Blog. 『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲』楽曲解説(1)イントロダクション

Posted on 2024/10/01

テレビ史上これまでにない空前のスケールで描かれた不朽の名作「NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲」です。

 

 

番組について

司馬遼太郎が10年の歳月をかけ、日露戦争とその時代を生きた明治の青春群像を渾身の力で書き上げた「坂の上の雲」を原作として描く人間ドラマ。

明治維新によって、はじめて「国家」というものをもち、「国民」となった日本人。近代国家をつくりあげようと少年のような希望を抱きながら突き進んだのが「明治」という時代であった。
松山に生まれた3人の男、バルチック艦隊を破る作戦を立てた秋山真之、ロシアのコサック騎兵と対等に戦った秋山好古、そして俳句・短歌の革新者となった正岡子規。彼らは、時代の激流に飲み込まれながら、新たな価値観の創造に立ち向かい、自らの生き方を貫き、ただ前のみを見つめ、明治という時代の坂を上っていった。生まれたばかりの「少年の国」である明治の日本が、世界の中でいかに振る舞っていったかを描く。

【原作】
司馬遼太郎
※「遼」の字は、本来「しんにょうの点がふたつ」です

【脚本】
野沢尚
柴田岳志
佐藤幹夫
加藤拓

【音楽】
久石譲

【メインテーマ】
「Stand Alone」
第1部 サラ・ブライトマン
第2部 森麻季
第3部 麻衣

【語り】
渡辺謙

【出演】
本木雅弘 阿部寛
香川照之 菅野美穂
松たか子 石原さとみ
藤本隆宏 原田美枝子
竹下景子 伊東四朗
西田敏行 石坂浩二
高橋英樹 加藤剛
渡哲也 ほか

【初回放送】
89分版
第1部 2009年11月29日から12月27日
第2部 2010年12月5日から12月26日
第3部 2011年12月4日から12月25日
総合テレビにて放送

44分版(全26回を通して放送した日)
2014年10月5日から2015年3月29日
BSプレミアムにて放送
(44分版は、随時再放送しています)

 

 

2024年再放送

スペシャルドラマ「坂の上の雲」 89分版をBSP4Kで、44分版を総合で再放送!

日本を代表する豪華キャストが集結し、激動の時代を描いた司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」。テレビドラマの常識を超えて3年に渡って放送された超大作を一挙放送。

【放送予定】
<44分版>
2024年9月8日より 毎週日曜日
午後11時から午後11時44分
全26回 ※89分版を前編・後編に再編集したものです
総合テレビ
NHKプラスでもご覧いただけます。

<89分版>
2024年10月4日より 毎週金曜日
午後8時15分から午後9時44分
全13回
BSプレミアム4K

 

出典:スペシャルドラマ「坂の上の雲」 – NHK
https://www.nhk.jp/p/ts/X7PG14YX57/

 

 

放送日程/CD発売日程

第1部

  • 第一回 少年の国(放送日:2009年11月29日)
  • 第二回 青雲(放送日:2009年12月6日)
  • 第三回 国家鳴動(放送日:2009年12月13日)
  • 第四回 日清開戦(放送日:2009年12月20日)
  • 第五回 留学生(放送日:2009年12月27日)

 

 

第2部

  • 第六回 日英同盟(放送日:2010年12月5日)
  • 第七回 子規、逝く(放送日:2010年12月12日)
  • 第八回 日露開戦(放送日:2010年12月19日)
  • 第九回 広瀬、死す(放送日:2010年12月26日)

 

第3部

  • 第十回 旅順総攻撃(放送日:2011年12月4日)
  • 第十一回 二〇三高地(放送日:2011年12月11日)
  • 第十二回 敵艦見ゆ(放送日:2011年12月18日)
  • 第十三回 日本海海戦(放送日:2011年12月25日)

 

 

 

コンサート・プログラム歴

  • 久石譲 ジルベスターコンサート 2009
  • 久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ ニューイヤーコンサート (2010)
  • 西本願寺音舞台 2011
  • アルモニーサンク北九州ソレイユホール 1周年記念「久石譲コンサート」(2011)
  • 久石譲 ジルベスタ―コンサート 2011
  • クラブツーリズムスペシャルコンサート 久石譲 オーケストラの世界 (2013)

*詳しくは(5)組曲 頁をご覧ください

 

 

スコア

 

 

New!
2024年テレビ一挙再放送に連動するように、これまで『サウンドトラック 総集編』のみサブスク解禁となっていたりの音楽ストリーミング・サービスも、2024年9月3日『サウンドトラック 1・2・3』を加えた全4アルバムが一挙ラインナップ!この作品に触れる視聴者からリスナーまで広くグローバルに聴き楽しめるようになりました。

 

 

次回は、語られたことです。

 

『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲』楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)語られたこと
(3)Stand Alone
(4)サウンドトラック
(5)組曲
(6)第1部(第一回~第五回)使用楽曲
(7)第2部(第六回~第九回)使用楽曲
(8)第3部(第十回~第十三回)使用楽曲

 

 

Blog. 「君たちはどう生きるか」(LP・2024)新ライナーノーツより

Posted on 2024/09/15

2023年7月公開スタジオジブリ作品『君たちはどう生きるか』のサウンドトラックがいよいよアナログ盤で発売!ジャケットの絵柄も新しく、書き下ろし解説には、英文も掲載。アナログ盤ならではの音をお楽しみください。

全37曲 ダブルジャケット2枚組
三つ折りライナー、前島秀国氏の解説(日本語・英語)掲載。

Ⓒ2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

(メーカーインフォメーションより)

 

 

『君たちはどう生きるか』サウンドトラック
ライナーノーツ

前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

 宮﨑駿監督と久石譲のコラボレーション最新作『君たちはどう生きるか』(2023、英語タイトルは『The Boy and the Heron』)は、両者が初めてタッグを組んだ『風の谷のナウシカ』(1984)から数えて11本目の劇場用長編映画、前作の『風立ちぬ』(2013)以来10年ぶりの顔合わせとなった作品である。映画監督と作曲家が約40年もの長期間にわたってコラボレーションを継続している例は、スティーヴン・スピルバーグ監督とジョン・ウィリアムズのコンビをのぞいて世界的にほとんど例がないし、そのスピルバーグ作品でさえ、いくつかの映画ではウィリアムズ以外の作曲家が音楽を手がけている。ひとりの映画監督が40年にわたって作り上げてきたすべての長編映画のスコアを、たったひとりの音楽家が作曲し続けている例は、映画音楽史上ほとんど皆無だと言っていいだろう。その事実ひとつだけに注目してみても、『君たちはどう生きるか』はまさに驚嘆に値する作品だと言える。しかしながら、この作品の真の凄さは、宮﨑監督と久石の継続性そのものにあるのではない。今回の作品を手がけるにあたり、宮﨑監督と久石はこれまでふたりが確立してきた方法論をほぼ完全に放棄した。つまり『君たちはどう生きるか』の音楽は、『風立ちぬ』までの宮﨑作品とは大きく異なるアプローチで作られているのである。宮﨑監督と久石ほどの業績を残している芸術家が、これまでの比類なき業績に胡座をかくことをせず、なおも新たな方法論を模索しチャレンジしていく姿に、筆者は何よりも深い感銘を受けた。この作品の音楽そのものが、映画のタイトル『君たちはどう生きるか』が投げかけている問いかけのひとつの解答なのではあるまいか。

 久石のファンならすでにご存知のように、『風の谷のナウシカ』から『風立ちぬ』までの宮﨑監督の長編映画においては、映画本編の制作中から宮﨑監督と久石が音楽打ち合わせを開始し、宮﨑監督から提示されたコンセプトやキーワード、それにストーリーボード(絵コンテ)を参照しながら、久石がいくつかのテーマを作曲していくことで、音楽制作が開始されるのが通例だった。その段階で作曲されたテーマのほとんどは、最終的に完成した映画本編のスコアの中でも大きな役割を果たすことになる。しかしながら、その前にもうひとつ重要なプロセスを踏んで音楽が練り上げられるのが、これまでふたりが培ってきた方法論の非常にユニークな点である。具体的に説明すると、久石は本編のためのスコアの作曲に着手する前に、それらのテーマを用いて宮﨑監督の世界観を表現したイメージアルバム(一種のコンセプト・アルバム)をあらかじめ録音し、映画の公開日よりかなり前のタイミング(短い場合で公開日の約2ヶ月前、最長で1年前)でそのイメージアルバムをリリースする(『風立ちぬ』の時は諸般の事情でイメージアルバムのリリースが見送られた)。その後、映画が完成段階に近づくと(通常は映画公開日の約2ヶ月前)、久石が本編の尺に合わせて作曲したスコアを録音し、最終的にサウンドトラックの音楽が完成する。つまり、久石は『崖の上のポニョ』(2008)までの宮﨑作品の音楽を担当するたびに、作曲の作業を事実上2回おこなってきたことになる。そうした複雑な手順を踏むことで、当然のことながら音楽もそれだけ完成度の高いものに仕上がるわけだが、非常に興味深いのは、イメージアルバムの存在が宮﨑監督の作画にも影響を与える場合が少なからずあったという点である(宮﨑監督作品の制作過程を撮影したドキュメンタリー番組などで、宮﨑監督がイメージアルバムを聴きながら作画する様子がたびたび描かれている)。そして忘れてはならないのが、『風の谷のナウシカ』と『天空の城ラピュタ』(1986)でプロデューサーを務め、この2作品で(宮﨑監督の負担を減らすために)イメージアルバムを土台にしながら久石と共に音楽の構成を練り上げていった高畑勲の存在である(高畑はクラシックの譜面が読めるほど音楽に精通していたので、具体的なやりとりが詳細をきわめたと久石は回想している)。

 以上、これまでの宮﨑監督と久石が築き上げてきた方法論を簡単にまとめたが、先述のように、今回の『君たちはどう生きるか』においては、その方法論がほぼ完全に放棄されることになった。本作の具体的な作曲過程に関しては、『熱風』2023年10月号および『君たちはどう生きるか』公式ガイドブックに掲載されたインタビューの中で久石本人が詳細に述べているので、その要点を以下に紹介する。

 2021年11月、久石は宮﨑監督から『君たちはどう生きるか』の作曲を正式に依頼されたが、翌年の夏ぐらいまでにほぼ映像ができあがる予定なので、それを先入観なしに観てほしい、それまでは絵コンテも読まないほうがいいと宮﨑監督から伝えられ、映画の内容に関する具体的な話は出なかった。次に久石が宮﨑監督と会ったのは年明けの2022年1月5日、すなわち宮﨑監督の誕生日である。毎年、久石は監督への誕生日プレゼントとしてピアノ曲を作曲・録音し、それを本人に届けるのが恒例となっているが、2022年の誕生日プレゼントとして書かれた新曲《Ask me why》を久石から贈られた宮﨑監督はこの曲を大変気に入り、宮﨑監督の希望でこの映画のテーマ曲に用いられることになった。それから7ヶ月後の同年7月7日、久石はようやく本編映像の試写に臨み(その段階で映像は95%以上完成していたという)、本作の内容を初めて知る。しかしながら、これまでの作品で必ずおこなわれてきた宮﨑監督との音楽打ち合わせはいっさいなく、「あとはよろしく」の一言だけで久石は宮﨑監督から音楽の作曲を一任された。試写で受けた衝撃を消化するのに数ヶ月を要した久石は、海外ツアーの合間にデモ曲の作曲に着手すると同時に、これまで宮﨑監督の誕生日プレゼントとして作曲したピアノ曲のいくつかをサウンドトラックに用いるという決断をした。11月15日、久石は映画の主要なシーンに10曲ほど仮付けしたものを宮﨑監督と鈴木敏夫プロデューサーに聴かせ、両者の了承を得る。そして11月後半から本格的な作曲作業に入り、翌2023年1月21日からオーケストラの収録がスタートし、その後まもなくサウンドトラックが完成した。

 つまり『君たちはどう生きるか』の音楽は、久石がイメージアルバムの制作で音楽のコンセプトを明確にしてから実際のサウンドトラックに着手するという、これまでの宮﨑作品の作曲に見られた手順をすべて省略し、ほぼ完成した映像に対して久石がいきなりスコアを作曲するという手法で作られている。ある意味では、通常の長編映画の作曲の手法にも近いと言えるが、だからと言って、世の中にありふれているような映画音楽のスタイルに近くなったかと言えば、むしろ逆である。久石はこの作品に見合うだけの高い音楽性を担保するため、つぎの2点に留意しながらスコアを作曲している。

(i)主人公・眞人が暮らす現実世界すなわち「上の世界」を描いた前半部と、眞人が足を踏み入れた塔の中で体験する「下の世界」を描いた後半部で映画の内容が大きく変わるので、前半部の音楽は眞人の心情に寄り添う形でピアノ・ソロもしくはピアノ・トリオのような最小限の編成で音楽を付け、後半部に入ってから初めてオーケストラを使用する。かつ、前半部も後半部もミニマル・ミュージックのスタイルを用いて作曲し、スコア全体の統一感を生み出す。

(ii)これまで久石が宮﨑監督の誕生日プレゼントとして書いたピアノ曲(いくつかはジブリ美術館のBGMとして使用されている)を本編の音楽に用いることで、映像と音楽が対等の関係を結ぶような効果を生み出す。音楽用語のアナロジーを用いれば、画と音がユニゾンでべったり進んだり、どちらかがホモフォニカルに従属したりするのではなく、ポリフォニックな関係によって互いの存在を引き立たせるということである。その際、宮﨑監督の画に対するカウンターポイントとして対置される久石の音楽は、もともと久石が宮﨑監督を念頭に置いて作曲した曲なので、宮﨑監督の自伝的要素が少なからず含まれる本作の内容から著しく逸脱することはない。そして、スタンリー・キューブリック監督が『2001年宇宙の旅』(1968)でクラシックの既成曲を選曲て大きな効果をあげたように、久石自身がそれらのピアノ曲を選曲し、スコアの中で使用することで、映像と音楽が織りなす予想外の対位法的効果をもたらすことができる。

 本盤に収録された『君たちはどう生きるか』のスコアを聴くにあたっては、これまで述べてきた解説以上の情報は、おそらく不要だろう。『君たちはどう生きるか』という映画が全編にわたって暗喩的・象徴的・多義的な表現がこめられている以上、リスナーは誰かの考察に頼ることなく、自分自身で久石の音楽が意味するところを考え、咀嚼し、味合うべきであるし、それがこの音楽に最もふさわしい鑑賞法ではないかと思う。以下に記す楽曲解説は、あくまでも筆者という映画の一観客の拙い考察であって、作曲者自身の公式見解ではない。それどころか、久石の作曲意図と大きく食い違っている可能性も高いので、それをあらかじめお断りしておく。

 

I.既存の楽曲から選曲された音楽

《Ask me why(疎開)》《Ask me why(母の思い)》《Ask me why(眞人の決意)》

 上述のように久石が本編の試写を観る前、すなわち2022年1月はじめに宮﨑監督の誕生日祝いとして書かれた楽曲で、宮﨑監督の希望により、映画全体のメインテーマとなった。曲のイメージのインスピレーションは宮﨑監督に由来しているが、久石がインタビューで述べているところによれば、本編の内容と全く関係ない形で作曲したわけではないという。曰く、「宮﨑さんが新作の制作に入ってからは、青サギが出てくるらしいということやインスピレーションを得た小説の話などは知っていましたが、具体的な内容はわからないけど、ちょっと心に引っかかりを持った少年の話になるみたいだと聞いてはいたんですね。頭にそれがあるから、5日に曲を書くとき、素直に宮﨑さんに聴いてもらいたいとい気持ちと同時に、そのイメージが入ってくるんですよ、なんとなく」。この《Ask me why》は、久石自身が述べているように”眞人のテーマ”の役割を担っているが、それにもかかわらず、本編の中ではわずか3回しか登場しない。すなわち《Ask me why(疎開)》は「戦争の3年目に母さんが死んだ」という眞人のセリフが入るシーン、《Ask me why(母の思い)》は母が残した吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』を眞人が偶然発見し、それを読み進めるうちに涙を流すシーン、そして《Ask me why(眞人の決意)》は「君の塔を築くのだ、悪意から自由な王国を…」という大伯父の懇願に対し、眞人が「夏子母さんと自分の世界に戻ります」と拒否の意思を示すシーンとなっている。このテーマの旋律が初めて完全な形で演奏されるのは《Ask me why(母の思い)》のシーンだが、そのシーンはこの映画のタイトル、すなわち『君たちはどう生きるか』と直接結びついている。

 

《祈りのうた(産屋)》

 原曲は2015年1月5日、すなわち宮﨑監督74歳の誕生日に献呈されたピアノ曲《祈りのうた》で、もともとは三鷹の森ジブリ美術館のBGMとして作曲された。同年夏に開催された久石指揮新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)のツアーで初演され(本盤と同じピアノ、弦楽合奏、チューブラーベルズのためのヴァージョンで演奏された)、その際、「Homage to Henryk Górecki(ヘンリク・グレツキへのオマージュ)」という副題が附された。その副題が暗示しているように、《祈りのうた》は久石が(ポーランドの作曲家グレツキの音楽で知られる)ホーリー・ミニマリズムの様式を強く意識して作曲し、東日本大震災の犠牲者追悼の意味を込めた作品である。曲の構成は、ピアノだけで演奏される主部、弦楽器が加わった中間部、そして主部の再現という三部形式で作られているが、中間部の終わりに聴こえるチューブラーベルズは弔鐘、つまり追悼の鐘にほかならない。出産を控えた夏子と眞人が産屋で再会するシーンにおいては、そのチューブラーベルズが鳴り響く瞬間、音楽は感情的に最も激しいクライマックスを迎えるが、そのシーンの映像と《祈りのうた》の音楽が生み出す、いわば”生”と”死”が隣り合わせになった凄絶な表現は、もはや筆舌に尽くしがたい。

 

《聖域》《墓の主》《別れ》

 宮﨑監督の誕生祝いとして書かれた《祈りのうたII》(2016)が原曲。本編のスコアにおいては、眞人が降りていく「下の世界」のテーマとみなすことができる。エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトに代表されるティンティナブリ様式(鈴鳴り様式、鐘鳴り様式)の三和音の分散音型で書かれており、ゆるやかな3拍子のリズムと合わさり、永遠に回転運動を続けていくような印象をもたらす。その独特な時間感覚が、「下の世界」を支配する時間の流れ、つまり現実の「上の世界」とは異なる時間の流れを象徴していると考えることができる。

 

II.なんらかのテーマと見なしうる音楽

《青サギ》《青サギII》《青サギIII》《青サギの呪い》

 これら4曲は、いずれも青サギを表す短いモティーフに基づいて書かれている。最初の《青サギ》に聴かれるように、このモティーフはミと4度下のシのたった2音だけで構成されているので、実際の青サギの鳴き声を模したわけではないにせよ、鳥の鳴き声のような音型で青サギを象徴していると考えることができる。映画の前半部において、この2音のモティーフは青サギが登場するたびに反復され、伴奏が付加され、オーケストレーションが厚みを増していく。したがって、これら4曲を続けて聴けば、それ自体がミニマル・ミュージックのような展開で作曲されていることに気づくだろう。しかも興味深いことに、この青サギのモティーフは、青サギが塔の中でサギ男として正体を現してからは全く登場しなくなる。言い換えれば、最終的に眞人の友達になるサギ男のキャラクターと、青サギのモティーフはいっさい関係を持たない。あくまでも塔の中に眞人を誘う不気味な存在としての青サギのテーマと捉えるべきである。

 

《火の雨》《炎の少女》《回廊の扉》

 ヒミのテーマに基づく音楽だが、女声コーラスの歌声(歌唱は麻衣&リトルキャロル)が端的に示しているように、母性そのものを象徴した音楽と捉えるのが自然である。

 

《大伯父》《大伯父の思い》《大崩壊》

 大伯父の比類なき存在感を、ピアノの厚い和音で表現したテーマ。場面の状況に応じて伴奏音型が加えられるが、大伯父をピアノの和音で象徴する作曲コンセプトは3曲とも同じである。このテーマで注目すべきは、大伯父を表す和音の動きが、《Ask me why》、すなわち眞人のテーマの冒頭で弾かれるピアノの和音をかすかに連想させるという点である。つまり、眞人と大伯父はキャラクター設定の上でも音楽の上でも、文字通りの血縁関係で結ばれた存在と解釈することが可能である。

 

《ワラワラ》《転生》

 本作のスコアの中でもとりわけユーモラスな音楽として書かれた、ワラワラのテーマ。日本の観客ならば、メロディの曲調から日本の伝統的な「わらべ歌」を即座に連想するであろう。宮﨑監督がワラワラというキャラクター名を「わらべ」から発想したと仮定するならば、久石がそのテーマとして一種の「わらべ歌」を作曲したのは、非常に納得がいく。メロディの合間に聞こえてくるサンプリング・ヴォイスの掛け声も、おそらくはこの曲の「わらべ歌」な性格を強調するための隠し味であろう。ベートーヴェンの《月光ソナタ》を思わせるアルペッジョで始まる《転生》は、《ワラワラ》と全く異なる詩情豊かな音楽として書かれているが、熟したワラワラたちが夜空に飛び始めると、ワラワラのテーマが断片的に聴こえてくる。

 

《黄昏の羽根》《回顧》

 これら2つのミステリアスな曲は、オーケストレーションの違いを除き、実質的に同じ音楽として書かれている。比較的小さな編成で書かれた《黄昏の羽根》は、眞人が初めて塔の中に足を踏み入れるシーンの音楽。そして、より厚みのあるオーケストラで演奏される《回顧》は、眞人の父・勝一がばあやのひとりから塔の正体を教えられるシーンの音楽。つまり、塔のテーマとみなすことができる。

 

《矢羽根》《急接近》

 いずれも、眞人が折畳式ナイフで工作をするシーンで流れてくる。流れるような3拍子で書かれた軽やかな曲調が、工作に熱中する眞人の純真さを表現していると解釈することも可能だが、ここで注目すべきは、《矢羽根》が流れてくるシーンにおいては眞人が青サギを仕留めるために矢羽根を作っているのに対し、《急接近》のシーンでは飛べなくなったサギ男の窮状を救うため、眞人が嘴に空いた穴(眞人が放った矢が原因)を塞いでやるというように、同じテーマが使われていてもシーンの状況が真逆に変化しているという点である。そうした点を踏まえると、実は眞人と青サギの友情(の芽生え)を表現したテーマのようにも思われる。

 

a.《追憶》《静寂》および
b.《陽動》《巣穴》《隠密》《大王の行進》

 実はこれら6つの楽曲に、本作の謎めいた象徴表現を読み解く重要な鍵が隠されていると、筆者は考えている。便宜的にa.とb.のふたつのグループに分けて分析していくと、まずa.の《追憶》と《静寂》は、いずれも眞人が自室のベッドで横たわっているシーンで流れてくる楽曲。2曲とも、同音反復を特徴とするミニマルなモティーフと静かな和音が交互に登場する形で始まる。物語の状況に沿って聴くならば、ミニマルなモティーフは外から眞人の様子を伺っている青サギの気配を、静かな和音は眞人の孤独な心情を代弁していると言えるかもしれない。そして、ミニマルなモティーフと和音が繰り返された後、ピアノがリズミカルなモティーフを新たに導入する。そのモティーフが何を意味するのか、《追憶》と《静寂》が流れてくる時点ではわからない。しかし物語が後半部に入ると、このリズミカルなモティーフはb.のグループの4曲において、全く予想外の形で再登場する。b.の4曲は、「下の世界」にあふれかえったインコのテーマとして書かれているが、その楽想は弦楽器がピツィカートで演奏するユーモラスなモティーフ──ここでは仮にインコのモティーフと呼んでおく──を中心にして構成されている。そのピツィカートのモティーフ、すなわちインコのモティーフこそ、実はa.の2曲に出てきたリズミカルなモティーフにほかならない。なぜ、インコのモティーフが、物語前半部の眞人のシーンの音楽にも登場するのか? 作曲者の久石がインコのモティーフをa.の楽曲の中に意識的に仕込んだことは間違いないが、その真の理由は、作曲者以外に誰もわからないし、おそらく本人もそれを明かすことはないだろう。答えは観客ひとりひとりの解釈に委ねられている。

 

III.その他の楽曲

 上に述べた楽曲以外に、どちらかといえば物語の状況に寄り添って書かれたと推測される音楽が存在する。ここで注目すべきは、たとえそれらの楽曲がそうした目的で書かれていたとしても、上記の楽曲と音楽のスタイルや作曲の語法を共有しているので、全体としてミニマル・ミュージックとしての統一感が保たれているという点である。例えば、眞人とキリコが塔の中に入っていくシーンの《ワナ》は、ふたりの状況を過度にドラマティックな音楽で強調することはせず、ミニマルなフレーズを繰り返すうちに緊張感を高めていくという手法で作曲されている。さらに眞人とヒミがヒミの家で食事をするシーンで流れる《眞人とヒミ》は、《祈りのうたII》と同じく、ピアノの左手の伴奏部が三和音の分散音型を繰り返す形で書かれている(したがってこの楽曲も「下の世界」を表現した楽曲のひとつとみなしうる)。そして《最後のほほえみ》は、ピアノが旋律の断片とおぼしきフレーズを演奏するものの、実質的にはアルペッジョの反復と木管楽器のパルスだけで構成された楽曲であり、つまりはミニマル・ミュージックのエッセンスだけで書かれた音楽と言っても過言ではない。

 

 以上、『君たちはどう生きるか』のスコアを主要曲を中心に概観してきた。では、なぜ久石はここまでミニマル・ミュージックにこだわってスコアを作曲したのか? 作曲のプラグマティックな側面に即して言えば、これまで述べてきたように、前半部と後半部でオーケストレーションが変わるのでスコア全体に統一感を与えるためである。そして、久石譲という音楽家に即して言えば、『風の谷のナウシカ』で宮﨑監督に出会う以前から世界的な指揮者となった現在に至るまで、彼がミニマル・ミュージックにこだわり続けてきた作曲家だからである。だが、それだけが理由ではないだろう。

 大雑把に言えば、ミニマル・ミュージックとはひとつのフレーズやリズムや和音を繰り返しながら、それらを徐々に変化させ、聴き手にその「差異」を強く意識させることで、既存の音楽のあり方に疑問を投げかけるような音楽である。同じであると思っていたものが実は違う、常識であると思っていたことが実は違う。そうした疑問の投げかけにこそ、ミニマル・ミュージックを聴く意義が存在し、聴く楽しみが存在する。

『君たちはどう生きるか』という映画も、ある意味では同じである。青サギと思われていた鳥がサギ男であり、「上の世界」で老婆だったキリコが「下の世界」で若い働き手であるというように、この映画で描かれている「同一性」と「差異」のさまざまな例をあげていけば、キリがない。だからこそ、この映画の音楽がミニマル・ミュージックで書かなければいけなかった必然性が生まれてくる。ひとつのキャラクターに特定のメロディを記号的に与えていくような、エンタテインメント作品でおなじみの映画音楽のやり方では、この映画のユニークな特徴を埋もれさせてしまうからだ。

『君たちはどう生きるか』の真に驚くべき点は、そうした「同一性」と「差異」という問題意識を、音楽の制作そのものにまで徹底させたところにある。この映画の音楽は、久石が宮﨑作品のために書いたスコアという点では、これまでの10本の長編映画のスコアと「同一性」を保っている。だが、当然のことながら、それら10本はすべて異なった音楽として書かれている。つまり、これまでの作品はすべて「差異」を含んでいるのである。ならば、イメージアルバムを制作してから本編の作曲に取り組むような、これまでのやり方を捨て去ったとしても、つまり作曲の方法論そのものに大幅な「差異」をもたらしたとしても、久石のスコアは宮﨑作品のための音楽という「同一性」を保てるのか? たとえ、ふたりが意識的に方法論を変えなかったとしても、つまり「差異」を自ら受け入れなかったとしても、「差異」はひとりでにやってくる。この映画に登場する大伯父のモデルとされる高畑勲──彼がこれまでの方法論の礎を築き上げた──が2018年に亡くなってしまったからだ。高畑の生前と高畑の死後という「差異」を受け入れざるを得なくなった現在、ふたりはどのように進んでいくべきなのか。その誠実な解答がすなわち『君たちはどう生きるか』という作品であり、その音楽なのである。

 

『君たちはどう生きるか』アカデミー賞長編アニメ映画賞受賞が報道された『風の谷のナウシカ』日本公開40周年の記念日、日本時間2024年3月11日に。

前島秀国(Hidekuni Maejima)

 

参考文献:
久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」『熱風』2023年10月号 スタジオジブリ
久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」『君たちはどう生きるか』ガイドブック 東宝

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

君たちはどう生きるか サウンドトラック (2枚組アナログレコード)

音楽:久石譲
主題歌:米津玄師
価格:5,280円(税込)
発売日:2024年7月3日 (水)
品番:TJJA-10063
レーベル : 徳間ジャパンコミュニケーション
発売国:日本
フォーマット:2枚組アナログレコード

 

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(10)~ネクストアップ~

Posted on 2024/08/20

最後は、これからです。今回改めて久石譲インタビュー・前島秀国氏解説に触れてからまた『君たちはどう生きるか』の音楽を聴き返してみましょう。きっと新しい聴こえ方がしてきます。これから先この映画音楽はどのような道を歩んでいくのでしょうか。誕生にも立ち会った、そしてこれからを一緒に見守りながら歩んでいけるファンは幸せものです。

 

 

久石:

「「ハウル」を書いたときの久石は間違いなく一生懸命書いていたんです。それと今の自分は同じ人間なんだけど、同じ作家じゃないんですよ。今あれと同じ曲を書こうとしても書けませんし、あれ風に書いてくれと言われても碌なものは書けないです。」

「今、自分はミニマルの作家でクラシックも指揮している。海外でツアーをするし、映画音楽も作る。その自分が考える正しい音楽、いいと思う音楽をしっかり書くしかない。それがたぶん一番誠実な作家の道だと思うんですよ。映画であろうと何であろうとそれを忘れちゃうと、注文をこなすだけの作家になっちゃう。」

 

「クラシックの世界ってちいさいんです。だからそこでばかり作品を作っていると人が喜ぶという実感が遠のいていく。だけどエンターテインメントばかりやっていたら、今度はいかに売れるかしか考えなくなる。作家としては両方が必要なんです。売れるためには今日的なニュアンスを勉強してでも入れなきゃいけない。年取ったら取ったほど意識的に入れなきゃいけない。エンタテインメントはそれを試す場所でもあるし、そこで身についたものを現代音楽やクラシックの作品の中でより深めてもいける。両側があるおかげで両方が上がっていく。」

 

「当時の一番最初にミニマリストだった自分が、今回は徹底してミニマルですべて曲を書けた。ミニマルの曲を書いた。だから40年かけて一番自分がやりたかったことが出来た、ということになります。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

 

 

前島:

「大雑把に言えば、ミニマル・ミュージックとはひとつのフレーズやリズムや和音を繰り返しながら、それらを徐々に変化させ、聴き手にその「差異」を強く意識させることで、既存の音楽のあり方に疑問を投げかけるような音楽である。同じであると思っていたものが実は違う、常識であると思っていたことが実は違う。そうした疑問の投げかけにこそ、ミニマル・ミュージックを聴く意義が存在し、聴く楽しみが存在する。

『君たちはどう生きるか』という映画も、ある意味では同じである。青サギと思われていた鳥がサギ男であり、「上の世界」で老婆だったキリコが「下の世界」で若い働き手であるというように、この映画で描かれている「同一性」と「差異」のさまざまな例をあげていけば、キリがない。だからこそ、この映画の音楽がミニマル・ミュージックで書かなければいけなかった必然性が生まれてくる。ひとつのキャラクターに特定のメロディを記号的に与えていくような、エンタテインメント作品でおなじみの映画音楽のやり方では、この映画のユニークな特徴を埋もれさせてしまうからだ。」

 

「『君たちはどう生きるか』という映画が全編にわたって暗喩的・象徴的・多義的な表現がこめられている以上、リスナーは誰かの考察に頼ることなく、自分自身で久石の音楽が意味するところを考え、咀嚼し、味合うべきであるし、それがこの音楽に最もふさわしい鑑賞法ではないかと思う。楽曲解説は、あくまでも筆者という映画の一観客の拙い考察であって、作曲者自身の公式見解ではない。それどころか、久石の作曲意図と大きく食い違っている可能性も高いので、それをあらかじめお断りしておく。」

(引用ここまで)

 

 

前島秀国氏のLPライナーノーツは、アナログ盤ジャケットサイズの濃密な約1万字です。今回、当サイト楽曲解説に際して引用したのはその2,3割程も満たしません。全曲きれいに取り上げて解説したものではありませんが、スタジオジブリと久石譲の関係性と歴史を俯瞰するように綴られています。英文・日本文のインターナショナル仕様です。ぜひレコードを手にとってみてください。

 

 

あれ、今回の久石譲はいつもと違う。初めてこの映画を観たときにそう思った人は決して少なくないと思います。現実世界と異世界をミニマルで書ききったことは、映画公開から時間を経過してこそ強く深くその凄さを実感しています。ミニマルで貫くことで時間の流れも空間も異なる二つの世界に均衡な存在感を与えています。ミニマル・ミュージックは、どこで始まってもいいしどこで終わってもいい、あるいは終わりすら持たなくてもいい。作品世界観の永遠性とも繋がってくると感じます。エンドロール最後に「おわり」のクレジットもない本作は、宮﨑駿物語の序章に過ぎないこともまた示唆しているのかもしれません。

映像も音楽も新しさに満ちた『君たちはどう生きるか』は、待ち望んだファンに感動だけではなく挑戦や勇気の心も芽生えさせてくれました。好きなジブリ作品を3つ聞いたら世代がわかる、そのくらい日本人はジブリ作品で育ってきた、親密に過ごしてきた大切な時期があると思います。この作品は世代を超えて一人一人の人生にどのくらいランクインしてくるのでしょうか。

 

久石譲は映画やCMのために書いた曲を演奏会用の音楽作品として再構築することにも積極的に取り組んできました。スタジオジブリとの長い歴史のなかで自身が音楽担当した長編映画は全て交響組曲化されています。そのプロジェクトは新旧ありますが発表順にこのようになります。『風の谷のナウシカ』(1997/2015年版)『もののけ姫』(1998/2016/2021年版)『千と千尋の神隠し』(2001/2018年版)『となりのトトロ』(2002)『ハウルの動く城』(2005)『風立ちぬ』(2014)『かぐや姫の物語』(2014)『天空の城ラピュタ』(2017)『魔女の宅急便』(2019)『紅の豚』(2022・未音源化)『崖の上のポニョ』(2023・未音源化)です。

さらには2017年から「Joe Hisaishi Symphonic Concert:Music from the Studio Ghibli of Hayao Miyazaki」の世界ツアーを展開しています。2008年武道館コンサートから継承進化させたジブリフィルムコンサートです。そのパリ公演の模様はNHKでTV放送され反響を呼びました。そして、ドイツ・グラモフォンと専属契約を結んだ第1弾アルバム『A Symphonic Celebration』(2023)で待望の音源化を果たすことになります。あとは未だ実現していない日本凱旋公演を待つのみです。

宮﨑駿監督、高畑勲監督とのコラボレーションはプログラムの要望も高く、久石譲が指揮・ピアノを務める日本/海外公演と注目の的です。さらにジブリ演奏会の需要は高まるばかり、交響組曲の音源化と並行してオリジナル・スコア出版も進めています。映画が世界中に広まるのに合わせて音楽でもそのブランドを広げてきたスタジオジブリ×久石譲の一大プロジェクトは、今まさに歴史のど真ん中にいます。映画『君たちはどう生きるか』のピアノ曲や交響組曲がそのラインナップに加わることは歴史の必然と言えるでしょう。

究極のヒサイシズムがここにあります。久石譲にとって宮﨑駿監督は常に本気になれるところ、全力で向かって行けるところ、そう思います。

 

 

 

2023年8月7日スタジオジブリ公式ツイッターから投稿された動画と同じ、海外配給会社GKIDSから再投稿されたものです。「Ask me why」(2023年1月ピアノ・レコーディング風景)

 

 

ピアノ・レコーディング風景から「転生」(ピアノパート・オンリー)「白壁」「Ask me why」の一部を聴くことができます。

THE BOY AND THE HERON | Joe Hisaishi on the Piano (約1分)

from GKIDS Films Official YouTube

* same video posted on X(Twitter) Jan.27, 2024

 

 

オーケストラ・レコーディング風景から「最後のほほえみ」です。NHKドキュメンタリー番組で放送されたものよりも長尺です。

THE BOY AND THE HERON | Joe Hisaishi Conducts “The Last Smile”(約1分)

from GKIDS Films Official YouTube

* same video posted on X(Twitter) Feb.23, 2024

 

 

「Ask me why」をBGMに使用した『風の谷のナウシカ』から『君たちはどう生きるか』まで宮﨑駿監督作品ラインナップにもなっています。

THE BOY AND THE HERON | The Final Teaser (約1分半)

from GKIDS Films Official YouTube

* same video posted on X(Twitter) Nov 30, 2023

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(9)~眞人とヒミ・大伯父 ほか~

Posted on 2024/08/19

つづけて、アルバムを聴いてみましょう。

 

Track.
26. 眞人とヒミ

時空を超えた二人の触れ合いにそっと寄り添っている曲です。メロディの断片のような旋律は、ここではきれいに時間は進み流れることのない、ただ漂っているだけの空間、そんな異世界を暗示しているようにも聴こえてきます。ひとときの中で二人が感じる温かいぬくもりもまた伝わってきます。

 

Scene 01:26:05 / Track 26. 眞人とヒミ

 

Scene 01:26:25 / Track 26. 眞人とヒミ

 

 

Track.
30. 大伯父
33. 大伯父の思い
35. 大崩壊

この世界の天から地までを司るように高音域と低音域を同時に強く鳴り響かせるピアノが印象的です。そのハーモニーは神聖さや荘厳さをもって大伯父の大局観を見事に表現しています。弦楽と管楽の上から下へ連なる二音の連続は、トリルや特殊奏法を駆使しながら鋭く重層的に鳴っています。そこからは、稲妻や亀裂のような現象性から軋轢や歪みといった関係性までもを滲ませ現出させています。曲が進むごとにそのねじれは大きくなっていきます。

 

Scene 01:38:05 / Track 30. 大伯父

 

 

Track.
36. 最後のほほえみ

やさしく果てしなく広がっていく曲です。この曲もメロディの断片のようで、もしかしたら「眞人とヒミ」にアプローチや意図のつながりがあるのかもしれません。海のように大きく包み込むものを感じます。

 

Scene 01:49:55 / There is no music in this cut.

 

Scene 01:56:35 / Track 36. 最後のほほえみ

 

 

Track.
37. 地球儀 / 米津玄師

映画公開時から多くの活字や動画などで制作過程やエピソードは語られています。そちらにじっくり触れることをおすすめします。Disc.ページに関連リンクはまとめています。

この曲を初めて聴いたとき、言葉への比重が大きい曲だと思いました。曲は素朴でシンプルです。曲想も転調もリズムもアレンジもどこまでも凝ってドラマティックに仕立て上げられることは、これまでに発表された楽曲達から一目瞭然です。この曲はあえてそれをしなかった、削ぎ落としていって残ったものが結晶となって強く光っています。

Aメロは変拍子になっていますが、まるで手紙を読むようにセンテンスの間を感じます。込み上げてくる感情を抑えながらとつとつと読まれる手紙、駆け巡る走馬灯にひと呼吸おきながら一文一句読まれる大切な手紙。だから、リスナーもその行間をくみ取るようにいろいろなことが伝わってきます。静かにすっと心に入ってきます。

バグパイプを使用した理由は、エリザベス女王の国葬からきているとエピソードで語られています。昔からアイルランドによく旅行で訪れていた宮﨑監督にとってもケルティックなものへの馴染みは深いです。他方、『君たちはどう生きるか』で「影響を受けた本」としてクレジットされている「失われたものたちの本/ジョン・コナリー著」アイルランド作家です。とにもかくにも、宮﨑駿監督への生涯のリスペクトの意志が込められているようにバグパイプの音色は響いています。祝福の架け橋のようなピアノ・ブリッジも素敵です。

映画『海獣の子供』(2019)は音楽:久石譲、主題歌:米津玄師「海の幽霊」で共演しています。サウンドトラックと主題歌はそれぞれ独立してリリースされました。本作は、スタジオジブリ作品では恒例といえる主題歌までサウンドトラックに収録されています。

 

次回は、これからです。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(8)~追憶・陽動 ほか~

Posted on 2024/08/18

つづけて、アルバムを聴いてみましょう。

 

Track.
4. 追憶
9.静寂

および

Track.
24. 陽動

28. 巣穴
31. 隠密
32. 大王の行進

前島:

「実はこれら6つの楽曲に、本作の謎めいた象徴表現を読み解く重要な鍵が隠されていると、筆者は考えている。便宜的にa.とb.のふたつのグループに分けて分析していくと、まずa.の《追憶》と《静寂》は、いずれも眞人が自室のベッドで横たわっているシーンで流れてくる楽曲。2曲とも、同音反復を特徴とするミニマルなモティーフと静かな和音が交互に登場する形で始まる。物語の状況に沿って聴くならば、ミニマルなモティーフは外から眞人の様子を伺っている青サギの気配を、静かな和音は眞人の孤独な心情を代弁していると言えるかもしれない。そして、ミニマルなモティーフと和音が繰り返された後、ピアノがリズミカルなモティーフを新たに導入する。そのモティーフが何を意味するのか、《追憶》と《静寂》が流れてくる時点ではわからない。しかし物語が後半部に入ると、このリズミカルなモティーフはb.のグループ《陽動》《巣穴》《隠密》《大王の行進》の4曲において、全く予想外の形で再登場する。b.の4曲は、「下の世界」にあふれかえったインコのテーマとして書かれているが、その楽想は弦楽器がピツィカートで演奏するユーモラスなモティーフ──ここでは仮にインコのモティーフと呼んでおく──を中心にして構成されている。そのピツィカートのモティーフ、すなわちインコのモティーフこそ、実はa.の2曲に出てきたリズミカルなモティーフにほかならない。なぜ、インコのモティーフが、物語前半部の眞人のシーンの音楽にも登場するのか? 作曲者の久石がインコのモティーフをa.の楽曲の中に意識的に仕込んだことは間違いないが、その真の理由は、作曲者以外に誰もわからないし、おそらく本人もそれを明かすことはないだろう。答えは観客ひとりひとりの解釈に委ねられている。」

 

 

前島氏が指摘したこの箇所は、当時久石譲ファンのブログでも解釈や考察がなされていました。他にも気づいていた人はいたのかもしれません。その時自分は同じ旋律が隠れていることに気づけていなかったので、はっと驚いたことを覚えています。

「SWITCH VOL.41 NO.9 ジブリをめぐる冒険」(2023.8)の中で、鈴木敏夫プロデューサーはこんな発言をしています。【宮さんは「インコ大王は自分だ」と言う。そして「なりたかったもうひとりの自分が眞人だ」と言っていました】。真実は神のみぞ知るですが、そういう視点で映画をまた観ると面白いです。大伯父との会話や並んで歩く姿、積み木を崩し終焉へと導いたインコ大王。さておき、前島氏が言うように久石譲が意識的に仕込んだことは間違いないと思います。たまたまの可能性は極めて低い、久石譲の音楽設計において、宮﨑駿作品はなおさらのこと。

 

「追憶」ではピアノで「静寂」ではハープで、どちらも曲の約1分過ぎあたりから聴けるモチーフです。

 

 

「陽動」のイントロから、こんぺいとうのようにパステルにカラフルなインコたち、音色も色彩感いっぱいに魔法をかけられています。鳥の鳴き声や群集を思わせるウッドパーカッションも効果的です。曲ごとに同じモチーフを使いながら、高い音から低い音まで鳥の大きさの変化に合わせてバリエーション豊かに並んでいます。

『紅の豚』(1992)の「セリビア行進曲」、『ハウルの動く城』(2004)の「陽気な軽騎兵」、『風立ちぬ』(2013)の「カプローニ(設計家の夢),(幻の巨大機)」や「ユンカース」など、久石譲の行進曲はパレード的な賑やかな描写にとどまらない、そこに国が築かれていることやそこが活気に満ち繫栄しているであろう世界観までも立ち上げてくれます。

 

Scene 01:44:30 / There is no music in this cut.

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(7)~ワラワラ・炎の少女 ほか~

Posted on 2024/08/17

つづけて、アルバムを聴いてみましょう。

 

Track.
16. 箱船

神秘的な世界への場面転換をシンセサイザーやエスニックなパーカッションを導入することで演出しています。久石譲らしい音色パレットはファンタジーらしさいっぱいです。

『千と千尋の神隠し』(2001)の「神さま達」で船に乗って登場するシーンにもボーンと響く打楽器が鳴っていました。

 

 

Track.
17. ワラワラ

前島:

「本作のスコアの中でもとりわけユーモラスな音楽として書かれた、ワラワラのテーマ。日本の観客ならば、メロディの曲調から日本の伝統的な「わらべ歌」を即座に連想するであろう。宮﨑監督がワラワラというキャラクター名を「わらべ」から発想したと仮定するならば、久石がそのテーマとして一種の「わらべ歌」を作曲したのは、非常に納得がいく。メロディの合間に聞こえてくるサンプリング・ヴォイスの掛け声も、おそらくはこの曲の「わらべ歌」な性格を強調するための隠し味であろう。ベートーヴェンの《月光ソナタ》を思わせるアルペッジョで始まる《転生》は、《ワラワラ》と全く異なる詩情豊かな音楽として書かれているが、熟したワラワラたちが夜空に飛び始めると、ワラワラのテーマが断片的に聴こえてくる。」

 

 

楽しいわらべ歌のような曲想がキャラクターに愛らしさを与えている一曲です。神秘的なオリエンタリズムに溢れていますが、本作で聴くことができるミニマルは西洋的なものから日本的なものまであります。ことオリエンタルなミニマリズムでいうと、久石譲は先駆者の一人として常に進化を続けてきました。日本を代表するミニマル作家は今さらに世界へ発信しています。

『となりのトトロ』(1987)の「メイとすすわたり」はピグミー族の声をエディットしたものです。『もののけ姫』(1997)の「黄泉の世界」、『千と千尋の神隠し』(2001)の「神さま達」、『ハウルの動く城』(2004)の「サリマンの魔法陣」、『かぐや姫の物語』(2013)の「天人の音楽」、久石譲がそれぞれに多彩なサンプリングボイスを込めた曲たちです。そこには神聖なもの霊的なものが表現されていると感じています。生命、魂を宿しているものたち。ワラワラのサンプリングボイスはどこからきたのでしょうか。

 

Scene 01:00:55 / Track 17. ワラワラ

 

 

Track.
18. 転生

シンセストリングスも融合しながら紡ぐピアノは、暖かくやわらかい響きに包まれています。繊細な音の強弱やテンポの揺らぎからくる久石譲らしいピアノのニュアンスとたゆたう調べは、生まれる前から知っていた心地よさに安らぎを憶えます。ストリングスの下から上への二音の繰り返しは、高く高く昇っていくことを誘導しているようです。ワラワラのモチーフも登場し、ここまでの三曲は神秘的なシーンを印象づけています。

 

Scene 01:07:00 / Track 18. 転生

 

 

Track.
19. 火の雨
25. 炎の少女
27. 回廊の扉

久石:

「やっぱり人の声を使うとより観る人に強く響く。なので、たくさん使うんではなく効果的なところに使いたい。今回の場合はヒミというキャラクターがとても重要で、そんなにたくさん出てくるわけではないんだけども、とても特別な部分を占めてると思ったので。ここにコーラス、それも女声コーラスを使う。わりと感覚的にそれがフィットするだろうと使いました。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

 

前島:

「ヒミのテーマに基づく音楽だが、女声コーラスの歌声(歌唱は麻衣&リトルキャロル)が端的に示しているように、母性そのものを象徴した音楽と捉えるのが自然である。」

 

 

変幻自在な変拍子です。「火の雨」では、ストリングスの旋律の動きに合わせてスネアが重ねられています。音楽的に分厚くならなくても迫力や立体感を与える久石譲音楽の一手です。「炎の少女」では、メロディを歌うコーラスの3拍子とバックのオーケストラは4拍子という巧みなポリリズムを聴かせています。ものすごく複雑なことが起こっています。ミニマルはリズムもズレたり変化したりと、どこに集中して聴くかでがらっと表情が変わります。火を操るほどのリズムトリックは、聴くたびに面白い躍動感が迫ってきます。

 

Scene 01:08:35 / Track 19. 火の雨

 

Scene 01:23:55 / Track 25. 炎の少女

 

Scene 01:28:45 / Track 27. 回廊の扉

 

 

Track.
20. 呪われた海

本作サウンドトラックで唯一本編と差異のある一曲です。老ペリカンのシーンに使われているのは曲冒頭から約1分半まで、そして音楽無しでカットは少し進んで飛んで曲終部が使われています。サウンドトラックの中間部は本編未使用です。もともと一曲として出来上がっていてそのまま収録したのか真意は謎ですが、呪われた海を表現するのに充実した収録です。

 

Scene 01:10:40 / Track 20. 呪われた海

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(6)~青サギ・黄昏の羽根 ほか~

Posted on 2024/08/16

つづけて、アルバムを聴いてみましょう。

 

Track.
3. 青サギ
5. 青サギ II
8. 青サギ III
10. 青サギの呪い

久石:

「一つだけあったのは、物語序盤に青サギが出てくるシーンの音楽です。宮﨑さんは青サギの存在をさりげなくしたかったんですね。僕はそこに少し派手目の音楽をつけちゃっていた。青サギのテーマのベースの曲は、最初はもっと激しかったんです。宮﨑さんはこれだと大げさになっちゃうから、ここは音楽はなくていいんじゃないかとおっしゃって。だけど、青サギの存在はそれ自体が現実ではない存在感を持っているので、完全に音を外してしまったら、今度は逆に悪目立ちしてしまう。僕は何かあったほうがいいと思うと伝えたんです。それで、最終的にピアノ1本のポーン・タランだけのスタートに変えて、それが3回目に出てくるあたりでちょっと厚くなるぐらいに切り替えた。そしたら、これは音があったほうがいい、と喜んでくれました。」

「そこで僕は、それはちゃんとある種曲になってたんですけども、どんどん音を抜いていって、で最後にあの一音が一番いいと。ただ、一音が次のシーンでは3つ5つになり、次のまた出てくるところではちゃんと曲になってる。これに関しては宮﨑さんほんとに喜んで「あっ、これやっぱりあってよかった」って、ほんとに喜んでましたね。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

 

「たぶん鈴木さんもそう考えるだろうなとか、いろいろなことが、やっぱり長いつき合いだからわかるんです。デモテープはこれでOKで、その後いろいろなことがあった今の段階で考えると、この方法で行くならば、ここをそれほど過剰にしないほうがいいとか。だから後半はかなり音を抜く作業をやっていましたね。加えるというよりは。」

「うん、加えない。派手にしない。抜いていく作業。」

 

 

4度の二音からなる極めて最小のモチーフです。鳥の鳴き声にも聴こえる執拗に散りばめられた二音の繰り返しや、鳥の喉仏が鳴っているようにも聴こえる木管の低音など、不穏さや捕えきれない魅力に引き寄せられていきます。風を切るように一瞬にして切り替わるミニマルのハーモニーも秀逸です。主人公にとって無視できない存在へと膨らんでいく青サギは、同じように楽曲群も豊かに展開しながら存在感を浮き立たせていきます。

また、2022年11月15日音楽仮付けで課題にあがったこの青サギのテーマが、音楽の方向性を決定づけていったこともわかります。こういう感じでいくというイメージが三者間でかちっとはまった、制作過程においても大きな役割を果たしたといえるテーマです。

『千と千尋の神隠し』(2001)の湯婆婆も4度の二音からなるモチーフです。どちらも鳥に変身して空を飛びます。

 

Scene 00:27:45 / Track 10. 青サギの呪い

 

Scene 00:28:40 / Track 10. 青サギの呪い

 

 

Track.
6. 黄昏の羽根
22. 回顧

本編前半部では小さい編成で本編後半部では大きい編成で流れる、塔のテーマともいえる曲です。久石譲の説明にもあった「前半は現実世界で後半はファンタジーという2部構成だと感じた」という音楽的アプローチが具現化されています。たしかに、前半部のほうは弦楽のざらざらした音像が羽根の一本一本やその肌ざわりまでも想起させてくれます。粒立ちのいいピアノにFutune Orchestra Classicsのノンビブラート奏法にとピンッと張った緊張感を保っています。ノンビブラートとは、歌う時のビブラートをかけるかけないと同じで、音を震わせずにまっすぐに鳴らす奏法のことです。

 

 

Track.
7. 思春期

転校先でのシーンに流れています。その鮮烈なカットに強い衝撃を受けますが、音楽はそんな主人公の行動や感情からは距離を置いたものになっています。まるで軍歌や唱歌のような旋律は、当時の時代背景や取り巻く環境を俯瞰しながらも、とても風刺の効いた映像と音楽の対位法になっています。

 

 

Track.
11. 矢羽根
23. 急接近

明るいミニマルが何かへの好奇心や夢中さを表しているようです。「矢羽根」では、強めのピッツィカートがまるで工作でトントン打っている音や、はたまたピンと弓の張り具合を確かめているようにも聴こえてきておもしろいです。ピッツィカートとは、弦楽器の弦を指ではじいて音を出す奏法のことです。曲としてもきちんと成立しているなかで、効果音的な響きまでも意図的に音楽的に盛り込まれています。映像やシーンとの相乗効果で、もっと言うと映像から離れたときにもイマジネーションをかき立ててくれる久石譲映画音楽の秘技です。

「急接近」では、少しやわらかくなった曲調が距離感や歩み寄りを感じさせてくれます。昨日の敵は今日の友、まるで正反対の構図で流れるこの曲は、言葉ではうまく説明できない関係性や心の変化をミニマルなピースたちで並べていきます。

『風立ちぬ』(2013)の「紙飛行機」でも工作や胸の高鳴りが、「隼班」でも設計(工作)が、ミニマルの手法で表現されていました。

 

Scene 00:37:50 / Track 11. 矢羽根

 

Scene 01:13:40 / There is no music in this cut.

 

 

Track.
13. ワナ

久石:

「眞人がキリコとともに屋敷の中でソロソロと入っていって、青サギとやりとりして地下へ向かう流れなどはシーンに合う曲をミニマルで書いている。こちらはやっぱりサスペンス調になるんですよ。すると、さっき言った夏子が子供を産むところや眞人がキリコと「下の世界」に行くシーンより、音楽の印象は薄いんです。」

 

 

久石譲インタビューは、誕生日プレゼントの「祈りのうた」や「祈りのうた II(聖域)」について語っているところからの流れです。この曲はその元になる素材(モチーフ)があったかどうかは別にしても、シーンに合わせて書かれたことがわかります。仮に映像と一緒に観た時マッチしていて音楽の印象は薄いと…全くそんなことは思いません。SNSでもNowplyaing投稿をよく見かけた曲でもあります。ずるずると嵌っていくように微細にグラデーションしていくハーモニーの変化も聴きどころです。

Futune Orchestra Classicsの特徴は、リズムをきっちり揃えること、音価(一音一音の音の長さ)をきっちり揃えることです。引き締まった音像になりとても芯の強い音楽になります。もうひとつは、感情を込めすぎないことで俯瞰した響きの印象になります。ある種つかむことのできない凄みが潜んでいます。ベタに怖いですよ怖いですよ、とは言っていない演奏といったらわかりやすいかもしれませんね。久石譲の最先端、現代的なオーケストラのアプローチは最新作にこそふさわしい、そう思えてきてうれしくなる曲たちばかりです。

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(5)~白壁・聖域・祈りのうた~

Posted on 2024/08/10

つづけて、アルバムを聴いてみましょう。(4)「Ask me why」とここでは久石譲が宮﨑監督に贈った誕生日プレゼントを集めています。

 

久石:

「今回は映像を見る以前に宮﨑駿という人間に寄りそった15曲のストックがすでにあったんですね。しかも誰か別の人間が作った曲じゃない。自分で作った曲で他で使っていない有り物がある。それは映画の映像を見て、それに合わせて作られたものではない。けれど、より深い部分、宮﨑駿という人間に向けて作られたという部分では通底するものがある。僕はその自分の曲を自由に選曲することができたわけです。」

「そう、劇と一本化した曲って印象薄いんですよ。劇とちょっとずれている、距離をとった音楽は印象に残る。これ、映画音楽の最大の鍵なんです。映像と距離をとる。それが一番重要なんです。だから今回のサントラCDに付属した冊子に鈴木さんが「今回の映画音楽はかつて宮﨑さんに贈った曲が多かった」と書いているけれど、実はそこまで多くはないんです。多くはないんだけど、印象に残る。だからそういう曲が多く感じるということなんです。」

「ええ。でもこんな体験は僕自身ももう二度とできない。」

 

 

Track.
2. 白壁

2017年誕生日プレゼントに贈られた「小さな曲」がその原曲です。三鷹の森美術館オリジナルBGMの一曲として入替制で流れています。また短編映画『毛虫のボロ』(2018)のエンディング曲としても約1分の曲尺で使用されています。”小さな”、毛虫の世界観とそのイメージが入っていた時期に作曲されたのかもしれません。

曲名が「白壁」となっているのは本編シーンに由来しています。久石譲はなぜこの曲を選曲したのか考察してみましょう。『毛虫のボロ』は、卵からかえるところから外の世界へ踏み出していく物語です。見るもの触れるものすべてが新しい世界であり、小さな毛虫にとって大きな外界は試練の連続です。行く先々で待ち受けているもの、そこは祝福されたものかもわからない。そんな毛虫の移動と主人公眞人の疎開をメタファーにしているのではないでしょうか。何ともいえないメランコリックな曲調はここしかない絶妙な選曲です。

この曲が三鷹の森ジブリ美術館の展示室用BGMとして使用されていること、小さな曲=毛虫のボロエンディング曲、これは情報提供いただきました。おかげでもっと長い線で結ぶことができました。ありがとうございます。

 

 

Track.
14. 聖域
15. 墓の主
16. 別れ

久石:

「今回それでいくつか成功しているところが、たとえば前半約1時間の現実世界からお屋敷に入って地下へ下り、床に飲み込まれて「下の世界」へ行くシーン。あそこで流れるターラーラ・ターラーラって曲、あれは狙って書けないですよ。」

「あれは2016年か17年ぐらいに書いた「祈りのうた2」という曲で、宮﨑さんに贈った曲なんです。当時はヨーロッパのミニマリストの影響をけっこう受けていて、それこそアルヴォ・ペルトだとかグレツキを自分なりに消化しようと書いていた曲なんですよ。そうすると、癒やしのような曲が地獄に呑まれるシーンに流れちゃうわけです。これ、狙って書けないです。セルフ選曲スタイルだからこそできたことになる。」

 

前島:

「宮﨑監督の誕生祝いとして書かれた《祈りのうたII》(2016)が原曲。本編のスコアにおいては、眞人が降りていく「下の世界」のテーマとみなすことができる。エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトに代表されるティンティナブリ様式(鈴鳴り様式、鐘鳴り様式)の三和音の分散音型で書かれており、ゆるやかな3拍子のリズムと合わさり、永遠に回転運動を続けていくような印象をもたらす。その独特な時間感覚が、「下の世界」を支配する時間の流れ、つまり現実の「上の世界」とは異なる時間の流れを象徴していると考えることができる。」

 

 

『かぐや姫の物語』(2013)で高畑勲監督が久石譲にオーダーしたのは【運命を見守る】音楽でした。それは【登場人物の気持ちを表現してはいけない/状況につけてはいけない/観客の気持ちを煽ってはいけない】という具体性をもって映像に音楽がつけられていきました。この曲からも同じような俯瞰や畏敬を感じることができます。

ピアノ左手の動きは、一音一音上行したり下行したり、はたまた無軌道な動きを見せたりします。時間が大きく呼吸しているようなこのテーマは、現実世界とは異なる時間の進みや揺り戻し、異世界に足を踏み入れていることを体感させてくれます。

 

Scene 00:51:00 / Track 14. 聖域

 

 

Track.
29. 祈りのうた (産屋)

久石:

「物語終盤の産屋で夏子が子供を産むシーンに使用した曲は、2015年に書いた最初の「祈りのうた」です。これは東日本大震災の影響も受けて、祈りとしての分散和音だけで作った曲です。」

「そう、一番激しいシーン。あのシーンに音楽を書けと言われたらサスペンスと恐怖が混じってくるし、あれだけの紙がワサワサ回っているとオーケストラで激しくいきたくなりますよね。でも、実際に使用した曲は、基本はピアノ1本です。後半に弦が入るだけ。あれができたのも、やはり、あらかじめ曲があったからなんです。」

 

前島:

「原曲は2015年1月5日、すなわち宮﨑監督74歳の誕生日に献呈されたピアノ曲《祈りのうた》で、もともとは三鷹の森ジブリ美術館のBGMとして作曲された。同年夏に開催された久石指揮新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)のツアーで初演され(本盤と同じピアノ、弦楽合奏、チューブラーベルズのためのヴァージョンで演奏された)、その際、「Homage to Henryk Górecki(ヘンリク・グレツキへのオマージュ)」という副題が附された。その副題が暗示しているように、《祈りのうた》は久石が(ポーランドの作曲家グレツキの音楽で知られる)ホーリー・ミニマリズムの様式を強く意識して作曲し、東日本大震災の犠牲者追悼の意味を込めた作品である。曲の構成は、ピアノだけで演奏される主部、弦楽器が加わった中間部、そして主部の再現という三部形式で作られているが、中間部の終わりに聴こえるチューブラーベルズは弔鐘、つまり追悼の鐘にほかならない。出産を控えた夏子と眞人が産屋で再会するシーンにおいては、そのチューブラーベルズが鳴り響く瞬間、音楽は感情的に最も激しいクライマックスを迎えるが、そのシーンの映像と《祈りのうた》の音楽が生み出す、いわば”生”と”死”が隣り合わせになった凄絶な表現は、もはや筆舌に尽くしがたい。」

 

 

「祈りのうた」は、「祈りのうた for Piano」が『Minima_Rhythm II ミニマリズム 2』(2015)に、「祈りのうた -Homage to Henryk Górecki-」が『The End of the World』(2016)にアルバム収録されています。約7分大きく静謐に繰り返す後者をもとに約4分のシーンに合わせて再録音されています。ピアノ左手の深い低音から一音一音上行していく動きは、深い場所から出口へ向かっていく神聖さを感じます。

三鷹の森ジブリ美術館オリジナルBGMです。2015年は同館「幽麗塔へようこそ展」が開催されていて、その時館内BGMとして使用されていた曖昧な記憶があります。本作の産屋のある塔と幽麗塔の世界、なにか関連はあるのでしょうか。次の情報が待たれるところです。

 

 

 

映画『君たちはどう生きるか』の音楽で誕生日プレゼントから選曲されたのは、「Ask my why」、「白壁」(小さな曲)、「祈りのうた」、「聖域」(祈りのうた II)の4曲は明らかになりました。ただ、一つの謎は残ります。

ーーーーー

2023.08.01 (posted on)

映画『君たちはどう生きるか』の音楽を手がけた久石譲さんのサウンドトラックアルバムが、8月9日(水)に発売されます。本日から発売日まで、久石さんの音楽作りの過程をお伝えしてゆきます。

久石さんは新年、宮﨑さんへ誕生日プレゼントの曲をたずさえ、スタジオにいらっしゃいます。
2020年1月6日(月)、久石さんがお持ちになった曲は、シンプルな単音中心のミニマルな曲でした。

少し不穏な雰囲気の曲を聞いた宮﨑さんは、目を閉じながら聞いたあと「地獄の門が開いた感じですね!」とひと言。鈴木さんもまた「久石さんの原点回帰ですね」と評しました。

久石さんは「そう! なにかそういう気がするんですよ」と答えます。
日本で最初に新型コロナウイルスが確認された1月中旬から、10日ほど前のことでした。

ーーーーー

from スタジオジブリ公式ツイッター(当時)

 

音楽にまつわる投稿第一弾だったこともあり、その時は「Ask me why」のことかなと思い込んでしまいました。しかし、久石譲インタビューを経て改めて注目すると、2020年1月6日と2022年1月5日、これは別の曲ということになります。さて、この曲は映画で使われたのでしょうか。いつか誕生日プレゼント(三鷹の森美術館オリジナルBGM集)がアルバムになって届けられたなら、その時に真実は明らかになるでしょうか。

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(4)~Ask me why~

Posted on 2024/08/09

では、アルバムを聴いてみましょう。

 

Track.
1. Ask me why(疎開)
12. Ask me why(母の思い)
34. Ask me why(眞人の決意)

久石:

「それから年が明け、(2022年)1月5日に宮﨑さんが、僕の仕事場に来られました。あの日は宮﨑さんの誕生日で、僕は毎年、曲を書いて二馬力に持って行くんですが、その時に作った曲が、眞人のテーマ曲ともいえる「Ask me why」だった。この段階では、僕は絵コンテも映像も観ていません。でも、宮﨑さんがその曲をすごく気に入られて、後日「宮﨑さんが『これってテーマ曲だよね』と言っていた」ということを伝え聞きました。それを聞いて、しまった、と(笑)。宮﨑さんって刷り込みの人だから、一度曲を聴いて「いい」というスイッチが入ってしまったら変更が利かない。僕自身は、映像を観てからテーマとなる曲を書くつもりだったけれど、こうなっちゃったらもう、戻れない。覚悟を決めました。」

「ただ、あの曲のアイデアは実は半年以上前から持っていたものなんです。歌のように、お経のようにつぶやいているものを書きたいとずっと思っていて。」

「毎年1月5日に持って行っていた曲というのは、最初はジブリ美術館用のつもりだったんですね。こういう展示物があるから作るというのではなく、何か展示するときに自由に使ってもらえばいいぐらいの感じで。そうするとイメージの源泉は宮﨑さんしかないんです。だって用途を頼まれて書いているんじゃなくて自主的に作るんだから。宮﨑さんに聴いてもらいたい曲を書くというコンセプトの中で、自分がそのときに素直に書きたいと思ったものを作る。」

「宮﨑さんが新作の制作に入ってからは、青サギが出てくるらしいということやインスピレーションを得た小説の話などは知っていましたが、具体的な内容なわからないけど、ちょっと心に引っかかりを持った少年の話になるみたいだと聞いてはいたんですね。頭にそれがあるから、5日に曲を書くとき、素直に宮﨑さんに聴いてもらいたいという気持ちと同時に、そのイメージが入ってくるんですよ、なんとなく。」

 

「七夕に初めて映像を観たとき、この映画の音楽は主人公のテーマとしてメインの曲を作って、それを中心に組み立てていくようなものではないとはっきりわかったんです。ようするにメインのメロディーをアレンジを変えて各所に押していくようなものではない。それをやると従来の古い形の映画音楽になってしまう。そのうえで一番重要なシーンにだけ厳選して使う。実際、主人公が疎開してくるオープニングと、本(君たちはどう生きるか)が机から落ちて母の字が見えたところ、あとラストの一つ前。この3カ所にしか使ってないんですよ。」

「普通だとこのメインのメロディーを弦でやったり、フルートでやったり、ヴァリエーションを増やしていくんだけど、これも一切やらない。これは完全にピアノだけでいく。どんな場合でもピアノでいくと決めちゃうとシーンができる。それをまず決めたら、そこに対してまたアイデアを考えていくということで組み立てていった。その結果として、実は鈴木さんが言ってくれた「ミニマル音楽で全編を」ということとは別に、ある意味でそれ以上に、映画音楽としてすごく特異な試みができたんです。」

 

「11月15日、映画の主要なシーンに10曲ほどの音楽を仮付けしたものを、宮﨑さんと鈴木さんに聴いてもらいました。映像を見ながらじっと音楽を聴いていて、眞人の部屋の机の上に積まれていたあの本(『君たちはどう生きるか』)が床に落ちて、表紙の内側に母の文字が見えたところに「Ask me why」が被さった時、宮﨑さんが涙を流されたということがありました。」

 

Joe Hisaishi, the veteran composer of every Miyazaki feature since 1984, responded to that original name and gave his theme the English title “Ask Me Why.” Through a translator, Hisaishi said he did that “to show that we’re constantly asking ourselves questions and asking ourselves the meanings of things.”(出典:Miyazaki’s ‘Boy and the Heron’ should be felt, composer says – Los Angeles Times, Nov. 29, 2023)

[自身のテーマに英語のタイトル「Ask Me Why」を付けた。久石は通訳を介して、「私たちが常に自分自身に疑問を持ち、物事の意味を問い続けていることを示すために」そうしたと語った]Web翻訳

(引用ここまで)

 

 

本作のメインテーマです。オープニングから本編終盤まで大切なシーンに3回だけ、他の楽器へのアレンジや変奏もなくピアノ1本で大切に奏でられています。シンプルでピュアな一曲です。オリジナルはおそらく約5分ほどのピアノ曲として仕上げられていると思います。本作ではシーンに合わせて曲想も手が加えられ曲尺も短くなっています。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2023」(2023.7)のアンコールでサプライズ披露されました。約3分半バージョンのピアノ・ソロはその後も海外公演などで演奏されています。

久石譲のジブリメロディといえば、新しくて懐かしい旋律に、神秘的に包み込んでくれるハーモニーにとファンをとろけさせてきました。「Ask me why」は、静かに呼吸するようなイントロに同音連打で始めるメロディと、まるで心の扉をノックしているようにも聴こえてきます。そして運命の扉をたたく、扉を開いていく力を感じています。映画を観た世界中の人々がフルバージョンで聴けるときをいつまでも心待ちにしている一曲です。

 

 

Ask me why のふしぎ

サビのメロディの一音が違います。とてもシンプルな曲だから同じことを繰り返しているだろう先入観もあってか、気づきにくいかもしれません。2回目に臨時記号♭(フラット)が付きます。この微細な変化が得も言われぬ奥深いニュアンスを与えてくれています。とても気に入っていました。しかし、コンサートなどで演奏しているピアノ曲は繰り返すどこにも♭は付いていません。ぜひ「34. Ask me why(眞人の決意)」を聴いてみてください。first time “D7”, second time “D7(-9)”のような、たった半音のズレからくる夢幻の響きです。この曲眞人の決意のためだけなのでしょうか。ズレあり派です。

 

~~~~

 

Scene 00:03:20 / Track 1. Ask me why (疎開)

 

Scene 00:42:30 / Track 12. Ask me why (母の思い)

 

Scene 01:51:50 / Track 34. Ask me why (眞人の決意)

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(3)~方法論 継~

Posted on 2024/08/08

映画『君たちはどう生きるか』で継承された方法論についてみていきましょう。中でも、久石譲が守り続ける作曲論と、もう一つは音響との関係性についてです。ミニマルについても継がれたものと新しいことを改めて整理してみましょう。

 

 

久石:

「僕が2010年にやった「悪人」という映画の音楽を高畑さんがすごく気に入られていたんですね。その理由というのは、音楽が登場人物についていない。距離を持っているということなんです。映画音楽というのは、どうしても感情につけるか、状況につけるかになる。大概はその二つなんです。悲しいところをもっと盛り上げるとか、あるいは今は戦時下ですというような状況の音楽とかね。それが基本といわれていたんだけど、僕はまったく違う方法をとっていて、主人公のテーマというのも考えたことがないんですよ。」

「あくあで監督目線でつける。監督がこれで何を表現したいのかということに対して音楽をつける。今回の映画もそうだけど、宮﨑さんの視点と観客との真ん中くらいの位置関係。悲しがっているシーンを強調したりせず、心情的なものを説明しないということに徹したのが良かったんじゃないかという気がしています。」

 

「多くの映画音楽というのは基本的に、登場人物の気持ちを表現するか、状況を表現するかの二つしかないんですよ。で、僕は両方やりたくないわけ。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

「音楽は映像と距離をとってたほうがいい。あまり映像にシンクロしてしまうと、申し訳ないけど今のハリウッド映画みたいに(苦笑)ほとんど効果音楽になっている。走ったら速い音楽、泣いたら悲しい音楽っていう、すごくシーンを説明してしまうからね。僕はそれは絶対やりたくないから距離をとる。画面を説明しない。むしろ観る人がどんどん想像をかきたてるような、そういう音楽を書くことが理想だと思っています。ここは映画のことでとても重要なんですけども、観る人にイマジネーションをかきたてる、持ってもらう、観る人が想像できるようなものがいいと思う。音楽も説明しちゃってはいけない。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

 

「進化なのか退化なのかはわからないけれど、デジタル機材が発達して以降のハリウッドの映画音楽は最悪になりました。それまでは言葉で作曲家に発注して何が上がってくるかわからない。何かイメージ違うんだよなと思っても、一定の範囲内で許容するしかない。そのズレって実は大切なモノだったと思うんです。ところがデジタルが発達しちゃうと誰もが簡単に切り貼りしたりシミュレーションできる。しかもその音楽を監督本人が選ぶわけではなく、分業化された「音楽ディレクター」とか「選曲屋」みたいな連中があたかも監督の代弁者のように振る舞って選びだす。これがほんとうに迷惑なんです。」

 

「作曲者ってやっぱりエゴがあって大概の場合、セリフと効果音って敵なんですよ。セリフも効果音も「うるさいから下げてください」って(音響演出の)笠松(広司)さんにしょっちゅう言っていたんですが、今回のように映画全体の音の設計を考えはじめると、「ここ、効果音くるよな」って想像がつくわけです。効果音がくるなら「ここはピアノ1本にしちゃうか」とか、トータルで設計ができるようになってくる。」

(引用ここまで)

 

 

作曲論

久石譲の作曲の流儀については、これまでも多くの機会で語られています。スタジオジブリファンや久石譲ファンにはご存知のとおりです。それもそのはず、時代をめくると『風の谷のナウシカ』(1984)や『天空の城ラピュタ』(1986)のときすでに同じことを語っているインタビューを発見できるから驚きです。作曲家として一貫したスタイルの約40年間です。

前回(2)方法論では、本作では無かったイメージアルバムについて触れました。何がイメージアルバムの役割を果たしたかというところまで踏み込んでみました。そもそもで振り返ってみると、イメージアルバムで作られた曲は特定のシーンに当て書きされたものではありません。宮﨑監督のキーワードや絵コンテをもとに、そのテーマや世界観を大きく表現する一曲になっています。そこから生まれた主要曲たちは映画本編でも大いに活躍していきます。登場人物が走っているか泣いているか、喜んでいるか悲しんでいるか、そんなどのシーンに使われるかわからない段階で書いた曲たちがぴたっとはまる、これが久石譲の言う距離をとった音楽その一つの現れなのかもしれません。イメージアルバムからであれ、本作に使われた誕生日プレゼントからであれ、タイプは違えど映像と音楽は対等な関係にあります。

イメージアルバムから振り分けていき足りないものは新たに書くという工程があります。映画公開に先駆けて届けられるイメージアルバム曲から、初めてお目見えするサウンドトラック曲まで、その楽しい時間と魅力は尽きません。本作では、事前に聴ける曲はありませんでしたが、そこには誕生日プレゼント・デモ音源・書き下ろし曲の三つがあります。誕生日プレゼントについては追って詳述したいと思います。

一つ例を想像してみましょう。「追憶」や「黄金の羽根」は、海外デモ音源の素材(モチーフ)からかたちにしていったのかもしれない。「思春期」や「ワラワラ」は、内包する世界観や独特性からすると書き溜めていた曲からではなく、シーンに合わせて新たに書かれたものかもしれない。「ワナ」については、素材があったかは不明ですがシーンに合わせて作っていったことは久石譲インタビューから明らかになっています。このように、イメージアルバムこそ無かったものの、久石譲が本作のために準備した楽曲群は、数年にもおよぶ創作期間の中から生まれた作家性の結晶です。一見するとバラバラなパズルのピースたちを高い次元でまとめあげています。

音響担当の笠松広司さんは、映画『ゲド戦記』(2006)以降のスタジオジブリ作品でも数多くクレジットされています。久石譲とは『崖の上のポニョ』(2008)『風立ちぬ』(2013)『かぐや姫の物語』(2013)ほか、『海獣の子供』(2019/STUDIO4℃)でも共に仕事をしています。

 

 

ミニマル・ミュージック

宮﨑監督の創造力に共振するように、久石譲は久石メロディを開花させ久石ブランドを進化させてきた。そういう歴史的側面はたしかにあります。本作では、ふたりのアイデンティティが真っ向から対峙しています。久石譲の音楽ルーツはメロディメーカー以前に現代音楽でありミニマル・ミュージックです。

ミニマル・ミュージックとは、短いフレーズやリズムを微細に変化させながら繰り返す音楽のことです。前衛音楽として始まり、現在までジャンルの垣根を越えて発展しています。本来の反復やズレはもちろん、ポップスからクラシックまで定義はより広がりをみせています。

久石譲は映画音楽の世界においても、ミニマルのアプローチを追求してきました。これまでのスタジオジブリ作品や北野武監督作品にもその一端は現れています。とりわけ、近年の日本映画『海獣の子供』(2019)『映画 二ノ国』(2019)や海外映画『赤狐書生 (Soul Snatcher)』(2020)『川流不“熄”(A Summer Trip)』(2021・未音源化)など、その比率は各段に上がっています。久石譲は「エンターテインメントでもミニマルのスタイルで貫けるときにはブレずにやる」と語っているとおり、どこまでミニマルでいけるのか挑んできた近年の志向性です。

ミニマル・ミュージックは、微細な変化を探求しているため、その音楽を明るいと感じるか暗いと感じるか、あるいは何を想像するかはリスナー一人一人に委ねられています。イマジネーションをかき立てる映像や物語に対して、音楽が先走ったり一つの答えを押しつけてしまってはいけない。久石譲の言う「距離をとった音楽」「観る人がどんどん想像をかきたてる音楽」のひとつにミニマルはあります。観る人や観るタイミングで微細に変化しながら、色褪せることなく長く愛され続けていきます。

ミニマルについて継承されたものは、久石譲というミニマル作家が映画音楽でも常にひとつの手法として如実に表現してきたことです。ミニマルについて新しいことは、遂に本作ではミニマルの手法で全曲書ききるという研ぎ澄まされた極致に達したということです。

 

Scene 01:39:10 / There is no music in this cut.

 

 

次回は、ではアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)