはず。でも、それらを十分に活用した楽曲はまだないんですよ。だから、どうやったらその部分が発揮できるのかを考えながら書きました」

「こちらもずっと意識してました(笑)。そのあとミュージック・フューチャー Vol.6(2019年10月25日)の前日か当日に、協奏曲のアイディアが急に浮かんだんですよ。パルスを刻んでいるところに、下から駆け上がってるラインと、逆に上から下へのラインが絶えずクロスしていく。ただそれだけしかない曲を書きたいと。それで2019年2月から構想を練り、およそ1年がかりで作曲しました。主要モティーフを頭に提示したら、それ以外の要素を使わないでロジカルに作ることを徹底した作品になったことで、ミニマル・ミュージックの原点に戻ってきたように聴こえるかもしれないですけど、そうでもないんです。この作品は個人的にとても大事なものになりましたが、それはいわゆる感性や感情、あるいは作曲家の個性に頼らないスタイルができたからです。第2楽章はフレーズのスケールが大きな福川さんだからこそできる音楽になっています」

Blog. 「音楽の友 2021年8月号」久石譲&石川滋&福川伸陽 鼎談内容 より抜粋)

 

 

 

コントラバス協奏曲

もう一度『コントラバス協奏曲』をじっくり聴いていきました。するとそこには管楽器や打楽器・パーカッションの融合からくる独特な響きがありました。

コントラバスを主役に据えるということは、実はものすごく挑戦的なことなのかもしれません。音域も狭いし低音、なかなか前面には出にくい、つまり埋もれてしまいやすい。同じ弦楽であるヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、これらの弦楽合奏を一緒に濃厚に奏でようものなら、コントラバスはいつもの低音域に追いやられ負けちゃいます。でもソリストとして独奏となった場合は、縦横無尽に動き回ったり、ピッツィカートなどで最大限の存在感をしめしたい。

この作品で久石譲が巧みにオーケストレーションしているのは、弦楽合奏にかえて管楽器・打楽器・パーカッション各々の楽器特性を活かし、色彩豊かに配置していることです。全体としては音の塊を厚くしすぎることなく、余白のある音楽、輪郭のくっきりしたそぎ落とした音像になっています。さらに薄くならない、単調にならない、間延びしないよう、絶妙にオーケストレーションされているのが管楽器・打楽器・パーカッション。そこにコントラバスを主役として迎えているように感じます。

この作品では、管楽器+パーカッション、打楽器+パーカッションという旋律を数多く聴くことができます。パーカッションがリズムを刻んだり、拍子を打つ役割だけではなく、管楽器や打楽器と同じフレーズで重ねられているということです。音程のある管楽器群や打楽器群と、基本的には音程のないパーカッションを重ねることで、なんとも魅力的な広がりあるカラフルな構成展開を実現しています。パーカッションの種類も豊富だし、同じ楽器の奏法バリエーションも引き出し多く、聴くたびに新しい発見があります。弦楽合奏で厚みをもたせたり、コントラバス以外の弦楽器たちが前面に出てしまうと負けてしまうコントラバス、その解決策として導き出したものだと思います。

従来の壮大なシンフォニックではない、この手法はまさにアンサンブル的です。「ミュージック・フューチャー」コンサートでアンサンブルを進化させ、さらに新しいオーケストレーションを施すようになったからこそできた作品、それが『コントラバス協奏曲』なのかもしれません。とても気に入っている作品です。

よし!今回は木管楽器(フルート、ピッコロ、オーボエ、クラリネット、ファゴット、コントラファゴットほか)に意識を集中させて聴いてみよう、次は金管楽器(ホルン、トランペット、テナートロンボーン、バストロンボーン)に、次は打楽器(マリンバ、ビブラフォン、グロッケンシュピール、シロフォンほか)に、次はいつもよりも奥に名脇役に徹しているピアノ、チェレスタ、ハープは? パーカッション(ドラムセット、カウベル、ウッドブロック、大太鼓、クラベス、トライアングルほか)だけを追いかけても、おもちゃ箱のようにいろいろなところから楽器が旋律が飛びこんでくる! そんな発見のできる作品です。

どこを切り取ってもいいなと思う作品です。なにが飛びすかワクワク楽しいおもちゃ箱のようです。そのくらい好きな作品です。

Blog. 次のステージを展開する久石譲 -2013年からの傾向と対策- 2 より修正)

 

 

 

久石譲:The Border ~Concerto for 3 Horns and Orchestra~ *世界初演

ホルンのために書かれた協奏曲です。3人のホルン奏者がフィーチャーされ、ステージ前面中央で主役を演じます。その音色から悠々とした旋律を奏でるイメージのあるホルンですが、この作品では、とても細かい音符をあくまでもリズムを主体とした音型を刻む手法になっていました。ずっと吹きっぱなしで、ミュートを出し入れ駆使しながら、さらにそれなしでも、おそらくは口と管に入れた手だけを調節して。ホルンという楽器にはこんなにもバリエーション豊かな音色があるんだと、感嘆しました。第2楽章では、ホルンのマウスピースだけで音とも声ともつかない音色を奏でたり。第3楽章は「エレクトリック・ヴァイオリンと室内オーケストラのための室内交響曲 第3楽章」をベースにしているとあるとおり、エレクトリック・ヴァイオリンの独奏パートがホルンに置き換えられ、1管編成の室内楽だったものが、オーケストラへと拡大されています。

生演奏で体感し、ホルンを味わい、オーケストラの重みも伝わり。この作品は、レコーディングされて、ホルンをはじめ個々のパートがそれぞれ浮き立って配置されたものをしっかりと聴けたときに、またいろいろな発見がおもしろみが感じられる。そう思っています。ホルン3奏者の役割分担や絡み合うグルーヴ、ホルンとオーケストラとのコントラスト。エレクトリック・ヴァイオリンが担っていたディストーションや重奏やループ機能までを、ホルン(単音楽器)×3へ分散させた術などなど。そんな日を願っています。

Blog. 「久石譲 フューチャー・オーケストラ・クラシックス Vol.2」 コンサート・レポート より)

 

 

 

本盤収録作品は公式スコアもあります。

 

 

 

Minima_Rhythm IV
Joe Hisaishi

Contrabass Concert (2015)
1. Movement 1
2. Movement 2
3. Movement 3

The Border  Concerto for 3 Horns and Orchestra (2020)
4. I. Crossing Lines
5. II. The Scaling
6. III. The Circles

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Track 1-3
Contrabass Concerto

Shigeru Ishikawa (solo contrabass)
Joe Hisaishi (conductor)
Future Orchestra Classics (orchestra)
Kaoru Kondo (concertmaster)

Recorded at Nagano City Arts Center Main Hall (16-17 July, 2017)

 

Track 4-6
The Border  Concerto for 3 Horns and Orchestra

Nobuaki Fukukawa, Mika Toyoda, Marie Fujita (solo horns)
Joe Hisaishi (conductor)
Future Orchestra Classics (orchestra)
Kaoru Kondo (concertmaster)

Live Recording at Tokyo Opera City Concert Hall, Tokyo (13 February, 2020)

 

Recording & Mixing Engineer: Tomoyoshi Ezaki (Octavia Records Inc.)
Assistant Engineers: Takeshi Muramatsu (Octavia Records Inc.), Yasuhiro Maeda
Mixed at EXTON Studio Yokohama
Mastering Engineer: Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC)

and more…

 

Disc. 久石譲 『赤狐書生 (Soul Snatcher) オリジナル・サウンドトラック』

2021年2月19日 デジタルリリース

 

映画『赤狐書生 (Soul Snatcher)』
公開日:2020年12月4日 *中国
監督:宋灝霖(ソン・ハオリン)伊力奇(イー・リーチー)
主演:陳立農(チェン・リーノン)李現(リー・シェン)哈妮克孜(ハニ・ケジー)裴魁山 (ペイ・クイシャン)姜超(ジアン・チャオ)張晨光(ジャン・チェングアン)

 

日本公開日:2021年10月22日

中国・香港/2020年/125分
原題:赤狐書生
英題:SOUL SNATCHER
邦題:レジェンド・オブ・フォックス 妖狐伝説

 

 

■メイキング動画について

映画予告映像、久石譲インタビュー、レコーディング風景で構成されたもの。

 

久石譲インタビュー 書き起こし

「今回の映画はとても素晴らしく出来ていると思います。ファンタジー・アクションといいますか、でもしっかりと二人の若者の友情みたいなものが、とてもしっかりと描かれていていたので。音楽的にも、通常よりもたくさん音楽を書いて。本当にエンターテインメントとして楽しめる、ダイナミックでありながら、やっぱりある程度こうきちんと知性もあるような。音楽が映像とマッチするように作ったと思っているので、音楽のあり方と映像のダイナミックさ。そういう音楽を目指したんですけれども、自分ではすごくよくできたと思って満足しています」

 

 

全体をとおして。

約2時間の上映時間に対して、約1時間半以上は音楽が配置されている。ファンタジー映画ということもあって、その世界観をつくりあげるための音楽配分は多めとなっている。39人編成オーケストラながら、乾いた重低感のあるパーカッションなどを巧みに盛りこむことで、土台のしっかりした足腰のつよい楽曲も存分にある。

音楽収録は2020年11月7日、ビクタースタジオにて、招集型オーケストラで行われている。新型コロナウィルスの影響によって、この規模のオーケストラへと予定変更を余儀なくされたのか、そもそもこの規模を予定していたのか。どちらかはわからない。いずれにしても、この39人編成オーケストラでありながら、ダイナミックに躍動感ある音楽には、打楽器群が大きく貢献している。

 

本作は、メインテーマやそのバリエーションといったメロディを展開する手法ではなく、ミニマルな手法をとっている。メインテーマに変わる、この映画のための第1主題・第2主題のような短いモチーフがあったとして、その短いモチーフたちを料理(交錯・分解・伸縮など)しながら、映像に対して一種の通奏低音のようにうまくなじませている。

映画鑑賞後に鼻歌で歌えるほどの、印象的なメロディはあまりないかもしれない。近年、久石譲の映画音楽に対する立ち位置の変化を現したような、かつ、クラシックの手法に重きを置いた音楽づくりになっている。映像と距離をとるための主張しすぎない音楽と、ファンタジー映画のために必要な音楽量とのバランス。

あえてイメージとして挙げるとするなら、映画『千と千尋の神隠し』のサウンドトラック「16.千の勇気」、千尋が油屋の階段を駆け下りるシーンなんかで使われていたと思う曲、こういったスリリングで緊迫感を演出する音楽テイストが多い。また、「3.誰もいない料理店」では、後半に「メインテーマ あの夏へ」の変奏旋律が登場するけれど、本作ではとにかくメロディにいかない。同曲前半のように、映像を補完する背景音楽のあり方で曲は流れていく。

ピッツィカートなどで奏される軽やかでコミカルな楽曲も、宴で艶やかに踊るような楽曲も、アジアン・ファンタジーらしく五音音階からなるものも多い。こういったことからも、無意識に『千と千尋の神隠し』を想起したのかもしれない。もちろん、似た曲があるかと言われたら、それはない。ハラハラドキドキ、緊迫シーン、戦う場面など、冒険ファンタジーなストーリー展開のなかで、ミニマル手法を駆使した楽曲が特徴といえる。

 

オーケストラサウンドに、エッセンスとしてシンセサイザー音もブレンドされている。シンセサイザーらしい音色の使い方や選び方をしている。生音のストリングスにシンセサイザーのストリングスを混ぜる手法(それもあるかもしれない、素人耳にはわからない)というよりも、『Deep Ocean』音楽のようにシンセサイザーにしか出せない音色をうまく組み合わせた楽曲たちが目立つ。

また、これまでにない久石譲音楽の特徴として、楽曲に使われている音楽的効果音(シンセサイザー音)と、本編に使われている映像的効果音(SE)が、くっきり区別することが難しいほど近い。これにより、SEから楽曲に自然と移っていったりその逆もあったりと、どこまでが曲でどこからがSEかの境界線が引きにくいという、音響全体(楽曲と効果音)の見事な通奏効果を生み出している。どこまで久石譲と音響効果の話し合いや調整による意図が働いているかはわからないが、今回の達成は、これからにつながる大きな成果ともいえるし、映画における音響芸術のクオリティをワンステップおしあげたともいえると思う。

 

 

少し個別に。

3つの主要テーマ。

運命のテーマ。プロローグから、ダイナミックな物語の展開を予感させる、緩急あるミニマル・モチーフが展開する。静謐な弦楽合奏によるミニマル旋律にはじまり、幾重にも交錯し、強弱と重厚の増減でうねりをともなっていく。パーカッションの鼓動やホイッスルの遠くへ伸びる旋律を織りまぜながら、ファンタジー感と神秘感を演出している物語のはじまり。プロローグからタイトルバックまでの約15分にわたってつづく音楽は、タイトルバックでピークを迎える弦楽器の精巧な音型もまた、ミニマルな旋律になっている。(Track.1-3,29)(Track.3ラストでタイトルバック)

友情のテーマ。こちらは大きな弧を描くようなメロディで、優しく温かい曲想。シンプルな旋律線と、エモーショナルになりすぎないハーモニー。主人公二人の友情の交流を描いたシーンに、たびたびバリエーションで登場する。状況にあわせて短調な旋律で奏されることもある。(Track.7,14,21,28,34)

愛のテーマ。主要キャラクターの一人、女性が登場するシーンで多く聴かれる楽曲。お香のような、ゆらゆらと、ふわっとした、無軌道な和音ですすむ。ゆるやかな独奏、メロディとアドリブのあいだのような、動きまわりすぎない加減の無軌道な旋律がのる。魅惑的で妖艶な曲想は、これまでの久石譲には珍しい。クラリネット、ピアノ、フリューゲルホルン、フルート、ストリングス。登場するたびにメロディを奏でる楽器たちを変え、まるで衣装替えに見惚れるように、つややかに彩る。(Track.17,20,25,27)

 

公式公開されていた映画ワンシーン動画(約1-2分)、そこでも聴くことができたホイッスルをメインとした楽曲は、ホイッスルが細かく精巧な節まわしを披露していて、伸びやかに広がっていく。(Track.15)

 

総じて、主要楽曲は、登場の多い順に、友情のテーマ、愛のテーマ、運命のテーマが、本作において印象的で重要な柱になっていると思われる。また、それらを合算したとしても30分前後としたときに、ほかの多くをミニマル手法の音楽によって、映像にうまくなじませている。ファンタジー世界に立体感をあたえている。メイキング動画からも、音楽割のMナンバー「M36」と、少なくとも36曲は書き下ろしていることもわかる。

 

 

映画エンドロールに流れる主題歌は、作曲・編曲ふくめて久石譲楽曲ではない。主演俳優が歌唱している。

 

 

2021.02 追記

「赤狐書生 オリジナル・サウンドトラック」デジタル・リリース。映画は中国公開の後、アメリカではVOD配信のかたちで公開されている。日本公開も待たれる。デジタルリリースのメリットも顕著で、CD収録時間を気にすることなく1時間20分の音楽が完全音源化されたこと、世界同時的に各国一斉に配信リリースされたこと。大きな可能性を示したリリースパターンといえ、映画音楽の認知や愛聴が広がる未来へのポテンシャルも感じる。サントラ・レビューも本文末にトラックナンバーを追記するかたちで補足した。

 

 

2021.07 追記

「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサートにて「英蓮 / Yinglian」が初演された。

 

 

2022.07追記

アルバム『Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021』に収録された。

 

 

 

 

1.狐と書生
2.月夜の集い
3.旅の始まり
4.蚌人探し
5.逃げるロバ
6.密談
7.静かな街
8.苦海書院
9.蛙の罠
10.妖怪蛙
11.傀儡書生
12.妖怪蛙との対決
13.作戦失敗
14.兄を探して
15.川下り
16.建康城の誘惑
17.英蓮
18.牡丹桜
19.悪霊の呪い
20.告白
21.奮起の雷
22.試験開始
23.悪霊の誘い
24.中陰界
25.誓い
26.真実
27.英蓮の死
28.決裂の時
29.天命
30.最後の願い
31.怒りの決戦
32.子進のために
33.本物の狐仙
34.小白と子進

音楽:久石譲

 

Soul Snatcher (Original Motion Picture Soundtrack)

1. A Fox and a Scholar
2. The Moonlight Gathering
3. The Beginning of the Journey
4. Finding My Clamen
5. Donkey Running Away
6. Secret Talk
7. A Quiet Town
8. The Academy of Miserable Sea
9. Frog’s Trap
10. The Frog Monster
11. Puppet Scholars
12. Battle with the Frog Monster
13. Mission Failed
14. Looking for Brother Daoran
15. Boat Ride
16. Temptation of Jiankang City
17. Yinglian
18. The Peony Brothel
19. Curse of the Evil Spirits
20. Proposal
21. Rousing of Thunderbolts
22. Starting the Imperial Examination
23. Lure of the Evil Spirits
24. The Bardo World
25. Promise
26. Truth
27. Death of Yinglian
28. Rupture of a Friendship
29. Providence
30. Last Wish
31. The Furious Showdown
32. For Zijin
33. A Real Immortal Fox
34. Xiao Bai and Zijin

Music by Joe Hisaishi

 

Disc. 久石譲 『Prayers』 *Unreleased

2020年10月19日 動画公開

 

明治神宮鎮座百年祭 記念曲「Prayers」

明治神宮公式チャンネルにて公開

 

 

明治神宮鎮座百年祭にあたり、わが国を代表する音楽家 久石譲氏に記念の楽曲をつくっていただきました。まるで森の中へと入っていくような、静けさと奥行きのある荘厳な調べは、まさに明治時代、日本の精神をもって西洋文明を取り入れた和魂洋才を思い起こします。この曲にあわせて編集された映像と共にご視聴ください。

作曲・編曲 久石譲
演奏 東京交響楽団
録音会場 ミューザ川崎シンフォニーホール
録音・ミキシング 江崎友淑・村松健(オクタヴィア・レコード)
映像編集 佐渡岳利・ 井上寛亮(NHKエンタープライズ)
映像撮影 宝貝社、凸版印刷、乃村工藝社・惑星社、HEXaMedia
アートディレクター 原研哉
写真 関口尚志
制作 サンレディ、ワンダーシティ
制作統括 明治神宮

from 明治神宮 公式チャンネル Meiji Jingu Official Channel

 

 

公開動画について

 

 

明治神宮の会員および関係者へ、CD+DVDパッケージ化したものが非売品として配布されている。音源も映像も公開されたものと同一収録されている。

 

 

 

 

 

和太鼓の強打によってはじまる曲は、静謐な五音音階的モチーフを幾重にも織りませながら厳かな雰囲気ですすめられる。いくつかの打楽器はあるものの、日本の伝統和楽器は使われていない。一般的な西洋オーケストラ楽器のみで、日本古来からの世界観を表現している。公式コメントにもあるとおり、まさに”和魂洋才”といえる。フルートやピッコロをはじめとした木管楽器で五音音階的ハーモニーや五音音階的不協和音を演出するなど、その響きは雅楽などにも共鳴するものがある。

この作品がエンターテインメントに属するかという点においても、レビューをためらう。聴いた感じやイメージで語ることはできたとしても、果たしていいのか、とためらう。信仰や宗教といった側面をもつこともあり単なるエンタメ気分だけで作曲していないことは確かだと思う。そうなると、信仰や宗教といったもの、それになぞらえたものを、どう音楽的手法に置きかえているのか、どこにコンセプトをおいているのか。そういった手引がないと、なにを表現しているのか、見当違いな回答を導きだしてしまう。それでいいのかもしれないけれど、やはりためらう。とっかかりがわかったほうがまっとうな理解は深まる。

「この曲を聴いて絵を書いてください」そう課題を出されたクラス全員の絵が、すべて違うような状態にある。もしそこに「作者は、森をイメージしたようです」「作者は、この楽器を火に見立てたようです」「作者は、このような儀式から着想を得ています」などと解説があれば、課題を出されたクラスの半数以上に、共通点が見つかる絵ができあがるかもしれない。ましてや鎮座百年という記念曲、歴史においても、ふたつの世界大戦をのみこむ長大な時間。そういうことです、レビューをためらう。

たとえば、印象にのこっているもののひとつに、執拗なトランペットの旋律、奏者にとっては最も過酷なパート(動画タイム 4:57-5:27 )。息つく間もなく祈りを唱えつづける言霊のようにも聴こえたり、はたまた、かがり火の炎がちりちりと火の粉たちをまき散らすようにも聴こえたり。容易に近づくことのできない信仰の集中力や、場の空気の緊張感といったものがひしひしと伝わってくる。

こういった部分的なイメージ空想の羅列になってしまうので、やっぱり控えることになる。シンプルに言うと「すごくかっこいいじゃないですか! That’ so Cool!!」と日本からも海外からも驚きと深い喜びでむかえられる楽曲。

この曲をひとつの楽章として置き、多楽章な作品へと発展する生命力を十分に宿した、今の久石譲を出し惜しみなく具現化した大曲。大衆性・芸術性の両軸をかねそなえた、歌わせる旋律とミニマルな旋律を交錯させた、日本と西洋を”いま”で表現した、そんな楽曲になっている。いつか、本人解説や楽曲コンセプトが知りたい。

 

 

 

 

Disc. 久石譲 『Will be the wind』 *Unreleased

2020年9月15日 動画公開

 

LEXUS(レクサス中国市場向けプロモーション)
テーマ曲「Will be the wind」

中国国内メディアにて一斉に動画公開

 

 

叙情的でミニマルなピアノの旋律と室内オーケストラ編成で構成されている。オーケストラの音源はシンセサイザーによる割合も大きいように聴こえる。ミニマルなモチーフのくり返しを基調とし、奏でる楽器を置き換えたり、モチーフを変形(変奏)させたり、転調を行き来しながら、めまぐるしく映り変わるカットシーンのように進んでいく。

後半はミニマルなピアノモチーフの上に、弦楽の大きな旋律が弧を描き、エモーショナルを増幅しながら展開していく。かたちをもたない風、安定して吹きつづける風、一瞬襲う強い風、淡い風、遠くにのびる風。決して止むことのない風、それは常に変化している、それは常にひとつの場所にとどまらない。ミニマルとメロディアスをかけあわせた、スマートでハイブリットな楽曲。

エンターテインメントとしても、とても聴きやすい音楽になっているけれど、「ミュージック・フューチャー・コンサートシリーズ」などで、この曲をひとつの楽章として置き、多楽章な作品へと発展する可能性をも感じる、久石譲の今の作風を表した楽曲になっている。

オリジナルはシンセサイザー音源になっている。Covid-19のなか生楽器を集めてのセッション・レコーディングができない時期だったためと思われる。久石譲らしい完成度の高いデモ音源がそのまま納品されたレアケースともとれる。

 

 

公開動画について

 

 

2021.07 追記

「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサートにて初演された。

 

 

2022.07追記

アルバム『Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021』に収録された。

 

 

 

 

Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『Symphonic Suite “Kikiʼs Delivery Service”』

2020年8月19日 CD発売 UMCK-1665

 

久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
交響組曲「魔女の宅急便」

Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”
Joe Hisaishi & New Japan Philharmonic World Dream Orchestra

魔女の宅急便がオーケストラ作品に。
世界初演の熱気そのままに音源化。

(CD帯より)

 

 

商品紹介

2019年に初演された「World Dreams」と「魔女の宅急便」の2大組曲を軸に久石メロディを堪能できるW.D.O.2019コンサートライヴ盤。

●Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”(「魔女の宅急便」組曲)
1989年公開の宮崎駿監督作品『魔女の宅急便』、初となる交響組曲。軽めのヨーロピアンサウンドを目指して書かれていたサウンドトラックを、久石譲自身が映画の世界観を追体験できる組曲に仕立て直した。

●[Woman] for Piano Harp, Percussion and Strings
アルバム『Another Piano Stories』に収録されていた3つの作品が、ピアノと弦楽オーケストラ、ハープとパーカッションによる三部作[Woman]として生まれ変わった。

●組曲「World Dreams」
World Dream Orchestra(W.D.O.)のテーマ曲として2004年に作曲された「World Dreams」に、2019年に委嘱された2つのオリジナル曲(NTV『皇室日記』より「Diary」、アイシンAW50周年祈念事業映像メインテーマ曲より「Driving to Future」)を組み入れ、3楽章に構成しなおされた。長年久石が温めてきたWorld Dreamsの組曲化の構想が実現した作品。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

解説

 久石譲と新日本フィルハーモニー交響楽団がワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)のプロジェクトを開始してから15周年に当たる2019年の8月1日、ツアー初日の演奏を静岡市民文化会館で聴いた時のことは、よく覚えている。茹だるような蒸し暑さを物ともせず、会場に集まった若い世代──10代から30代の聴衆──の多さに、まずは圧倒された。しかも彼ら彼女らのほとんどは、あたかもヨーロッパの夏の音楽祭に参加するかのように、瀟洒なファッションに身を包んで会場に馳せ参じている。普段からクラシックの演奏会を聴きに来ているかどうかわからないが、この日の演奏が特別なものになるに違いないと期待に胸を膨らませた聴衆の喜びと興奮は、客席を埋め尽くした洒落た装いから十分過ぎるほど伝わってきた。その若い聴衆たちが、本盤にも収録されている《Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”》《[Woman] for Piano, Harp, Percussion and Strings》《組曲「World Dreams」》を一音も逃すまいと集中して聴き入る姿を傍から眺めていると、さまざまな記憶が頭の中に去来してきた。W.D.O.が創設された15年前といえば、おそらく聴衆のほとんどは、まだ大学生以下だったはずである。ちょうど2019年で30周年を迎えた『魔女の宅急便』公開当時は、物心がついていなかったという聴衆も多かったのではあるまいか。そういう若い世代がW.D.O.の演奏会に集うようになったのである。15年あるいは30年という時間の流れは、それなりの重みを持っている。

 2004年にW.D.O.を立ち上げた時、久石が掲げた目標のひとつは、彼なりのスタイルで日本におけるポップス・オーケストラの在り方を模索し、それを実現させることだった。久石がエンターテインメントのために書いた楽曲がプログラムに含まれるのは当然だが、それだけでなく、コンサートごとにさまざまなテーマを設定し、他の作曲家が書いた映画音楽やポップス、ロックを含めながら、そのテーマに基づく世界観でプログラム全体を統一するという、非常に凝った構成で久石流のポップス・オーケストラを実現させていった。それが2011年まで続いたW.D.O.第1期の大まかな概略だが、いま振り返っても、この時期のプログラミングと演奏はとても楽しいものだったし、こういう機会でもなければ久石が取り上げないジャンルの音楽や珍しいレパートリーが聴けたという意味でも、とても貴重な体験だったと思う。

 その後、2014年から始まったW.D.O.第2期においては、久石自身の作品をプログラムの中心に据えて曲目を構成しながら、宮崎駿監督の作品のために書いた音楽を交響組曲化し、それを世界初演していくプロジェクトがコンサートに組み入れられるようになった。これまで久石が作曲した作品だけでも膨大な数に上るし、これらをコンサート用の楽曲として演奏していくだけでも、実は”久石作品集”というひとつの大きなテーマが立派に成立する。加えて、第2期を開始した頃から、久石の楽曲の演奏状況が日本以外の各国で大きく変わり始めた。つまり、久石作品の演奏回数が世界中で急増し始めたのである。そうした状況の変化に対応するため、W.D.O.はこれまでになかったもうひとつの役割、つまり他の演奏団体が久石の作品を演奏する際の”お手本”を示すという役割も担うようになった。

 だが、それ以上にW.D.O.第2期に大きな変化をもたらした重要な要素がある。それは、クラシック作曲家/指揮者としての久石の音楽性が、より明確な形でW.D.O.に反映されるようになったという点だ。

 そうした観点から見てみると、宮崎作品の音楽の交響組曲化は──もちろん世界中から寄せられる演奏の要望に応えるという側面も有しているが──実はW.D.O.第2期のクラシカルな性格と何ら矛盾をきたさない。チャイコフスキーのバレエ曲を例に挙げるまでもなく、過去のクラシック作曲家たちは舞台のために書いた劇音楽を演奏会用組曲として再構成し、形に残すという作業を重ねてきたが、久石の場合も基本的にはそうした流れを汲んだものと言える。ここで重要なのは、単に劇音楽の聴きどころを寄せ集めた”ハイライト”を作るのではなく、物語の流れを踏まえた上で、演奏会用作品としての完成度を追求している点にある。そうした方法論は、W.D.O.第1期だったらおそらく不可能だったかもしれない。それを実現するためには、クラシック音楽家としての久石の円熟を待たなければならなかったからだ。

 したがって、W.D.O.創設の際に久石が書き下ろしたテーマ曲〈World Dreams〉が、今回3楽章形式の《組曲「World Dreams」》として装いも新たに生まれ変わったのも、先に触れたW.D.O.第2期の性格に鑑みれば、至極当然の結果と言えるだろう。ポップス・オーケストラとしての面白さを追求していた第1期ならば〈World Dreams〉ただ1曲の演奏でも充分に役割を果たしていたかもしれないが、よりクラシカルな性格を備えた第2期のW.D.O.の”顔”には、それなりの風格──つまり今回のような3楽章形式の組曲──が相応しい。同じことは、やはり本盤に収録された《[Woman] for Piano, Harp, Percussion and Strings》についても言える。

 しかしながら、W.D.O.が第1期のような特定のプログラム・テーマを追求していくやり方を完全に止めてしまったかというと、必ずしもそうではない。本盤の場合には”ヨーロッパ”と”女性”というテーマが収録曲から浮かび上がってくる仕組みになっている(聡明にも、久石はそうしたテーマの明言を敢えて避けているが)。あるプログラムに込められた特定のテーマを、リスナーなりに読み取り、楽しんでいくのは、実は音楽の面白さのひとつでもある。ダウンロードやストリーミングでの音楽鑑賞が普及し、自分が聴きたい1曲だけを狙い撃ちして聴くのが当たり前になった現在、アルバム単位やプログラム単位で音楽を聴く習慣は、ひょっとしたら若い世代のリスナーには敷居が高いと感じられるかもしれない。だが、1時間のアルバムに込められたコンセプトや、4楽章の交響曲が表現している内容を聴き取っていくのは、1曲だけを聴くリスニングにはない喜びや満足感を与えてくれる。そこに重点を置いているのが、クラシック音楽家としての現在の久石の矜持であり、ひいてはW.D.O.が第2期で到達したクラシカルな面白さではないだろうか。

2019年で第2期を締め括ったW.D.O.が、今後第3期でどのような展開を見せていくのか──千人単位の聴衆が演奏会場を埋め尽くすコンサートの実現が難しい現時点においては──まだわからない。ただし、ひとつ確実に言えることは、本盤にライヴ収録された音楽の喜びと興奮が、第3期で再始動する時のW.D.O.の大きな原動力となるに違いない、という点である。

 

楽曲解説

Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”
交響組曲「魔女の宅急便」

本盤が世界初録音となる《Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”(交響組曲「魔女の宅急便」)》は、これまで久石とW.D.O.が発表してきた宮崎駿監督作品の交響組曲同様、本編のために作曲された主要な楽曲を物語順に配列した上で、常設オーケストラのレパートリーとして演奏可能なように構成した作品である。

もともと『魔女の宅急便』のスコアは、オカリナ、アコーディオン、そして数々の木管楽器など、息=風(ウィンド)を吹き込む楽器が多用されているという特徴を持っている。”息=風”は、主人公キキがホウキに跨って飛ぶ”空の風”の象徴であり、彼女が暮らすコリコの街に漂う”空気感”の象徴であり、ひいては彼女自身の”生命の息吹”、つまり生命力の象徴でもある。そうした人間の生命力を肯定的に讃えながら、久石がスコアの中で表現したキキの成長物語は、アコースティックな管楽器の美しさを十全に活かした今回の交響組曲において、よりいっそう色鮮やかな魅力を発揮していると言えるだろう。

ちなみに『魔女の宅急便』の本編においては、いくつかの楽曲が未使用に終わったが(サントラ盤には収録されている)、今回の交響組曲ではそれらの楽曲も復活させ、本来の久石の作曲意図が完全に楽しめる内容となっている。また、サントラ録音時にやや軽めの編成だったオーケストラも今回はシンフォニックな厚みが加わり、シンセサイザーで代用していた楽器(オカリナなど)も今回は生楽器に置き換えたことで、クラシカルなオーケストラに相応しいダイナミックなサウンドと細やかな表現力を堪能することが出来る。たとえ映像を見なくても、今回の交響組曲を聴けば、リスナーは物語のドラマ的な要素をすべて理解出来るはずだ。

次に、組曲での登場順に各曲を紹介する。

On a Clear Day 晴れた日に…
本編冒頭、キキが旅立ちを決意するシーンで流れるワルツの楽曲で、本作の音楽全体においてはメインテーマの役割を果たしている。アコーディオン、マンドリン、ツィンバロンなど、地中海的な音楽を連想させる楽器を多用することで、舞台となる架空のヨーロッパを色鮮やかに表現する。

A Town with an Ocean View 海の見える街
前半部(イメージアルバムでの曲名は〈風の丘〉)と後半部(同じく〈ナンパ通り〉)からなる、本作のサブテーマ。前半部は、キキの目に映った街のよそよそしさを反映するかのように、木管と弦のピツィカートがメロディを折り目正しく演奏する。オーボエ・ソロを巧みに用いた間奏部分は、あたかもヴィヴァルディやバッハのオーボエ協奏曲を聴いているかのようだ。街の人々がキキの姿に感嘆の声を上げる後半部になると、カスタネットも加えたフラメンコ風の音楽となり、彼女の躍動感と期待感を高らかに表現する。

The Baker’s Assistant パン屋の手伝い
キキが、オソノさんのパン屋で働き始めるシーンの音楽で、アコーディオンを用いたコンチネンタル・タンゴ(ヨーロピアン・タンゴ。1960年代の日本で高い人気を誇った)のスタイルで書かれた楽しい楽曲。実質的にはオソノさんのテーマと見ることが出来る。

Starting the Job 仕事はじめ
曲名通り、キキの仕事はじめのシーンで流れてくる。思わず歌詞をつけて歌いたくなるような民謡風の楽曲。

Surrogate Jiji 身代りジジ
『トムとジェリー』風のアニメ音楽という設定で流れてくる楽曲で、調子っぱずれのホンキートンク・ピアノがユーモラスな楽曲。W.D.O.2019のリハーサル中に久石が語ったところによれば、20世紀前半のアメリカで流行したディキシーランド・ジャズを意識して作曲した曲だという。今回の交響組曲においては、管楽器がスタンドプレーを披露する聴かせどころのひとつとなっている。

Jeff ジェフ
どこかのんびりしたチューバが、老犬ジェフの緩慢な仕草を表現したテーマ。

A Very Busy Kiki 大忙しのキキ
Late for the Party パーティーに間に合わない
前述の〈海の見える街〉後半部のフラメンコ風の音楽を基にしたヴァリエーション。

A Propeller Driven Bicycle プロペラ自転車
実質的には、少年トンボのテーマとして書かれている。キキと仲良くなったトンボが、彼女をプロペラ自転車に乗せて走るシーンで流れてくるが、音楽が徐々にテンポを上げた後、ふたりを乗せた自転車が宙に浮かぶと、どこか田舎臭いワルツ──あるいはワルツの前身とされるレントラー──が盛大に演奏される。

I Can’t Fly! とべない!
本編未使用曲だが、今回の交響組曲で復活した楽曲。もともとはキキの魔法が弱くなり、飛べなくなってしまうシーンのために書かれたサスペンス音楽で、彼女が直面する危機を表現した「危機のテーマ」と言える。

Heartbroken Kiki 傷心のキキ
トンボからの電話にまともに答えず、ひとり部屋に籠もってホウキを作るキキをアコーディオンが優しく慰めるように演奏する。

An Unusual Painting 神秘なる絵
絵描きの少女ウルスラの小屋の中で、キキがウルスラに励まされるシーンの楽曲。本作全体の中でも特にユニークな存在感を放っている楽曲で、サントラではオカリナ風のシンセによって演奏されていたが、今回の交響組曲ではフルート奏者3人がオカリナに持ち替え、見事な三重奏を披露する。どこか太古の響きを感じさせるオカリナの音色は、生命の根源そのものの象徴であり、わかりやすく言えば生命力そのものを象徴している。そのオカリナを用いることで、人間としての自然治癒、自己回復を表現した楽曲と見ることが出来る。

The Adventure of Freedom, Out of Control 暴飛行の自由の冒険号
前述の〈とべない!〉で登場した「危機のテーマ」をテンポを速めてアレンジした楽曲。後半部は金管セクションが加わり、いやが上にもサスペンスを盛り上げる。

The Old Man’s Push Broom おじいさんのデッキブラシ
もともとは、飛行船に取り残されたトンボをキキが救いに向かうアクション・シーンのために書かれた楽曲。〈海の見える街〉前半部のテーマを007風の活劇調に変奏していくことで、手に汗握るスリルとサスペンスを見事に表現している。本編では未使用となったが、今回の交響組曲の中で最も聴き応えのあるダイナミックな楽曲となっている。

Rendezvous on the Push Broom デッキブラシでランデブー
キキが見事にトンボを救い出す大団円で流れる楽曲で、メインテーマのワルツが再現する。

Mother’s Broom おかあさんのホウキ
今回の交響組曲では、キキの旅立ちを家族や隣人たちが見送るシーンの楽曲(サントラ盤では〈旅立ち〉として収録)がエピローグとして演奏される。しっとりとしたヴァイオリン・ソロを演奏しているのは、W.D.O.コンサートマスターの豊嶋泰嗣。そのソロをオーケストラが幸せに包みこむようにして、全曲が閉じられる。

 

[Woman] for Piano, Harp, Percussion and Strings

2009年にリリースされたアルバム『Another Piano Stories ~The End of the World~』に収録されていた3つの楽曲をピアノ、ハープ、パーカッション、弦楽合奏で演奏可能なように再構成した作品。曲名通り、いずれの楽曲もすべて女性に因んでいる。

Woman
原曲は、2006年にオンエアされた婦人服ブランド「レリアン」CMのために書かれた楽曲。アルゼンチン・タンゴ、より正確には久石が敬愛するアストル・ピアソラのタンゴを意識したスタイルで作曲されている。

Ponyo on the Cliff by the Sea
さかなの子・ポニョと人間の子・宗介の出会いと冒険を描いた宮崎駿監督『崖の上のポニョ』のメインテーマ。弦楽器やハープのピツィカートとマリンバのトレモロが生み出すユーモラスな響きが、不思議にもポニョのイメージと一致する。

Les Aventuriers
久石のお気に入りの映画のひとつで、ジョアンナ・シムカス演じるヒロインを軸にしながらアラン・ドロンとリノ・ヴァンチュラの2人が冒険を繰り広げる『冒険者たち』から自由にイメージを羽ばたかせ、演奏者たちに5拍子という”冒険”を要求する作品。『冒険者たち』をご覧になったことがあるリスナーなら、ドロン扮するパイロットが複葉機で凱旋門をくぐり抜けようとするシーンを想起されるかもしれない。映画の中で曲芸飛行は失敗に終わるが、本楽曲においては演奏者たちが鮮やかな”曲芸飛行”を決める。

 

組曲「World Dreams」

2004年に久石と新日本フィルがW.D.O.を立ち上げた際に書き下ろしたテーマ曲〈World Dreams〉を第1楽章に用い、全3楽章の組曲として構成した作品。

I. World Dreams
「作曲している時、僕の頭を過っていた映像は9.11のビルに突っ込む飛行機、アフガン、イラクの逃げまどう一般の人々や子供たちだった。『何で……』そんな思いの中、静かで優しく語りかけ、しかもマイナーではなくある種、国歌のような格調あるメロディが頭を過った」。”世界の夢”(World Dreams)を象徴する崇高なメロディをオーケストラが荘重に演奏する、ある意味で久石版《歓喜の歌》と呼ぶべき楽章である。

II. Driving to Future
原曲は大手自動車部品メーカー、アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 50周年記念事業映像のためのメインテーマ。メロディアスな第1楽章から雰囲気が一変し、久石の得意とするミニマル・ミュージック的な語法が中心となる軽やかな楽章。トランスミッションの歯車を思わせる精緻なリズム構造の上で、弦が滑らかな曲線を描いていく。

III. Diary
原曲は日本テレビ『皇室日記』テーマ曲。荘重なメロディが新たに登場し、格調高く演奏される。久石によれば、〈Diary〉の作曲時に〈World Dreams〉の世界観と共通するものを感じ、今回の組曲化に踏み切ったということである。

前島秀国 / Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター
2020/07/07

(解説/楽曲解説 ~CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツ 日・英文解説(英文ライナーノーツ封入)

 

 

 

ーテーマ曲でもある「World Dreams」が組曲になりますね。

久石:
「World Dreams」は活動を始めた2004年に作った曲です。2001年に9.11(米同時多発テロ)が起きてから、世界はバラバラになって今までの価値観ではもうやっていけなくなるという感覚が自分の中で強くありました。だからこそ、世界中の人々が違いを言うのではなく、世界を一つの国として捉えるような曲、つまり国歌のような朗々としたメロディーの曲を作りたいと思ったんです。

実は「World Dreams」を組曲にしたいという構想はこれまでもありましたが、今年テレビ番組(「皇室日記」)からオファーを受けて「Diary」を書いた時に「World Dreams」の世界観と通じるものがあると感じ組曲にしました。

~中略~

ー後半は「Woman」から始まります。

久石:
ここ数年挑んでいるピアノと弦楽オーケストラの形です。指揮者としてオーケストラと対峙する関係と違い、演奏者として一体感が高く、とても好きなスタイルです。一方、指揮者もやらなければならないので、とてもハードなスタイルでもあります。作曲家の久石譲さんは演奏家にとても厳しいので、ピアニストとしてはいつも大変です(笑)。

今回はハープともう一台のピアノ、パーカッションを入れました。「Woman」「Ponyo on the Cliff by the Sea」「Les Aventuriers」の3曲とも「Another Piano Stories」というアルバムに入っていた曲です。12人のチェロとピアノ、ハープとパーカッションという特殊な編成のバージョンをベースにしながら、今回のツアーのために書き直ししました。

ー最後は「Kiki’s Delivery Service Suite」。

久石:
W.D.O.の第2期では宮崎駿監督作品を交響組曲にするシリーズを続けてきました。今年は「魔女の宅急便」です。

映画用に書いた曲というのは、台詞や物語の流れを踏まえ、音楽があえて語り過ぎないようになっています。さらにもともとこの作品は軽めのヨーロピアンサウンドを目指して作った曲です。それをシンフォニックな曲にしてしまうのは違うと思い、ずいぶん悩みました。今から30年前に書いた曲で、譜面もまともに残っていなかったのにも苦労しました(笑)。今回のツアーではアコーディオンとマンドリンの奏者を加え、映画の世界観を追体験しながら、音楽を存分に楽しんでもらえたら嬉しいですね。

~後略~

(久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019 コンサート・パンフレットより 抜粋)

 

 

 

 

2020.9 on Twitter (memo)

〈晴れた日に〉鳥たちのさえずり思わせるピッコロ・フルートが加えられたり顔ゆるむ。〈海の見える街〉ジブリコンサート版のように後半ジャジーにスイングしない、サントラ基調。Melodyphony、WORKSIV、WDO2018、いくつバージョンあってもうれしい一曲。

〈身代わりジジ〉コンサートではクラリネット、トランペット、トロンボーンが、ソロ・スタンディング演奏していて楽しい雰囲気に。サントラに比べてよりコミカルにカラフルになったなー。

〈プロペラ自転車〉2巡めテンポあがるところ、ペダルやチェーンの回転を連想させるパーカッションいい。ヴィブラスラップの連打かな? 回して鳴らすラチェット、ロータリーパーカッションとかかな? 後半もドタバタパンチ効いてる。

〈暴飛行の自由の冒険号〉〈おじいさんのデッキブラシ〉〈デッキブラシでランデブー〉ストーリーにあわせてハラハラドキドキなジェットコースター音楽。大迫力のクライマックス!大スペクタクル・サウンド!

〈かあさんのホウキ〉
A.久石譲 in 武道館 2008
B.久石譲 in パリ 2017
C.久石譲 & WDO 2019

Bは指揮に徹する。ACはコンサートマスター・ヴァイオリンを久石譲ピアノがエスコート。Aは1コーラス目のみ、Cは2コーラス目まで。ACはピアノ伴奏パターンもちがう。珠玉の名曲うっとり。

 

 

 

 

Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service” (「魔女の宅急便」組曲)
01. On a Clear Day ~ A Town with an Ocean View
02. The Baker’s Assistant ~ Starting the Job
03. Surrogate Jiji ~ Jeff
04. A Very Busy Kiki ~ Late for the Party
05. A Propeller Driven Bicycle ~ I Can’t Fly!
06. Heartbroken Kiki ~ An Unusual Painting
07. The Adventure of Freedom, Out of Control ~ The Old Man’s Push Broom ~ Rendezvous on the Push Broom
08. Mother’s Broom

[Woman] for Piano, Harp, Percussion and Strings
09. Woman
10. Ponyo on the Cliff by the Sea
11. Les Aventuriers

組曲「World Dreams」
12. Ⅰ. World Dreams
13. Ⅱ. Driving to Future
14. Ⅲ. Diary

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by New Japan Philharmonic World Dream Orchestra, Yasushi Toyoshima (solo concertmaster)

Recorded at Suntry Hall, Tokyo (August 8~9th, 2019)

Symphonic Suite ” Kiki’s Delivery Service” (Track-1~8)
Original Orchestration by Joe Hisaishi
Orchestration by Chad Cannon

“Mother’s Broom” Solo violin: Yasushi Toyoshima
Mandolin: Tadashi Aoyama
Accordion: Tomomi Ota

Driving to Future (Track-13)
Theme music for the 50th Anniversary Project Video of AISIN A W CO., LTD.

Diary (Track-14)
NIPPON TV PROGRAM「DIARY OF THE IMPERIAL FAMILY」THEME SONG
© 2019 by NIPPON TELEVISION MUSIC CORPORATION & WONDER CITY INC.

Recording & Mixing Engineer: Takeshi Muramatsu (Octavia Records Inc.)
Mixed at EXTON Studio Yokohama
Mastering Engineer: Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC STUDIOS TOKYO)

Art Direction & Design: Daisaku Takahama
Artwork Coordination: Tatsuaki Ikeda (UNIVERSAL MUSIC)

and more…

 

Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス 『ブラームス:交響曲第1番』

2020年7月22日 CD発売 OVCL-00733

 

新クラシック誕生!
発見と喜びのブラームス・ツィクルス。

クラシック音楽界に旋風を巻き起こした、久石譲が指揮するベートーヴェン・ツィクルスに続くのは、ブラームスの交響曲です。作曲家の視点から緻密に分析し、読み取った音楽は、国内の若手トッププレーヤーによる「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」が明快かつ躍動的に表現し、新たな発見に満ちたブラームスとなっています。当録音のコンサートでは、立奏スタイルを採用したことも話題となりました。新たなブラームス像をここにお届けします。

(CD帯より)

 

 

ベートーヴェンからブラームスへ、作曲家としての視点でスコアを読み解く久石譲&FOCの新しい挑戦。

オヤマダ アツシ

クラシック音楽を聴いている方であれば思い当たる節もあると思うが、何度も繰り返し聴いてきた作品であるほど新鮮さが失われていくのと同時に、それを覆すような演奏に出会えたときの衝撃や喜びは計り知れないものがある。2016年7月、長野市芸術館で久石譲指揮によるナガノ・チェンバー・オーケストラのベートーヴェン(交響曲第1番・第2番)を聴いたときの筆者は、まさに「ああ、まだこんなアプローチがあったのか!」というわくわくした思いを味わい、手元にスコアがないことを口惜しく感じたものだった。

クラシックの演奏家たちは作曲家が残してくれた楽譜を一番の拠り所として、(校訂者により細部の相違があろうとも)読み取ったものをどう形にしていくか、使命感にあふれていることだろう。その審美眼とアプローチは当然ながら音楽家によって異なる。久石譲のベートーヴェンはどうだっただろうか。指揮者という役割を担いながらも”同じ作曲家”としての思考や視点を基本的な立ち位置として、独自の透視光線をスコアへ当てることにより、自らのアプローチを獲得したといえる。つまり楽譜が何を要求していて(=作曲家は楽譜に何を託していて)どう表現して欲しいのかを考え、それを洗い出すことであるべき姿を形にしていくということだ。もちろんそうした過程は多くの指揮者が辿っていることでもあるのだが、久石の場合、独自の視点とした拠り所のひとつが「ミニマル・ミュージック」(およびポスト・ミニマル・ミュージック)だったことで、それが演奏の個性へと直結することとなった。

「自分はミニマル・ミュージックに大きな影響を受けた作曲家ですから、まずは音価をきちんと揃えてリズムを軸とした音楽を構築しないと作品が成立しないことを知っています。そのアプローチでベートーヴェンのスコアを見直してみると、目立たなかった伴奏の音型が雄弁だと気がついたり、メロディと伴奏型のリズムが主従の関係ではなく、互いに反応し合って一体化していたり対立構造にあったりと新鮮な発見がたくさんあり、結果的に『やっぱりすごいな、ベートーヴェンは!』とため息をついてしまうほどでした」(「レコード芸術」誌のため「ベートーヴェン:交響曲全集」のインタビューをした際のコメントより)

こうした発見と驚きは、そのまま新しいプロジェクトであるブラームスの交響曲サイクルへとつながっていく。音楽史的にも両者の関係は深く、スコアの構築スタイルは異なることもあるにせよ、ブラームスはベートーヴェンの精神を受け継いだ古典的なスタイルで交響曲を発展させ、19世紀ロマン派音楽という大きな渦の中で独自の世界を築き上げた作曲家だ。その演奏スタイルも、20世紀の中盤あたりまで求められた重厚さや権威的な志向から、いわゆる古楽的な視点を軸にしたピリオド・アプローチによる作品の再検証時代を経て、スコアを自由に読み解くことで新しい演奏スタイルを生み出すことが許される時代となった。久石譲とスーパー・オーケストラ「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」によるベートーヴェンやブラームスは、まさにそうした時代の象徴的な演奏であるわけだ。

サイクルの第1弾となった交響曲第1番でも基本的に速いテンポを採用し(いや「採用」という能動的な姿勢ではなく、そう書いてあることをアルデンテのような感覚で提示した、ということになるのだろうか)、明快な発音とフレージング、それによって浮き上がる対位法の綾などがこの演奏の特徴になっている。たとえば、第1楽章の序奏をかなり速いテンポで演奏することによって主部とのつながりを浮かび上がらせ、楽章全体の熱狂的躍動感を一貫して持続させることは、ベートーヴェンとの近似性を強調することへつながるかもしれない。Andante sostenutoと指示された第2楽章はひとときの安らぎを提示してくれる音楽ではあるものの、隠れがちなオスティナート風のリズムが浮き出ることで舞曲風の性格が顔を出す。こうした、聴き手の耳を捉える瞬間が散りばめられ、発見の喜びへと誘導することこそが、この演奏の存在意義だといえるだろう。

もちろん、それを実現するにあたり”音を出さない指揮者”のパートナーである「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」の存在は欠かせないものだ。コンサートマスターの近藤薫をはじめ、ベートーヴェンを共に演奏したメンバーも多い中、ブラームスのコンサートでは基本的に立奏によるスタイル(チェロなど一部の楽器を除き、メンバーは立って演奏)を採用し、さらに斬新な演奏を繰り広げている。

「僕は専門の指揮者ではないという強みもあって、”作曲家が指揮をしている”という姿勢を崩すことなく、どのような作品に対しても同様にアプローチをしています。だから常に新しい目で楽譜を見ないといけませんし、時代性を演奏に映し出していくことも大切。作曲家というのは『今まで聴いたことがない音楽を作りたい』と考えていますから、その姿勢は指揮者という立場になっても変わりません。そうやって演奏を進化させ、常に何かを引っかき回したいとも思ってるんですよ」

久石のこうした明快なスタンスがそのまま演奏のコンセプトとなり、ブラームスの交響曲サイクルは新しい時代の響きを創造しながら、第2番以降も続いていく。

(おやまだ・あつし)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説
寺西基之

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 作品68

ヨハネス・ブラームス(1833-97)は19世紀のロマン派時代における古典主義者と見なされることが多い。確かに彼は伝統を尊重した作曲家であり、新しいスタイルや音語法を求めたリストやワーグナーなどの新ドイツ派に対して批判的な態度をとった。それだけに伝統ジャンルの中でもとりわけ重要な交響曲という曲種を手掛けることは、彼にとってきわめて重い意味を持っていた。特に彼は先人ベートーヴェンを強く意識していたから、生来の自己批判的な性癖とも相俟って、初めての交響曲の作曲には慎重にならざるを得なかった。第1交響曲の最初の構想がなされたのは初期の1855年頃だが、そうした慎重さゆえに、結局完成までには実に20年以上の歳月がかかってしまうこととなるのである。

もちろん伝統を重視したとはいってもブラームスは決して頑なな保守主義者だったわけではない。19世紀後半においてもきわめて古典的な作風の作品を書いていたマイナーな作曲家は多数いた。ブラームスはそうした作曲家とは違い、19世紀の芸術家らしく内面的なロマン的感情表現を何より重んじた。例えば恩人ローベルト・シューマンの妻クラーラに対する思慕の情が彼の多くの作品のうちに影を落としていることはよく知られている。そうしたロマン的な内面感情の表現を伝統的な様式と結び付けていくところに、ブラームスは自らの道を探っていったのである。

とりわけ交響曲は、伝統ジャンルの中でも特に規模も編成も大きく、また論理的な構築性を求められる曲種だけに、彼にとってそこにいかにロマン的な感情表現を結び付けていくかが大きな課題となったと思われる。完成までの長い年月は、そうした課題の解決法を探っていく過程でもあったのだろう。何度にもわかる創作の中断や、作曲した部分を結局やめて他の曲に転用するといった方向転換など、数々の試行錯誤と模索の繰り返しーベートーヴェンの輝かしい業績とその伝統の重みを受け継ぎつつ、ロマン派時代にふさわしい交響曲を書こうという、そうした彼の苦労は、1870年に彼がヘルマン・レーヴィに対して語った「私は交響曲はもう書くまい。私のようなものが四六時中自分の後ろで、あれほど偉大な人物(ベートーヴェン)の足音を聞いているときの気持ちがいかなるものか、わかってもらえないだろう」という、いささかやけ気味の言葉にも窺える。

そうした模索の中でブラームスがようやく自分の交響曲の表現方法を見いだしていくようになったのは、この言葉を発してからしばらくたった1874年のことだった。この時期から彼は自信をもって完成へ向けての創作に本腰を入れるようになり、こうして2年後の1876年に全曲はついに完成されることになる。初演は同年の11月4日にカールスエールにおいてオットー・デッソフの指揮で行われたが、その後もブラームスはさらに第2楽章を大幅に書き直し、現在演奏されているような決定稿がやっと仕上げられたのであった。

こうした難産の末に生み出された第1交響曲は、綿密な論理的書法ー徹底した主題労作、暗→明という全体の構図、2管編成の無駄のない管弦楽法などーのうちに豊かなロマン的な感情表現を湛えており、長年の苦心の努力が見事に結実した傑作となっている。

第1楽章はまず緊迫した序奏(ウン・ポーコ・ソステヌート、ハ短調、8分の6拍子)が置かれているが、そこに現れる半音階的動きは全曲にわたっての重要な要素となる。主部(アレグロ)は重苦しい緊張と劇的な起伏のうちに進行していく。

第2楽章(アンダンテ・ソステヌート、ホ長調、4分の3拍子)は豊かな情感を湛えた3部形式の緩徐楽章。主部再現においてヴァイオリン独奏がホルンを伴いつつ主題を歌い上げるのが印象的だ。

第3楽章(ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ、変イ長調、4分の2拍子)は、伝統的なスケルツォを採用せず、優美な間奏曲風の中間楽章となっている。

第4楽章は不安な緊張の漂う序奏(アダージョ、ハ短調、4分の4拍子)で開始される。その緊張が頂点に達したところで、突如霧を晴らすかのような明るい主題(ピウ・アンダンテ、ハ長調)をホルンが朗々と奏するが、暗から明に移行する箇所に現れるこの主題がクラーラ・シューマンの誕生日にブラームスが贈った旋律(ブラームスの作ではなく彼がアルプスで聞いた旋律で、彼はそれに「山高く、谷深く、あなた[=クラーラ]に千回もお祝いを述べよう」という歌詞を付けている)の引用であるのは、この作品にクラーラへの思慕を込めたことを示唆するものだろうか。そして荘厳なコラールを挟んで、主部(アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオ、ハ長調)に入り、明るい第1主題が朗々と歌われ、展開部を再現部に組み入れた自由なソナタ形式のうちにダイナミックな展開が繰り広げられている。最後のコーダでは、序奏に示されたコラールも力強く再現され、圧倒的な高揚のうちに全曲が閉じられる。

(てらにし・もとゆき)

(CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツ全文 日・英文 

 

 

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組んだ、久石がプロデュースする「MUSIC FUTURE」のコンセプトを取り込み、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

「奇をてらったわけではない。ブラームスは今、いかにもドイツ風に重々しく演奏されるが、楽譜には『ウン・ポーコ・ソステヌート』、つまり(音の長さを保つ)テヌート気味に演奏する、としか書いていない。しかも初演は40人で演奏したとか。重々しいブラームスをやったわけがない。書かれたことをきっちり表現し、まだクラシックにこんな可能性がある、と提示できれば」

「ビブラートはいかにも豊かには聞こえるが、雑音も増すし、音が遠くまで飛ばなくなる。古楽器の奏法をまねしたわけではなく、リズムにベースを置いて、スピード感を大事にするやり方に合わないからやめた」

「合わせるところは世界で一番きっちり合わせ、歌うところは歌う。使い分けられるようになれば、オケの表現力はすごく広くなる」

「ブラームスが迷いながら作った交響曲第1番の第1楽章は絶えず不安定。それを本番で振っていて、最も『今的』と思った。世界がこんなに混沌としているじゃないですか」

Blog. 読売新聞夕刊 3月5日付 「久石譲 未来形ブラームス」 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

 

 

ブラームス
交響曲 第1番 ハ短調 作品68

1. Un poco sostenuto – Allegro
2. Andante sostenuto
3. Un poco Allegeretto e grazioso
4. Adagio -Piu Andante – Allegro troppo, ma con brio

Total Time 39:42

久石譲(指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス

2020年2月12-13日 東京オペラシティ コンサートホールにてライヴ収録

高音質 DSD11.2MHz録音 [Hybrid Layer Disc]

 

Disc. 久石譲 『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』(Domestic / International)

2020年2月21日 CD発売 UMCK-1638/9

 

世界同日リリース&ストリーミングリリース

 

NYに拠点を置くクラシック・レーベル DECCA GOLD世界同日リリースのベストアルバム!

久石作品の中でも映画のために作られた珠玉のメロディが際立つ代表曲を中心に構成された愛蔵版。

(CD帯より)

 

 

iTunes紹介

宮崎駿監督作品や北野武監督作品の音楽を数多く手掛け、世界中の音楽ファンを魅了する作曲家/ピアニスト、久石譲。NYに拠点を置くクラシックレーベルDECCA GOLDからリリースされた、全28曲収録のベストアルバム。作曲家として注目を集めるきっかけとなった、二人の監督の代表作を含めた映画のサウンドトラックを中心に、CMソング、オリジナル曲など、幅広いジャンルから選曲。映画に使用されたオリジナルトラックのほか、2004年に新日本フィルハーモニー管弦楽団と共に立ち上げたWORLD DREAM ORCHESTRAによるライブ演奏”il porco rosso”と”Madness”、管弦楽曲用にまとめた”My Neighbour TOTORO (from “My Neighbor Totoro”)”、ピアノソロで演奏された”Ballade (from “BROTHER”)”、”HANA-BI (from “HANA-BI”)”、斬新な楽器編成に編曲し直された”Ponyo on the Cliff by the Sea (from “Ponyo on the Cliff by the Sea”)”など、さまざまなアレンジも楽しめる。代表曲と共に、久石譲という音楽家のキャリアを一望できる構成になっており、入門盤としてはもちろん、長年のファンも満足のできる充実の一作。現代音楽の実験性と美しいメロディを融合させた珠玉の名曲たちを堪能しよう。

このアルバムはApple Digital Masterに対応しています。アーティストやレコーディングエンジニアの思いを忠実に再現した、臨場感あふれる繊細なサウンドをお楽しみください。「Apple Digital Master is good! 高音域が聴こえるね。とても良い音だと思います」(久石譲)

 

およびApple Music関連インタビュー

 

 

 

An Introduction to the Music of Joe Hisaishi

 日本映画とその音楽を支えてきた作曲家、と聞いて、日本以外に暮らす映画ファンや音楽ファンのみなさんは誰を連想するだろうか? 黒澤明監督の名作のスコアを作曲した早坂文雄、『ゴジラ』をはじめとるす東宝怪獣映画の音楽を手がけた伊福部昭、あるいは勅使河原宏や大島渚などの監督たちとコラボレーションした武満徹くらいはご存知かもしれない。大変興味深いことに、これらの作曲家たちは映画音楽作曲家として活動しながら、クラシックの現代音楽作曲家としても多くの作品を書き残した。そして久石譲も、基本的には彼らと同じ伝統に属する作曲家、つまり映画音楽と現代音楽のふたつのフィールドで活躍する作曲家である。

 映画音楽(テレビ、CMなどの商業音楽を含む)作曲家としての久石は、宮崎駿監督や高畑勲監督のスタジオジブリ作品のための音楽、それから北野武監督のための音楽などを通じて、世界的な名声を確立してきた。一方、現代音楽作曲家としての久石は、日本で最初にミニマル・ミュージックを書き始めたパイオニアのひとりであり、現在は欧米のミニマリズム/ポスト・ミニマリズムの作曲家たちとコラボレーションを展開している。幅広い聴衆を前提にしたエンターテインメントのための作曲と、実験的な要素の強いミニマル・ミュージックの作曲は、一見すると互いに相反する活動のようにも思えるが、実のところ、このふたつは彼自身の中で分かちがたく結びついている。そこが久石という作曲家の最大の特徴であり、また美点だと言えるだろう。

 日本列島の中腹部、長野県の中野市に生まれた久石は、4歳からヴァイオリンを学び始める一方、父親の仕事の関係から、多い時で年間300本近い映画を観るという環境に恵まれて育った。そうした幼少期の体験が、現在の彼の活動の土台になっているのは言うまでもないが、久石は当初から映画音楽の作曲家を志していたわけではない。国立音楽大学在学時、彼が関心を寄せ、あるいは強く影響を受けたのは、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの新ウィーン楽派の作曲家たちであり、シュトックハウゼン、クセナキス、ペンデレツキといった前衛作曲家たちであり、あるいは彼がジャズ喫茶で初めて知ったジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、マル・ウォルドロン、そして友人宅で初めて聞いたテリー・ライリー、ラ・モンテ・ヤング、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスのアメリカン・ミニマル・ミュージックの作曲家たちであった。大学卒業後、スタジオ・ミュージシャンとして活動しながら、現代作曲家としてミニマル・ミュージックの新作を書き続けていた久石は、1982年にテクノ・ポップ色の強いアルバム『INFORMATION』をリリースし、ソロ・アーティスト・デビューを飾る。このアルバムをいち早く聴いたのが、当時、宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』の製作に携わっていた高畑勲と鈴木敏夫だった。

 映画のプロモーションを盛り上げるため、音楽による予告編というべきアルバム『風の谷のナウシカ イメージアルバム』のリリースを計画していた高畑と鈴木は、『INFORMATION』のユニークな音楽性に注目し、久石をイメージアルバムの作曲担当に起用した。宮崎監督の説明を受けながら『風の谷のナウシカ』の絵コンテ(ストーリーボード)を見た久石は、(まだ完成していなかった)映画本編の映像に対して作曲するのではなく、宮崎監督が映画で描こうとしている”世界観”に対して直接作曲することになった(そこから生まれた曲のひとつが、本盤に収録されている《Fantasia》の原曲《風の伝説》である)。イメージアルバムの仕上がりに満足した宮崎監督、高畑、鈴木の3人は、久石に『風の谷のナウシカ』映画本編の作曲を正式に依頼。かくして、久石は『風の谷のナウシカ』で本格的な長編映画音楽作曲家デビューを果たすことになった。

 この『風の谷のナウシカ』の経験を通じて、久石は「監督の作りたい世界を根底に置いて、そこからイメージを組み立てていく」という映画音楽作曲の方法論、すなわち監督の”世界観”に対して音楽を付けていくという方法論を初めて確立した。つまり、単に映画の物語の内容を強調したり補完したりする伴奏音楽を書くのではなく、あるコンセプトに基づいた音楽──例えば絵画や文学を題材にした音楽──を作曲するのと基本的には同じ姿勢で、映画音楽を作曲するのである(もちろん映画音楽だから、映像のシーンの長さに合わせた細かい作曲や微調整は必要であるけれど)。そうした彼の方法論、言い換えれば音楽による”世界観”の表現が最もわかりやすい形で現れたものが、日本では”久石メロディ”と呼ばれ親しまれている、数々の有名テーマのメロディにほかならない。久石がメロディメーカーとして天賦の才に恵まれているのは事実だが、それだけでなく、映画やテレビやCMなどの作品の核となる”世界観”をどのように音楽で伝えるべきか、彼がギリギリのところまで悩み苦しんだ末に生まれてきたものが、いわゆる”久石メロディ”なのだということにも留意しておく必要があるだろう。

 『風の谷のナウシカ』以降、久石は現在までに80本以上の長編映画音楽のスコアをはじめ、テレビやCMなど膨大な数の商業音楽を作曲しているが、その中でも、彼自身が得意とするミニマル・ミュージックの音楽言語を商業音楽の作曲に応用し、大きな成功を収めた例として有名なのが、『あの夏、いちばん静かな海。』に始まる一連の北野武監督作品の音楽である。セリフを極力排除し、いわゆる”キタノブルー”で映像の色調を統一した北野監督のミニマリスティックな演出と、シンセサイザーとシーケンサー、あるいはピアノと弦だけといった限られた楽器編成でシンプルなフレーズを繰り返していく久石のミニマル・ミュージックは、それまでの映画表現には見られなかった映像と音楽の奇跡的なマリアージュを実現させた。

 ”久石メロディ”が映画の”世界観”を凝縮して表現する場合でも、あるいは彼自身のミニマル・ミュージックの語法が映画音楽の作曲に応用される場合でも、久石は一貫して「映像と音楽は対等であるべき」というスタンスで作曲に臨んでいる。そうした彼の作曲姿勢、言い換えれば彼の映画音楽作曲の美学は、彼が敬愛するスタンリー・キューブリック監督の全作品──とりわけキューブリックが自ら既製曲を選曲してサウンドトラックに使用した『2001年宇宙の旅』以降の作品──から学んだものが大きく影響していると、久石は筆者に語っている。映像と音楽が同じものを表現しても意味がない、映像と音楽が対等に渡り合い、時には互いに補いながら、ひとつの物語なり”世界観”なりを表現したものがキューブリックの映画であり、ひいては久石にとっての映画音楽の理想なのである。同時に、「映像と音楽は対等であるべき」とは、作曲家が映画監督とは異なる視点で物語を知覚し、それを表現していくということでもある。そうした作曲上の美学を、久石はミニマル・ミュージックの作曲、特にオランダの抽象画家マウリッツ・エッシャーをモチーフにした作品の作曲を通じて自然と体得していったのではないか、というのが筆者の考えである。若い頃からエッシャーのだまし絵(錯視画)に強い関心を寄せてきた久石は、エッシャーのだまし絵が生み出す視覚的な錯覚と、ミニマル・ミュージックのズレが生み出す聴覚上の錯覚との類似性に注目し、それを実際のミニマル・ミュージックの作曲に生かしていった(例えば1985年作曲の《DA・MA・SHI・絵》や2014年作曲の弦楽四重奏曲第1番など)。そうした音楽を書き続けてきた久石が、映画音楽の作曲において、映像作家が視覚だけでは認識しきれない物語の”世界観”を、作曲家という別の視点で認識し、それ(=世界観)を表現するようになったとしても、べつだん不思議なことではない。つまり久石の映画音楽は──エッシャーのだまし絵がそうであるように──物語から音楽というイリュージョン(錯覚)を作り出し、それによって物語の”世界観”を豊かにしているのである。そこに、長年ミニマル・ミュージックの作曲を手がけてきた久石が、映画音楽の作曲において発揮する最大の強みが存在すると、筆者は考える。だからこそ彼の映画音楽は──本盤の収録曲に聴かれるように──映画から切り離された形で演奏されても、きわめて雄弁に語りかけてくるのだ。

 本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』には、映画やテレビのために書かれた音楽を独立した作品として書き直したり再構成し直したりしたバージョンが数多く収められている。最初に触れたように、久石は映画やテレビの単なる伴奏音楽を書くのではなく、その”世界観”に対して音楽を付けるというスタンスで作曲に臨んでいる作曲家である。その”世界観”の表現は、必ずしもオリジナル・サウンドトラックの録音とリリースで完結するわけではなく、まだまだ発展の余地が残されていることが多い。その発展を彼のソロ・アルバムの中で実現したものが、すなわち本盤に収録された有名テーマの演奏に他ならない。その演奏において、久石自身のピアノ・ソロが大きな比重を占めているのは言うまでもないが、ここでひとつだけ指摘しておきたいのは、彼がピアノのテーマを作曲する時は日本人の掌の大きさを考慮し、4度の音程を意識的に多用しながら作曲しているという点だ。もし、海外のリスナーが久石の音楽を日本的、アジア的、東洋的だと感じるならば、それは彼が音楽を付けた日本映画や日本文化の中で描かれている、日本特有の”世界観”を表現しているだけでなく、日本人(を含むアジア人)にとって肉体的に無理のない形で音楽が自然に流れているからだ、というこをここで是非とも強調しておきたい。

 そして、急いで付け加えておきたいのは、CD2枚組という収録時間の関係上、本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』に収まりきらなかった久石の重要作、人気作がまだまだ山のように存在しているという事実である。特に、近年彼が手がけた映画音楽──今年2019年に日本公開された『海獣の子供』や『二ノ国』など──は、ミニマル・ミュージックの作曲家・久石の特徴と、映画音楽作曲家・久石の実力が何ら矛盾なく共存する形で作曲されており、これまでにない彼の新たな魅力が生まれ始めている。さらに、ミニマリストとしての久石の活動も、フィリップ・グラスやデヴィッド・ラングといった作曲家との共演やコラボレーション、あるいはマックス・リヒター、ブライス・デスナー、ニコ・ミューリー、ガブリエル・プロコフィエフといった作曲家の作品を彼が日本で演奏・紹介する活動を通じて、新たな側面を見せ始めている。本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』は、そうした音楽家・久石譲の全貌からなる壮大な物語”ヒサイシ・ストーリーズ”のほんの序曲に過ぎない。これまで久石がリリースしてきたアルバムに倣い、仮に本盤のアルバム・タイトルを「HISAISHI STORIES 1」と呼び直してみるならば、いち早く「HISAISHI STORIES 2」を聴いてみたいと思うのは、筆者だけではないはずである。

 

 

DISC 1

One Summer’s Day
Kiki’s Delivery Service
米国アカデミー長編アニメ映画賞を受賞した宮崎監督『千と千尋の神隠し』(2001)のメインテーマ《One Summer’s Day》(あの夏へ)と、宮崎監督が角野栄子の同名児童文学を映画化した『魔女の宅急便』(1989)のメインテーマ《Kiki’s Delivery Service》(海の見える街)は、それぞれのヒロインがそれまで親しんだ日常と異なる”異界”──『千と千尋の神隠し』の場合は千尋が迷い込む湯屋の町、『魔女の宅急便』の場合はキキが新たな生活を始める大都会コリコ──に足を踏み入れていく時に感じる、そこはかとない期待と不安を表現しているという点で、対をなす2曲ということが出来るかもしれない。ピアノがニュアンスに富んだ響きを奏でる《One Summer’s Day》と、ピアノがメロディをくっきりと演奏する《Kiki’s Delivery Service》。少女の自立と成長という共通したテーマを扱い、しかもピアノという同じ楽器を用いながらも、作品の世界観に見合った音楽を書き分け、弾き分けている久石の音楽の多様性に注目したい。

 

Summer
夏休み、どこか遠くで暮らしているという母親に会うため、お小遣いを握りしめて家を飛び出した小学3年生の正男と、彼の旅に同行することになったチンピラ・菊次郎の心の交流を描いた、北野武監督作品『菊次郎の夏』(1999)のメインテーマ。弦楽器のピツィカートがテーマのメロディを導入した後、久石のピアノ・ソロが軽やかにテーマを演奏する。当初、久石はエリック・サティ風の楽曲をメインテーマ用に作曲し、《Summer》をサブテーマとして使う作曲プランを抱いていたが、両者を聴き比べた北野監督の判断により、サティ風の楽曲に比べてより軽くて爽やかな《Summer》がメインテーマに決まったという。

 

il Porco rosso ー Madness
世界大恐慌後のイタリアを舞台に、豚の姿に変わった伝説のパイロット、ポルコ・ロッソの活躍を描いた宮崎監督『紅の豚』(1992)より。物語の時代が1920年代後半に設定されているため、久石の音楽も1920年代のジャズ・エイジを強く意識したスコアとなった。本盤で演奏されている2曲のうち、前半の《il porco rosso》は、イメージアルバムの段階で《マルコとジーナ》と名付けられていた、《帰らざる日々》のテーマ。ジャジーなピアノが、マルコ(ポルコの本名)と美女ジーナのロマンスをノスタルジックに演出する。後半の《Madness》は、ポルコがファシストたちの追手を逃れ、飛行艇を飛び立たせるアクション・シーンの音楽。もともとこの楽曲は、小説家F・スコット・フィッツジェラルドをテーマにした久石のソロ・アルバム『My Lost City』(1992、アルバム名はフィッツジェラルドのエッセイ集のタイトルに由来)用に書き下ろした楽曲だが、宮崎監督の強い要望で『紅の豚』本編への使用が決まったという逸話がある。大恐慌直前のジャズ・エイジの”狂騒”と、1980年代後半の日本のバブル経済の”狂騒”を重ね合わせて久石が表現した《Madness》。その警鐘に耳を傾けることもなく、日本のバブル経済は『My Lost City』リリースと『紅の豚』公開の直後、崩壊した。

 

Water Traveller
一寸法師を思わせる水の精・墨江少名彦(すみのえの・すくなひこ)と小学生・悟(さとる)の友情と冒険を描いた、大林宣彦監督の冒険ファンタジー映画『水の旅人 侍KIDS』(1993)のメインテーマ。日本映画としては破格の制作費を投じたこの作品は、きわめて異例なことに、サウンドトラックの演奏をロンドン交響楽団(LSO)が担当した。そのため、久石はLSOのダイナミックかつ豊かなサウンドを意識しながら、自身初となる大編成のフル・オーケストラによる勇壮なフィルム・スコアを書き上げた。本盤には、映画公開から17年後の2010年、久石自身がLSOを指揮して再録音した演奏が収録されている。

 

Oriental Wind
原曲は、サントリーが2004年から発売している緑茶飲料「伊右衛門」のCM曲として、久石が”和”のテイストを基調としながら2004年に作曲。通常、日本のCM音楽では、作曲家は実際のオンエアで使用される15秒もしくは30秒ぶんの音楽しか作曲しない。そのため、新たな音楽素材を追加し、演奏会用音楽としてまとめ直したものが、ここに聴かれるバージョンである。追加された部分では、久石自身のルーツであるミニマル・ミュージック的な要素や、新ウィーン楽派風のストリングス・アレンジも顔を覗かせる。

 

Silent Love
サーフィンに熱中する聾唖の青年・茂と、同様に聾唖の障害を持つ恋人・貴子のラブストーリーを静謐なスタイルで描いた、北野監督『あの夏、いちばん静かな海。』(1991)のメインテーマ。久石が北野作品のスコアを初めて担当した記念すべき第1作であり、北野監督のミニマルな演出法と久石のミニマル・ミュージックが奇跡的に合致した映画芸術としても忘れがたい作品である。セリフが極端に少ない本作において、久石のスコアはサイレント映画の伴奏音楽のような役割を果たし、シンセサイザーとシーケンサーによる幻想的なサウンドを用いることで、言葉では表現できない豊かな情感と詩情を見事に表現していた。嬉しいことに、本盤にはオリジナル・サウンドトラックの録音がそのまま収録されている。

 

Departures
米国アカデミー外国語映画賞を獲得した滝田洋二郎監督『おくりびと』(2008)の音楽より。オーケストラ解散のため職を失ったチェロ奏者が、家族を養うためにやむなく就いた葬儀屋、すなわち納棺師の仕事を通じて、人間の死生観を問い直すという物語だが、本編の中でチェロの演奏シーンが登場することもあり、久石は撮影に先立ってチェロのテーマを書き上げた。本盤に聴かれる演奏は、生の喜びに満ち溢れたメインテーマ《Departures》と、チェロの相応しい哀悼の感情を表現したサブテーマ《Prayer》から構成されている。

 

”PRINCESS MONONOKE” Suite
(The Legend of Ashitaka ~ The Demon God ~ Princess Mononoke)
公開当時、日本映画の興行記録を塗り替えた宮崎監督作『もののけ姫』(1997)より。タタリ神によって死の呪いをかけられた青年アシタカは、呪いを解くために西の地に向かい、タタラ場の村に辿り着く。そこでアシタカが見たものは、村人たちが鉄を鋳造するため、神々の森の自然を破壊している姿だった。アシタカは、森を守るためにタタラ場を襲う”もののけ姫”サンと心を通わせていくうちに、人間と森が共生できる道が存在しないのか、苦悩し始める。本盤に収録された組曲では、最初にアシタカが登場するオープニングの音楽《アシタカせっ記》が、壮大な叙事詩に相応しい風格で演奏される。続いて、アシタカがタタリ神と死闘を繰り広げる部分の音楽《TA・TA・RI・GAMI》。この部分は、”祭囃子”にインスパイアされた音楽で、演奏には和太鼓や鉦など、伝統的な邦楽器が使用されている(祭囃子は、タタリ神が何らかの形で鎮めなければならない超自然的な存在だということを暗示している)。そして、人間と森の共生をめぐり、アシタカが犬神のモロの君と諍うシーンで流れる《もののけ姫》の音楽へと続く。

 

The Procession of Celestial Beings
子供のいない竹取とその妻が、竹の中から見つけた女の赤子を育てるが、絶世の美女・かぐや姫として成人した彼女は生まれ故郷の尽きに戻ってしまう、という話が書かれた日本最古の文学「竹取物語」を、高畑勲監督が独自の解釈で映画化した遺作『かぐや姫の物語』(2013、米国アカデミー賞長編アニメ賞候補)の音楽より。『風の谷のナウシカ』をはじめ、いくつかの宮崎作品でプロデューサーや音楽監督(ハリウッドのミュージック・スーパーバイザーに相当する)を務めた高畑は、久石の映画音楽作曲に大きな影響を与えた人物のひとりだが、監督と作曲家という関係でふたりがコラボレーションを実現させたのは、この『かぐや姫の物語』が最初にして最後である。この作品で、久石はチェレスタやグロッケンシュピールといったメタリカルでチャーミングな音色を持つ楽器を多用し、「かぐや姫」の名の由来でもある彼女の光り輝く姿を表現した。仏に導かれ、月からかぐや姫を迎えに来た天人たちが雲に乗って現れるクライマックスシーンの音楽《天人の音楽》では、久石は「サンバ風に」という高畑監督のアイディアを踏まえ、さまざまなワールド・ミュージックの音楽語法を掛け合わせることで”彼岸の音楽”を表現している。

 

My Neighbour TOTORO
母親の療養のため、田舎に引っ越してきた姉妹サツキとメイが、森の中で遭遇する不思議な生き物トトロとの交流を描いた宮崎監督『となりのトトロ』(1988)の主題歌が原曲。宮崎監督は本作の企画書段階から、子供たちが「せいいっぱい口を開き、声を張り上げて唄える歌」と「唱歌のように歌える歌」が本編の中で流れることを希望していた。そのため、久石は本編のスコア作曲に先駆け、宮崎監督と童話作家・中川李枝子が歌詞を書き下ろしたイメージ・ソングを10曲作曲し、実質的には新作童謡集の形をとった『となりのトトロ イメージ・ソング集』を録音・リリースした。その中の1曲、宮崎監督が作詞を手がけた主題歌《となりのトトロ》のメロディは、久石が風呂場で「ト・ト・ロ」という言葉を口ずさんでいるうちに、自然と生まれてきたという驚くべきエピソードが残っている。ここに聴かれるバージョンは、ブリテン作曲《青少年のための管弦楽入門》やプロコフィエフ作曲《ピーターと狼》と同じく、ナレーションつきの管弦楽曲としてまとめられた《オーケストラ・ストーリーズ「となりのトトロ」》の終曲。演奏は、ブリテンの曲と縁の深いロンドン交響楽団が担当している。

 

 

DISC 2

Ballade
アメリカに逃亡したヤクザが、兄弟仁義に拘りながら、現地のギャングとの抗争の果てに自滅する姿を描いた、北野監督『BROTHER』(2000)のメインテーマ。サウンドトラックではフリューゲル・ホルンがソロ・パートを演奏していたが、本盤にはソロ・ピアノ・バージョンが収められている。北野監督が初めて海外ロケを敢行した作品であり、久石も作曲に先駆け、実際にロサンゼルスの撮影現場を訪れた。その時に北野監督と久石が交わしたキーワード”孤独と叙情”が、作曲の大きなヒントになったという。

 

KIDS RETURN
高校時代、共にボクシングに熱中しながらも、ヤクザに転落していくマサルと、プロボクサーへの道を歩み始めるシンジの友情と挫折を描いた、北野監督の青春映画『Kids Return』(1996)のメインテーマ。「俺たち、もう終わっちゃったのかな」と弱音を吐くシンジに対し、「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」と吐き捨てるように答えるマサルのセリフと共に、「淡々としているのに衝撃的な」ミニマル・ミュージックの匂いを漂わせたメインテーマが流れ始めるラストシーンは、北野映画屈指の名シーンとして知られている。ここに聴かれる演奏は、イギリスの弦楽四重奏団バラネスク・カルテットと久石のピアノが共演する形で書き直されたバージョン。

 

Asian Dream Song
原曲は、1998年長野パラリンピック大会のテーマソング《旅立ちの時~Asian Dream Song~》。久石は長野県出身ということもあり、この大会で開会式総合プロデューサーも担当。開会式のフィナーレで聖火が灯る中、少女が天に向かって上っていく情景において、この曲が演奏された本盤に聴かれる演奏では、アジアの悠久の歴史を感じさせる、東洋的な音階を用いた中間部が挿入されている。

 

Birthday
2005年にリリースされたアルバム『FREEDOM PIANO STORIES IV』のために書き下ろした作品。いわゆる”久石メロディ”の代表作のひとつとして、日本では多くのピアノ愛好家によって愛奏されている。ピアノの単音がよちよちと紡ぎ出すメロディを、弦楽合奏が温かい眼差しで見守るような音楽が、小さな生命の誕生と成長を表現しているようでもある。なお、現在に至るまで、久石は誰の誕生日のためにこの曲を作曲したのか明らかにしていない。

 

Innocent
宮崎監督『天空の城ラピュタ』(1986)のメインテーマ《空から降ってきた少女》のソロ・ピアノ・バージョン。この曲に宮崎監督が作詞した歌詞を付けたものが、本編のエンドロールで流れる主題歌《君をのせて》である。『天空の城ラピュタ』は子供から大人まで楽しめる明快な冒険活劇を意図して作られたが、久石は宮崎監督やプロデューサーの高畑と相談の末、ハリウッド映画音楽の真逆をいくように、敢えてマイナーコードを用いたメロディをメインテーマに用いることにした。その音楽が、映画全体に深みを与えたことは改めて指摘するまでもないだろう。余談だが、2019年に来日した作曲家マックス・リヒターが、リハーサルの合間に突然この曲を弾き始め、その場に居合わせた筆者をはじめ、関係者一同が驚くという出来事があった(久石は指揮者/演奏家としてリヒターの作品を日本で紹介している)。

 

Fantasia (for Nausicaä)
宮崎監督のスコアを久石が初めて担当した記念すべき第1作『風の谷のナウシカ』(1984)のメインテーマ《風の伝説》を、ピアノ・ソロの幻想曲(ファンタジア)として書き直されたもの。同作のプロデューサーを務めた高畑(および鈴木敏夫)から作曲依頼を受けた久石は当時、実験的なミニマル・ミュージックの現代音楽作曲家として活動していたにもかかわらず、商業用の映画音楽を書かなくてはならないというジレンマに立たされた。しかしながら、久石は自己のアイデンティティを殺すことなく、当時の日本のポップスの流行に真っ向から対抗するように、メロディの冒頭部分を(ミニマル・ミュージックのスタイルに従って)コード進行をほとんど変えず、ストイックなメインテーマを書き上げてみせた。そうした彼のストイックな音楽的姿勢が、ナウシカというヒロインの壮絶な生きざまに重なって聴こえたのは、筆者ひとりだけではあるまい。なお、久石が筆者に語ったところによれば、この時期の彼のピアノのタッチは、高校時代から敬愛するジャズ・ピアニスト、マル・ウォルドロンの影響を強く受けているという。

 

HANA-BI
余命いくばくもない愛妻と最期の時を過ごすため、犯罪に手を染めることになる元刑事の生き様を描いた、北野監督作『HANA-BI』(1998)メインテーマのソロ・ピアノ・バージョン。この作品で北野監督はヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞したが、現地での公式上映には久石もわざわざ駆けつけた。陰惨なシーンと関係なくアコースティックできれいな音楽が欲しいという北野監督の要望を踏まえ、久石はそれまでの北野作品で用いなかったクラシカルなスタイルに基づくスコアを作曲し、北野監督の演出意図に応えている。

 

The Wind Forest
宮崎監督『となりのトトロ』の《風のとおり道》が原曲。この楽曲も主題歌《となりのトトロ》と同様、本編のスコアの作曲に先駆け、イメージ・ソングの形で作曲された。ミニマル・ミュージック風の音型が小さき生命の存在をユーモラスに表現し、日本音階を用いた東洋的なメロディが森の中に棲む大らかな生命を謳い上げる。久石自身は、この《風のとおり道》を「映画全体の隠しテーマとなっている重要な曲」と位置づけている。

 

Angel Springs
Nostalgia
2曲ともサントリーのシングルモルトウィスキー「山崎」(サントリー山崎蒸溜所に由来する)のCMのために書かれた楽曲で、「なにも足さない。なにも引かない」という「山崎」の商品コンセプトに基づき作曲された。1995年作曲の《Angel Springs》では、冒頭のチェロの音色が琥珀色の「山崎」の深みを表現。1998年の《Nostalgia》では、久石のピアノがジャジーなメロディを奏でることで、「山崎」を味わうに相応しいノスタルジックな”大人の時間”を演出している。なお、「山崎」に限らないが、アルコール飲料などのCM曲において、久石は一定期間その飲料を実際に味わいながら作曲の構想を練るという。

 

Spring
ベネッセ進研ゼミ「中学講座」CMのために2003年に作曲。曲名が示唆しているように、『菊次郎の夏』のメインテーマ《Summer》と兄弟関係にある楽曲である。そこに共通しているのは、健やかに成長していく子供に向けた期待と喜びの表現と言えるだろう。本盤の演奏で弦楽パートを担当しているのは、カナダを拠点に活動している女性弦楽アンサンブル、アンジェル・デュボー&ラ・ピエタ。

 

The Wind of Life
1996年にリリースされたアルバム『PIANO STORIES II The Wind of Life』収録曲。久石は、作曲メモを次のように著している。「生命の風、人の一生を一塵の風に託す。/陽は昇り、やがて沈む。花は咲き、そして散る。/風のように生きたいと思った」。ポップス・メロディの作曲家としても、久石が第一級の才能を有していることを示した好例と言えるだろう。

 

Ashitaka and San
宮崎監督『もののけ姫』のラスト、”破壊された世界の再生”が描かれる最も重要なシーンにおいて、久石はそれまで凶暴に鳴り続けていたオーケストラの演奏を止め、シンプルなピアノだけで希望のメロディを奏でてみせた。その音楽を聴いた宮崎監督は、「すべて破壊されたものが最後に再生していく時、画だけで全部表現できるか心配だったけど、この音楽が相乗的にシンクロしたおかげで、言いたいことが全部表現できた」と語ったという。

 

Ponyo on the Cliff by the Sea
アンデルセンの「人魚姫」に想を得た宮崎監督が、さかなの子・ポニョと人間の子・宗介の出会いと冒険を描いた『崖の上のポニョ』(2008)のメインテーマ。絵コンテを見た久石は、「ポニョ」という日本語の響きから発想を得たメロディを即座に作曲。そのメロディに基づくメインテーマのヴォーカル・バージョンが、映画公開の半年以上前にリリースされた。ここに聴かれるのは、チェロ12本、コントラバス、マリンバ、打楽器、ハープ、ピアノという珍しい編成でリアレンジされたバージョン。伝統的な管弦楽法からは絶対に思いつかない発想だが、チェロのピツィカートとマリンバの倍音が生み出すユーモラスな響きが、不思議にもポニョのイメージと一致する。

 

Cinema Nostalgia
国内外の話題作・ヒット作の映画をプライムタイムにテレビ放映する日本テレビ系「金曜ロードショー」オープニングテーマとして、1997年に作曲。久石の敬愛する作曲家ニーノ・ロータにオマージュを捧げたような、クラシカルな佇まいが美しい。実際の放映では、初老の紳士が手回し撮影機のクランクを回すアニメーション(製作は宮崎監督)がバックに用いられた。

 

Merry-Go-Round
荒地の魔女の呪いにより、90歳の老婆に姿を変えさせられた帽子屋の少女ソフィーと、人間の心臓を食べると噂される魔法使いハウルのラブストーリーを描いた、宮崎監督『ハウルの動く城』(2004)のメインテーマ《人生のメリーゴーランド》(曲名は、宮崎監督の命名による)のリアレンジ。「ソフィーという女性は18歳から90歳まで変化する。そうすると顔がどんどん変わっていくから、観客が戸惑わないように音楽はひとつのメインテーマにこだわりたい」という宮崎監督の演出方針を踏まえ、久石は「ワルツ主題《人生のメリーゴーランド》に基づく変奏曲」というコンセプトで映画全体に音楽を設計した。ここに聴かれるバージョンも、演奏時間こそ短いが、変奏曲形式に基づいている。

 

2019年12月6日、久石譲 69歳の誕生日に。
前島秀国 / Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター

(CDライナーノーツ より)

 

 

 

CDライナーノーツは英文で構成されている。日本国内盤には日本語ブックレット付き(同内容)封入されるかたちとなっている。おそらくはアジア・欧米諸国ふくめ、各国語対応ライナーノーツも同じかたちで封入されていると思われる。

 

ベストアルバム発売におけるプロモーション、Music Video公開、および収録曲のオリジナル収録アルバムは下記にまとめている。ライナーノーツには、各楽曲の演奏者(編成)とリリース年はクレジットされているが、オリジナル・リリースCDは記載されていない。

また本盤は、いかなるリリース形態(CD・ストリーミング各種)においても音質は向上している。もし、これまでにいくつかのオリジナル収録アルバムを愛聴していたファンであっても、本盤は一聴の価値はある。そして、これから新しく聴き継がれる愛聴盤になる。

 

 

 

 

公式特設ページ(English)
https://umusic.digital/bestofjoehisaishi/

 

 

 

 

 

オリジナルリリース

DISC 1
Track.1,2,3,6,7,9,12
Disc. 久石譲 『Melodyphony メロディフォニー ~Best of JOE HISAISHI〜』

Track.4,5
Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『The End of the World』

Track.8
Disc. 久石譲 『THE BEST COLLECTION presented by Wonderland Records』

Track.10
Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『真夏の夜の悪夢』

Track.11
Disc. 久石譲 『WORKS IV -Dream of W.D.O.-』 *抜粋

DISC2
Track.1,7,13
Disc. 久石譲 『ENCORE』

Track.2
Disc. 久石譲 『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』

Track.3,9,12
Disc. 久石譲 『PIANO STORIES II ~The Wind of Life』

Track.4,11,16
Disc. 久石譲 『FREEDOM PIANO STORIES 4』

Track.5,6,8
Disc. 久石譲 『Piano Stories』

Track.10,15
Disc. 久石譲 『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~』

Track.14
Disc. 久石譲 『Another Piano Stories ~The End of the World~』

 

Also included in
DISC2 Track.5,6,8,9,12,15
Disc. 久石譲 『Piano Stories Best ’88-’08』

DISC1 Track.1,2,12 & DISC2 Track. 6,8,13,14
Disc. 久石譲 『Ghibli Best Stories ジブリ・ベスト ストーリーズ』

 

 

 

DISC 1
1. One Summer’s Day 映画『千と千尋の神隠し』より
2. Kiki’s Delivery Service 映画『魔女の宅急便』より
3. Summer 映画『菊次郎の夏』より
4. il porco rosso 映画『紅の豚』より
5. Madness 映画『紅の豚』より
6. Water Traveller 映画『水の旅人 侍KIDS』より
7. Oriental Wind サントリー緑茶『伊右衛門』CMソング
8. Silent Love 映画『あの夏、いちばん静かな海。』より
9. Departures 映画『おくりびと』より
10. “PRINCESS MONONOKE” Suite 映画『もののけ姫』より
11. The Procession of Celestial Beings 映画『かぐや姫の物語』より
12. My Neighbour TOTORO 映画『となりのトトロ』より

DISC 2
1. Ballade 映画『BROTHER』より
2. KIDS RETURN 映画『KIDS RETURN』より
3. Asian Dream Song 1998年「長野冬季パラリンピック」テーマソング
4. Birthday
5. Innocent 映画『天空の城ラピュタ』より
6. Fantasia (for Nausicaä)  映画『風の谷のナウシカ』より
7. HANA-BI 映画『HANA-BI』より
8. The Wind Forest  映画『となりのトトロ』より
9. Angel Springs サントリー「山崎」CMソング
10. Nostalgia サントリー「山崎」CMソング
11. Spring ベネッセコーポレーション「進研ゼミ」CMソング
12. The Wind of Life
13. Ashitaka and San 映画『もののけ姫』より
14. Ponyo on the Cliff by the Sea 映画『崖の上のポニョ』より
15. Cinema Nostalgia 日本テレビ系「金曜ロードショー」オープニング・テーマ曲
16. Merry-Go-Round 映画『ハウルの動く城』より

 

DISC 1
1. One Summer’s Day (from Spirited Away)
2. Kiki’s Delivery Service (from Kiki’s Delivery Service)
3. Summer (from Kikujiro)
4. il porco rosso (from Porco Rosso)
5. Madness (from Porco Rosso)
6. Water Traveller (from Water Traveler – Samurai Kids)
7. Oriental Wind
8. Silent Love (from A Scene at the Sea)
9. Departures (from Departures)
10. “PRINCESS MONONOKE” Suite (from Princess Mononoke)
11. The Procession of Celestial Beings (from The Tale of Princess Kaguya)
12. My Neighbour TOTORO (from My Neighbor Totoro)

DISC 2
1. Ballade (from BROTHER)
2. KIDS RETURN (from Kids Return)
3. Asian Dream Song
4. Birthday
5. Innocent (from Castle in the Sky)
6. Fantasia (for Nausicaä) (from Nausicaä of the Valley of the Wind)
7. HANA-BI (from HANA-BI)
8. The Wind Forest (from My Neighbor Totoro)
9. Angel Springs
10. Nostalgia
11. Spring
12. The Wind of Life
13. Ashitaka and San (from Princess Mononoke)
14. Ponyo on the Cliff by the Sea (from Ponyo on the Cliff by the Sea)
15. Cinema Nostalgia
16. Merry-Go-Round (from Howl’s Moving Castle)

 

All Music Composed & Arranged by Joe Hisaishi

Produced by Joe Hisaishi

except
“Ballade” “HANA-BI” “Ashitaka and San”
produced by Joe Hisaishi & Masayoshi Okawa

“Asian Dream Song” “Angel Springs” “Nostalgia” “The Wind of Life” “Cinema Nostalgia”
produced by Joe Hisaishi & Eichi Fujimoto

Design: Kristen Sorace
Photography: Omar Cruz

and more

 

 

DISC 1

M1
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M2
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M3
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M4
Joe Hisaishi – Piano
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Solo Concertmaster: Yasushi Toyoshima
Conductor: Joe Hisaishi
® 2016 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M5
Joe Hisaishi – Piano
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Solo Concertmaster: Yasushi Toyoshima
Conductor: Joe Hisaishi
® 2016 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M6
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M7
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M8
Joe Hisaishi – Piano
Hiroki Miyano – Guitar
Makoto Saito – Bass
Masatsugu Shinozaki – Violin
Masami Horisawa – Cello
Junko Hirotani – Vocal
Joe Hisaishi – Fairlight Programming
® 1991 Wonder City Inc.

M9
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M10
Joe Hisaishi – Piano
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Solo Concertmaster: Yasushi Toyoshima
Conductor: Joe Hisaishi
® 2006 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M11
Joe Hisaishi – Piano
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Solo Concertmaster: Yasushi Toyoshima
Conductor: Joe Hisaishi
® 2014 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M12
Joe Hisaishi – Piano
London Symphony Orchestra
Orchestra Leader: Roman Simovic
Conductor: Joe Hisaishi
® 2010 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

DISC 2

M1
Joe Hisaishi – Piano
® 2002 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M2 Joe Hisaishi – Piano
Balanescu Quartet:
Alexander Balanescu – Violin 1
Thomas Pilz – Violin 2
Chris Pitsillides – Viola
Nick Holland – Violoncello
Jun Saito – Bass
Hirofumi Kinjo – Woodwind
Masamiki Takano – Woodwind
Momoko Kamiya – Marimba
Marie Ohishi – Marimba & Percussion
® 2000 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M3
Joe Hisaishi – Piano
Pan Strings – Strings
Conductor: Joe Hisaishi
® 1996 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M4
Joe Hisaishi – Piano
Koike Hiroyuki Strings – Strings
® 2005 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M5
Joe Hisaishi – Piano
® 1986 Wonder City Inc.

M6
Joe Hisaishi – Piano
® 1988 Wonder City Inc.

M7
Joe Hisaishi – Piano
® 2002 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M8
Joe Hisaishi – Piano
® 1988 Wonder City Inc.

M9
Joe Hisaishi – Piano
Pan Strings – Strings
Conductor: Joe Hisaishi
® 1996 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M10
Joe Hisaishi – Piano
Orchestra Città di Ferrara
Nobuo Yagi – Harmonica
Conductor: Renato Serio
® 1998 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M11
Joe Hisaishi – Piano
® 2005 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M12
Joe Hisaishi – Piano
® 1996 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M13
Joe Hisaishi – Piano
® 2002 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M14
Joe Hisaishi – Piano
12 Special Violoncello:
Ludovit Kanta, Nobuo Furukawa, Yumiko Morooka, Akina Karasawa, Mikio Unno, Eiichiro Nakada, Robin Dupuy, Mikiko Mimori, Shigeo Horiuchi, Eiko Onuki, Takayoshi Sakurai, Keiko Daito
Igor Spallati – Contrabass
Momoko Kamiya – Marimba
Reiko Komatsu – Marimba, Percussion
Yuko Taguchi – Harp
Micol Picchioni – Harp
® 2009 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M15
Joe Hisaishi – Piano
Orchestra Città di Ferrara
Conductor: Renato Serio
® 1998 UNIVERSAL J, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

M16
Joe Hisaishi – Piano
Angèle Dubeau & La Pietà:
Angèle Dubeau – Solo Violin
La Pietà: Émilie Paré, Natalia Kononova, Natacha Gauthier, Myriam Pelletier, Marilou Robitaille, Gwendolyn Smith, Anne-Marie Leblanc, Mariane Charlebois-Deschamps
Sawako Yasue – Percussion
® 2005 UNIVERSAL SIGMA, a division of UNIVERSAL MUSIC LLC

 

Disc. 久石譲指揮 東京交響楽団 『ストラヴィンスキー:「春の祭典」』

2020年2月19日 CD発売 OVCL-00719

 

久石譲が読み解くリズムとハーモニー。

新たなアプローチによる演奏が注目を集めている久石譲の指揮によるクラシック音楽、本盤は当代随一の実力を誇る東京交響楽団との共演ライヴ録音です。ストラヴィンスキーの複雑なリズムとハーモニーを、作曲家である久石ならではの視点で緻密に解析、オーケストラも正確無比なテクニックでタクトに応え、音楽的に充実度の高い演奏となっています。世界に誇るべき、新しい「春の祭典」の誕生! ぜひお聴きください。

(CD帯より)

 

 

熟成した音楽家としての発露が響く《春の祭典》
小味渕 彦之

久石譲がストラヴィンスキーの《バレエ音楽「春の祭典」》を指揮したディスク。2019年6月3日と4日にサントリーホールで行われた東京交響楽団とのライブ録音が収められた。

かつての久石の活動からは想像もできなかったが、近年の指揮者としての充実した活動は、この稀有な音楽家に対する認識を変えさせるに充分すぎるほどのインパクトを持っている。2016年から3年がかりで完成させたフューチャー・オーケストラ・クラシックス(旧ナガノ・チェンバー・オーケストラ)とのベートーヴェン「交響曲全集」は、「ベートーヴェンは、ロックだ!」をコピーとして、新時代を切り拓く演奏という位置づけだったが、そこに繰り広げられた音楽には、ロックという言葉から連想される激しいビート感だけでなく、血となり肉となるハーモニーの構築を含めた、西洋音楽のエッセンスが余すところなく表現されていたのだ。決してエキセントリックなものではなく、真っ向勝負で正攻法の音楽創りからは、古典作品と向き合う誠実な音楽家の取り組みが浮かび上がってくる。

この《春の祭典》もまさに、その延長線上にあるもの。ベートーヴェンに対して述べた言葉がそのまま当てはまる。20世紀に生まれたオーケストラ曲で最も重要な作品の一つに位置付けられるこの傑作を前に、久石は殊更に細部を強調するわけでもなく、あるがままの響きを連ねていく。組み合わされるパーツごとの押し出しは激烈なれども、流れるように奏でられる音楽を聴いていると、100年と少し前にこの作品がパリで初演された時の拒絶反応が信じられないほど、「さらり」と奏でられることに気がついた。別の言い方をすると、どんなに精妙な部分でも、どんなに獰猛に叫ぶ場面でも、リズムが揺るぎなく刻まれているのだ。冷静さと熱狂が同居すると言っても良い。これを、ミニマル・ミュージックにルーツを持つ久石の作曲家としての視点が投影されたとするのは簡単だが、それ以前に、熟成した音楽家としての発露がこうした演奏に繋がっていると受け止めたい。

(こみぶち・ひろゆき)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説
諸石幸生

ストラヴィンスキー
バレエ音楽「春の祭典」

ただ単にストラヴィンスキー(1882~1971)の名声を確立しただけでなく、20世紀初頭の楽壇を震撼させた問題作である。初演は1913年5月29日、パリのシャンゼリゼ劇場でピエール・モントゥーの指揮で行われたが、最初、モントゥーはストラヴィンスキーからスコアを見せられた時、「一音符も理解できなかった」と告白しているし、さらに「この狂気のロシア人の作品は音楽などではない。私にとってはベートーヴェンとブラームスの交響曲だけが音楽なのだ、と心に決めた」というから衝撃のほどがしのばれる。

しかしモントゥーはロシア・バレエ団の主宰者ディアギレフの強い説得に折れ、1912年の一冬を費やしてスコアを研究、春になるとオーケストラ練習を始め初演に臨んでいる。

初演はシャンゼリゼ劇場の開場祝いをかねた公演であったが、赤いビロードと金の花模様で飾られた豪華な会場は、演奏が始まるや、聴衆が罵りあう大混乱の場となり、事態収拾のため憲兵までが導入されるスキャンダルになっている。こうした騒動は、ただ単にストラヴィンスキーの音楽の大胆さによるものではなく、ニジンスキーの振り付けやN・K・レーリヒによる衣装や美術が不評をかったためでもあったが、ニジンスキーは舞台の袖から踊り手たちに拍子を大声でがなりたて、なんとか先へ進めたといわれている。

当のストラヴィンスキーも(この時31才の若さだった)、はじめは聴衆の一人として客席に座っていたが、数小節たったところで笑い声が起こったのに腹をたて座席を立ったという。そんなショックが災いしたのか、ストラヴィンスキーは初演後チフスにかかり、6週間も入院している。

「春の祭典」の構想は「ペトルーシュカ」(1911年作曲)以前から温められており、乙女がいけにえとして捧げられる異教徒たちの祭典がストラヴィンスキーの脳裏にあったというが、その根底には長い閉ざされた冬からの解放、春への賛歌、新たなる生命の息吹、人類の再生への願いといったものがあることは言うまでもないであろう。第一部は「大地礼賛」と題されており、序奏のあと「春のきざしー乙女たちの踊り」となり、さらに「誘拐」「春の踊り」「敵の都の人々の戯れ」「長老の行列」と続く。そして「大地への口づけ」「大地の踊り」に至る構成である。第二部の「いけにえ」は序奏のあと「乙女たちの神秘的な集い」「選ばれしいけにえの賛美」「祖先の呼び出し」「祖先の儀式」へと続き、最後に熱狂的な「いけにえの踊り」となって、興奮の中で閉じられる。

(もろいし・さちお)

(CDライナーノーツより)

 

 

 

 

ストラヴィンスキー(1882-1971)
バレエ音楽「春の祭典」

第1部:大地礼賛
1. 序奏
2. 春のきざし – 乙女たちの踊り
3. 誘拐
4. 春の踊り
5. 敵の都の人々の戯れ
6. 長老の行列
7. 大地への口づけ
8. 大地の踊り
第2部:いけにえ
9. 序奏
10. 乙女たちの神秘的な集い
11. 選ばれしいけにえの賛美
12. 祖先の呼び出し
13. 祖先の儀式
14. いけにえの踊り

TOTAL TIME 34:42

久石譲(指揮)
東京交響楽団

2019年6月3-4日 東京・サントリーホール にてライヴ収録

高音質 DSD11.2MHz録音 [Hybrid Layer Disc]

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE IV』

2019年11月20日 CD発売 OVCL-00710

 

『久石譲 presents MUSIC FUTURE IV』
久石譲(指揮) フューチャー・オーケストラ

久石譲主宰 Wonder Land Records × クラシックのEXTONレーベル 夢のコラボレーション第4弾!未来へ発信するシリーズ!

久石譲が”明日のために届けたい”音楽をナビゲートするコンサート・シリーズ「ミュージック・フューチャー」より、アルバム第4弾が登場。ミニマル・ミュージックを探求し続ける「同志」であるデヴィット・ラングと久石譲。2人の新作が日本初演された2018年のコンサートのライヴを収めた当盤では、ミニマル・ミュージックの多様性を体感することができます。日本を代表する名手たちが揃った「フューチャー・オーケストラ」が奏でる音楽も、高い技術とアンサンブルで見事に芸術の高みへと昇華していきます。EXTONレーベルが誇る最新技術により、非常に高い音楽性と臨場感あふれるサウンドも必聴です。「明日のための音楽」がここにあります。

ホームページ&WEBSHOP
www.octavia.co.jp

(CD帯より)

 

 

解説 松平敬

「MUSIC FUTURE」とは、久石譲が世界最先端の音楽を紹介するコンサート・シリーズである。2014年から年1回のペースで、これまで5回の演奏会が開催され、そのライヴ盤も本作で4枚目となる。

久石がこだわりを持つ、ミニマル・ミュージックを中心としてプログラムを構成するアイデアは、これまでのアルバムと同様であるが、本アルバムでは、フィリップ・グラスの作品を久石が「Re-Compose」するという、新機軸が導入された。スティーヴ・ライヒ、テリー・ライリーらと共に、ミニマル・ミュージックの「始祖」として知られるグラスの古典的名作『Two Pages』に、久石が大胆なオーケストレーションを施し、新たな作品として提示するという、時代と国境を超えた野心的なコラボレーションである。

久石のオリジナル作品として収録された『The Black Fireworks 2018』は、『Music Future III』に収録された『室内交響曲第2番』の新ヴァージョンである。両ヴァージョンを聴き比べることで、基本的に同じ構成を持った両作の色合いの違いを楽しむのも一興であろう。

デヴィット・ラングも、久石と同様、ミニマル・ミュージックを探求し続ける、いわば久石の「同志」である。久石とラングの作品を交互に並べた本アルバムを聴くことで、ミニマル・ミュージックという「限定」された素材に基づく音楽が秘めた「多様性」を体感してほしい。

 

久石譲:
The Black Fireworks 2018
for Violoncello and Chamber Orchestra

この作品は、実質的にバンドネオン協奏曲であった『室内交響曲第2番 The Black Fireworks』を、チェロと室内オーケストラの作品として改作したものである。両者の音楽の基本的な構造は同じであるが、バンドネオンの軽やかな音色がチェロの重厚な音色に置き換わることで、軽やかに飛翔するような音楽であった前作が、重機関車を思わせる推進力と迫力を兼ね備えた音楽へと変貌している。ソリストのマヤ・バイザーによる熱量の高い演奏も、この作品の新しい魅力を引き出す。

『室内交響曲第2番』からの大きな違いとして、第3楽章が割愛されて2楽章構成へと変更されたことが挙げられる。前作の第3楽章における、明らかにバンドネオン向けのタンゴ的な曲調がチェロに相応しくないと判断した結果なのであろう。

前作の3楽章構成が、急ー緩ー急という伝統的なコンチェルトを想起させたのに対し、2楽章構成となった今作では、急ー緩という両楽章の対比よりはむしろ、兄弟のような類似性が浮かび上がることになる(この関係性はシューベルトの『未完成交響曲』を彷彿とさせる)。実際、第1楽章のテンポは♩=91、第2楽章は♩=84とほとんど同じで、どちらも16分音符を主体としたリズムが多用されているため、聴覚上のテンポ感もほとんど同じなのだ。しかし、第2楽章における息の長いメロディーや、しばしば挿入される和音の引き伸ばしという新しい要素は、無窮動のリズムが支配する第1楽章とコントラストをなす。ちなみに、この作品も『2 Pages Recomposed』と同様、Single Trackの手法を用いて作曲されている。

タイトルの「The Black Fireworks」は、ある少年が久石に語った「白い花火の後に黒い花火が上がって、それが白い花火をかき消している」という謎めいた言葉に由来するものだ。

 

デヴィット・ラング:
prayers for night and sleep

タイトルを和訳すれば「夜と眠りのための祈り」。本作品はタイトルどおり、「夜」「眠り」と題されたふたつの祈りの歌から構成されている。

1曲目「夜」の歌詞は、「夜になると」というキーワードでインターネット検索した言葉を集めたもの。これらの言葉は「I can」「I feel」「I will」という3種類の言葉で始める文章にまとめられ、この歌詞の構造が音楽の構造にもリンクしている。「I can」と「I will」で始まる文章を集めたセクションでは、ふたつの和音が揺らめくように交替する弦楽合奏を背景に、ソプラノ歌手が静的なメロディーを歌う。この両セクションに挟まれた「I feel」の部分では、一転して眠りを断ち切るかのような緊張感のある音楽へと変わり、歌唱パートも、語るような音形が支配的となる。

2曲目「眠り」は、「私の目に眠りが降りてくると」という、1曲目と呼応するかのような歌詞で始まるが、こちらはユダヤ人の伝統的な就寝時の祈りの言葉をまとめたものだ。チェロ独奏の分散和音と、それをエコーのように繰り返す弦楽合奏によって、音楽が霧に包まれたかのような謎めいた雰囲気が立ち現れる。ソプラノ歌手は、その「音のベッド」の上でまどろむかのように、始まりも終わりもない瞑想的なメロディーを歌う。時折聞こえるグロッケンの密やかな音は、安らかな眠りを見守る星の瞬きのようだ。

透明感に満ちたモリー・ネッターの歌声と、その歌声をさりげなく包み込むマヤ・バイザーのチェロの音色は、この作品の瞑想的なムードと一体化している。

 

フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲:
2 Pages Recomposed

この作品の原曲となったグラスの『Two Pages』は、今から約50年前の1969年に作曲された。G-C-D-E♭-Fというシンプル極まりないメロディーが、何度も繰り返されるうちに少しずつ増殖したり圧縮したりする、グラス初期作品の典型的な構造になっている。一般的な音楽に必須の、メロディーを支える伴奏のようなものはこの作品には存在しない。絶え間なく変化を繰り返す一本の線があるけだ。

『2 Pages Recomposed』は、グラスの原曲を、久石が「Single Track(単線)」と呼ぶ手法によって、室内オーケストラの作品へと拡張したもの。メロディーの構造は原曲そのままである。しかし、それを単にオーケストラ用に「編曲」するのではなく、ひとつのメロディー・ラインを複数の楽器で互い違いに演奏するように割り当てたり、メロディーのいくつかの音を引き延ばすといった処理が施されている。こうした手の込んだ操作によって、単旋律であるにも関わらず複数のメロディー・ラインが重なり合っているような錯覚が生じたり、メロディーからハーモニーがにじみ出たり、という独特な効果が生まれる。

編曲によって原曲の音色を他の音色に置き換える行為は、かつては作曲行為の下位に位置するものと捉えられていたが、ここでは、音色による構成が本質的かつ創造的な作曲行為と考えられている。そして、その思いが「Recomposed」というクレジットに表れている。作曲者本人が想像だにしないアイデアで生まれ変わったこのヴァージョンを聴いたグラスは、とても喜んだそうだ。

 

デヴィット・ラング:
increase

タイトルの「increase」は、作曲者のラングが自身の子供の名として有力な候補として考えながらも、結局は採用しなかった名前だ。そのポジティヴな語感を気に入ったラングは、この名前を自身の楽曲のタイトルとして「復活」させた。

本作品の楽譜冒頭に書かれた「with increasing energy 増大していくエネルギーとともに」という言葉どおり、作品全体は祝祭的な空気感に満たされている。先へ先へと急き立てるような音楽の秘密は、冒頭の軽妙なフルートのメロディーを支える、ヴィブラフォンのリズムにある。そのリズムは、(4分音符を1とすると)3/4-1/2-1/3-1/4-1/3-1/2-3/4という音価の繰り返しであり、耳で聴くと、加速と減速を繰り返すパルスのうねりのように知覚される。このうねりが異なる周期で重なり合うことで、シンプルな仕掛けから目まぐるしく変化する複雑なリズムが立ち現れる。作品後半では、ストラヴィンスキーの『春の祭典』を彷彿とさせる力強く不規則なビートの繰り返しから、雷鳴を思わせる圧倒的なクライマックスへとつながる、楽譜冒頭に記されたモットー通りの展開をみせる。

(まつだいら・たかし)

(解説 ~CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツには「prayers for night and sleep」のオリジナル歌詞 収載

 

 

フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra

2014年、久石譲のかけ声によりスタートしたコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」から誕生した室内オーケストラ。現代的なサウンドと高い技術を要するプログラミングにあわせ、日本を代表する精鋭メンバーで構成される。

”現代に書かれた優れた音楽を紹介する”という野心的なコンセプトのもと、久石譲の世界初演作のみならず、2014年の「Vol.1」ではヘンリク・グレツキやアルヴォ・ペルト、ニコ・ミューリーを、2015年の「Vol.2」ではスティーヴ・ライヒ、ジョン・アダムズ、ブライス・デスナーを、2016年の「Vol.3」ではシェーンベルク、マックス・リヒター、デヴィット・ラングを、2017年の「Vol.4」では、フィリップ・グラスやガブリエル・プロコフィエフを、そして本作に収録された「Vol.5」ではデヴィット・ラングを招聘し、コラボレートとして新旧の作品を演奏し、好評を博した。”新しい音楽”を体験させてくれる先鋭的な室内オーケストラである。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

The Black Fireworks 2018
for Violoncello and Chamber Orchestra
久石譲 約20分

ここ数年僕は単旋律の音楽を追求しています。一つのモチーフの変化だけで楽曲を構成する方法なので、様々な楽器が演奏していたとしても、どのパートであっても同時に鳴る音は全て同じ音です(オクターヴの違いはありますが)。

ですが、単旋律のいくつかの音が低音や高音で演奏することで、まるでフーガのように別の旋律が聞こえてきたり、また単旋律のある音がエコーのように伸びる(あるいは刻む)ことで和音感を補っていますが、あくまで音の発音時は同じ音です。僕はこの方法をSingle Track Musicと呼んでいます。Single Trackは鉄道用語で単線という意味です。

「The Black Fireworks 2018」は、この方法で2017年にバンドネオンと室内オーケストラのために書いた曲をベースに、新たにチェロとオーケストラのための楽曲として書きました。伝統的なコンチェルトのように両者が対峙するようなものではなく、寄り添いながらも別の道を歩く、そのようなことをイメージしています。

タイトルは、昨年福島で出会った少年の話した内容から付けました。彼は東日本大震災で家族や家を失った少年たちの一人でした。彼は「白い花火の後に黒い花火が上がって、それが白い花火をかき消している」と言いました。「白い花火」を「黒い花火」がかき消す? 不思議に思って何度も同じ質問を彼にしましたが答えは同じ、本当に彼にはそう見えたのです。

そのシュールな言葉がずっと心に残りました。彼の観たものはおそらく精神的なものであると推察はしましたが、同時に人生の光と闇、孤独と狂気、生と死など人間がいつか辿り着くであろう彼岸をも連想させました。タイトルはこれ以外考えられませんでした。その少年にいつかこの楽曲を聴いて欲しいと願っています。(written by 久石譲)

 

2 Pages Recomposed
フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲 約16分

1969年に書かれたPhilip Glassさんの伝説的な楽曲「Two Pages」は5つの音の増減と8分音符で刻まれるリズムのみでできています。本来はある音色と繰り返しの回数を決定したら演奏の間中は一定に保たれるべき楽曲です。グラスさんは「最良の音楽は、始まりも終わりもない一つの出来事として経験される」と言っています。

今回、僕はあえてその楽曲を室内オーケストラの作品としてグラスさんの許可を得てRe-Composedしました。理由は彼を尊敬していること、親しいこと、それに加えてこの楽曲はSingle Track Musicでもあるからです。方法としては「The Black Fireworks 2018」と全く同じスタイルで、楽器の編成もソロ・チェロを除いてほぼ同じにしました。ニューヨークのリハーサルに立ち会った彼は大変喜んでくれました。この楽曲の強い個性はいかなる形を取っても変わらず、必ず現代に新たに蘇る!そんな思いをこめてRe-Composedしました。(written by 久石譲)

Blog. 「久石譲 presents ミュージック・フューチャー vol.5」 コンサート・レポート より抜粋)

 

 

 

2014年から始動した「久石譲 presents MUSIC FUTURE」コンサート。披露された作品が翌年シリーズ最新コンサートにあわせるかたちでCD化、満を持して届けられている。本作「MUSIC FUTURE IV」は、コンサート・ナンバリングとしては「Vol.5」にあたる2018年開催コンサートからのライヴ録音。約500席小ホールではあるが、好奇心と挑戦挑発に満ちたプログラムを観客にぶつけ、満員御礼という実績もすっかり定着している。さらに「Vol.5」はニューヨーク公演も開催された。

ライヴ録音ならではの緊張と迫真の演奏、ホール音響の臨場感と空気感をもコンパイルしたハイクオリティな録音。新しい音楽を体感してもらうこと、より多くの人へ届けること。コンサートと音源化のふたつがしっかりとシリーズ化されている、久石譲にとって今の音楽活動の大切な軸のひとつとなっている。

 

 

 

 

コンサート・プログラム、久石譲やデヴィット・ラングによるインタビュー動画、初のニューヨーク開催ともなったコンサート風景、東京公演の感想などは記している。

 

 

「室内交響曲 第2番《The Black Fireworks》」バンドネオン版

 

 

 

久石譲
Joe Hisaishi (1950-)
The Black Fireworks 2018 for Violoncello and Chamber Orchestra [日本初演]
1. The Black Fireworks
2. Passing Away in the Sky

デヴィット・ラング
David Lang (1957-)
prayers for night and sleep [日本初演]
3. 1 night
4. 2 sleep

フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲
Philip Glass (1937-) / Recomposed by Joe Hisaishi
5. 2 Pages Recomposed (1969/2018) [日本初演]

デヴィット・ラング
David Lang
6. increase (2002)

 

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (Conductor)
フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra
マヤ・バイザー(ソロ・チェロ)1-4
Maya Beiser (solo violoncello)
モリー・ネッター(ソロ・ヴォイス)3-4
Molly Netter (solo voice)

2018年11月21-22日 東京、よみうり大手町ホールにてライヴ録音
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 21, 22 Nov. 2018

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE IV

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Future Orchestra
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 21, 22 Nov. 2018

Produced by Joe Hisaishi
Recording & Mixing Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineers:Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed at EXTON Studio, Tokyo
Mastering Engineer:Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC)
Mastered at UNIVERSAL MUSIC STUDIOS TOKYO

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