Disc. 久石譲 『映画 二ノ国 オリジナル・サウンドトラック』

2019年8月21日 CD発売 UMCK-1637

 

2019年公開映画『二ノ国』
製作総指揮/原案・脚本:日野晃博
監督:百瀬義行
音楽:久石譲
主演:山﨑賢人
主題歌:須田景凪「MOIL」

 

人気RPG『二ノ国』シリーズを長編アニメーション映画化!製作総指揮/原案・脚本:日野晃博(『レイトン』シリーズ )×監督:百瀬義行(『おもひでぽろぽろ』原画 )×音楽:久石譲という日本を代表するドリームメーカーが集結!オリジナルストーリーで描かれる劇場版の本作では、主人公“ユウ”の声を演じる山﨑賢人をはじめ、宮野真守、津田健次郎、坂本真綾、梶裕貴、山寺宏一といった声優ドリームチームの参加も決定!全世界が待望するアニメーション映画『二ノ国』が誕生する。

(メーカーインフォメーションより)

 

 

 

ー久石さんはゲーム『二ノ国』から楽曲を担当されていますが、今回映画『二ノ国』の音楽をつくるにあたって、最初にどんなことを考えましたか。

久石:
多くの映画音楽は基本的には状況か、あるいは登場人物の心情に音楽をつけるのですが、僕はあまりそういう方法は取っていないんですよ。それよりも、観客側から客観的に見て、観客の心情を表現する音楽を作っている。だけど映画『二ノ国』はエンターテインメントな映画。こういう映画は、やはり物語の状況や心情に寄り添わないといけない。僕としては久しぶりに、物語に沿った音楽を書きましたね。

ー一ノ国で流れる曲と、二ノ国で流れる曲。具体的にはどのような違いがありますか。

久石:
一ノ国というのは私たちが暮らすのと同じような、現実世界。そこで流れる音楽は、室内楽のような小編成での演奏にしています。一方、二ノ国はファンタジーな異世界。ベーシックに、フルオーケストラでの演奏です。一ノ国と二ノ国で流れる音楽をきっぱりと分けるというのが基本。一ノ国と二ノ国で同じメロディを使っている場合もありますが、その場合も違うアレンジをしています。

ー映画だからこそできたこと、チャレンジされたことはありますか。

久石:
見ている方がワクワクするようにできたらいいなと思って、全体的にはパーカッションを使ってリズミックにしています。そこは僕にとってのチャレンジでしたね。ゲーム版のテーマ曲もさりげなく出していますから、ゲームファンの方にも楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。

ーレコーディングはいかがでしたか。

久石:
僕のレコーディングに参加する人たちは、オーケストラでは首席奏者クラスの人たちばかり。ミニマル・ミュージックに慣れている人たちもいて、非常に助かりました。日本のミュージシャンは本当にすばらしいですよ。ちゃんと音楽上でコミュニケーションを取れる人たちと取り組んだので、その場で生み出されたものもあった。楽しくレコーディングができました。

ー久石さんにとって映画音楽をつくるお仕事は、どういう意味合いがありますか。

久石:
エンターテインメントな作品に関わるとたくさんの人とコミュニケーションを取るので、新しい表現が生まれてくる。自分だけではやらないようなこともできたりする。そういう新しい発見があるから楽しいし、やめられないんですよね。映画音楽もコンサートもそれは一緒。僕にとって生きることと同じなんです。

ー久石さんの音楽を楽しみにしている方々にメッセージを音楽します。

久石:
今年の2月にパリでコンサートを行った時、フランスメディアのインタビューを受けましたが、みんな『二ノ国』のことを知っていました。「今度映画化されるんですよね。音楽を担当するんでしょう」と質問された。日本国内のみではなく、海外でも認知されているタイトルが、『二ノ国』。それが映画化されるということで、みんな期待を持っているんだなと感じています。

日本のみならず海外にも、この音楽が映画とともにみんなに聞いてもらえたら、僕にとっては何よりの喜びです。

Blog. 「映画「二ノ国」公式アートブック」 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「今の自分のやり方ってどちらかと言うと非常にミニマル・ミュージック的なアプローチがすごく多いんです。ミニマル・ミュージックというのは、同じ音型を繰り返す。そういうやり方をしているから、今の自分のやり方だと、エンターテインメントの映画にはあまり合わないんですよね。普通ではお断りしちゃう仕事のひとつなんです。ですが、過去にゲームでいっぱい作ってきた音楽があったので、それとうまくバランスを取れれば、今までとは全く違う切り口・やり方の映画音楽になるかなと思って。その辺はちょっと意識しましたね」

本作の題材となったゲーム「二ノ国」シリーズの音楽も担当していた。その時々の楽曲制作に精一杯で過去のことはあまり考えないという久石は、10年前のゲーム音楽について聞くと「あの頃はこうやったんだなというのがわかります。今は同じやり方は全くしていないからね。頑張ってよく書いたなと思ったぐらいの感じですかね」とコメント。「(ゲーム版の)テーマはさりげなく出したりしています。そういうところは楽しんでもらえるのかなと思います」とゲームファンに向けて明かした。

Info. 2019/07/26 久石譲、音楽は「生きること」 映画『二ノ国』収録現場で語る (Webニュース2種より)より抜粋)

 

 

「まずゲームと映画はまったく違うものなので、やり方は変えています。ただ今回の映画はエンターテインメントな映画だったので、音楽のあり方も変えました。通常、映画音楽は映像を説明するような音楽、状況や登場人物の心情に音楽をつけるんですけど、僕は普段そういう方法を取ってないんです。観客側から客観的に見る方法を取ってるんですが、エンターテインメントな映画になればなるほど、状況や心情に寄り添わなければならないので、その意味で久しぶりに、そういう音楽を書きました。ただ、映画の製作側から、ゲームとはまったく違う音楽をつくってほしいと言われたんですが、それは根本的に間違っていると思ったのでそう答えました。ゲームであれ映画であれ『二ノ国』という世界観がひとたび出来上がると、ストーリーがどうであろうと、ベーシックな部分は一緒なんですよ。ある意味では、同じ曲を使ったほうがいいということもあります。だからこそ、そこは客観的に分析して、どこをどういう手法でやるか、それを考えました」

Blog. 「Men’s PREPPY 2019年9月号」映画『二ノ国』久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

 

【百瀬監督、製作総指揮/原案・脚本の日野氏からのコメント】

■監督 百瀬義行
壮大なオーケストレーションの中に、登場人物が揺れ動く繊細な心を汲み取った久石さんの音楽は、映画に新しい彩りを添えてくださいました。

■製作総指揮/原案・脚本 日野晃博
久石譲さんの音楽は、二ノ国の世界観を形成する最重要の要素です。
今回の音楽も、原作のゲームからさらに飛躍し、映画独自の世界観をカタチづくることに成功しています。二ノ国にいるときと一ノ国にいるときの、音楽性の違いなどにも注目ポイントです。
今回の映画二ノ国でもそうですが、久石さんのつくられる、感情に寄り添った音楽の流れは、映画音楽の神髄と言えると思います。

出典:映画『二ノ国』オフィシャルサイト|ニュース

 

 

 

予告編・特報・PV動画などに使用されていた楽曲は、「2. おだやかな日常」「4. 二ノ国へ」「13. 空のランデブー」「15. 姫の心」「16. 仕組まれた入場」「24. 命をかけた戦闘」「25. 届かぬ思い」「33. 決着の時」「34. 別れ」 *特報のみゲーム版サウンドトラックから使用

 

録音は2019年5月23、24日アバコスタジオにて。おそらくフルオーケストラ編成楽曲を中心に行われいると推測する。Bunkamuraスタジオでは、小編成楽曲が録音されたのか、部分録り(楽器ごと)に使われたのか、日付ふくめて不明。

CDライナーノーツ・クレジットより、フルオーケストラ編成と室内楽の編成表がはっきりとわかることもうれしい。既存のオーケストラ楽団ではなく招集型であり、久石譲の音楽活動の線でいうと、FOC(フューチャー・オーケストラ・クラシックス)の流れをくむ方法になっている。FOCメンバーとの重複割合は細かく照合していないけれど、もちろん周知のメンバーも参加している。

フルオーケストラ編成と室内楽の奏者は一致していない(ピアノ除く)。室内楽ヴァイオリンは、FOCコンサートマスターの近藤薫さん。このあたりは、奏者が違うことで演奏の質をも分離したかったというよりも、どのリーダーを起点として招集をかけたかではないかと推測している。

 

 

2019.8.27 update

映画観てサントラ聴いてレビュー。

全体をとおして。

「全体的にパーカッションを使ってリズミックにしている」(久石)とある、それは生楽器だけではなく打ち込みも含めた多彩なもの。新曲はもちろん、ゲーム版から使用された曲たちもパーカッションが強調・足されたもの多く、全体のトーンとしてうなずける。

CDクレジットでは室内楽のほうにシンセサイザーが明記されているけれど、フルオーケストラ楽曲でも使用されている。生楽器を基調としたなかで電子音のアクセントというつくり方になっている。また小編成は薄い、フルオーケストラは厚い、という凹凸感をあまり感じないことも特筆できる。小編成のカラフルな音色と、フルオーケストラの引き締まったソリッドな響きが、ふたつの対照的な編成をうまく均衡にしている。

映画本編106分、サウンドトラック盤52分とあるなか、実際には上映時間の2/3以上音楽が流れる印象がある。これは《収録曲のいくつかが複数回使用されている》《サントラ未収録の楽曲がある(新曲/既発ゲームサントラ)》がその理由。

「久しぶりに状況や心情に寄り添った音楽を書いた」(久石)とある、それは曲はもちろん音楽の当て込み方としても顕著で、この場面では・この状況では・この登場人物では・この組み合わせでは、というように、明快な音楽配置になっている。そのため、複数回登場する曲も多くなってくる。それが曲の一部を切り取った部分的なものであっても。

ゲーム版からの使用曲は、一曲のなかで2つ以上の原曲がつながったトラックも多い。映画の終わりエンドロールでメインテーマや主要テーマをメドレーのように組み立てて構成することは、久石譲の映画音楽にもあるけれど、本編のなかでここまで多用することは極めて珍しい。それゆえ『二ノ国』音楽にゲームから親しんできたファンにとっては、この曲もこの曲もとてんこ盛りなうれしさある、サービス旺盛な音楽構成になっている。

まとめると、エンターテインメント映画のためのエンターテインメント音楽、そんなアプローチに集約されている。

 

 

楽曲ごとに。

全35曲を細かくレビューはできないので、ピックアップして紹介していく。ゲーム版音楽から本作映画に使用されたものもあわせて紹介していく。理由はふたつ。映画版音楽を聴いて興味をもった人がゲーム版音楽にもふれて『二ノ国』音楽の世界を広げてほしいこと。もうひとつは、どのサウンドトラックから持ち出した曲が多いかを整理したかったこと。結果的には、『二ノ国 II レヴァナントキングダム オリジナル・サウンドトラック』が最も多く、それは映画とゲームの共通性というよりも、久石譲の作曲手法やスタンスが近しいため(2018年作品)違和感なく並べやすかったのかもしれない。

ゲーム版から使用された曲は、すべて新アレンジ・新録音になっている。下記【○○と同曲/○○と○○をつなげた曲】としか書いていないものもある。もちろん既出音源をそのまま使用したのではなく、この映画のために新アレンジ・新録音されたもの。また、同じメロディをもった曲でもサウンドトラックにはタイトル違いアレンジ違いで複数収録されていることがある。気に入った曲があったら、もっとほかのバージョンもあるのかもしれないと、ゲームサントラにも手をのばしてみてほしい。

ゲームをしていない人が書いているので、ゲーム版から持ち出された音楽が、映画で使用されたシーンと関連性があるのか、もしくは裏設定があるのか、などはわからない。そんななかでも曲名や使用場所からうっすら推察できるものもある。ゲーム版から『二ノ国』を楽しんでいる人には、おっ!という新しい発見もあるのかもしれない。

 

 

[ゲーム版]

 

 

1. 不思議なお爺さん
19. 異世界への旅立ち
31. 受け継がれるもの
ガラス玉のような神秘的な音色と、3つの音符をつなげた短いモチーフが、楽器を替えながらゆっくりと交錯する曲。19. 31.も同じモチーフを使って展開していて、その上にたゆたうストリングスの調べが誘ってくれる。本作のなかでは客観的・俯瞰的な一歩引いた曲想、しっかりと今のスタンスも顔を出す。漂うようにずっと聴いていたい、主張しない音楽の好例といえる。映画では、数回使われていたり(どのトラックかの選別は難しい)、ループして長めに流れてもいたり。一ノ国と二ノ国の両方で使われていることからも、世界観を有機的につなぐ主要テーマ曲のひとつになっている。

 

2. おだやかな日常
ギターの弦をおさえて音程の出ないようにかき鳴らす、パーカッションのような使い方が風通しよい。後半は乾いた音色で小気味よく。この曲に限らず、ギターは一ノ国のコントラストや空気感を表現する大切な役割を果たしている。(この曲はこのあともう一度ふれている)

 

4. 二ノ国へ
26. 襲撃
4. 後半に聴くことができるのが、おなじみ『二ノ国』メインテーマ。(漆)(白)(レ) また26.でも聴かれる弦楽器とクラリネットのソリッドなかけ合いが、一種サクソフォーンの音色のようにも聴こえて新鮮。こういった組み合わせは、これまであまりなかったように思う。映画では、4.の前にサントラにはないバージョンが3-5分流れていた。かっこいいバージョンだったので収録されていないのがもったいない。

 

6. 酒場
アイルランドやケルトを思わせる賑わう街や人の光景。ティンホイッスル、ヴァイオリン、ギターにパーカッションと、まるで即興セッションのような躍動感と陽気さとちょっぴりの哀愁。とりわけベースがないことが素晴らしい。ベースがあることで曲としてきちっとした型ができあがる、土台のしっかりとした一曲ができあがる。だからここは、酒場の世界観につけたとも言えるし、酒場でたまたま演奏されていた状況内音楽、即興演奏のようなものをかたちにしたともとれる。もちろんそういった演奏シーンはない。音楽の位置づけ意味づけをふくらませることができる。ベースがないことがポイント。映画では、もっと長くループしていた。また、酒場のシーンではこの曲が流れるという設定、数回聴くことができる。

もうひとつ、「9. ネコ王国の城下町」(漆)でもティンホイッスルやパーカッションをベースにした曲があり、「25. ネズミ王国の城下町」(レ)はその変奏になっている。そして、「酒場」もまた同じメロディから派生、大きく変奏したバリエーションとみるととてもおもしろい。

”『二ノ国 レヴァナントキングダム』の主人公・エバンがエスタバニアをつくり、二ノ国にあった様々な国を統一する。それから数百年経過したのが映画『二ノ国』の世界、という裏設定がある”(公式情報より)…らしい。

 

7. 侵食する呪い
「5. The Horror of Manna」(白)と同曲。ゲーム版のほうが重厚にドラマティックに展開している。”昔とはやり方も違う”という久石譲の言葉を、音楽というかたちでしっかり体感できるかもしれない。使用される楽器、奏法やアクセントなど聴きくらべると、たとえそれが微細な違いであったとしても、言葉では抽象的になってしまうものをたしかに感じとれる。数回使われている。また、サントラ未収録ではあるが、「5. The Horror of Manna」(白)中盤の展開部を新アレンジしたものも映画には使われている。

 

8. エスタバニア城
16. 仕組まれた入場
今回、映画のために書き下ろされた新曲たちは、意外にもミニマル手法の曲がとても多い。そして、このような勇壮なミニマルを久石譲オリジナル作品として、1分や30秒ではなくたっぷりと聴いてみたい。これがもっと変化していったら、転調していったら、展開していったら、と想像するだけで高揚感が湧いてくる。

 

9. 疑惑
27. 悲しき過去
29. ガバラスとの戦い
33. 決着の時
同じモチーフで展開している。ここに記すのは33. 、冒頭に「7. 強大な魔法」(漆)が使われ、このモチーフが流れ、後半は『二ノ国』メインテーマ(漆)(白)(レ)をほぼ1コーラス聴くことができる。アレンジは(レ)をベースにしているけれど、合唱編成はないフルオーケストラ版、オーケストレーションも細かく異なる。数あるメインテーマのバリエーションがゲーム版からあるなか、新たなひとつ。

実は映画では、33. の『二ノ国』メインテーマはイントロ部分までしか流れない!映画には登場しないメインテーマ1コーラス。音楽収録ではフルサイズではないけれどメインテーマ単曲で録音されているはず。完成した映画の前後シーンからみたとき、当初通して使われる予定だったものがカットされたとは考えにくい。もしくは別の箇所で使う予定だったのか。いろいろ推察はできる…けれどここは! 『二ノ国』音楽ファンへ、しっかりメインテーマも収録してますよ、うれしいボーナストラック的ギフトとして楽しもう。(映画予告編で使用されたメインテーマは、この映画サントラバージョン)

 

10. 険悪なムード
この曲と「3. 忍び寄る危機」は同じ曲を基調としているのではないかと思っている。10.に聴かれるメロディを3. 頭のなかで当てはめるとぴたっとはまる。もちろん同じ一ノ国の世界につけられた曲ということもある。映画では、部分的ふくめて数回聴くことができる。

 

11. 募る思い
12. 思いがけない出会い
15. 姫の心
34. 別れ
今もってしてなお、こんなメロディを生みだしてしまうのか感嘆、と新旧すべての久石譲ファンうれしい一曲。メロディを奏でる楽器たち 11. ピアノ/12. フルート/15. 34. ヴァイオリン がスポットライトを浴びている。15. 34. サビのメロディと対旋律の流れも美しい。34.の終部には、「心のかけら」(漆)(白)のメロディが登場しゲームファンくすぐる演出になっている。映画では、11. 15. の1コーラスなども数回聴くことができる。

またこの曲の出だしメロディ2小節は、「2.おだやかな日常」のモチーフとしても使われている…と思っている。つまり、映画『二ノ国』にとっての主要テーマ曲であり、かつ、それは一ノ国(2.)と二ノ国(11. 12. 15. 34.)を有機的に結びつけている、かたちを変えてどちらの世界にも登場する曲。

 

13. 空のランデブー
「24. 果てしない空」(レ)と同曲。木管楽器の戯れが追加されただけでも気分はさらに飛躍する。テンポも違う、ピアノや打楽器の配置加減も違う。

 

14. 清めの舞
とりわけドビュッシーのような印象派的音楽を、ここまで大胆に自曲で表現したことはなかったかもしれない。映画というフィールドだからこそできた曲だと思うと、ついつい舞いのつづきを想像してしまう希少な一曲。

 

17. コロシアムの戦い
「8. 苦闘」(レ)「20. 命運をかけた戦い」(レ)をつなげた曲。

 

18. 決死の賭け
「2. クーデター」(レ)と同曲。重低感のあるパーカッションは映画版のほうがパンチ効いて、曲全体にあたえる重心も深い。

 

20. ふたつの道
25. 届かぬ思い
緊迫感や緊張感といったものを、オーケストラで表現するとこうなる、パーカッションを主体にするとこうなる、短いながらとても綿密に計算されている。間違ってもただパーカッションを追加したということにはなっていない。

 

21. 命のゆくえ
「21. 切ない思い出」(レ)と同曲。 映画終盤にも部分的に使われている。

 

22. 黒の侵攻
「11. ボスバトル」(レ)と「5. 別れ」(レ)をつなげた曲。 

 

23. 激しい攻防
「20. 命運をかけた戦い」(レ)と「9. The Zodiarchs」(白)をつなげた曲。

 

24. 命をかけた戦闘
「11. 帝国行進曲」(漆)と同曲。

 

28. マリオネット
作品から飛び出すけれど、「2 Pieces for Strange Ensemble 1. Fast Moving Opposition」(『久石譲 presents MUSIC FUTURE II』2017・CD収録)を思い出してしまったほど、久石譲の旬がつまったスタイル。あと5分でも7分でも、ズレながら変化しながらどっぷりと堪能したい、そんな一曲。映画では、フレーズが鋭く飛び交う部分と、リズム刻みだけになる部分が、シーンの切り替わりとリンクしていて、そのあまりにおさまりいいスムーズさに、ただただ脱帽。あっ、映像とのこういうシンクロの仕方、マッチングの仕方もあるんだな、と新たな一面を目撃した瞬間だった。

 

30. 守る覚悟
「5. アリー ~追憶~」(漆)「20. 奇跡 ~再会~」(漆)と同曲。映画版は曲の途中で終わっている。優麗にドラマティックに展開し、きれいに着地しているゲーム版もぜひ。

 

32. 伝説の勇者
「26. 守護神」(レ)と「19. 最後の戦い」(漆)をつなげた曲。

 

35. 似た者同士
旋律が追っかけてくるような手法、歌い出しが小節頭か裏拍かという変化。幹があって枝葉が豊かなように、源流とたくさんの小川があるように、大きな時間と小さな時間があるように。すべてのもののつながり。近年の久石譲にみられる新しいたしかな手法。『NHKスペシャル シリーズ ディープ オーシャン』や『プラネタリアTOKYO To the Grand Universe 大宇宙へ』(未音源・2019年8月現在)、そして2019年映画『海獣の子供』サウンドトラックでも、いろいろ趣向を凝らし存分に楽しむことができる。映画では、部分的に使わている箇所がもうひとつある。

 

 

映画使用曲
「10. 砂漠の王国の町」(漆)の一部、既発音源をもとにしながらも一風変わったかたちで使われている。ゲームを楽しんだ人なら、あの曲!とわかるほどのアラビア風な曲。映画サントラ未収録。

「15. 漆黒の魔導士ジャボー」(漆)の新アレンジ版が使われている。映画サントラ未収録。

ほかにもあるが、上の各楽曲説明と重複するので割愛する。

 

 

このように、映画版音楽はゲーム版からも多くの音楽が使用され、『二ノ国』ファンにとってはてんこ盛りのうれしい充実となっている。一曲ごとの分数が短く、もっと先を聴きたい、このまま続いてほしい、と思ってしまうのは映画サウンドトラックのジレンマ。

ゲーム版は映像や時間の尺に左右されない音楽作品として構成されているものも多い。とりわけ、『二ノ国 漆黒の魔導士 オリジナル・サウンドトラック』『Ni No Kuni: Wrath of the White Witch - Original Soundtrack』は、曲ごとにしっかり起承転結で展開する作曲方法をとっている。映画サウンドトラックからゲームサウンドトラックへ好奇心を広げると、お気に入り曲との楽しい出会いもきっとある。

また、楽曲をフラットに並べてみたことで、映画のための新曲が決してエンターテインメントに寄りすぎていない、今の久石譲のスタイルを貫いたものも多い、そんなこともわかった。音楽制作にあたりすべてのゲーム版音楽を聴きなおし、映画への可能性を吟味し、10年前に書いたものと今書くものが並列する。『二ノ国』の世界観を継承し、新たな一面もみせる。

『二ノ国』という作品、2010年ゲームから2019年映画まで、それぞれに新しい世界観で音楽をつけている、あわせて4枚のCDリリースは、久石譲の音楽活動のなかでも稀なほど長期的に携わっている作品。いつかコンサートでも壮大な組曲を聴いてみたい。第2組曲、第3組曲、、夢は果てしない。

 

 

 

 

2020.1.8 追記

『二ノ国』ブルーレイ プレミアム・エディション、映像特典に「Making of Soundtrack by 久石譲」インタビューとレコーディング風景をまじえた約11分の映像が収録されている。

 

 

 

 

1. 不思議なお爺さん
2. おだやかな日常
3. 忍び寄る危機
4. 二ノ国へ
5. 未知なる異世界
6. 酒場
7. 侵食する呪い
8. エスタバニア城
9. 疑惑
10. 険悪なムード
11. 募る思い
12. 思いがけない出会い
13. 空のランデブー
14. 清めの舞
15. 姫の心
16. 仕組まれた入場
17. コロシアムの戦い
18. 決死の賭け
19. 異世界への旅立ち
20. ふたつの道
21. 命のゆくえ
22. 黒の侵攻
23. 激しい攻防
24. 命をかけた戦闘
25. 届かぬ思い
26. 襲撃
27. 悲しき過去
28. マリオネット
29. ガバラスとの戦い
30. 守る覚悟
31. 受け継がれるもの
32. 伝説の勇者
33. 決着の時
34. 別れ
35. 似た者同士

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi

Orchestration by Chad Cannon, Joe Hisaishi

Performed by
Except Track-1, 2, 3, 6, 9, 10, 11, 19, 26
Flute:Hirioshi Arakawa
    Misao Shimomura
Oboe:Ami Kaneko
    Masato Satake
Clarinet:Soushi Nakadate
      Kei Kusunoki
Bassoon:Mariko Fukushi
       Masashi Maeda
Horn:Yoshiyuki Uema
    Hirofumi Wada
    Kazune Fukae
Trumpet:Takaya Hattori
       Homare Onuki
Trombone:Shinsuke Torizuka
Bass Trombone:Koichi Nonoshita
Tuba:Nana Ishimaru
Timpani:Tadayuki Hisaichi
Percussion:Mitsuyo Wada
      Keiko Nishikawa
      Nanae Uehara
Harp:Yuko Taguchi
Piano/Celesta:Febian Reza Pane
Strings:Manabe Strings

Track-1, 2, 3, 6, 9, 10, 11, 19, 26
Clarinet:Hidehito Naka
Percussion:Akihiro Oba
Piano:Febian Reza Pane
Synthesizer:Naoko Imamura
Guitar:Go Tsukada
Violin:Kaoru Kondo
Cello:Sin-ichi Eguchi
Tin Whistle:Akio Noguchi (Track-6)

Recorded at Avaco Studio, Bunkamura Studio
Mixed at Bunkamura Studio
Recording & Mixing Enginner:Suminobu Hamada
Derector & Manipulator:Yasuhiro Maeda

and more…

 

 

Ni No Kuni The Movie (Original Motion Picture Soundtrack)

1.The Mysterious Old Man
2.Carefree Days
3.A Darkness Draws Near
4.The Other World
5.An Unknown Land
6.At the Tavern
7.The Curse
8.Evermore Castle
9.Shadows of Doubt
10.A Somber Mood
11.Falling Deeper
12.An Unexpected Encounter
13.The Boundless Skies
14.Purification
15.From the Heart
16.No Turning Back
17.To Arms!
18.A Leap of Faith
19.Memories of Youth
20.Separate Ways
21.A Solemn Vow
22.The Invasion Begins
23.All Out War
24.To the Death
25.On Deaf Ears
26.In Danger
27.A Painful Past
28.Marionette
29.Facing Galeroth
30.Always by Your Side
31.Passing on the Torch
32.Hero of Legend
33.End of the Line
34.Farewell
35.Soul Mates

 

Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『Spirited Away Suite』

2019年7月31日 CD発売 UMCK-1636

 

久石自身の手により生まれ変わった「千と千尋の神隠し」組曲ほか、数々の名演。あの夏の感動、再び。

(CD帯より)

 

 

9.11以後の”異界”を”だまし絵”で生き抜くオーケストラの音楽──
久石譲『Spirited Away Suite』について

本盤のタイトル曲でもある「Spirited Away Suite」(「千と千尋の神隠し」組曲)の冒頭は、ピアノのメインテーマ「あの夏へ」──主人公・千尋のテーマとも言い替えてもいい──から始まる。その演奏を収録した本盤の音源を初めて聴いたとき、今から18年前の2001年7月の記憶が頭にパッと思い浮かんだ。まさに”あの夏”とも言えるような思い出だが、当時、発刊されて間もない映画雑誌『PREMIERE』のインタビュー取材のため、とても暑い日の午後、久石の下を訪れたのである。

このとき、すなわち2001年7月、久石は宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』の音楽を書き上げ、そしてフランス人のオリヴィエ・ダアン監督の映画『Pe Petit Poucet』の音楽を完成させたばかりの頃だった。当然、インタビューの中では、その2本にも話が及んだ。

映画本編の詳しい紹介はここでは割愛するが、まず『千と千尋の神隠し』は、親元から切り離された千尋という名の少女が異世界つまり”異界”に足を踏み入れ、自分の力で生き抜いていこうとする姿を描いた成長譚である。

この取材の中で久石は、宮崎監督の独特の世界観で作られた現実の風景とまったく違う世界=”異界”をどう音楽で表現すべきか、非常に苦労したと述べていた。通常の音楽のつけ方や作曲アプローチでは表現しきれないので、例えば今回の組曲内の「神さま達」では琉球音楽、「カオナシ」ではインドネシアのガムラン風の音楽、というように、アジアの民族音楽のさまざまな要素をオーケストラの中に足す方法で作っていったのだと。しかも、日本が属する東アジアやインドネシアが属する東南アジアだけでなく、シルクロードの向こう側、遥か西のユーラシア大陸全般に至るまでアジアというものを拡大解釈し、それを西欧音楽の象徴たるオーケストラの中に放り込んでいく。わかりやすく言えば、台湾の夜市のように、ありとあらゆる要素を投入していく方法だ。そのように雑多なものをオーケストラの中に取り込むことで、なんとか宮崎監督の世界観を表現できるかもしれないというのが、取材の中で久石が語っていた作曲アプローチであった(それが、メインテーマ「あの夏へ」以外の曲がいままでコンサートで演奏されにくかった理由のひとつでもある)。18年経った現在から振り返ってみても、これは日本人でありアジア人である作曲家・久石譲だからこそなし得た、非常にユニークなアプローチであると思う。

 

「Le Petit Poucet」は、『千と千尋の神隠し』と同じ2001年に久石が手掛けたフランス映画『Le Petit Poucet』のメインテーマである。フランスの童話作家シャルル・ペローの『親指小僧』に基づく実写映画だが、実はこの作品も、『千と千尋の神隠し』と同じく親元を離れた主人公プセたちが不思議な世界、つまりは”異界”に放り込まれてさまざまな冒険を体験し、生き抜いていく物語を扱っている。

本盤には本編オープニングで流れるメインテーマのオーケストラ版が収録されているが、映画のエンドロールでは、ヴァネッサ・パラディが歌ったヴォーカル版が使用されている。そういった事情もあり、久石はこのテーマを”シャンソン”として書いたと取材の中で語っていたが、いま、このメインテーマを改めて聴き直してみると、フランス映画にふさわしい気品に満ちた”シャンソン”であると同時に、久石でなければ絶対に書けない、いかにも彼らしいメロディで作られた音楽だと思わずにはいられない。日本人であり、アジア人である作曲家・久石譲から出てきた”久石メロディ”が、ヨーロッパの昔話の真髄とも言える童話を映画化した『Le Petit Poucet』のメインテーマになっているところが、実に興味深いのである。

本盤を手に取られたリスナーは、ぜひこの機会に『Le Petit Poucet』の全編を見て頂きたいのだが(現在はDVDで容易に視聴可能)、映画本編に流れるサウンドトラックでは、尺八や和太鼓などの邦楽器がオーケストラの中にふんだんに取り入れていることに気づくだろう。

取材当時、久石は「西欧のオーケストラだけで音楽をまとめてしまうよりも、日本的なものにこだわりながら作っていった方が、自分としてはリアリティのある音楽が作れる。ペローの童話の世界は、確かにヨーロッパの世界観に属しているけれど、逆に音楽では、日本的な要素をどんどん出した方が説得力が増してくる」と述べていた。

この発言を音楽用語の”ユニゾン”という言葉を用いて言い換えてみると、ヨーロッパの童話や題材をヨーロッパ的な音楽スタイルで”なぞる”つまり”ユニゾン”で音楽を付けるのではなく、すこし違った視点で物語を捉えながら敢えて”ズラした”音楽を付けていく。そうしたアプローチを用いながら日本人の作曲家が作曲することで、童話が本来持つ怖さや残酷さ──ヨーロッパ人は子供の頃からその童話に慣れ親しんでいるので、かえって意識に上りにくくなっている──が、より際立って見えてくるということなのだ。これが『Le Petit Poucet』の音楽の素晴らしさであり、同時に作曲家としての久石の特質が遺憾なく発揮された好例というべきであろう。

 

久石が同時期に手掛けたこれら2つの映画は、全く無関係な作品であるにもかかわらず、たまたま2001年に作られ、それぞれの本国で公開された。そして偶然にも、”異界”に放り込まれた人間がどう生きるのかという題材を扱ったファンタジー作品でもあった。その当時、久石を含む映画の作り手たちは、ファンタジーの物語にリアリティを持たせるべく全力を注ぎ込み、彼らが生み出した数々のファンタジーを我々観客はエンタテインメントとして素直に受け入れ、喜び、熱中することができた時代だった──2001年の夏の段階までは。

ところがこの取材から約2ヶ月後の2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が発生した。たった一晩で、それ以前と以後の世界がまったく変わってしまった。

旅客機が高層ビルに突っ込み炎上する──どんな映画でも描けなかった光景を、当時を生きていた久石を含む我々は、テレビを通じてリアルタイムで見てしまった。つまり、現実のほうがファンタジーよりも先をいってしまったのである。

人間がいくらファンタジーの世界を想像し、その物語にリアリティを持たせようとしたところで、あの9.11の映像を見せつけられたとき、現実のほうが遥かに凄まじいのだということを、我々はいやが上にも思い知らさせた。我々は一体何だったのだろう……と。特に、映画やテレビなど映像に携わる人間は(久石も例外なく)、これまで追い求めてきた世界とは、ファンタジーとはいったい何なのだろう、大きな疑問符を突きつけられることになった。

別に言い方をすれば、9.11をリアルタイムで体験してしまった人間は、まさに千尋やプセたちと同様、宮崎監督やダアン監督が描いた”異界”、つまりいままで自分たちが生きてきた世界とは違った世界(そして自ら望まない世界)に放り出され、その世界を現実として生きろと、無理難題な要求を突きつけられてしまったのである。その過酷な事実を新たな現実として受け入れ、生きていかねばならないにしても、我々が”異界”に適応するのは容易なことではなく、当然のことながら多くの時間を要した。誰もが皆、同じように苦しみ、考え、自分なりに答えを見つけ出していくことを余儀なくされた。

では、アーティストとしての久石は、9.11から受けた衝撃や思いをどう表現したのか? 音楽家として、今までと違う現実、9.11以後の世界という”異界”とどのように向き合うべきなのか? その回答のひとつが、2001年から3年後の2004年に立ち上げた、新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)の創設と、本盤ラストに収録されているW.D.O.のテーマ曲「World Dreams」の作曲である。その答えにおいて、久石は伝統的な西洋のオーケストラの中で、力強いメロディを”ユニゾン”で鳴らすという驚くべき結論を見出した。もちろん、久石はその結論にやすやすと達したわけではない。9.11のはるか以前から、ミニマル・ミュージックを通じて”異界”を意識化させてきたアーティスト・久石なくして、その結論に達することは出来なかっただろう。

 

改めて説明するまでもないが、久石はミニマル・ミュージックの作曲家としてキャリアをスタートさせた。話をわかりやすくするため、ミニマル・ミュージックとは「繰り返しや反復などを用いながら微細なズレを生み出し、そのズレから豊かなテクスチュアを紡ぎ出していく音楽」と仮に定義しておくが、ミニマリストとしての久石が他のミニマルの作曲家と異なるユニークな特徴のひとつは、彼がエッシャー的な視点を備えた作曲家だという点である。

久石はミニマル・ミュージックを書き始めた頃から、オランダの抽象画家マウリッツ・エッシャーの作品に非常に強い関心を抱いていた。エッシャーはだまし絵(錯視画)で有名な画家だが、久石はそのエッシャーの作品から影響を受けながら、だまし絵がもたらす錯視効果とミニマル・ミュージックがもたらす錯視効果(より正確に言えば錯聴効果)の類似性に注目し、実際のミニマル・ミュージックの作曲に生かしていった。

エッシャーは、現実の世界に存在していない図形や模様があたかも存在しているように描くことによって、人間のものの見方、もっと大きく言えば、世界の捉え方そのものに対して、問題提起を行った画家である。特に晩年の作品では、あるパターンを幾重にも繰り返し、積み重ねていくことで、そこからまったく違うものが生まれていく変容(メタモルフォーゼ)を追求していくようになった。

そうしたエッシャーの特徴に久石は注目し、自身の作品においても、同じ音形やフレーズを繰り返し、少しずつズラしていきながら、全く異なるものを生み出し、音楽を変容させていくという実験を重ねていった。その方法論は、作曲家として初期の活動を始めた40年前から現在に至るまで、本質的には変わることなく受け継がれているといっても過言ではない。そうした彼のミニマル・ミュージックに対する向き合い方、言い換えればエッシャー的な方法論に基づくミニマル作品が、本盤には2曲収録されている。

まず、1985年のアルバム『α-BET-CITY』の中に収録されていた曲がオリジナルとなる、タイトルもそのままずばりの「DA・MA・SHI・絵」。そして1944年にエッシャーが描いた原画「Encounter(遭遇)」にインスパイアされて生まれた、弦楽合奏のための「Encounter」。ユーモラスな響きを持ち、同じフレーズや音型を繰り返すうちに音楽がすっかり別のものに変容してしまう、まさにエッシャーのだまし絵を見ているような感覚に非常に近い驚きや喜びを、リスナーはこの2曲から感じていただけるのではないだろうか。

作曲年代が約30年離れた、これら2曲が端的に示しているように、久石がエッシャー的なミニマル・ミュージックを書くということは、すなわち、人間の見方やものの捉え方が実のところは錯視的であり、あるいは変容していくものだということを音楽を通じて表現し、問題提起していることにほかならない。わかりやすく言えば、「いま現実に見えているものだって、突然”異界”に変容するとも限らないよ」ということである(ちなみに1992年に久石のアルバム『My Lost City』は、まさにそうした問題意識から生まれた作品である)。

40年前から、そうした問題意識を片時も忘れることなく、作曲というフィールドにその意識を生かしながら音楽を表現してきたところに、実は久石のミニマリストとしての最大の強みが存在する(ミニマルの繰り返しや反復はあくまでも技法であり、それ自体が目的ではない)。だからこそ、彼のミニマル・ミュージックが我々に強く訴えかけてくるのではあるまいか。

そういう作曲家・久石が9.11という”異界”に遭遇(encounter)したとき、単にその事件に寄り添った音楽を書いたり活動をしたりするだけではなく、今までと違った現実を生き抜くために、それに応じた音楽的姿勢を持って活動し、生きねばならないと決断したのは想像に難くない。

 

先に触れたように、久石は9.11以後の世界という”異界”への回答として、W.D.O.を創設した。なぜ、オーケストラなのか? ”異界”が現れる前の馴染み深い音世界を懐かしむとか、西洋音楽の伝統に回帰するとか、そういう話ではない。『千と千尋の神隠し』や『Le Petit Poucet』のように、敢えてオーケストラに”異界”を取り込むことで、”異界”そのものを生き抜いていこうとする、ひとつの決意表明として、オーケストラを選んだのである。そのオーケストラの中に、これまで久石が抱えてきた問題意識、つまりエッシャー的な問題意識に基づくミニマル・ミュージック的な方法論を持ち込むことで、今までとは違った現実、すなわち”異界”を生きていくことはどういうことなのか、それを追求していくためにオーケストラを選んだのである。だからこそ、オーケストラの中で「World Dreams」のような”ユニゾン”のメロディを歌う意味が生まれてくる。もし、オーケストラが”異界”の響きを表現するだけだったら、多様性に満ち溢れた音楽的にも比喩的な意味でも”不協和音”の衝突のまま終わってしまうから。

 

奇しくも9.11以後、この18年のあいだに音楽を世の中に届けていく方法そのものも大きく変わってしまった。それ以前は、アルバムやレコードといったパッケージで音楽を届けることがアーティストにとってのひとつの目標であり、またゴールでもあった。ところが18年経った現在、インターネットなどのデジタルの普及によって音楽のあり方自体が大きく変容し、ストリーミングで音楽を聴き、あるいは1曲だけダウンロードして楽しむといった聴き方が日常のものとなった。好むと好まざるとに関わらず、そういう音楽の”異界”に我々は生きているのである。

だが、”異界”は必ずしも悪いことだけではない。この現行を書いている2019年7月現在、中国で初めて劇場公開された『千と千尋の神隠し』は新作映画を上回る大ヒットを記録し、新たなファン層を生み出している。そしてこの9月には、アメリカの名指揮者デニス・ラッセル・デイヴィスがチェコ・ブルノで「DA・MA・SHI・絵」のヨーロッパ初演を振ることが決まっている。18年前、このように世界が変わることになるとは、実は久石本人ですら想像もつかなかったはずだ。

そういう”異界”を現実のものとして生きている現在の我々にとって、何を拠りどころとしながら生き、どのように世界を見つめていかなければならないのか? 本盤『Spirited Away Suite』には、その難問に対してアーティスト・久石譲が誠実に出した回答──9.11以後の”異界”を”だまし絵”で生き抜くオーケストラの音楽──が凝縮して表現されている。

前島秀国/Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター
2019/07/01

(CDライナーノーツより)

 

 

Spirited Away Suite
2018年の「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2018」にて初演。2001年7月20日公開の宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』から。構成楽曲は次のとおり。
あの夏へ One Summer’s Day/夜来る Nighttime Coming/神さま達 The Gods/湯屋の朝~底なし穴 View of the Morning ~ The Bottomless Pit/竜の少年 The Dragon Boy/カオナシ No Face/6番目の駅 The Six Station/ふたたび Reprise/帰る日 The Return

Le Petit Poucet
2001年、オリヴィエ・ダアン監督のフランス映画『Le Petit Poucet』(邦題:プセの大冒険 真紅の魔法靴)メインテーマより。シャルル・ペローの童話『親指小僧』をもとに実写化された映画。ヴォーカル版はヴァネッサ・パラディの歌う「La Lune Brille Pour Toi」。2001年の東北ツアーで演奏されたメインテーマを、2018年「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2018」において書き直して披露された。

DA・MA・SHI・絵
エッシャーのだまし絵にインスパイアされた1985年の作品、『α-BET-CITY』で発表された。1996年の「PIANO STORIES II ~The Wind of Life~ Part 1 Orchestra Night」の際にオーケストラ版に書き直された後、2010年『ミニマリズム』収録時にLSO(ロンドン交響楽団)の演奏による初収録された。

Encounter for String Orchestra
オリジナルは、2012年、「フェルメール光の王国展」のために書き下ろした「Vermeer & Escher」の室内楽曲。その中から4曲を選び、弦楽四重奏曲として再構成・作曲し直した「String Quartet No.1」(初演:2014年9月29日「Music Future Vol.1」)の第1曲「Encounter」を、更に弦楽合奏用に書き直した作品。2017年2月12日、久石譲指揮、ナガノ・チェンバー・オーケストラにて初演。本盤が初収録となる。

World Dreams
2004年、久石譲と新日本フィルによるW.D.O.結成時に、テーマ曲として作曲された作品。「作曲している時、僕の頭を過っていた映像は9.11のビルに突っ込む飛行機、アフガン、イラクの逃げまどう一般の人々や子供たちだった。『何で……』そんな思いの中、静かで優しく語りかけ、しかもマイナーではなくある種、国歌のような格調あるメロディが頭を過った」

(楽曲解説 ~CDライナーノーツより)

 

 

久石譲コメント

Spirited Away Suite /「千と千尋の神隠し」組曲

アメリカのアカデミー賞長編アニメーション賞を獲った作品で、海外からも一番これを演奏してほしいという要望が強いんですよね。すごく強いのですが、なぜかチャレンジをずっと避けていた曲なんです。今年本格的に取り組んでみて、思った以上に激しい曲が多くて驚きました。人間世界から異世界に迷い込んで、千尋という名前が千に変わり、両親が豚に変えられたりする中で、様々な危機が来る。当然、音楽も激しくなるわけです。一方でこの作品には「六番目の駅」に代表されるような、現実と黄泉の世界の狭間が色濃く表現されている。宮崎さんが辿り着いた死生観が漂っている気がします。でもだからこそ生きていることが大事なんだ、ということをちゃんと謳っている。その思いが伝わればいいなと思っています。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2018」 コンサート・レポート より)

 

 

[参考]

2019年6月21日 中国劇場公開にて大ヒット「千与千寻」

 

 

久石譲コメント

Encounter for String Orchestra

数年前にフェルメール展が催され、その作曲を依頼されたのですが、僕の強い要望でエッシャーも展示されました。ミニマリストとしてはフェルメールよりも(もちろん好きですけど)だまし絵のエッシャーのほうに興味があったからです。その楽曲を中心に後に「弦楽四重奏曲第1番(String Quartet No.1)」を作曲しました。その第1曲がこの「Encounter」です。それをストリング・オーケストラとして独立した楽曲にしました。マーラーがシューベルト等の弦楽四重奏曲をオーケストラ用に書き直していますが、厚くなる部分と、ソロの部分をうまく活かしてよりダイナミックに作っている。僕もそのことを大切にしました。

レの音を中心としてモードによるリズミカルなフレーズが繰り返されます。ややブラックなユーモアもありますが、変拍子と相まって曲の展開の予想はつきにくい、したがって演奏もかなり難しいです。

曲のタイトルはエッシャーの「Encounter」という絵画(版画)からきています。もちろんインスピレーションも受けています。決して重い曲ではないので、楽しんでいただけたら幸いです。

(「久石譲 フューチャー・オーケストラ・クラシックス Vol.1」コンサート・パンフレット より)

 

[参考]

Encounter /エッシャー (1944)

 

memo

エッシャーのこの絵のウィキ的解説が少なすぎてわからない。奥の方では白い人と黒い人がタイルを埋めるように平面的に当てこまれてる。そして円を描くように前の方では立体的に描かれ中央で「出会う」。ヴィオラから始まるこの曲は楽器配置も関係してるんだろうか…。白と黒に旋律的モチーフをもたせてるのだろうか…。円中央の反転や立体的人の影は、旋律の反転やなんらかしてるのだろうか…。エッシャーの「出会う」とは、音楽に置きかえたときに、ひとつの旋律を全楽器が奏でるユニゾンになる瞬間のことだろうか(数回ある)…。久石さんの言う〈ブラックなユーモア〉も音楽的にどういうことなのか、さっぱりわからない。いつか解説してくれますように。繰り返し模様とミニマルの反復、いろんな見え方と音のズレによる変化。パターンと秩序、二次元と三次元、数学的と論理的。ハーモニーを極力排除した単旋律的要素。絵を見ながら「Encounter」を聴くとなんかおもしろい気がしてくるからおもしろい。そして、「DA・MA・SHI・絵」と「Encounter」が新作CDにあわせて収録されるのはエッシャーつながりとしてもなるほどと思う。

 

 

 

本作に収録された作品のレビューは、コンサート・レポートに瞬間を封じ込め記した。

 

 

 

 

また2019年1月にTV放送された際に、映像で確認できた楽器のこと、繰り返し観れることで気づいたことなどを記した。

 

 

 

 

 

 

 

久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
「千と千尋の神隠し」組曲

Joe Hisaishi & New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Spirited Away Suite

Spirited Away Suite 
1. One Summer’s Day
2. Nighttime Coming
3. The Gods
4. View of the Morning ~ The Bottomless Pit
5. The Dragon Boy
6. No Face
7. The Sixth Station
8. Reprise
9. The Return

10. Le Petit Poucet
11. DA・MA・SHI・絵
12. Encounter for String Orchestra
13. World Dreams

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Yasushi Toyoshima (Solo Concertmaster)
Solo Piano by Joe Hisaishi (Spirited Away Suite)

Recorded at
Suntory Hall, Tokyo (August 20, 2018)
Sumida Triphony Hall, Tokyo (August 21, 2018)

Spirited Away Suite, Le petit Poucet
Original Orchestration by Joe Hisaishi
Orchestration by Chad Cannon

Recording & Mixing Engineer:Suminobu Hamada
Assistant Engineer:Takeshi Muramatsu (Octavia Records), Hiyoyuki Akita
Mixed at Bunkamura Studio
Mastering Engineer:Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC)

and more…

 

Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス 『ベートーヴェン:交響曲全集』

2019年7月24日 CD-BOX発売 OVCL-00700

 

久石譲 渾身のベートーヴェン・ツィクルス 完結!
──ベートーヴェンは、ロックだ!

久石譲が2016年より取り組んだベートーヴェン・ツィクルスは、かつてない現代的なアプローチが話題を集めました。作曲家ならではの視点で分析された演奏は、推進力と活力に溢れています。久石譲のもと若手トッププレーヤーが集結し、明瞭なリズムと圧倒的な表現で、新しいベートーヴェン像を打ち出しています。

──これは、聴く者の全身に活力を送り込み、五感を覚醒させるベートーヴェンだ。

 

Disc 1
交響曲 第1番 ハ長調 作品21
交響曲 第3番 変ホ長調 作品55「英雄」

Disc 2
交響曲 第5番 ハ短調 作品67「運命」
交響曲 第2番 二長調 作品36

Disc 3
交響曲 第4番 変ロ長調 作品60
交響曲 第6番 へ長調 作品68「田園」

Disc 4
交響曲 第7番 イ長調 作品92
交響曲 第8番 ヘ長調 作品93

Disc 5
交響曲 第9番ニ短調 作品125「合唱」

久石譲(指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス
(旧ナガノ・チェンバー・オーケストラ)ほか

2016年7月16日(第1番)、2016年7月17日(第2番)、2017年2月12日(第3,4番)、2017年7月15日(第5番)、2017年7月17日(第6番)、2018年2月12日(第7,8番)、2018年7月16日(第9番)
長野市芸術館 メインホールにてライヴ録音

◆特別装丁BOXケース&紙ジャケット仕様
◆豪華40Pブックレットには久石譲ロングインタビューを掲載
◆第4番&第6番は当全集にのみ収録 ※他の楽曲は再収録となりますのでご注意ください

 

 

 

【ブックレット内容】
●作品インデックス・タイム・クレジット・レコーディングデータ(P.1)
●久石譲、ベートーヴェンを語る(P.3~11)
●現代曲と同じ視点による古典の演奏を続けていきたい (P.13~16)
 ~久石譲に訊く本全集のコンセプトと今後の展開~
●曲目解説 諸石幸生 (P.18~29)
●交響曲 第9番ニ短調 作品125「合唱」 原詩/訳詞 (P.30~31)
●プロフィール (P.32~34)
 久石譲、フューチャー・オーケストラ・クラシックス、ソリスト
●オーケストラ メンバーリスト (P.35~37)
 (作品ごと楽器編成・演奏者リスト)

*上のナンバリング以外は写真掲載ページ

 

 

「久石譲、ベートーヴェンを語る(P.3~11)」では、これまでに語られたことない内容を多く含む、作品ごとに指揮者としてどういった点に注目してどういったアプローチをしたのか、とても具体的に語られています。既発単品CD盤、コンサート・パンフレット、ラジオ番組など、すべてを通して振り返ってもここまで専門的に作曲家・指揮者視点で掘り下げているのは全集所収ならではです。

 

 

ここではブックレットのなかから「現代曲と同じ視点による古典の演奏を続けていきたい(P.13~16)」のみを記します。こちらも全集のための初出内容を多く含むものです。

 

 

現代曲と同じ視点による古典の演奏を続けていきたい
~久石譲に訊く本全集のコンセプトと今後の展開~

ーまずはこのオーケストラ結成の経緯をお話しいただけますか。

久石:
長野市芸術館(2016年開館)の音楽監督を引き受けた段階で、観客の応援の対象となるアーティストが必要だと思いました。そこで考えたのは、1300席ほどの中ホールなので、チェンバー(室内)オーケストラを結成するのが、一番良いのではないかということ。それが了承され、ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を結成しました。メンバーは、知り合いのヴァイオリン奏者、近藤薫さん(東京フィル、及びNCOのコンサートマスター)が中心になって集めた、N響、読響、東響など様々な楽団の首席奏者を多数含む、グレードの高い顔ぶれでした。

その時もうひとつ念頭にあったのが、「長野に文化をきちんと定着させたい」との思いです。これは長野市側の要望でもありました。ですが南の松本にはサイトウ・キネン・オーケストラ、北の金沢にはオーケストラ・アンサンブル・金沢という名楽団がある。その中間に位置する我々がオーケストラを作るとなれば、埋没することなくいずれは文化としての発信力があるものにしたいとの思いが強くありました。それで、自分の考えている理想のオーケストラができ、2年半に亘って演奏してきました。

 

ー最初にベートーヴェンの交響曲ツィクルスを行った理由は?

久石:
オーケストラも初めて集まるわけですし、文化として発信しようとするならば、しっかりしたテーマを与えなければいけないと考えたからです。ベートーヴェンという最高峰のものに挑戦することで、オーケストラとしての結束力を高め、課題を克服していく。各楽団の首席奏者であれば、能力の高さと同時に、それぞれの思いがあります。それを一本にまとめるのは、指揮者にとってもハードな作業です。なので「リズムをメインにした新しいベートーヴェンに挑む」というコンセプトで、演奏者たちに方向性を打ち出す必要がありました。

そして実際に現代的なリズムをベースにした演奏を行い、「ロックのようなベートーヴェン」というキャッチフレーズを付けました。本当は「ベートーヴェンはロックだ」なんて思ってはいませんよ(笑)。全然違いますから。しかしクラシックを聴かない人たちにアプローチをかけるとき、「ベートーヴェンはロックだ」と言った方が「どんなものだろう?」と思ってもらえます。ところがこの言葉は、意外に本質をついた部分がありました。つまりロックの基本はリズム。ですからリズムを中心にいくことを明快に打ち出した言葉だったわけです。

 

ー室内オーケストラならば、おのずと音楽もスリムな方向性になりますね。

久石:
そうですね。フルオーケストラがダンプカーであるならば、室内オーケストラはスポーツカーになり得ます。そこを踏まえて、ベートーヴェン演奏の古いしきたりを取り払いたい。その音楽を「ドイツ的」といった先入観とは関係なく伝えるために、ミニマルの楽曲のときと同じような、風通しの良い演奏をしたいと考えました。

 

ー弦楽器の編成は8型ですよね。そのように弦楽器が少なめの場合、管楽器とのバランスが難しくはないでしょうか?

久石:
これはとても重要なことですが、現代曲をやっていると、弦中心のアンサンブルは組まないんですよ。一音色として弦の各パート、一音色としてオーボエ、クラリネット…と捉えてバランスを作るので、あまり気になりません。弦の各パートをまず作って、そこに管楽器を乗せるといった従来型ではなく、このようにそれぞれが一音色という捉え方でアプローチしてきました。

 

ーベートーヴェンのメトロノーム指定は意識しましたか?

久石:
もちろん、それをベースに考えていますが、あの数字は基本的に速すぎますよね。でもロジャー・ノリントンが言っていますが、4分音符イコール60(♩=60)と書いてあれば1分間に60、すなわち1拍1秒で、120だったら2拍で1秒。これはいつの時代でも変わりませんから、あの表示がいい加減とは言いきれない。ただ、偉大なベートーヴェンに自分の経験でものを言うのは何ですが、作曲家が机上で考えたテンポと実際のテンポは間違いなく一致しません。コンピュータを使ってシミュレーションしていても生の演奏では違ってきます。ですから表記は間違っていないと言うのも、間違っていると言うのも短略的。あれはガイドなんです。その通りにする必要はないし無視してもいけない。

 

ーピリオド奏法に関するお考えは?

久石:
室内オーケストラは特にピリオド奏法と切り離すことができません。ただ近藤さんとも話した上で、最初から「ピリオドでいく」と言うのは一切やめて、自然にそうなったらそれでいいと考えました。例えば「ビブラート禁止」というのを最初から言ってはいません。それを言うことによって「じゃあいわゆる古楽奏法の室内オーケストラね」と思われるのも嫌だった。ただ問題だったのは、3番あたりになると、ロマン派的なアプローチの影響でビブラートを多用する人が出てくる。木管楽器も同じです。これをどうすべきか結構悩みました。しかしある程度アップテンポで明快なリズムを刻むと、ビブラートも自然に減ってきました。その辺が一段落して、本格的にアプローチできたのが第5番。ただ、オクタヴィア・レコードの江崎さんから「つまんないよ、歌ってなくて」と言われて、そこからまた命がけのことが始まったんですよ。

 

ーそれは最初の頃に言われたのですか?

久石:
いえ、第九の第3楽章で言われました。ノンビブラートで奏すると、表情はボウ(弓)の速度によって変わる。弓の速度でどこまでコントロールするかという問題になります。ところが日本の教育ではそれほど重要視していないとも聞きました。ビブラートに頼るからです。この問題が第九のときに出てしまった。それでもうリハーサルの合間も終わりも、弦全員で話し合いですよ。こうやろう、ああやろうって、もう凄かったです。そのときに、このオーケストラを続けるべきだと思いました。大きな課題が出たし、皆がこれだけ燃えたわけですから。

 

ーでも、ナガノ・チェンバー・オーケストラから、フューチャー・オーケストラ・クラシックスに変わることになりましたね。

久石:
残念なことにNCOは、市の予算の問題などがあって、継続が不可能になりました。そこで、僕が行っている「MUSIC FUTURE」(現代の音楽をとりあげるコンサートシリーズ)の中で続けることにしたのです。

僕はもうひとつやりたかったことがあるんですよ。既存のオーケストラは、あるプログラムでジョン・アダムズの曲を取り上げても、そのアプローチのままでベートーヴェンを演奏しません。でもクラシックは今まで通りのことをしていれば良いというならば、それは古典芸能です。クラシック音楽もup to dateで進化するもののはず。進化するということは、必然的に現代における演奏があり、さらに未来へ向かって演奏が変わっていくべきです。例えばミニマル音楽をフレーズで捉えて演奏したら縦が合わなくなりズレがわからなくなる。きっちり音価どおりに演奏しなければならない。そのきっちりした演奏によるアプローチで古典音楽を現代に蘇らせる。これをぜひ試みたかったのです。

しかも作曲家が振って、そのコンセプトを打ち出すと、必然的に古典が古臭くはならない。全体が良い化学反応を起こします。ただこのアプローチは既成のオーケストラでは難しい。やはりこのプロジェクトで初めてできると思いますし、実際それをNCOで実現してきました。そしてこれからは、Future Orchestra Classics(FOC)としてこれを続けていきたいと思っています。

 

ーFCOはどのようなオーケストラになりそうですか?

久石:
基本メンバーも、基本編成もNCOと同じです。今の計画では、(2019年7月に)お披露目でベートーヴェンの5番と7番を演奏し、上手くいったら、来年から定期的に演奏会を行い、まずはブラームスに取り組みます。1番から4番までの全交響曲。ブラームスはこの前仙台フィルと演奏しましたけど、ドイツ流のとは全然違うものになりましたし、こんな速いブラームス聴いたことないと言われました。まあ速いのがいいと言っているわけではないんですけどね。でも皆に喜んでもらえたので、FOCできちんとCDにするべきだという方向性もみえました。

蛇足なのですが、長野のことについてもうひとつ触れておくと、実は観客がつくのに5年かかると思っていたんです。ところが最後の年に7番8番、その次に9番を演奏した時の熱狂的な反応から推察すると、2年半で到達できた。物凄く嬉しかったし、長野の市民の皆さん、そしてこれをやらせてくれた長野市の関係者の皆さんには心から感謝しています。

あと、この全集をぜひ海外の人に聴いてほしい、こういう新しいベートーヴェンがあることを日本から発信するのは、最も行っていきたいことのひとつです。まだ正式ではないですが、海外で演奏する話もいくつか来ています。そういうことも踏まえて、FOCをきちんと育てたいと思っています。

(2019年5月20日)

インタビュー・構成:柴田克彦

(CDブックレットより)

 

 

 

 

 

 

なお既発盤発売時の久石譲インタビューやクラシック音楽雑誌「レコード芸術」に掲載された評などは下記それぞれご参照ください。

 

 

 

 

 

 

 

2022.06 追記

特別装丁ボックス&紙ジャケット仕様からプラスチック・マルチケース仕様にリパッケージ再発売された。

 

 

 

ベートーヴェン:交響曲全集

Produced by Joe Hisaishi, Tomiyoshi Ezaki

Recording & Balance Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Recording Engineer:Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

and more…

 

Disc. 久石譲 『海獣の子供 オリジナル・サウンドトラック』

2019年6月5日 CD発売 UMCK-1626

 

2019年公開映画『海獣の子供』
原作:五十嵐大介「海獣の子供」
監督:渡辺歩 
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師「海の幽霊」

 

五十嵐大介によるマンガ「海獣の子供」が長編アニメーションとして映画化。2019年6月7日公開。約150館規模。「マインド・ゲーム」「鉄コン筋クリート」などで知られるSTUDIO4℃が制作を担当。本作は他人とうまく接することができない中学生の少女・琉花が、ジュゴンに育てられた不思議な2人の少年、“海”“空”と出会う海洋ファンタジーだ。第38回日本漫画家協会賞優秀賞、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を獲得している。

音楽は日本国内外を問わずグローバルに活躍する久石譲が担当。この映画を鮮やかに、そして深海の様に神秘な音で彩る。

<CAST>芦田愛菜(安海琉花)、石橋陽彩(海)、浦上晟周(空)

(UNIVERSAL MUSIC JAPAN メーカーインフォメーションより)

 

 

■ 久石譲コメント

この映画の面白さは、ストーリーとして予測できないところにあります。哲学的であるともいえます。全編を通してミニマルミュージックのスタイルを貫いたので、映画音楽としてはかなりチャレンジをしたと思います。
宇宙の記憶の息遣い、生命の躍動感など見る人のイマジネーションを駆り立てる作品です。音楽と映像によって見る人の感覚が開放されて楽しめることを期待します。

出典:「海獣の子供」公式サイト|NEWSより

 

■スタッフ メディアインタビューより

渡辺監督は「久石さんは最初の話し合いの時点で原作を読み込まれて、イメージを掴んでいらっしゃっていて、『シーンや心情に寄り添って、ストーリーを煽るような音楽よりは、ちょっと客観的なもの。それだったらできる』とおっしゃっていたんです。僕も久石さんが初期に作られていたような、ミニマル・ミュージックな路線でいけたらと思っていたから、それがうまく合致した」とやり取りを明かし、「久石さんとしても挑戦的な、久しぶりというより新しい扉をもう一度開きなおすような意気込みで臨まれた」とコメント。また最初に久石から音楽のスケッチを受け取ったときのことを「フィルムに一気に色が増すような感動を覚えました」と話し、「その感動が皆さんにも伝わっているとうれしい」と客席に笑顔を見せる。

出典:「海獣の子供」ワールドプレミア、総作画監督&CGI監督は“作画とCGとの境目”に自信|コミックナタリー より抜粋
https://natalie.mu/comic/news/332061

 

 

-そうしてできあがった映像をごらんになった、五十嵐先生の感想をお聞きしたいです。

五十嵐 完成に近い映像を見せていただいたのは、音楽収録の時ですね。映像を流しながら演奏するということで、見学にお邪魔したのですが……久石譲さん指揮の生演奏と合わせて観たということもあって、震えるような衝撃を受けました。もちろん、絵の密度や色彩も素晴らしかったのですが、細かい演出にも感心させられました。とにかく全てがすばらしかったです。

-久石譲さんのお名前が出てきたところで、音楽についてもお聞きしたいです。久石さんの参加は、どういったきっかけで実現したんでしょうか。

渡辺 いやあ、ダメ元ですよ(笑)。元よりファンだったこともあって、「もしできるのであれば」と相談したところ、さまざまな方のご協力もあって、奇跡的に実現することができました。

五十嵐 いや、震えましたね。素晴らしい音楽でした。

渡辺 実は久石さん、顔合わせの段階で、原作を深く読み込んできてくださったんですよ。それで「この作品には完全に感情に寄り添うような音楽ではなく、客観的な音楽の方が情感が引き立つのではないか」とご提案くださって……。私も同様のイメージを持っていたので、とても感激いたしました。『海獣の子供』は、そうした劇伴、効果音や声も含め“音の映画”としても魅力的だと考えています。

出典:【es】エンタメステーション|海獣の子供インタビュー より抜粋
https://entertainmentstation.jp/446925

 

 

久石譲音楽についてのスタッフコメントや、主題歌「海の幽霊」/米津玄師についてなどはこちらをご参照ください。

 

久石譲インタビューは「劇場用パンフレット」に1ページ収載されています。

 

 

「今なんか、もうこういう電気機材がすごい発達してるから、もういくらでも細かくやってほとんど音楽がハリウッドでもそうですけど効果音楽になっちゃってるからね、効果音の延長になっちゃってるからね。そのてのつまんないものはね、やっても仕方がないんで。自分が想像してる以上に、世界はソーシャルメディアで変革されてきすぎっちゃってるんですね。そういうなかで結局、映画という表現媒体のなかで、アニメーションというものが持ってるものと、例えばゲームとかね、そういうものが持ってる力を、もう過小評価してはやっていけないだろうと。表現媒体に対する制作陣が昔のイメージで凝り固まって、作品とはこんなもんだっていうことで作っていくやり方が、もう時代に合わない。やはりアニメーションというのはある種の可能性があるわけだから、それをもっと若い世代の人とやっていく、あるいはその時に自分も今までの音楽のスタイルではないスタイルで臨む、今回みたいにミニマルで徹するとかね。そういう方法で新しい出会いがあるならば、これは続けていったほうがいいなあ、そういうふうに思います。」

「観る人のイマジネーションをきちんと駆り立てる。だからそれをアンテナを張ってればこれほどおもしろい作品はない。だからこれでたぶん1回観た2回観た、なんかそうするとちょっと別の景色が見えてきて。変に感情的に訴えかけてくるんではないんだけども、なんかそのなかで自分の感覚みたいなものが開放されたときに、ああこの映画に出会ってよかったって思える、そういう作品だと思います。」

Info. 2019/06/14 映画『海獣の子供』久石譲メイキングインタビュー 動画公開 より抜粋)

 

 

「スタイルとしては、徹底的にミニマル・ミュージックで通しています。一昨年からのNHKのドキュメンタリー(『シリーズ ディープ・オーシャン』)や去年、プラネタリウム(コニカミノルタプラネタリア TOKYO)の音楽を書いた頃から「この作品はミニマルでいける」と思ったら、ミニマルでブレずに書くようにしているんです。映画音楽では、メロディがあって、ハーモニーがあって、リズムがあるという手法が通常なんですけど、そういうスタイルから離れてもっとミニマル作曲家として先をいきたかったんです。ミニマルは変化が乏しくなってしまう可能性がありますけれど、多少コミカルに、エモーショナルになってもスタイルを変えずに最後までできたという点で、個人的にはとても満足しています。」

「シンセサイザーも使っていますが、そんなに分厚くしていない室内楽の形をとりつつ、それでいてしっかり鳴る方法をとっています。ハープや鍵盤楽器の響きを大事にしているところを含めて、最近の自分のやり方を通している感じですね。音色がカラフルに飛び込んでいくようになっているといいなって思っています。」

Blog. 「海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook」 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

 

ここからレビュー。(2019.6.11 記)

 

久石譲の今の音がつまった、ミクロマクロの音楽設計図

こんなにも新鮮な感動につつまれた幸せ。思い返せば、この新鮮さは”点”ではない。『NHKスペシャル シリーズ ディープ オーシャン』や『プラネタリアTOKYO To the Grand Universe 大宇宙へ』でミニマル・ミュージックを軸に貫いた音楽。その流れの先にあるのが本作『海獣の子供』音楽になっている。しかし、挙げたふたつの作品はいずれも今現在未CD化、ようやく久石譲の今の音がつまったエンターテインメント作品が手元に届けられた感動はひとしお。

2013年公開スタジオジブリ作品『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』以来6年ぶりの長編アニメーションの音楽を手がけた本作。定着したジブリ音楽カラーがあるならば、同じアニメーション映画でも振りきりよく裏切ってくれている。一方で、小西賢一(キャラクターデザイン・総作画監督・演出)は『かぐや姫の物語』作画監督など、笠松広司(音響監督)は『崖の上のポニョ』『風立ちぬ』音響監督など、ジブリとゆかりのあるスタッフも多い。久石譲音楽をわかっている、音楽の見せ場や聴かせどころを尊重してくれるスタッフが多く関わった作品とも言えるかもしれない。

空間と時間を飛び越えるようなスケールの大きい音楽世界。無限の広がりとループ。ミニマル・ミュージックでありながら、淡白で無機質なくり返しではない、エモーショナルで有機的な結びつきによる音楽。実写やアニメーションというジャンルを超えたところにある、新しい映画音楽のかたち。久石譲の新しい到達点であり、いまなお進化しつづけているその瞬間を見せつけられた高揚感と清々しい気分でいっぱい。

 

予告1・特報1・特報2で使用された楽曲は「星の歌」「孤独な世界」「海」、そのまま使用しているものもあれば、加工編集しているものもある。

 

全体をとおして。

神秘的で色彩豊かな音楽世界。小編成オーケストラにシンセサイザーの混ぜ合わせ。おそらく生のオーケストラにほぼシンセサイザーの音も重ねていると思う。弦楽+シンセストリングスというように。これは生オーケストラのみのソリッドさよりも、広がりをもたせる効果を狙っていると思われ、シンセサイザー特有の音もあるなか、ひょっとしたら5:5くらいの混ぜ具合かもしれない。そのくらいの新しい感覚をおぼえる。

本編111分、音楽43分。映像の3分の1に音楽を配置したことになる。収録曲のいくつかは、別シーンでも使用されていたり(Track2.3.など複数登場する)、楽曲の一部パートを巧みに配置しているシーンもある。メロディー重視ではないミニマル・モチーフで構成された楽曲群だからこそ、切り取り感のない音楽をすっと映像や時間になじみこませる。

CGと手描き、生楽器とシンセサイザー、映像も音楽もアナログとデジタルの混合で、浮いてしまうことなく密着し融合している。効果音やセリフとの折り合いもよく、音響SEから音楽へのスムーズな流れ、クライマックスは映像×音楽のダイナミックなコラボレーション。サウンドトラック時間以上に、音楽がのこすインパクトは圧倒的な映像美と堂々と対峙している。さながら音楽映画の要素をおびた印象をも与えてくれる。

 

以下は、収録曲をフラットに並べて、久石譲の音楽設計図を紐解いてみたい。

音楽を中心に置いているけれど、どうしても必要な箇所は、原作からの引用(【 】)をしています。あくまでも個人の見解です。これを見てくれた人から新しい発見や声があるとうれしいです。

 

1. ソング
7. 宇宙の記憶
15. 空との別れ
18. 宇宙の誕生
19. 生命の理由
23. 海との別れ
一番多く登場するモチーフで作品の世界観につけたメインテーマといえる。「1.ソング」幻想的で一気に引き込まれる。「7.宇宙の記憶」しっかりとモチーフは鳴っていて、このメインテーマを構成している旋律のいくつかが引き算で奏でられる。また弦のこするような音を効果音のように使っている。「15.空との別れ」「23.海との別れ」は近い曲想になっているけれど、音符の数が違っていたり(ミニマル・モチーフを4分音符/8分音符/16分音符で刻むか)、編成パート数も違っていたり(23.は楽器数も多くバックで流れる旋律数も多い)と、聴き比べるとおもしろい。7.冒頭のハープ分散和音も23.に引き継がれ、後半部もふくめてモチーフが響きあう集合体になる。

「18.宇宙の誕生」「19.生命の理由」は映画本編で切れめなく流れるクライマックス。まるでビックバンのようなエネルギーの爆発を浴びせらせる。さも自分が体験しているような感覚、美しさと恐さに呑み込まれる。18.こそほぼ生オーケストラのみで構成されたソリッドな音響になっているので、他の楽曲とのコントラストがわかりやすい。18.のみ現れるミニマルの下降音型と、19.ほかで聴かれるミニマルの上昇音型。高い音から低い音へうつる下降音型は宇宙から降りてくるようでもあり、低い音から高い音へうつる上昇音型は海から湧きあがってくるようでもある。こういう見方もおもしろい。

このように、メインテーマの楽曲を紐解いてみると、「ミニマル・ミュージックで貫かれた映画音楽」というもののなかに整理ができてくる。”くり返しやズレ”を基調とした一般的なミニマル音楽をベースとしながらも、久石譲のそれは、一辺倒な方法論だけではない。”最小限の音型を足し算・引き算しながら変化させること”、”音(楽器)を豊かに変化させること”、これが久石譲の言うところのミニマル・ミュージック・ベースだと思っている。

 

原作では「ソング」とはザトウクジラの発する音・うたう歌とされている。【世界が生まれたときからの時間や記憶】【同じ旋律のくり返し……「ソング」だ】【聞いたことのない…「ソング」?】といったセリフが登場し、【そこら中あちこちに潜んでいるうたを、鯨が傍受して形を与える。それを海がマネする。そうやってあのうたがいつか世界を満たす……】(第4巻)ともある。

全巻において出現する「ソング」は、原作の柱であり有機的に交錯している。象徴的でありながら抽象的というとても難しいかたち。音階やメロディをもっているとは表現されていない。映画では音響SEとしての「ソング」も響く。久石譲は、「ソング」を音楽化した。【同じ旋律のくり返し】というミニマル音型をベースにしながらも、【聞いたことのない「ソング」】かたちの定まらない音型の足し算・引き算の変化。そうやって、旋律になりそうでなりきらない【あちこちに潜んでいるうた】を、【鯨が形を与える】ように音たちが集まり導かれ楽曲後半に悠々と重厚な旋律が奏でられる。冒頭に戻る、一番多く登場するモチーフで作品の世界観につけたメインテーマといえる。

 

2. 孤独な世界
少ない音符の数、メロディのない旋律のなかにおいても、たしかな情感をあたえてくれる。ピアノの残響に添うようにシンセサイザー音をしのばせる。ピアノ高音はハンマー強く、低音は丸みのある音像。ハープも同じく高音は弦のはじく音が強く発せられ、低音はこもりがちなやわらかい音。少ない音符と楽器、ニュアンス豊かに表情をつけている。

 

3. ひとりぼっちの夏休み
ベーシックなミニマル・ミュージックのズレをゆっくり聴くことができる曲。ピッツィカートも生音でここまでふくよかな表情は出せない、シンセサイザーと巧みにブレンドされていると思う。またハープの特徴は「2.孤独な世界」に同じ。もし生音だけでピッツィカートを鳴らしたら、ハープの音に近くなり溶け合ってしまうだろう。ピアノ、ハープ、ピッツィカート、グロッケンシュピールのたゆたう調べ。

 

4. 海と琉花
6. 海に連れられて
9. 出航
13. 海と琉花 ~出会い~
3人の主人公〈琉花〉〈海〉〈空〉の交流を描いたシーンで使われている。出だしから聴かれるモチーフたちを楽曲ごと楽器を置き換えることでカラフルにしている。軽快なミニマル音型のズレ、楽器の出し入れによるくっきりとした多重奏。同じモチーフでもピッツィカートの均一な音幅で奏でられるのと、管楽器ののびやかなフレージング。映画シーンごとに主人公の心情や場面の変化にあわせているというよりも、決して同じものはない・同じところにとどまることのない人や場所や時間の変化という俯瞰と客観性かもしれない。バリエーションを意味づけするよりも、変化することが自然とでもいうように。

 

5. 海
14. 光る夜の海へ
短い音型が小さな上昇・下降をくり返しながら渦を巻くように上がっていく。ピュアな螺旋を描いて昇りつめ、今度は少しの不協音をおびて一気に下降する。「14.光る夜の海へ」ここでもハープが効果的に使われ、また呼吸をするように音型のテンポが一定でないのも印象深い。映画と照らしあわせると、海の世界観・海のもつ生命力のような、大切なシーンで使われている。出番は少なくても象徴的な位置におかれた主要テーマ曲のひとつといえる。

 

8. 星の歌 ~ケーナ version~
12. 星の歌 ~シンセサイザー version~
17. 星の歌 ~ケーナ&ムックリ version~
22. 星の歌
聴いた瞬間にとりこになってしまう曲。あまに言葉にしないほうがいい。

原作を読んだとき「星のうた」にどんなメロディをつけるのか、大きな期待と楽しみで膨らんでいた。この歌には言葉がある。【星の。星々の。海は産みの親。人は乳房。天は遊び場。】。映画のなかで「星の歌」メロディ全貌が登場するのは「12.星の歌 ~シンセサイザー version~」から。「8.星の歌 ~ケーナ version~」のときには【星の。星々の。海は産みの親。】というところまでの言葉が登場する。12.のときにはじめてそのつづき【人は乳房。天は遊び場。】がセリフとして出てくる。そう、しっかりメロディにこの言葉たちが歌詞としてのっかる。節まわしできれいに言葉がハマる旋律になっている。頭のなかで歌ってみると鳥肌が立つ。メロディの出し方と言葉の出し方(前半部分・全貌)が暗黙のようにリンクしている。

原作には「星のうた」についていろいろなエピソードが散りばめられているので、中途半端に持ち出すのはよくない。それでも曲につながるのではと思う(最低限の)いくつかを紹介させてもらう。

【むかしこのうたを聞いた人間が、自分たちの言葉に置きかえた……形をかえたから力を失ったけど、これは特別なうた。】(第4巻)。【”語ってはならない神話”や”うたってはならないうた”を冒涜しようとしているから。】(第4巻)。原作で「星のうた」は「ソング」を聴いた人間たちが置きかえたものだと語られている。久石譲が書き下ろした「ソング」と「星の歌」のモチーフに音楽的つながりを見つけることはできなかったけれど、もしかしたら発見もあるかもしれない。もちろん、人間が置きかえてしまったもの、とするならば、つながっている必要もない。

本作はミニマルモチーフの楽曲群が多いなか、「星の歌」はえもいわれぬ旋律美で深く染みわたる。そして、歌詞をのせて歌われることはしなかった。メロディの力で映画と原作を補間し大きく包みこむ。心ふるわせ涙腺ゆるむのは、初めて聴いた感動というよりも、もともと体のなかに持っていた、昔から受け継いできたものが反応しているよう。「22.星の歌」メロディが枝分かれし、時間軸で交錯している。「ソング」を人間たちが置きかえたものは「星のうた」だけではないのかもしれない。いくつもの言葉と旋律がこれまで形をかえて生まれては消え、伝え遺り。メロディの紡ぎあいは、そんなことにまで想い馳せさせてくれる。原作では「星のうた」について【旅の道標】【誕生の物語り】などとも出てくる。

楽器についても考察したかったが、なぜケーナが選ばれたのか? ムックリについては映画とリンクしているのでぜひご鑑賞を。

 

10. ジンベエザメ
低弦を基調とした太いラインと、まわりに散らばり飛び交う音たち。群れが集まり互いに交信しているような情景が浮かぶ。変な言い方にはなるけれど、要素が同じミニマルでも久石譲オリジナル作品ではこうはならない、エンターテインメント音楽だからこそ、という曲の展開をしてくれている。しっかり求められているものに応えているというか。

 

11. 嵐の中のふたり
24. 私の夏の物語
往年の久石譲ミニマル・スタイルがつまっている。音もハーモニーも。音数・楽器・旋律が増殖したり浸食したり、ずっと眺めていられる雲の流れや海の満ち引きのよう。この楽曲を聴いて楽しいとも悲しいとも押しつけることはない。独特の和音感でありながら長調とも短調ともはっきりしない。映画を観る聴く人または体感するタイミングによって何色にでも染まることができる。「11.嵐の中のふたり」映画ではいくつかの場面が切り替わっていたと思うが、音楽は約3分半通奏で流れていた。結構大胆な使い方をしているな、という印象を受ける。登場人物や状況に合わせない、映像に合わせて音楽を展開させたり切り替えたりしない、突き放したその一例といえる。

 

16. 星の消滅
20. 生命の繋がり
「16.星の消滅」ピアノのみで奏でられた楽曲は、「20.生命の繋がり」前半部ではシンセサイザー+弦楽合奏が重なり引き継がれる。映画ストーリーでは「ソング」をモチーフにもつ「19.生命の理由」からの流れで躍動感あふれるクライマックスの一端を担っている。また後半部に力強く鳴りおろされる”ラミー””シファー”という音型(1:17~)は、「2.孤独な世界」に出てくる”ラミー”(0:03~)”シファー”(0:44~)と共鳴しているのかもしれない。この4度の動きが交錯している「2.孤独な世界」がある種〈琉花〉のモチーフだとしたときに、ここで力強く鳴らされているものは、しっかりと繋がってくるように思えるから。

 

21. 生命の源
異色を放つシンセサイザーとそのヴォイスによるもの。楽曲のなか常にどこかに”ファ”の音が聴こえてくるような気がする。遠くまでの伸びるシンセサイザーの一線や、吐くヴォイスの音程に。

原作で「ソング」や「星のうた」と同じく注目していた3つめの音楽的ポイント。【698.45ヘルツの音波のような】【「ファ」の音】【生まれる場所からの声】【星が死ぬときの音】と出てくる音。映画のなかでは超音波のような凄まじい音圧の音響効果で圧倒されるシーンがある(この楽曲箇所ではなかったような)。それがファの音を帯びていたか記憶が薄いけれど、原作にあるこの音を表現した効果音は必ずどこかに登場している。同じように、久石譲がこれらのキーワードから音楽化したものが、この楽曲だと思っている。

 

25. エピローグ
(1. ソング/2. 孤独な世界)
「ソング」のモチーフをハープで〈琉花〉のモチーフをピアノで織りかさなっている。終曲において、久石譲は物語をとおして《たしかに何かが起こった》ことを暗示した。だからふたつの異なる旋律が同時進行する対位法のように絡みあう。それは同時に、映画を観る前と観た後に起こる《観客の変化(感じたこと・行動すること・ものの見え方)》にもつながる。壮大で哲学的な『海獣の子供』世界は難解でひとつの正解はない。だからこそ最後はシンプルに帰する、神話を経てリアルな今に返る、そしてまたひとりひとりからはじまる。ひとりぼっちだった〈琉花〉のモチーフがひとりではなくなったように、あるいは、ひとりではなかったことに気づいたように。

またこの曲は、映画本編に使用されたバージョンと少し異なる。

 

 

 

1. ソング
2. 孤独な世界
3. ひとりぼっちの夏休み
4. 海と琉花
5. 海
6. 海に連れられて
7. 宇宙の記憶
8. 星の歌 ~ケーナ version~
9. 出航
10. ジンベエザメ
11. 嵐の中のふたり
12. 星の歌 ~シンセサイザー version~
13. 海と琉花 ~出会い~
14. 光る夜の海へ
15. 空との別れ
16. 星の消滅
17. 星の歌 ~ケーナ&ムックリ version~
18. 宇宙の誕生
19. 生命の理由
20. 生命の繋がり
21. 生命の源
22. 星の歌
23. 海との別れ
24. 私の夏の物語
25. エピローグ

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
Flute & Piccolo:Yusuke Yanagihara
Oboe:Hokuto Oka
Clarinet:Emmanuel Neveu
Bassoon:Mariko Fukushi
Horn:Akane Tani, Misaki Haginoya, Sachiko Furuya
Trumpet:Cheonho Yoon, Tomoki Ando
Trombone:Yuri Iguchi
Bass Trombone:Koichi Nonoshita
Timpani:Akihiro Oba
Percussion:Hitomi Aikawa, Shoko Saito
Harp:Kazuko Shinozaki
Piano & Celesta:Febian Reza Pane
Strings:Manabe Strings
Quena:Hideyo Takakuwa
Mukkuri (Jew’s Harp):Leo Tadakawa

Recorded at Victor Studio
Mixed at Bunkamura Studio
Recording & Mixing Engineer:Suminobu Hamada (Sound Inn)
Director & Manipulator:Yasuhiro Maeda

and more…

 

Children of the Sea (Original Motion Picture Soundtrack)

1.The Song
2.Isolated World
3.Loneliness Summer Break
4.Umi and Ruka
5.Umi
6.Be Brought By Umi
7.Memories of The Universe
8.The Song of Stars (Quena Version)
9.Setting Sail
10.Whale Sharks
11.Two In the Typhoon
12.The Song of Stars (Synthesizer Version)
13.Umi and Ruka (Encounter)
14.To The Glowing Sea
15.The Time Has Come
16.A Star Extinct
17.The Song ff Stars (Quena & Mukkuri Version)
18.Big Bang
19.The Reason of Life
20.Connection of The Lives
21.The Origin of Life
22.The Song of Stars
23.Goodbye Umi
24.My Own Summer Story
25.Epilogue

 

Disc. 久石譲 『Diary』 *Unreleased

2019年5月5日 TV放送

 

曲名:Diary
作曲:久石譲
演奏:読売日本交響楽団

 

日本テレビ系TV番組「皇室日記」(毎週日曜日、朝6:00-6:15)新テーマ曲として書き下ろされた楽曲。2019年5月1日、時代は平成から令和へ。

いくつかのBGMが使われる番組ではあるが、久石譲が手がけたのは新テーマ曲の1曲。番組オープニングやエンディングを主に内容にあわせて使用されている。

 

先がけて3月10日放送回にて、新テーマ曲について久石譲インタビューやレコーディング風景をまじえて紹介された。録音は2月川崎市にて。またフルバージョン(約3分)もオンエアされた。ナレーションもなく回想映像音もない、録音映像と皇室映像をまじえたPVのように、その音楽だけがきれいに聴けた貴重な回となっている。

 

 

久石譲 談

「『皇室日記』という番組でもあることもあってできるだけひと言で言ってしまえば堂々とした曲。天皇の代も替わるしいろんな意味で新しい時代が来ると。新しい時代の風みたいなそういうような感じに仕上がるといいなとは思いましたね。」

「大っきいこう大河が流れてくような楽曲にしたい。そうするとメロディーが高いほうできらびやかにするよりは、こうお腹の底からと言いますかね、割と低いほうからガツっと音楽を支えたほうがいい。それでやはりヴィオラが何かね、あの音域のメロディっていうのはとても自分にとっては今回合うなと思いまして。」

「皇太子さまがヴィオラ弾かれてるっていうのは何となく風のうわさでは聞いてましたけども、意図したわけではないんですがいい具合に一致したのはとてもありがたいです。」

(3月10日放送回より 書き起こし)

 

 

 

久石譲による言葉がこの楽曲の特徴を語ってくれている。高い品格をまとった曲で、ヴィオラの音域が堂々とかまえ悠々と流れる大河のように旋律を奏でる。それはヴァイオリンなどが高らかに歌うのとは違う、同じ高さ(目線)で語りかけてくれるようでもある。テーマを1回奏した次の中間部では、ソリッドな手法でひとつのモチーフが弦楽・管楽と交錯する。まるで幾重にも織り編まれる時間を刻んでいるようで、まるで幾重にも交わる人のつながりが果てしないように、綴られていく日記。その後2回目のテーマが奏され、1回目よりも弦楽による刻みや低音のリズムがしっかり強調される、力強く前向きに。だがしかし、ドラマティックになりすぎない展開は劇的さを望まず、最後にチューブラーベルの鐘の音がくっきりと響きわたる。

 

未CD化楽曲。これから先、読売日本交響楽団との共演コンサートなどで初演を迎えてほしい。

 

 

 

2019.8.14 追記

2019年8月1日「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」にて世界初演された組曲「World Dreams」の第3曲として組み込まれた。

 

組曲「World Dreams」 
1.World Dreams
2.Driving to Future
3.Diary

 

実は「World Dreams」を組曲にしたいという構想はこれまでもありましたが、今年テレビ番組(「皇室日記」)からオファーを受けて「Diary」を書いた時に「World Dreams」の世界観と通じるものがあると感じ組曲にしました。

(久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019 コンサート・パンフレットより 抜粋)

 

第3曲「Diary」はTV番組『皇室日記』の新テーマ曲として2019年5月から使用されている楽曲。TV版は約3分の楽曲として一度だけO.A.されたことがありますが、それとは異なる組曲用の再構成、大幅にドラマティックに加筆されていました。第1曲のキメのフレーズが再循環で登場したりと、組曲を統一するにふさわしい壮大なオーケストレーション。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」コンサート・レポート より抜粋)

 

 

2020.08.19 追記

「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」コンサートライヴ盤がCD発売された。

 

 

 

 

Disc. 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 『ベートーヴェン:交響曲 第9番「合唱」』

2019年1月23日 CD発売 OVCL-00699

 

精鋭メンバーが集結した夢のオーケストラ!ベートーヴェンはロックだ!!

音楽監督久石譲の呼び掛けのもと、長野市芸術館を本拠地として結成したオーケストラ「ナガノ・チェンバー・オーケストラ」は、日本の若手トッププレーヤーが結集し、ダイナミックで溌剌としてサウンドが魅力です。作曲家ならではの視点で分析した、”例えればロックのように”という、かつてない現代的なアプローチが話題となったベートーヴェン・ツィクルスの最後を飾った「第九」。さまざまな異なる個性が融合し、推進力と活力に溢れたベートーヴェンをどうぞお楽しみください。

(CD帯より)

 

 

自然に流れながら
未来へと向かう音楽
 柴田克彦

2018年7月の第7回定期をもって、久石譲指揮/ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)のベートーヴェン交響曲全曲演奏会が完結した。久石が音楽監督を務めるNCOは、長野市芸術館を本拠とする室内オーケストラ。首席奏者を多数含む国内外の楽団のメンバーなど、30代をコアとする腕利きの精鋭が揃っている。彼らがホール開館直後の2016年7月から行ってきたシリーズの最後を飾ったのが、この第9番「合唱」(第九)。併せて録音されたライヴCDの中で本作は、第1番&第3番「英雄」、第2番&第5番「運命」、第7番&第8番に続く4作目となる。

当シリーズにおける久石のコンセプトは、「作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン」、「往年のロマンティックな表現もピリオド楽器の演奏もロックやポップスも経た上で、さらに先へと向かうベートーヴェン」である。既出のCD解説との重複を承知の上でこれを記したのは、第1~8番の交響曲とは別次元の重厚な大作とみられている「第九」では、より強い意味を放つからだ。

本作の弦楽器の編成は、ヴァイオリンが全体で16名、ヴィオラが6名、チェロが5名、コントラバスが4名。前作より低弦が増えてはいるが、「第九」としてはかなり小さい。久石とNCOは今回も、それを生かした引き締まった響きで、細かな動きを浮き彫りにしながら、推進力と活力に溢れた演奏を展開している。アーティキュレーションの揃い方は変わらず見事。当シリーズに一貫したリズムの強調はここでも効力を発揮し、ベートーヴェンの交響曲は「第九」といえどもリズムが重要な要素であることを知らしめる。そして何より、従来の小編成演奏と大きく異なるのは、のびやかに呼吸しながら川の流れのように推移していく、自然で瑞々しい音楽である。テンポは速いが音楽はしなやか……。つまりこれは(今回も)、重厚長大な往年のアプローチでは無論なく、それに対するアンチでさえもない、「すべてを咀嚼した上で先へと向かう」ベートーヴェンなのだ。

第1楽章冒頭の弦の刻みからすでに歯切れよく、あらゆるフレーズやリズムが明瞭に現れる。木管楽器の動きやティンパニの強打もいつになく鮮明。特にティンパニが第2楽章だけでなく全編で重要な働きをしていることを実感させる。そしてあたかも第5番「運命」の第1楽章のような推進力をもって終結に至る。

第2楽章は「タンタタ」のリズムが明示されつつ快適に運ばれ、そのリズムの積み重ねは第7番を、急速なトリオの軽やかさは第8番を想起させる。通常突出するティンパニも、ここでは逆にリズムを担う一員となり、自然な流れを生み出している。

第3楽章は、各声部が明瞭に絡み合い、柔らかく呼吸しながら、淀みなく流れていく。緩徐楽章であってもリズムが浮き彫りにされ、ホルンのソロ付近のピッツィカートも新鮮だ。

第4楽章もひと続きの音楽としてスムーズに表現される。前3楽章を否定する場面はインテンポで進み、それゆえか間合いの後の「歓喜の歌」の提示がすこぶる美しい。声楽部分では、まず最初のバリトンのソロと、そこに絡む木管楽器が豊かな表情を作り出す。ソロの四重唱、合唱とオーケストラとのバランスも絶妙だ。次の場面での管弦楽の鮮やかなフーガはNCOの真骨頂。以下の各場面の清々しいテンポ感、最後のごく自然な大団円も特筆される。

久石の要求以上とも思えるNCOメンバーの積極的な表現も快演に大きく貢献。ちなみに本作のコンサートマスターは近藤薫(東京フィル・コンサートマスター)、ソロで活躍するオーボエは荒絵理子(東響首席)、ホルンは福川伸陽(N響首席)、ティンパニは岡田全弘(読響首席)が受け持っている。

「第九」は、突然変異の大作ではなく、第1~8番と同じ作者が、その延長線上で創作した「交響曲第9番」であり、それでいてやはり「未来へ向かう清新な音楽」である。本作を聴いているとそう思えてならない。

(しばた・かつひこ)

(CDライナーノーツより)

 

※諸石幸生氏による3ページにわたる曲目解説は割愛。詳細はCD盤にて。

※原詩/日本語訳詞 掲載。ナガノ・チェンバー・オーケストラ メンバーリスト掲載。

 

 

 

こんなに爽快で清々しい「第九」は聴いたことがない。リズムをベースにアプローチした久石譲&NCOの集大成。きびきびとタイトで引き締まった演奏は、精神性を追求したものとは一線を画する解放された突き抜け感がある。

第1楽章冒頭弦の刻みから顕著で、最小限の音型という小さい要素たちが集合体となって大きな有機物を創りあげるようなイメージ。ベートーヴェン特有のリズム動機やモチーフが、まるで細胞分裂をくり返しながら意思をもつ生命となり、最後には巨大な生き物がその姿を現す。ミニマル・ミュージックをはじめ現代の音楽を作曲・演奏する久石譲だからこそ、同じアプローチで挑み具現化できる手法。感情表現やエモーショナルに横揺れするフレーズ表現(弧を描くような)とは対極にある、リズムを重視した音符や音幅や強弱といったものをきっちりとそろえるアプローチ。

CDライナーノーツ寄稿、柴田克彦さんによる第1楽章から第4楽章までの本演奏の聴きどころや解説もピンポイントでわかりやすい。実際に道しるべとしながら聴くとすっと入ってくる。そして、コンサートレポートで記していたことが感覚的に間違っていなかったことや、そのアンサー解説のようにもなっていてとてもうれしくありがたい。(その時に書いていたのはティンパニの役割や第3楽章のテンポ設定について思ったことなど)

 

本作録音のコンサートを体感した感想や、久石譲がこれまでベートーヴェンについて語ってきたこと、ナガノ・チェンバー・オーケストラ定期演奏会の全プログラムリスト。

 

 

もし「第九とはかくあるべきだ」という愛聴家が聴いたなら、なかなか刺激的で受け入れがたいものもあるかもしれない。でも、ここにこそ久石譲の狙いがあり、久石譲が表現したい「第九」があると思う。約58分という1時間を切る快演。ただ速ければいいというものではない、快速を競っているわけでもない。速いテンポ設定が必然だった。スコアの細部まで明瞭に聴かせることで構造がはっきりと見える。聴かせたいフレーズだけを前面に出したりニュアンスに偏ることのない、整然とした数式的な「第九」はこのテンポ設定じゃないと実現しなかったと思う。これほどまでに知的な「第九」は潔い、フレッシュみずみずしい音楽そのものを聴かせてくれているように僕は受け取った。圧巻の集中力と気迫で駆け抜ける久石譲&NCO版、純度と燃焼度はすこぶる高い。第4楽章クライマックスの木管楽器の上昇音形の炸裂も素晴らしい。リズムをベースとした快速「第九」は、密度を高めれば高めるほど鮮明に浮かび上がってくることを証明してくれている。

「第九」の平均演奏時間は約65~70分。とすれば、本作はひとつの楽章が抜け落ちるくらい、たとえば第1楽章・第2楽章の次が第4楽章に飛んでしまうくらいの時間差がある。けれども、久石譲版はスコア忠実にすべてのコーダ(くり返し)も演奏してのタイム58分35秒。決して息切れしそうなほどせっかちに急いでいるわけでもないし、決して足がもつれて転びそうなほど心と身体が分離しているわけでもない。快速であることは快感、アドレナリンが湧きあがる喜び。エネルギーに満ち溢れた塊となって聴き手を揺さぶり迫ってくる、鼓動する「第九」。

 

作品に込める精神性を表現するヨーロッパ的アプローチと真逆に位置する、作曲家視点・譜面重視・リズムに軸を置いた久石譲の《第九》。そこにはベートーヴェン作曲当時(歴史が「第九」という作品を肉づけしていく前)の純粋無垢な透明感がある。スコアはベーレンライター版。

 

 

 

 

 

[ベートーヴェン・ツィクルス第4弾]
ベートーヴェン:交響曲 第9番「合唱」
久石譲(指揮)ナガノ・チェンバー・オーケストラ

ベートーヴェン
Ludwig Van Beethoven (1770 – 1827)

交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱」
Symphony No.9 in D minor Op.125 “Choral”
1. 1 Allegro ma non troppo, un poco maestoso
2. 2 Molto vivace
3. 3 Adagio molto e cantabile
4. 4 Finale, Presto

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (conductor)
ナガノ・チェンバー・オーケストラ
Nagano Chamber Orchestra

安井陽子(ソプラノ)
Yoko Yasui (soprano)
山下牧子(メゾ・ソプラノ)
Makiko Yamashita (mezzo soprano)
福井敬(テノール)
Kei Fukui (tenor)
山下浩司(バリトン)
Koji Yamashita (baritone)

栗友会合唱団
Ritsuyukai Choir
信州大学混声合唱団
Shinshu University Chorus
市民合唱団
Special Chorus

2018年7月16日 長野市芸術館 メインホールにてライヴ録音
Live Recording at Nagano City Arts Center Main Hall, 16 July 2018

 

Produced by Joe Hisaishi, Tomiyoshi Ezaki

Recording & Balance Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Recording Engineers:Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

and more…

 

Disc. 『羊と鋼の森』豪華版

2018年12月19日 DVD/Blu-ray発売
DVD TDV28360D
Blu-ray TBR28359D

 

2018年公開映画『羊と鋼の森』
原作:宮下奈都『羊と鋼の森』(文春文庫刊)
監督:橋本光二郎
脚本:金子ありさ
音楽:世武裕子
エンディング・テーマ:「The Dream of the Lambs」久石 譲×辻井伸行
出演:山崎賢人、鈴木亮平、三浦友和 他

 

 

2018年、最も優しく、最も美しい映画。

「羊」の毛で作られたハンマーが、
「鋼」の弦をたたく。
ピアノの音が生まれる。
生み出された音は、
「森」の匂いがした────

《本屋大賞 受賞》ピアノの調律に魅せられた青年の、優しくて力強い成長物語

 

 

特典ディスクについて

DVD/Blu-ray 豪華版(各2枚組)に収録

□Making of『羊と鋼の森』 約40分
□調律~音の向こう側の世界へ~ 約10分
 山﨑賢人、鈴木亮平が調律という特殊な世界といかに向き合ったかを追う
□エンディング・テーマ「The Dream of the Lambs」ができるまで 約12分
 久石譲、辻井伸行のインタビュー映像と貴重なレコーディング風景
□スペシャル座談会(山﨑賢人、鈴木亮平、上白石萌音、上白石萌歌、司会:天野ひろゆき) 約18分
□イベント映像集 約47分
 (旭川市立春光台中学校卒業式サプライズイベント/完成披露試写会/森を感じる試写会/初日舞台挨拶)
□TVスポット集 約2分

 

 

□エンディング・テーマ「The Dream of the Lambs」ができるまで 約12分
 久石譲、辻井伸行のインタビュー映像と貴重なレコーディング風景

久石譲と辻井伸行によるインタビュー映像は、TV特番やニュースで取り上げられたもの(抜粋)、語られた内容は同じくWebニュースやCDライナーノーツなどに寄せたコメントとして記録されている。

レコーディング映像も一部はTV特番でピックアップされていたが、それよりも充実した内容になっている。最初に二人だけでピアノ演奏を合わせるシーン、コンサートホールでのピアノ+オーケストラ録音など。またオーケストラだけによる演奏風景もあり、久石譲指揮による細かい指示出しを見ることができる。「セカンド、ヴィオラ、チェロ、もうちょっと下げてクレッシェンドして」「リズムキープでいきましょう」「ヴィオラ、73から少し出し加減のほうがクロスするリズムがおもしろい」「ちょっとファースト(ヴァイオリン)がエモーショナルすぎるかもしれない」など、作曲家自らだからこその指示と修正が確認できる。ひとつの楽曲ができるまでのとても貴重な映像記録になっている。一曲まるまる録音演奏風景を収めたものではない。

推測ではあるけれど、おそらく録音はピアノとオーケストラが一緒に演奏する方法をとっていて、映像にあったオーケストラのみの音合わせは、ピアノと合わせる前か、レコーディング中の途中で調整のために行われたか、ではないかと思う。

 

 

 

 

□イベント映像集
 完成披露試写会

辻井伸行による「The Dream of the Lams」ピアノソロ版が披露された模様がほぼフルサイズで収録されている(冒頭イントロのみカットされメロディー箇所からはじまる映像編集)。またこのピアノソロ版は、2018年6月15日TV音楽番組「ミュージック・ステーション」に出演した際に演奏されたバージョンと同じもので、約2分間にまとめられたピアノソロ版。

 

 

 

 

 

Blu-ray 豪華版(2枚組)

■DISC1(本編Blu-ray)
分数:本編134分+映像特典
画面サイズ:16:9 スコープサイズ
層数:2層(BD50G)
字幕:バリアフリー日本語字幕
音声: 1)日本語 5.1chドルビーTrueHD アドバンスド96kアップサンプリング
   2)日本語 2.0chドルビーTrueHD アドバンスド96kアップサンプリング
   3)バリアフリー日本語音声ガイド 2.0chドルビーデジタル
【収録内容】
・本編 ・予告編集

■DISC2(特典Blu-ray)
分数:128分
画面サイズ:16:9 ワイドスクリーン
層数:2層(BD50G)
音声:日本語 2.0ch ドルビーTrueHD
【収録内容】
□Making of『羊と鋼の森』 約40分
□調律~音の向こう側の世界へ~ 約10分
 山﨑賢人、鈴木亮平が調律という特殊な世界といかに向き合ったかを追う
□エンディング・テーマ「The Dream of the Lambs」ができるまで 約12分
 久石譲、辻井伸行のインタビュー映像と貴重なレコーディング風景
□スペシャル座談会(山﨑賢人、鈴木亮平、上白石萌音、上白石萌歌、司会:天野ひろゆき) 約18分
□イベント映像集 約47分
 (旭川市立春光台中学校卒業式サプライズイベント/完成披露試写会/森を感じる試写会/初日舞台挨拶)
□TVスポット集 約2分

<封入特典> 特製フォトブック 36ページ

 

DVD 豪華版(2枚組)

■DISC1(本編DVD)
分数:本編134分+映像特典
画面サイズ:16:9 LBスコープサイズ
層数:片面2層
字幕:バリアフリー日本語字幕
音声: 1)日本語5.1chドルビーデジタル
   2)日本語2.0chドルビーデジタル
   3)バリアフリー日本語音声ガイド 2.0ch ドルビーデジタル
【収録内容】
・本編 ・予告編集

■DISC2(特典DVD) *Blu-ray同一内容

 

DVD 通常版(1枚組)

■DISC1(本編DVD)
分数:本編134分+映像特典
画面サイズ:16:9 LBスコープサイズ
層数:片面2層
字幕:バリアフリー日本語字幕
音声: 1)日本語5.1chドルビーデジタル
   2)日本語2.0chドルビーデジタル
   3)バリアフリー日本語音声ガイド 2.0ch ドルビーデジタル
【収録内容】
・本編 ・予告編集

 

 

Disc. 久石譲 『ad Universum』 *Unreleased

2018年12月19日 公開

 

コニカミノルタプラネタリアTOKYO
オープニング記念作品
DOME2 プラネタリウムドームシアター作品
『To the Grand Universe 大宇宙へ music by 久石譲』

上映期間:2018年12月19日~2019年12月18日
上映時間:約40分
上映時刻:12時/14時/16時/18時/20時
音楽:久石譲
ナレーション:夏帆

 

コニカミノルタプラネタリウム“天空”in 東京スカイツリータウン
上映期間:2019年10月12日~ *

*台風のため10月12日は休館。初上映は10月13日 15時~の回より。

 

 

プラネタリウムの音楽を書き下ろすのはキャリア初、全編書き下ろし。自らタクトを振るい『宇宙』をテーマにオーケストラ編成による壮大なサウンドスケープ。本作は最新の立体音響システム「SOUND DOME®」に対応、まるで実際に目の前でオーケストラが演奏しているかのような、重厚かつ繊細な音響空間を構築。本作のテーマは、宇宙飛行士が体験した“本当の宇宙”。日本人宇宙飛行士の土井隆雄さん、山崎直子さん、大西卓哉さんの体験を元に、そこから見える宇宙の光景(すがた)を、コニカミノルタプラネタリウムの最新投映機「Cosmo Leap Σ(コスモリープ シグマ)」と全天周CG映像で再現。

43.4ch音響。SOUND DOMEは、ドーム裏側に配置された43個のスピーカーと、壁背面の4個のウーファーで構成した立体音響システム。前後左右に加え上下や回転といった、きめ細かな音像移動を表現。オーケストラによる演奏や環境音を忠実に再現することで、リアルな体験を提供。

(作品案内より)

 

 

To the Grand Universe 大宇宙へ music by 久石譲 約30秒

コニカミノルタプラネタリウム Official YouTubeチャンネル より (※2018年12月19日現在)

 

 

 

12月17日ラジオJ-WAVE「GOOD NEIGHBORS」に生出演した際には、本作品の音楽について語られ、エンディングに流れる「AD UNIVERSUM」(約3分)楽曲がオンエアされた。

 

「結果的に書いてよかったです。自分が書きたいミニマルベースな方法論で書けました。地面じゃない音楽っていう言い方は変かな、例えば深海シリーズとかディープオーシャン、ちょっと日常ではない世界、宇宙とかね、そういう音楽って意外に音楽の持っている力がけっこう発揮しやすい。そういう意味では、わりと書きたいように書かせていただいたし、この間試写を観たときにすごく「あっ、これはかなりいいねえ」と僕は思いました。」

「宇宙は実は一個問題があって、キューブリックの『2001年宇宙の旅』という映画があって、なぜか宇宙空間になると(あのワルツの)パターンができちゃってるんで、これを壊さなきゃいけないというのがちょっとありますよね。やっぱり僕はすごいと思う、あのアイデアはね。そういう方法をとらないで、ミニマルをベースにしたので大丈夫だったんですが、やっぱり宇宙だと一回ああいう衝撃的な音のつくり方をされると、これけっこうみんな残っちゃいますよね。」

「まだちゃんとしたミックスもしてなくて音質も悪いです。ただ一番レアなものだということで聴いていただけたらいいかなあと思います。タイトル言いましょうか。「To The Grand Universe」よりエンディングを聴いてください。」

(J-WAVE GOOD NEIGHBORS 出演トークより 一部書き起こし)

 

 

 

2019.1.8 追記

レビュー

久石譲のラジオインタビューにあるとおり、ミニマル手法をベースに全編音楽構成された作品。メインテーマがありオープニングやエンディングで流れ本編ではそのバリエーション(変奏・アレンジ)が流れるという構成ではなく、全編書き下ろされた楽曲になっているのも大きな特徴と言える。

主張するようなはっきりとした性格をもったメロディではないけれど、ミニマルという最小限のモチーフながら広がりや無限さを感じさせる巧みな音づくり。聴き飽きることのない音楽、ずっとループしていたいような音楽宇宙。アプローチとしては深海シリーズやディープオーシャンに通じる小編成オーケストラで、切れ味のよいソリッドな響き、リズミックな刻みが心地いい。ピアノ・マリンバ・ハープといった久石譲のミニマル・エッセンスに欠かせない楽器たちが絶妙なバランスでブレンドされている。

たとえば、プラネタリウムから連想するきれいで優しくてゆったりとした、楽器でいうとストリングスが悠々と流れシロフォンがキラキラと輝き。そんなイメージを打破してくれる久石譲のモダンでミニマルな音楽構成はとても新鮮で、新しい表現を提示してくれたこと、見事に映像と音楽で宇宙を描けていることは画期的とも言える。

ひとつだけ例をあげると、満点の星空がゆっくりと時間をかけて一周するシーンがある。久石譲のミニマル・ミュージックだけで約数分間静かに確かに推しきっている。そしてこれは星の動きが終わりなく永遠であること、ミニマルの調べもまた永遠であることと強く共鳴し印象的なシーン。

良い意味で映画のように制約が少ない音楽づくりは、とても久石譲がやりたいイメージで伸び伸びと発揮されているように思うし、映画ではここまでミニマル・ミュージックを貫けないだろうという点でも貴重な音楽作品。ナレーション付きだけれど、しっかりと音楽だけを聴かせる箇所も複数あり、効果音がうるさくぶつかることも少ない。まるでMusic Videoを観ているように久石譲音楽をたっぷりと聴くことができる。上映作品名に久石譲の名前がついているだけあって、音楽を大切につくられたプラネタリウム作品であることが伝わる。

映画サウンドトラックよりも、久石譲の明確なアプローチやコンセプトをもった、オリジナルアルバムに近い位置づけとできる音楽たち。上映時間約40分中、音楽は2/3以上配置されている。ぜひミニアルバムなどのCD化を強く願っている。また「Deep Ocean組曲」のように演奏会用音楽作品としても再構築され、コンサートで演奏されることも期待したい。それほどまでに現在進行形の久石譲が凝縮された最先端の音楽が届けられたとうれしさ満点。

エンドロールがとても駆け足で音楽関連情報をほとんど把握することができなかった。演奏はオーケストラ団体名はなく、Violin誰々というように全楽器奏者の個人名がクレジットされていた。おそらく約40人規模ぐらいの編成だったのではないかと思う。もうひとつ取り上げたいのが、公式PVで映像がはさまれていたレコーディング風景の1コマ2コマ、奏者の服装に半袖や腕をまくった人が多かったこと。この時は、秋にかけてレコーディングしたのかなと推察していた。そしてエンドロールのクレジットを組み合わせる。オーケストラ団体名ではなかったのは、今回のレコーディングメンバーは、ナガノ・チェンバー・オーケストラのメンバーがベースとなっているのではないだろうか。時期的にも「第九」公演にて完結した2018年夏からまもなくであり、久石譲の現代的アプローチを見事に表現できる室内オーケストラ、3年間久石譲と互いに磨きあげた信頼関係と演奏技術。まったくの勝手な推測の域を出ないけれど、この作品の音楽の”音”を思い出すたびにそんな気がしてくる。いつか演奏者や合唱団についての詳細が明らかになるとうれしい。

 

久石譲が紡ぎあげる宇宙空間。こんなにも贅沢な非日常イマジネーション豊かな音楽を、飽きのこない広がりある心地よい無重力ミニマル・ミュージックを、日常生活のなかでいつも包まれ聴きたい。

 

プラネタリアTOKYOオープニング作品(期間限定)、再上映予定なし、未CD化作品。

 

 

 

2019.8.14 追記

2019年8月1日「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ」にて組曲化、世界初演。

 

ad Universum
1.Voyage
2.Beyond the Air
3.Milky Way
4.Spacewalk
5.Darkness
6.Faraway
7.Night’s Globe
8.ad Terra

 

ーAプロでは次の曲が「ad Universum」です。

久石:
今年オープンしたプラネタリウム(コニカミノルタ プラネタリウム)のために書いた曲を組曲として構成し直しました。宇宙がテーマだったので、ミニマル・ミュージックでありながら聴きやすさを大事にして作った曲です。つまり相反する要素を一つの曲の中で表現している。そういう意味ではBプロで演奏する深海をテーマにした「Deep Ocean」の続編としての側面もあります。

(久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019 コンサート・パンフレットより 抜粋)

 

 

ad Universum 【A】
コニカミノルタプラネタリアTOKYO『To the Grand Universe 大宇宙へ music by 久石譲』のために書き下ろされた曲たちが『ad Universum』というタイトルで組曲化されました。この作品についてはとても曖昧な印象、な話になってしまいます。現在もロングラン上映中かつ未CD化のオリジナル楽曲たちだからです。

おそらくほとんどの曲が組曲化で盛り込まれているような気はします。小さい編成のオーケストラ+シンセサイザーで組み立てられたオリジナル版は、ミニマル手法を貫いた楽曲たちです。コンサートの印象では、やや編成を大きくし、アクセントやパンチの効いたダイナミックなオーケストレーションも施され、あくまでも管弦楽をベースとして必要最小限のキーボードによる電子音使用、まさに演奏会用の音楽作品に再構成されているんだろうと思います。静かな曲での電子音はエッセンスとしてとても効果的で、オーケストラも厚すぎず、散りばめられた星たちが適度な距離感でまたたくように、音たちもそれぞれの距離感で奏であい、、やっぱり曖昧な印象になってしまう。

エンディングに流れる曲はオリジナル版では合唱編成あり、この楽曲だけラジオO.A.音源として聴くことができます。コーラスの厚みが金管楽器などに置き換わっていました。さすが演奏会用に昇華されたダイナミックなエンディング曲です。ということで、、プラネタリウム鑑賞時のレビューのほうが各楽曲について細かく記しているかもしれません。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」コンサート・レポート より抜粋)

 

 

ad Universum
プラネタリウムの為に書き下ろされた楽曲達が再構成されて、コンサートで披露されました。ミニマルミュージックを軸に構成されており、反復で表現されていく様子はまさしく音のプラネタリウムでした。8曲から構成され、プラネタリウムで使用された楽曲はほとんど使用されていたのはないでしょうか? 絶え間なく演奏され、1曲ずつの感想は書けませんが、印象に残ったことを書いていきます。

冒頭(1.Voyage)では、ゆったりとしたストリングの調べから、突如マリンバのソロが入ります。そこから繰り広げられていくミニマルの刻み。『D.E.A.D』組曲の三楽章『死の巡礼』のように迫りくるリズムが続きます。

2.Beyond the Airでは『The East Land Symphony』の二楽章『Air』のような浮遊する雰囲気を感じられます。全体としてメロディの要素は少ないですが、途中で現れる「ラレド♯ー」のような特徴的なメロディの欠片からは流れ星の煌めきを連想させます。低音から高音へ、波の揺らぎのような部分からは『Deep Ocean』のような雰囲気も。

終盤(8.ad Terra)からは大迫力のミニマルワールド。ひたすら繰り返されるリズムの刻みに終始圧倒されました。大迫力のフィナーレのあと、マリンバのソロで静かに終わるのが印象的でした。

Overtone.第24回 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」コンサート・レポート by ふじかさん より抜粋)

 

 

 

 

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE III』

2018年11月21日 CD発売 OVCL-00685

 

『久石譲 presents MUSIC FUTURE III』
久石譲(指揮) フューチャー・オーケストラ

久石譲主宰Wonder Land Records × クラシックのEXTONレーベル 夢のコラボレーション第3弾!未来へ発信するシリーズ!

久石譲が“明日のために届けたい”音楽をナビゲートするコンサート・シリーズ「ミュージック・フューチャー」より、アルバム第3弾が登場。2017年のコンサートのライヴを収録した本作は、よりエッジの効いた衝撃力のある作品が選ばれています。ミニマル特有のフレーズの繰り返しや重なりが、感情を揺さぶる力となり、新たな感覚と深い衝撃を与えます。日本を代表する名手たちが揃った「フューチャー・オーケストラ」が奏でる音楽も、高い技術とアンサンブルで見事に芸術の高みへと昇華していきます。レコーディングを担当したEXTONレーベルが誇る最新技術により、非常に高い音楽性と臨場感あふれるサウンドも必聴です。「明日のための音楽」がここにあります。

ホームページ&WEBSHOP
www.octavia.co.jp

(CD帯より)

 

 

解説 松平敬

本アルバムは、『MUSIC FUTURE』と銘打ったコンサート・シリーズからのライヴ録音である。「現代音楽」を超越した「未来音楽」を目指していこうという心意気の感じられる、野心的なネーミングだ。

2014年の「Vol.1」以来、毎年継続されているこの企画において終始一貫しているのは、ミニマル音楽への強烈なまでのこだわりだ。前衛音楽を経由し、「繰り返し」という音楽の原点に立ち返ったこの作曲技法は、もはや現代音楽の古典としての地位を確立している。実際、このジャンルの第一世代であるスティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスらの名前は、いまやクラシック音楽以外のファンにも広く知られている。そして、このコンサートのプロデューサーである久石譲も、筋金入りのミニマリストである。ミニマル音楽にこそ音楽の未来への希望が詰まっており、その魅力を日本の幅広い聴衆へ伝えたい、という彼の信念が、このコンサート・シリーズ、そして本アルバム制作への原動力となっている。前述のライヒ、グラスなどのミニマル音楽の「古典」、そして彼らの精神を受け継ぎ、音楽の未来を切り拓いていこうとする、より若い世代の作曲家の作品、そして久石自身の新作という3つの核で、毎回のコンサートの選曲がなされている。

ところで、ミニマル音楽は、短い要素の繰り返しを作曲の基礎に置いていることから、ただ繰り返すだけなら演奏は簡単なのでは、と誤解されることが多い。しかし、実際は全くその逆である。例えば、ライヒの『クラッピング・ミュージック』のような小さな作品ですら、奏者の一瞬の気の緩みによって演奏全体が破綻してしまう危険を孕んでおり、その演奏には常に極度の緊張感を伴うことになるからだ。そして、そのスリルがあるからこそ、ライヴ演奏の高揚感も格別なものとなる。久石のこだわりの選曲による作品が、彼自身の指揮による、緊張感みなぎるライヴ録音で収録された点も、本アルバムの聴きどころとなるだろう。

2017年に開催された「MUSIC FUTURE Vol.4」からのライヴ録音を収めた本盤には、久石、ラング、G.プロコフィエフの3人の作品が収録されている。この三者に共通するのは、映画音楽、クラブ・ミュージックなど、ジャンルの壁を軽やかにすり抜けていく音楽性だ。多種多様な音楽を吸収してきた彼らの作品を聴き比べることによって、ミニマル音楽の多面的な魅力を楽しむことができるだろう。

 

デヴィット・ラング:
pierced

チェロ、ピアノ、パーカッションと弦楽合奏のための作品。作品全体は、続けて演奏される2つのセクションから構成されている。

ヘ短調の前半セクションを支配しているのは、ヴィブラフォン、チェロ、ピアノがユニゾンで奏でるジグザグとしたメロディーだ。この独特な造形感覚は、頻繁に跳躍する音程構造以上に、メロディーのリズム構造が鍵を握っている。例えば、各拍の分割(連符)は、2-3-2-3-4-3-2-3-4-5-4-3-2…というようにシステマティックに決定され、拍ごとに体感テンポが変化する仕掛けになっている。さらに、このリズムのいくつかの音が休符に置き換えられることで、リズム構造は、さらに入り組んだ様相を呈することになる。この特徴的なメロディーを弦楽合奏によるトレモロの持続音と、キック・ドラムとピアノの低音による不規則なリズム・パターン(これもまたシステマティックに構成されている)が支える。ちなみに、後者のリズムは後半セクションにも引き続き使用されることで、作品の統一を図る役割を果たす。

後半セクションでは、調性がイ短調に変わるだけでなく、音楽の装いも大きく変わる。ここで中心となるのは、チェロが奏でる、むせび泣くような息の長いメロディー。下行する半音によるたった2音のメロディーの繰り返しから、独特の悲哀が浮かび上がる。このシンプルさは、前半の、跳躍を多用した複雑なメロディー・ラインとのコントラストを意識したものでもあろう。ちなみにスコアには、むせび泣くニュアンスを出すために、このメロディーにグリッサンド的な処理を自由に加えることが指示されている。本録音でソリストを務める古川展生がどのように「泣いている」かは、録音でお楽しみいただきたい。後半セクションでは、これまでひたすら音楽的背景に徹していた弦楽合奏が、音楽の前面に現れる。パルスが加速するかのような同音連打の音形が、第1、第2ヴァイオリンとヴィオラの3声部で、エコーのように重なり合って演奏される。

 

ガブリエル・プロコフィエフ:
弦楽四重奏曲 第2番

彼の祖父は、ソ連の高名な作曲家セルゲイ・プロコフィエフ。『ターンテーブル協奏曲』を作曲するなど、クラブ・ミュージックからの影響が強いガブリエルであるが、祖父の疾走感溢れる音楽を思い起こせば、両者に同じ血筋が感じられるだろう。

『弦楽四重奏曲 第2番』は、クラシック音楽の王道と言えるこのジャンルにテクノ的な要素を持ち込もうとした作品である。

「極めてメカニカルに(テクノ風に)」と記された第1楽章を貫くのは、パルス状に繰り返される16分音符のリズムだ。このリズムが、はじめは間を置きながら短く提示され、それがグルーヴ感溢れる長いうねりへと盛り上がっていく展開は、まさにテクノ的。無機質な同音反復や、規則的なリズムで楽器のボディを叩くアイデアはドラム・マシンを彷彿とさせる。4分音ずれた音を重ねることで電子的なエフェクトを模倣する発想もおもしろい。

スケルツォ的な役回りを担う第2楽章では、ヴィオラがリフ的な短いフレーズを繰り返し、そこに他の楽器によるノイジーな音響が絡み合う。本楽章の基調をなすのは、8分音符で刻む規則的なリズム。要所要所で、そこに付点音符のリズムを拮抗させるアイデアが、シンプルながら効果的だ。

緩徐楽章となる第3楽章は、最も非テクノ的といえる。しかし、この楽章の要となる、気だるい3拍子のメロディーを伴奏するピッツィカートの音形には「オルゴールのネジを巻くように」と記され、やはり機械的な発想が明らかだ。

第4楽章は、ギターを掻きむしるかのような、ヴィオラのアグレッシヴなリズム・パターンで始まる。反復を基調とした要素が次々と出入りする発想こそテクノ的であるが、野性的な弦楽器の音色はむしろ民族音楽を想起させる。この楽章の最終セクションでは、第1楽章のパルス的な音楽が回帰する。はじめはゆっくりとしたテンポで、そして徐々にオリジナルのテンポへ加速する疾走感はSL機関車さながらだ。

 

久石譲:
室内交響曲 第2番《The Black Fireworks》

3つの楽章からなるこの作品を貫くのは、久石が「Single Track」と呼ぶ、単旋律を主体として楽曲全体を構成する作曲技法だ。

第1楽章は、バンドネオンとピアノ、そして弦楽器の交替によって演奏される短いメロディーの繰り返しで始まる。このメロディーが変容していく過程で、メロディーのいくつかの音が木管楽器で演奏され、単一のメロディーに少しずつ色彩感が加わっていく。ホケトゥス(「しゃっくり」の意)と呼ばれるこのアイデアによって、単旋律から複数の旋律が浮き上がって聞こえる錯覚的な効果が生まれる。

楽章中盤以降、短音ばかりで構成されていたメロディーのいくつかの音が、残響音のように長く引き伸ばされ、メロディーに和声的な彩りを加える。さらにその後、メロディーのいくつかの音がパルス状に繰り返されることで、今度は「人力エコー」が実現される。

第2楽章は、ピアノとヴィブラフォンによる、うねるようなメロディーから始まる。バンドネオンは、このメロディーのいくつかの音を引き伸ばしながら、それぞれを「結び合せ」、長くゆったりとした、そして物憂げな新しいメロディーを導き出す。冒頭のテンポ感は一見、第1楽章のそれと類似しているが、バンドネオンのゆったりとしたメロディーが浮き上がることによって、第1楽章とのキャラクターの違いが明確となり、この曲が実質的な緩徐楽章であることが示唆される。

「Tango Finale」と題された第3楽章は、単旋律を主体とした先行楽章と異なり、まさにタンゴを彷彿とさせる、弦楽器による和音の繰り返しで始まる。しかしそれは、直後に演奏されるバンドネオンのメロディーの構成音を、和音へとまとめたものであることが、明らかとなる。バンドネオンの音色と、前述した弦楽器の和音の刻み、そして、時折現れるカスタネットによる合いの手など、タンゴ的な要素が醸し出す肉感性と、ミニマル音楽特有のメカニックなグルーヴ感が融合した、独特な質感を持つ音楽となっている。本作品は、今回の初演に参加している三浦一馬のバンドネオンを想定して作曲されている。特にこの第3楽章においては、彼の流麗な演奏そのものが、楽曲の一部になっているとも言えるだろう。

「室内交響曲」と銘打ちながら、あえてシンフォニックな響きを回避したシンプルな音作りに徹しているところも興味ぶかい。全曲を通じてバンドネオンがソリスト扱いされているものの、超絶技巧をひけらかしてオーケストラと対峙するのではなく、バンドネオンのメロディーに、様々な楽器の音色が塗り絵状に重なっていくことで、オーケストラとの融合が目論まれている。このコンセプトは、「音の調和」を意味する「シンフォニー(交響曲)」の語源に回帰しているとも言えるだろう。

(まつだいら・たかし)

(解説 ~CDライナーノーツより)

 

 

フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra

2014年、久石譲のかけ声によりスタートしたコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」から誕生した室内オーケストラ。現代的なサウンドと高い技術を要するプログラミングにあわせ、日本を代表する精鋭メンバーで構成される。

”現代に書かれた優れた音楽を紹介する”という野心的なコンセプトのもと、久石譲の世界初演作のみならず、2014年の「Vol.1」ではヘンリク・グレツキやアルヴォ・ペルト、ニコ・ミューリーを、2015年の「Vol.2」ではスティーヴ・ライヒ、ジョン・アダムズ、ブライス・デスナーを、2016年の「Vol.3」ではシェーンベルク、マックス・リヒター、デヴィット・ラングを、本作に収録された「Vol.4」では、フィリップ・グラスやガブリエル・プロコフィエフの作品を演奏し、好評を博した。”新しい音楽”を体験させてくれる先鋭的な室内オーケストラである。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

久石譲 (1950-)
室内交響曲第2番《The Black Fireworks》
~バンドネオンと室内オーケストラのための~
バンドネオンでミニマル!というアイデアが浮かんだのは去年のMFで三浦くんと会ったときだった。ただコンチェルトのようにソロ楽器とオーケストラが対峙するようなものではなく、今僕が行っているSingle Trackという方法で一体化した音楽を目指した。Single Trackは鉄道用語で単線ということですが、僕は単旋律の音楽、あるいは線の音楽という意味で使っています。

普通ミニマル・ミュージックは2つ以上のフレーズが重なったりズレたりすることで成立しますが、ここでは一つのフレーズ自体でズレや変化を表現します。その単旋律のいくつかの音が低音や高音に配置されることでまるでフーガのように別の旋律が聞こえてくる。またその単旋律のある音がエコーのように伸びる(あるいは刻む)ことで和音感を補っていますが、あくまで音の発音時は同じ音です(オクターヴの違いはありますが)。第3曲の「Tango Finale」では、初めて縦に別の音(和音)が出てきますが、これも単旋律をグループ化して一定の法則で割り出したものです。

そういえばグラスさんの《Two Pages》は究極のSingle Trackでもあります。この曲から50年を経た今、新しい現代のSingle Trackとして自作と同曲を同時に演奏することに拘ったのはそのためかもしれません。

全3曲約24分の楽曲はすべてこのSingle Trackの方法で作られています。そのため《室内交響曲第2番》というタイトルにしてはとてもインティメートな世界です。

また副題の《The Black Fireworks》は、今年の8月福島で中高校生を対象にしたサマースクール(秋元康氏プロデュース)で「曲を作ろう」という課題の中で作詞の候補としてある生徒が口にした言葉です。その少年は「白い花火の後に黒い花火が上がってかき消す」というようなことを言っていました。その言葉がずっと心に残り、光と闇、孤独と狂気、生と死など人間がいつか辿り着くであろう彼岸を連想させ、タイトルとして採用しました。その少年がいつの日かこの楽曲を聴いてくれるといいのですが。

久石譲

(「ミュージック・フューチャー vol.3」コンサート・パンフレット より)

 

Blog. 「久石譲 presents ミュージック・フューチャー vol.4」 コンサート・レポート より抜粋)

 

 

 

1曲目の『The Black Fireworks』では、オーケストラ各々の楽器が反復を奏で、それが幾重にも幾重にも重なり独自のグルーヴ感を生む。2曲目の『Passing Away in the Sky』では奥底にオリエンタルな響きを聴かせながら、突き刺さるように随所に入ってくるパーカッションが聴くものを覚醒させる。最後の『Tango Finale』では、前の2曲では最下層の音を支えてきたバンドネオンが縦横無尽に炸裂。これに併せるように各楽器の反復音が唸りを上げて暴れ出すや、ステージは美しい混沌状態となる。観客も息を呑む圧倒的な凄まじさだ。

Info. 2017/10/26 「久石譲 ミュージック・フューチャーVol.4コンサート開催」(Webニュースより) 抜粋)

 

 

 

[作品のアイデア]

「発表する場の問題はすごく大きいと思います。「MUSIC FUTURE」は、新しい、まだ誰もやってないようなことをチャレンジする、日本で聴かれない音楽を提供する場と考えています。そこで、古典的なスタイルよりは、たまたま今自分がやっているようなシングルトラックというか単旋律から組みたてる、この方法で、バンドネオンを組み込めないかというのが、最初のアイデアではありました。」(久石譲)

[作品のプロセス]

この作品、「8月の中旬まで全く手がつけられなかった」という。久石氏のことばを要約する。まず、2か月強でしあげなくてはならない。はじめは3つの楽章で、「最後はタンゴのエッセンスを入れた形に仕上げようと思った。だけど曲を書き出した段階で全く検討がつかなくなって……」2つの楽章を書いて、それぞれ異なった方法をとっているし、これで完成と考えた。すでに楽譜も送った。しかし何かが足りない。これがリハーサルの10日前。そしてこのあいだに1週間で最後の楽章を書き上げた。「これは今までにやったことがない」。

[作品について]

「ミニマル・ミュージックをベースにした曲はどうしても縦割りのカチカチカチカチしたメカニカルな曲になりやすいんです。でもなんかもっとエモーショナルでも絶対成立するんだというのがあって、それをチャレンジしたかったんですね。ミニマルなものをベースにしながらも広がりのあるものを、あるいはヒューマンなものを今回けっこう目指しました。」(久石譲)

[バンドネオンに対する固定概念]

「コンサートを終えてみて、バンドネオンという楽器に対して、自分の中で新しいものを獲得したという感覚がすごく大きい。今まで弾いてきたいろいろな曲のどれからも得られなかったものです。バンドネオンにはある種の固定概念がつきまとう。それが運命だし、どこか宿命にある楽器なんです。それをここまで強烈にバン!と影響を与えてくれる曲が今までなかったんでしょうね。ですからコンサートが終わって、何日かしても、ちょっと鼻歌で口ずさんじゃうくらい身体に入り続けているし、バンドネオンそのもので考えても、やっぱりタンゴとかそういうものとは違う奏法がやっぱり必要とされていたんだと思うんです。またミニマル・ミュージックという新しいジャンルが、僕にとってはじめて扉を開けた世界で、そこに足を踏み入れ皆さんとご一緒することができた。今度は僕が普段やってる音楽も考え方がちょっと変わってくると思うんです。バンドネオンのチラシとか、8割がた「魅惑の~」とか「情熱の~」とか「哀愁の~」とか入ります。そういうことじゃなく、フェアに楽器として考えるっていうのは常日頃から思っていることです。嬉しかったですね。」(三浦一馬)

 

Blog. 「LATINA ラティーナ 2018年1月号」 久石譲 × 三浦一馬 対談内容 より抜粋)

 

 

「結局、音楽って僕が考えるところ、やはり小学校で習ったメロディ・ハーモニー・リズム、これやっぱりベーシックに絶対必要だといつも思うんですね。ところが、あるものをきっちりと人に伝えるためには、できるだけ要素を削ってやっていくことで構成なり構造なりそれがちゃんと見える方法はないのかっていうのをずっと考えていたときに、単旋律の音楽、僕はシングル・トラック・ミュージックって呼んでるんですけれども、シングル・トラックというのは鉄道用語で単線という意味ですね。ですから、ひとつのメロディラインだけで作る音楽ができないかと、それをずっと考えてまして。ひとつのメロディラインなんですが、そのタタタタタタ、8分音符、16分音符でもいいんですけど、それがつながってるところに、ある音がいくつか低音にいきます。でそれとはまた違った音でいくつかをものすごく高いほうにいきますっていう。これを同時にやると、タタタタとひとつの線しかないんだけど、同じ音のいくつかが低音と高音にいると三声の音楽に聴こえてくる。そういうことで、もともと単旋律っていうのは一個を追っかけていけばいいわけだから、耳がどうしても単純になりますね。ところが三声部を追っかけてる錯覚が出てくると、その段階である種の重奏的な構造というのがちょっと可能になります。プラス、エコーというか残像感ですよね、それを強調する意味で発音時は同じ音なんですが、例えばドレミファだったらレの音だけがパーンと伸びる、またどっか違う箇所でソが伸びる。そうすると、その残像が自然に、元音型の音のなかの音でしかないはずなんだが、なんらかのハーモニー感を補充する。それから、もともとの音型にリズムが必ず要素としては重要なんですが、今度はその伸びた音がもとのフレーズのリズムに合わせる、あるいはそれに準じて伸びた音が刻まれる。そのことによって、よりハーモニー的なリズム感を補強すると。やってる要素はこの三つしかないんですよね。だから、どちらかというと音色重視になってきたもののやり方は逆に継承することになりますね。つまり、単旋律だから楽器の音色が変わるとか、実はシングル・トラックでは一番重要な要素になってしまうところもありますね。あの、おそらく最も重要だと僕が思っているのは、やっぱり実はバッハというのはバロックとかいろいろ言われてます、フーガとか対位法だって言われてるんですが、あの時代にハーモニーはやっぱり確立してますよね、確実に。そうすると、その後の後期ロマン派までつづく間に、最も作曲家が注力してきたことはハーモニーだったと思うんです。そのハーモニーが何が表現できたかというと人間の感情ですよね。長調・短調・明るい暗い気持ち。その感情が今度は文学に結びついてロマン派そうなってきますね。それがもう「なんじゃ、ここまで転調するんかい」みたいに行ききって行ききって、シェーンベルクの「浄夜」とか「室内交響曲」とかね、あの辺いっちゃうと「もうこれ元キーをどう特定するんだ」ぐらいなふうになってくると。そうすると、そういうものに対してアンチになったときに、もう一回対位法のようなものに戻る、ある種十二音技法もそのひとつだったのかもしれないですよね。その流れのなかでまた新たなものが出てきた。だから、長く歴史で見てると大きいうねりがあるんだなっていつも思います。」

 

(The Black Fireworksについて)

「一昨年夏にサマーセミナーみたいなものがありまして、福島でやったんですけど、震災にあわれた子供たちの夏のセミナーだったんですけどね。午前中に詞を作って午後に曲を作って一日で全員で作ろうよっていう催しだった。夏の思い出をいろいろそれぞれ挙げてくれっていった中に、一人の少年が「白い花火が上がったあとに黒い花火が上がってそれを消していく」っていう言い方をした。つまり普通は花火っていうのはパーンと上がったら消えていきますよね。あれ消えていくんじゃなくて、黒い花火が上がって消していく。うん、僕は何度もそれ質問して「えっ、それどういう意味?」って何度も聞いたんだけども「黒い花火が上がるんです」って。うん、それがすごく残ってましてね。彼には見えてるその黒い花火っていうのは、たぶん小さいときにいろいろそういう悲惨な体験した。彼の心象風景もふくめてたぶんなんかそういうものが見えるのかなあとか推察したりしたんですが、同時に生と死、それから日本でいったら東洋の考え方と言ってもいいかもしれません。死後の世界と現実の世界の差とかね。お盆だと先祖様が戻ってきてとか。そういうこう、生きるっていうのとそうじゃない死後の世界との狭間のような、なんかそんなものを想起して、もうこのタイトルしかないと思って。」

Blog. NHK FM「現代の音楽 21世紀の様相 ▽作曲家・久石譲を迎えて」 番組内容 より抜粋)

 

 

 

2014年から始動した「久石譲 presents MUSIC FUTURE」コンサート。披露された作品が翌年シリーズ最新コンサートにあわせるかたちでCD化、満を持して届けられている。本作「MUSIC FUTURE III」は、コンサート・ナンバリングとしては「Vol.4」にあたる2017年開催コンサートからのライヴ録音。約500席小ホールではあるが、好奇心と挑戦挑発に満ちたプログラムを観客にぶつけ、二日間満員御礼という実績もすっかり定着している。

ライヴ録音ならではの緊張と迫真の演奏、ホール音響の臨場感と空気感をもコンパイルしたハイクオリティな録音。新しい音楽を体感してもらうこと、より多くの人へ届けること。コンサートと音源化のふたつがしっかりとシリーズ化されている、久石譲にとって今の音楽活動の大切な軸のひとつとなっている。

 

 

本作品に収録された「MUSIC FUTURE Vol.4」コンサート(2017)の、コンサート・レポートはすでに記している。初対面となった作品たち当時思うがままの感想、コンサート・パンフレットに掲載された内容、久石譲が追求する「Singe Track(単旋律)」の補足、コンサート会場の様子など。

 

 

CDリリースされた今は、この域を出ない。コンサート・パンフレット、CDライナーノーツ、雑誌インタビュー、これらによる作品解説が充実している。まずはじっくり音楽に耳を傾け、解説をゆっくりそしゃくしていくところから始めたい。これから先、新しい発見・新しい理解、思うところがしっかりと浮かびあがったときに、追記したい。

 

 

久石譲 presents MUSIC FUTURE III

デヴィット・ラング
David Lang (1957-)
1. pierced (2007) [日本初演]
 pierced

ガブリエル・プロコフィエフ
Gabriel Prokofiev (1975-)
弦楽四重奏曲 第2番 (2006)
String Quartet No.2
2. 1 Very Mechanical (alla techno)
3. 2 Allegro (freddo ma appassionato)
4. 3 fragile
5. 4 Allegro aggressivo ma sfacciato

久石譲
Joe Hisaishi (1950-)
室内交響曲 第2番《The Black Fireworks》
~バンドネオンと室内オーケストラのための~ (2017) [世界初演]
Chamber Symphony No.2
“The Black Fireworks” for Bandoneon and Chamber Orchestra
6. 1 The Black Fireworks
7. 2 Passing Away in the Sky
8. 3 Tango Finale

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (Conductor)
フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra

古川展生(チェロ) 1.
Nobuo Furukawa (violoncello)

三浦一馬(バンドネオン) 6. – 8.
Kazuma Miura

2017年10月24、25日、東京、よみうり大手町ホールにてライヴ録音
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 24, 25 October, 2017

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE III

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Future Orchestra
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 24, 25 October, 2017

Produced by Joe Hisaishi
Recording & Mixing Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineer:Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed at EXTON Studio, Tokyo
Mastering Engineer:Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC)
Mastered at UNIVERSAL MUSIC STUDIOS TOKYO
Cover Desing:Yusaku Fukuda

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Disc. 久石譲 『TBS系 日曜劇場 この世界の片隅に オリジナル・サウンドトラック』

2018年8月29日 CD発売 UMCK-1606

 

TBS系 日曜劇場 「この世界の片隅に」
原作:こうの史代
脚本:岡田惠和
演出:土井裕泰、吉田健
音楽:久石譲
出演:松本穂香、松坂桃李、村上虹郎、二階堂ふみ、尾野真千子、伊藤蘭、田口トモロヲ 宮本信子 他
放送期間:2018年7月15日 ~ 2018年9月16日(全9回)

 

 

ヒロイン・すずを演じる松本穂香が歌う「山の向こうへ」(作詞:岡田惠和 作曲:久石譲)を含むドラマを彩る音楽が収録されたオリジナル・サウンドトラック。

劇中歌「山の向こうへ」は8月12日先行配信リリースされる。

 

 

■ 久石譲コメント

このお話をいただいて原作を読み「あ、いい話だな」と思いました。監督やプロデューサーとの最初の打ち合わせでもありましたが、“すずのやさしさ”を感じられる音楽にしたいと思い、久しぶりにメロディを中心に作っていきました。昭和の時代ですから、ちょっと日本的なものとモダンなものがうまく組み合わされるといいなと思い、そのあたりも意識しました。呉や尾道、広島はよく行っていましたので、雰囲気はよくわかります。そういう点は少し影響があるかもしれませんね。自分としてはとても満足した仕上がりになっています。

私が音楽を提供して、その作品ができ上がって、うまく見てくれる人に伝わる、その手助けになればいいなと思います。

 

 

■ 松本穂香コメント

レコーディングは初体験なので、すごくドキドキしました。終わってほっとしました(笑)。

久石さんの曲と岡田さんの歌詞がとても合っていて、すずさんたちが暮らしている広島の江波や呉のちょっと昔の風景がふっと浮かぶような、優しい歌だなと思いました。

何度か歌わせていただいたのですが、最後のほうは、スタッフさんやみんなの顔を思い浮かべながら歌いました。歌っていて自分自身、優しい気持ちになれました。

久石さんが作ってくださった曲も、ドラマ全体の雰囲気も、とても優しく穏やかな時間が流れています。ぜひ、この歌を聞いて、ドラマもご家族そろって見ていただきたいです。

 

 

■ 佐野亜裕美プロデューサーコメント

子守唄のようにも、わらべ唄のようにも、労働歌のようにも聴こえる、ドラマオリジナルの劇中歌をつくりたい、その想いからスタートしました。

久石さんが素晴らしい曲をつくってくれ、岡田さんが素敵な詞をつけてくれました。松本穂香さんが一生懸命歌ってくれました。

この歌が皆さんの心に残って、いつまでも響いてくれるといいなと思います。

 

 

 

久石譲曰く「メロディを中心に作った」とあるとおり、とても親しみやすい聴いていて心おちつく楽曲が並んでいる。素朴なメロディを活かした素朴な音色たち。フルオーケストラではない小編成アンサンブル編成をとりながら、ティン・ホイッスルやリュートなど印象的な楽器が世界観をつくりあげる大きな効果になっている。また楽器そのものの音(音色ではなく楽器が音を出すためにうまれる音)がしっかり入っているものいい。呼吸感や空気感のようなもの音が生きている。ちゃんと存在している、だからこそリアルさが迫ってきてさらにせつない。

メロディを最大限活かすために、久石譲の持ち味のひとつ緻密な音楽構成がこの作品では極力おさえられている。メロディと複雑に絡み合う複数の対旋律を配置することなく、あくまでもメロディが浮き立つように構成されている。

また見逃してはいけないのが、通奏和音が少ないということ。わかりやすくいうとコード進行やコード展開をなるべく印象づけない方法がとられている。ストリングスでずっとハーモニーが鳴っている、ベース低音通奏と合わせて和音になる、これらを避けている。音楽としてはシンプルで余白のある聴き手がそのスペースにすっと入っていける心地よさがある(前のめりな音楽ではなく)。またメロディやひとつひとつの楽器を浮き立たせる効果もある。映像と音楽がうまく絡み合う効果もある。もっと突っ込んで考えてみると、テレビドラマ音楽に必要な切り取り使用つまり楽曲をあてる編集がしやすい。場合によっては数秒・数十秒しか使われないそのシーンにつけるドラマ楽曲。小節にしたら4小節から10小節程度ということもある。でも、この作品の楽曲たちはミニマル・ミュージックではなくメロディ中心。和音やコード進行といったハーモニー感を極力おさえることで、曲が展開している途中で楽曲が切り取られたという印象を与えない。このことに集中してドラマを見返してみたけれど、あれ、曲がぶつっと切れたなと思った箇所はほとんどない。

もっと言う。でもメロディがしっかりしているなら、メロディが途中で切れたっていう印象は受けるのでは? そう思って聴き返す。「この世界の片隅に」「すずのテーマ / 山の向こうへ」を例にとっても、なるほどすごい!メインテーマ「この世界の片隅に」は、ABCというシンプルなメロディ構成になっている。Aパートが1コーラスだけ流れることもある。Bももちろん。注目したのはメロディの最後の音、旋律の流れを追うと音が上がっていかない。音が駆け上がっていく旋律であれば、次に続いていく印象をうけるし、音が下がって終わっていれば一旦ここでひと呼吸、終われます着地できますとなる。挿入歌にもなっている「すずのテーマ / 山の向こうへ」は、ABというシンプルなメロディ構成で、これまたサビ(B)に行くまえのメロディの音は下がって終わっている。さあ、ここから盛り上がりますよ、という音が駆け上がってはいかないし膨らみを助長しない(伴奏もふくめて)。そんななか、二楽曲ともちゃんと盛り上がって終わりましたという印象を受けるのはCとサビ(B)がしっかり音域が高く広がって終わっているから。そう、どこを切り取られれても大丈夫なメロディ展開になっていたのは、パートごとに一旦ここでひと呼吸終われますよ着地できますよ、というかなり高度なテクニックがあったからではないか、そんな発見ができたならうれしい。

シンプルで素朴、高揚感をおさえる、聴き手に押し売りしない寄り添ってくれる音楽たち。この作品の音楽的世界観は、楽器や音楽設計によるものだけではない、メロディ一音一音に、パートごとの終止音となめらかなパートつながりによって成立している。

これはおそらく過去の久石譲テレビドラマ音楽とは一線を画する。24年ぶりのテレビドラマ音楽担当、その音楽的進化は計り知れない。なぜ今回この仕事を引き受けたのか。劇伴になりやすい(短い尺・効果音のような使われ方)、切り取られる編集に不満、そのくせ楽曲必要数が多い。以前なら頭をもたげていた懸念材料に自ら解決策を導きだしたという進化。ドラマ音楽につきまとう問題を払拭し見事クリアしてみせる技と自信があったから、テレビドラマ的使われ方をしたとしても”久石譲音楽”としてしっかりと世界観を演出できるという確信があったからだと思うと、末恐ろしくふるえる。ほかのテレビドラマ音楽にはない画期的な職人技。映画『かぐや姫の物語』やゲーム『二ノ国 II レヴァナントキングダム』などの音楽を経てその点と点がつないでいる線であるように思う。

 

「平和な日々」、軽快でコミカルな楽曲。重くなってしまう作品の世界を緩和するだけでなく、そこにはその時代活き活きと生活している人たちが確かにいた、ということを示してくれる。こういったサントラのなかでは味つけ的な楽曲も、場面やシーンの空気感や温度感によって、どの部分を切り取って使われてもいいように、楽器変え変奏まじえ、短いモチーフが効果的に展開している。

「愛しさ」、主要テーマ「すずのテーマ」の変奏版ともとれる双子性ともとれる楽曲。ドラマでどういった場面や人によく使われていたかあまり覚えていないが、すずに使われていただろうかリンに使われていただろうか。人物としての共通性や二面性、どちらがどちら側になってもおかしくなかったその時代の表裏一体。愛しさと哀しさが溢れてくる楽曲。

「不穏 ~忍び寄る影~」、とても重厚な楽曲だが、序盤の数小節だけ巧みに使われるなど、こちらもシーンによってうまく活用できる構成。また「不穏  <打楽器&弦バージョン>」は、打楽器パートだけを効果音のように使い良い意味での無機質・無表情な印象づけをしながら、緊迫感・緊張感・不穏な予感の演出に一役かっていた。映画『家族はつらいよ』シリーズ(山田洋次監督)の音楽でも随所に見られる、パーカッションを効果音のように使いながら旋律をもった楽曲として成立させる手法のひとつ。

「すずのテーテ / 山の向こうへ」、いろいろなバリエーションで聴くことができる主要曲。口ずさみたくなるような、鼻歌で歌いやすい音域で旋律流れるAメロと、感情をこめて歌いうたいあげたいBメロ(サビ)。このふたつの構成のみという潔いシンプルさながら、胸うつせつなさや印象に残るインパクトはすごい。誰が聴いても日本的、昭和の日本を感じるのはなぜだろう。ここあるのはザ・久石メロディと言われるもの、これこそが久石譲が長い年月培ってきたアイデンティティのひとつ。裏を返せば、「風のとおり道」も「Oriental Wind」も、久石譲が紡いできたメロディこそが日本人の涙腺にふれる日本的なものである、と言えてしまうことになる。またこの楽曲では、メロディとかけあう対旋律に五音音階的なフレーズを配置することで、モダンさを巧みに演出しているように思う。

 

テレビドラマに使われてサウンドトラック盤未収録の楽曲もある。「山の向こうへ  <インストゥルメンタル・バージョン>」に近いバージョンだが、ピアノとギターのみで2コーラス奏される。1コーラス目はピアノメロディ、2コーラス目も1オクターブ高くピアノメロディ。第4話中盤、第5話冒頭、第6話序盤、第7話終盤、第8話終盤、第9話序盤。短縮なしで一番たっぷり聴けるのは第6話。「山の向こうへ  <インストゥルメンタル・バージョン>」の冒頭部に近いけれど、譜面の上で他楽器を抜いてピアノとギターだけにしたというものではなく、メロディも伴奏も奏で方が異なる。短いシンプル曲だけど、サントラ完全収録してほしかった一曲。

 

この音楽作品をレビューするにあたって、聴いてうける感情や印象をどう分解できるのか、どう言葉で表現できるのか。少しマニアックに掘り下げたところもあるけれど、それはひとつの回答。頭で聴く音楽の楽しみ方もあるし新しい発見や聴こえ方もある。でも、純粋に心で聴いて素晴らしい音楽。

 

 

公式ピアノ楽譜集も発売される。

 

 

 

1. この世界の片隅に ~メインテーマ~
2. 平和な日々
3. 絆
4. すずのテーマ
5. 家族
6. この世界の片隅に ~時代の波~
7. 愛しさ
8. 不穏 ~忍び寄る影~
9. すずのテーマ ~望郷~
10. 愛しさ 2
11. 恐怖
12. 山の向こうへ  <インストゥルメンタル・バージョン>
13. 不穏  <打楽器&弦バージョン>
14. この世界の片隅に  <ピアノソロ・バージョン>
15. 山の向こうへ (唄:松本穂香)
ボーナストラック
16. 山の向こうへ  <カラオケ>

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
Flute:Mitsuharu Saito
Oboe & English Horn:Ami Kaneko
Clarinet:Hidehito Naka
Bassoon:Tetsuya Cho
Horn:Yoshiyuki Uema
Trumpet:Kenichi Tsujimoto
Trombone:Hikaru Koga
Timpani:Atsushi Muto
Percussion:Akihiro Oba
Harp:Kazuko Shinozaki
Piano, Celesta & Solo Piano:Febian Reza Pane
Lute:Hiroshi Kaneko
Tin Whistle:Akio Noguchi
Guitar:Go Tsukada (Track-15,16)
W.Bass:Yoshinobu Takeshita (Track-15,16)
Strings:Manabe Strings

Recorded at Victor Studio, Bunkamura Studio
Mixed at Bunkamura Studio
Recording & Mixing Engineer:Hiroyuki Akita

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