Overtone.第93回 メロディの圧縮?増殖?

Posted on 2023/05/20

ふらいすとーんです。

今回は難しいところから易しいところへ、わかりにくいところからわかりやすいところへ、少しずつほぐしていけたら。ゆっくりタイムにでも読んでください。ときにリスナーには努力が求められます。どうぞ耐え抜いてお付き合いください。きっと、そういうことね!と言葉と音楽が結びつくとそう願っています。

 

2020年2月開催「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.2」コンサートです。プログラムからアルヴォ・ペルト作品です。楽曲解説はこうあります。

 

アルヴォ・ペルト:フェスティーナ・レンテ ~弦楽合奏とハープのための
Arvo Pärt:Festina lente for string orchestra and harp

1986年作曲の「フェスティーナ・レンテ」は、ローマ帝国の創始者である初代皇帝アウグストゥスも使った矛盾語法の「ゆっくり急げ」から着想したものである。このタイトルは構成だけでなく形式についても暗示している。作品は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリン、ヴィオラ、そしてチェロとコントラバスの3つのグループからなるカノン様式で構成され、メロディは全員同時にしかし3つの異なるテンポで演奏される。最も速いメロディは7回繰り返され、短いコーダを経て音楽は静寂の中へと消えていく。

Blog. 「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.2」 コンサート・レポート より抜粋)

 

そのときのレビューです。

アルヴォ・ペルト:フェスティーナ・レンテ ~弦楽合奏とハープのための

静謐なこの作品は、曲目解説にもそのコンセプトが紹介されています。さらにわかりやすく言うと、ひとつのメロディがあって、例えば第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリンは4分音符で演奏します。ヴィオラはその2倍の長さ2分音符で演奏します。チェロ・コントラバスはさらにその倍の全音符で演奏します。この3つのパートが同時に演奏されて進んでいきますが、例えば4部音符でメロディを奏でるのに2小節あったとして、2分音符であればその倍4小節かかります、全音符であれば8小節かかります。すごく簡単にいうと。異なる対旋律はなく、ひとつのメロディの音符長さのズレだけで、自然的にハーモニーや大きなリズムが生まれる、そんな作品だと解釈しています。こういったところにアルヴォ・ペルト作品のおもしろさ、そして久石譲が創作において共感しているところがあるのだろうと思います。チェロやコントラバス、ハープといった楽器を座って固定しないといけないものを除いて、この作品でも立奏です。

Blog. 「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.2」 コンサート・レポート より抜粋)

 

 

今ならコンサート特別配信されています。

 

JOE HISAISHI FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.2 全曲特別配信! Special Online Distribution

アルヴォ・ペルト:フェスティーナ・レンテ ~弦楽合奏とハープのための
久石譲:The Border 〜Concerto for 3 Horns and Orchestra〜
ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 作品68
ブラームス:ハンガリー舞曲 第4番 嬰ハ短調

from Joe Hisaishi Official YouTube

 

 

2022年3月4日開催「久石譲指揮 日本センチュリー交響楽団 第262回 定期演奏会」でも、同作品はプログラムされています。

 

これ以上ここで言葉を尽くしても難しいので先に進みます。でも、最後まで読んだあとにまたここに戻ってきてください。今ならちょっとわかる!そうなるとうれしいです。

 

 

今回のテーマは、メロディの《圧縮》《増殖》についてです。近年の久石譲作品の楽曲解説、および久石譲が取り上げる現代作品の楽曲解説に、たびたび登場する言葉です。ということは、同じく音楽的な手法も共通しているものがあるということになります。アルヴォ・ペルト、フィリップ・グラス、デヴィッド・ラング、そして久石譲。ここでは2020年以降の久石譲作品から見ていきます。

 

と、その前に、やっぱり言葉だけだと難しくって読むの諦めますね、読み飛ばしたくなりますね、譜面といっしょに図解しようとがんばります。

 

図1

上の図は、同じ音型を使って音符の長さごとに繰り返しています。???

 

図2

赤丸ひとつの音型です。

ここに《圧縮》《増殖》の両方があります。

8分音符を軸にしてみましょう。音型をモチーフとします。モチーフを1回奏でるのに1小節です。これを《圧縮》つまり16音符の長さに縮めると1小節に2回奏でることができます。逆にこれを4分音符の長さに伸ばすと1小節では0.5回、2小節に1回奏でることができます。もっと引き伸ばすと2分音符は、、というようになります。そして、上の譜面の状態は、モチーフが《圧縮》されたりしながら同時に流れている、モチーフが4つのパートで《増殖》している状態、ということになります。(あくまでも一例です)

 

なあんだ、そういうことか。《圧縮》とか《増殖》とかいうから、すごい難しい理論だと思ったら、圧縮って音符を伸ばしたり縮めたりしてるだけじゃないか、増殖って音や楽器が増えて盛り上がってるっていうことでしょ、なんか敷居高めに言いやがって、、(ちょっとお口が悪いですよ)、わかるとスッキリしますね。そうはいっても、言葉にするとこうとしか言えないのもまたしかり、決して置いてけぼりにするつもりない、言葉と音楽との境界線です。だからわかってしまえばこっちは1UPです。

 

 

「久石譲:交響曲第2番」第2楽章や第3楽章で《圧縮》《増殖》を聴くことができます。第3楽章「Nursery rhyme」はタイトルとおりわらべ唄のようなモチーフが登場します。フィナーレを迎えるラスト2分は、モチーフが幾重にも圧縮したり伸ばされたりで同時に奏でられいます。2分音符から16分音符まで、まさに上の譜面図のようになっています。もちろんシンプルではありませんから、カノン風に旋律はズレうねり、ピッコロ、オーボエ、トランペットらが掛け合うように装飾的に交錯しています。モチーフの増殖を螺旋のように描きあげながらピークを迎えます。

「久石譲:交響曲第2番」はまだ音源化されていません。そのなかで第2楽章「Variation 14」はアンサンブル版も作られ、こちらはリリースされています。例えば、7分あたりから1分間くらいの箇所は聴きとりやすいです。モチーフを高音ヴァイオリンらが16音符の速いパッセージで繰り返しているとき、低音チェロやトロンボーンらは4分音符に引き伸ばして奏しています。まるでベースラインのようなおもしろさですが同じモチーフです。そこへフルート、オーボエ、クラリネットらがまた、モチーフの素材を部分的にカラフルに奏してます。ここもまた《圧縮》と《増殖》が現れている状態といえます。

「Variation 14」には久石譲が推し進める《単旋律》の手法もあります。同じように低音で比べてみます。わかりやすいところで4分半あたりから1分間くらい、ときおりボンボンと不規則に鳴っているベースのようなパートは《単旋律》の音です。メロディライン(モチーフ)のなかの一音を同じところで同時に瞬間的に鳴らしている、そんな手法です。この楽曲の注目ポイントは、《単旋律》の手法と《圧縮》の手法をスムーズに切り替えながら構成されている妙です。さらにすごい、ラスト1分などは《単旋律》と《圧縮》の手法をミックスさせて繰り広げられています。だから厳密には《単旋律》(ドとかレとか同じ音だけ鳴っている)とは言えないかもしれませんが、それは理屈であってこだわらなくて大丈夫、《単旋律》オンリーもちゃんとやっています。この楽曲は、交響曲第2番第2楽章は、久石譲の近年作曲アプローチから《単旋律》と《圧縮》を昇華させ構築してみせた、すごいかたちなんです!(たぶん)聴くだけでもワクワク楽しい楽曲ですが、その中に技法もいっぱい詰まっているようです。ここだけでずっと話したくなる、またいつか語り合ってみたい。先に進めましょう。

 

Variation 14 for MFB (2020) (世界初演)

from official audio

 

 

「久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)」です。ちょっと交響曲第2番で盛り上がりすぎちゃった感、しゃべり過ぎちゃった感あり割愛します。音源化もまだです。期待を膨らませるさわりくらいに。

 

第2楽章の楽曲解説はこうあります。

”II. where are we going? は26小節のフレーズが構成要素の全てです。それが圧縮されたり伸びたりしながらリズムと共に大きく変奏していきます。”

ほんとにこのとおりになっています。なにやら静かにゆっくり始まって、ガラッと一変鋭くリズミックになって、魅力的な弦楽四重奏のみ構成にもなって、力強い爆発力で解き放たれる。どんどん曲想が変わって同じようにメロディラインも変わっているように錯覚しますが、楽曲解説のとおり同じモチーフで首尾一貫です。

第3楽章の楽曲解説はこうあります。

”III. substance は ド,ソ,レ,ファ,シ♭,ミ♭の6つの音が時間と空間軸の両方に配置され、そこから派生する音のみで構成されています。ちなみにこれはナンバープレースという数字のクイズのようなゲームからヒントを得ました。”

6つの音からなるモチーフが稲妻のような速さで鳴り響き、それが中間部ではまるで強烈なフックのように2分音符に引き伸ばされた長さで重厚にたっぷりに奏されます(下の音で)。とても強い印象をのこします。「交響曲第3番」にも《圧縮》は散りばめられています。いやこれだと正確じゃない。楽曲解説の「時間と空間軸の両方に配置され」、《圧縮》は横の流れなので時間、《増殖》は縦の広がりなので空間と捉えることもできるなら。「交響曲第3番」ここもまた《圧縮》と《増殖》が現れている状態といえます。

 

第2楽章だけ特別に公開されています。どうぞゾクゾクしてください。

 

 

「久石譲:2 Dances for Large Ensemble」第2楽章です。長尺なメロディラインが4,8分音符で奏されたあと、同じテンポをキープしたまま16音符に圧縮されて奏される変化を聴くことができます。コンサート映像が公開されています。18分20秒あたりから2分間くらいの箇所です。この楽曲も同じモチーフで首尾一貫です。さらに高度に解析すると、基本モチーフは8分音符の粒です。でも18分20秒あたりの展開はスウィングする付点リズムのようになっているから「4,8分音符」とここでは書きました。そう、圧縮のパターンは等倍だけじゃありません。8分音符が等間隔で16音符や4分音符になるだけでじゃない、いろいろ変形した伸び縮み方もしている。圧縮バリエーションと言っていいのかな、いやむしろ、《圧縮》と《変奏》の合わせ技と言ったほうが正しいに近いのかもしれません。ほかでも旋律がカノン風にズレて増殖していたり、音符の長さを変えて同時に並走していたり。ここもまた《圧縮》と《増殖》が現れている状態といえます。まだまだ話し足りないけど先に進める、名残惜しい。

 

“JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE Vol.8” Special Online Distribution

 

 

(余談)

近年の久石譲作品から「Single Track Music 1」「2 Pieces」「2 Pages (Recomposed)」などにも《増殖》や《圧縮》といったキーワードは出てきます。曲ごとにどこを指して増殖している状態なのか?注目して聴いてみるのもおもしろいです。

 

(余談)

「増殖」と近い言葉に「増幅」があります。使い分けるなら「増殖」=ふえる、ふやす、「増幅」=ます、ふくらむ、おおきくする、というように前者の数的なものと後者の範囲的なものになるのかなとこれは個人の解釈です。そんなこともあってか音楽作品の楽曲解説には「増殖」が使われていることが多いようです(少なくとも久石譲作品と関連作品はそうでした)。評論やレビューでは「感情を増幅させて」などと使われていたりもします。範囲ですね。細かいところの言葉のこと。

 

(余談)

当サイトでは、久石譲作品の楽曲解説やコンサート・レポートなどを収めています。「disc 曲名」「blog 曲名」「レポート 曲名」などで検索してみてください。いろいろな聴きかたを紐解けるかもしれません。曲名だけだとたくさんのページにヒットしすぎるかもしれません。

 

 

急にサウンドトラックの話をします。海外TVドラマ「THE FLASH/フラッシュ」というヒーローアクションものです。シーズン8くらいまである人気作で、サウンドトラックもシーズンごとに出ています。そのおかげもあって、メインテーマはじめ主要楽曲のいろいろなバリエーション、シーズン・バージョンアップなど、音楽を追いかけても楽しい作品です。

 

The Fastest Man Alive (Always Late)

from Blake Neely – Topic (official audio)

メインテーマです。スピードヒーローということもあってか、モチーフの象徴的なフレーズが登場しています(00:14-00:27)。ここだけでモチーフとなっている音型を7回繰り返しています。その後も繰り返しながもうひとつの主旋律が上で鳴っていたり(00:40-00:50)、音型の一部を素材にして繰り返したり(01:00-01:25)、徹底的にこの音型にこだわって作られています。曲は曲想を変えながら進んでいきます。ピアノも変奏だし(02:29-2:40)そのあとの弦楽も変奏だし(02:43-end)。なんですけど、今回は変奏の楽しみはぐっとガマンして基本音型だけにこだわっていきます。

 

 

Sending Reverse Flash Back / Wells Betrays

16分音符だった速いモチーフが、8分音符の長さに伸びています(2:30-2:50)。より力強くより重く聴こえてきます。ここの盛り上がったピークなんて『スター・ウォーズ』ばりのお手本のようです。音符の長さが変わった印象の違い、この曲はこれだけ言って流します。、、なんて言いながら曲のエンディング、低弦でモチーフを刻む重厚さは『トップガン:マーヴェリック』などにも聴けるハリウッド手法の定番です。

 

 

Stuck in the Speed Force

モチーフの耳が慣れたころ、きれいにフォーカスしてくれます。ピアノは8分音符で(2:10-2:27)、ホルンらは2分音符で(2:33-)、その上にストリングスは16音符でモチーフの素材を断片的に散りばめながら。その流れのまま高音ストリングスは8分音符でクライマックスへ。ここでもモチーフの最初の2音や4音を抜き取って効果的に繰り返しています。もうわかりますね、《圧縮》の手法を使った曲と言えます。

 

Ready to Save the World

一番わかりやすい曲!3:10-endまでの1分間を集中して聴いていきます。モチーフが3つのラインで並走しています。ストリングスは16音符で、ピアノは8分音符で、そしてホルンは2分音符です。同じメロディを使い、音符の長さが違うこともはっきりと聴き分けながらその織りなす流れを楽しむことができます。

 

ここ、上の譜面図と同じ《圧縮》と《増殖》状態です。

 

そしてもしこの箇所を冒頭の「アルヴォ・ペルト:フェスティーナ」のように解説したらこうなるのかもしれません。

[楽曲は弦楽、ピアノ、そしてホルンの3つのグループからなるカノン様式で構成され、メロディは全員同時にしかし3つの異なるテンポで演奏される。最も速いメロディは10回繰り返され、反復を経て音楽は静寂の中へと消えていく。]

全く同じ曲のこととは思えないほど高邁になってしまいました。でも、言っていることもやっていることも説明としては一緒です。テレビドラマの音楽が一気にありがたいものに格上げされた気さえしてきます。おもしろいですね。

 

 

The Right Decision3

この曲はモチーフをピアノで演奏したものです。ここでは《圧縮》の話は置いておく。映画もドラマも海外もアジアも、ほんとモチーフの時代だなと感じます。従来の息の長いメロディライン、旋律が豊かに広がっていく曲想は今ちょっと影をひそめている。切り詰められた短いモチーフをどう料理していくか。料理の仕方には音色・リズムなどいろいろな手法がありますが、一番顕著になっているのはハーモニーです。この曲を聴いても、あの急速で力強いモチーフが、ここまで変わるんだとびっくりします。印象に影響を与えているのは複雑なハーモニーやさじ加減のあるエモーショナルなコード進行です。今の作曲家には、映画全体から音楽を構成するの意のなかにアレンジ力も大きく求められているように感じます。ワンテーマからの引き出しの多さがものをいっている。だから欧米も韓国もチームで音楽を作ることが主流になっている。モチーフが音数を変化させながら流れていきます(01:30-)。

 

 

The Most Important Part Of The Job

久石譲指揮で演奏会にプログラムされたこともある「チャイコフスキー:交響曲第5番」は、第1楽章のモチーフ(第1主題)が短調で織りあげられ、第4楽章で同じモチーフが長調で奏されるという形式をとっています。短調が長調に変わっただけで気づけなくなるくらいがらっと印象も変わっています。「久石譲:交響曲第2番」第3楽章もわらべ唄のようなひとつのモチーフで織りあげられ、明るくなったり暗くなったりと響きの変容を楽しむことができます。たぶん、チャイコフスキーのそれよりも同じ楽章内ということもあって、聴きとれ楽しめると思います。

今回取り上げた海外ドラマからのモチーフも、基本となるメインテーマの第1印象は、速い・鋭い・アクションものらしい、そんな感じです。でも、この曲のように180度印象を変えて、希望・明るい・ハッピーエンディングをイメージさせるような曲想になったりします(01:00-)。後ろで聴かれるホルンの旋律も、なんとなく雰囲気で鳴らしているのではなく、モチーフの音型からうまく拾いあげられているように思います。

 

 

ポップスにいく。

クラシック音楽や現代作品だと説明されてもハテナしか浮かばないことも、実はやっている手法は近かったりすることはたくさんあります。サウンドトラックから耳を慣らしていくのはとても楽しいです。なんといっても、聴きやすい!探しやすい!見つけやすい!サウンドトラックやポップスから耳のレバレッジをかけていく、楽しいストレッチを習慣にする。

海外TVドラマ「THE FLASH/フラッシュ」のメインテーマ・モチーフは、定番音型と言えるほど幅広い楽曲で耳にすることができます。久石譲の『悪人』や『坂の上の雲』のサントラにも近いものが聴けたりします。すぐにどの曲か思い浮かぶ人はすごい、とてもよく聴いていますね。

ポップスにもモチーフの波は押し寄せている?メロディラインだけじゃなくて伴奏音型やフレーズでインパクトのあるもの、その楽曲カラーを決定づけるもの。たくさんあると思いますが、ぱっと浮かんだのがこれだったので、同じ音型を使っています。BTSです。

 

N.O

from BANGTANTV official

 

 

終わりに近づく。

今回、一番最初に難易度高いほうから紹介した「アルヴォ・ペルト:フェスティーナ・レンテ」。とても高邁で構えてしまいそうですけど、紹介してきた海外テレビ・サントラとまったく同じことをやっているんです。ほんとですよ、ちょっと見てみましょう。

 

from Festina lente – Arvo Pärt Centre (official) より image edit
https://www.arvopart.ee/en/arvo-part/work/517/

曲のはじまりです。ヴァイオリンが2小節でやっていることを、ヴィオラは倍の長さ4小節でやっています。チェロとコントラバスはさらに倍の8小節まで伸びています(赤)。同じように次の2小節も伸びていきます(青)。「メロディは全員同時にしかし3つの異なるテンポで演奏される」楽曲解説とおりです。《圧縮》と《増殖》のどちらもあります。

同じことをやっているのに、見つけられるサントラと見つけられないクラシック。クオリティを問うつもりも大衆さと高邁さを競うこともありません。そこにはアプローチと志向性の違いがあります。映画音楽はエンターテインメントとして観客に気づいてもらわないといけない。「ああだからここでこのメロディがくるんだね」とわかってもらわないと映像との効果を発揮できません。一方のコンテンポラリーな作品は、すぐにはわからないかもしれないけれど、音楽として強靭な構造をもったもの……音楽だけで……そう純音楽なんですね。この作品は冒頭から一番速いヴァイオリンで1コーラス1周するのにおそらく1分近くかかっています。そんな息の長い旋律が伸びたり折り重なってる、モチーフも変容している、楽曲解説があってもなくても気づけわかれと言われるほうが超難問って感じです。

 

もう一度、アルヴォ・ペルト作品を聴いてみましょう。イントロから20秒間が上の公式譜1ページ目です。前よりは3つのメロディが聴きわけられるようになった気がしませんか?20秒だけ集中力MAX!!

 

Festina lente

from Paavo Järvi -Topic (official audio)

 

 

むすび。

現代作品から久石譲作品から海外ドラマサントラからK-POPまで。いろいろな角度から手法の共通点を紐解いてきました。偶然にも同じ音型をベースにして幅広いジャンルで聴けるおもしろさもありました。

もうお腹いっぱい

だとは思いますが、耳のストレッチができたら「久石譲:2 Dances」や「久石譲:Variation 14」もアルバムやライヴ映像でまた聴いてみてください。普段よく耳にするサウンドトラックでやってることと同じようなことが起こっている?とあまり力まず楽しく耳をすませて。なんかハマっちゃいそうってなるかも。

もうお腹いっぱい

だとは思いますが、とても興味深い点もあります。「アルヴォ・ペルト:フェスティーナ・レンテ」を聴いて、静謐・美しい・宗教的・エモーショナル、そんな感想もあるかと思います。でも曲を紐解くと決して感性だけで作っていないことがわかります。メロディを論理的に組み立てて、圧縮したり増殖したりと運動性を追求した先に、その旋律の交錯からハーモニーやリズムが生まれているという楽曲構造になっています。くだけて言っちゃうと、神様に祈りを捧げながら思い向くまま作っているわけではない、だって譜面が論理的なのはわかったし。感性よりも論理性が勝っている、作る側は。

このあたりのことは、久石譲の今の志向性と共通しているのかもしれません。美しいと感じるかエモーショナルに感じるかは聴く側のこと、作る側は感情に訴えようとは思っていない。あくまでも論理的に音を配置した結果、運動性を追求した先に、そこからリスナーのイマジネーションをかきたてるものが生まれてくる。コード進行や和音で曲を広がらせるのではない、旋律たちの織りなす瞬間に生まれるハーモニー、つまりポリフォニー、つまりバッハ時代ですね。

きっとこれからの久石譲作品を聴くヒントにもなると思います。そして、いつか届けられる日がくるだろう「久石譲:交響曲 第2番・Metaphysica(第3番)」を聴くときに、ぜひちょっとだけ思い出してください。そのときまた耳のストレッチのお手伝いができて、久石譲交響曲をさらに楽しむきっかけになれるのならうれしいです。

 

それではまた。

 

reverb.
好きな音楽をさらに楽しめる自分に出会えるならうれしい。努力の根源は好奇心だ!なんて。

 

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Info. 2023/05/19 久石譲「A Town with an Ocean View」New Music Video公開

Posted on 2023/05/19

久石譲オフィシャルYouTubeチャンネルに、新しいミュージックビデオ「A Town with an Ocean View (from Kiki’s Delivery Service)」が公開されました。この楽曲は新録音で同日音源も配信リリースされています。

ぜひご覧ください。 “Info. 2023/05/19 久石譲「A Town with an Ocean View」New Music Video公開” の続きを読む

Info. 2023/06/22-24 「JOE HISAISHI IN CONCERT」久石譲コンサート(香港)開催決定!!

Posted on 2023/05/09

2023年6月22-24日、久石譲コンサートが香港で開催されます。2020年12月の公演は2021年6月への延期を経て中止となっていました。新型コロナウィルスの影響です。2023年の開催を目指すとされていたなかいよいよです。共演オーケストラは香港フィルハーモニー管弦楽団です。 “Info. 2023/06/22-24 「JOE HISAISHI IN CONCERT」久石譲コンサート(香港)開催決定!!” の続きを読む

Info. 2023/05/04 久石譲「Mother’s Broom」 (Visualizer) Music Video公開

Posted on 2023/05/04

久石譲オフィシャルYouTubeチャンネルに、新しいミュージックビデオ「Mother’s Broom (Visualizer)」が公開されました。

この楽曲は4月14日に先行配信「かあさんのホウキ」(映画『魔女の宅急便』より)の新バージョンです。レコーディング風景バージョンのミュージックビデオも同日公開されています。 “Info. 2023/05/04 久石譲「Mother’s Broom」 (Visualizer) Music Video公開” の続きを読む

Info. 2023/04/25 NHKラーニング「NHKアカデミア」久石譲 アーカイブス動画公開【4/26 update!!】

Posted on 2023/04/25

誰もがあこがれる各界のトップランナーたちが講師となり“今こそ共有したい”をテーマに語りつくす講座番組「NHKアカデミア」。第14回・久石譲(作曲家・指揮者・ピアニスト)出演しました。

この番組は、オンライン講座の参加者を募集して、3月18日公開収録されました。TV放送は「NHKアカデミア」久石譲(前編)ベートーヴェンはロックだ!(4/19)、久石譲(後編)僕にとっての理想の音楽(4/26)各30分です。 “Info. 2023/04/25 NHKラーニング「NHKアカデミア」久石譲 アーカイブス動画公開【4/26 update!!】” の続きを読む

Info. 2023/04/22 《速報》 「Joe Hisaishi in Concert」久石譲コンサート(シンガポール)プログラム

Posted on 2023/04/22

2023年4月19-21日、久石譲コンサートがシンガポールで開催されました。2020年に初登場して以来3年ぶり2度目です。共演オーケストラはふたたびシンガポール交響楽団です。また本公演は当初2日間2公演で組まれていましたが、数か月後に+1日1公演の追加も発表されるほどの大歓迎&大盛況ぶりとなりました。 “Info. 2023/04/22 《速報》 「Joe Hisaishi in Concert」久石譲コンサート(シンガポール)プログラム” の続きを読む

Overtone.第92回 映画音楽とTV音楽、サウンドトラックの楽しみかた

Posted on 2023/04/20

ふらいすとーんです。

たくさんの映画音楽を手がけてきた久石譲です。テレビドラマも含めてもう数が多すぎて数えることすら、、これまでに映画約90本、TV約40本、ゲームなどもあわせてサウンドトラック関連約190枚でした(ふらいすとーん調べ)。こうなると「久石譲のサントラよく聴いてる」なんてつぶやかれても、まったくどれのことだか予想できないほどです。

よし、今日は久石譲のサントラから聴こうかな。そう思ったときどう選んでいますか?好きな作品、好きな楽曲、オーケストラもの、ピアノが聴けるもの、シンセサイザーでいきたい、この年代が好み、いろいろあると思います。ここに加えて、映画とTVのサントラに境界線を入れてみます。

今回は映画音楽とTV音楽、サウンドトラックの楽しみかたです。無意識に選んでいたことのヒントがあるかもしれません。ざっとテーブルに並べてみましょう。トランプを並べたって54枚、UNOでも108枚、全然足りません。主要なものから選んで分けてみます。

 

映画

赤狐書生 サントラ 久石譲映画 二ノ国 サウンドトラック 久石譲海獣の子供 サントラ 久石譲妻よ薔薇のように 家族はつらいよ III オリジナル・サウンドトラック花戦さ オリジナル・サウンドトラック家族はつらいよ2 オリジナル・サウンドトラック家族はつらいよ オリジナル・サウンドトラック 久石譲小さいおうち 久石譲かぐや姫の物語 サウンドトラック久石譲 風立ちぬ サウンドトラック久石譲 奇跡のリンゴ オリジナル・サウンドトラック久石譲 東京家族 オリジナル・サウンドトラック久石譲 天地明察 オリジナル・サウンドトラック久石譲 『ラ・フォリア パン種とタマゴ姫 サウンドトラック』久石譲 悪人 オリジナル・サウンドトラックウルルの森の物語 久石譲 麻衣久石譲 私は貝になりたい オリジナル・サウンドトラック久石譲 おくりびと オリジナル・サウンドトラック久石譲 崖の上のポニョ サウンドトラック久石譲 崖の上のポニョ イメージアルバムマリと子犬の物語 オリジナル・サウンドトラック久石譲 『トンマッコルへようこそ オリジナル・サウンドトラック』久石譲 『男たちの大和 オリジナル・サウンドトラック』ハウルの動く城 サウンドトラックイメージ交響組曲 ハウルの動く城久石譲 壬生義士伝 オリジナル・サウンドトラック久石譲 オーケストラストーリーズ となりのトトロ久石譲 めいとこねこバス サウンドトラック久石譲 Dolls久石譲 Castle in the sky 天空の城ラピュタ・USAヴァージョンQUARTET カルテット久石譲 千と千尋の神隠し サウンドトラック久石譲 千と千尋の神隠し イメージアルバムBROTHER久石譲 川の流れのようにはつ恋 オリジナル・サウンドトラック菊次郎の夏 サウンドトラック久石譲 時雨の記HANA-BI サウンドトラック久石譲 交響組曲 もののけ姫久石譲 もののけ姫 サウンドトラック久石譲  パラサイト・イヴ久石譲 もののけ姫 イメージアルバム久石譲 Kids Return久石譲 水の旅人 オリジナル・サウンドトラック久石譲 Sonatine ソナチネ久石譲 はるか、ノスタルジィ久石譲 B+1 映画音楽集久石譲 紅の豚 サウンドトラック久石譲 紅の豚 イメージアルバム久石譲 あの夏、いちばん静かな海。久石譲 ふたり久石譲 仔鹿物語久石譲 タスマニア物語 オリジナル・サウンドトラック久石譲 釣りバカ日誌2久石譲 魔女の宅急便 サントラ音楽集ヴィナス戦記 オリジナル・サウンドトラック久石譲 ヴィナス戦記 イメージアルバム久石譲 となりのトトロ サウンドトラック集久石譲 となりのトトロ イメージ・ソング集久石譲 漂流教室 オリジナル・サウンドトラック久石譲 恋人たちの時刻 オリジナル・サウンドトラック久石譲 天空の城ラピュタ シンフォニー編 大樹久石譲 天空の城ラピュタ サウンドトラック久石譲 天空の城ラピュタ イメージアルバム 空から降ってきた少女久石譲 交響組曲「アリオン」久石譲 アリオン サウンドトラック久石譲 アリオン イメージアルバム久石譲 Wの悲劇 オリジナル・サウンドトラック久石譲 『風の谷のナウシカ サウンドトラック』久石譲 風の谷のナウシカ シンフォニー編 風の伝説久石譲 風の谷のナウシカ イメージアルバム 鳥の人

 

TV

久石譲 TBS系 日曜劇場 この世界の片隅に オリジナル・サウンドトラック二ノ国 II レヴァナントキングダム オリジナルサウンドトラック久石譲 NHKスペシャル 深海の巨大生物 オリジナル・サウンドトラック久石譲 女信長 オリジナル・サウンドトラック二ノ国ninokuni久石譲 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 総集編久石譲 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 3 二ノ国 漆黒の魔導師 オリジナル・サウンドトラック久石譲 『坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 2 』久石譲 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 1 久石譲 太王四神記 オリジナル・サウンドトラック 2 太王四神記 オリジナル・サウンドトラック vol.1久石譲 風の盆NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体III ~遺伝子・DNA サウンドトラック Vol.2 Gene 2久石譲 NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体III〜遺伝子・DNA サウンドトラックVol.1 Gene久石譲 ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 2久石譲 NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック 総集編久石譲 ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1久石譲 NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.2久石譲 NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1久石譲 天外魔境2久石譲 驚異の小宇宙・人体 SPECIAL ISSUE~THE UNIVERSE WITHIN久石譲 NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体 Vol.2久石譲 NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体 Vol.1

 

 

映画サウンドトラックの楽しみかた

  • 約2時間の映画を音楽で体感できる
  • 曲順も曲尺も映画にならう
  • あのワンシーンがよみがえる
  • シリーズ作品は音楽も発展する
  • 音楽監督の真髄をみる

 

TVサウンドトラックの楽しみかた

  • 全何話で使われた音楽を一曲ごとに
  • 切り貼りで使われたものもきれいに
  • 曲順はアルバムのバランスから
  • 曲尺は長めで起承転結に一曲仕上げ
  • 曲ごとに使用頻度が変わる
  • シリーズ作品は音楽も発展する
  • イメージアルバムに通じる
  • ドキュメンタリー音楽は〇〇がない

 

 

ぱっと思いつくところを書いてみました。ここからは作品ごとにいくつかピックアップして、少し具体的なことをレビューしていこうと思います。

 

 

CASE.『花戦さ』(2017)

映画本編127分、サウンドトラック44分です。収録曲のうち複数シーンに同曲一部が使用されていたりもします。映像の半分くらいに音楽がついた作品と言えそうです。曲数23曲と多いのに計44分です。1分,2分の曲が多い、音楽ファンとしてはもっと長く続きを聴きたいところですが、それだけにムダのない音楽のつけ方になっているとも言えます。

久石譲が映画全体から音楽構成していることは周知です。この作品でいうと、メインテーマ「花戦さ」実は映画ストーリーを振り返る絵巻物のようにいくつかの主要楽曲から再構成されています。Discレビューに詳しく記しています。メインテーマのモチーフとしては1,2分なんだけれど、エンドロール用に約5分の曲尺が必要だったことも一因でしょう。この手法はハリウッド映画にも定番で、定番どころかあちらのエンドロールはすこぶる長い、10分くらいあったりします。映画を追体験するようにエンドロールに楽曲をつなげて流しています。あっ、久石譲のこの作品のように再構成(アレンジが異なる)ではないです。本編で大切な主要楽曲たちがここで流れるんですが、なのにそこにサントラ未収録曲がある…なんてよくある話です。ハリウッド映画はサントラ完全収録しようと思ったら2枚組しないとキャパ足りない。

 

 

CASE.シリーズもの/全何話もの

映画『家族はつらいよ』シリーズ、GAME・映画『二ノ国』シリーズなど、シリーズを重ねるごとにメインテーマがバージョンアップしたり、新しいサブテーマが誕生したり、従来とは異なる物語や舞台から楽曲たちが生まれたり。作品を線で聴いていくとおもしろいです。

もうひとつ放送回数(全何話/時間)に注目してみます。テレビドラマ『この世界の片隅に』は1クール全9話です。一方、韓国ドラマ『太王四神記』は全24話です。日本のテレビドラマでいうと2クール分(1クール全10-12話)に相当します。時代ものといったこともあって大河ドラマのように幼少期から大人期までめまぐるしく展開していきます。この作品に2枚のサウンドトラックは必然と言えそうですね。NHK連続テレビ小説『ぴあの』は全156話です。1話15分で半年間計2,340分…なんのことかさっぱり…簡単にすると毎週90分ドラマを半年間やってるくらいの時間計算になります。なんと!それなのにサントラは2枚しかない。久石譲はこの作品のために5枚出せるくらい曲書いたというエピソードもありますが、残念ですね、直近の朝ドラだと平均Vol.3くらいまでリリースされるようになっていますね。物語として大きく展開しない(例えば幼少編・青春編、例えば故郷編・東京編とか)のもあったのか、どうなんでしょう。サントラ2枚に抜粋でドラマを彩った曲がちが収録されています。

NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』は全13話です。期間は足掛け3年の3部構成です。それだけじゃありません。1話90分です、民放でいったら2時間ドラマに匹敵します。CMを挟まない凝縮度で第1部5回、第2部4回、第3部4回、それぞれ12月の約1ヶ月間を使って集中放送されました。”スペシャル”とわざわざ銘打って大丈夫です。3部構成だからサントラも3枚、よくわかります。

 

 

CASE.『太王四神記』(2007)

久石譲の独壇場といったところでしょうか。このサントラの人気が衰えない(新しいファンも掴む)のは、なんといっても聴きごたえがあるからだと思います。分厚いフルオーケストラ・サウンドとシンセサイザーのブレンドも絶妙です。主要テーマ曲もしっかり登場人物ごとにカラーが鮮明で、なおかつ多彩なアレンジ・バージョンもあります。そして一曲ごとに楽曲構成も起承転結で作られています。

テレビドラマ本編では、いくつかの未収録楽曲や、いくつかの未収録バージョンも使われています。「ヒョンゴのテーマ」のシンセバージョン、「ファチョン会」のピアノ+弦楽バージョン、「タムドクのテーマ」のチェロ独奏、フェアライトと幻想的なコーラス曲などなど、すごい充実ぶりです。

ひと言付け加えると、この時代はオーケストラ対抗配置ではなく通常配置をとっています。”この作品はあえてメロディをユニゾンさせて線を太くしている”と過去インタビューにあったと記憶していますが、だから精緻なオーケストレーションというよりは、とにかく旋律の線が太い、ダイナミックで勢いのある曲たちに仕上がっています。

TV音楽のデメリットからみると、この作品もカットに合わせて曲の切り貼りがされています。そんなに多くはなかったと思いますが、うわっとビックリする曲展開になっていたりします。しかも中途半端に切り貼りが上手いもんだから、もともとそういう曲なのかな?と思ってしまいかねない良し悪しです。原曲パートがABCDEとあるところ、まだBの途中でブチっと切れてとかなら切り貼りしたとわかるところ、ACEとウルトラな展開をしてしまうからビックリしてしまう、そんな感じです。(これを作曲家のせいに勘違いされて、曲の展開が強引とかちょっと極端じゃない?!、なんて言われたくはないところです。サントラ聴いてね!!)

 

 

CASE.『この世界の片隅に』(2018)

連続ドラマとしては『坂の上の雲』以来9年ぶりです。曲が切り貼りされることはTVドラマの性(SAGE)ですが、この作品ではそうされることを織り込み済みといわんばかりの楽曲づくりになっています。どう切り取られても大丈夫なように、なんならカチッと切り取りしやすいように。そのあたりDiscページのレビューに記していたと思います。興味あったらぜひ見てください。

TV音楽のメリットにもふれておきましょう。ドラマ本編では「すずのテーマ」の繊細で愛らしいグロッケンら打楽器バージョンや、牧歌的でほのぼのとした木管&ピッツィカートバージョンなどが、シーンに合わせてセレクトされています。1コーラス30秒くらいで歌いきれるメロディーです。実はサウンドトラックには一曲のなかの1コーラス目、2コーラス目というように楽器や曲想を変えた自然な曲展開で仕上げられています。後半はオーケストラに広がっていきます。なんなら別トラック「すずのテーマ~望郷~」の1コーラス目はフルートソロ、2コーラス目はピアノソロです。、、もしこれが『花戦さ』のような映画だと、30秒ごとに4曲4バージョンでトラックされることになりかねない。映画音楽の場合、映像とそのシーンに当てる音楽はひとつの解です。でも、テレビドラマ音楽の場合は映像と楽曲の組み合わせに無数の可能性が出てきます。そこがおもしろいところです。作曲家は映画音楽とドラマ音楽を確実に分けて、手法を切り替えて、作曲に臨んでいると思われます。(偉そうに言うな!)…久石譲が「作曲は論理的でなければならない」と常々言っているのはこういったケースにも…(だから偉そうに言うな!)

テレビドラマの場合、2時間の映画と違って連続ドラマ計約10時間のために、シーンごとに専用の音楽を書いていくことはできません。事前に物語や脚本からイメージした曲を用意して、あとは選曲家や音響監督に委ねられることになります。久石譲がテレビ音楽を頻繁に請けないのは、こういった制作期間や曲数の問題と、曲を託せる信頼できる選曲家の問題などがありそうです。映画は音楽監督としてどのシーンにどの音楽をという采配も含めて曲を作っていきます。作曲から映像につけるまで全ての決定権を握っている音楽監督と、テレビ音楽の大きな違いが曲づくりにも表れてきます。

なんか逸れてきた、何が言いたかったのかな、そう、少し戻って、事前にイメージして曲をつくっていきます。テレビドラマのこの手法は、スタジオジブリ作品でいうイメージアルバムに近いとも言えます。曲尺も曲想もあまり制約がない。遊びが多い、自由度が高い。もちろん完成品として使うことを前提に打ち合わせも詰めたうえ、イメージアルバムよりは確度も高くなり、使われない曲ということもありません。

 

 

CASE.『坂の上の雲』(2009-2011)

3年間、3部構成、3枚+総集編です。どんどん歴史が動いていくドラマ、それぞれに必要な曲も変わっていき増えていきます。主要楽曲のアレンジ・バージョンも充実していますし、各部のキーとなる楽曲も登場しています。この作品で特筆すべきは、あわせ技の極意だったということです。『太王四神記』や『この世界の片隅に』などのように、世界観や登場人物からテーマ曲が書かれ適時くり返し使われる主要楽曲と、第〇部第〇話の特別なシーンにしか流れないキー曲、そのふたつが並列している。まるで映画のようにそのシーンのためだけに書かれた曲があって、しかも曲尺もたっぷり長い、なんと贅沢な音楽優生だったことでしょう。音楽:久石譲の扱いもまたスペシャルだった作品です。そんなことができるのはNHKのスペシャルな力でしょうか。

 

 

CASE.『NHK シリーズ深海』(2013)

ドキュメンタリー番組のための音楽です。映画やドラマと決定的に違うところ、脚本がない。ストーリーや登場人物に左右されないから、ほぼほぼ久石譲イマジネーションで築かれています。テレビドラマとはまた違った方向でイメージアルバムに通じると言えるかもしれませんね。物語の展開や、登場人物の喜怒哀楽に沿う必要のない、「深海」という大きなテーマだけで創作されています。「深海のテーマ~コミカル~」「深海のテーマ~悲劇的~」「深海のテーマ~勇壮に~」なんてないですもんね。

そうですね、純度の高い久石譲オリジナル・アルバムに近い、そのくらい僕は思っています。なかなか推してる人に巡り合えませんが、久石譲の作家性とエンタメの遊び心がいい塩梅で拮抗したアルバムだと思います。そうかな?と思う人も『Deep Ocean』もそのポジションにあると言えば、まあ少しくらい話聞いてやってもと思ってくれるでしょうか。ネクストシリーズの『ディープ オーシャン』にもこのアルバムからの曲は継がれ使用されています。

 

 

CASE.『二ノ国』(2011/2018/2019)

久石譲が音楽を担当した作品のなかで、今現在一番シリーズを重ねている作品です。あわせて今現在唯一、ゲームから映画へとメディアミックスで広がった作品です。約10年近く関わるなかで作曲手法や演奏アプローチも変化していたりおもしろいです。世界観とイマジネーションでフルオーケストラ響かせた初期2作品は、楽曲構成も充実の起承転結です。挙げていいなら『イメージ交響組曲 ハウルの動く城』と肩を並べるくらいの輝きと漲りを感じます。2018年次作では、ゲーム内でループして流れることを想定して書かれた手法、モチーフ・楽曲・音色のカラフルな多彩さ、演奏アプローチのレベルなど、久石譲もまた新しいフィールドを進んでいます。そして、GAMEの世界から映画の世界へと広がった作品は、一貫したメインテーマ(全作品でバージョンが違う)と、過去作の楽曲からもクロスミックスさせた美味しいとこどりビュッフェ状態。

好きな一曲にフォーカスしても、アレンジが変わっていたり、胸躍る装飾フレーズが追加されていたり。楽曲たちがレベルアップするごとに、僕らリスナーの楽しさもまたレベルアップしていく。ゲームから親しんだ人は映画の選曲とアレンジにうれしくなり、映画から入った人はゲームサントラで一曲きれいに聴いてみたいと好奇心まし。ぜひDiscレビューをアイテムに二ノ国音楽クリアを目指してみてください。完全攻略本はムリですがスタートアップガイドくらいにはなると思います。

 

 

CASE.スタジオジブリ作品

最後はこうなります。行き着くところはこうなります。やっぱり”ジブリ最強”としか言えないところが確かに存在します。

第1フェーズ、作品の世界観からイメージアルバムを制作します。キーワードをもとに久石譲のイマジネーション全開です。本編にそのまま使用するわけではない、曲尺も曲想も制約がない、完成使用品じゃないからこその好奇心と探求心の原石です。いつも新しいジブリ×久石譲を生み出している原石です。ここでとても注目なのは、脚本の制約もこの時点ではないということです。宮崎駿監督は製作と絵コンテ(脚本)が同時進行という特殊な方法論をとっています。作り始めた頃、まだ映画がどう進むのか、どういうキャラクターが活躍するのかわかっていない。わかっていないのは久石譲も同じ、だからスタジオジブリ作品はとりわけ作品の世界観に音楽をつけている、ピュアに世界観から音楽もスタートしている、と言いたいわけです(僕のこだわりなわけです)。

第2フェーズ、イメージアルバムという原石を磨きながら映画音楽として完成していきます。ここで音楽作品としての比重は少し下がります。カットに合わせた曲尺に縮められたり、セリフやシーンテンポに合わせて曲想が変わっていく。一方では、映像があるからこそ動きと音楽が完全にシンクロする楽曲もここで誕生する。はたまた、イメージアルバムでは離れていた曲がくっついて新しい一曲にミラクルに。そりゃクオリティもワクワクも上がってしまうわけだ。そんなことされたら心臓がいくつあっても足りない射抜かれてしまうわけ。

このとき音楽監督の真髄です。TV音楽の選曲家方法と決定的に違うところです。イメージアルバム楽曲からのエディット、新しく必要な作曲、映像とのマッチング、映画全体から設計して音楽のいる箇所いらない箇所。作曲から映像につけるまでのその全ての決定権を握っている音楽監督だからこそできる。曲を聴いただけであのシーンが思い浮かぶ、これもまたスタジオジブリ作品に顕著で誰しも共感ポイントかもしれません。それは世界観×映像×音楽、印象に刻みこむ黄金方程式は群を抜いています。

「映画の音楽は監督のもの」そうよく言われます。でも、素人の僕からするとTV音楽のほうはさらに作曲家の手を大きく離れているように思ったりします。楽曲が使われる場所も委ねられる、楽曲ごとの使用頻度もお任せになる。この曲イチ押しだったもっと使ってほしかったな、なんてことも起こるかもしれない。もちろん、この曲こんなふうに使ってくれてありがとう、もある。はいって提出して、作品完成まで四つに組むことはあまりないですよね。はい、裏返しましょう。映画音楽の場合、音楽監督の役割、映像×音楽の親密、さらにはスタジオジブリ作品の監督×作曲家の黄金タッグ。

第3フェーズ、シリーズ作品ではないけれど、オリジナル映画から発展した『ラピュタ 北米版』や『めいとこねこバス』は音楽もバリエーション豊かになっています。また映画のあと延長線上に制作されたシンフォニーアルバムやヴォーカルバージョン、ますます多種多彩に豊かになっていきます。

第4フェーズ、映像や物語から離れて音楽作品として再構築します。イメージアルバムからサウンドトラックまでクオリティの上がった楽曲たちを、ブラッシュアップしてまた起承転結のある一曲に仕上げるわけです。時にそれは久石譲オリジナル・アルバムとして時代の手法にならい(アレンジがそのアルバムに沿っている)、時にそれは演奏会用作品として輝いていきます。愛されつづける映画作品、聴かれつづける映画楽曲、だから何度も演奏される、だから何度もアップデートされる。

第5フェーズ、交響組曲として作品をのこす。クラシック音楽でバレエ作品から音楽だけを組曲化してきたように正統な継承を行う。スタジオジブリ作品が映画としてのこることは揺るぎません。そこへ音楽だけでもかたちにする。もっともっと世界中のオーケストラで広く演奏できるベーシックなオーケストラ編成で、譜面も出して、演奏や聴く機会を広げていく。今現在、作品ごとの交響組曲化と世界ツアー「ジブリコンサート」とふたつが並走しています。ポイントなのは、2017年から始まった世界ツアーも回を重ねるごとに細かく修正されバージョンが改訂されているということ、そして交響組曲のそれとオーケストレーションが最終的にニアイコールになるように同時進行的に磨かれているということです。ジブリ最終形態へと進化を続けています。

「久石譲の半分はジブリでできています」(CMみたい)。……そんなことないよ、全体の映画本数からしたら2割にも満たないじゃないか。そうなんです。でも作品にしている数、アルバムにしている数、アルバムに収録している曲数からすると、あながち誇大広告なキャッチコピーとは言えないかもしれない(小声)。いや堂々と胸を張って言おう、久石譲はスタジオジブリ作品をオリジナル作品と同じところに見ている、と思っています。ふつうの映画音楽とは思っていない、エンターテインメントだけとも思っていない、その時代の100%の作家性を注いできた。そして未来へ100%の音楽性を目指して今なお注いでいる。ジブリ×久石譲の流儀がここにあります。

「久石譲はジブリだけじゃない」という人の気持ちもよくわかります。ジブリだけで語ってほしくないなって思いますよね。でもジブリをなくして語れないこともまた事実なんです。スタジオジブリ音楽があるから久石譲のコンテンポラリーな交響曲やオリジナルアルバムもファンを魅了している。どちらも浴びているからリスナーの耳も広がり音楽の幅も広がっている。スタジオジブリ作品は映像も音楽も教典といっていいほど世界中のクリエイターに影響を与えています。いい映画あっての映画音楽の命です。でも、久石譲が楽曲の火が消えないように生かし続けてきたこともまた大きい、ここにも光をあてたい。ジブリ×久石譲はレガシーです。

 

 

よし、今日は久石譲のサントラから聴こうかな。どう選んでいましたか?これまで無意識に選択していたことのヒントがあったかもしれません。なんとなく共感できるところもあったならうれしいです。ジブリしか聴いたことない人に未開拓なサントラの魅力を伝えるヒントはあったかな?? 言葉にできたら、誰かにおすすめするときも説明しやすくなりますよね。自分が一番そう思いながら書きたいまま書いてきました。

 

それではまた。

 

reverb.
サントラって楽しい。ジブリの文量が半分を占…ってことはなかったと思う。

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Info. 2023/04/14 久石譲「Mother’s Broom」New Music Video公開

Posted on 2023/04/14

久石譲オフィシャルYouTubeチャンネルに、新しいミュージックビデオ「Mother’s Broom (from Kiki’s Delivery Service)」が公開されました。この楽曲は新録音で同日音源も配信リリースされています。

ぜひご覧ください。 “Info. 2023/04/14 久石譲「Mother’s Broom」New Music Video公開” の続きを読む

Info. 2023/04/14 久石譲「Mother’s Broom (from ‘Kiki’s Delivery Service’)」先行配信/デジタルリリース

Posted on 2023/04/14

久石譲「Mother’s Broom (from ‘Kiki’s Delivery Service’)」が先行配信されました。サブスクおよび各プラットフォームでデジタルリリースです。この楽曲は「かあさんのホウキ(映画『魔女の宅急便』より)」の新バージョンです。 “Info. 2023/04/14 久石譲「Mother’s Broom (from ‘Kiki’s Delivery Service’)」先行配信/デジタルリリース” の続きを読む